『H先生のこと』 「忘れがたき人 其の四 」

私が高二の時の数学の担当が、前回書いたW先生。
彼に代わって、高三の数学を担当してくれたのが、H先生である。
「・・先生」といちいちつけるのもわずらわしいので、前回同様H、と書かせてもらおう。
Wは授業中、冗談一つ言わず、淡々と静かに教えていくタイプだったが、
Hはうってかわって、賑やかな明るい性格だった。
WもHも、歳の頃は同じ26,7歳くらいだったのではなかろうか。

Hは、いつも姿勢と威勢がよかった。
背筋がピンと伸びて、歩き方もWと違ってとても颯爽としていた。
髪は黒くまっすぐなのを、耳元、首筋の辺ではさっぱりと短く刈りあげていたが、
色が白いので、その刈りあげたところや顔の髭の剃りあとなどが、青く見えた。
その肌の白みも、何やら青みを帯びた白さで、
目が細く、その目の白目の部分までが、ときに青く光るように見え、
私はいつも、彼を見ると、「青大将」という言葉が心に浮かぶのだった。

彼はいつも、学内用のサンダルを履いていて、
(Wは、自分専用の学内履きを用意する気がないのか、いつも来賓用の
スリッパを流用していた)
そのサンダル履きの足ですたすた早足に廊下をやってくる。
小脇に教科書出席簿などを抱え、通り過ぎるそばから、近くにいた他のクラスの男子に
冗談でも言っているのか、笑いの渦を後ろに巻き起こしながらきびきびと来る。

Wが私達の高校に赴任してきたばかりで遠慮がちだったのに比べ、
Hの方は、もうベテランの雰囲気を漂わせていて、教えぶりも柔軟だった。
大事なところを簡潔に教えて、細かいところは手抜きをし、
あいた時間をエロ話に費やして生徒を笑わせる、と言った風。
毎回、ある程度授業内容が伝わったかな、と思うと、
あるいは、体育の授業の後で、生徒の集中力が欠けているな、などと見てとると、
エロ話タイムになる、といった具合。
生徒も待ってましたとばかりに、教室が俄然生き生きしてくる。
(断っておくが、Hという頭文字は、本当に彼の名前がそうだったからで。)

そのエロ話が半端なエロ話じゃなかった。
その当時はいまほど性に開放的な時代ではなく、性に関する用語などは
普通の人はあまりおおっぴらに口にしなかったものである。
ところが、Hはそんなことはお構いなし。
男子たちは、机をたたき、床を踏みならして大笑いである。
しかし、クラスにたった一人の女子である私は、もう居場所がないほどに恥ずかしかった。
その頃はクラスの男子ともだいぶうちとけて話せるようになってはいたものの、
あまり私と話したことのない男子などが、こっそり振り返って私の反応を見たりするのが
苦痛で嫌であった。
けれども、毎回のことなのでそのうちに私も慣れてくる。
いちいち顔を真っ赤にするということはだんだん無くなり、
時にはなんだかおかしくて、ぷっと吹き出したくなることもあったが、
笑っちゃおしまいなので、澄ました顔でうつむいて、嵐が吹き過ぎるのを待っていた。

今ならば、女子生徒が親に訴えれば、セクハラ教師として糾弾されるかもしれないところ。

しかし、Hの話はどこやらカラッとしていて、淫猥な感じはしなかった。
健康な大人の男性同士が、健康に性の話を楽しんでいるという感じがあった。
勿論Hは、クラスに一人の女子である私の反応を楽しんでいたに違いない。
悪い教師である。

三学期。卒業も間近になって、そんなHの最後の数学の授業の時がやってきた。
Hは生徒達に絶大な人気があったから、最後に彼が何を話して笑わせてくれるか、
みな、期待していたと思う。
意外なことに、授業時間の半分以上、Hは教科書の内容に費やした。
ああ、最後の授業なのに、このまま終わるのかな、と思ったのは
皆同じ気持ちだったのではなかろうか。
しかしやがてHはこれで終わり、ということを告げるように教科書を閉じた。
チョークをしまい、黒板を綺麗に拭いた。
いつも綺麗好きで、黒板などきちんと始末する人であったが、その日は特に
念入りであった。丁寧過ぎるのではないか、というほどに。
やがてHは生徒の方に向き直った。

さあ、最後のHによるエロ話タイムである。

ところが、Hはその日、いつもの猥談をとうとうしなかった。
Hが語って聞かせたのは、『女性の社会的地位』について、であった。

一人の女性がいる。
その女性が社会に出ていく。結婚をする。
そうすると、その女性個人の資質というもので社会はその女性を測らない。
結婚をした相手の社会的地位によって、妻の社会における地位も決定されてしまうものだ。
悲しいかな、まだそれが現在の社会の現実である。
だから女性は身を高め、自分を磨き、素晴らしい男性に出会うまで
安易にその身を捧げてはならない。

まあ、要約すればこんな内容の話であった。 
49人の男子たちは半ばぽかんとして聞いていたであろう。
それは男子生徒に送るはなむけの言葉ではなかった。
明らかに、クラスにたった一人の女子である私への、
Hからの最初で最後の真剣なメッセージであった。そう思っていいだろう。
いつもふざけてばかりいて、廊下で私とすれ違う時も、
職員室で何かの用事で顔を合わせても、何かくすぐったそうに眼だけは笑っているが
直接何か言いかける、ということも滅多にしなかったHの、
私だけにあてたメッセージでそれはあった。

今の時代ならば、これこそ女権論者からは総好かんを食らう発言であろう。
女性の個々の才能や資質で判断せずして、何で一人の人間を測るのか。
結婚した相手の社会的地位?とんでもない!それでは女は夫の全くの付属物。
こんな失礼な、女性を馬鹿にした物言いはない!と。

しかしながら、今、本当に、このHの忠告を、馬鹿馬鹿しい、と笑える時代になっているだろうか。
まだまだ。と、私は思っている。

私自身がどういう結婚をしたか、ということはここでは置いておいて(笑)、
私など、団塊の世代の女性たちは、あれだけ新しい文化の波に洗われながら、
案外古風な価値観、結婚観でその後の人生を生きた者が多いのではないだろうか。
夫の社会的地位によって女がランク付けされ、また母親としては、
子供の出来の良さで、父母会での肩身の広さ狭さが決定するという人生を。
それは、Hが言った通りなのではなかったろうか。

いや、古い人間だけではなく、今でもそういうことは厳然として消えずにあるのでは
ないだろうか。社会の中に。むしろ女性自身の意識の中に、それは根強く
残っているのではないだろうか。
一時、女性の総合職などの話題が社会を賑わせ、女性の独立心が高まったように見えた
時代があった。しかし、今、若い人の間に意外にも、他人から見て条件のいい結婚を
早くして落ち着いてしまいたい、という願望が広まっているようにも見えるのだがどうだろう。

私自身は、男女が真に対等であることを願うものである。
男女の体の機能の相違による不平等は一部いたし方ないところもある。
しかし、根本の精神の在り方において、男女は平等でなければならないと思う。
お互いが尊敬し合い、その「性」の機能の特質を生かしながら、
真に信頼し合ってこの世界で生きていくべきであると思う。
だがしかし、ジェンダー論は、この記事の主ではないので、ここでやめておく。

Hの最後の授業は、そんな風に終わった。
私は、しばらくうつむいたままでいた。
Hに何か一言、気持ちを伝えたかった。
メッセージ、しっかり受け止めました、と言いたかった。
とりわけ、「自分を磨け」というメッセージを。

ちょうどその日刷り上がった卒業文集に、Hが柄になく真面目に、
自分のデジャヴ体験の不思議さについて書いている文章を読んだばかりでもあった。
「人に話しても、自分と同じような経験をしたことがあるという人にあまり出会わない。
これは自分だけの経験なのだろうか」
そんなことが書いてあった。
私もそのずっと以前から同じような思いを抱いていたので、それについても一言
「私もです」と話がしてみたかった。

しかし、私はHに、とうとう自分の気持ちを伝えることはしないで終わってしまった。
Hは常の授業なら、生徒と少し雑談などして笑わせてから、教室を出ていくのであったが、
その日に限って、最後にHと話をしようとわっと群がった男子生徒達をかき分けるようにして、
さっさと教室を去って行ってしまったのである。
あとを追いかけて話しかけるほどの勇気は私には無く、
職員室にHを訪ねることもしなかった。

考えてみれば、Hとは一度も個人的に話をしたことはなかった気がする。
数学の答案を返してもらう時に、一言だけ、感想があったくらいだろうか。
Hとはそんな、ただ淡い、一教師と一生徒の間柄だった。
ただ、その猥談のすさまじかったことや、とりわけ最後の日のメッセージのことが、
学校の長い廊下をいくそのきびきびとした姿や、
「青大将」というひそかに私が付けたニックネームと共に、
今も私の記憶の帳の向こうから、時たま現れ出でることがあるだけ。

一言お礼を言いに行きさえすればよかったものを。
勇気がなく、さばけない女子高生であった私は、
こんな風に、HにもWにも不義理をしてしまった。

W先生とH先生。
性格も雰囲気も全く正反対の二人。
だが、二人はとても仲が良かった。








     
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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