『次姉の贈りもの①』 「忘れがたき人  其の一」

私には、ぐれてしまった姉がいたということを、『口紅』の記事で書いた。
この姉は次姉で、私とは9つ違い。
糞真面目な、どちらかというと優等生タイプだった私と違い、
高校を一年もたたぬうちに中退し、それからは母や私の住む家と、
田舎で一人暮らす父の家とをふらふらして行ったり来たり。
高校の頃は化粧気一つ無しの真っ黒な顔で、陸上の槍投げなどをしていたが、
家出を繰り返すうちに水商売で生きることを覚え、
以降はほとんど水商売で生きて行った女である。
午後4時すぎ。湯屋から戻ってから、鏡台の前で化粧を始める。
浅黒い肌も肌理は細かく、おしろいを塗ると、見違えるような血色になる。
もともと切れ長の涼しげな目にアイラインをすっとひく。
そうすると、さらでも涼しげな眼差しが、一種凄味を帯びた美しい女の目になった。
仕上げに確かに口紅は塗っていたのだが、不思議にその色の印象がない。
おそらく、目の鮮やかな印象が、口もとの印象を消していたのだろう。

中学の頃から陸上をやっていた体は、小柄だが、肉が締まって、
手足の先の動きがなぜか綺麗な人だった。
その体に涼しげな夏着物をさらりとかけて、献上博方の帯などを締めて、
鏡の前で振り返って帯の具合をみる。
妹の私さえ惚れ惚れするような、いい女の出来上がりだった。

兄と私は勉強が好きで、母方につき、
この次姉は勉強嫌いで、どちらかというと、父方についていた。
しかし頭が悪かったわけではなく、むしろ記憶力などは兄妹中で一番よかった
かもしれない。彼女の高校の時の風景のデッサンをつい最近まで
私が保管していたのだが、どこか見当たらなくなってしまった。
しかしそれは、高校に入ったばかりの娘の絵にしては驚くほど達者で、しかも
描き慣れているゆえの大胆な筆致で描かれていた。

アイラインをすうっと目元に描く時の手際の良かったこと!
歌も上手かった。

要するに、色々な可能性を身の内に秘めていた女であったと思うのだ。
しかし家が瓦解し、家族がバラバラになっていくときにちょうど思春期を迎えたためか、
それとも本人のやはりそういう気質なのか、高校一年で早くも人生の道を
踏み外してしまった。

本人も水商売ばかりやってはいられないと、準看護師の資格をとろうなどと
勉強しなおしていた時期もあったが、飽きっぽい性格。そしてやはり、
高校に数カ月しか通っていない、ということがネックになって、
水商売以外の道を選ばないことになってしまった。

キップがよく、色っぽいので、当然男たちにはもてた。
いったいいくつ恋をしたろうか。
私が少女の目で見届けた恋愛だけでも、結婚の寸前まで行った恋愛が2回。
しかし、結婚には至らない。相手の家族の猛反対を食らうからである。
男性の趣味は、自分にないものを欲したか、家庭もよく学歴の高い、
真面目な青年ばかりを好きになっていた。
だからまた、相手の家族から結婚に猛反対もされたのである。

したたかと言っても20歳を過ぎたばかり。傷つきもしたろう。
やけになって多くの男たちと遊び歩いたりするようになった。
妊娠中絶、自殺未遂などを繰り返すようになる。
母も兄もその頃は姉のことは半ばあきらめていたと思う。
私は小学校5年か6年。
ふらりと帰ってきては、またふらっと出て行ってしまう姉はよその人のようだった。

その姉が、一人東京に出て行ってから3,4年ほど経った頃。
いきなり結婚相手を連れて東京から戻ってきた。
姉、25歳の時である。
相手は東京の大手出版社に勤める真面目なサラリーマンだった。
ふわっと人を包み込むような柔らかい雰囲気を持った人で、
おっとりとした話し方、シャイな笑顔が魅力的で、高一の私などは会った途端に、
その人を兄と認めたくらいであった。
何より、あの、怒ったりするとあばずれのような激しい啖呵を切ったりする姉が、
すっかり飼いならされて、いい奥さんぶりになっているのには、母も私も
仰天してしまった。

姉は水商売の頃とは違う美しさになっていた。
東京の水に洗われて、M兄と呼んでおこう、義兄の愛に包まれて、
女らしさが匂いたつように綺麗だった。

姉と義兄が東京に戻っていってからひと月ほどして、
母と私がつつましく暮らす6畳一間のアパートに、思いがけず大きな荷物が2つ届いた。
姉と義兄からの届けものであった。
宛名は高校一年生の私。
何だろう・・・・

急いで大きな箱を開ける。
中から出てきたのは、日本文学全集と、世界文学全集であった。
赤が世界、緑の外函と表紙が日本のだったかな。その逆だったかな。
それぞれ2、30冊づつくらいはあったと思う。

私の嬉しかったことといったら! 

小さい頃から本を読むのは大好きだったが、経済的な理由で
自分の本を持つということはままならなかった。
自分の、どころか、家に大体本などほとんどなかった。
その私に?こんなにたくさん。しかも、まだ紙の香も新しい、
美しい全集が?
これが全部私のもの?

大手出版社に勤める義兄が、妹になった私が本を読むのが好きと聞いて、
社内購入してくれた、義兄と姉からの、心のこもった贈り物なのだった。
私がすぐその場で、一冊読み始めたのは言うまでもない。

ああ、あの時はほんとに嬉しかったなあ。
貧しい私の唯一の、そして最高の宝物と言ってよかった。


M兄と姉は残念ながら、男の子一人を上げながら、数年後に離婚してしまった。
勿論、姉のほうが悪かったに違いない。
派手で金遣いが荒く、気性の激しさは、ヤクザ数人にも一人で大啖呵を切りながら
向かっていくほどの荒さであったから。
男の子は優しい義兄が引き取った。

その後の姉は転落の一途をたどって、今は音信不通である。
生きているのか死んでしまったのかさえわからない。
あんなに綺麗な人だったのに。
キップの良さ、粋なこと。ほんとにいい女だったのに。

本はどうしたか?
それから母と私は住居を転々と変えたが、他のものは捨てさってどんどん生活を
切り詰めていっても、この世界と日本の文学全集だけは、私が大事に大事に
引っ越し荷物の中に入れた。
というより、これらが一番の大荷物であったほどだ。
今、それらは、私の兄の家の応接間のガラスの飾り棚におそらく今もある。
さすがに東京に出てくるときには持ってこれず、兄に預けてきたのである。
今度電話したとき、その所在を確かめようか。
私にとってどういう思い入れのあるものか知らない兄一家の者がもう
処分してしまっていなければいいが。

ああ、M兄さん!お元気でいらっしゃるだろうか。
短い間の姻戚関係ではあったが、あなたが、義妹の私に示してくれたこの温情。
それがどれほど若い私の血となり肉となっていったか! 
全く、むさぼるように、次々と読んでいったものである。
世界の、そして日本の文学の概観を掴ませてくれたのも、これらの本であった。

そして、姉さん。あなたはどこでこの冬を迎えるのだろうか。家族に囲まれて
貧しくとも暖かい冬を元気に越してくれればいいが。

4人兄妹。他の3人がそれぞれにずるいところも身勝手なところもあるその中で、
この次姉が一番心がまっすぐであった。そして一番情に厚かった。
それなのに、その人生は早くから狂ってしまった。

でも、あなたがくれた、人生の素晴らしい贈り物。
この私の忘れえぬ大事な宝です。

2009_1115_220124-CIMG0940_convert_20091116234303.jpg

*この本は、その時のものではない。
 こんな感じの紙函と本の体裁だったよなあ、と懐かしく古書店で買ったもの。
 田宮虎彦集である。
 見開きになっているのは、私の好きな短編『足摺岬』のページ。

 私は今年、嬉しい贈り物を2回もらった。
 昨日も。
スポンサーサイト

テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

極端な生き方

お姉さんは誰よりも素直で、純粋で、情熱的な方なんだろうなと
感じました。極端な生き方はある意味羨ましく、ぼくはどちらかという
とお姉さんに近い生き方を選んだのかなと思います。口の悪い人ほど
じつは優しく、惚れっぽい女ほどじつは警戒心が強い。そんな気が
します。極端な生き方、、、極端に寂しがりやで、極端に泣き虫な人
を知っています。でもその人は自分に嘘をつくことはないのです。


HOBO

No title

ひとの幸せとはなんだろう。そんな事をよく考えるのですが、
やはり、やりたいようにやれる自由さは、痛みも伴うもので……。
あるいは型にはまるべく自分を殺しだまし欺きながらいい暮らしを満喫……。
どちらもその人にあっていればいいのでしょう。
私は、水商売をすることは無いでしょうが、
かといって、型にはまった暮らしは息が詰まります。
その中庸の生きかたで自分らしくって、出来ないものかなあと、試行錯誤して
今を過ごしています。
人生の執行猶予みたいなものです。

お姉様と、きっとまた仲良くお話できる日がくるでしょう。
そう祈ります。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード