『こころ』 「愛しき(かなしき)もの」その九 

日の暮れるのが早くなって、夕方少し出遅れると、
買い物をして帰るころはすっかり暗くなってしまう。

今日も、ほとんど暮れてしまったいつもの道を自転車で通っていると、
美容院の通用口にこんなものが置いてあった。

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この店の主人は園芸が趣味なのか、いつも、店先に綺麗な花を季節季節ごとに
とりかえては置いている。いわゆる『髪結いの亭主』で暇なものだから、
園芸に情熱を傾けているのかな、と思ってしまうのは失礼かな(笑)。
でも園芸の腕は玄人はだしである。
店は北向きに門口が開いているので、植物にとっては必ずしもいい環境では
ないにも関わらず、通用口の隅に置いた大きなプランターには、毎年
見事な大輪のバラが咲く。それも、灰色がかったピンクのバラとか、
変わったオレンジ色のとか、思わず見とれてしまうような変わり種のバラを咲かせる。
小さなプランターには今、パンジーの寄せ植えが見事である。

が、なんといっても、ここの主人が毎年最も力を入れているらしいのが、
菊の厚物咲きの栽培である。
写真に写っているようなのが、厚物咲き。
下の方の花びらが、少し垂れているのは、厚走り咲きという。

勿論、店先で栽培しているわけではなく、どこか別のところで春先から
丹精込めて育て、見事に咲いた菊の鉢を11月になると店先に何鉢も
運んできて、道行く人に見せるように並べるのである。

この厚物を栽培するのを趣味とする人は、昔から数多くいる。
毎年あちこちで菊花展が行われる、それに出品して、総理大臣賞だの
県知事賞だのといった賞を獲得することを楽しみと生きがいにしている人が
たくさんいるのだ。賞取りを目指すほどの腕はなくとも、自宅のささやかな庭先に
厚物や管物を育てて楽しむ人もまた多い。

その熱中が昂じて、賞を取れるか取れないかに躍起となり過ぎ、
同じ菊作り仲間が見事な菊を育て賞を取ったのをやっかんで、
相手を憎むということにまで発展することさえある、それほど奥深い趣味なのである。
作家中山義秀は、この厚物咲に入れ込む老人たちの葛藤や嫉妬を描いた
『厚物咲』で、第7回芥川賞を受賞している。
私は昔この作品を読んで、菊の厚物咲のことなどを知った。
緒方拳主演で映像化もされていたような。

それほど熱中する人の多い中でも、この美容院の主人の腕はなかなかのものなのでは
ないだろうか。
今年もいつのまにか店先を10数鉢の、厚物咲き、厚走り咲きが飾っていた。
私は買い物のたびにその前を通るのだが、主人の鼻高々な顔を想像し、
いつも微笑ましく思いながら花を鑑賞して過ぎる。
そうして、「そうだ!今度カメラを持ってきて、撮っておこう」と思う。
が、そのうちそのうちと思っているうちに、11月はあっという間に過ぎ、
美容院の店先の菊の鉢はいつか引っ込められてしまうのだった。

ところが、ここの主人。
本当に花を愛する人と見えて、一年間丹精込めて育てた菊花がしおれかけて来た時、
それを無残に捨てることが出来ないと見え、毎年、このように、
花先を短く切り取って、こうやってバケツに入れ、道行く人にさらに見せ続けるのだ。

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昨年の花を反省し、春先の苗作りから、一年かけて丹精込めて育て上げた花。
それが、枯れてきたからと言って、処分することなどとてもできず、
こうやって短く切って花に負担をかけないようにして、
もう少し長く、少しでも人に見てもらって花の命を全うさせてやりたいと願うこころ。
ここの人々はきっと、本当に心根の優しい、心根の可愛らしい人々に違いない。

短くなった大輪の花は、頭でっかちでとても可愛らしい。

去年も写真に撮ろうとして撮り損ねた。
明日の朝、と思っていると、また撮り損ねるかもしれない。
私は買い物をいったん家に持ち帰ると、デジカメを持って、また、
もう暗くなった道を、美容院までとってかえした。

一寸一言断ってからとも思ったが、店では女主人がまだ客の応対。
私は自転車を歩道に停め、菊の写真を数枚撮った。
ところが、フラッシュが、押してもいないのに、たかれたせいか、
中で私に気付いた風。
女主人が店から出てきた。

「すみません。あんまリ可愛いので、写真撮らせてください。」
私は頭を下げた。
女主人は、ぱっと笑顔になって、こういった。
「どうぞどうぞ。でも、写真に撮るだけでいいんですか?
よろしかったら、どうぞ、これ、お持ちください。」

えっと驚いたが、私は喜んで女主人の好意に甘えることにした。
いつも、店先の四季折々の花を通りすがりに楽しませてもらっていること。
今年も菊が見事だったこと。
そうして、花が終わりかけてもこうやって短く切って最後まで花をめでるこころに
いたく感動したこと。
そんなことを、花を作ったご主人にもよろしく伝えてくれるように頼んで。

頭でっかちの花を自転車の籠から落とさないよう気をつけながら、
いそいそと、すっかり暗くなった川べりの道を帰る。

家の前まで着くと、自転車を止めながら、いつもそうするように、ふと夜空を見上げた。
今日は雲が厚く空を覆っている。
ところがほんの一か所だけその雲の切れ間が出来ていて、そこから
半月より少し丸い月がちょうど覗いていた。
菊の花と同じ黄色い色をした月が。

「ああ、今日もいい日!」となんとなく思った。
昼間は素晴らしいライブの映像をDVDで観たし。

夕食の支度に入る前に、菊の花を花瓶に挿してやる。
私の手と比べても、その大きさがわかるでしょう。
実際は写真よりもっともっと大きい感じがします。

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私はこの子に名前をつけた。
その名は、「こころ」。
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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