『夏のドレスのこと』



本格的な夏がもうすぐ来ようとするこの季節になると、
いつも思いだす夏服がある。

あれは私が幼稚園の頃だったかなあ。
当時は今と違って、年少さんから幼稚園、などということはなく、
小学校入学前の一年間だけ、幼稚園に行っていたと思う。
後に一家が離散して、貧しくなってしまう我が家だけれど、
その頃はまだ、田畑を売ったお金も残っていて、姉や私の着るものなどは、
母が案外贅沢に誂えてくれたりしていた。

その夏も、母が私に新しい服を作ってくれるという。
実は私にはその時とても欲しい服があって、母にせがんでいたのである。
その服というのは、当時大流行していた、少女のドレスだった。
もう、それこそ、ちょっと豊かでおしゃれな少女のお出かけ着の定番、
というくらいに。

あれはなんという布だったのだろう…。
シフォンかな、オーガンジーかな。
うすく透ける生地で、やわらかいのだけれど、シフォンほどくたっとしていなくて、
もう少し張りがあり、でもオーガンジーほどパリパリでもなかった。色は白かブルー。
蝉の羽のように薄い、半透明に透ける生地に、全体に2ミリほどの大きさの
ドットが、とんでいる。その小さな水玉柄は、織り出した模様や描いた模様ではなく、
ビロードのようなもこもこした質感のあるものが、どういう加工をするのか、
吹き付けで貼ってあるという感じ。

とにかく見ただけで、女の子なら「ああ、すてき!」と憧れるような生地だった。
それをスカート部分などではギャザーをたっぷり寄せて、何層かに重ねてある。
スカートがバレリーナのチュチュのようにぱっと広がるように、
スカートの下には、パ二エという、ごわごわした素材でできたアンダースカートをはく。
上身頃は、割と体にぴったりと仕立てて、ただし、袖が可愛らしいパフスリーブになっていた。
パフスリーブってわかりますか。提灯袖とも言います。
要するに、半袖の部分が、ちょうちんのようにふわっと膨らませてあるのだ。
ウエストは、共布をたっぷり使って大きくリボン結びを後ろでするようになっている!
本当に少女らしくて夢のように可愛らしいドレス。

幼稚園生だった私は、このドレスに憧れて憧れて。
でも、母は、『あの素材はあれは暑くて仕方がないよ。」と言って
それまではずっと取り合ってくれなかった。
ところが、ある日、私を繁華街の方に連れ出して、これからドレスを誂えてくれるという。

その頃私は、九州のある温泉街に住んでいた。
家は中心部からほんの少し離れた町にあって、その頃の地方都市のお定まりの
・・銀座、とか、・・銀天街、などという繁華街に行くには歩いて20分ほど。
ちょうど今頃の季節。梅雨の晴れ間のある日、母は私を連れ出したのである。

まあ、私の嬉しかったこと!スキップしながら母の先を行く。
念願の、お姫様のような、バレリーナのような、蝉の羽のように優雅なあのドレスが
自分のものになる!しかも既製品ではなく、繁華街の洋裁店で、私の体に合わせて
縫ってもらうのだ!

その店は、こじんまりとしてはいるけれど、いろいろな色の布や、ボディにかけた
仕上がったドレスの数々や、ファッション誌や、観葉植物や、
いろいろなものがセンス良く並べられていて、とっても小綺麗なお店だった。
そこでこれから私は採寸してもらい、新しい夏のドレスを注文するのだ!

その当時、あんなに流行ったのだから、きっと、それにはモデルがあって、
『少女ブック』や『なかよし』のなかで、松島トモ子や鰐淵晴子が着ていたのではなかろうか。
ずうっと後年になって、その頃の古い少女雑誌やファッション雑誌を何冊か入手して
探して見たことがあった。
しかし、誰も着ていない。似たものさえない。
あれは、あの地方都市の、その2,3年間だけの流行であったのだろうか…?

さて、それから2週間ほどして、盛夏の頃。
待っていたドレスが出来上がる日。
私は母と、またその店に行った…。

ドレスは出来ていた。が。
私の憧れていた、あの淡いブルーのシフォンのふわっとしたドレスではなかったのである。
それは、淡い美しいブルーであるにはあったが、普通の平織りの、透けないしっかりした
布地で作られていた。麻でも木綿でもないな。薄手のサマーウールででもあっただろうか。
袖は確かに私の希望を入れてパフスリーブになってはいた。控えめな。
スカートも精一杯ギャザーを寄せてはあった。
でも、私が憧れていたパ二エは、透けない生地にはいらない、と母は言って買ってくれなかった。
だから、スカートはあの夢のスカートのように、ぱあっと膨らんではくれなかった。

ああ。私が、大人の現実主義というものを思い知らされた日よ!

母は、山奥の村に生まれたけれど、いや、それだからこそかな、自覚が高く、
着るものなどにもセンス良く、子供の教育などにも理想が高かった。
それなのに、どうして、よりによってこの誂えの服に、子供の夢を
思いきり盛り込んではくれなかったのだろう! 
夏の、絽の浴衣や、冬の外出着は、東京の子でも着ていないような洒落た服を
買ってくれていたのに!
費用はそう変わらなかったはずである。むしろしっかりした上質のサマーウールの方が
高かったかもしれない。今、大人の目で見れば、あの流行のシフォンは
安っぽいペラペラの布だったようにも思えるから。

…私の幻の夏のドレスの話。

え。その誂えの服はどうしたかって?
大いに悲しみはしたけれど、そこは子供。新しく自分の体に合わせて縫ってもらった、
一応パフスリーブの、淡い水色のドレス。私はそれを着たくて仕方がなかった。
ところが母はなぜかここでも、厳しかった。あまり袖を通させてくれなかったのである。
その夏は、一回着たきりくらいではなかったろうか。
そんなに改まったお出かけの機会というものはないものだから。
2年目もそうだったかな。
そうして3年目。母が、『いつでも好きな時に着ていいよ』と言ってくれたときには、
ああ…!
その水色のドレスは、細くて背ばかり伸びた私には、もうつんつるてんに短く
なって、着るに着れないしろものになっていたのである!
母は賢かったのでしょうか?(笑)

しかし、今、大人のセンスで考えると、憧れのあのドット柄のシフォンは確かに、ぺたりと
汗ばんだ肌にくっついて暑かったに違いない。そして、西洋の、金髪でミルクのような
肌をした少女には似合ったかもしれないが、おかっぱの刈り上げ頭の日本の少女に
果たして似合うものだったかどうか…。
(私は刈り上げのおかっぱ頭ではなく、くるくるにパーマをかけていましたが。)

目を閉じると、平織りの水色のドレスでも嬉しくて、でも、パ二エを下に着ていないので
スカートがあまり膨らまない。しかたがないので、自分がくるりくるりと回って、
スカートをぱあっと膨らませていた、痩せて目ばかり大きな、か細い少女の姿が
まぶたの裏に浮かぶ気がする…。


くるり。ぱあっ!・・・・またくるり!・・・




今宵の音楽。
そんな少女は、こんな歌が好きな大人に。

http://www.youtube.com/watch?v=KJUe0FIItVI


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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。

記事を書きながら、鍵コメさんとお母さまのことをふと想っていました。

身にではなくこころに纏うオートクチュールの服…。

そんな服が私にも作れるでしょうか…。

Re: えめるさんへ

えめるさん。コメントはお書きにならなくてもどちらでもいいですから、
時々遊びに来てくださいね。
私も、気分が落ち込んでいるときは、訪問履歴を残さないようにして、
そっとえめるちゃんのとこ、お訪ねしたことだってあったのよ(笑)。

メルヘンチック・・・私も縁のない人生だったかな。
あの時、ふわふわしたドレスを手に入れたら、今でもそんな感じの服を好んで
着る人になっていたかもしれない。
きっとね、母にはわかっていたのかもしれません。痩せっぽッちの
神経質で顔色の悪いその頃の私には、そういう服は似合わないことが。
今でもね、フレヤースカートやふわふわしたやわらかい素材の服と縁がありません。
いつでもタイトスカート。お出かけ着はかっちりしたスーツ姿。
しかもよく腕まくりしている(笑)。

でも、えめるさんは若いのだから、これからいくらだって、メルヘンチックな服、
着ていいと思いますよ。娘の親友でね、40歳以上年の離れたすてきなご婦人が
いらして、そのかたはほんとに、綺麗な色の夢のある服をお召しになるの。
えめるさんは、綺麗な服を着る素質を持ってらっしゃると思うなあ。

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メルヘンチック

お久し振りです。この頃はどこにもコメントしない日が続いていましたが、
この記事を読んで、つい……

私にも覚えがあります。少女の頃の、メルヘンチックなお洋服への憧れ。
実際に似合うかどうかはさておいて、もうね、憧れだけで胸が膨らむ~。
そういうのを着たことが1度も無いので、今でもまだ、憧れているみたいです(苦笑)
きっと一生、メルヘンチック。

Re: 乙山さんへ

『ふらんねる』という言葉には、私もとても懐かしさを感じます。
また、生地そのものの質感も好きです。
秋口になると、『ふらんねる』は特にある種の憧れを誘いますね。
朔太郎がこだわったのも、なんとなくわかる気がします。

たぶんあの蝉の羽のような服は、出始めたばかりの化繊だったかもしれません。
たぶんまだ着心地は、母の言うとおり悪かったかも。
でも、子供の私には、普通の布とは大違いでした。
できあがったものを見た時には、そりゃもうがっかりしました(笑)。

服飾関係の言葉には、外国特にフランスなどへの憧れがダブってイメージとして
捉えられているものが多く、朔太郎や、白秋などにはよく出てきますね。
私も、ふらんねる、をはじめ、フラノ、モスリン、ピケ、オーガンジー、
などなど、ものとしてよりも、その言葉のイメージに憧れるものが
たくさんあります。
植物の名前もそうかしら。とねりこ、とか、ニオイアラセイトウ、とかクレオメとか。

ありがとうございます。

それでなければ

こんばんは。
それでなければ、というこだわりは、
どういうわけかあるんですよね。

萩原朔太郎の詩に「ふらんねる」のシャツというのが
よく出てきた(と思うのです)が、
いわゆるコットンフランネルシャツは
ご存知のように起毛の、秋冬物なのです。

だけど朔太郎にとってはどうしても、
(そう、どうしてもです)「ふらんねる」のシャツでなくてはならなかった。
そういう美意識がしっかりあったのだと思います。

彼岸花さんのおっしゃるところとは、
ちょっとちがうかもしれません。
だけど、どうしてもそれでなくては、
と思う少女がいたことはよくわかるつもりなんです。


プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
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