『共謀罪法案に反対する ②』

共謀罪法案は、60%もの国民がよくわからない、といっているにも関わらず、
衆院法務委員会で採決可決され、23日には衆院本会議で可決されるのであろう。
『テロ対策』『2020東京オリンピック・パラリンピック』のためだ、と言われれば、
国民は、そうかな、やっぱり必要なものなんだろうな、と思わされてしまう。

だが。今回上程された共謀罪法案は、テロ対策や、オリンピックの名を借りて、
国家権力が国民の思想信条・集会結社の自由など現行憲法が国民に保障する権利を奪う、
少なくともそうした活動や精神の自由を萎縮させてしまうものに化けかねない、
いわば、戦中の治安維持法にも似たとんでもない悪法である
ことは、前の記事でも書いた。

とは言えども、普通の(と言う言葉がこの頃私は大嫌いなのだが)暮らしをしている、
いわゆる『一般人』には、自分には関係ない、その恐ろしさも感じない、というもので
あろうことも事実であろう。

この法案が成立しても、『普通の人』の生活は何ら変わらないだろう。
『普通』、市井に慎ましく生きているひとは、テロ準備を疑われるような物騒なことは
考えもしないし、それに荷担・共謀を疑われるようなことはしない。
また、『物言えば唇寒し秋の風』と、昔から言うけれども、なにも権力にたてつくようなことを
物言うようなことをしさえしなければ別にこんな法案が通ろうが怖いことはないのである。

今回、この法案の審議中、政府側の人間の口から何度も、『一般の人にこの法律が
適用されることはない』という保障が語られたけれども、そう!まさに!この『一般の人』
と言うのが、こうした、慎ましくおとなしく生きている物言わぬ民のことなのであろう。

しかし、世の中はそれでいいのだろうか。
政治家や官僚、またその他いわゆる権力を行使できる立場にいる人々が、常に正しいことを
するとは限らない。ときに彼らもとんでもない間違いを犯すことだってあり得るだろう?

政治やその他権力者のしていることがおかしければ、それを『おかしい』、『間違っている』と、
勇気を持って言う人考える人がいなければならないだろう。
最悪、政治や権力があまりにもひどい場合には、立ち上がって戦うことも必要だろう?
この悪法が成立し、施行されていくということで問題なのは、そういう人々がこの法で萎縮して
いなくなっていく怖れがある、ということなのである。

それで萎縮する程度の正義感なら、もともとたいしたものではない、と思われるかも
知れないが、世の中の正義というものは、たとえ弾圧されようと屈しないそういう桁外れの
強い意志を持った一部の人だけが守っているのではない。
強い抵抗者ではあり得なくても・・・、なにも物言えずとも・・・、心の内に不正を憎み正しいことを
志向する多くの『一般の』人々が、『世論』というものを形成して初めて力を持つものなのである。
今度の法律は、悪用されれば、そういう人々が、あきらめ萎縮していく・・・。そのことが怖いのである。
あるいは、マスメディアなどジャーナリズム、教育界などが、急速に、あるいは徐々に
萎縮していって、権力にあらがうようなことはしなくなる、そのことが怖いのである。
ジャーナリズムや教育が、権力を忖度しその意向を察して動くようになると何が起こるか。
国民は、『知ること』が出来なくなる。
知らなければ、問題意識もおこらないから、ますますおとなしい物言わぬ民が、『一般人』が
増えていく・・・。

要するに、権力にチェックを入れるものがいなくなってしまうのである。


今回の『『組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案』、
いわゆるテロ等準備罪を含む組織犯罪処罰法改正案、要するに『共謀罪法案』の本質は、
そこにある。

5月20日付朝日新聞に、こんな小さな記事が載っていた。赤字強調は彼岸花。
『「共謀罪」法案、国連特別報告者が懸念 首相に書簡送る』

特定の国の人権状況などを調査・監視・公表する国連特別報告者で、「プライバシー権」担当のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が、「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」として懸念を表明する書簡を安倍晋三首相あてに送った。18日付。書簡は法案の成立を急いでいるために十分に公の議論がされておらず、人権に有害な影響を及ぼす危険性がある」と立法過程の問題にも言及している。

そして次のような懸念を示しているというのだ。
①法案の「計画」や「準備行為」が抽象的で恣意(しい)的な適用のおそれがある
②対象となる犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係のものを含んでいる
③どんな行為が処罰の対象となるのか不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題がある
共謀罪を立証するためには監視を強めることが必要となるがプライバシーを守るための
 適切な仕組みを設けることが想定されていない




安倍政権は、国連の『国際組織犯罪防止条約』に入るために、国内法を整備しなければならない、
そのために今回の『組織犯罪処罰法改正案』いわゆる『共謀罪法』を新たに設けなければ
ならない、と言っているのだが、当の国連関係者から、その成立過程の杜撰さやその恣意的運用の
危険ひいては国民の人権侵害の恐れを指摘されているのである。

このジョセフ・カナタチ氏の懸念と共に、一つ前の記事で同じく私が引用した米ノースイースタン大
ニコス・パッサス教授の言葉を思い出してもらいたい。彼は国際刑法の専門家で、2000年に
国連総会で採択された同条約に関連し、各国が立法作業をするための指針を示した『立法ガイド』の
執筆で中心的役割を担った人である。

『「国際組織犯罪防止条約の目的はテロ対策ではない」と明言。
それぞれの国は、完全に条件を満たしていなくても条約を批准することは可能
と指摘。
国内法の整備においては)法の支配にのっとり公正でなくてはいけない。
日本国民の意向を反映させるべきだ
」と忠告
する。


国民の60%以上が、まだ法案の意味がよくわからないといっている中、あんな恥ずかしいレベルの
審議をわずかにしたのみで、このように海外の専門家からさえ危険を指摘されるような法案を
国会における数の力を利用して強行採決するこの政権のやり口が、果たして『法の支配に則って
公正に行われ日本国民の意向を反映したもの』と、言えるのであろうか???!!!

           ***


さて。実はここからが、私がこの記事で本当に言いたいことだ。
今、政府与党が遮二無二 この際通してしまおうとしているこの『共謀罪法案』。
前の記事でも引用したのだが、もう一度上記ニコス・バッサス氏の書いた当の
国際組織犯罪防止条約のための『立法ガイド』に戻ってみよう。
そこには、こんな一文がある。

43. 国内法の起草者は、単に条約文を翻訳したり、条約の文言を一字一句逐語的に
新しい法律案や法改正案に盛り込むよう企図するよりも、むしろ条約の意味と精神に
主眼を置くべきである
。法的な防御や他の法律の原則を含め、新しい犯罪の
創設および実施は、各締約国に委ねられている(第11条6項)。したがって、
国内法の起草者は、新しい法が国内の法的な伝統、原則、
および基本法と合致するものとなることを確保しなければならない。

これによって、新しい規定の解釈において裁判所や裁判官の違いにより対立や
不確定要素が生じる危険性を回避することができる。


ああ!私は、この一文を読むと、私たちの現日本国憲法の前文や、国民に侵すことの出来ない
永久の権利としての基本的人権を保障した第十一条や『すべて国民は、個人として尊重される』とし、
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利に最大の尊重を約束した第十三条や、
法の下の平等を明記した第十四条、また、私が、これを付け加えておいてくれたことを
一番GHQの人々に感謝する・・・そして自民党改憲案では見事に全削除されようとしている
第十章『最高法規』の条文を読んだときのように、涙が出てきそうにさえなる・・・・・・

第十章 最高法規

第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである

第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。




・・・なぜ、こんな堅苦しい憲法などの法律の条文を読んで涙が出てくるのか。


それは、そこに、人類の叡智が凝縮されているからである!




安倍政権の『共謀罪』法案成立過程とその中身に、人権侵害の危険を予感し、懸念の
書簡を安倍総理宛てに送った国連のジョセフ・カナタチ氏、同じく国連の『組織犯罪防止条約』
のための立法ガイドを執筆したニコス・パッサス氏。そして、71年前、日本国憲法草案に
『第十章 最高法規』の条文を滑り込ませておいてくれた、若きGHQの軍人たち・・・

彼らは皆、『法の理念』というものの大事さを知る人々であった、また今、ある、ように思う。
法律は、ときの権力者などによる恣意的な書き換えや運用を許すものであってはならない。
ましてや、一国の根本理念を書いた憲法においては。

ところが、私たちの国の今の政権の人々は、その、法や憲法の理念の大事さに対する『畏れ』がない。
彼らは、一国の法や憲法を、自分たちのものだとでも勘違いしているのではないか。
行政府の長である総理が、憲法を2020年までに変えると言う・・・

何が腹が立ち何が悲しいか情けないかと言って、私が、一番、腹立たしくもまた情けなく
思うのは、この国が今、『理』というものをどぶに捨て去ろうとでもしているように思えることだ・・・

『理』『理念』『理性』・・・『人類の叡智』と言ってもいい。
人類が、長い時間をかけて学んできたもの・・・
血と涙と汗と・・・ときに命をかけて獲得し守ってきたもの・・・

そこには、あらゆる尊いものが含まれている・・・
『平和』 『自由』 『平等』 『人権』
『人としての信義』・・・『真理やより高いものを希求するこころ』・・・『豊かな想像力』・・・
『人間の高潔さ』・・・『根本的優しさ』・・・
そうした情動的なものから、『人間の智の総和、とでも言えるような学問・知識の
分厚い蓄積』まで。
無論そこには、『法』とは何か。『民主主義』とは何か。『法治国家とは何か』
などといった概念やそれを獲得するまでの人類の長い戦いの記憶も含まれている・・・・・・・・・
『教育やジャーナリズムの不偏・独立性』という大事な原則もある・・・

そうしたものが、一部の政治家の恣意によって、蹂躙・破壊されていいのか?!

今、世界は、激動期に入っている。
それに振り回されてはいけない。
人類が長い長い時間をかけて築いてきたものがあるはずだ。
それは、この宇宙の大きな『理』にも合致する、極めて賢い理念のはずだ。


         ***


まだまだ、想いをうまくすべて書き表せないのだけれど、また、続けて書いていこう・・・





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Re:しほさんへ

しほさん。こんばんは~♪

そうですねえ・・・。この政権は、というより、自民党はどうしても共謀罪を通したいみたい。
オリンピック対策とかテロ対策とかは、後付けの理由に過ぎず、本当の狙いは、
反政府運動を萎縮させることではないかと私は思っています。
共謀罪の前身とも言える治安維持法を、1945年、日本政府は、戦争に負けてもなお、
やめようともしませんでした。戦争に明確に反対していたのは共産党でした。戦争に負けて
ソ連が敗戦国日本の処理に参画し、国内にも共産主義勢力が勃興してくることを、時の政府は
無論、天皇や近衛公のような人々までもが何よりも恐れていた。
だから、共産主義者を取り締まる治安維持法をなくすなどと言うことは、彼らは想像もして
みなかったのでしょう。特高警察も、です。
ところが、その考えは、GHQによって、見事に否定されました。
GHQは、治安維持法と共に特高警察も廃止することを、1945年10月、日本政府に厳しく
言い渡しました。

私は、そのことでも、GHQに感謝です。
でも、国内に、そのことに不満を持っていた人々はたくさんいたでしょう・・・
治安維持法のようなものの復活は、ある人々にとっては、『改憲』同様、一種の悲願
であり続けてきたのではないか・・・。
いやなものが、まもなくこの国に復活しようとしています・・・

そうですねえ・・・
この国会の議論のありさまや、これでもなお安倍政権の支持率が下がらないことなどを
見ていると、絶望してしまいますね。
・・・このような時代が来ようとは、私も思っていなかったです。
郵政民営化も、国鉄民営化も・・・結局弱者の切り捨てになりますね。
郵便局というのは、日本では大きな役割を果たしてきたと思うんですが。
パソコンやスマホなどと言う便利なものがここまで普及すれば、どんどん手紙を出すひとが
少なくなるのは時代の流れで仕方がないとも言えますが、寂しいですねえ・・・
今時は、家庭の電話そのものも通信の手段として後退して行っているようで。
ひとと直接話すこと自体が面倒くさかったり重く感じられたりする時代になりつつ
あるのかな。
生身のひとが自らかいた肉筆の手紙・・・生の声・・・そうしたことが時代遅れで重い行為に
なり、新聞もやがて消えていく運命にあるのかな。書籍も電子版に取って代わられて。><

どんどん、ひとというもの自体も肉体性を失って、記号化されていく時代に
なっていくのかな。
なんだかぞっとしますね。

ありがとうございます。はいっ!無理をしないようにしますね!^^
梅雨入り前のこの季節、実はとても好きです。
さっきも、外でウグイスが鳴いていました。
ホトトギスの声がしてこないかと、このところ毎晩耳を澄ませているのですが
まだ聴けません。娘に訊いても、まだ今年は聞いていないとか。
そういう季節の移り変わりを示してくれる自然のできごとが、何よりの楽しみなのになあ・・・

しほさんもどうぞ、おからだお大事にね。
ありがとう~~~~~♪





Re:もうお一方の鍵コメさんへ

鍵コメさん。ありがとうございます!

黒猫ちゃんが、嬉しいもの、無事届けてくれましたよ~~!

開けてみてびっくりです。^^
見て、食べて、にこにこ。

ほんとに、ほんとに、ありがとう~~~♪
心配かけてごめんね。体の方は大丈夫です。
はい。根を詰めすぎないように、のんびりやっていきますね~。

ありがとう~~~~~♪

Re:お一人目の鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんにちは。

うんうん。ひとは一人一人違う。だから、考え方が違って当たり前ですね。
すべてのひとがみんなぴったり同じ考え方になるなんてあり得ない。あったら
むしろ怖いです。
その一人一人違う個性や考え方を持った人間が、どのように意見をぶつけ合って
一致点や協調点を見つけていくか・・・というより、よりよい道、よりましな道を模索していくか、
(絶対的に正しい答えなんて、そうそうはないものでしょうから・・・)というしか
ないのだろうと思います。

その過程でもまた、厳密に違いを見つめていくひと、w
一致点があるならそこを大事にしようとするひと、w ・・・
いろいろな性格や主義の違いが出てくるでしょうしね。

しかし。簡単にこう書いてはみたけれども、人間の歴史は、その熾烈な戦いの連続でした。
簡単に一致点など見つけられないものだろうし、仮に途中まで共に歩いて行っていても、
初期の小さな違いが、やがて大きな越えがたい裂け目となってしまうこともある・・・

何が正しくて、どうすればいったいよかったのか、歴史に正解などないものだと
思わされてしまいます。現実に起こってきたことは振り返ってみることは出来るけれども、
違う道を行っていればどういう結果が出ていたのか、それは誰にも検証できないものですものね。
ましてや未来のこととなれば、どの道がいいのか、などと言うことは誰にもそれこそ
わからない。
今の世界も、本当に混沌としてきた。
人類がどこへ行こうとしているのか、ほんと、誰にもその予測さえついていないでしょう。

ただ曖昧にだが、言えることは一つ。歴史に学ぶべきだと言うことですね。
人類がたどってきた道。同じ過ちを繰り返すまいと人間が互いに学んできたこと・・・
積み重ねてきたその叡智は大事にしなければならない。
鍵コメさんもおっしゃっていますが、今回の国連の関係者たちからの、日本政府への
相次ぐ警告は、そうした叡智に照らして『危うい』と思われたからこその警告だったろうと
思っています。それは単に日本政府に向けられたものではない、私たち日本人に向けて
発せられた憂慮や危惧の言葉だったと思っています。
こうした人々がこの世界にまだいてくれること・・・GHQのあの憲法草案を作った若き将校たちも
含め・・・その思いに私も涙が出そうになるのです。

それをこの政権は、主に菅官房長官がですが、我が国のやり方に口出しするな!とばかりに
不快感を表し、その警告の意味を真剣に考えてみようともしない姿勢を示しています。

無論、国連などにも偏りはある。それは確かです。
その上、今、国連は確かに無力だ。
しかし、大きな眼で世界を捉える・・・そうしたことはいつの時代にも必要だ。
そのときの拠りどころになるものは、やはり人類共通の叡智・・・普遍的な智慧の集積、
のようなものであろうと思います。
私が何に腹が立つかといって一番腹が立つのが、そうしたものの軽視に対して、です。

国連の関係者などが、日本にそうした警告や憂慮をしてくれる・・・
国内の政治やジャーナリズムのていたらくを見れば、本当にありがたいことですね。
しかし、そのことを私は、日本人が大事に思われているからだ、とばかりは思わないです。

おとなしく勤勉で真面目な日本人の中にある『狂気』・・・
おとなしいと言うことは、政治の暴走にも従順で容易にそれに付き従っていく、
ということと同義でもある。勤勉で真面目、という美質も、いったんそれが誤った方向に
向けられれば、旧日本軍兵士のような戦時の狂気に繋がって行きかねない・・・。
それを銃後で支えた日本国民全体にも言えることですね。

私は、今度のいくつかの警告を聞いて、『ああ・・・世界は、先の大戦に至るまでの
そしてその最中の、日本人の狂気の行為を決して今も忘れていない・・・』と感じましたね。
世界が忘れてくれていると思っているのは日本人だけ、なんじゃないでしょうか。><
ですから、二重三重の意味で、今回の国連関係者などからの警告は、私には
ありがたいと同時にほろ苦いです。

「いずも」「かが」・・・旧日本海軍の軍艦を踏襲した名前の自衛艦。
それが米軍の巨大戦艦と軍事行動するのが当たり前のような時代がついに来てしまう・・・
ほんと。なんともかんとも言いようがないです。
理屈じゃなく、ぞうっと鳥肌が立つような想いです・・・。
八甲田山死の雪中訓練の、あの旧陸軍第八師団青森歩兵第五連隊の名と伝統を
ほとんどそのまま受け継ぐ青森陸上自衛隊第9師団普通科第5連隊が、日本で初めての
武力行使容認の駆けつけ警護の任務を付与されて南スーダンに赴いた昨年初冬は、
ちょうど安倍氏の地元山口県で、プーチン大歓迎の大騒ぎが行われていた頃でした。
八甲田山死の雪中訓練は、旧日本帝国がきたる露西亜戦に備えて寒中訓練を行っていた
際のことだった・・・
なんか、その偶然というかその必然に、失礼ながら苦笑いしてしまいましたよ。
何で、青森の連隊なんだ。なんで東北の青年たちが真っ先に危地に向けられるんだ?
・・・そこには、明治維新以来連綿と続く東北蔑視・軽視の思想があると私は思っています。
それは、福島第一原発事故にも、満州国建設にも・その後の棄民にも・・・・・、すべて繋がって
います・・・
敗戦と共に日本は生まれ変わった、などと思っているのは、日本人だけ、じゃないでしょうか。
戦中の官僚機構も、軍隊の基礎機構や精神も・・・戦時に甘い汁を吸った政財界の人々も・・・
そのまま、なんのおとがめも自責の念もなく戦後の機構に横滑りしただけ。
森友問題、加計学園問題も、その腐れ縁の一端が、ここに来て表出したに過ぎません。

でも世界は、あの時代の日本人の狂気・・・日本人がしでかしてきたことを忘れていない。
その根っこは変わらず日本の統治機構や日本人の心性の中に生き残っていることを
世界は知っているのだと思います。
北朝鮮を『狂気の国』と言う人がいますが、あの時代の日本とどこが違うでしょうか。
わずか70数余年前の日本自身の姿です。
北朝鮮は、他国侵略をしていない、その事でまだ当時の日本より遙かにましじゃないか
とさえ私は思いますよ。それは、中国に対する鍵コメさんの想いも同じでしょう・・・

でもな、そうした考え方は、今、ごく少数なんでしょうね。
確かに、世界の『常識』『良識』には大きな偏りがあります。それはもう昔っから。
私自身も、その偏りに侵されていることも自覚しています・・・

私は、前にも増して喪失感が深いです。
記事を書いていても空しさに襲われてしまう・・・

いろんな意味で元気ないけれど、それでもまあ、これ以上悪くならないように、声は
上げ続けていかなくちゃな、と思ってはいるのですが。

ありがとうございます。お言葉に感謝!です。^^









No title

小さい芽のうちに摘んでおかないといけなかったのでしょうか?
この頃は新聞 読んでません。
テレビ 見ません。
ラジオぐらいですね。

国鉄とか郵便とか
官から民へ と代わってしまったの良くなかったのではないかと思います。
あの頃から軌道がおかしくなってきたように思い出します。
素朴に遠く北の地や南の地に いつまで62円(今日から値上げです)でハガキを送れるか…
心配。
公の財産にしといてほしかったです。

彼岸花さん、あまり無理なさらないで下さい。
湿気の多い季節です。
体調崩さないで大事にして下さいね。

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Re:みりねさんへ

みりねさん。こんばんは~。

返事が大変遅くなってしまい、ごめんなさい!v-436
数日めまいでふ~らふらしてました。
原因はわかっています。編み物で根つめすぎです。馬鹿ですね。><
でもね~。精神を落ち着けるためになんかしていないでいられないんですよ~・・・
編み物が、一番無心になれるとわかって、ひたすら手を動かしていました。

ありがとうございます。
みりねさんがここにお書きくださったこと。噛みしめています。

いくつか前の記事で、「このごろ、『普通』という言葉が嫌いになってしまった」と
書きましたが、ほんと、安倍政権が復活して以来、私はこの言葉が嫌になってしまいました。
言葉に罪があるわけじゃないけれども、この政権およびその周辺の人々の言い草に
この言葉がよく出てくるから。

『普通』であることって、いったい何なんでしょうね。
『戦争のできる普通の国になる』
『どこの国でも、憲法は何度も改正している。あのドイツなんか何十回も改憲している。
憲法は必要に応じて柔軟に変えるのが「普通」なんだ。日本だけが特殊なんだ』
『国際組織犯罪防止条約にはもう、世界の187もの国や地域が参加している。参加して
いないのは、イランとソマリア、南スーダンなどと我が国だけだ・・・云々』

戦争のできる国が『普通』の国だ、なんて、いったい誰が決めたのか。
「改憲をする国が『普通』だ、なんて、いったい誰が決めたのか。

この政権の人々の言い草には、こうした物言いや考え方が、ほんと多いですよね。

『商品は残りわずかです!買い遅れないようお急ぎください!』というセールスの常套句じゃ
あるまいし、なぜ、他人のしていることはいいことだ。それに乗り遅れるとまずい、という
ことになるんでしょうね。

また、そういう言い方をされると、そうかなあと思って慌ててしまう国民が情けない。
国民が『自分の考え』というものをしっかり持っていて、他人はどう言おうが、どうしようが、
自分はこう考えるからこうする、という価値判断の基準がしっかりとあれば、そうそう
そうした政治家や何かの煽りには乗せられないはずなんですが、なかなかそういうふうに
なれないんですね。
情けないのは、野党第一党たる民進党の議員諸氏までが、政権のそうした煽りにいとも
簡単に乗せられてしまうことで、いつも自民党、維新などに『対案を出せ』といわれるとひるんでしまう。
『対案』なんてそんなもの、『憲法は変える必要がないから変えないんだ。対案もへったくれもあるか!』
と言えないんですね。
毅然として『変えない』、ということが、一つの立派な主張であるのにね。

3.11以来この国を覆ってしまった『同調圧力』。
それは、この『戦争のできる普通の国』という考え方や、今流行になってしまった
例の『忖度』や、『改憲するのが普通』という言い草など、ありとあらゆるところに
ありとあらゆる形で、はびこっていっています・・・

『共謀罪も戦争法も秘密法も改憲も、じつは同根の毒草であるということ。 』

まさにおっしゃる通りですよね。3.11の原発事故も、全部つながっている・・・・・・

3.11の直後。私は、内心の噴き上がるような悲しみと怒りを抑えて、『国民が
「おとなしい羊」にならねばいいが・・・』と抑制的に書きました。
2年前の後藤さん、湯川さんの悲劇の時にも、『忖度』について、これまた抑制的に
記事にしました。

私が恐れていたのは、いつも一つ。それはこの国の国民の『筋のなさ』です。
それは、『優しさ』という顔も持ってはいるのだけれど、それは決して悪いことでは
ないのだけれど、『怒るべき時に怒れない』『考えるべき時にぐっと考えることを避ける』
という、きわめて困った性質でもある。
水の流れるように、さらさらと、この国の民は、いいことも悪いことも受け入れては
容易に忘れていく・・・

結局、この政権は、そうした国民性をよく見透かしているんですね。
ほんとに、時にあからさまに、それを口に出して言ってさえいます。

あら。みりねさんが書いてくださった内容とだいぶずれてること書いてしまいました。
でも、私の言いたいことは、お分かりくださってるので安心して脱線しているのですが。><

コメントの本題に戻りましょう。
このところ、国連の関係者から相次いで、日本に対する懸念が表明されています。
私が記事で取り上げたお二方のほかに、国連のプライバシー権に関する特別報告者
ジョセフ・ケナタッチ氏も、日本政府に、共謀罪法案の危険性を憂慮する書面を
送っていますね。
でも、日本政府はこれに拒否反応を示し、菅官房長官は、激しく抗議。ケナタッチ氏の
人格や資格を軽視するような言い方までしています。
これは、加計学園問題で証言した前川前文科省事務次官に対する人格攻撃と同じ
ですね。
安倍総理のよく持ち出す民進党攻撃も同じです。

こういうことをじっと見つめていると、本当に情けなくなりますね。
どこまで、なんというか・・・低劣なのか、と。
そういう人々の作った改憲草案は、本当にひどいものですよね。

本当に、今の憲法は、読み返すたびに泣けてきます・・・
素晴らしくて。
ここには、人類の知恵と善意が凝縮されています・・・・・・
押しつけであろうが、寄せ集めであろうが、そこに満ち満ちている、そう…、
人間精神の『崇高さ』は、これは決して引きずりおろしてはならない、
安易にいじってはならない、汚してはならないものだと私は思います。

この記事の中のジョセフ・カナタチ氏、ニコス・パッサス教授、そして
ケナタッチ氏・・・さらに、GHQの若き法の専門家たち・・・
彼らはみんな、『法』というものの素晴らしさも怖さも知っている人々だと
思います。同時に人間の小ささ、弱さ、もろさも。
だから、『法』が時の政府の恣意的な利用や曲解や改竄などで捻じ曲げられることのないよう、
それによって人々の権利が侵されることのないよう、憂慮と大きな不安をもって警告して
くれているんですよね・・・。

まだまだ書き足りないことは山ほどあります。
ありすぎてどこから手を付けていいかわからなくなる・・・
でも、考えてみたら、これまでにももう、ほぼ言いたいことは言ってもいるような(笑)。

先日は夕暮れ時、買い物に出て何気なく空を見上げたら、きれいな三日月が出ていました。
みりねさんのこと、ふと想いました。^^
みずがめ座流星群の時も、一つだけ、流れ星、見ましたよ。

人間は、何をいったいしているのでしょうね。一回しか生きられないものを・・・
ほんとにおろかです・・・



Re:んさんへ

んさん。こんばんは。

本当に、この政権はひどいですね。
こういうの毎日見せられていて、それでも自民党に票を入れるというひとの気持ちが
わかりません。
支持政党もへったくれもないじゃないですか。悪いものは悪いんだ。
安倍政権のやり口の数々が、一般の社会で通用するでしょうか。
『公』の仕事と『私』の区別をつけない。情実がまかり通る。
それを指摘されるとぶち切れる。
まともな議論をせず、同じ文言を繰り返す。
追い詰められると、相手のあらを指摘して矛先をそらそうとする。あるいは他人のせいにする。
自分の周りにイエスマンばかりを集める。
まずい情報は隠匿する。

・・・そういうことを、子供たちに教えられるかなあ。

これがまかり通っている日本は、かなりおかしいと言わざるを得ませんね。

あ~あ・・・
自然世界はいい季節なのに、人間世界は見にくいことばかりだあ・・・

んさん。ありがとうございます。

No title

(お詫び)
昨日、訂正しているとき、誤って削除してしまい、再送いたしました。
んさんと順序が逆になり、失礼いたしました。

(ここから本文)
彼岸花!ですね。読み応えがありました。
ご懸念、そしてご覚悟、すべて共感いたします。
まったく同じ想いから涙があふれます。

話が逸れますが、かつて耳に挟んだ話です。
わたしはサッカーなどルールも知らないのですが、サッカーの選手とは、
いかに運動能力が優れ、神業的な技術をもっていたとしても、
ボールを追っているだけではダメで、超一流ともなれば、
自分は地面を走っていても、頭の中では、はるかな高所から鳥瞰するように
敵味方の動きが全体的に把握できるので、先々の予測も可能だそうです。

憲法の議論もおなじだと思うのです。
確かにボールを奪い、ゴールを決めれば、得点は稼げます。
しかしそんな目先の攻防からは、すっかり抜け落ちているものがある。
それこそが彼岸花さまが力説された、憲法の理念、人類の叡智です。
その高所から過去~将来まで鳥瞰しなければ、責任ある選択はできません。

●共謀罪?やっぱりテロ怖いじゃないの、五輪もあるし・・・必要だよ。
〇いや、国民総監視社会になり、素直にまつろう民なら無事だろうが、
  忖度が横行し、政治批判ができなくなり、言論が委縮してしまうんだ。

●自衛隊を9条に明記するくらいで、国民の自由や権利が減るわけじゃなし、
  日本が他の先進国のように、「普通の国」になるのは悪くないと思う。
〇安保の問題は議論すべきだが、安倍政権下での改憲には絶対反対です。

政治家も国民もおなじですが、こんな薄っぺらな議論をしている限り、
目先のボールを追いまわすだけの・・・というより毛糸にじゃれるネコに等しい。
戦争法の時もそうでしたが、わたしはもう、何かといえば繰り返される
「審議不充分」「説明不足」などの批判が、大嫌いでたまらないのです。

一体、憲法の崇高な理念を放り出して、国のあり方を根幹から変えてしまう、
共謀罪や戦争法、改憲について、目先の損得や実益実害、
手続きの是非のみで語ることの、根本的な誤りがなぜ指摘できないのか。
的確な批判をしてくれる議員が、なぜ一人もいないのか、
不思議でたまりません。

「日本国憲法」は確かに短期間で作られました。
しかしそんなことは問題ではありません。
そこには紛うことなき、人類の叡智と、普遍的な価値観がこめられているからです。

起草に関わった人々、ベアテ・シロタ・ゴードンのような若き女性も含めて、
法律の専門家でなければこそ、むしろそんな彼らの人格と教養と良心に、
民主主義の基本的理念が、生き生きと息づき、敗戦国の再生のために、
その持てる智慧を惜しみなく与え、協力してくれたことに、
彼岸花さまとおなじく、わたしも深い感銘と感謝を覚えずにはいられません。

戦後の日本が、頑固なまでに護憲を貫いたことは正しかったと思います。
議論も決してタブー視されたわけではなく、その都度せめぎあってきたのです。
この国での憲法論議は、9条が中心でしたが、その根底にあるのは、
言うまでもなく、民族的価値の復権VS普遍的価値の死守でした。

ボールを追い駆ける枝葉末節な議論ではなく、歴史や宇宙にさえも繋がる、
高所から状況を俯瞰してほしいと願うのは、まさに敗戦後の日本が、
いかに新生し、国際社会に復帰してゆくかという試行錯誤のなかで、
先人たちが未来への責任から選び取り、その後に続く有名無名の人々が
それぞれの立場で守り抜いてきた道を、決して曲げないでほしいからです。
憲法の理念は、周囲に合わせて歪んだり、歳月と共に老けたりはしないのですから。

後藤正文というミュージシャンが、すごいことを言っています。

憲法9条は、為政者に高い知力の保持を強いる。
武力で解決できないから、投げ出さず交渉し続ける。
9条自体が、思考停止を許さない巨大な「問い」であると。

http://gotch.info/post/160242954422/

なんだか読んでいて懐かしくなりました。
わたしたちが生きてきた時代の雰囲気そのものだから。
若い人がこういう信念を表明してくれることはうれしいです。
普遍に通じ、同時に平和ボケではなく、積極的な意思と覚悟がある。
9条を過去のものにしたくない。しかし時間はありません。

彼岸花さまが、こうして繰り返し丁寧に訴えてくださる大切なことに、
多くの方が耳を傾けてくださるように、願わずにはいられません。
共謀罪も戦争法も秘密法も改憲も、じつは同根の毒草であるということ。
いまこの国で、もっとも危機に瀕しているものはなにか…
わたしたちはそれを知るべきだと思います。

自民党議員

無様じゃのう・・・

今治の獣医学科の大学云々の件で、元次官の発言にまともに応じる気が無いように見せてはいるが・・・

あの露骨に不快感を感じそうな対応を見てれば、「・・・ああ、やっぱり何かそれなりの事があった!と思わざるおえないかのう?」と思っちゃう訳で。

証人喚問にも応じず、何が何でも事態の鎮静化に持っていこうとする態度にも不信感しかなく。

しかし、野党がポンコツなんで攻めきれそうもないのも事実で・・・

与党も自浄しようとする勢力が全く見えないが本当に救いが無い国じゃな。

「それは違うじゃろうが!総理よ~・・・」みたいな意見を堂々と述べる男気ある与党議員は居らんのかのう?

政治屋は不要、日本には真の政治家が今こそ必要なんじゃが・・・
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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