『父蘇る』


ある必要があって、戸籍謄本を取り寄せた。

久しぶりに自分の戸籍についての記載を見た。
驚いたことが一つ。
父の名前の漢字を間違って覚えていた!(笑)
そういえば、たしかにこっちの漢字だったよなあ、と思い出した。
いつから間違って記憶してしまっていただろう。
30年前?40年前?
・・・それほどの間、父の名を書く必要がもうなかった、ということだ。

しんみりしたことが一つ。
私は夏の生まれである。
戸籍謄本には勿論、私の生年月日が書いてある。
父と母の名も書いてある。
便宜のために、私は本籍地を九州の高原の村から、東京に移してしまったが、
私の生地、つまり本来の戸籍の住所もここには書いてある。
戸籍謄本などというものは、そうした事実の羅歴だけで、
そこには何の感情の入る隙間もないものと思っていた。
…これまでは。

しんみりしたというのは、
私の生年月日の他に、そこには、私の親が、私の生まれたことを
役場に届け出た日の日付もくっきりと書いてあったからである。

父は、私が生まれた日の5日後の8月某日に、役場に私の出生と
名前の届け出をしていることが、今回わかった。
これまでも何回か、戸籍謄本を見てはいるけれど、細かいところは
見てこなかった。生まれた日とは別に、届け出の日まで書いてあるとは
思っていなかった。

父は小柄な人で、ちょっとがにまただった。
でも、そのがにまたなところが、山歩きや川を渡っていい釣り場を探すには
適しているように思え、ひょいひょいと身軽に高原の道を案内して歩く父を
小5の私は頼もしく思ったものだ。

たった一行。昭和・・年。8月某日に出生の届け出。届出人は父。
それが記してあるだけである。
でも…。

ああ!その日。父があの独特の歩き方をして、田舎の道を役場まで行ってくれたんだなあ。
高原の大気は都会よりは涼しいとはいうものの、空気が澄んでいるその分日差しは
ひりひりと肌を刺す。ちょうど今日のこの午前の空のような感じではなかったかなあ。
そんな日差しの中、父は私が生まれたことを届け出に行ったのだ。

どうかなあ。私が生まれたことを喜んでくれたかなあ。
可愛いと思ってくれたかなあ。
きっと思ったな。

…今から60年以上前の8月某日。某所の某役場。
父は確実にそこにいて、生まれてきた子のために書類を書いてくれたのだ。
私は父のことをよく書くけれど、父との実際の思い出は、実は僅かしかない。
生まれてから小学校2年の一学期まで。でも、この期間は自分が幼かったので
記憶は不鮮明である。
あとは小学5年の思い出の夏の一週間と、その他にはすべて足しても
20日足らずくらいの思い出しかない。
つまり、私の父との思い出は、小5の夏の一週間がすべて、と言ってもいいくらいだ。
その私の数少ない父の思い出に、新しい姿が一つつけ加わった。


戸籍謄本という一枚の紙切れ。
でもそこに、かつてこの世に確実にあって、私のために夏の日差しの中を歩いて、
村役場の戸をくぐり、生まれたおんなのこの名を記した父の姿が、そこに
くっきりと見えたのである。

…若き日の父の姿がワンシーンだけ、鮮やかによみがえった瞬間…。

2009_0802_183740-CIMG0587_convert_20100828120026.jpg      
       八重咲きオオハンゴンソウ。別名花笠菊。
       小5の夏、長姉の家の庭の池の傍に、この花が鮮やかに咲いていた。
       反魂草とは、魂を蘇らせる草、という意味。
        花に罪はないものを、そんなおどろおどろしい名をつけられて…。
       ただ大きな葉っぱが下を向いて垂れる。それが幽霊の手のようだ、
       というそんな馬鹿な理由で。
       でも、その名の故に、また私はこの花を愛す。
       
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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re:夕惟さんへ

夕惟さん。ね、ブログってありがたいですよね。

みんなとってもとっても優しいの。
コメント欄には、そうしたやさしさが満ち溢れています。
勿論中には、記事の批判を激しく言い立ててくるコメントなどもブログの性質によっては
あるところがあるようですが、私がこれまで覗かせていただいたブログは、
夕惟さんのブログもそうですが、どこも訪れるみなさんがやさしいのです。

ね、この記事のコメント欄の皆さん、すてきでしょう?
他の記事にはまた、違う方が、すてきなことをお話しくださってるのよ。
ここでは、意地を張ったりお世辞を言ったり、肩ひじ張ったりする必要がない。
みんな、静かな語り口で、思い出を語ったり、経験したことを披露してくださっています。
夕惟さんがここを居心地良く感じてくださるとすれば、それはここを訪れてくださる
皆さんのおかげです。

私は、人って本来やさしいものなのだと思う。
でも、なにかが実生活の中では狂うというか、ずれてしまうんですよね。
一言口に出しさえすればよかったのに、とうとう言えなくてすれ違ってしまったり、
本心は違うのに、意地を張ってしまったり、いろいろいろいろ・・・
実生活は忙しかったり、利害が絡んだり、負けたくなかったり、
そんなこんなで、ひとは角と角をぶつけ合ってしまったりする。

でも、ブログをやる人はおおむね、内省的な方が多いと思うんですよ。
だからね、語り口がやさしいの。そして真実味があるの。

夕惟さん。いつでも、疲れたら、ここに休みにいらしてね。
私が無口でも(そんなのありえない?笑)、皆さんが代わりにやさしく
迎えてくれます。

ひととひととの関係の線引きってほんとに難しいですよね。
踏み込み過ぎたり、今一歩が足りなくて相手を失望させたり…

理想は、
なにも言わなくても、悲しい時にはそれを感じ取ってくれる
相手が疲れているなと思えば、そっとしておいてあげられる
言葉が欲しいな、と思っているときに、聞きたいその一言をくれる

…そういった静かな心づかいなのでしょうが、
それを私は皆さんからいただいているような気がします。

夕惟さん。これからも気軽に遊びにいらしてね。
私の理想は、私が留守でも、皆さんがお互いに、ゆっくり静かに
お話ししていてくださること。

そんなお部屋に出来たらいいのですが…
 

No title

こうしたやりとりが、 今の私には心の栄養で、癒しです。
あー、本当に染み渡る感じなんです。

小さい頃から転校したりしていたので、
人と接するのがすごく苦手で、すぐ人の顔色を見てしまう人間なんです。
愛想笑いは得意なんですけど。あはは。

よく見られたい。良い人でいたい。

で、なんだか人との線引きが苦手なようです、私。

なんだか、ある程度仲良くなった人が、
急に私のテリトリーにズカズカ入ってくるのが許せなくて。
(例えば、急に親友呼ばわりされたり、勝手に見たり、開けたり(笑))

相手は、これだけ話してるんだからもう良いよね?的に思っていても、
最後の線引きの位置が私とは違うようで、
何でも話せた友人とのお別れが多かったんです。
ここ2年ほど、そういう心の痛みに疲れてしまって・・・・・・

痛々しい言葉を投げつけられて、上から目線な言葉で罵られ。
それで、書くことが怖くなっていました。

良い人ぶりたいわけでもなんでもないのですけど、
上手く行かないですね~;

今の職場とか、今側に居てくれる人たちは、大丈夫なんですけど。
あ、なんだか懺悔というか人生相談になっちゃいました;

そんなわけで、
ここで知り合えた方々がとても優しい言葉を使う皆さんで、
あぁ、書いても良いんだな・・・・・・心の言葉を閉じ込めなくて良いんだなって、
思えるようになって来ました。

ありがとうございます、本当に感謝しています。

特に彼岸花さんのお部屋は、私のリハビリの場所みたいです^^;

Re: 夕惟さんへ

夕惟さん。ありがとう。
この記事を掘り起こしてくださって、とても嬉しいの。
夕惟さんは、私の大事に思う記事が、なぜかおわかりになるみたいね。

夕惟さんのお父様は、役場にお勤めでいらっしゃいましたか。
それでは、時代はむろん、はるかに離れているけれど、
父は、夕惟さんのお父さまのような方に、私の出生届を手渡したかもしれませんね。
…そんなことを想像して見るだけで楽しい。

きっと。お父さまも、あなたの誕生をお喜びになられたことと思います。

私も今回、夕惟さんのコメントをきっかけにこの記事読みなおしてみたのですが、
自分でも、ジーンとしました。
60数年前の父の姿が、乙山さんの言葉をお借りすれば、くっきりと「像を結んだ」
ことの懐かしさも勿論ですが、この、コメント欄の、
夕惟さんに新たにいただいたコメントも加え、なんとすてきな言葉ばかりだろう!
…そうあらためて思って。

この記事を書いた頃、私はある悲しみを抱えていて、
ここでいただいたコメントの優しさにどれほど心慰められたかわからない。
そういったことどもも思い出して、ジーンとしました。

ね、ブログで知りあわせていただいた方々の素晴らしさ。
嬉しいですよね。
そこにまた、夕惟さんという方がおいでいただけたので、彼岸花のお部屋
ますます居心地良くしなくてはね、そう思っています。

夕惟さん。本当にありがとうございます。

No title

なんだかジーンと来てしまいました。

私も結婚するときに、戸籍を見て、
生まれて何日後に届けてくれたのかなぁ~?と思ったことがありました。
(我が家は父が役場(村だったので)勤めだった時で、
仕事の所か化出すの忘れていたらしいですけど^^;)

その家族だけにある、つながりって良いですね。
夫婦は他人だけれど、
子供が生まれて、その時に家族になるんですもんね。

Re: 乙山さんへ

乙山さん、ありがとうございます。

ほんとにおっしゃる通りなんです。
何気なく見た自分の戸籍謄本。
書いてあることはわかりきっていると思っていたけれど、
思いがけない一行がそこにありました。

たったその一行から、父の姿がぱあっと立ち上がり、
父の私に対する愛情まで、なぜかそこに感じました。
『かつて生きていたひとの姿が浮かび上がり、
くっきりと像を結んだような気がします』
父の姿が像を結ぶ…ほんとにそんな感じでした。

すたすた歩いて行ったかなあ、小柄でしたが山仕事で鍛えた脚は健脚でした。
でも、汗を拭き拭き、ゆっくりいったような気もします。
穏やかな人でしたから。

乙山さん。ありがとうございました。

Re: 依里さんへ

依里さん、ありがとう。
なんて温かいコメントなのでしょう!

あなたの前にコメント書いてくださっている手帳さんもそうですが、
ほんとに、わたしのこころを覗きこんで、必要な時にぱっと
温かい言葉をくださる…。
そういうお友達がいてくださって、わたしはつくづく幸せ者だと思います。
わたしはそのお返しが出来ているでしょうか…。

はい。きっとね、父はとても喜んでくれたと思います。とてもやさしいひとでした。
一度も怒られたことがなかった。甘やかして猫可愛がり、というのではなく、
あまり多くを語る必要さえない、静かな父と娘でしたね。
父が竹細工の仕事をするのをじっとそばで見ているだけで満足だった。
母ともそうでしたけど。静かな母と子でした。
母が縫物をするそばで、長い秋の夜、本を読んだり勉強したり、
昔語りをしたりして静かな少女時代でした。

その父と母がどうしてうまくやっていけなかったかなあ…
…人生というものは複雑なものですね。

ありがとう…。

Re: 手帳さんへ

手帳さん。なんてすてきな言葉をくださるの。

感激してじんとしてしまいました。
私ね…。今悲しいの。
だからこんなありがたいお言葉いただくと、ほんとにしみじみ、
人の情というものを感じてしまいます。
今日の手帳さんの、茨木のり子さんの『知命』…
そうそう、そうなんです。今もそっとね、手帳さんが
私に手を添えてくださったのね。
私、元気よ!
だからね、ほら。今、蚊に食われたの(笑)。2か所も刺されたみたい。
元気がないと、蚊にも刺されませんものね(笑)。

わたし。もっと皆さんに恥じなくていられるような人にならなくちゃね。
ありがとうございます。手帳さん。

一枚の紙から

彼岸花さん、こんばんは。
一枚の紙から、ほんの少しの文字から、
かつて生きていたひとの姿が浮かび上がり、
くっきりと像を結んだような気がします。

おそらくはゆっくりと歩を進められたのではないか。
暑い日なので、手ぬぐい(タオル)をお持ちになって、
みちみち、汗を拭きながら、
ゆっくり(がにまたで)役所に向かわれたのではないだろうか。

ゆっくり、かもしれませんが、
ひょっとすると、ひょい、ひょい、と身軽に
暑い中を渡って行かれたのかもしれませんね。

No title

彼岸花さんが生まれた事を喜んでくれただろう、と想像できるようなお父上。
さぞ、優しい方だったんだろうな、と想像しながら読みました。

No title

それ故のあなただからこそ
私達はみんな
彼岸花さんをお慕いしているのです。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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