『静かな激情』

東北地方太平洋岸は、いま…

私の住む関東地方も、今、重苦しい空気に包まれている。
東京も、すっかり元気がない。
地震と福島の第一原発の事故が、重苦しく人々のこころを覆っているのだ。

夕方自転車で買い物に出た。
帰り、ほんの小さな雨粒がポツリポツリと落ちてきた。
すれ違った老夫婦の奥さんの方が、空を見上げて、

「ねえ、今、ここに、雨があたっちゃったわよ。」

そう旦那に言って、自分の額を服の袖で拭った。
二人は顔を見合わせ、急に足を速めた。
私も自転車を急がせた。
ああ。なんで、雨ひとつぶがこの恐怖を呼ぶ?
雨に罪はなかろうものを…

私は東京の西郊に籠っているので、都心の様子はわからないけれど、
昨日仕事で都心に出た娘は、その暗さに驚いていた。
新宿の伊勢丹百貨店も、お店の明かりを落として、
外資系の化粧品のブースは真っ暗で人けもなく。
国内の化粧品のブースには明かりがついていたらしいが。
卒業式をとり行わない大学もあるという。
海外からのアーティストの公演は、いくつも中止になり。

まあ、東京は、これまでが、言ってみれば贅沢過ぎたのだ。
少し、虚飾をいささか取り払って、人間の本来の体に戻るのもいいことだろう。

しかし。それを自分たちで考えて選択する、ということと、
外部からの強制的事情によって、それに抗うすべもなく、ただ従う、ということは
別物だという気がする。
そこに私は、怒りを感じるのである。

こうなった根本の原因を考えてみるがいい。
東京という大都会に住み、その便利さを享受してきた私たちは、
こうなる道をまっすぐ、考えもせずに導かれてきたのではなかったろうか?
それはしかも、今恐怖に怯えているかの地などの犠牲の上に立った便利さだったのだ。
文句を言う筋合いがあろうか?
私も含めたおとなしい羊たちは、もっと前に、自ら気づいて、
牧夫の誤りを糾すべきではなかったのだろうか?


4つ頭を並べて、質問にさえ答えられないで青ざめているT電社員の顔…。
それさえ今は責める気になれない。彼らもある意味、犠牲者である。
背後にいる、もっと大きなもの…。それは実は一企業とか、
一政府とか、一県市町村とか、そう言う具体的なものでさえなく、
人間の飽くなき欲望という、大きなものである、という気が今、私はしている。

だが、ああ。まあ。今は言うまい。

今は、人間の底力を信じたい。
昨日(…ああ、もう一昨日だ…)、原子炉3号機に見事長時間にわたる放水という
任務を成し遂げて帰還し、報道陣に答えている東京消防庁の3隊長たちのあの顔!
なんと、美しかったことであろう!

私が電気をあかあかと灯して、外を降る雨の音を悲しいものに聴きながら
こんな文を書いている今も、別働隊が、深夜、高い放射能を持つ建屋に向けて、
放水作業をしていることであろうか。

何もかもが瓦礫となってしまった故郷の地で、避難場所で今、寒さに震えながら
明日のことも思えずにいる人々。
被災地の人々を気遣いながら、なにか自分にもできないであろうかと考えている、
日本の他の地域の人々。
そうして、地震に襲われたその上に、さらに原発の事故に遭遇し、
屋内退避、自主退避、そのいずれであろうと、生活の基本である食料、燃料、
水、移動のためのガソリン、医薬品…すべてを得られず、
目に見えぬ放射線の恐怖に怯えつつ、
暗い夜を息をひそめながら過ごしているであろう人々。

ああ!それらが、皆、この同じ夜の空の下にいる!
悲しくも美しき この連帯感よ…。


ああ!わたしは、美しい歌を歌いたかったのだ。
春を告げる鶯のように、
胸を張って、高らかに、美しい歌を歌いたいのだ!
明日が穢れるなどということを知らなかった、純朴な昨日という日に戻って、
高らかに美しい歌を歌いたかったのだ!

ちょうど今、ラジオでは、昨夕、ウィーンフィルが、定期プログラムの前に、
日本の被災者たちに向けて哀悼と見舞いのメッセージを発してくれたということを伝え、
そこで最初に弾かれたダニエル・バレンボイム指揮、
モーツアルトの『ピアノ協奏曲第23番、第2楽章アダージョ』を、
マウリツィオ・ポリーニの演奏で流している。

悲しみに満ちた美しい演奏である。

ああ!私も歌を歌いたいのだ!
胸一杯に春の気を吸いこむことを恐れる必要もなく…

高らかに、人生に恋する歌を歌いたかったのだ!

美しい歌を。
翳りなき歌を。





ウイーン・フィル。マウリツィオ・ポリーニの演奏。ただし、指揮はカール・べーム。




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Re: 鍵コメさんへ

これから、ほんとに難しいですね。
どうなっていくのか、私にも見当がつきません。
今はただ祈るような気持ち。

人間の本能を信じたい気持ちもあります。
本能はときに、すごい豊かな賢い選択をすることもあるような気がするのですが。

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Re: れんげちゃんへ

れんげちゃん。ありがとう。
なんてすてきな、なんてやさしいことを言ってくれるのでしょう。

私だけでなく、これはみんなが感じてることだと思うけれど、
これまでみんなが、それぞれに楽しい歌、美しい歌をブログ上で、そうして実際に、
歌って来れたことって、なんて幸せだったんでしょうね?

早く、皆がまた、高らかに歌をうたえる日が来ないかなあ。

被災地の方々にとっては、これから先が長いですね。
長い長い我慢の日が続く。
原発の近くの人々も、事故が収束しても、これからの生活が大変ですね。
そんなとき、東京以西の人々は、頑張らなくっちゃね。
元気いっぱいにいて、支えて行かなくっちゃね。

私もね、今は、無念の想いや怒りで、なかなか歌が歌えません。
でも、れんげちゃんに倣って、元気出さなくちゃね。
そうよね。いつだってどんな時だって、美しく生きなくちゃね。
ほんとだ……

れんげちゃん。ありがとう。

私もまた、歌を歌います。
ちょっと古めかしい歌だと思うけど、少々以上に長い歌だと思うけど(笑)、
これからも遊びに来てくださいね。

そっかあ…。美しく…。そうそう、そうなのよね…。
その心を忘れかけていました。

ありがとう~。

No title

はい~~~っ、彼岸花さん、こんばんわっ!
大丈夫!ここへ訪問する方々には、きっと彼岸花さんのこれまでの美しい歌が届いてると思う。
だから、れんげはいつだってどんな時だって、美しく生きようと思った!
これからも聞かせておくれ。
美しい歌を。

Re: morinof さんへ

ほんとですねえ。
美しい春は、毎年変わらず巡ってくるものと信じていました。
でも、今年の春は、悲しみの春となってしまいました。
去年までの春とはもう違う。

知恵の木の実を食べて、悲しみを知ってしまったアダムとイブ。
人間の愚かさから、開かれてしまったパンドラの箱。

私は、ずうっと、「『知ること』は、ときに、ひとに大きな悲しみをもたらす。
知らなければ、ひとは思い煩うこともない。それでも、知は喜び。
人間はやはり、知らなければならない。』」…

そう思い続けてきました。
でも、今度ほど、知らせたくなかったと思ったことはありません。
子供からお年寄りまで。日本中の人が悲しみを知ってしまった…。
今日の幸せは、僥倖なのだということを。

外はしとしとと降り続く雨。
ヒヨドリが一羽。雨の中、枝にとまって、濡れた体の羽づくろいをしていました。
かわいそうに。彼は何も知らないのです。そして多分、しあわせ。
人間がしでかしたことのために、小さな体の彼が影響を受けなければいいけれど。

雨が降り始めてから、東京郊外のガイガーカウンターの数値は、
平常値の平均の1.5倍ほどをずうっと示し続けている…。
まあ、確かに、これは健康にどう、という数値ではないのでしょう。
普段でも、雨の日は数値が上がるらしいですから。
その無機質なグラフの動きを、なにか得体の知れない生きものを
この身に懐胎でもしたかのように毎日眺めています。

知ることは悲しみ。知ることは罪、なのでしょうか。

でも、パンドラの箱に、最後に一つ、『希望』が残っていたように、
希望を抱き続けていかねばなりませんね。
季節が来れば律義に芽吹き花を咲かせる植物たちと同じに、
ひとも生き物。強い生命力と再生力をきっとその身にもこころにも持っているでしょう。

明日を信じて生きていかねばなりませんね。
(これから5分ほどで、『計画停電』です。停電、というもの。
人の気力を奪いますね。被災地の方々を強く想う時間です。)

morinofさん。やさしいコメントほんとうにありがとうございます。
嬉しかったです。

聴きながら

涙が出て来ます。
ただ変わらない春を望むことが
何故こんなにも大変なのでしょう。

Re: マサキさんへ

沈黙すべき時に静かに口を閉じ、声をあげるべき時に、勇気を持って
声を上げる…。

そんな簡単に思えるようなことが、実は意外と難しいことなんですね。
そのタイミングがわかるかどうかを分けるのは、『人への想いの深さ』であるような気がします。
この世の悲しみの極みにいるひとに、ただの言葉はむなしいのか。
それとも、声をかけた方がいいのか。黙ってただ寄り添っていた方がいいのか…。

この道は危ないぞと思われる時に、
世の流れが行方も見ずにただ大勢の動く方に流れているときに、
勇気を持って声を上げられるか…。

私などもそういうことが、なかなか適切にできません。
出来ないのは、やはり、こころのうちに『保身』の気持ちがあるから。
そうして、強い想いが足りないから。

地震が起こって以来、胸の内に湧き上がる、怒りと無念の想い。
私は過去のある時期、原発の危険性を訴えるために必死に資料を調べ、
数々の事実誤認はうちに含みつつも、長い長いブログの記事に仕立て上げました。(『故郷の廃家』ブログ)
マサキさんに随分励まされましたね。
それなのに、記事を書き終わるともう、息切れして、
私ひとりが、小さな声を上げることのむなしさに押しつぶされてしまい、
パタリと声を上げることをやめてしまっていました。

そうして起きた、今回の大事故…。
マサキさんもきっとそうでしたでしょう。地震の一報があった途端に、原発の大事故を心配しました。
そうして、心配していた通りのことが次々に起こっていくのを見ていると、
慙愧と無念と、怒りと、そして悲しみと…さまざまな想いが胸の内で渦巻き、
やりきれなさで声を上げることも出来なくなってしまいました。

一方で、確かに、電気の恩恵を受けて、明るく暖かい安全なところで
なにもせず、動かず、被災地の報道にただ見入っている自分。
黙っていていいのか。今こそ声を上げ、動く時ではないのか。

そんな相反する想いで、怒りと悲しみの間を揺れ動いていました。
ちゃんとした記事に仕立てよう…そう思っても、なかなかできませんでした。

しかし、黙っていると、想いは膨れ上がる。
そんなとき、グレン・グールドを聴き、ポリーニを聴きました。
…そこには、なんと純粋な芸術家の魂の喜びと、深い人生への観照と悲しみが、
あったことでしょう。
でも、二人に共通するのは、激越とでもいうほどの激しい想い。そんな気がします。

…この深さはなんなのでしょうね。
深く沈潜するこの激しさは、そしてこの豊穣な重厚さは何なんでしょうね。
やはり、宗教や哲学の深みからきているでしょうか。

日本にも、それとはまた違う鮮やかに豊かな精神風土があると思う。
ただ、それは、この国を流れる山川の水のように、さらさらと流れて
あっという間に海に流れ出てしまう。
季節の移ろいのように、人のこころは忘れやすく、動きやすい。
その気候のように穏やかではあるけれど、怒りを発するべき時にもおとなしい。
…そんな、自分の中にも根強くある心性。

考え続けていると、突然、なにもかもを脱ぎ捨てて、
高らかに歌いたい!
胸一杯に、沈丁花香る春の空気を吸って、高らかに歌い出したい!
…翳りなき昨日を懐かしむ想いにとらわれてしまいました。







ああ。私にも歌があったら!
…そう思わずにいられませんでした。




追記

ポリーニの曲を今日の音楽に登録させてもらいました。

人生の謳歌は

ツイッターに「外国人が犯罪を犯そうとしている。」というようなつぶやきが多く出回っているそうです。それから、「原発施設の消火活動に志願する」というツイートも。そんな意味不明な命のやり取りをすることよりも、もっとやることがあると思うんですけどね。

ポリーニ、私も大大好きです。
彼は今回も震災で被害にあった方々に鎮魂の思いをささげて協奏曲を奏でていました。
それは、重く深く、その沈黙を沈黙として表現しようとする。それが人間の大切なものであるかのように沈黙を大切にできるもの、それは・・・

サイードとバレンボイムとの対談を思い出しました。
それは『沈黙』。 最後の音の終わりと沈黙の始まりとの関係は重要であり、 それは、沈黙を抜け出る楽曲の最初の音と同様に大切なのもの・・・というようなくだり

日本の精神風土には、このようなアラブやヨーロッパの深みへと誘うものは無かったのでしょうか?それとも風化してしまったのでしょうか?

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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