『海に行きたい』



水色の服。美しい青空…、水色尽くしをもう一つ。
今、こころがすっきりと晴れず、明るくやさしいものを求めていらっしゃるかたに。
海の青を。







旅をしたら、すべての土地が懐かしい思い出になるというわけのものでもなく、
本当に心に残るのは、そのうちのいくつかである気がする。
客観的に見て、素晴らしい土地だから、心に残るというものでもなく、
さもないところが妙にいつまでも懐かしく思えたりする。

また、楽しい旅だったから記憶に残るとは限らず、せつない想いで仕方なく
旅をしたところが、妙に心に残ったりするものだ。

神奈川県、三浦半島にある城ケ島は、私にとってそんな、妙に心に残るところだ。
何が楽しかったというわけではない。行ってごらんになるとおわかりになると思うが、
たいくつな風景でさえあるかもしれない。そんなに見るべきものはないのだ。

それでも私にはなぜか惹かれるものがあった。
とりわけ、途中の、小さな漁船などの並ぶ漁港としての風景に。
典型的な小さな港町。
船溜まりに係留されたいくつかの漁船。
葉山などに見られる遊興用のボートのようにピカピカではないけれど
汚れて古びたものはなく、皆丁寧に手入れされてある。
それらの船腹や埠頭を洗うかすかな波の音。

明るい空気とかすかに漂う腐った魚介の匂い。
我が物顔で通り過ぎる猫。
埠頭のコンクリートに座り込んで、網を繕う日焼けした若者の、
太陽に曝されて赤銅色になった髪とつやつや光る肩。
その膚からは、きっと磯のいい香りがするのだろう。

赤松の林の奥に、平屋建ての診療所のようなもの…。
ああ、いいな!と思ってしまう。

私がここで静かに寂しく晩年をすごせたら…と、そう思うような場所。

辿り着いた灯台のまわりはあまり整備されていなくて、
僅かにある土産物店なども、寂れた感じ。
岩場にはフナムシのようなものがいて、海藻や漂流物の吹き溜まりもある。

…それでも、何か私の情趣をかきたてるものがあるのだった。
北原白秋好きも影響しているのかもしれないけれど。
赤松の林の中のサナトリウムというイメージは、私が小学校2年まで住んでいた温泉街の、
高台にあった平屋建ての療養所。5歳くらいのときに数カ月入院していた、
その療養所のイメージがあるのかもしれない。
明るい海を見下ろす松林の中にあった…。



…もう20年ほど前の旅の記憶。
ああ、またいつの日か、城ケ島に行きたい。






スポンサーサイト

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

Re: morinof さんへ

倍賞千恵子さん。綺麗な声ですよね。
私はこのひとと由紀さおりさんの声がとても好きです。

『サナトリウム』。せつない思い出がおありでいらしたんですね。
お病気のせいもあって、きっと透けるように白い膚の、美しい人で
いらしたんでしょうね。若き日のせつない出来事を
思い出させてしまいましたね。
私自身は、結核病棟というほどのものではなかったんですが、
小さい頃とにかく虚弱で、いったいどこが悪いのか、入院して調べて
もらっていたことがあります。肺浸潤、ということで、2カ月くらい
入院していたのではないかと思います。
退屈で、退屈で、窓から紙を小さくちぎったのを飛ばして遊んでいた記憶が
あります。夜も眠れなくて、母と父が毎晩交替で私をおんぶして、
病室の外に出て、静かに暗い病院の庭を歩き回りながら、私が寝付くまで
子守唄を低い声で歌ってくれていた夜夜のことを今、思い出しました。

『サナトリウム』という言葉を聞くだけで、もうそこにはドラマが
いくつも秘められていますね。
その佳人は、結核から回復なさったのでしょうか。

福永武彦は、作家池澤夏樹さんの父君ですね。
私は『草の花』と『廃市』しか読んでいませんが、『廃市』はとても好きな
作品でした。『城ケ島の雨』の北原白秋。好きだと記事にも書いていますが、
『廃市』の舞台となったのも柳川ですね。私の『故郷の廃家』の
『不思議な旅』シリーズのあの旅のとき、実はこの柳川も
訪ねています。白秋の記念館を訪ねて、『思ひ出』の復刻版を
買ってきました。その頃ちょうど映画になった『廃市』を娘と見ていたので、
柳川の旅はとても心に残っています。

morinof さん。ありがとうございました。

記憶の鍵

 二十歳かそこらの頃に倍賞千恵子の抒情歌の詰ったLP買いました。
飛田給の寮にいた頃に擦り切れるほど聴いていましたねえ。
もう聴けもしないのに、まだ屋根裏部屋に仕舞ってあります。
今でも雨がしとしと降ると、いつもこの歌が口をついて出ます。・・・音痴なのにね。
この歌を口ずさむと憂鬱な雨も、何だか甘酸っぱいレモンティーに
変わっていくようで好きなんです。
         ::::::::::::
 「サナトリウム」って私にとって呪文のような不思議な響き
聞いたり字面を目にしただけで20代の頃に心が飛ばされてしまい
自分でも慌ててしまいます。
城ケ島の雨を聴いていたころ、福永武彦の本も多く読んでいて
彼の作品の裏には常にこの背徳の恥美を帯びたような呪文が
流れていたように記憶しています。
         ::::::::::::
 この呪文で数十年振りに思い出された古い記憶。
若いころ片想いだった女性が結婚後すぐにサナトリウムに入院され
わざわざ本人から電話を頂き、複雑な気持ちで御見舞いに行った時の心情。
今までに知る病院に比べ、古い設備と艶やかな板張りの長い長い廊下。
鼻腔をくすぐるような消毒の匂いや、やけに白っぽく見えた空間。
剥げて黒光りする鉄のベッドで、生成りのリンネルに横になった
石膏の彫像のように白い入院姿が、息をのむほどに綺麗だったこと
今でも生身を触れられるように思い起こされました。
 何だか彼岸花さんには不思議な記憶の鍵を握られているようですね。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード