『VITAS』

VITAS・・・ 

そう言って、果たしてどのくらいの人が知っているのだろう。
今頃知ったのはひょっとして私だけ?

1981年、ラトビア生まれ。ロシアで活躍する歌手、作曲家、作詞家、ファッションデザイナー。
1981年生まれというと、現在29歳くらいか。
彼がロシアで、たぐいまれなソプラニスタ(男声の最高音域をもつ者)として、初めて人々の耳目を
驚かせたのは、19歳のときである。

日本でも、2006年頃からいくつかのテレビ番組で取り上げられたようだが、
音楽界の事情に疎い私。果たして彼が今、日本でどのくらいの知名度があるのか
とんとわからない。
皆さんはご存知でいらっしゃるだろうか。もうすっごく有名なのだろうか。
それとも、テレビをたまたま見たことのある人にかすかに印象に残る程度なのかしら。

私は彼を、実は、You Tubeで、アメリカ以外のヒット曲などを求めて聴いているときに
たまたま出会った。アメリカのものは、多少遅れても、そのヒット事情などが
伝わってくるけれど、今、イタリアではドイツでは?…となると、殆ど私などにはわからない。
先日ご紹介した、ウクライナの若き砂絵師の女性。彼女の映像にもそうやって出会った。

まずは、聴いていただきましょう。
彼の歌声は、一説には『5オクターブ半の音域』と言われているそう。
出来たらイヤホンで聞いてみてください。その声の細部まで聴きとれますから。




これは日本で彼が初めて紹介された時の映像。
いちばんその音域の広さなどの彼の特徴が出ているので取り上げてみた。
私はこれを初めて見たとき、正直言ってかなり感動した。

彼は、なんだか言ってみれば、そう、『際もの』っぽい。
この流し眼。この歌い方。この全体から漂う妖しい雰囲気。
ネット上などでは実はすでに彼を知る人は多くいて、その眼付などのことが
面白おかしく取り上げられているようだ。

これは芸術なのか、それともなんだか『俗っぽいもの』なのか。
一歩間違えば、際ものとして音楽界の歴史に残らないかもしれない。
でも、一部のコアなファンには強烈な引力をもつであろう。
彼は自分で作詞作曲もする。また舞台衣装などは自分でデザインする。
その趣味は、う~ん、という感じがなくもないけれど。
まあ、服作りの趣味のことは、あまり人のことは言えないけれど(笑)。

う~ん、魅かれるなあ。
一度聴き、一度見たら、忘れられなくなりそうな歌唱である。

もう一曲聴いていただきましょうか。
私は実はこの曲で、さらに彼を高く評価するようになりました。




鶴が相手を求めて悲しげに張りあげる声…
それを、恋の歌にしている。作曲はVITASである。 
変わった歌である。しかしその鮮烈さ。これはやはりもう芸術と言うしかない。
その悲しげな叫び、さまざまなニュアンスある表現を駆使した歌唱…

なぜ、私はこれに魅かれるのだろう…

彼の顔や姿。別にそれには魅かれない。
やはり何よりその歌の実力。
そう…、それから彼がラトビアの人だからかな。
あの旧ソ連の国から、こういうものが出るか!という驚きと、「やっぱりな」という
妙な納得。

私はロシア民族、まあ旧ソ連時代もそうだが、の芸術性の高さには常に一目置いてきた。
ヴァイオリン、ピアノなどの名だたる演奏家を輩出し、レ二ングラード、ボリショイバレエ団、
赤軍合唱団など、音楽、舞台芸術、また絵画、映画などでも、世界に大きな影響と
喜びを与える芸術を生んだ国である。
それから、ロシアの文豪たち。
トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフ、ツルゲーネフ…
ロシア文学を語り出したら、きりがない。

政治上の好みは置いておいて、私はいつもロシア、ウクライナ、グルジア、ラトビア、ベラルーシ・・・
旧ソ連圏の国々の人々の、この芸術に対する志向の高さはなんなのだろうと、
昔から不思議でならなかった。
おそらくそれは、寒い厳しい大地そのものが生みだした感性なのではないかと思っている。

例えば、ロシア、ウクライナなどの、アイススケート、とりわけアイスダンスにおいての
芸術性の高さ。シンクロナイズドスイミングでの同じく芸術性、などを見れば、
彼らに何か独特の、崇高な美の感覚があるのがわかるのではないだろうか。

VITAS。
私はこの人に、その流れを感じたのである。
「この音楽は、他の国からは生まれないよな~!」という、独特の個性。

あと、私が妙に感動したのは、先日の砂絵師の映像でもそうだったが、観客の態度である。
なんというのかな。全身全霊で聴きいっている、見入っている、という感じ。
VITASの歌に微笑んだり、涙を拭ったりしているその姿。
バックのオーケストラの女性たちの顔の表情も見てほしい。

私はそれにも、「ちょっとまいったな」と思ってしまった。
旧ソ連圏の国々の人々は、寒い、おおむね苛酷な大地に生きている。
そうした人々が芸術という喜びに求めるものは、自然が美しくおおむね穏やかで
海に囲まれた小さな国日本、楽しみが他にもたくさんある日本の人々の、
求めるものと多少違っていて当然なのかもしれない。
どちらがいいとかいう問題ではもちろんなく、いろいろな楽しみ方があっていいと思うが。


ロシアやウクライナなどの人々が、芸術や娯楽に対し求めるもの…
それは、おそらくきわめて切実で、ある意味一種の飢えにも似た渇迎。
そんな真剣さが観客の顔にはあった。それが私には美しく見えたのである。

VITASがその一見、「ケレン」にも見える外見の奥底に抱えるもの、
その背に背負う重層的な文化…
『一つの大地の生みだす芸術の奥の深さ』…

歌の背後に見えるそうした諸々のものにも私は感動したのだったかもしれない。
それはラテンの音楽やイディッシュの音楽を聴いたときには、またそこに違った風景を見、
その歌の背後に見え隠れするものに感動するのと同じことである。












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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 手帳さんへ

手帳さん。
今回のコメント読ませていただいて、手帳さんがますます好きになりました。
それは、なにも手帳さんが幼い頃、私と同じように、親の経済的な苦労を
ご覧になった、ということだけではなく、
本というものを、「ひしと抱きしめて」いらしたような、そんな姿の少女を
想像できたからです。
文学全集が揃っているのが幸せというわけではありませんね。
一冊の本でも、それが本当に大切な本で、何度も何度も読み返す、
その喜びを知っている子供は本当に幸せだと思います。
『石の花』。私も大好き。
今日ちょうどね、新聞の新刊案内を見ていて、岩波少年文庫が創刊60周年記念
ということで、18冊ほど限定復刊するという知らせを見たばかり。
その中に『石の花』も、私が大好きだった『ニーベルンゲンの宝』も
入っていて、へえ!って思ったばかりのところだったの。
手帳さんのご本も、ひょっとして、岩波少年文庫のではなかったですか?
そうした大切な本の思い出があるって、何よりの幸せですね。
私は自分の本、というものは一冊もなかったなあ。でも、図書館や友人宅で
以前のブログで書いたような児童書を夢中になって読み漁っていました。

ロシアの小説や音楽、踊り、・・・そういったものには今でも強くこころをひかれます。
私の子供時代も、九州なのに、寒かったの。なにしろ母と二人の暮らしの部屋の暖房が、
煉炭火鉢一個でしたから。それで、お湯も湧かしたし、煮物などもしていた。
手だけは温めても、足や背中はいつもすうすう。隙間風も吹きこむ部屋だったし。
でもそこで、好きな本を読みあさる幸せ。それが、なぜかね、ロシアの人々が
本や演劇や音楽やバレエを楽しみに行く真剣さと繋がってる気がして、
ロシアの文化が好きなのかもしれない。

VITAS.気に入ってくださってすっごく嬉しい。
私はね、彼の色っぽい目つきや歌い方の奥に、やはり冬の厳しい旧ソ連の国の、
吹雪の風景や、雪の白樺林を走るトロイカなどを見てしまうの。
何か、ただのソプラニスタで声が高い、というだけの人ではなく、
『びん!と張りつめたなにか』をその歌に感じてしまうんです。

手帳さん。ありがとう。 

復刻

No title

私が3歳ころまで両親は織り屋さんをしていて、働いても働いても貧しくて困っていたそうです。
そんな時火事が出て廃業するのですが、
おりた保険のおかげで職工さんにも退職金を払えたし、なんとか借金も目処が付いた。
けれどお財布の中は3千しかなくってそれが全財産だったそう。
我が家は貧しくて、本もあまり買ってもらえませんでした。
だから私と妹は数冊しかない本をとても大事に読みました。
その少ない本の中にロシヤ民話の石の花がありました。
私と妹はこの本を何十回も読んだのです。それしかなかったから。
でもくだらない本だったら繰り返し読めなかったと思うのです。
ソ連時代の厳しい時代には、
優れた芸術が与える喜びやパワーが力になったでしょうね。
ふざけたり、まがいものはやはり残れなかったのだろうと思います。

本当に迫力のある歌手ですね。おしえてくださりありがとう。



Re: 依里さんへ

依里さん、こんばんは。
私もね、VITAS、どんな人なのか全然知らないんですよ。
男性よりも女性ファンの方が圧倒的に多そうですね。
バックで弾いているミュージシャンたちも男性は淡々と弾いているけれど、
バイオリンの女性などは、うっとりしながら頬笑みを浮かべて演奏してる(笑)。
でも、妙に色っぽいからなあ。男性にも魅かれる人はいるかな。

歌詞とかはね、他の歌なども聞いていくと、とても純情なんですよ。
自然を歌っているものが多い。何か、…そうですねえ。日本の昔の女学生が歌う
歌みたい。竹久夢二の『宵待草』とか、もとはアメリカの歌だけど『故郷の廃家』とか(笑)。
そこに、あなたを想う気持ち、というのが加味されている。
ほんとに演歌っぽい感覚、という依里さんのお感じになられた通りかも。
物悲しい感じが濃厚ですものね。
昔、ロシア語放送をこんな雨の夜、聴いたりしていましたが、どの歌も
物悲しい感じでした。その伝統はVITASにもしっかり受け継がれていて、
それで私、魅かれるのかもしれません。

依里さん。ありがとう。



No title

音楽をあまり聞かない私も、ちょっと興味をそそられました。
何だかマニアックな感じがしますね(笑)
なんとなく、演歌に通ずるような物悲しさを感じたのですが、私だけかな。とんちんかんだったらすみません、本当に門外漢なので。。。
単にもしかしたら演歌も、いい歌い手だったら世界で人気が出る、なんて事はないのかな。。。?と思っただけなので。。。

とにかく音域の広さにびっくりですね。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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