『次姉の贈りもの②』 「忘れがたき人  其の二」

前の記事で、次姉と義兄から贈ってもらった文学全集のことを書いた。

実はこの姉からは、その二年ほど前に、もう一包みの贈り物を受け取ったことがある。
それは私が中学2年生の時のことであったと思う。
女ながらに風来坊の気質の大変に強かった姉は、その頃はもう、家を飛び出て、
一人東京に出ていた。
電話などまだ普及していなかった時代。手紙が唯一の連絡手段だったのだが、
姉からはしばらく何の音沙汰もなかった。

「あいつは今頃どっかで野垂れ死んどるかもしれん。」
年の暮れも近いある冬の夜、母子3人の四方山話の中に姉の話が出ると、
兄が吐き捨てるように言った。

兄と姉は2つ違い。二人は幼い頃から喧嘩をしながらも、心は通じ合った兄妹だった。
二人並んで歩けば、年周りから見て恋人同士のように見えたのに違いない。
ある夜繁華街の裏通りを歩いている時、明らかにチンピラやくざと思われる数人に、
二人がからまれたことがあった。
昭和30年代初め。まだ日本の大方の人は貧しく、大学を出ても職はなく、
まして何かの技術でももたない若者には働く場はなく、若者が
すさんだ心を抱いていた時代でもあった。
売血などということがまかり通っていた時代である。
今の人は知るまいが、今のように献血制度というものが確立する前、
手術などに要する血液を血液銀行が金を払って買い取っていた時代があった。
働き口のない人間は、血を売ってなにがしかの金を手に入れ、糊口をしのぐ、
そんなことのまかり通っていた時代である。

人気のない裏通りを恋人同士が歩いてくる。
ちんぴら達のすさんだ心に、火がつく。
兄と姉は彼らに取り囲まれた。
実は兄は柔道と空手をかなりやっていて、腕に自信はなくもなかったと思う。
妹を守るためになら、ボロボロになっても戦ったであろう。

兄が体を身構えたその時、姉がいきなり、
「痛たたた!」と大声を出して、その場にうずくまった。
まだ何もしていないのに、いきなり若い女が大きな声を出してお腹を抱え込み、
蹲ってしまったので、チンピラ達は一瞬ひるんだ。
姉は素早く履いていた両足の下駄を脱いで手に取った。そうしてそのチンピラ達に
下駄の歯のある方で打ちかかっていったのである。
その頃は、サザエさんの漫画を読んだことのある人なら見たことがあるかもしれないが、
洋服を着ていても、足元は2枚歯のついた、堅い木の下駄を日本人は履いていた。
その堅い下駄の歯で、姉は、チンピラ達を次から次へ殴ったのである。
陸上競技の短距離で県2位をとったこともあり、槍投げまでやっていた敏捷な体。
恐らくそれは目にもとまらぬ早業であったに違いない(笑)。

しかし長居は危ない。
ちんぴら達が一瞬度肝を抜かれている間に、同じように呆然としている兄の手を
強く取ると、姉は脱兎の如くその場を逃げ出したのである。
もうチンピラ達の追いかけて来そうもないところまで来ると、
二人は腹を抱えて大笑いした。

兄と姉はそんな兄妹であった。
兄が行方も連絡して来ぬ姉のことを心配していないわけがない。
それでもどうしようもない姉のやさぐれぶりを兄は半ばあきらめていたようである。

さてその暮れ近い頃のある日。
姉からいきなり届いた荷物は私宛てだった。
クリスマスが近かったので、姉はそのつもりで送ってくれたのであろう。
一緒にまだ家で暮らしていた頃も、姉はほんのたまに、
小さい妹の私を連れて、デパートなどに行くことがあった。
と言っても買ってくれるのは、便せん一つ、などというささやかなものであったが。

ところがその送られてきた箱の中には私の見たこともないようなものが細々と入っていた。
おそらく東南アジアのどこかで作られたのであろう、白檀の木を薄く切って作った扇。
一枚一枚の木には繊細な透かし彫りが施してあり、強烈な香木の匂いがする。
今でこそ、100円ショップでさえ、まがい物の似たようなものが売られているけれど、
当時の子供の私など、見たことも嗅いだこともない、珍しくまた美しい扇であった。
扇はもう一本。これは本当の舞扇。藤間流のものであったと思う。
姉は東京で水商売をしていたから、踊りの真似事でもしていたのであろうか。
美しい舞扇を田舎の妹にも一本、と手に入れてくれたのでもあったか。

外国製の素晴らしい香りの石鹸が数個。やはり外国製の缶入りのお菓子もあった。
見たこともないような綺麗な模様の紙ナプキンの束が数種類。
なんだかほのかに香る、美しい便箋と封筒のセットもあった。
他にも何かこまごまと箱に詰めてあったのだが、あとは覚えていない。
そうそう。なぜかどこかの製薬会社の緑色の小さなカエルの人形まで入っていた。

私がどれほど嬉しかったか。

実は姉はその頃、外国航路の飛行機のパイロットと付き合っていたのである。
贈り物の多くは、その彼から貰ったものであったろう。
姉の恋の始まりはいつも素晴らしいけれど、大抵その恋は実らずに終わっていた。
姉の飽きっぽい、そして喧嘩っ速い性質の故もあったろう。
そのパイロットともいつか別れたらしく、私に贈り物を送ってきたあと
またしばらくして姉の所在は知れなくなってしまった。

そうしておよそ二年が過ぎて、姉はM兄と結婚して里帰りしてきたのである。
そこからのことは前の記事に書いた通り。

この時のプレゼントの嬉しかったことも私には忘れがたく、
そののち、私が誰か幼い者に贈り物をするときは、
高価ではなくとも、こまごました可愛いもの、珍しいものを
いろいろ選んで、綺麗な箱詰めにして送るのが常になったのは、
この時の嬉しかった思い出があまりにも鮮やかなゆえである。

しかし、姉のようには相手の好きそうなものを選ぶセンスが私にないのか、
それとも、受け取る側に、かつての私のように感動する心が薄いのか(!)、
いま一つ劇的な喜びの表情を見ることがかなわないことが多い。

おかしいなあ。選びに選びぬいて箱に詰めているんだがなあ。
子供の見たことのないようなものを探して入れてるつもりなんだがなあ。

今の子は瞬く間に全部開いてしまうのである。
一つ一つ愛しんで包みを開くということをしない。
ガサガサガサガサ、包みを開けて少し喜んで、あっという間に飽きてしまう。
なんだか余韻がない。
そうして、それを見ている親も、「あとは明日のお楽しみにしようか!」とにっこり笑って
子供に我慢の楽しさを教えることをしない。


ああ、貧しくても、昔の私の方がなんだか幸せだったような・・・・・・・。

また、贈り物の季節がやってくる。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re:えめるさんへ

子供に限らず、贈りものというのは贈り手にとって、
あれにしようかこれにしようか、迷って探したりしている時が一番楽しく、
それでもう十分お返しをいただいたようなものであって、
受け取った側の喜ぶ顔を一瞬みることができれば、それでいいとすべきもの
かもしれませんね。

相手がほんとに喜んでくれるものを贈るのって、
とっても難しい。
もう持ってるものだったり、値段や買った場所がすぐにがわかって
「ああ!これね」と相手に思われるものだったり。
私はそんなことを思わせないよう、必死になって
変わったものを探しまわる人間ですが(笑)、それもあんまり趣味性が強いと
「何これ!」と思われちゃうし。
漫画の背景などに使うスクリーントーンを姪のプレゼントの中に
入れた時は、それこそそういう顔をされました(笑)。

でも基本はやはり、相手のことをどれだけ想っているか、ですよね。
花一輪だって、心がこもっていて好きな人からだったら嬉しい。

Re: そらまめさんへ

ものが溢れているから、もののありがたさが薄れる、ということはありますよねー。
働いていた頃、子供たちのためにクリスマス会をやって、プレゼント交換させる。
まあ、2~300円のものですが。
すると、子供たちの反応が冷めてるんですよねえ(汗)。
「あ、俺。これ2つ持ってる」とか。
「あ、これ、百均のでしょ。」とか(笑)。
がさがさっと包みを開いて,あとは無造作にかばんに詰め込む。
それで終わり。
私は主催者として別に人数分、小さなプレゼントを用意してゲームに勝った者から
中身には絶対近寄らせないで、袋の番号で選ばせていくんですが、
毎年クリスマス会の前は、一週間くらい、大きな文具店やインテリアショップ、雑貨屋
などをかけずり回りましたよ。
絶対子供たちが持ってないものを探す。
小さな小さなハモニカとか、万華鏡とか、チェーンのついた大人の懐中時計とか(笑)。
だいぶ散財しますけどもね。子供が興奮するのが見たくて。
懐中時計は取り合いになってました。中のメカが見えるようになってる。
これはデパートの片隅に店を出している妙な何でも屋さんで千円で買いました。

でもねえ。そんなに苦労して集めた物も、子供の喜びはその場限りなんだろうな。

姉妹がいると、二番目の子は圧倒的に不利ですよね(笑)。
写真さえ少ない。
でも、それだけに、物の価値はわかるかも(笑)。
新しいものを手にする喜び。
でも上の子も、気を使ってる。お姉さんは優しいですね。
妹の気持をちゃんと察してらしたんですね。

なんだか私も行方不明の姉が恋しくなりました(笑)。

No title

確かに今の子供達は物で溢れていて、小さな贈り物にも喜ばないかもしれませんね。
贈る時・選ぶ時、その子の喜ぶ顔を想像している自分が悲しい・・・。(苦笑)

私は特に2番目だったので、どの親戚も長女だけは忘れないように何かの折にはお祝いをくれたのを羨ましく思ってました。(差別ではないけれど長子への配慮は社会的通例)
そんな私に姉が(自分がもらって)譲ってくれた図書券とかは使えずに大事にとってあります。姉は解かっていたのかもしれませんね。(笑)
そう考えると、姉妹(兄弟)っていいですよね。

No title

今の子どもは、ものを大切にしないような気がしますね。
いや。ちょっと違うのかな……?
大切にするんだろうけど、一つのものへの愛着心があまりない、執着する必要がない。
時代の流れなのでしょう。

私も、贈り物をしたときに、その子ががさがさ包みを開けて、見て、「わあっありがとうっ」て言ったと思ったらすぐにホイッっと手放して……。

でも実際、喜ぶ顔を想像して選んでいるうちが、
私の、贈り物の一番楽しいときなんです。
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彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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