『国民投票とはどんなものか ① 露骨な情報操作の中で』


次から次にいろんなことが起こって、昨日のことがあっと言う間に遠い日のことの
ようになってしまう。
こうやって世の中のめまぐるしい動きに流されているうちに、着々と改憲の動きは
自公によって水面下で進められているのであろう。
続きを書かなくては。だがもう、参院選について語っても仕方あるまい。

どのような重大な事も、それがいったん決定してしまうと容易にそれを受け入れ、
そこで思考をストップさせてしまう性癖の強い日本人


…昔からそうだった…
もう、恐ろしいことに、改憲阻止勢力の敗退と共に、『国民投票』も『憲法改正』さえもが、
国民の間で規定の事実として認められ受け入れられつつあるようだ。

また後手後手にならないよう、憲法改訂のための国民投票についてしっかり書いていこう。
まずは、国民投票の道順を一応確認して知っておこう。


3.憲法改定までの道順

  
(1)憲法改正原案の発議(例:衆議院発議の場合)
  改訂提案議員
(複数名)が、衆議院なら100名以上の賛成議員の氏名
  (参議院なら、50名以上)を連ねて、
衆議院に改正原案を発議

(2)衆議院憲法審査会(委員数50名)による憲法改正原案の審議。
  ここで大事なことは、以下の下線のところです。
  この『委員』は、衆参それぞれの議席数に応じ各党に委員が配分される。 

(3)衆議院憲法審査会による憲法改正原案の議決。
  出席議員の過半数の賛成で可決。

(4)衆議院本会議(475名)における憲法改正原案の審議と議決。
  衆議院議員総数の3分の2(317名)以上の賛成で可決。

(5)参議院憲法審査会(委員数45名)に送られて審議される。
  ここで大事なことは、やはり、『参議院の議席数に応じ各党に委員が配分される。』
  ということです。

(6)参議院憲法審査会で採決。
  出席議員の過半数の賛成で可決。

(7)参議院本会議(242名)における憲法改正原案の審議と議決。
  参議院議員総数の3分の2(162名)以上の賛成で可決。

(8)これで、憲法改正案の発議はなされ、そのことが国民に告示される。


(9)発議から60日~180日の間に、国民投票が行われる。
 この国民の考慮期間の長さは、国会にて議決されて決められる。
 ここで大事なのは、最悪の場合、わずか60日で、国民投票に至る。その長さも、
 国会議員が決める。

 ということなのです。

(10)憲法改正案が、国民投票にかけられる。
 国民の有効投票数の2分の1以上で憲法改正案成立。





上記、(1)から(10)までの過程を、背景に色をつけてみた。
なぜ、こうしたか。
憲法改正に関する過程の(1)から(9)の途中までは、実に、国会議員が
これを行う、
ということである。国民が携われるのは、実に、(9)と(10)の
最終段階に過ぎない。



このことで何が言いたいか。
安倍首相は、改憲について尋ねられるたびに、少し鼻白んで、『だって、それは、国民の
皆さんが、最終的にお決めになることなんですよ』
と、言う。
総理の発言は、国民投票法の手順としては確かにそうだが、国民投票の理念としては、
その理解があまりにも傲慢だ、ということである。

私たちは今回の参院選で、おそらく国民のかなりの部分の人々が、この憲法の
改憲要件、『衆参それぞれの議員の3分の2』ということを知らぬまま、あるいは
それをよく知らされぬまま、投票行動を行った。
実際は、どんな改憲案が出てくるのかも、どの程度、国民がそれを十分に理解するまでの
公平かつ十分な議論や報道が行われるのか、ということは、その時になってみなければ
わからないのである。
この政府の
●『集団的自衛権行使容認の閣議決定』、●『国会での同じ答弁の繰り返しによる時間稼ぎ』
●『安保関連法制一項目あたりは平均すれば僅か11時間程度の審議時間にすぎない』
●『強行採決ともいえる強引な国会議決』●『秘密保護法、●TPP、などの審議の秘密主義』…
などの、過去の案件で示された
十分な審議してくれ!という国民の願いを無視した強引で傲慢な手法
を考えると、憲法改定というこの国のかたちまで変えてしまうような大事な議論が、
これから、安倍首相の息のかかった国会議員たちと、『偏向と忖度』ばかりの
報道の下、行われていくのか
と思うと、私は本当に心配でならないのである…

私は20日あまり前、こんな記事を書いた。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1876.html

『報道の自由』国民の知る権利』がいかに何物にもまして大事か、という記事だったのだが、
そこで私は、こういう意見を引用した。

 この表現の自由が保障されることによって、国民は自分の政治的な意見を持つことができ、
 自分たちの代表者である国会議員を選ぶことができます。
 逆に言うと、表現の自由が憲法違反の法律や行政処分で違憲状態にまで制限されると、
 国民の政治的意見が損なわれてしまい、国会議員の構成まで本来と違うメンバーが
 選ばれてしまう
ことになります。
 このような違憲状態で選ばれた国会議員は憲法違反の法律を改めようとは絶対にしないでしょう。
 なぜならそういう違憲な法律でこそ、自分は選ばれたんですから。』



ここでいう『表現の自由』を、『知る権利』という言葉に置き換えれば、私の危惧がよく
おわかりいただけるだろうか。
国民が憲法改定の国民投票に対する十分な情報もない中で選んだ国会議員たちによって
国民投票が発議され、審議され議決される。しかも、上記手順のところで注意喚起したように、
憲法審査会の委員は、衆参両院とも、それぞれの議席数に応じ各党に委員が配分される
多少の斟酌はされるであろうが、衆参両院とも改憲勢力の議員が3分の2を占める中で、
憲法審査会の委員が各党にその議席数に応じて配分されるのである。
識者など参考人も召喚されるであろうが、これもまた、改憲勢力の圧倒的主導によって
選任されることだろう。(2015年6月4日。衆院憲法審査会で、参考人として意見陳述した
長谷部恭男、小林節さんらの三人の憲法学者が、『安保法制は憲法違反』と明言した
例で懲りているので、今度は自公は自分らの改憲案に沿うバリバリの改憲論者を
選任してくるであろう…)
これでどうして、国会における憲法改正討議が、公正に公平に行われ得るだろう?

私は本当に嘆く。

憲法改正が政権の悲願でありながら、そのことが争点であるということを表に極力出さず、
参院選前と最中は、改憲について露骨に発言を封印した自公政権と、
それに露骨に加担したジャーナリズム。
そのような中で行われた国会議員選挙で選ばれた議員たちによって、これから
憲法改正の国民投票が発議され、主導されていくのだろうか、と。
本当は順序が逆なのである。
①憲法改定の意思を、政権が明確に国民に示す。
       ↓
②憲法改定に必要な衆参議員数の3分の2、ということの意味も、国民に周知させる。
       ↓ 
③その上で、衆参両院選を行う。

これでなければ。なぜならば、ここで選んだ国会議員たちによって、国民投票に至るまでの
すべての過程は行われるからである。その人々が、最初からある偏りを持って選出された
人々であるならば、どうしてその審議が公平公正に行われることがあろうか。

これに関しては、前の前の記事の報道ステーション、富川アナの
『国会での発議が行われる前に、さらに言うならば、その国会議員を選ぶ前に、
安倍政権が行おうとしている改憲の意志と意図を国民の前に明らかにし

改憲を問う国民投票というものの意味を十分に国民が周知せしめ
られた上で、今度の参院選は戦われるべきだったのではなかったか


という懸念は、あきらかに、憲法改正国民投票の本当の意味を理解している、といえる。


これに関しては、7月18日付朝日新聞、長谷部恭男、杉田敦による『考×論』記事の
杉田氏の言葉が、一番要点をわかりやすく伝えてくれているので引用しよう。

『安倍さんはいま、「政治の技術」を発揮し、しきりに国民投票があるんだから、最後に決めるのは国民だと強調していますね。しかし、レファレンダム(国民投票)と、プレビシット(人民投票)は違う。プレビシットは民意を聞くためではなく、為政者への人民の信任を求めるために行われる国民投票で、為政者が自らの権力維持を図る狙いで行われるものです。行政の長たる首相が主導する形で行われる国民投票はプレビシットの典型です。その腑(ふ)分けをきちんとしておく必要があります』

自公政権がこれから行おうとしている憲法改定のための国民投票は、
まずそれを発議する国会議員たちを選ぶのに国民が知っておくべき最低限の情報知識さえ
あらかじめきちんと与えられないまま選挙がおこなわれた。そしてそれによって選出された
国会議員たちによって、これからその原案が発議される。そしておそらく3分の2の威力を持って
極めて予定調和の国会審議が行われた後、正式に発議され、国民投票が行われるという、
まさにプレビシット的な国民投票になっていくであろう!

私が、国民投票を危ない手法だ、と考え続けてきたことの意味が、この杉田氏の言で
よくわかった…。
ヒットラーが、数度にわたる選挙と国民投票で、言わば民主的な方法によって、
あれほどの権力をわが手に集中させていった、あれがまさにこのプレビシットであったのだ。




ヒットラーの投票用紙


これ。なんだと思いになりますか?
1938年4月10日、オーストリアではヒトラー率いるドイツ第三帝国(ナチス・ドイツ)と、
オーストリアが合併するかどうかの国民投票が行われたが、その国民投票は実質ナチス・ドイツの
手によって行われたものだった。
これはその投票用紙だという。
ナチス・ドイツに統合されることに関して「はい(Ja)」と「いいえ(Nein)」の欄が圧倒的に
大きさが異なり、しかも、アドルフ・ヒトラーの名前が大きく書かれている。
マジですか?これは。悪い冗談としか思えないが?
ヒットラーの名のあとに?マークがついているように見えるが、誰かが強烈な皮肉として
作ったものか? 
この投票用紙の真贋は保留ということにしておくが、このくらい、その当事者の力関係も
歪な国民投票であった、ということは明らかに言えよう。
ちなみにこの国民投票で、97%が合併に賛成したと発表された。
関係記事こちら。http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1890.html


【追記】
出典があった!やはり本物らしい。
合邦を問う国民投票用紙。
「あなたは1938年3月13日に制定されたオーストリアとドイツ国の再統一に賛成し、
我々の指導者アドルフ・ヒトラーの党へ賛成の票を投ずるか」
』という文だそうだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%B9

マジっすか…!歴史でほんとにこんなことが…びっくりする。



思わず笑ってしまったが、笑いごっちゃない!
我々の国民投票は、おそらく、本当に短い、しかも不十分な議論の後,じきにやってくるであろう。
あれよあれよという間に。

国民投票という最後の砦で、私たちは果たして、
現行憲法を粗悪で低劣な憲法に変えることを阻止できるのであろうか。














スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Re:stanislowskiさんへ

stanislowskiさん。こんばんは。

ほんとにね。私も知らないことばかりです。
何かことが起きると、それについて調べては、一つ一つ覚えていくしかない状態。
それらの相関関係などなかなか、深いところまでは考えが及ばないです。
玄さんには教えてもらうことばかり。^^

ドイツがなぜ、今、トルコによるアルメニア人の迫害を』虐殺』と認めたのか、
そして、それには自分たちドイツにも責があると認めたのか、その背後の事情は
私にはわかりませんが、でも、ドイツは立派ですね。
そうやって、自分たちの罪も直視する。
戦後70年。日本がアジアで犯してきた罪を直視しないまま、戦後レジームとやらを
忘れ去ろうと急ぐ、どこぞの国の政治家と大違いです。

欧州は・・・いや、世界はこれから激動期に向かうのだろうと思います。
どちらを向いても、あまり明るい見通しを感じられない。
いつ、どこの国で、何が起きても不思議でないような物騒な時代になっていこうと
していますね。

stanislowskiさん。どうぞくれぐれもお気をつけられてくださいね。

日本にいてはわからないような動きにもお気づきになられるかと思います。
いろいろ教えてくださいね。

安倍さんのブレーンね。どうなんでしょう…(苦笑)
国民をうまくはぐらかす手管に長けているブレーンはいるような。
第一次安倍政権のころに比べると、相当政策というか、マスコミ対策を含めた
情報操作・宣伝には、巧妙になりましたね~~~。

でも、外交は…!
大局でものを見られない、というのは、安倍政権に限ったことじゃない、
マスコミも言論人も、無論野党政治家なども、(私自身もです!・・・><)
極めて近視眼的になって行っているように思いますね。

…国を愛する、ってどういうことなんでしょうね。
私なんか、日本の美しい自然を愛することなどにかけては、すごい愛国者だと自分じゃ
思っているけれど、ビラ配りなどしてると、『バイコク!』って言われることあるのよ(笑)。
原発をまた動かそうとしている人々の仲間が愛国者を標榜してるなんて変ですよねっ。

stanisilowskiさん、ありがとうございます♪





No title

トルコがそんなに重要な意味を持つ国だとは彼岸花さん玄さんのやりとりを拝見するまで認識していませんでした。

6月2日、ドイツ連邦議会のTV中継を見ていました。
”ドイツ連邦議会(下院)は2日、オスマン・トルコによる第一次世界 大戦期のアルメニア人迫害を「虐殺」と認定し、独政府がトルコ、アルメニア両国の和解 に向け取り組むよう求める決議案を賛成多数で可決した。”

なぜ今頃?この時期に?と、疑問に思っておりました。欧州の水面下で何か動きがあるのかな?

ニースにミュンヘンと無差別殺人が。1週間おきに。身を引き締めると共に、欧州の相関関係を、歴史を自分なりに調べたいと思いました。隣のドイツにはトルコ移民が多いですし、ママ友はアルメニア人だし。身近な事です。

それにしても安倍さんのブレーンには、トルコのことに精通していて、進言する地頭のいい官僚はいないのでしょうか?昔は官僚に任せておけば、と思えましたが、最近は机上でしか物事を考えられない、器の小さい、大局で物事を見られない人しかいないのかしら?と。
はたまた、これらの人は既に大和魂を売ったエイリアン?日本国籍だけど日本人じゃない?日本の国を守りたいなら、永久にと、考えるなら違うだろって言いたくなる。ここが不思議でならない。


Re:玄さんへ

ロバ耳モードで。^^
はい♪ 

ありがとう~~~!

ロバ耳モードで読み捨てください

日本の分断を見ていくのに,宗教もイデオロギーもかんけいないですよね。
彼岸花さんがわかってらっしゃること,ことばに出してはなしができるのは,「普遍的な不条理」がよくわかってらっしゃるからだと思っています。
民族の自立や誇り,収奪VS被収奪,そのものの意味するところがわからない人には,世界の個個の事例の何をいくらいったところで,結局曖昧模糊としています


イデオロギーや,この理想によって歐米はすぐ分断する,それは単に表に現れやすいから
みな自分の宗教や志向や意志がもともとはっきりしてるから。でしょう

でも,そういう理念や宗教は,コミュニテイを作っていくのには一番自然な・・・・・・・原初の
なんというか共生や連帯を作りやすい原始的かたちなんですよね・・・・
それを亀裂があるからといって,

多様性があることを「コミュニテイを作って共生していく」連帯そのものを,目のかたきにするのはちがう,ということがちゃんとわかってる。

問題はどんな共同体我作るか,ということです

それをみんなで考えるんだから民主主義です

昨日朝日にマリー・ルペンの寄稿がのってましたよね。
あれなんかよむと非常にわかりやすい,明らかに歐洲の極右,右派も民主主義なんです。
彼らが敵視しているのは,まさに1920年代にあった「民族自決」そのものです。

帝国覇権の時代にもちゃーんとあった「民主主義」に敵対してるわけじゃないです。
帝国主義の列強というのは,みな市民國家,強力な議会が機能していました。議会が承認し民の意思で収奪をしてたんです

「帝國」とは言っても国粋主義や封建主義ではないんですし。
歐米のばあい近代的民主主義政体で人権尊重の理念もあったのですから
ただしそれが植民地の「植」民には適用されたが「土」民にはおよばなかった,ということですよね。これは日本のキリスト者の植民学も全く同じです

1920年代の民族自決というのは,「デイアスポラは民族で共生したい」「自分たちの国家を作りたい」という意志,
と,
もうひとつ「植民地は帝國の支配から脱したい」という意志と二つの流れがあった

一つは代表的なのがイスラエルの建国に象徴される小アジアのハナシです。ナチによるユダヤ人排斥の結果ですよね。

もう一つは,マグレブや大アジアの問題と言っていいでしょう,インドの独立,中国の帝國利権の一掃です。そのばあい宗教がそもそも違うインド,中國はある程度なんとかなったものの,

問題は小アジアです

その問題は「アブラハムの宗教という一神教」の中の “近親憎悪” なんです。おもにデイアスポラは,
ユダヤ人のハナシと,アルメニア,アッシリアのハナシです。

そのアルメニア,アッシリア人そしてクルド人。これはまさにトルコ共和国の建国。
オスマン・トルコの問題なんです。,トルコの「政教分離」には「デイアスポラ問題」の意味もあるんです・・・・。

いま,ハトラ神殿やパルミラ遺跡が破壊されてます。まさに古代都市,小アジアの文化そのものなんですが。
パルミラ,パルティアというのはちょうど始皇帝や漢の時代。
始皇帝の遺跡が壊されるなんて想像もできませんよっ!ありえないことが起こってる!誰も阻止できない。

想うだけで涙が出そうですがね。



しかし!小アジアの文化遺産!
移動できるような宝物はもうすでに,とっくのむかしにルーブルや,大英博物館に鎮座ましましている,という一面の真実もあります!

宝物の奪取移動は,そもそもが物欲,それが「帝国主義の収奪」なんです。
インカ皇帝なんてどうでもいい,黄金がほしかった,その延長上なんですね・・・・

宗教間の憎しみ。それは遺跡の破壊という形に現れる。

そして,文化遺産の奪取は違う,民の物欲です。


結局第二次世界大戦が終わっても解決されなかった。
これを単純なイスラムとキリスト,とかユダヤとイスラムといってしまうとことの本質がわからなくなる。
一神教内の問題は近親憎悪なんですw

要は宗教そのものの問題ではなくアブラハムの宗教の問題なんです。ケマルというのはオスマン軍のエリートで,かつ民主を取り入れ,ユダヤ財閥と「ソヴエト」によって権力を握っていったという複雑さがある。したたかさといってもいい。だから文武の傑物なんです


解決したのは『 “異民族や異教徒の帝国主義者” の植民地支配』からの独立だけだったのかもしれません。それだけオスマン帝国と西欧のやり方,と帝国主義の収奪システムにはに問題があった・・・・

しかし・・・・・


EU連合ができた。『多民族』,『多様性』をプラスと考え,連帯を考える。うまくいきそうだった。マイナスは目をつぶろう,ここは,まずは連帯だ。理想を確かめ合った。

でも完全な多宗教・多様性の許容は無理だったのかもしれません

フランスにしてからが・・・・
だからシャルリーエブドのような動揺が起こった。

宗教の問題と収奪の問題は移民問題として,マリー・ル・ペンのいってることのなかでは一見同じですが,同じなのはたまたま
『宗教と移民という行動の属性が同じイスラムだった』からというのもあってイスラム問題に特化されてしまった,

しかし本質はなにかというと,

国家国粋主義者の極右 VS「国家という理念のぎりぎりまでのそぎ落とし」

ということではないでしょうかね。国家の解体,それはジツはネオコンの心象においてもみえてくるものがある。グローバル經濟主義というやつです

だからといってネオコン=連帯,民族自決ではない

ネオコンとEUは,国家単位で考えれば同じ小さな「国の属性」をめざすものです。

その 小さな“國” が集まってひとつのおおきな政權にしようという「連帯」に理想を置く,EUか,

自由主義経済に重きを置く,國家単位という垣根を完全にとりはらって經濟を自由にして小さな強い国(政權)を作るというちがいでしょう,

ル・ぺンと国粋主義の近似性というのはありますが,必ずしもネオナチではない。傀儡ヴィシーの長と,ルペンの父はよく似ていますが。

どちらも土台が民主主義でなきゃあらわれない。民主主義だから出てくる現象です。そこから発展,欲望がふかくなると極端に牙をむくんでしょうがね。

ただ彼女はフランス人です。

イギリス人というのはまた違うんです。そもそもフランスと違うんです。優越性と過去の栄光は島国ならではのものがありますし,寛容の意味が違うんですから。これはバークとヴォルテールの決定的ちがいといってもいい。「バークがフランス革命のアンチ」というのはそういうことです

でもね。
EU離脱によって何が起こるかわからなかったんじゃなくて,わかってて,投票した,終わって結果が出ないとその意味がしかしよくはわからない程度の認識で投票した。
それは扇動のせいでもなく,離脱したかったからでもなく,棄権したくないから投票したんしょう?
と。

よく意味が解らなかったのは,物事をホントにみきわめるリテラシーを発揮する価値がかんじられな意,ちっぽけな問題におもえた。(そもそもこれがイギリスの議会制民主主義的盲点,バーク流の啓蒙のせいだとも,じつはおもってますが,英語圏のリーダーと言う利点,シティ,欧州の方だけ向いてない,アメリカもアジアもという自負,ということもいえます)


欧米の中では民主主義に対立する概念なんてありません。かれらの対立は収奪の仕組み,格差の問題なのでしょう。

ところが日本は黙っているからよく見えない。民主主義が問題なのか國家觀や憲法が問題なのかアメリカ依存が問題なのか・・・・
人権と經濟の収奪の問題は違うのに,いっしょくたになってる。

日本が世界と共通にかかえる問題は格差の問題です。民主主義や人権の問題,反知性の問題は欧米とは根本的にレベルが違います。日本ははっきり言えば先進国のレベルじゃない。いま日本がEUに入りたいと言ったらそれこそどれだけたいへんかwww


安倍はパラノイアですから。 

単民族(もちろん沖縄とアイヌという問題はありますが)といいながら,
なんの民族存亡的な危険もないのに

民族ジケツーっと喚くバカです。
帝国主義なんて流行らないのに帝國同盟ごっこをつくりたくてしょうがない。
だからプーチンやエルドアンと個人的に親しい演出をする。
亡びた帝國主義帝國同士の皇帝外交ですがね。w

・・・・・。まぬけなはなしです。
人権無視の独裁者にあこがれ,ネオコン政商としての凶悪はしっかり国内で発揮して。

しっかりと収奪VS被収奪の分断があるのに,みえにくい。世界共通の分断と同じものが日本にもあるのです。

理想を語りあえば原発もTPPも安全保障も同じ問題だということが逆にわかると思うのですが・・・・・。それができる歐洲はまだいい。

そのうえ・・・・。

問題は日本ですよ!
ほんと日本!改憲!
今どき改憲なんてものに手をつける先進国は,民主主義国はありませんwwww

經濟にも平和にも,軍事産業においてすら,自由と民主が一番いいのがわかってるからですよね。戰爭は,国連がこの国は「民主主義じゃないといっ」ていって起こせるんですから。



すっかり悲観して暗くなりましたwwwww

わたしね参院選以来,知り合いで選挙に行かなかったひとにバカ,とはっきり言ってるんです。

棄権して追認してる人はわたしにとっては一番許せないし,対話のしようがないね,といって。

それ以上何も言いません。そうすると自分では不安になるみたいで,いろいろ調べて,くるんです
案外と棄権が多かったことにホッとして,それからわたしに対応するんです。
wwwいかなかったひとこんなにいるよね,と

結局自分がない。
人任せ,まわりとちがうことしたくない,という習性だけがしみ込んでる。

ここでのわたしのコメント見て「おぞ氣をふるう」といわれましたwww

でもかまわないんです,なにいわれようと。
ウンザリする,でも吐き気がする,でもいいんです

もうはっきりいうことにしてるんです。
ばっか!と。
あんたら人任せのせいで,改憲になるんだよ,と。

改憲があることがわかってない人,なんていないんです,結局人任せにしてるだけなんです。
国家興亡匹夫有責ですよ,

民主の主でいたくない人より,国家主義者の方がまだわたしにはまともに感じます,
意見と理想があるんですから。そういう人とは話のしようもある。国家主義の謂うことにも一理あるし,一理あるけど一つ一つ論破できないこともない,とおもえる。
こちらの欠点もやっぱりあるからですし。理想や意志を持ってる人はことばももってますからね

Re:玄さんへ

うわ~~~!
よくわかった!
玄さんすご~い!!! ^^

うん。これで、なんとな~く感じてはいたものの、そのつながりとか意味が
よくわからなくて曖昧なままだったことがよくわかりました。

『玄さん。教えて~!』と投げた質問自体、自分でどこが分かんないかわからないという
曖昧状態で(笑)、とにかく『わからないよ~』と言ってみた質問だったのですが、
その私自身にさえわからないことがわからないところを、全部察してくださって、
こんなに丁寧に、わかりやすく説明してくださるなんて、ほんとびっくりで感謝です。

①まず、朝日がこの小さなウイキリークスの関する記事を取り上げたことを、玄さんが
評価なさったこととの深い意味がわからなかった。日本があの時トルコとも交渉したであろうこと
トルコはまたアメリカとも通じていたであろうことは私のようなものだって察していたから、
ウイキリークスが今になって暴露することの意味が、???だったんです。

そっかぁ。『暗黙裡』のことが、外に出てしまっては決定的にまずい、ということが
外交の複雑な駆け引きにはあるんですよね。そこがまず私にはわかっていなかった。
ただ、『こういうことなんじゃないかなあ…』と思うことと、それが『メールのやり取りで
実際に行われていて、そのことが暴露される』ということじゃ、ぜんぜんことの重大さが
違いますね。
まず、そこからして素人雀は認識が甘い。^^

②『あのときの政商ツアーの目的とはあいいれない,トルコという国の共和国の弱点,ネタニヤフとの対立という状態だったんです。
だから日本の政商ツアーがなければトルコに頼ることもできたでしょうに,ということです』

そっかあ!
あれ以前にガザの攻防が激化していたことは知っていても、そのネタニヤフとエルドアン、アッバス、
アメリカ、またヨルダンなどと安倍プラス政商たちの動きとの相互の関係の微妙さと、
一つの動きの与える影響、というものが如何に微妙で相互に関わり合っていくか、ということが
私にはよくわかっていなかったんだということが、わかりました。
例えばエルドアンとアッバス。ヨルダンの微妙な立場。などという一つ一つの関係や事実は知っていても、
それが相互に連関する時のダイナミズムが、まだ本当には私にはわかってなかった、ということ。

③ウイキリークスの存在自体の意義。同様に、ウイキリークス的なものが、過去にも
あったのだということ、そのことの歴史における意義ということも、私にはよく
わかっていなかったなぁ!無論表層的なところではわかっていたけれど、本当には
よくわかっていなかった。

『そもそもウィキリークスとはなにか?といえば究竟「アンチ検閲」です。』
『確かに曝露が主眼となってしまってますが,「世界の検閲者」,つまりは思い通りに理念や情報をほしいままにしてあやつっている権力,というものの実態に対して,反旗をひるがえしている。』

『しかし,そういう神父は新大陸の『本当のありさま』を母国に持ち帰って伝えたがために,異端審問にかけられて刑罰を受けました。
言ってみれば,これも当時の “ウィキリークス”です。』


なあるほどなぁ!と心底思いますね。
ウィキリークス的なもの、~的な人々は、歴史上、過去にも無数にあったしいたわけですね!
私も一応世界史で受験はしたので、大雑把に個々の事実は記憶しているわけなんですが、
その一つ一つのことの意味がわかっていなかったのだということがよくわかった。
その連関もね。
『事実』を伝えたために異端審問にかけられた神父たちもまた。当時における『ウィキりークス』
であった、という視点は、すごく新鮮です!

『ウィキリークスに特定のイデオロギーがないのは,それが普遍的な大義だからでしょう』

…ほんとですねえ…
『普遍』。ここが重要ですね。…
そこにいつも立ちかえれば、ものごとを過たず見ることが出来る…

ところが個々の事実の苛烈さや、イデオロギーやにどうしても引きずられてしまって、
ことの本質を見誤ってしまうことが多いんですよね。
また、私のように『つながり』が見えていないと、『普遍』にたどり着けないこともある…

④トルコという国

『近親憎悪の意味を説明するのは至難のわざですがw
それがわかれば
トルコの共和国政体がなぜ,ひとりイスラム圏にあって成立したか,ということがわかりはずです。
まずね,トルコという国の巨大さがよくわかってないと。』

は~い。この記述以下で説明してくださったこと。すごくすっごくわかりやすかったです。
トルコという国の巨大さ、そのたどってきた歴史はおよそ知っているんです。
その位置の微妙さも。
所が本当にはわかっていなかったんだなということがわかりました!

『この,いってみれば “小さな東西” の中で,オスマン帝国はつねに「歴史における英独仏伊による戰爭の歴史」と対峙してきた「世界帝国」規模の強大な帝國です,有史以来のこの歴史に比べればロシアは辺境の新興国にすぎません
ロシア以南の地域と,またアフリカのマグレブというのはつねにオスマンと英仏の奪い合いの土地でした。』

そうですよね。そこは知っていた。でも、単に知っていた、だけで、私、良くはわかって
いなかったのだということがわかりました。

『西ヨーロッパのひとにとって,新大陸発見の動機,そもそもの発端は,
インドや中国にどうにかして,おそろしい “オスマン帝国を通らないで” 行けるか,です。』

うわ~。このことさえ、ほんとうにはわかっていなかった!目から鱗です!><
そうですよね~~~!

トルコに注目すれば、ある意味、ヨーロッパの歴史もよくわかってきますね。
そして、現在の世界も、見えてくる・・・
私ね。英国のEU離脱の件では超然としてらした玄さんが、今回のトルコのクーデター
の件では、すごくショックを受けてらっした、そのことの意味がよくわからなかったのよ。

⑤さらに大きな視点

『でも問題は宗教,民族問題は,富や領土とかんけいなければ問題にはならない。これは,わたしがイデオロギーが戰爭をもたらすんではない,といってるのと同じことです。
そうであれば,多様であることが戰爭である,ということになってしまう,そうしたら人類の歴史はつづくわけがありません。多様であることや東西があることが問題ではなく,一方が一方を「奪おう」とする力を希求することが,戰爭になる。』
『しかし歴史の表面に現れたそれらは細かいイデオロギーや宗教のちがいによってかたられがちですが,そんなことは細かく知らなくても,いいんです,いつの時代も大きな権力者(國家的権力)による権力を持たない草民からの,自由の剥奪,生きる権利や糧の収奪,ということですよね。そういうことがいろんな名目や動機付けで語られ,ときには罰せられてきた。』
『トルコ共和国樹立,は,そのうちの「帝国主義という名の収奪」システムそのものの終焉の象徴なんです。』

『帝国主義の終焉,それを象徴するのが,ロシア革命であり,続いて起こったサイクスピコの失敗でもあり,トルコの共和国化です。』

『こういう場合に言う共和国とはしかし,理念は共和国でも,また違った顔も持つ。わかりにくいところに綿綿と繋がれている「悪いシステム」の歴史がある』
『つまり,西側民主主義の価値観,資本主義社会そのものの弊害もふくめて。
いきすぎた富の集中,民の格差,大国が小国を貪るシステム。これを可能にしている力はおおむねほとんど表に出ない。』
『それを「曝露」するのがウィキリークス,ということですよね。』

…すごくよくわかります・・・
ようやく、朝日のあの小さな記事の持つ、大きな意味がわかってきたような、気がする。

ぐるっと連関してすとんと胸に落ちた!XD

玄さんは、いい先生だなぁ!
ほんと、わかりやすかったです。


⑥最後に
『つまり,現代の世界では「情報」が権力者の道具です,ということはわかりますよね,目に見えるプロパガンダ,たとえばイスラミックステートの宣伝法,は,わかりやすい脅威ですが,それは「力」というものが,「出し」てくる作用です。
それにくわえて「入り」の部分が,つまり「力」が握っている「力」の「入手」と,「検閲」力と,の両方を,曝露している。それが彼等の,「公開」のいみです。』

トルコと直接関係ないんですけれど、この私が下線をひいた部分ね。そこが私が最近の自分の
記事で、皆さんに一番訴えたいことなんだなって思いました。
安倍政権、憲法改正、原発事故、TPP…どのテーマについて語っていようが危惧することは同じ。
私の記事は、いつも『プロパガンダに騙されるな!』と言っているように聞こえるかもしれないけれど、
実はそうじゃない。
権力による『プロパガンダ』、という言わば情報の『出』の部分よりも、
そもそも国民にこの情報の『入り』の部分が、権力によって制限または遮断される!
そのことの怖さをいつも一所懸命訴えているような気がします。

玄さん。ほんとにありがとう~~~。
また、教えてね~。









No title

ウィキリークスの意味するところ,というか一番大切なことは,トルコがインターネットの接続を断線した,ということです。

そもそもウィキリークスとはなにか?といえば究竟「アンチ検閲」です。

確かに曝露が主眼となってしまってますが,「世界の検閲者」,つまりは思い通りに理念や情報をほしいままにしてあやつっている権力,というものの実態に対して,反旗をひるがえしている。

つまり,現代の世界では「情報」が権力者の道具です,ということはわかりますよね,目に見えるプロパガンダ,たとえばイスラミックステートの宣伝法,は,わかりやすい脅威ですが,それは「力」というものが,「出し」てくる作用です。
それにくわえて「入り」の部分が,つまり「力」が握っている「力」の「入手」と,「検閲」力と,の両方を,曝露している。それが彼等の,「公開」のいみです。

世界中の,反「検閲」者がかかわっています。特に華僑もおおい。中國は「検閲」大国ですからね。

近親憎悪の意味を説明するのは至難のわざですがw
それがわかれば
トルコの共和国政体がなぜ,ひとりイスラム圏にあって成立したか,ということがわかりはずです。

まずね,トルコという国の巨大さがよくわかってないと。

オスマン帝国の歴史というのはフクザツですが,おおきく言えば、オスマンは東ローマ帝国,つまりビザンツ帝國というローマ帝国の終焉からはじまった。
おおざっぱにいってしまえばもとはおなじローマ帝国です。

この東西ローマ帝國という概念がぽかっと欠落するとなかなかこの地域のことはわからないのですが

神聖ローマ帝国(西)とビザンツ帝國(東)の戰いともいえた大昔のヨーロッパのなかの東西。
その一方,東ローマが,いまいうオスマン。西はローマ教皇やローマ皇帝を推戴する巨大なカトリックの帝國ヨーロッパです。


これは今に言う東西でなく,アメリカもなかった新大陸も発見されない頃の,世界にはユーラシアしかない時代の東西です。
インド中國は,彼ら,「一神教信者の世界=アブラハムの宗教」の外です。宗教を異にする,いってみれば人は認められない,ユマニズムの外のたみです。
西洋,東洋,という洋は “大きく広く見た場合” といういみです


この,いってみれば “小さな東西” の中で,オスマン帝国はつねに「歴史における英独仏伊による戰爭の歴史」と対峙してきた「世界帝国」規模の強大な帝國です,有史以来のこの歴史に比べればロシアは辺境の新興国にすぎません
ロシア以南の地域と,またアフリカのマグレブというのはつねにオスマンと英仏の奪い合いの土地でした。

そうした奪い合いが,比較的長く続いたのですが,あるときから,この小さな東西対立には,新大陸発見という僥倖があり,この小さい東西,とくに西欧がおおきく発展したわけです。
アフリカは地中海中心のマグレブ地方でしかなかったのに,喜望峰という地点を見つけます。アメリカ大陸は,当初インド,といわれましたね。
西ヨーロッパのひとにとって,新大陸発見の動機,そもそもの発端は,
インドや中国にどうにかして,おそろしい “オスマン帝国を通らないで” 行けるか,です。
インドに行くために出かけて行ったのですから見えた大陸がインドに見えた。それですむ人はインデイアンです。ついでに,當時,宗教改革でじり貧だったカトリック勢が押し掛けて行った。そのあとのことは彼岸花さんご存知の通りです

誤解無いようにしたいのは
そもそも宗教の対立もあるにはありますが,宗教のために戰爭するというよりも,モチベーションはじぶんたちの勢力を広げる,です。当時いのちがけの航海で新大陸に渡ったのは敬虔な,本当に教えを広めて民を救いたいという神父ばかりでした。しかし,そういう神父は新大陸の『本当のありさま』を母国に持ち帰って伝えたがために,異端審問にかけられて刑罰を受けました。

言ってみれば,これも当時の “ウィキリークス”です。

結局ムスリムとクリスチャンの争いという図は,おおざっぱにあらわれる現象にすぎず,本質は領土問題,領土のうばいあい,つまり領土の齎す「国富」のうばいあいです。

いかに大国が大国在りうるかというのが帝國の使命です。19世紀末のオスマン帝国の軍艦周遊というのは当時のイスラム国をみかたにつけつつ,日本という帝国に敬意を表しに来た,それは日本帝國がロシアと対峙する,そして中國収奪の仲間に入ったから,表敬訪問しに来たんです。
そもそも東インド会社というのは・・・・

オスマン帝国と大英帝国の合作のようなものです。ですが
のちにほろぼされたオスマン帝国にとっては,結果的には

イギリスが贈ったトロイの木馬のようなもの,

であった,オスマンは結果的に亡びた,ということもジツはいえるのです。

それが,第一次大戦後の帝国主義終焉のもたらした,西側諸国の独り勝ち,という今の情況の序章でもあるんです

東ローマも様様の民族がいて,その地域固有の民族の争いの歴史でいえばアルメニアとユダヤ民族のデイアスポラの歴史でもあります。
争いの歴史でいえばごぞんじのように十字軍,いまだにつづくイスラム圏とキリスト圏のたたかいですが。でも問題は宗教,民族問題は,富や領土とかんけいなければ問題にはならない。これは,わたしがイデオロギーが戰爭をもたらすんではない,といってるのと同じことです。
そうであれば,多様であることが戰爭である,ということになってしまう,そうしたら人類の歴史はつづくわけがありません。多様であることや東西があることが問題ではなく,一方が一方を「奪おう」とする力を希求することが,戰爭になる。

オスマンの滅亡は1922年
トルコの共和国建国というのは,1924年ですが,これは西洋の歴史のものすごく大きな決着でした。
なんっといっても,ビザンツとローマンの争いに決着をつけたのですからw

それははじめオスマン分割,いわゆるサイクスピコ協定,ちょうど100年まえですが,で,なんとか,ぶんどろう,わけどりしようという英仏ロの目的があった。

それを「曝露」したのは・・・いったいだれでした?w

いってみれば,これもその時代の “ウィキリークス”の大義です。のちにはそのウィキリークスした,アカの理念も,
強権をほしいままにして圧制をおこなう国を代表する理念に成り果てました

これはね,共産主義と資本主義とか細かいイデオロギーの対立ではない,宗教同士のたたかいでもないんです。
太古のむかしからある,
むりやりことばにすれば“官” にたいする “野” のたたかいです

ウィキリークスに特定のイデオロギーがないのは,それが普遍的な大義だからでしょう

オスマン帝国の大国とその長い歴史をしらず,ローマンカトリックとの長い闘いのすえ出来た帝国,というそのものすごく大きな,歴史における大きな位置を知らないと,

たとえば日本人は,トルコというと,ロシア帝國にいじめられていたオスマン帝国,それがそのあと時代の流れで名前が共和国に名前が変わったとおもってしまいがちですね,でもそこには,ね,ものすごく大きな時代の違いがあります。

紀元前,紀元後といってもいいくらい,中世と近世を分けるといってもいいくらい大きなちがいなのかもしれません

デイアスポラをもっとも虐殺したのはどこのだれ誰でしょう?
ナチスよりまえです。それほどオスマンというのは地域に占める巨大な怪物だったんです。

しかし歴史の表面に現れたそれらは細かいイデオロギーや宗教のちがいによってかたられがちですが,そんなことは細かく知らなくても,いいんです,いつの時代も大きな権力者(國家的権力)による権力を持たない草民からの,自由の剥奪,生きる権利や糧の収奪,ということですよね。そういうことがいろんな名目や動機付けで語られ,ときには罰せられてきた。

トルコ共和国樹立,は,そのうちの「帝国主義という名の収奪」システムそのものの終焉の象徴なんです。

よくわたしたちは,「帝国主義の一周遅れの参加者日本,」という言い方をしてるでしょう?
1周遅れというよりも,すでに他の帝國はおわっていた,ゴールにたどりつき,つぎの競争を模索しているときでした。
競争はそれはもしかしたらいい方に向かうか,悪い方に向かうかわかりませんが,とにかく民族自決という世界の潮流によって,古い帝国主義はもう通用しないと,
それがそもそもロシアのツアーリの敗北,オスマン帝国の終焉です。そして英仏は巧妙でもありましたが,さらに巧妙だったアメリカ,それを象徴するのがベルサイユ体制です

帝国主義の終焉,それを象徴するのが,ロシア革命であり,続いて起こったサイクスピコの失敗でもあり,トルコの共和国化です。

こういう場合に言う共和国とはしかし,理念は共和国でも,また違った顔も持つ。わかりにくいところに綿綿と繋がれている「悪いシステム」の歴史がある

つまり,西側民主主義の価値観,資本主義社会そのものの弊害もふくめて。
いきすぎた富の集中,民の格差,大国が小国を貪るシステム。これを可能にしている力はおおむねほとんど表に出ない。

それを「曝露」するのがウィキリークス,ということですよね。


PS
決定的にそこを因果関係にして書いてる記事ずっとさがしてたんですがやはり見つかりませんでした。ウィキリークスがリークしたことを裏付けるなんてそんなことはできるわけないのですが,あのころの中東の裏話についてです。

しかしインターネットっていうのは意外と役に立たないなwというw。

国際情勢をみるのは朝日の国際面を毎日じっくり見続けることがいちばんカンタンでしかもおくわかるんです。

ようするにウィキリークスの曝露を朝日があえて取り合げたのは,當時トルコと連絡を取っていた日本,という事実そのものが,

日本政府にはひじょーにまずい話だからです。

なぜかといえば,おっしゃるように安倍がネタニヤフとツーショット,アッバス議長をたしなめた,それがISの殺害につながったけれども,トルコに頼れなかった理由はまさにそこにこそ有ったからです。
その前から一年ほどネタニヤフとエルドアンは犬猿の中,公然とののしりあう關係でした。

そのまえの,ガザの状態,アッバスの苦境,つまりハマスの指導者との齟齬そういう矛盾がたくさん噴出してガザは大変な時期でした。
あの人質事件の結構前になるのかもしれませんが,ガザのトンネルが破壊されたりしてといったような話をしたような記憶もあります,あの時期です。

トルコとそのようなつまりCIAのようなものがほしいなんてことを,トルコと交わしたという秘密はおおやけにされてはこまるのです

当時それはジツはアメリカにもネタニヤフにも,もちろんばれてたかもしれません,しかしウィキリークスがこうかいしたことで,アメリカもそこを問題にしなきゃならない。日本もほっかむりできない,いわば暗黙の裡のかけひきが,外に出たらなんかしら。いーわけなりツッコミなりいれなきゃならないでしょう?

あのときの政商ツアーの目的とはあいいれない,トルコという国の共和国の弱点,ネタニヤフとの対立という状態だったんです。
だから日本の政商ツアーがなければトルコに頼ることもできたでしょうに,ということです

Re: 玄さんへ

げんさん。こんばんは。
ウィキリークスの記事。見たんですが、『何も目新しいことないなあ…』
って、思っちゃってました。><
あのときも、日本側はトルコに当然一応は接触はしただろうと思っていたし、
トルコはアメリカ(イスラエル)とも連絡とっていただろうし。トルコは原油闇取引
などで裏でISともつながっているし。
後藤さんたち救出するには、いろんなとこと通じてるトルコに頼むのが一番
いいだろうに、なんで、日本はトルコに頼まずヨルダンに頼んだんかなあ…って
疑問に思ってました。それでちょっと若い方と議論になったんでした・・・

安倍さんのエジプトでの演説と、直後のイスラエル訪問でのネタニヤフとの
国旗を前にしてのツーショット。『ああ…これはISに口実を与えたなぁ…!』
とは単純に思ったけれど、ただ、玄さんがここに書いてくださったような、トルコの
政体の実情、というようなことはわかっていませんでした・・・

今回のウィキリークスの意味するところも、???私、よくわかっていない?
教えて~~~。

エルドアンは、もうひどいですね。
どんどん反対派を検挙弾圧封殺していってる。
徹底的に叩きつぶす気ですね。

なんかなあ。玄さんへのコメントにも書いたけど、一連のクーデターの動きが
なんか妙に不自然な気がしたんですよね~。
エルドアンがいないときにクーデター勃発。これはまあ、わかる。
でも、その彼がいないとわかっている大統領府を攻撃して執務室を破壊。
エルドアンが滞在先から逃げた直後に滞在先のホテルを攻撃。
エルドアンの国民への呼びかけと国民の対クーデター蜂起。
なんか、あまりにクーデター軍のやることが後手、というか予定調和的な気がして。
一瞬、エルドアンの自作自演では?なんてあのとき思ったんですが。
まあ、私には、なんにしても判断の材料が全然ないので、なんとも言えないです。

そっか。どちらにしても近親憎悪的な争いなんですか・・・
もう私には何が何やら…
ほんと。歴史をずうっと見て来ていないとわからないことだらけです。
エルドアンに権力がますます集中し、反対派がかなりひどく掃討されたという
事実だけが残りました…
そして、意味もなく巻き込まれて死んだ一般の人や、おそらく命令に従っただけで
これまた意味もわかっていないで死んだかもしれない双方の下級兵士たち。

いずれにせよトルコの国情はこれから不安定化していくのでしょうか。









近親憎悪

今日のあさひのウィキリークスの記事。よみました?こういう記事をさりげなく,朝日はまだまだすてたもんじゃありません。

わらっちゃいました。やはりですねえ,あの人質事件,あれはね,イスラミックステートと偶然が起したことかもしれない,しかしね

すべて安倍&経団連とネタニヤフ,の政商商談がすべてをものがたっているのです。世界の首脳の動きというのはかならず意味があるんです。
あのときわたしはシツコク何度もネタニヤフとの会談,アッバス議長を窘めた,安倍,のおかしさ,ことあるうごとにずっといってきました,先見の明を誇るんじゃなく,歴史,近代史というのはこういうものなんです。
トルコと日本の結びつきを,考える,なんとかなったんじゃないか,それを,まずトルコの政体がどんなものかわかったうえでいってるひとはいませんでしたね。
安倍談話の可笑しさをトルコ産アヘンと岸信介のつながりで語る人は誰もいません。それが日本の近代史教育なんですがね

わたしはここでそこまで書きませんでしたが,自分の記事でもはっきり書くと陰謀論者めくのではっきり書かないのですが。世界で起こる悪いことというのはすべて,理由とつながり因果があるのです
トルコは,そもそもはっきり申せば・・・,みもふたもないことをいってしまえば,ユダヤ財閥がつくった共和国です。
その仲間割れ,近親憎悪が「ケマル主義とネオコン」のたたかいです。自分の記事では少しそこも書きましたが,つまり,「ギュレルとエルドアンの戰い」というのは根っこは同じ,20世紀初頭の世界の構造,その利欲と,理の矛盾がそのまま,ひきづられてきているということです

これは世界の近代史を根深く,子細に見ているとわかることなんです。
わたしは政治関係者でも専門家でもありませんが。近代史のメカニズムを,「歴史学問」的に知る,長いスパンで残っている事実を見ることでよく見える虚実がかならずあるんです。「虚は起きてない事実」ということではなく,そのように起させる人間の意志,想い,情であり,「実」は起きたことの結果です,

もうしわけないが日本人の人質の斬首,あれは「虚」です。虚はどうでもいいかといえば,そんなことはない,皆で哀しみ追悼する心の尊さと,情,というものと,現実が実利のためにうごいている世界の現実,これまったくべつのはなしなんですが,

ひとびとのイメージの沸騰,奔出が情によっておこる,それが意図的に過剰になされる時は,眼くらましに利用されてるんです。

トルコにむかうニホンジンの親愛の情,心,そのものが,日本の19世紀後半からつづく帝國主義者を,このもしいとおもう,そうおもわせる愛した日本人の「虚」なんです。民間人の交流の暖かさ,と政治の冷たさは,同じものではない。虚と実です

和歌山で座礁した軍艦をたすけた美談,このこと自体は偶然ですが,そこにも実は歴史の暗い暗いヤミがあるんです。(ノルマントンとさっきまちがえましたが)オスマンの軍艦エルトゥールル号事件というのは日本版のアロー号事件のようなもの,世界的な構造はおなじです。軍艦が来たから,おこる,軍艦はなぜ来たか?です。

遭難者を助けた,これはヒトとしてあたりまえのことです。しかしヒトの心という『虚』は利用されてはじめて表に『実』となってあらわれる。
それが利用されれば,歴史の美談として価値あるものに替わる。
つまり帝國と帝國のむすびつ きになる。
人にやさしい帝國と帝國のつながりというのいいですが,帝国欲と帝國欲,によっておこなわれた歴史,それをわれわれは,まさに『帝国主義』といったのです

海と結びついて,西欧帝國は艦隊によって覇権を可能にした。コロンブスの時代からそうでしたが,18世紀以降はそれが『帝国主義』となり,19世紀の暴力になり,20世紀の日本帝國の狂気がきわまった

トルコ,と日本というキーワードにアヘンをつけくわえればいい,ついでに和歌山もつけくわえればいい
日本とオスマントルコのつながりというのは,まさにかつての日本の帝國主義参画と表裏なんです。

エルドアンというのは,彼岸花さんがよくわかっていらっしゃる,おっしゃる,自民党の特高組,731部隊みたいなもんといっしょ,ということです。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード