『立憲民主党誕生に寄せて ⑥』


以上のような理由で、『民主主義は死んだ!』 などと言う人もいるけれども、
この国内外の政治のありようを見ていればその気持ちはわからなくはないけれども、
私は、それは早計に過ぎると思っている。

『民主主義』でない、他のいい方法があるだろうか?あるならそれに変えることもいい。
『民主政』以上の政体、『民主主義』以上のシステム、考え方というものがあるのならば。

『民主主義(およびその制度、政体、)』の対語というのは、貴族制、寡頭制、独裁制、専制、
全体主義など・・・であるという。
その定義が正しいかどうかは、私にはわからないけれども、そのどれも、いやだなあ!
ただ・・・。
こうした概念の定義づけとか解釈というのは非常に難しい。
『民主制』というシステムとか、その概念としての『民主主義』というものは、上の記事でも書いた
ように、それが成り立つ前提というものがあり、その前提が崩れれば、容易に『独裁制』などに
近いものにもなり得る極めて微妙にしてヤワなものでもある・・・

つまり、民主主義を成り立たせ、うまく機能させていくためには、上で書いたように、社会の
構成員の政治参加の機会やその恩恵の享受の平等性というものがなければならない。
民主主義というものが、一部の人の富や権力の持続のための手段とか便宜になってしまっては
いけないのだ。

多数決によって、強者の論理だけがまかり通っていき、弱者、少数者の意見や想いが
通らない社会
になってしまえば、それはもう民主主義の社会とは言えない。

ましてや、『代表選挙』の仕組み自体に不備があったりして、その結果があまりにも
民意と乖離していたり、
一応正当な選挙を経て選ばれてきた代議員達ではあるのだが、
彼らが地位と権力を握った途端に、『自分たちの地位は、選挙民の信託によって一時的に
預かっているものにすぎない』ということを忘れてしまい、政治を私する
ようになってしまったら、

あるいは、もっと極端に、一部の政治家にあまりにも権力が集中してしまって、独裁化
またそれに近いもの
になってしまったら、確かにもう『民主主義』は死んでしまう・・・・・・



そこで。
民主主義がうまく機能していくために不可欠なものが、『立憲主義』
というものなのである。

『立憲主義』とは何か。
これもまた、その歴史や定義が難しいものなのではあるけれども、私がここでこの記事を
書くに際して理解している範囲の解釈でいえば、
『国家権力は、法による縛りがなされなければならない』ということである。そして。
『法の支配』というこの場合の『法』というのは、国家権力が変えうるような通常の『法』ではなく、
より上位の法すなわち日本などにおいては、最上位の法律である『憲法』
によって、国家権力には一定の制限が加えられていなければならない

ということ
である。

日本においては、それは『日本国憲法』である。
日本国憲法が謳うところの『国民主権』『三権分立』
『基本的人権』などというものが権力の暴走を阻む、
そういう仕組みが、民主主義には不可欠なのだ。

これが、立憲主義だ、というふうに私は解釈している・・・

『民主主義』が真の意味で機能していくためには、この日本国憲法が保障しているところの
『言論の自由』とか『少数派の尊重(法の下の平等)』とか、『政治の透明性』を担保するための
『国民の知る権利』とか、そのための『情報公開』などが是非とも必要なのである。




このように、最上位の法である『憲法』によって担保されている民主主義、その考え方を、
『立憲民主主義』と呼ぶのではなかろうか。


             *** 

さて。
あと2日経てば、衆議院議員選挙だ。
私たち国民は、上に書いてきたような、立憲民主主義の社会で、今度の選挙・・・
私たちの代わりにさまざまな決めごとを行う人、またその中からさらに選ばれて
私たちの代わりに政治を行う人、を選ぶことができるだろうか?

今のところは・・・極めて危うくなりつつはあるが、私たちは法の支配と縛りの下、
選挙に臨もうとはしていると思う・・・
しかし。安倍一強政権のもと、この立憲民主主義の精神や仕組みが、
極めて危うくなってきていると私は感じる。


このことについては、実はもう何度も記事にしてきているのだが。例えば。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1874.html
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1875.html

これらの記事は、昨年参院選の前に、改憲の発議に必要な議席3分の2越えを
阻止したくて私が一所懸命書いたものだ。だが。そこからさらに追い詰められてしまった!><

改憲のことはまた語ろう。
それよりも今は、私に近い考え方のひとだけでなく、自公や、維新・こころ・希望など安倍政権と
同じような考え方のかたにも、一時、その政治・思想信条や支持政党、などということを抜きにして、
虚心坦懐に聴いていただきたいのだが、
ときの一政権が暴走するのは、いいことだろうか?
それとも好ましくないことだろうか?


私は、自分の思想信条を抜きにして、そのような状況は避けたいと思って、上の私の過去記事で
次のようなことを書いた。もっと前にも同じことは書いているはずだ。



            ***


【時の政権が暴走することを防ぐための仕組み】

①立法府(衆院・参院)の役割と矜持。
  立法府が立法府としての機能を十分に果たしている。すなわち、与野党の勢力が拮抗していて、
  そこで十分な議論が戦わされ、また、各政党の議員が、『党議』に縛られず、評決できている。
②政権与党の自浄能力。
  与党内に、大局的に物を見る経験豊かな長老などがいて、また、若手が『党議』に縛られず
  研究会や議論を自由にする雰囲気があり、言わば『党内野党』ともいうべき、自浄勢力が
  あり、政権の暴走を防ぐ役割をする。
③内閣法制局の役割。
  内閣内の『法の番人』とも呼ばれる内閣法制局がしっかりしていて、内閣が憲法にそぐわない
  ような法案を提出するのをチェックできる。
④司法権の独立。
  司法権が、立法府や行政府、あるいは地方自治体の長などの権力から、文字通り
  独立していて、必要な時、公平な判断を下す働きをする。
⑤ジャーナリズムの力。
  ジャーナリズムがしっかりしている。間違っても権力と癒着などしていないし、権力に
  媚びたり妙な忖度などしていない。国民に必要な情報を提供するという矜持を失っていない。
  すなわち、『報道の自由』『国民の知る権利』がそれによって担保されている。
⑥学校教育の、権力からの独立性。
  学校、教育機関も、時の一政府の『指導監督』などというものによって萎縮したりしていない。
  学校は、次世代の子供達、若者達を育てるところである。そこで特定の権力のほしいままに
  教育が行われたらどうなるか。その恐ろしさを考えてみて欲しい。
⑦最後の砦=国民。
  国民が、自分の頭で考える。政治に無関心などではなく、
  憲法によって保障された自分たちの権利を守るためには声を上げ行動するという
  政治的『成熟』をしている。声の大きいもの力を持ったものにむやみに迎合しない。



そうだ。一番大事なことを書き漏らしていた。
民主主義ってなんだ?

人民が『主』ということだ。いかなる場合にも、
人民一人一人がまず社会の出発点であり、同時に最後の砦でもある、
ということだ。その『人民』が、その自覚を失い、自ら民主主義を
捨ててしまうような無気力や愚かな選択に至ってしまうとき、・・・
・・・民主主義は本当に死ぬ。


もう何度私は、憲法のこの条文をここに載せたかわからない。

日本国憲法第十二条
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければ
ならない。』


           ***

いかがだろうか。
私は、ときの一権力が、その権力は『国民からの一時の付託』にすぎないという
事実を忘れ、己の地位や権力を過信して政治を恣(ほしいまま)にし、暴走してしまうことを
防ぐためのこれらの縛りや仕組みが、
今、安倍政権下で、ことごとく弱体化し、無力化していて、
今、私たちに残されているものは、⑦の、『最後の砦=国民』
というところに近いところにまで来てしまっているのではないか

と思うのだ。


これは極めてまずい!
安倍政権だからどうだとか、私が安倍政権を嫌いだからどうだ、とかいうことではない!
これは、仮に誰が、どのような政権がこの国のトップの座にあろうと、極めてまずいことだ
と私は思うのである。

私たちは、もう一度、『立憲民主主義』の大切さについて、考えてみるべき時に直面している。
タイトルは『立憲民主党誕生に寄せて』だが、衆院選のこの時期、真剣に、この国の政治について
考えてみていただきたくて、このシリーズを書いている。




この記事、また上  に続きます。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード