『夏の句から』

うう。暑い暑い・・・!

言いたくないけれど暑いです。
東京の一部では昨日37度まで気温が上がったそうですから。
我が家の方も、35度くらいあったんじゃないかなあ。
立秋は?秋の気配はどこ?という感じです。

私は冷房苦手なんだけれども、さすがに今はつけています。
今日は涼しい部屋で、でもなにか何をしても集中できないので、
ぼんやり、角川春樹編の『合本現代俳句歳時記』を拾い読みしていました。
夏の季語を拾って、俳句を読んで、涼しくなろうという魂胆です。
そういう消夏法があってもいいんじゃないでしょうか。

いくつか、私がいいなあ、面白いなあと思った句をご紹介しましょうね。

片蔭といふもののなし基地の街   沢木欣一

   この句の季語は『片蔭』という言葉です。
   私は今回、初めてこの言葉を知りました。なるほどなあ、と思います。
   夏の強い日差し。家々の軒や壁、また建物自体の影が、道路にくっきりと
   出来ます。光と影のコントラスト。日陰に入ると僅かなそれであってもすうっと
   涼しいのです。
   ところが基地の街はだだっ広い。建物から建物への距離がとんでもなく遠い。
   基地の街は片蔭が少ないのです。基地の街は住人にやさしくないのです。

湯上りの子をうらがへし天瓜粉   中村秋晴

   これもわかるわかる!という感じではありませんか?
   つけてやる親の立場としてか、つけてもらった方の記憶かは問わず。
   暑かった夏の日の夕暮れ。外から汗まみれになって幼い子供が帰ってきます。
   お風呂に入らせられる。ポッポとまだ赤らんだ小さな子供の体。
   母親は、ちょうど夕餉の支度で忙しい時間帯でもある。
   手早く汗を拭いてやり、乾いてきた体に、天瓜粉を手早くはたきつけてやります。
   首の下。胸、そして脇の下。おでこにもちょん!と。
   子供の体をくるりと回します。そうして今度は、小さな背中にぽんぽんと
   白い粉を一掃き二掃き、はたきつけてやります。
   子供は手荒く扱われて嬉しく、脇の下や首にはたいてもらうとくすぐったがって
   身をよじります。
   (あっ、天花粉って黄烏瓜からとってたんだ!だから本当は天瓜粉って書くのか!)
   そうしてさっぱりして、少し色白の顔になった子供は、やがて夕餉の膳に向かい、
   夕食が終ると、庭先で花火などをして遊ぶのです。


枝豆や三寸飛んで口に入る   正岡子規

   これは説明は必要ないでしょう。
   枝豆を食べていてこういう経験おありでしょう。
   ぷっ!と飛んで出るんですよね。
   結核性のカリエスで身動きさえできないほどの苦しみに苦しみぬいた
   正岡子規の句。若い頃の句でしょうか。病中の句でしょうか。
   病の床にあってさえ、ユーモアの目を忘れなかったひと。

採る茄子の手籠にきゆアとなきにけり   飯田蛇笏

   これも、茄子を触ったことのある人なら実感する句でしょう。
   もいだ経験はなくとも。洗うときにも茄子は確かに「きゆア!」と鳴きます。
   なんと巧みなオノマトペ(擬音)でしょうか。


   さて、色っぽい句を一つ。

手にふれし汗の乳房は冷たかり   野見山朱鳥

   これも説明は不要でしょう。
   汗に濡れた女の乳房。・・・でも、なぜかそれは夏でも男の手に
   ひやりと冷たく、しっとりと持ち重りがするのです・・・。
   うう。なんと悩ましいのでしょう。幸せな、おとことおんな。


虹二重 神も恋愛したまへり    津田清子

   これはまた素晴らしく壮大な、そうして斬新な感覚の句だと思いました。
   今はなかなか虹も見かけることが少なくなってしまいましたが、
   ごく稀に、僥倖のようにして虹と巡り合うことがある。
   しかもそれはただの虹ではなく、二重にかかった虹。
   まだ背景の空は暗い。あの辺りでは今雨です。
   その暗い雲を背景に、色鮮やかにかかった二重の虹!
   そういう稀な虹にしょっちゅう出会う人というものがあるようです。
   作者はその珍しい虹を見て、「神様が恋愛していらっしゃるから
   こんな綺麗な虹を空におかけになったんだわ!」と感じたのです。
   神だって恋愛すれば、こうやってその恋を自ら祝いたくなるのでしょう。
   この作者の感覚の靭さとしなやかさ。
   今日の6句の中のいちばん、に、私は挙げたいと思います。


いかがでしたでしょうか。
少し、消夏お出来になりましたでしょうか?



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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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鍵コメさんへ

片蔭…すてきな表現ですよね。
なんだか絵が浮かんできそうです。光と影のくっきりした絵。

自分では作れないけれど、俳句や短歌を読むのは好きです。
句読み、歌詠みの人に示されて初めて、ああ!確かに!と思う。
そういう鋭敏な感覚は自分にはありません。

発想することも行動することも、なかなか自分の固定観念や、自分を縛り付けている
何かから逃れることは難しいですね。
わたしもすぐ、自己規制をかけてしまいます。ずうっと。
このところようやく、あ、自由を作るのは人をあてにしていてはだめなんだ!
って気づいたところ。少し遅きに失したかもしれませんが。
でもまだ、先に行けるかな。夢を持ち続けたいです。

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Re: さかごろうさんへ

さかごろうさん、ありがとうございます。

私もね、自分じゃ句作しないし、あまり知識もありません。
私も正岡子規と飯田蛇笏しか知りません。
ただ、読むのは好きなの。
知識もない素人なのに、あれこれ批評したりするのが好き(笑)。
でもね、うまいなあ、と感心するの。
短歌にしても、僅か17文字や31文字の中で、ようくこれだけ
人間の感情の機微や、情景を詠みこめるなあ、と思って。

正岡子規のなんて面白いでしょう。
ビールいただきながら枝豆食べてたりすると、大抵二粒くらいは
ぴょんと莢から飛び出して、スカートの上にぽとんと落とし、
「あ!」と思うことってありませんか?

乳房の句もつややかだなあ、と感心する。
洗濯板になんとか、という類いの私には、女の身でも、ああ、いいなあ、と
思ってしまいます(笑)。

少し涼んでいただけてよかったです♪

はい! 一時、涼をとることができました。
一つひとつの句ごとに、その景色が思い浮かばれて色や空気だけでなく、音や、誰かの声まで聞こえてきそうです。

ワタシは俳句に関しての知識が全くないもんで、正岡子規以外は聞いたことのない俳人ばかりです。
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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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