『ピケ帽子 そして 緑のワンピース』

夏の服で思いだすものが、もう一つあります。

それは私が小学5年生の夏に、母が縫ってくれたワンピース。
もうその頃は、洋裁店に注文して仕立てて貰う、などということは我が家では
出来なくなっていました。
母は和裁が専門。洋裁は習ったこともなく、おそらく基本のきも知らなかったと
思うけれど、私が小さい頃から、ごくシンプルな夏のワンピースなどは
縫ってくれていました。ミシンはなかったので、手縫いの返し縫いで。

その夏、私はNHK地方局の合唱団のオーディションを受けることになっていました。
私がその春転校したばかりのその小学校は、生徒数の非常に多い、
市内でも有数の、いろいろな活動の盛んに行われている小学校でした。
音楽の先生も意欲的で、7組まであった各クラスから、2、3人ずつくらい
歌の得意な子をピックアップして、そのNHKのオーディションを
受けさせようとしていました。あれは個人的になさっていたのかなあ。

夏休みに入ってからも、20人弱くらいの生徒たちが、練習に通っていたように
思います。試験は自由曲のほかに、ソルフェージュのようなものがありました。
和音の聴きとりや、簡単なメロディーの書かれた楽譜を渡されて、
初見でそれを歌ったりするテストが。

私の家にはピアノは勿論オルガンもありませんでした。
でもなぜか私は、ごく小さい時から絶対音感は身についていて、ソルフェージュに
苦労はしませんでした。いつも私はこれを不思議に思います。
前にも書いたけれど、ごく小さい頃、ピアノとヴァイオリンを習ったことがあるのは、
合計しても3ヶ月くらいです。それだけで絶対音感が身についたとは思えない。
やはりあれは学校の音楽教育のおかげです。普通の授業で身についた。
あとは、兄や姉が、歌を正確な音程で歌う人たちだったからかな。
 
閑話休題。そのオーディションのために母が縫ってくれたのが件のワンピースでした。
それは、落ちついた、でも冴え冴えとしたいい深緑色の地に、
5ミリくらいの白いストライプが、4センチおきくらいに入っている、
パリッとした木綿地の布でした。縦縞です。
その縞の布で、袖なし、首元はスクエアカット、そしてスカート部分は、
車ひだ(ワンウェイプリーツ)の、シンプルなワンピースを縫ってくれました。
何の飾りもないワンピースでしたが、緑の発色がとてもよく、
白の縞もくどすぎず寂しすぎず、涼しげで、私の肌の色によく合っていたと
思います。

私がオーディションの自由曲に選んだのは、『母の歌』という曲でした。
検索で探してようやく見つけました。
他の方のブログで紹介されていました。御許可を得られたら、次の記事ででも
トラックバックしてご紹介したいと思います。

コンクリートの照り返しもきつい、夏のある日、私はそのワンピースを着て、
オーディションに臨みました。市内だけでなく、近隣の街からも
大勢の少女たちが集まってきていました。
初めて入る放送局のスタジオ。大人の男の人たちがたくさんいました。
調整室のガラスの向こうで指示を出すひと。機械に向かう人。
広い広いスタジオで、少女たちの緊張をほぐし世話をしてくれる先生らしき人。
向こうのピアノの前でにこやかにほほ笑む伴奏の先生…。
私は、母の縫った緑の服を着て、母のことを想いながらこころ込めて歌いました。
結果は合格でした。10倍くらいの競争率でした。ちょっと自慢します。

その中で、私がこのこは目茶苦茶うまいな、と思う子が一人いました。
私と同じ小学校で、一級下の学年。
学校でのレッスンの時から私はそのうまさに舌を巻いていました。
私は音程などは極めて正確でしたが、自分の声に個性や魅力があるとは、子供ながらに
思っていませんでした。いわゆる突出しない、合唱向きの声です。
ところがその子は、極めて張りのある、素晴らしく独特の声をしていました。
合唱団の中では目立ちすぎるかな、というほどの。
ピンと張りつめて、しかも明るい、天に飛翔するような声。
不思議なことに、合唱団というのは、私のようにいくら正確でも
凡庸な声が集まっていてもだめなのです。
中に数人、極めて美しい声の子がいなくてはならない。他の子はそれにつられて
美しい声を出すようになるのです。そんな気がします。
その子はそんな声の持ち主でした。

その子の歌った自由曲は、『ピケ帽子』という歌でした。
これはさすがにどこを探しても見つかりません。こんな歌詞です。
本当のタイトルはわかりません。作曲者作詞者もたどれません。

     『ピケ帽子』

  夏が来ました ピケ帽子
  僕も私も  ピケ帽子
  富士のお山も ピケ帽子
  白い帽子を かぶってる


ああ。この『ピケ帽子』という言葉。
その子の声にぴったりでした。
夏休み。子供たちは自由になって、てんでに緑の中へ
遊びに飛び出していきます。
その子は小柄でしたが、敏捷そうな、ばねのある体つきをしていて、
歌声も、今にも夏に向かって飛び出していきそうな声でした。
その頭にあるのがピケ帽子。畝織のあるしっかりした木綿地でできた帽子です。
色は勿論白でしょう。つばも広く、少女の顔を強い日差しから守ってくれるのです。


あのこは今、どんなひとになってるでしょうか。
歌のお仕事についたでしょうか。
今でも、あのこの声は、鮮やかに思いだすことができます……。





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ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: マリィさんへ

マリィさん。はじめまして。

おお!『ピケ帽子』の歌をご存じでおいでですか!

私がこの歌を知ったのは、もう、50年以上昔のことです…^^

なんとか私も、この歌の正式タイトルや、作詞作曲者、音源などを
見つけたくてだいぶ探したのですが、それらしい記事さえ見つけることも出来ず、
私にとって幻の歌になっていました。
ご存じでおいでの方がいらしたとは!^^
まさかまさか、同じ時に、同じ場所でこの歌を聞いておいでになった、などということは
ないですよね?
この記事の街は、福岡市です。件の放送局は、NHK福岡放送局です。^^

梅雨が明けて夏が始まる…ちょうど今頃の季節の歌ですね。
『ピケ帽子』という語だけなら、時々検索でおいでになるかたがいらっしゃるようですが、
きっと殆どの方は、帽子そのものを探しておいでなのでしょう…

いつかまた。偶然にでも、この歌の情報見つけたら、また記事にしますね。
ありがとうございました♪

ピケ帽子

昔聞いたことのある、ピケ帽子の歌誰も知らないので、探してました。ありがとうございます!❤

Re: 鍵コメHさんへ

鍵コメHさん。こんにちは♪

思いがけず、打ち明け話してしまいましたね。^^
でも、私、実は泰平楽なものなんです。
なにも生活に心配があるわけじゃない、不満があるわけじゃない。
でも、それだけでは生きられないのが人間というものの性かもしれませんね。

Hさんとは不思議なご縁ですね。ひょっと書いた記述に、思いがけない
お返事いただいて…
私、あの本、もう一度読み返してみたいなあと思っています。
Hさんが手掛けられたご本は、今、どこかで読めますか?

ひとの一生は、それぞれになんと愛おしいものでしょうか…

あとで、そちらにお伺いしまして、お返事させていただきますね~♪
ありがとうございます!

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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