猫2題その二  『にゃあのこと』

10月17日の記事で「猫めっ!」などという記事を書いたが、
私は猫が嫌いというわけではない。
いや、むしろ、人間に媚を売らない、野性味を残した生きものとして、
一目置いているようなところさえある。
だから、最近我が家の辺りを徘徊している例の敏捷な黒猫のことも、
ある意味、愛してさえいるのである。

私と猫との縁はしかし、これまであまりなかった。
『赤い実②』の、3歳の頃家にタマという猫が居たことはあるが、なにしろそれ以来
猫を飼ったことがないので、猫のかまい方も実はあまりようくわからない。
犬なら得意なのだが。

そんな私だが、一匹だけ心に残って忘れがたい猫がいる。

もう10年くらいも前のこと。
私の娘はその当時、東京世田谷区は下北沢に近い、池ノ上という駅の辺りに
アパートを借りて住んでいた。
彼女は院生。学生であると同時に、予備校の講師をしながら
女一人の気ままにも見える暮らしをしていた。
留学中の恋人に逢うために遠くフランスまで追いかけて行った熱い恋も、
その頃は冷めてしまって、と言って新しい恋も思うようにならず、
気ままとは言うけれど、心に空洞を抱えたような若い娘の一人暮らしであった。

母親の私は、月に一度かふた月に一度くらい、娘のアパートを訪ねる。
その頃私も塾の講師をしていた。
その日の授業報告等の書類を書き上げ、片付けをして、塾に鍵をかけて出るのは
大抵深夜11時半くらい。
最寄りの電車の駅から池の上までは、乗り換えなどを含めて1時間くらい。
深夜と言っても、電車はこれから新宿や渋谷に遊びに出る若者などで
結構混んでいる。
池の上につくと、まず娘に電話をかけ、コンビニに寄って、ちょっとした夜食やその他
娘に頼まれた買い物をしてから、暗い住宅街の道を通ってアパートに向かう。

その頃私は、女性のいわゆる更年期。
アパートへの坂を上っている途中で息が切れ、着いた時にはしばらく横になっていたいくらい
体の調子の悪いことがあった。
それでも、一緒に夜食をとって積もる話などをしていると、少しづつ元気が戻ってくる。

と、そこへ、入口のドアを何ものかががりがりと引っ掻く音がする。
「また、来たよ。」と娘が笑う。
立っていって、重い玄関の金属製のドアを開けると、
一匹の猫がするりとドアに体をこすりつけるようにしながら入ってくる。

白か灰色か、ベージュかわからなくなってしまったような薄汚れた毛の色。
茶色の斑が入っている。
尻尾は一応長いが、先が変に曲がっている。
顔は、まあ、猫に美醜があるとすれば、不細工な方だと言わざるを得ない。

この猫は、隣家の猫である、らしい。
「らしい」というのは、この猫が昼間いつも、アパートの隣の家の門柱の上にいたからで。
しかし、その家の家人に餌をもらっているとか、可愛がってもらっているところとかは
見たことがなかったからで。
それでもいつもそこにいるということはおそらくその家の猫だったのだろう。

私たちはこの薄汚れた猫を、「にゃあ」と呼んでいた。
にゃあは、娘の部屋には上げてもらえない。
飼い猫か半野良猫かわからないので、可哀そうだが、猫ノミでもいて、
部屋に広がると困ると思って、玄関を入ってすぐの土間のところから先に
進ませてやれなかったのである。

にゃあは昼間も訪ねてきた。
 
私が朝、娘の家を訪ねることもあった。
一緒に掃除などを済ませると、午後、坂を下って下北沢に散歩に行く。
池ノ上(これは駅名だが)、下北沢、深沢、代沢・・・という名の通り、
この辺りはもともと沼沢地であったかして、坂の多い地形である。
あたりは高級住宅地と、古い文化住宅風の趣のある家なみと、
若者で賑わう、ショッピングと演劇の街としての顔と、色々な顔を持つ
魅力的な街であった。
だらだら坂を下って、大抵、元総理竹下登邸の前を通って、さらに坂を下り
下北沢の街に入っていく。
たくさんあるインテリア小物の店を冷やかしたり、重厚な昔の家具を売る店で
大きな本棚を買ったり、変わったダリアや菊などの花を買ったり、
こじゃれたレストランで昼食をとったり。
駅前のスーパーは食材が豊富。ここで夕食の買い物をしてから、また坂を上って
アパートに帰って行く。

にゃあはいつものように、隣家の門柱の上にいる。
大体私達の顔の高さくらいのところににゃあは乗っかっているわけである。
二人で、にゃあをからかう。「にゃあ!」と勝手に呼んで、折り曲げた脚をくすぐったり、
耳を折り曲げたりするがにゃあは反応しない。
からかっても、抱き上げて門柱から下ろしたりはしない。
にゃあは歳をとっていて、門柱から一度降りると、上がれなくなってしまうからである。
ではいつもどこから門柱に上がるか、というと、家の裏手の方の台の上に
一度飛びのってから塀を伝って門柱の上まで来る(笑)。

ひとしきりからかって、私たちはアパートに戻り、ドアの鍵をかける。
数分後。金属製のドアを外でカシャカシャ引っ掻く音がする。
「来たよ。」と娘が笑う。
ドアを開けてやると、にゃあは遠慮がちに入ってくる。
自分はここまでしか上げてもらえない、という範囲を心得ていて、
娘の靴の横で前足を揃えて坐って待っている。
何か食べ物を貰えるのを待っているのである。

若い娘は残酷である。
実は先ほどスーパーで買い物をした際に、にゃあのための猫缶も買ってきてある。
しかし、それをすぐに出してやろうとはしない。
靴箱の前に、私が送った荷物の段ボール箱がまだ畳まれずに置いてある。
にゃあを抱きあげて、その段ボール箱の中に入れてみる。
にゃあは首を長く伸ばさないと外が見えない。
かすれた声で、「にゃあ!」と一声鳴いて出してくれとせがむ。
娘は笑っていて出してやろうとしない。
困ったにゃあは、箱の縁に前足をかけて、後ろ足で滑る段ボール箱を
むなしく引っ掻きながら、どうにか体重を移動させて箱を横倒しにし、
這う這うの体でようやく外に出る。
興奮したのか、いつもの決まりを忘れて、ささっと台所の板張りに上がってしまう。
娘はそれを抱きかかえて、邪険に元の土間に戻す。

抱きかかえた拍子に、その前足をつかんで、夏目漱石の猫ではないが、
そこで猫じゃ猫じゃを踊らせてみる。
まあ、要するに、前足をつかんで立ちあがらせて、踊りを踊らせるわけである。
踊らせながら、娘はげらげら笑っている。
「いい加減にして、缶詰、もうやったら」と言う私も笑っている。
にゃあは観念したようにされるがまま。

そこでようやく解放されて、猫缶がもらえる。
丸い頭をうつ向かせて、はぐはぐ言いながら食べる。
時々ぽろりとこぼす。
にゃあはもう歳をとっていて、歯が悪いか、ものをまっすぐ噛めない。
少し首を傾けて、はぐはぐ言いながら食べているが、口の隙間から
時々こぼすのである。
娘と私は、にゃあの傍に屈みこんで、にゃあが食べるのを見ている。

でも娘は気ままな一人暮らし。いつも冷蔵庫に食べ物があるわけではない。
だから、時々変なものも食べさせてみる。
ハンバーガーの残り物のポテトとか、ピクルスとか。
にゃあは鼻を近づけてみるが、口にはしない。
かまぼこもやってみたが、これにはにゃあは苦労していたようだ。
昔のかまぼこと違って、今のかまぼこは弾力性があり過ぎて、
歯の悪いにゃあにはよく噛めないのである。
首を傾けてはぐはぐ言ってみるが、口の端からポロポロこぼれおちる。

夕食を食べたばかりで何にも残ってない時もある。
その時はご飯にかつ節をかけて、いわゆる猫まんまを作ってやったが、
にゃあはいつも缶詰を食べているかして、猫まんまというものを
食べたことがないらしく、上のかつぶしを少し舌先なめてみただけで、
あとはがんとして食べようとしない。
「バカ猫!」と、娘の声がその丸い頭に浴びせられる。

そんな風に、娘に邪険に扱われても、やっぱりにゃあは娘が帰宅しているなと
見てとると、部屋を訪ねてくるのだった。
何か貰いたくてそれだけで来る、というのではないらしかった。
一応餌は誰かにもらっているらしく、太ってはいたから。
娘が気まぐれにやる残り物のかまぼこなどではとてもあの体は
養っていけない。
と言って、娘にからかわれるのを楽しんでいるというわけでは絶対になかったろう。
諦めきった情けなさそうな顔で、なすがままにされていただけだから。 
笑われると、前足を揃えて行儀よく坐った顔を少し持ち上げて、目を閉じ、
鼻を僅かにひくひくさせて、しょぼしょぼした顔をする。
そうかあ!にゃあはあの時、泣いていたのかもしれないなあ!

にゃあとの付き合いはおよそ一年間あまり。
娘は自分の作品の制作に忙しくなって、にゃあが来ても
中に入れてやらないことが多くなっていた。
ドアを爪でカシャカシャ引っ掻いて、入れて入れてと、懇願しているのがわかっていても。

猫という生き物は面白い。
にゃあは仕返しをした。
娘の部屋のドアの外に、臭い固形物の置き土産をしていったのである!(笑)
にゃあめっ!(笑)

池ノ上に住んで6年目。
娘は予備校を自ら辞めて無職になった。
勤めていれば十分な収入を得、下北沢や渋谷や原宿を自由に歩きまわって、
好きなものを好きなように買える。
好きなものを好きな時に食べられる。
しかし、その生活を捨て、娘は画業に専念することを決めた。
売れるかどうかあてもない暮らし。先の見えない暮らしを選んだのである。

娘は下北沢の灯を捨てた。そうして、私の住む陋屋の近くに、
古めかしいアパートの一室を借り、作家活動を始めた。
同時に恋もその時捨てた。
思えば、池ノ上での6年間は、娘にとっての青春後期の、最後の6年間で
あったのかもしれない。気楽で無責任で、残酷でいられた青春時代の・・・・・。

にゃあは?にゃあはその後どうなったか。

娘が池ノ上を去る一年ほど前に死んだ。
誰に死んだ、と聞いたわけではないが、娘の部屋をぱったり訪れなくなり、
となりの家の門柱にその姿を見かけなくなったから、おそらく死んだのであろう。
もうだいぶ老齢だったと思われたから。

にゃあよ。
君は娘の部屋をたびたび訪れて、あんなに邪険に扱われても、
それでも幸せだったのだろうか。
いつも困ったような顔をして、娘の「愛の裏返し」の激しいからかいが収まるのを待って、
丸い頭で。ぽろぽろ口からものをこぼしながら、好きでもないものを食べていたにゃあよ。

きっとそれでも、にゃあは、嬉しかったのだろう。
その晩年を、娘のところでいたぶられながらもかまってもらって過ごしたのは、
きっとしみじみとした幸せな刻であったのだろう。
そう思いたい気がする。

私?・・・・・更年期はいつの間にか過ぎた。
心臓には少し要注意だが、毎日元気に過ごしている。
そうしてこの頃、母の役割を少し自分の肩から下ろして、
自分の人生に少し恋してみようかな、と思っている。

娘は・・・・・、少しは売れるようになってきた。
恋も、なかなかどうして捨て去っちゃいない(笑)。

にゃあだけが、時のかなたに消えてしまった。
でも、その丸い頭は、不細工な顔は、困った顔は、
娘と私の記憶の中に、今でもしっかりとその姿をとどめている・・・・・・・・

                               

                                       (終わり)


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Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん、おはようございます♪

おお~~!この記事にコメント。
とっても嬉しいです。
どなたもおそらくそうだろうと思いますが、こうやってブログを書いていると、
中にはいくつか自分自身で気に入った記事というのがたまに生まれてきますね。
私にとっては、この記事がその一つなのです。
今回また、自分でも読みなおしてみましたが、自分でまたくすくす笑ってしまって
そしてしんみりとする…
とても懐かしい記事でした。^^

動物というものは、それも人間と共に長く生きて来た動物たちは、なにか
ときに、対人間関係におけると同じ、ときにはそれに負けないくらいの
深い印象と思い出を残すことがありますね。
自分で飼っていた子たちならなおさらですが、そうでなくてこの『にゃあ』とか
『ニャケ』ちゃんとか(^^)のように、短い間の淡い触れあいであっても、
その淡さのゆえにひときわせつない思い出を残す子たちもいますね。^^

人間のそばで野良として長く生きて来た動物たちは、つかず離れずのころあいという
ものをよく知っている気がします。
人間に愛される喜びも知っていて、けれども人間を信用してはならぬ
ということも知っているし、身を引くタイミングというものさえ心得ている……
その心根がいじらしいのですよね~。

『ニャ…ケケケ』…。その鳴き声が聞こえてきそうですよ~~!(笑)
『ニャケ』ちゃんの姿も、嵐の夜のご一家のその後のシーンも、まるで目の前に
いきいきと見えてくるような気がしました。

『愛情とある種の意地悪が綯い交ぜになった、独特のメンタルにあっただろうこと、
酸っぱいような気持で思い出したものです。』

ほんとほんと、そうそう、そうなんです!
お嬢さまのお姿が見えるような、そのお声が聞こえてくるような気が私もしました!^^
青春時代というものは、愛情もたっぷりみずみずしくあるけれど、
ある意味若さのゆえに残酷と言えるような情の示し方をすることもあります。^^

この記事を読みなおして改めて思い返すのは、この頃が娘の青春時代の後期だった
わけですが、それを見つめている私にとっても、ある意味で青春時代を
追体験させてもらっていたんだなあ、ということです。
もちろん自分の青春時代はとうに過ぎている。でも、子供を育て見守っていくということは、
その過程で、自分も子と共に、二度目の人生を追体験しているようなもの。
子が恋に苦しめば親の自分も胸が痛い…
人生の岐路に立って呆然としていれば、自分もまた立ち竦むのですね…。

この頃の娘の暮らしを思い返すと、不思議に親の自分までがきゅんとします。
(ご本人は、若さのゆえに、過ぎたことなど一切振り返らず、ドライに先に
進んで行くのですが!笑)

しかし、にゃあのことは、今も鮮やかに思い出します。
大きな猫で、とにかく薄汚れていて~、丸い頭で~…^^
きっと猫たちは、手荒く扱われながらもその底にある自分たちへの不器用な愛情を
動物の本能でわかっていたから、日をおいては訪ねて来ていたのでしょうね。
にゃあも、ふつりとその姿を私たちの前から消しました…。

『ニャケ』と『にゃあ』…^^

安保法制案。
私も、記事を書こう書こうとしてなかなか最初の書きだしを出来ずにいます。
圧倒的多数を衆参両院で握っている与党が、強行採決をすればそれでなんでも決まってしまう。
衆参両院の選挙がすべてだったのです…。
でも一票を託すべき野党というものもほんの一握り…。
それを思うと虚しさが先に来てしまって。

もう政治の記事など書きたくないなあ、書いても仕方ないのかなぁという想いは
私も強いです。
この猫の記事のようなものこそが自分のほんとうに書きたいもの。私の本分であるという
気がします。
こういうのだったらいくらでも書けるのになあ…、こういうのばかり書いていたいなあ…
ほんとに悲鳴のようにそう思います。i-241

でも、3.11がそれをさせなくなってしまいました…
3.11は。日本の腐った部分をも引きずりだしてしまった…
というか、自分がそれを見ていなかっただけなのでしょうけれど…

ありがとうございます!
この記事にコメントくださったお気持ちをお察ししてありがたく思います。
これからも、こういうほのぼのとしたものは忘れることはありません。
ときどきはまた、私も、こういうものも書いていこうと思いま~す。^^






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こんにちは!

ginasoと申します。

にゃあは、目に見える形ではいなくなってしまいましたが、彼を覚えている人がいる限り、生き続けているのではないかと思います。
一方で、目に見える形で存在していても、皆に忘れられてしまったら...それは、死んでいないけれど、生きていない状態なのではないかと思います。
はっ...自分がそうならないように気をつけないと(; ・`д・´)

どくだみ荘日乗は、静かながらも、心を震わす記事に溢れていますね...。
文章と同時に、繊細な点描画に、非常に惹かれます。
文章を読んだときの気持ちと、絵をみたときの気持ちが とてもよく似ています。
お嬢様は画家なのですね。彼岸花さんと同じく、繊細な絵を描かれるのでしょうか。

自ブログへのリンク、ありがとうございます。
こちらのブログもリンクフリーとのことなので、リンクさせて頂きます。
何か問題がありましたら、お手数ですがご一報下さい。
今後ともよろしくお願い致します。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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