『こんな本こんな音』



昨日 、図書館でこんな本見つけた。

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『日本の灯台 流氷の海から珊瑚礁の海へ』
山崎猛著。株式会社ぎょうせい発行。

おお!
灯台になぜか昔から魅かれる私。
重いけど借りて帰った。
B4判横にしたハードカバーの大型本なのでかなり重量がある。

中身を写真でとっちゃいけないのだろうが、遠くからちょっとだけ。

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大分県水の子島灯台だそうだ。
なぜ、私は灯台が好きか。
昔、『喜びも悲しみも幾年月』という映画があった。
主演は高峰秀子、佐田啓二。木下恵介監督、1957年。松竹。
佐田啓二は俳優中井貴一さんの父君。
日本の海を行く船舶の安全を守るために、崖にはりつくように建つ灯台で
生きていく灯台守の一家の、戦前から戦後の25年間の生活が描かれている。
主人公はいろいろな灯台に転勤させられる。
それらの厳しく寂しい風景に子供だった私は妙に惹かれた。
10歳くらいの時だった。
若山彰という人が歌ったテーマ曲がまた好きで。子供心にその歌のうまさに
感心したものだ。声楽の基礎のしっかりできた歌は違うなあ、と、生意気にも感じていた。
もっとも当時の歌手は皆そうだったんですけどね。

モデルになったのは福島県塩屋埼灯台長だった人ということだが、映画では
この大分県の水の子島灯台や、観音崎、御前崎、野寒布岬、瀬戸内海の男木島、女木島
などがロケに使われた。まあ、なんと寂しい灯台だろう。
ミニチュアみたい。

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これは、高知県の足摺岬灯台。
おお~!
田宮虎彦著『足摺岬』が大好きな私。でも、そこにある灯台は初めて画像で見た。
イメージと違わぬ姿だった。

昔、ラジオのNHK第二放送で流される気象通報を聴くのがなんとなく好きだった。
『南シナ海の北緯16度、東経117度では、北北東の風、風力6、天気曇り、気圧15ヘクトパスカル…』
などというあれ。
そこに出てくる地名にわけもなく心惹かれた。
石垣島、南大東島、南鳥島、足摺岬、室戸岬、潮岬、御前崎、
石巻、宮古、浦河、根室、稚内、ウルップ島、ハバロフスク、テチューへ、ウラジオストク、
ウルルン島(鬱陵島)、アモイ(厦門)、全羅南道のモッポ(木浦)、・・・・・・

どうですか。心惹かれませんか。

足摺岬なら、「清水特別地域気象観測所」。以前の名称で言うと「清水測候所足摺分室」という
ところからの報告である。そこにはいったいどんな人々が働いているのだろうか…。
暗い海を行く船舶や、海洋気象ブイからの情報が入る…。
遠く離れた見知らぬ岬の灯台の灯が、台風が近づいて荒れた海をゆっくりと照らしている風景や、
そこで忙しく働く灯台守の人々のシルエットを激しい雨の向こうに想像したり…。
また、誰もいない暗い暗い夜の海にぽかりと浮かんで、海の情報を送り続けてくる
気象ブイのいじらしい姿、などを想像して、物悲しいような、
たまらなく人恋しいような気がいつもしたものだ。今でも大好き。

最近読んだ、村上春樹の旅の記録の本に、
『旅行をしていつも不思議に思うのだが、世界には島の数だけ、島の悲しみがある。』
という一文があって、さすがにうまいこと表現するなあ、と思った。
それを、『岬』、という言葉に置き換えてもあてはまる気が、私にはしてならない。
あるいは、『岬の灯台』と置き換えても。
この写真集の灯台の写真に、上空からフィルムに収めたものもあって、
どうしてまあ、よくこんなところに灯台の建物を作るよなあ、というような
動物さえ近寄れないような絶壁の上などに建っている灯台がある。
たとえば、鹿児島県の佐田岬灯台。たとえば長崎県の大瀬埼灯台。
そこに、一筋、見えるか見えないような程度の幅の狭い階段がずうっと
くの字に曲がりくねりながら続いているのなどを見る。
すると私は、「ああ、人間って!」といたく感動してしまうのである。

この本、手元に欲しいなあ、と思ったが、なんと2万円もする。
あと、世界の灯台の本もあったら見たいな、と思うが、うちの近くの図書館の
人に調べてもらっても、そこにはなかった。
水の子島灯台は明治33年に着工。九州四国の間の豊後水道の中央にある無人島。
陸から遠いため、工事は難を極めたという。昭和61年に完全自動化。
それまではなんとこの小さな島に、灯台守の人々が常駐していたという!なんとなんと!
一つの灯台でさえ、そこには凄い人間の歴史が刻み込まれていて、
凄いと思うのだが、灯台の本は意外と少ないのであろうか。



さて。
どんな音楽お届けしましょうか。
こんな映像いかがでしょう。音楽ではないけれど、これも私が
そぞろ旅情をかきたてられる霧笛の音。
霧の深い日は、灯台の明かりも届かない。船舶の衝突を避けるために、霧笛を鳴らします。
世界の灯台や、橋の霧笛の音。
金門橋など、次々に他の映像もご覧ください。なにか物悲しい、でも人恋しくなる音です。

http://www.youtube.com/watch?v=Jg8a4GinZew

ウイットビーWhitby 灯台はイギリス、東ヨークシャー州。
北海に面する東海岸沿いにある。
美しい声で鳴き交わす海鳥の声。遠くかすむ海を行く船。そして霧笛の音…
なんだかそれだけでじ~んとしてきます。
でも、サウター灯台というところの映像では、霧笛を聴いて笑い転げている女の人がいて、
その楽しげな笑い声につい、たった今じんとしていた私も、つられて笑ってしまいました。
霧笛を聴いてじ~んとするのも、笑い転げるのもどちらも人間。
どちらも愛しい、という気が今の私にはします。

でも、この灯台の霧笛なども先進機器の導入で、徐々に消えつつあるとか。
日本の灯台は、今はほぼ無人化されていて、定期的な巡回などは人の手によって
行われても、昔のような泊まり込み、住み込みの勤務はもうないといいます。

私が嵐の夜の灯台の、雨の向こうに動く人影を想像したような、そんな風景は
実はもうまったくの幻なのです…


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ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 鍵コメさんへ

はい。B4横長のハードカバーで、250ページもあるので、
とっても重くて見るのも大変。
でも、見甲斐があります。
いい本は手元に置きたいけど、なかなか、ね。

ご紹介いただいた方、早速見てみました。ご活躍なさってる方のようですね。
これからまた、じっくり見せていただこうかな、と思う方でした。
ありがとう~。
またいろいろ教えてくださいね。

Re: そらまめさんへ

そらまめさんのお育ちになられた環境、いいところですねえ。
このコメント読ませていただいて、何か懐かしいなあ、という想いが
しきりに湧いてくるのでした。
何なのでしょうね。
海からそう遠くない家…。そこから見える二つの灯台…。
そうして遠くに行きかう自動車のヘッドライトとテールランプ…。
夕暮れ、浜に立って、それを黙って見つめている少女…。
それらがみんななぜかとっても懐かしいの。
そうしてその少女が、今のそらまめさんになられたか、と思うと、
そらまめさんがとっても愛おしく思えてしまいます。

海はいいですよね。懐が広いの。私は山育ちなのですが、
山の方が厳しいところがあるような気がします。山は懐が深いの。
海の方がやさしい気がします。もっとも荒れている海はそんもんじゃないでしょうけどね。
知らないから気楽なこと言ってるの(笑)。
でも、海辺の町というのは私の憧れです。灯台が見える町ならなおさら。

写真集はいろいろほしいと思うんですけど、なかなか手が出ないことが多いですね。
欲しいなと思うのに限って高い。自分じゃ撮れないしなあ。
デジカメでさえ、ピントが合わない私です(笑)。

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No title

直線距離にして100mほど先に海がある場所で育った私です。
海は大好きで、幼い頃から一人であろうが友達とでも海にばっかり遊びに
きてました。
残念ながら近所の浜には灯台はありませんでしたが、そこから見える町で
一番メインの漁港には赤と白の灯台が港の外海と内海に設置されてました。
(よくある漁港の形ですね)
日が沈む頃には、その二つに灯りがともって・・・それより奥に見える国道を
走る帰宅の車のライトが無数のイルミネーションのように重なって。
幼い頃その場所はすごく遠くて、都会の明かりに感じたものでした。(失笑)

白に黒のストライプが入ったような大きな灯台は、遠くを行く大型船のため
の灯台ですよね。丘の上によくありますよね。
幼い頃、あれは外国か物語の空想の灯台だと思ってました。


いつも見慣れた風景でも、写真という四角い枠に入れると違ったものに見え
たりしますよね。
あまりにキレイに撮れて『これ、どこかの写真家が撮ったのかしら?』と
冗談言ったり。(笑)

写真集や画集って理想ではありますが、やっぱり高いんですよね。(汗)

Re: morinof さんへ

やはり、ヘクトパスカルより、ミリバールの方が懐かしいですよね。
私は、今でも気象通報聴きたいくらいです。
アナウンサーたちの静かな語り口が好きでした。
日によって、NHKのOBのアナウンサーの方がなさっているようです。

毛主席の中国放送は聴いたことありませんでした!
しかし、娘が小学校から中学にかけての頃は、一緒によくモスクワ放送を
聴いていました。聴いている、というよりは、ぼそぼそ母子で話をしたり、
それぞれ本を読んだり、といった静かな夜の時間の、バックグラウンド音楽
のように、モスクワ放送をかけていました。
ああ、あのテーマ音楽が懐かしいです。
テープにとってどこかにしまってあるんですが。

いろいろ懐かしく思い出しました。ありがとうございました。

ミリバール

あれはやっぱりヘクトパスカルではなく水銀柱で見るミリバールでなきゃ伝わらない。
私は小学生の頃に鉱石ラヂオを幾つも作って布団の中で聞き比べていました。
…ウラヂオストク990ミリバール16度、北北東の風、風力3晴れ…
…ハバロフスクでは995ミリバール12度、南からの風が強く雨、風力4…
…南鳥島980ミリバール風力6、強い風が吹き気温は24度。
大東島では気圧の谷が近づき……でもこんなラヂオの静かな語り口も無くなりましたねえ。
あの天気予報を聞きながら、世界が見えてたような気がした小学生の頃。
ほかに妙に元気で明るい『同志の皆さん、日本の皆さん』で始まる毛主席の中国放送。
どれも懐かしく思い起こせば、時代と言うか歴史を感じますね。
      ::::::::::
灯台の話しだったのに反応するところがずれましたね。




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彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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