『電車の中で その①』  「愛しき(かなしき)もの」その六 

まだ私が、勤めていた頃。よく電車に乗っていた頃の話である。

私が利用していた沿線の付近には大学が多く進出していて、
仕事の行き帰り、大学生たちと乗り合わせることが多かった。

ある夜。
私は塾で働いていたので、時間は夜の12時近かった。
電車はもう暗い、寂しい郊外の闇をひた走っている。
都心から離れたこのあたりまで来ると、車内はガラガラ空き。
同じ車両に乗り合わせていた大学生たちの会話が、少し離れた席にいた
私の耳にも届いてきた。
おそらく渋谷あたりででも飲んできたか、5,6人という数の勢いがそうさせるのか、
皆やたらに話し声が大きい。
男の子が何か言うと、女の子たちがけたたましく笑い転げる。
そうすると、男の子たちは、勢いづいて、また声を張り上げてしゃべる。
話は全員でするというのではなく、6人が2つのグループに分かれて
それぞれが違う話をしていたり、隣同士の話に分解したり、また全員で
話しだしたり、とりとめがない。で、皆大声である。

仕事を終えて、静かに本でも読んでいたい私には、彼らの嬌声はかなり耳障りだった。
密かに眉をしかめる私。

そのうち、彼らは恋の話をし始めた。
誰と誰は噂があるとか、自分はもてないとか・・・・。そんなことないよ、とか・・・・。

やがて、一人の男子学生が、こんなことを言った。
「あのさあ。好きな子がいるとするじゃん。そしてその子が自分のこと
どんな風に思ってるかわからない時ってあるじゃん。」
うんうん、と皆がうなづく。
「そういう時、相手の気持ちを確実に知る方法があるんだけど、知ってる?」

女の子たちは俄然興味を示して「なになに?」と訊く。 
男子学生は続ける。

「あのさあ。自分の血液型とか、星座とかさ、誕生日とか、
今日みたいにみんなと一緒のときに、さりげなくみんなの前で
その子にもはっきり聞こえるように話しておくんだよ。
そしてさあ。もしその子がそれをしっかり覚えていてくれたら、
その子は自分に興味があるってこと。もし、聞いてても、なあんにも
覚えてないようだったら、その子は全く気がないね。これ確実に相手の
好意の度合いが測れるよ。」

聞いていた他の学生たちは「あ~あ。」と、軽い賛同を示す者もいれば、
「なんだ。そんなことか。」と興味をすぐに失って、他の話に移る者もいれば、
全く聞いていない者もいて、さまざまだった。

一人、少し離れた席に座っている私だけが、彼の話に深く共感していた。

「そうだよね。それ、わかるわかる!」

私は、その、大して目立たない風貌の男子学生がすっかり気に入ってしまった。
そうして、心の中でひそかに、その男子学生に話しかけていた。

「あなたはそうもてる方じゃないかもしれない。
もててもてて困るような男の子は、そんなこと考えても見ないだろう。
そんなことをいちいち考えなくても、女たちは自分から彼の誕生日を知りたがる。
贈り物ものをするために。
そうして彼の血液型や星座を向こうから訊ねてくる。
ひそかに自分との相性占いをするために。
でも、あなたは、どうして大した心理学者よ。
全くその通り。人は自分の興味のないもののことは知りたいとも思わないし、
覚えようともしないし、そもそも聞いているようでいて聴いてさえいないもの。
一方、愛するもののことなら、人は一度で覚えてしまう。
その心理がわかるあなたは、きっと優しい男の子。
そうして繊細な感受性を持った男の子に違いないわね。」と。

そして、もしかして、今電車で一緒にいる女子学生3人の中の誰かを、
彼はひそかに想っているんじゃないか、そう私は考えたのである。
そうしてひそかに彼のために祈ったのである。
願わくは、いつか、彼のそういう繊細さを愛してくれる女の子が現れますように、と。

ああ、青春よ。
それはなんと『痛い』時代であろうか。
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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: NANTEIさんへ

NANTEIさん。こんばんは♪
いつもいつも長い記事を申しわけありません。^^
もっとこまめに記事をアップすれば、テーマごとに短くできるのに、
と思うのですが、書きためてしまうものですから、つい、あのこともこのことも
書いておかなくっちゃと思って、記事が長くなってしまいます。
そして一つ書き終えると、42.195キロ走りでもしたかのようにゼーハ―ゼ-ハ―…!(笑)

お目を通していただくだけで光栄ですので、どうか、コメントはお気になさいませんように。^^
いつも申しわけないなあ、と思っております!

わ~。この記事、自分でも気に入っている記事なんですよ。嬉しいなあ…
こうやってブログ書いていますと、たまに、たま~に、自分でもこれは好きだなあ、と
思う記事が書けることがありますよね。
私にもいくつかそうした記事がありまして、これはその中の一つなんです~!
ですから、それをNANTEIさんにこのように誉めていただけるとすっごく嬉しい。
しかも太宰の短編に例えていただけるなんて!^^
『蜜柑』は読んだことないですが、『畜犬談』は読んだ記憶があります。
犬の文学は結構忘れません!!(笑)
なんとも傷ましい、なんともいじらしい話でしたよね。毒を食わされたともしらず、
すごすごついてくる犬の気もちのいじらしさ!!
なんて、一途なんだろう!
おっと。こっちの話に踏み込むと、また、トーマス・マンの犬の話やら、
長谷川町子さんが飼っていた柴犬の話やら、とめどもなくなりそうなのでやめておきましょう(爆)

この学生さんの言葉ね。今でも忘れられません。
ほんとに真理を突いていると思うんですよ。
きっと彼はいくたびかせつない想いをしたことがあるんでしょうね…
私など、この年になっても『誕生日、誰か覚えていてくれないかなあ』って思いますもん。
あ。誰にもはっきりした日にちは教えてないから、覚えていて欲しいって
言う方が無理ですね!(爆)

あ~~……また、このような、しみじみした話を書く気分になりたいですぅ…
書きたいな、って思います。

いつもありがとうございます。前の方の記事を掘り出して陽にあてていただけるのは
本当に嬉しいです♪


こんばんは。

今日の記事を読ませてもらった後で、こちらにコメントを入れることお赦しください。
いつものごとく渾身の告発文を読んだ後に、軽軽なコメントなどとても書けるものではありません。きっと、毎回の告発のためには膨大な参考資料に目を通し、かつ寝食を忘れての思索が続くものと思われます。ですから私も背筋を正して拝読させてもらってます。ただ、本当に深いところまで読み込んでいるかと問われれば、ほとんど自信がありません。なので、よほどでない限りいい加減なコメントはするまいと思ったのです。

で、以前読ませて頂いたこの「電車の中で」がとても素敵だなあ、と思っていたものですから、空気を読めない人のように関係のないお話しにコメントを入れさせて貰ったのです。
このお話しは私がひところ夢中になった、太宰治の一連の短編によく似ているものですから、何会か味わわせて貰いました。
「蜜柑」とか「畜犬談」などの、最初は面倒に思う出会いのことが、徐々に自分でも気恥ずかしいほどの愛おしいような、光景に変わってくる。
この「電車の中で①」も、最初は苦々しい思いの勤務帰りの教師が、屈託のない学生たちの会話に次第次第に口元がほころんでゆく・・・
味わいのある短編映画のようで、しかも彼岸花さんのひところの風貌を拝見しているものですから、余計に映像化できるのかもしれません^^
すみませんね、お気楽なところに逃げてしまったようで(汗

Re: 桜んぼさんへ

桜んぼさん。初めまして♪
ようこそようこそ、です♪^^
こうやっておいでいただけて、コメントまでいただけて嬉しいです。
それに、前に書いた記事をお読みいただけるのもとても嬉しい。
はい。もう2年前。きっと彼は大学卒業して、優しい社会人に
なってらっしゃるかもですね。恋人もできたかも!^^
そう願っています。
優しさはとても大事なこと。それ以上に、ひとに誠実であるということ、
まごころでひとに接する、ということの大切さについて、
Anthrさんの記事で考えさせられました。
よろしければ、お気が向かれましたら、いつでもお遊びにおいで下さいね。^^
最近はこの記事のような、優しい記事でなく、原発などのことばかり
書いていますが、また、来年はもっと、潤いのある記事も書きたいと思います♪
ありがとうございました♪


No title

はじめまして♪
ほほえましいお話ですね☆彡
って、勝手にここに来て、よかったのでしょうか。。。
2年前の出来事のようですので、今は、その男の子も素敵な恋人がいるかも…(^^)
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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