『お出かけ』


今日は久しぶりに都心にお出かけ。

行き帰りの電車の中では『新唐詩選』を読んでいました。
これについてはまた、書きましょう。

行ったのはここ。新宿です。
展覧会に。
展覧会はとてもすてきでした。明るい色彩と生命感に溢れていた。
なんだか優しい気持ちになれました。


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ビルの背が高すぎて、どう画面を切り取ったらいいのかわからない。
しかも、目立たぬよう、こっそり撮ったので(笑)。



今日の私。
上から撮ったので、足が太く見えますが、実際はやせぎすです。
スカートとおそろいのジャケットはお手製。
今日は、暖かかったので、ジャケットは脱いで、白いシャツ姿。
腕まくりをして、ベルトをきゅっと締めていました。


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新宿と言えば、昨日、出版社の理論社が民亊再生法の適用の申請をしました。
負債額22億円だそうです。
理論社は、かつて、灰谷健次郎の『兎の眼』など、社会的問題を真正面から
取り上げた良質の児童書を世に送り続けてきた出版社でした。
1947年。小宮山量平によって創始。47年と言えば、私と同い年です。
63年間、頑張ってきたんだなあ。
最近はどんな本を?と思って、調べてみると、…だいぶ柔らかい感じになって
いるように見えたのは、時代の流れかな。う~ん。

本自体を読む子が少なくなった今、しかも、硬質の作品を取り上げることの多かった
出版社。経営が危うくなるのは時間の問題だったかもしれません。
路線変更を多少はしても、もうどうしようもなくなっていたのかな。

なんで、この記事で理論社のことを唐突に言い出したか、というと、
理論社が新宿にあるということもあるけれど、はるかな昔むかし、私が、
この同じ新宿の、駅ビル『ルミネ』の高層階の喫茶店で、理論社の編集の方と
数回会っていただいたたことがあったから。

実は前のブログの最後の記事『思い出の夏』。
私が小学校高学年くらいの子を念頭に置いて書いてみた小説の、抜粋のようなものでした。
勿論そのままではなく、ブログの方は実際の、父と私の思い出。
小説の方は、私以外の他の人の目には見えない幼い少女との交流、という、
ちょっとファンタジーな要素を取り入れて書いてあるフィクションでした。
(父の死のことは書いていません)
理論社の人が、興味を示してくれ、新宿のその喫茶店で会って、
少しの手直しをすれば出版、と言われました。
もう少しファンタジーの要素を強くしろという指示でした。
だが私はその書きなおしに失敗してしまいました。
もう少し粘ればよかったのかもしれないけれど、すぐにあきらめてしまったのです。

結局、私の『まぼろしの夏』は、幻の本に終わってしまいました。
記事で使った、イラストなども、私がもし本が出ることになったら、と思って
戯れに描いておいたものです。
昔々の私の、夢見のお話。お恥ずかしい限りです。

…そうかあ。理論社はどうなるのかなあ。
あの時親切にも会ってくださった男性の編集者の方は、今どうしていらっしゃるでしょうか。
民亊再生法、ということは、会社は存続できる?それとも出来ない?
…大したご縁でもないけれど、一度はほんの少し関わりをもった方と出版社。
その行く末が気になります。

さて。今月末には、娘のかかわる展覧会も2つ。
…私も少しこうやってひとりで街を歩く機会が増えます。
若い方のファッションなどを見て、「そうかあ、こんな組み合わせかたも
あるかあ。みんなお洒落が上手だなあ。」などと思いながら、
綺麗な街を歩くのは楽しいです。

それでも。
そこはかとない憂愁に捉えられるのは。きっと秋という季節のせいなのでしょう。
それとも。
行き帰り、杜甫の詩などを少し読みかじって、生々流転の想いを深くしたせいでしょうか。









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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 手帳さんへ

手帳さん、ありがとうございます。

そうですねえ。形にする…いつか、そうですねえ。
母に見せたい、と思って、書き始めた話。母が亡くなってその動機を
失ってしまいました。押し入れの奥に封印したまま。

いつか。もっともっと年を取ったら、ひょっとすると。かもしれません(笑)。
他にも何篇か、少女期の主人公を書いた話もあったのですが、それらは
潔く全部捨てました。
この話だけ、記念にとっておきました。

おばあさま。すてきですね。
手帳さんの素晴らしい文章は、やはり血筋でいらっしゃるのかしら。
句作をなさったり、絵をお描きになったり、それがご自分の
生きた証として、ご家族に残されてるって、幸せなことですね。

句集…。私も俳句が読めたらなあ。あるいは詩が書けたらなあ。
そうそう。新川和江さんのこともご報告しないといけませんね。
もうちょっと多くの作品を読んでみたいという気がしています。
手帳さんにはいつもたくさんのいい刺激をいただいています。ありがとうございます。

No title

350枚は簡単なものではないです。そのお話が来ると言うだけですごいと思います。

私の祖母は身内一人一人に手書きの俳句集を作ってくれましたが
私たち家族に来る前に飽きてしまったのか、疲れていたかでくれませんでした。
かわりに絵をくれました。
そうやって自分の喜びのままに作る一冊というのも素晴らしい価値のある本だと思います。

どうか形にしてあげて下さい。
きっとかけがえのない作品に生まれると思います。

Re: waravino さんへ

美脚ですか。そうだといいですけど、それほどでも(笑)。

はい。私が36から38歳くらいまでの間の2年間ほど、そんなことをやっていたことがあります。
でも、本の形にして見せたい、と思っていた母が亡くなってしまうと、動機が無くなって…。
自然消滅しました。
waravino さんこそ勿体ないですね。20歳という若さで、おやめになってしまわれたんですか?
折角入選などしていらしたのに?…勿体ない。
ああ……。若さというものは、先の見えないものですねえ。

私は20歳くらいの時、少し時間の無駄をしましたねえ。
もっともっといろんなことを勉強しておけばよかった。単に学校の勉強ということではなく。

新唐詩選は、手帳さんに教えていただいたのです。
未だあと4分の一ほど読み残していますが、読み終えたら、また、手帳さんへの
ご報告も兼ねて、そのこと書いてみたいと思っています。

waravinoさん。ありがとうございました。



こんばんわ^^

美脚が見える@@;

彼岸花さんにも。そういう時代があったんですね。
自分の漫画投稿時代を思い出しましたよw
4コマでしたけど。講談社のまんがスクールに出しておりました。
佳作。入選を何度かしましたが。結局は。なにを描いていいのか。
わからなくなって挫折。20才ぐらいの時です。今思えば全然。若い^^;
でも。その時は。若いとは思わなかった。輝ける未来なんて。
描けなかったですねぇ(タメイキ

新唐詩選。懐かしい。ひと頃。ちょっとだけ齧りました^^)/

Re: 乙山さんへ

理論社。いい本を出していました。
政治的なことを抜きにして、一本筋の通った出版社だったように思います。
長いこともう、理論社の本を探したりしなくなって、今回久しぶりに
どんな本出してるのかなあ、と調べてみたら、随分昔と変わっているようで、
そのことでも、時の流れを感じてしまいました。
佐野眞一さんなどが随分お書きになり、嘆いても来られたけれど、
人が本を読まなくなった、ということだけでなく、本の流通の問題も
大きかったですよね。
なにしろ出版されても、本が流通していかないんですもの。
いくら地方にその本がほしいと待つ書店や一般読者がいても。
いまは簡単にネットでほしい本が手に入りますが、やはり自分の足で書店を回って、
自分の直感で選んだ本がよかった時の嬉しさは、比較になりませんね。
出版社や書店がどんどんつぶれるという今の状況は、本当に心配です。

幻に終わった私の本。
まあそれだけの作品だったのでしょう。
350枚。今はそれだけ書く気力もありません(笑)。
私の拙い文章を乙山さんにそういう風に褒めていただくと、なんだか面映ゆいです。
こちらこそ、乙山さんの、構築のしっかりした、大人で知的な文章から
多くを学ばせていただいているんですよ。
どうぞこれからもよろしくご指導のほど、お願いいたします。
ありがとうございました。

Re: morinof さんへ

京王プラザホテル。
morinofさん、たったこれだけの写真から、よくおわかりになりますね。
私、自分で写してることさえ知りませんでした。方向音痴で、
一度行ったところでもちっとも覚えない。しょっちゅう迷子です。
若き日のmorinof さんは、ここら辺をよくお歩きになられたんですね。
きっとたくさん思い出がおありになるのでしょう。
京王線と新宿は、青春の記憶がいっぱい詰まったところなのですね。

は~。お恥ずかしい限りです。
今読み返してみたら、きっと赤面してしまうのではないでしょうか。
押し入れの奥ふかく。滅多には取り出せないところに、原稿は封印してしまっています。
父があのように亡くなって、私は目が覚めた想いになり、せめて母だけは喜ばせて
やりたいと、必死でそのころ書いていた話です。
でも、母は父のあと、2年後に亡くなってしまいましたので、本の形にして
見せてやることはもう出来なくなってしまいました。
書きなおしの情熱が無くなってしまったのは、『母に見せられないくらいだったらもういいや』、
という気持ちになってしまった、ということもあったかもしれません。
書きなおし書きなおししているうちに、morinofさんがおっしゃる通り、
最初の自分の気持ちが見えなくなってきてしまったり。
morinof さんもそういう出版上での数々の経験をなさって、思いのままに本が作れる道を
お選びになられたのですね。

私の場合、それでも、力があれば、なんとか形にしていたかもしれないので、
所詮、そこでストップしてしまうくらいの力しかなかったのだろうと今では思っています。
でも、私が日夜机に向かっていた姿は、小5から中一くらいまでの、いちばん敏感な時期の
娘には、何よりの教育効果があったのではないかと、それは胸を張って言えます。
ものを書く、机に向って何かをする、ということは厭わない子になりましたから(笑)。


400字詰め原稿用紙にして350枚くらいでしたか。
読みたいと言ってくださって、morinof さん。ありがとうございます。
もう、25年以上も前の、埋もれてしまった原稿の話でした…。

理論社のこと

理論社が民事再生法の申請をした件、
今日の新聞で確認しました。
いい本を出していた、堅実な出版社だったのに。

出版業界がいかに大変なのか想像させられます。
今後、さらにこうした中小レベルの出版社の倒産が
増えてくるのではないかと懸念しています。

「幻の本」、残念に思います。
なれどその話を読んで納得する部分もありました。
彼岸花さんの文章はやはり、とても光るものがありますね。
只者ではないなあ、という感じをいつも抱いておりました。

お久し振り

奥の方にちょこっと写っているのは
京王プラザホテルでしょうか。よく歩いたビル街です。
青い青い、夏の思い出がよみがえります。
:::::
『思い出の夏』やっぱりそうだったんですね。
文の流れから小説の一編の様なと思っていましたが
ああ、勿体ないなあ、出版社さんと話を進めていくと
書き直しや、挿絵の差し替えなどの要望が沢山出て来て
段々自分の物で無くなってゆくみたいで悲しくなります。
だから、つい我儘のできる自費出版になるんです。
・・・・・・でもやっぱり『思い出の夏』勿体ないですねえ
全編を通して読んでみた~いです。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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