『キャンドル・ナイト 74』

74回目のキャンドル・ナイトだ。


政治が、あまりにもひどい。

東日本大震災がおきたことが、『東北でまだよかった』、と言った前復興相、今村氏。
その言葉を思い出すと、今でも怒りで体が震えてくる・・・
彼の頭の中には、失われた一つ一つの命の重みの事や、残された人々の悲しみなどなく、
あの悲劇を、復興にかかる金銭の大小でしか捉えられないのであろう・・・

今年、3月11日の震災追悼の式典で、『福島第一原発事故』の文言を意図的に言わなかった、
この国の首相。
『福島第一原発事故』という事実そのものを、人々の記憶から消したがっているとしか
思えない。
同じく前復興相の今村氏が、福島第一原発事故で自主避難した人々の支援のことを記者に
質問されて、『勝手に逃げたのだから、自己責任だ』というような趣旨の発言をして、なおも
質問を続ける記者にぶち切れた、あの大臣にあるまじき言動と姿。
今村前復興相の度重なる暴言は、何もかの人物の個人的資質によるもののみではなく、
安倍政権というこの国の今の権力機構の、基本姿勢が表に出ただけなのだと私などは
考えている。

国民がまだまだその中身さえよく理解していない危険な『共謀罪』法案を、わずかに30時間
程度の国会審議で、採決に持ち込もうとしているこの政権。
改めて記事にしようと思っているけれども、自民党総裁という立場と一国の代表であり
責任の頂点にいる内閣総理大臣としての立場とを、自分の都合で姑息に使い分けて、
自らの個人的悲願である『改憲』について、国会の場で正々堂々と語ろうとせず、
詳しくは『読売新聞に書いてあるからそれを読め』と、恥ずかしげもなく言う、首相。

『読売新聞』は、国の機関誌ででもあるのか?????!!!!!
読売新聞をとっていない国民には、説明責任を放棄したも同然ではないか。
この政権の、政治の私物化は、本当にひどい!!!!!

しかし、そのひどい政治を『ひどい』と言える者が、いなくなっていきつつあるのだ・・・
この国に満ちていきつつある『無用の忖度』と『あきらめ』。






・・・・・・溜息つきつつ、今夜も、小さなろうそくを灯す。
そばに添えたのは、可愛らしいピンクのカンパニュラの花だ。




キャンドル・ナイト74 ③


キャンドル・ナイト 74 ②


まあ!なんと、完璧な愛らしさなんだろう!
なんと、完璧なフォルムなんだろう!と思って、しげしげと見入ってしまう・・・





最近の私は、ほぼ終日、主人のベッドのそばにいる。
細々とした用事があるからだ・・・
そして、ほぼ一日、一緒にテレビを見ている・・・
その中身について、ぼそぼそと語り合う。
クイズ番組などは一緒にやる・・・

でも、私は、ぼうっとテレビだけ見ていることの出来ない人間なので、この頃は、編み物を
持ち込んで、棒針をせっせと動かしながら、テレビ画面にも目をやる・・・
今は、自分のセーターを編んでいる。木綿糸で、梅雨の少し肌寒い頃にも着られるように。
と言っても、着て出かけるところもないので、ただ編むために編んでいる感じだ・・・

こう・・・惻々とした悲しみが、常に胸の奥のどこかにある感じ。
だから、主人といる部屋には綺麗な花を欠かさないようにしている・・・

キャンドル・ナイトのこのカンパニュラの花も、主人のベッド脇に飾った中から一輪だけ
取り分けたものだ。



キャンドル・ナイト74 ④




庭に今いっぱい咲いているムラサキツユクサも少し切ってきて一緒に挿してある。

カンパニュラ。二本で298円だった。
でも、こんなに花がいっぱい。

これまで、この花を買ってきたことあまりなかったし、しげしげとこの花を見たこともなかった
のだが、改めてよく見ていると、本当に愛らしい花である。
朝。カーテンを開けるとき、ここ数日は、この子たちに『可愛いね』と必ず声かけする。

狭い庭だが、もうすぐ、『キリ・テ・カナワ』という歌姫の名のクレマチスも咲くし、
素晴らしい強香性の白バラ、『ホワイト・クリスマス』のつぼみも大きくなっている・・・
今は、花たちを見ているときが一番楽しい・・・


3月頃は、お婿さんが作ってきて、娘と共に取り付けてくれた、小鳥の餌台にやってくる
シジュウカラなどを見ているときが、一番心が安まったし。



餌場にきたシジュウカラ


よく出来た餌台でしょう。
表札代わりに、小さな雀の絵の飾りまでつけてくれてあります・・・




チューリップ 74



玄関には、こんな花も飾ってある・・・

これは、今年、我が家で咲いたチューリップだ。
添えてあるヤツデの葉っぱは、庭中いたる所に自生してくるし。



ささやかに小鳥や花たち・・・を眺めて暮らす。

そういう自分の心が弱っているのを自覚はしているが、これはこれでいいような気もする。


やむにやまれぬ義憤と、愛らしいものたちをめでる気持ちは、同じところからきているからだ・・・
















南亭さんバナー②




心ひとつに キャンドルナイト








葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 








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Re: さおる。さんへ

さおるさん。こんばんは♪
こちらこそ無沙汰ばかりしていてすみません・・・
でも、先日、白い手の彼女から、心のこもったコメント頂いて、とっても嬉しかったんだ~。^^
三人でぼそぼそ語り合っていた頃のこころは、今も全然失ってはいません。
彼岸花はいつまでたっても彼岸花。^^

特に、そう。5月の爽やかな日々が過ぎて、もうすぐ梅雨に入るという今のこの季節、
そして夏が始まろうか、という頃までの季節には、その頃のことよく想います。^^
昔から、日当たりの悪い庭にもどくだみの白い花が咲き、ホトトギスが夜鳴いて過ぎる
この季節が好きでしたし~。

今日はこちらは、今も、しとしと『梅雨入り』を想わせるような雨が降っています。
とても静かです。雨の音しかしない。
外では、どくだみの花が雨に打たれているでしょう。
うんうん。どくだみの白い花を一輪生けると、『梅雨もまた楽し』になります!^^

コットンセーターは編み上がりましたよ♪ 今度載せますね。
今日のような、雨でちょっと肌寒い日に着ると気持ちが良さそうです。
今は、麻糸で夏にちょっと羽織るカーディガンを編んでいます。
そうなんです。着るため、というより、『編むために編んでいる』。
ベッドにいるつれあいのそばで、時折、話などもしはするけれど大体は黙々と
手だけ動かしながら無心になっている時間って、結構いいものです。

居間の掃き出し窓を開けているので、そこから、テイカカズラの白い花の甘い香りが
一日中流れ込んできます。^^ うっとりするようないい香り。
テイカカズラは、鳥の餌台のあたりのフェンスで咲いています。

さおるさん。
『呉服やさん』でお仕事なさってたのですね。^^
さおるさんが着物たちの間にいる・・・その光景を想像しただけで、嬉しくなります。
着物を『着る』のも似合うひとだし、きっと勧め上手でもいらっしゃるだろうと
わかります。
ああ・・・着物談義、もしたいなあ!^^

人生は、ほんと。思い通りには行かぬものですが、悲しいこと悔しいこと・・・
そういうこともいっぱいありますが、また、美しい季節も確実にある・・・
ちょうど今日もあたしは、それこそ編み物の手を進めながら、ふっと鳥のえさ箱や
テイカカズラの方の庭を見て、『たいした人生じゃなかったけれど、この世に
生まれてきて、あたしに許された限りで美しいもの愛せるものたち・・・に巡り会って
きたこと、とても幸せだったな・・・』って、思ったところでした・・・
ちっぽけな花の一輪、遠くの鳥の鳴き声・・・、古今の美しい音楽たち・・・
そんなものを知れただけでも幸せだったな。と。

これからあたしに残された人生の時間。どれくらいあるかわからないけれど、
そういう静かな境地と時間、これからも大切にしたいです。

さおるさん。ありがとう~~~~~~~♪
これからいい季節だよ~~~!


梅雨入り前のひととき

こんにちは。 ご無沙汰してしまいごめんなさい。
彼岸花さん。ご主人様の傍らで 編み物を編むために編むような穏やかな時間を過ごされているのですね。
いつも季節の花とともにある お二人。
庭に作られた餌台も可愛らしく嬉しくなりますね。
いきていく事は。
時間を忘れて走る時。
ただ痛々しい剥き出しの心のままで誰かと向かい合う時。
そしてゆったりと秒針とともに過ごす時。
色々な場面がおとずれるものなのですね。
人の一生を春夏秋冬 季節にたとえるのに 府が落ちます。

彼岸花さんがドクダミの花を一輪飾られているのを見て、蒸し暑い鬱陶しさが一瞬消えるようでした。
わたしの庭の一角にもドクダミの緑銅色の葉が広がっています。

あの白い花を活ければ 梅雨もまた楽しいかもです。

入梅前にはコットンセーターも仕上がるのでしょうか。。
編むために編むという時間の過ごし方もいいですね。

私はすこし自分の時間を見失っていました。。
いちがつから呉服屋のパートを始めて 頑張ってました。

もう少しゆんわりと。 夏を泳いでいきたいです。

良い時間をお過ごしください。

Re: んさんへ

んさん。こんばんは~。

ムラサキツユクサ。畑にそんなにはびこるんですか。
そういえば、我が家のも、買ってきて植えたたわけでもないのに、自生してきた
もので、今では玄関先に大きな群を作って咲いています。
今年は、門のところの隙間から一本生えてきて、それも花を咲かせています。

これとは大きさも花の形も違うけれど、『ツユクサ』、というのもありますね。
こっちは雑草扱いだけど。
これもすごく可愛い花なんだけど、よくはびこるんだよな~。
一時期我が家の裏の方が、びっしりこのツユクサに覆われていた年がありました。
綺麗な青空の色の花。群落になると見事なのでそのまま抜かずにいましたが、
翌年は、その一角は、ハルジョオンだらけになった。こっちはぽいぽい抜いて。><

畑にはびこるとなると、こんなのんきなことは言っていられませんね~。><
お疲れ様ですぅ!

ムラサキツユクサ

見る分にはねぇ・・・

畑に生えちゃうと駆除が大変なんじゃわ。

抜いても抜いても、抜いても、いつの間にやら大繁殖(心折れそうになりそうじゃ)

Re:mtz-tosiさんへ

mtz-tosiさん。こんにちは。
コメントの返事の順番が少し違っていて、申し訳ありません。

今、朝日の夕刊を取ってくると、加計学園獣医学部新設に、『総理の意向』という
大見出しがいきなり目に飛び込んできました。
この加計学園問題は、森友学園問題に倍する大きな政治関与が疑われています。
まだ詳しくは記事を検討していませんが、さて。どこまでこの問題が明らかに
されていくでしょうか。しっかり見つめていきたいと思っています。
トランプの情報漏洩問題は、大統領弾劾へ進むかも知れないなどとも言われていますし、
こうした内外の政治トップの疑惑は、支持政党や個人的好き嫌いなどと言う
私的感情を超えて、徹底的に真相を明らかにしていってほしいですね。

メデイアの劣化は、日本もアメリカも同じだと思われますが、それでもまだ
アメリカには、『王様は裸だ!』と勇気を持って言える気概が、ジャーナリズムにも
国民にも、そして司法にも残っていると思います。
日本はどうでしょうか・・・
それでなくとも、日本人には、『弱いものは徹底して叩くが、強いものにはひるみがち』
とでも言うような気質が昔から強いように思います。それは私自身の内にもあって
とてもそれが自分でいやなのですが、とにかく、とりわけこの政権にはなぜか
当初からマスコミも、党内の他勢力も、反対を唱えるのに及び腰。
ここに来てますます、その傾向は強まり、国民の過半数を超える支持率を得た政権は
言いたい放題したい放題をしていますが、それでも支持率が大きく下がらない・・・。

私は、民進党支持者ではないのですが、それでも、とにかく、国家というものが
ひと色に染まってしまうのはよくない。その想いだけで、民進党には野党の中心となって
頑張ってもらいたい・・・そう思ってきました。
だが、民進党に国民は厳しかった・・・。
ここまで安倍政権のでたらめを許しながら、なぜ民進党の失敗にはあれほど
国民が厳しかったのか。そのことを今も私は考え続けています。

とにかく。国民が、政治をもっと自分たちに引きつけて考えていかないと、この国の
政治はよくなっていかないと言う気がします。
憲法第十二条『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、
これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、
常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。 』は、本当に、大事な、
本質を突いた条文ですね。
この条文を用心深く付け加えておいてくれたGHQの人々に感謝したいくらいです。
ところが、くだんの自民党改憲草案では、後半部が、『国民は、これを濫用しては
ならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、
常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。』
と、ご承知のようになっています。
『公の秩序』と言う文言が、至る所に出てくる自民党草案の考え方は、今、『共謀罪』
を無理矢理にでも通して、国民の知る権利、自由に考える権利、抵抗する権利までを
弱体化し剥奪しようとする自民党与党の思想にも通底するものですね。

国民は、そういうことを真にわかって投票なりなんなりの意思表示をしてるのかなあ・・・
不安です。

ムラサキツユクサ。mtz-tosiさんのお庭にも咲いているのですね。^^
マツバウンラン。これは知りませんでした。風情のある花ですね。

今は、梅雨入り前のいい季節。
今お抱えの問題が、いい方への結果が出ますこと、心からお祈りしています。


Re:鍵コメさんへ

鍵コメさん。
コメントの順番、少し前後しますが、お許しください。
メールにも書きましたが、とにかく今は、お体第一になさってください。
ずっと祈っています。
ただ、それだけお伝えしたくて。

Re: みりねさんへ

みりねさん。こんばんは。

私も、梅雨に入る前のこの短い爽やかな季節が大好きです。
クスノキの花やテイカカズラなどの白い花の香りが少し湿り気を帯びた空気に満ち、
夜にはホトトギスの声が上空を横切る・・・そんな季節。

つれあいの看病で、今までのように気楽にデモなどに出かけることは出来なくなって
しまいましたが、部屋に花を飾ったりするなどきちんと生活して、精神とこころの
アンテナは鈍らせたり錆びさせたりしないようにしていたいなと思っています。

しかし、それにしても、世の動きがなんとめまぐるしく、しかも悪い方へ悪い方へと
突き進んでいくことでしょう。
私もその動きに書くスピードがついていかず、あれもこれもと、書き残した事ばかりが
堆積していっています・・・

私も、夜、ふと目が覚めて、覚めたばかりのときはまだ頭がぼうっとしているので
何が起きたかわからない、それでも、胸の奥底に何か悲しみの塊のようなものが
あることに気づいて、そこではっきりと目が覚めます。
悲しみの正体は何か、と、短い間、考える。
そして、今世界で、この日本で、さまざまに起きている嘆かわしいことどもが
悪い夢なんかではなく、現実なのだと言うことに思い至って、そのたびに愕然とします・・・

何が悲しいと言って、自分がこれまでナイーブにも信じ続けてきたこと・・・『自由の価値』とか
『真実の大事さ』とか、何かを希求する心・・・そうした原初的な初々しい情動までが、なにか
姑息にしていかがわしい足の下に踏みにじられていこうとしている予感・・・。
それが一番、さびしいですねえ・・・


とりわけ、日本におけるさまざまなことの劣化は、目を覆いたくなるほど。
トランプのアメリカのいろんな事が批判的に語られますが、なにも驚くことはない、
ジャーナリズムの崩壊も、行政権の司法権、立法権への横やりや介入も、
国のトップの嘘も開き直りも、それを『良識派』が糺すことが出来ないことも・・・
中間層の没落も・・・貧富の固定化も・・・
何のことはない、みんな我が国の方が先を行っているのでありました。

それでも、まだ、他国のあるものは、自浄力をかろうじて残している。
アメリカでさえ、司法が日本よりまだ気概があるようだし、ジャーナリズムも
余計な忖度など、まだ少ない。
韓国は立派でしたね。
私は、かの国の選挙戦を見ながら、ほんと、あの民のエネルギーがうらやましかったです。
怒るべきときに怒ることを知っている。
この頃、寝たきりのつれあいにつきあって、よくテレビを見ているのだけれども、
韓国の選挙戦中の、日本の『報道ショー』のようなものに出てくる専門家やゲストと
呼ばれる人々の会話の情けなかったこと!
一番中でも腹が立ったのは、文在寅氏のことを、誰だったかが、『市民運動家上がり』の
首相、と言うような表現をしたときでした。
なに言ってんの!市民運動のどこが悪いの!
市民運動の成り立たないような国に住んでいることこそ恥だろう!と、本当に悲しく
思いました。この国では、市民が運動することが恥ずかしいことのように思われている・・・。
それだから、『テロ等準備罪』とか『オリンピック対策』というものの名を借りて
国民の自由にものを考え行動する権利を徐々に束縛していこうとするもくろみの明らかな
『共謀罪』法にも、あまり危機感を抱かないのでしょう・・・

私は、今、安倍氏がこのほど持ち出した、憲法九条の第一項、第二項は変えないで、
第三項として、自衛隊の位置づけをしっかり書き加える、という改憲案を、この国の民は
すんなり受け入れてしまいそうだ、と思っています。
おそらく拍子抜けするほど、『改憲』はすんなり行われるんじゃないか。

>3.11後の6年間は、わたしはずっとその根っこを、
元へ元へとたどり続けてきたように思う。

と私が書いたこと。
みりねさんは、その私の心の作業をずっと見守ってきてくださって、私が表に引きずり
出してみようとあがいていることの本質の部分を過たずわかっていてくださる・・・
ありがたいことだと思っています・・・。

この日本の奥深いところに横たわっている腐った根っこ・・・
それらは、何度も言うようだけれど、本当に、一つのところで繋がっているんですね。
原発事故を語れば、それは戦中、戦前の日本の、朝鮮半島や中国などの人々の強制労働
の問題や、満蒙開拓団の真実、といつしか繋がってくるし、無論、沖縄とも繋がる。
森友問題は、日本軍兵士の中国人捕虜刺殺訓練と、同根です。それは奇妙なことに、
『保育園落ちた。日本しね!』とも繋がっている。

『忖度』という言葉が、この頃やけに盛んに一人歩きして、あっちでもこっちでも
都合のいいように使い回されているようですが、2年前、私は、後藤さんと湯川さんが
無残にもISに命を奪われ、シャルリー・エブドの悲劇が起きたとき、
『沈黙…意見を呑み込むということ忖度するということ』というシリーズ記事を書きました。
あのころから、『忖度』という言葉にこの日本の本質を見ていたことは確かだったと思っています。
いつものごとく、エネルギー切れして未完成のままになったけれど、記事は、
人間が『忖度』する場合を7つの段階に分けて、分析していこうとしていました・・・
続きは、この国の民が、自分も含めて『過度の忖度』に陥ったときの怖さ、について
書くつもりでいました・・・
森友問題が、湯川さん後藤さんやシャルリー・エブドと繋がっている・・・。
そんな風に、一つのことを追及していけば、どこかで別なことに行き当たる。

ずいぶんいろいろ書いてはきたけれど、まだ、引きずり出しきれていないです。
書いても書いても語っても語ってもキリがないです・・・
ときに、本当に悲しくなる。がくうっと力が抜けてしまうことが再三ありますね。
でも、すでに言ったことでも、それがひとの心に伝わりきれない以上、何度も何度も
書かなくちゃいけないんだろうなあ。

キャンドルも灯し続けなければ、ですね! 
そうだ。ほんとにそうだ。
心に、怒りと悲しみのキャンドルを密かに灯し続けているひとは、たくさん実は
いるのですよね。
黙っていても。表には現さずとも。同じ思いで生きている人々はたくさんいる・・・
私も、それを信じたいと思います。
私の、小さな亀山ローソクも、その灯火の洪水の中の一つだ! ^^

書き続けますよ。

みりねさんのこのコメント。深くって心がこもっていて、本当はもっと私も深く答えられたら、と
思うんですが、また、その想いは、記事にして行ってみますね。
いつも溜息つきつつ。ではありますが。

ありがとうございます。





Re:んさんへ

んさん。こんにちは。

・・・ほんとにね。北朝鮮情勢は、心配です。
でもな。プーチンの言葉が正しいとも思いませんが、周辺国、また国連などで
いくらみんなで寄ってたかって北朝鮮を非難し、軍事的経済的圧力をかけようと、
北朝鮮が折れて出てくるとも思えませんね。
いったん、みな頭を冷やして、北朝鮮と話をしてみる事が必要なんじゃないかしら。

あまりみなで追い詰めすぎると、『窮鼠猫を噛む』で、ちょうどかつて日本が
ABCD包囲網で、二進も三進もいかなくなったと思い込んで、ついに無謀な
太平洋戦争に突き進んだように、歯止めがきかなくなることも考えられます。
私たちの国のあの戦争を、『自衛のための戦争だった』という理屈がまかり通るのならば、
もし、北朝鮮が『核戦争』を引き起こして、それを『自衛のためだった』と言ったとしても、
少なくとも、日本人はそれを責められないよなあ・・・、なんて思います。
そんなことがあっては、無論、なりませんが。

今、日本のとるべき態度は、アメリカの尻馬に乗って、北朝鮮の脅威を煽り立てる
事では少なくともないような気がします。
安倍首相らの『厳重に抗議します』という決まり文句みたいな虚しい言葉を
幾度も聞いていると、腹が立ってくる。
北朝鮮は、無論ろくでなし国家だけれども、その脅威を煽って、それを国内での
軍備増強や軍国化への傾斜の隠れ蓑、アメリカへのさらなる依存、そして国民の
判断力劣化を狙っているような、この政権のやり口には、別の意味で腹がすごく立ちます。

『我が国も北に負けず劣らずの一党独裁の状態なんで・・・
安倍さん「人の振り見て我が振り直せ!」と苦言の一言も言いたい訳で。』

ほんとですよね。もう、高い支持率をバックに、やりたい放題言いたい放題。
公明党や、おおさか維新がまた、ろくでもないの上塗り。

もう、自浄力というようなものが、この国の政治の世界から消えてしまっているような。
あとは、国民がしっかりするしかないのですが・・・。

んさん。いつもありがとうございます!



Re:しほさんへ

しほさん。こんにちは。

はい。今月もささやかに、ろうそくともしました。
もう、74回も、こうやって灯してきたんだなあと、自分でも驚きます。
小さなろうそくの火は、私の祈りでもあり、ささやかな『抵抗』でもあります。

鳥の餌台。よく出来ていますよね。^^
義父が退院してくると聞いて、お婿さん、一晩であっという間に作ってくれた
みたいです。ベッドから立ち上がって、トイレなどに行くための手すりも、家の
あちこちに、これも瞬く間に取り付けてくれました。
家族というものはありがたいものですね。お婿さんと娘に感謝です。

今は、野山に鳥たちの食べ物は豊富な時期なので、餌はもう出していませんが、
3月。私が精神的にも体力的にもまいっていたときに、可愛い小鳥たちの姿が
どれほど心楽しませてくれたか知れません。

しほさん。いつもキャンドル・ナイト。見に来てくださってありがとうございます!

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No title

彼岸花さん、お早うございます。

朝っぱらから政治の話で申し訳ありませんが、政治もメディアも劣化が激しいと、嘆息するこのごろです。家内にいうと、仕方ないよ、という感じですが・・・

でも、読む新聞によっては、それぞれの人の考えは大きく変わるのでしょうね。その意味では監視役たるメディアの責任は大きいし、小選挙区制がまともに成り立つには二大政党の存在が必要ということを国民が認識せず、まともな野党としての一大政党を育てていく気持ちがなかった、国民の責任ともいえるし、互いの意見を尊重する、また憲法12条に規定された国民の大事な義務をきちんと教えなかった教育の責任とも言えるでしょう。

今はちょっと動けませんが、動けるようになったら、そしてまだ共謀罪法案が審議中であったら、少なくとも、共謀罪の実態をできるだけ多くの方に知ってもらうよう、できるだけのことをしたいと思っています。

通ってしまったら、憲法の問題にしろ、安全保障の問題にしろ、市民としての活動はしにくい状態が予想されます、と懸念しているのですが・・・

====

ところで、ムラサキツユクサ、いいですね。うちの庭にも咲き始めました。その他、カタバミ、ヒメツルソバ、そうそう砂地には、マツバウンラン(この前調べて初めて知ったのです、可憐な、かつたくましい花)。。。いい季節になりました。

では、またね。

Re:鍵コメさんへ

鍵コメさん!お久しぶりです!
ほんとにお互いに無沙汰、とは言えど、あなたのことを忘れる事ってないのよ。^^
かつて交わした会話の一つ一つは、私の中に鮮やかな印象のまま、ちゃんとしまわれていて、
何かあるたびに、一つ一つ思い出すの。^^
特にね。こう・・・鍵コメさんにはなぜか『清冽な水』のイメージがあって、夏が近づく
この季節になると、あなたのこと想う。

うふふ。
アラン・ドロンの引退から、美しい眼の人に連想が飛んで、ピーター・オトゥールに
行って、チップス先生に行って、二十四の瞳にいって、『教師つながり』で彼岸花の
ところへ・・・(笑)

そういうことってありますよね。

あたしのこと想ってくださるとき、『鉛筆の香り』が立ちのぼる。
ああ!それって、すごくいいなあ、うれしいなあ!
あたしね。鉛筆の木の香り、すっごくすっごく好きなの。
だから、鉛筆をナイフで削るのもすごく好き。
電動式の鉛筆削りなんて使ったことないよ。手動式のも。
あたしが子供の頃は、『ボンナイフ』という折りたたみ式の小さなナイフを
どの子も筆箱の中に入れていたもんだった。
その頃は、シャーペンさえもまだみんな使ってなくて、みんな鉛筆だったの。
だから、休み時間などには、みんな当たり前みたいに次の授業のために鉛筆削ってた。

特にあたしは、きれ~いな円錐形に削るのを生きがいにしていて(爆)、時間かけて
丁寧に削っていました。高校の古文の授業中に、ありったけの鉛筆、夢中になって
削っていて、ふと気づくと、先生が、あたしの机のそばに立って、机の端を
指でコツコツ叩いてた。そうされるまで気づかないくらい夢中になってたのね。
びっくりして顔を上げると、初老の優しい先生だったんだけど、『鉛筆は休み時間に
削っておきなさい』と一言だけ。(爆)
その頃から、古文は、どっちかというと苦手だったのかな(笑)。
鍵コメさんに、古文の勉強、だいじょぶだからやり直してみなさいって言われてましたよね。^^

とにかく、あたしは、鉛筆の木から立ちのぼるあの新鮮な香りが大好きで。
やっぱり~~~~~!!!お見通しの通り。そうなの~~~!!!(笑)

芯もね、綺麗に円錐形に整えて。角度にもあたしなりの美学があって、削った木の部分も
芯も、長すぎても短すぎてもいけない。

今でもあたしはシャーペンの固い書き味が苦手で、ほとんど使いません。
シャーペンは一本も家にないんじゃないかな。徹底して鉛筆派です。
もう、ボンナイフは持ってないけれど、カッターナイフで丁寧に削る。
絵付きの可愛いのとかじゃなくって、三菱とかトンボ鉛筆とか、シンプルなので
揃えるのが、子供の頃から好きだったな。
うちはすごく貧乏だったけど、あたしは、鉛筆と紙だけはきちんと揃えてたの。
紙は、B4版の藁半紙を束で買って、それを半分に切って、机の上にうず高く
きちんと揃えて積んでおくの。
英単語覚えるのも、落書きするのも、その真新しい紙の束からとって書く。
藁半紙の紙の匂いも好きだったなあ!

嬉しいな。鍵コメさんはやっぱりよくわかっていてくださる。^^

そう・・・教師を辞めてからもう9年、かな・・・
おっしゃるように、家でまた、細々教えようかな、と思ったこともあるんですよ。
お金はとらない。経済的理由などで塾にも行けないでほんとに勉強で困っている子を。

何度か考えたことがある・・・。
でも。エネルギーがもう、ないかなあ・・・
あたしは、器用な方ではなく、いくつものことを同時に出来ないの。
塾の先生してた頃は、めいっぱい『先生』してた。
あの頃のエネルギーは、もうないの。

鍵コメさんが、もう一度教えたら?と言ってくださるそのお気持ち。よくわかるの。
ほんとにありがたいなって思います。
あたしが、旦那様の介護で、それだけになっちゃって、気持ち的に行き詰ったりしないように・・・。
鍵コメさんは、あたしのこと、すごくよくわかっててくださるから、あたしのこと
心配して言ってくださるの。
鍵コメさんが、こんなふうにそっと訪ねてきてくださるときは、実はあたしが
ちょっと危なっかしいとき。^^
鍵コメさんは、その白いやさしい手で、あたしをはっと引き戻してくれるのね。^^

よくわかってるんだ~~・・・。
いつだって、涙が出るくらい、鍵コメさんの気持ちが素直に嬉しいです。

だいじょぶ。
彼岸花さんはだいじょぶ。
うんうん。
いつも世の中のこと嘆いてばかりいるけれど、まだ信じてるんだ。
この世に美しいものいっぱいあること。
ささやかでいじらしいものもいっぱいあること。
ひとの心の温かさ。
せいいっぱい生きることの美しさ。

あたしもね。普段は自転車引きながら、下ばかり見て歩く方なの。
だから、あたしも道ばたの草花や虫などにはよく目がとまるの。
その代わり、みんなが見てるもの見落としたりする。^^

鍵コメさんのおうちの周りには、セキレイやモズや雉もいるのね!いいなあ!
ほんとにね。
どこかこう・・・世界に余裕がない感じがします。
この世にはいろんなものが生きていて、いろんな人がたくさんいて、その一つ一つ
ひとりひとりがかけがえのない大切な命。
石ころみたいな、命ないものでさえ、そこにちゃんとあるってことはすてきなこと。
それがわかってない。
どんなにえばったって、人間もこの宇宙のかけらでしかないのにね。

いつか、会えるといいね。そして、『昨日の話の続き』、みたいな感じで、
のんびりお話がしたいなあ・・・
でもね。会えなくったって、鍵コメさんは、あたしの中ではしっかり姿が見えてる気が
しています。
Sさんは、鍵コメさんのこと『可愛い人だ』と表現することが多いように思うけれど、
あたしには鍵コメさんは、遙かに年下なのに、なんか時々『姉さん』って感じがするよ。
あたしの方が甘えてる感じ。

いつかほんとに会いたいなあ・・・

訪ねてくださってありがとう!
時々、暮らしの記事も書きますから、またそっとのぞいてみてくださいね。
彼岸花さんが、ふらふらと変なとこに行っちゃわないように、これからも。^^











うん。いつか、また、教えること。やり始めるかも、です!






ともしびは光の洪水となって・・・

彼岸花さま

連休明けから梅雨に入るまでのひと月は、最も爽やかな季節ですね。
お連れ合いさまと、穏やかな初夏の日々を過ごされながら、
人の心から失われることのない、よきもの、美しきものを愛でられるお姿に、
志操の高度と鮮度が、いつまでも保たれる若々しいエネルギーを感じます。

3月の記事でいただいた、彼岸花さまからのご返信。
なんども読み返しながら、その意味を考えています。

ほんとうの「乱世」になりました。しかも事の推移が早すぎます。
考えている暇も得られない。けれどももう後戻りもできないでしょう。
いまこうして、無事に過ごしていられるのが信じられないほどです。まさか
自分が生きているうちに、「狂気の時代」を見るとは想像もしなかったので、
寝て起きたら夢だったらどんなにいいだろうかと、思わずにはいられません。
抵抗は困難を極めます。これからの時代を甘く見てはならないと思います。

「人類の英知」は、決して滅びたわけではない。そう信じます。
その声は、すぐにかき消されてしまう、風の前の灯であってはなりません。
世界中の人々が、がんばって抵抗しているではありませんか!
彼岸花さまもキャンドルも、そのなかのひとつではありませんか!

人間が人間であるとは、流されやすい肉体や心、生活感覚ではなく、
個々の人格と良心を重んじ、歴史を通して積み重ねられてきた精神を学び、
守るべきものを守り、よきものを受け継ぎ、尊重できるかどうかにあると思います。
それらが総攻撃を受け、滅ぼされようとしているいまだからこそ。
私たちにできるのは、先は見えなくとも、倦まず弛まず息長く続ける
「力ある言葉」による、良心の抵抗こそが肝要かと思います。

そして「力ある言葉」とは、決して語彙や表現力のことではなく、
人間の知性と感性、教養、良心、思考力、想像力、洞察力に他なりません。
語彙には乏しい小中学生が、どれほど洞察に満ちた文章を書くでしょうか。
大人が怖れて黙っていても、「王様は裸だ!」とありのままを見るからです。

ある作家が、「肉体が、(現実の)肯定なしには生きられない以上、
精神には否定する力が不可欠だ。生きるとは批判することである。
手放してはならない、否定する力を」という内容を書き記していましたが、
この世の、途方もない悲惨と不幸に寄り添い、背負ってゆく共苦の覚悟こそ、 
人間が、自由でなければとうていできない、精神の尊い営為だと思います。
私には、批判や否定がなぜ、ことさらに嫌悪されるのか理解できません。

パソコンがあったからこそ、彼岸花さまにも巡り合えたのだけれど、
3.11がなければ、たとえ出会えてもどうだったか・・・と書きましたね。
私が彼岸花さまのブログに引きつけられ、むさぼり読むようになったのは、
おなじ方向性の思想や価値観、問題意識もそうなのですが、それ以上に、
文章全体にマグマのように煮えたぎる、極限の怒りと悲しみ、それを支える
歴史に根差した批判精神、倫理観、揺るがない良心に魂が震えたからです。

> ・・・私の中であの日の記憶は決して薄れるということはありません。
> 時がひとびとの記憶を薄れさせて行こうと、
  私の中では薄れるなどということはありません。
恐らくしぬまで私は、あの日の記憶を抱き続けて行くことでしょう。

「記憶が薄れることがない」とは、もちろん記憶力(脳機能)の話ではなく、
彼岸花さまの意志であり、この時代を生きる人間としての義務だからですね。
それは人が「自我」の殻を破り、近しい人間関係や、狭い公共をもこえて、
歴史や自然界に繋がることで、はじめて身に覚える責任でもあると思います。

>3.11後の6年間は、わたしはずっとその根っこを、
元へ元へとたどり続けてきたように思う。

この営為も、そうしないではいられない動機も、おなじだと思います。
一見すれば無関係に見える物事を繋げる、複雑な地下茎をたどりながら、
隠された背景を照射する作業を通して、彼岸花様が明らかにしてきたもの。
それこそ私たちが直視しなければならない、日本人の肖像画だと思います。

思わず目をそむけたくなる部分もあるので、「顔の歪みを鏡のせいにして」、
激しく怒り、不満を鳴らす人もあるでしょうが、事実は変えられません。
戦争であれ大災害であれ、その恐るべき出来事が、一度起こってしまえば
永遠に終わることはない、常に「現在」であり続けるものが、この世にはある。
「忘却」とは、常にそれに向き合わねばならない、責任の放棄だと思います。

残念ですが私たちの死後、100年、200年のちの日本人にとっても、
「2011.3.11」は、自分たちの生活や将来を蝕み、おびやかす核災害として、
いつまでも深刻な、「現在」であり続けると思います。
大自然の猛威を侮った原発、心ある人々の警告に耳を貸さなかった政治、
その責任を負うべきわれわれの世代は、永遠に断罪されると思います。

いまこの国に蔓延する言葉の軽さ、安さ、虚しさ、卑しさ、衰え、偽り、無力、
それが転じた暴力と欺瞞、冷笑、楽観と自慰、妄想と無為・・・
それらを売り物にしたり、貪るように消費し、さらなる刺激と感動を求め歩き、
泥船に乗って自画自賛、あるいはそれを憂いつつ、底なしの堕落を続ける日本国。

「ポスト真実」とはよくいったものです。もっともこの国では、
トランプの登場よりずっと前から、そうした現実は始まっていました。
政治家の厚顔無恥な嘘八百、愛国者のヘイトや歴史改竄もそうですが、
リベラルの空元気、開き直り、逃げ口上、自縄自縛、無責任も大したものです。

>・・・・・・溜息つきつつ、今夜も、小さなろうそくを灯す。

小さな灯を掲げた人々が、無数に集まり、心を一つに、巨大な光の洪水となり、
ついに悪政を倒し、最高権力者を獄に繋ぎ、保守政治を断罪し、国を刷新した韓国。
「どうだ、うらやましいだろう!」と誇らしげに胸を張られても、
なんのことだか、(リベラルであっても)さっぱり分かってない日本人。
どうやらいまの日本は、「まるで全斗煥時代の韓国」だそうです。

ソウルでは、反朴槿恵デモに向かう人々を載せた地下鉄も、
「お疲れさまでした。私は参加できませんが、
 代わりに皆さまを、目的地まで安全に送り届けます」
「韓国のために頑張ってください」と、車内放送で激励したそうです。
「北」からミサイルが飛んでも、日本のように止まったりしません。
民度における彼我の落差・・・なぜ韓国にできることが、日本にはできないのか?

むろん文在寅、前途多難ですし、トランプも、何を仕出かすか分からない。
なのに相変わらず、反日やら少女像やらミサイルやらのひとつ覚えで、
この国のメディアは、いったいなにを煽ってるのでしょうか。
煽り立てれば自動人形のように踊りはじめる国民もどうかしていますが、
悔しければ民衆の力で、韓国よりもひどい安倍政権を倒してみせよと!
東アジアの緊張状態解消には、まず日本の政治の正常化が必要です。
韓国にはこれからも、日本の良心を問い続ける存在であってほしいです。  

それともわれわれは、「自衛隊を書き込むだけなら、9条改正してもいいや」と、
町内会レベルの安直な発想で、平和憲法、ちょっといじくるつもりしょうか?
まさか!それだけで済むわけはないのに・・・慄然としてしまいます。
なにより、「安倍流改憲NO」としか言えないようでは、オシマイです。
でも書き始めると長くなるから、ここまでにしておきます。

長々と(ぜんぜん長くない!)、駄弁を失礼いたしました。

ご家族ともども、美しい季節をお元気にお過ごしくださいませ。

もう・・・

「北朝鮮、逝って良し!」と日々思う今日この頃。

簡単に国滅びちゃえよ!なんてダメな発想とは分かってるんですがね、こうあからさまな挑発を連発されちゃうと「案外やつら滅びたがってんじゃね?」なんて発想も出てきちゃう訳で・・・

とはいうものの、我が国も北に負けず劣らずの一党独裁の状態なんで・・・

安倍さん「人の振り見て我が振り直せ!」と苦言の一言も言いたい訳で。

北の「あの政治の有様を時々見習ってんじゃね?」と思われる驕れる政治はいかがなものかと・・・

No title

キャンドルナイト 気付かせて下すってありがとうございます。
そうです11日の月命日でした。
彼岸花さんがこうして キャンドルを灯してくれてるから…はっとしました。
4日前、月のきれいな夜だったと思います。

立派な餌台!
屋根付きの鳥の家ですね。
止まり木が2本 いい塩梅に付いていてます。
ちょっと曲がった自然な枝ぶりが小鳥たちにぴったり!
お婿さん いい腕してらっしゃいます。


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Re:鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは~。

いえいえ。私に出来ることと言ったら、月に一度、こうしてちいさなろうそく
灯すだけ。
でも、決して忘れることはありません。あの日を境に、私自身も何かを失い・・・
何かを得た・・・と思っています。
大事な、得たもののひとつは、『人への信頼』かな・・・

人が、なおやさしくならねば・・・
ね? ^^

釣鐘のかたちの花。私もすき。
スズランもすごく可愛いですよね。スノーフレークも好き。
私の父との数少ない思い出の中の花に、ホタルブクロがあって。
小五の夏を父のいる高原の村で過ごしたときのこと。
父にその名を教えてもらった。

このカンパニュラも、ホタルブクロの仲間。
見ていると、ほんとに可愛い。 つい話しかけてしまいます。^^

鳥の餌台。ね。上手に出来ているでしょう?
ベッドに寝たきりのお父さんからも見えるように、小鳥たちの訪れが
少しでも心楽しませてくれるようにと言って、お婿さんが作ってきてくれました。
でも、一番心楽しませてもらったのは、私かな。^^
とりわけ、シジュウカラは、すごく可愛くって、一日ぼんやりその訪れを
待っていても飽きませんでした。
ヒヨちゃんは、例のごとく、縄張り意識が強くって、みんな追い払ってしまう。><
でも、ヒヨも可愛いです。

もう、小鳥たちは自然界に餌がたくさんあるだろうから、今は餌は出していません。
また、冬になったら、ささやかに楽しませてもらおうかな。
シジュウカラ用の巣箱も作ってきてくれてあるんですよ。^^

はい♪
セーター、出来たら、載せますね。
あれから、編み物づいちゃって、じっとしてると指がむずむずするの!(笑)
それでついに、実に30年ぶり、くらいに、セーターのような大物にとりかかっちゃった。
編み物は、自分の身の周りでこじんまりと出来るからいいですね。
一所懸命、子供のセーターなどを編んでいた昔を思い出します・・・

チューリップ。ね?ちょっと和風ですよね。風情があるの~。^^

ありがとうございます♪
ほんとにね。命はみんな繋がっている・・・
それを忘れちゃいけませんね。







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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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