『燦めく日々』 (『希望の曙光?』改題)

原子炉中央制御室に明かりが灯ったという嬉しい知らせ。
これは解決へ向けた希望の曙光?
今、とってもこの曲を聴きたい気分。
ただ、わけもなく聴きたい…。

イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』
You Tube映像が残念ながら、削除されてしまいました。ごめんなさい。


…上の記事を書いてから、二日。
原発の収束は一進一退して、なかなか進まない。
その間に、野菜、土壌、そして水の汚染までが次々にわかって来、
現地、近県、そうして遂には予測通り、東京の水も放射性物質に汚染されて
いることが発表された。
赤ちゃんのための水を買いに行く人々。
赤ん坊がいないのに、水を買い溜めする人々。

蛇口をひねれば豊かに迸る水。
透明で、きらきらゆらゆらきらめいて美しい、命の水。
それが、微量にもせよ、放射能を帯びているとは…
そうして、我が家のささやかな庭…この土も、きっと2日ほど降り続いた先日の雨で
かすかながら、ヨウ素やセシウムを帯びていることでしょう。

私はなにを悲しんでいるか。

自分の命が惜しいのではありません。
もうね、63年も生きさせてもらったのですから。

でも、悲しくて仕方がないのは…

なんと言えばいいのでしょう。
『明日を知らない、人間の定めの悲しさ』というのでしょうか。
あっという間に、今までの平穏な生活が崩れていく…
それを知らずに生きていかざるを得ない、ひとというものの『今日』の悲しさ、
そんなものを悲しんでいる気がします。

イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』を聴きながら、胸がきゅ~っとしました。
1976年。私が29歳。娘が3歳の時です。
この歌を、こんなせつないほど若い声で歌っているドン・ヘンリーなど多くのメンバーは、
私と同じ年です。ボーカルで歌詞も書き、印象的なギター・ソロをやっているドン・フェルダーの
若いしなやかな体の、足の線の美しいこと!

この歌が街に流れていた頃、私は何をしていたでしょうか。
その頃、私は、30数年たって、自分たちが、この日本という国で、
このような悲劇を見ることになろうとは思ってもいなかった。
ありえない、と思っていたことが、
よそではありえても、自分の身には絶対に起こらないと、なんとなく思っていたことが、
ある日、突然起こる。
赤ん坊に飲ませるミルクを作る水がない。あっても汚染されている…
『昨日』、そばにいた人が、もういない…
折角取り留めた命が、寒さで消えていく…
そんな日が来ると、誰が思っていたでしょう。


その、人間の無防備、波に嵐に揉まれてなすすべもない人間の、
明日の知れない『今日』が悲しいのだと思います。

今はまだ、明日の希望があるから、明日が知れないからこそ、人生は美しいのだ、
というふうになかなか思えないのです。

『ホテル・カリフォルニア』は不思議な歌詞の歌です。
旅人が、長い長い道を車で走るのに疲れ、
ふと、ある古いホテルに宿泊する。
そこでは銀器やシャンデリアが美しくきらめき、
どこか退廃的な雰囲気を漂わせた人々が笑いさざめいている。

旅人は、そこの居心地良さに惹かれながらも、なぜか、
「ここにいつまでもいてはいけない。出ていって旅を続けよう」と決心します。
でも、ホテルの従業員から言われた言葉は、
「お客様はいつでもチェックアウトできます。でも、ここから出ていくことはできない…」

この歌は、商業主義に堕していくロック界を皮肉る歌詞だとも、
また、アメリカそのものの爛熟と退廃と閉塞感を歌ったものだとも言われました。

『昨日』という日までの日本の状況。
なにか、この歌詞に似ているような…。

でも、それさえが不思議と懐かしい、『今日』という日。


メンバーたちの若い体の線を見ながら、
胸が締め付けられるように若々しい歌声やギターワークに
聴き入りながら、
『今日』という日が、『昨日』までの思い出と共に穢れてしまったことを悲しみ、
それでもやはり、『明日』という日にまた希望を抱いてしまう彼岸花なのでありました。






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Re: NANTEI さんへ

NANTEIさん。こんばんは。
『腹膨るる想い』とはうまく言ったもので、あんまり怒っていたものですから、
とうとう胃腸をやられてしまいました(笑)。
消化力ゼロ、という感じ。頭痛とのダブルパンチでまいりました。

私は本当に、原発事故に怒っているのです。
もし、これが無ければ、政府ももう少しは、地震・津波の被災地に集中出来たでしょうし、
東京を中心とするこの閉塞感も無く、国を挙げて、復興に向かって力を集めていたに
違いありません。
東電の隠匿体質やずさんな管理、危機に対する想定の甘さなど、それには無論
怒髪天をつく位怒っていますが、私が、怒りだけでなく、がっくりしてしまうのは、
それを自分も含め、許してきたのは、私たち自身だ、ということなんです。
NANTEI さんのおっしゃる通りなんです。
電力会社の大枚をつぎ込んだ、『原子力発電=クリーンエネルギー』の一代キャンペーン。
それに徐々に徐々に慣らされて、私たちは、原発の実態を知ろうともせず、
考えようともせず、ただその恩恵を享受してきました。

そうして…。たぶん、この国はおそらく、これからも、原発を選択するであろう…
私はそんなふうに予感しています。ここに来てもまだ、なんとなく『反原発』を
堂々と叫びにくい、この国の雰囲気。
それほどまで深く深く、この国は、飼いならされてしまっているのかな。
…そう思うと、がっくり力が抜けて、お病気に(笑)。

でも、立ち上がりますよ。
これから、あるサイトを、ここでご紹介するつもりです。
原発の根っこを若い方々に知ってもらいたい。
『原発は当たり前』、という先入観が、どこでどうして生まれたか、
それがわかる番組です。
よければご覧くださいね。

こんばんは。

希望の曙光は、復興という面ではすこしずつ明るみを増してきたようですが、
放射能汚染という人災が救い難い影として行く手を阻んでいます。

この汚染被害の広がりを見るにつけ、私も含めて日本の政治的民度の低さを実感させられました。危機感が麻痺した我利我利亡者の政治家と大企業との、ビジョンのないエネルギー政策。そして罪悪感を失った科学者の迎合が、このような取り返しのつかない災厄をもたらしてしまったのです。
何十年もこれらの村会議員のような小さな政治屋を、国会に送り込み総理に祭り上げてきたのは私たちです。その政治屋と結びついて利権を貪ってきた大商人から、営々と給料を受け取ってきたのも私たちですし、労働組合を御用組合に堕落させたのも私たちです。私たちはどんどんB級からC級の国民に導いてきたのです。
そんな私たちはどう動くべきでしょうか。
まず。私の目の黒いうちにこの国の本当の曙光を見るには、XX革命しかないのではないかと・・・しかし、このような記事は必ず公●のリストに拾われるそうです(ははは)。
もうひとつは、大規模な反政府デモでしょうが、このような時期に理解を得られるはずがありません。結局は次世代に希望を託すしかないのでしょうね。
何の解決にもならないことを書いて・・・そのくせ私は明るいのです(憫笑)。

Re: 朗さんへ

沈丁花、今年は開花が遅かったようですね。
そちらでもそうですか?
私は今年まだ、あまり沈丁花の香りを堪能していません。
体調がすこし良くなく、外にあまり出ていません。
一日うとうと。
お返事遅くなってごめんなさいね。

去年お植えになられたんでしたよね。
それがもう、今年いい香りをさせているんですね。
朗さんのところに沈丁花があるって、なんとなく嬉しいな。
そうですねえ。花の咲き始めと花の盛りは皆愛でるけれど、
盛りを過ぎてしまうと、ひとはあまり見向きもしなくなる。
咲いて散りゆく花にも感謝、ですよね。

前のもご紹介したけれど、こんな俳句があります。

花終へしときは知られず沈丁花  稲畑汀子 ホトトギス 200404





Re: morinof さんへ

ずうっと東電が必死に隠してきた言葉。プルトニウム。
ついに隠せ通せなくなりましたね。福島県須賀川市の64歳の農家の方が
自殺なさったとか。土壌を必死で改良し、すばらしい品質のキャベツを
育てて、収穫を楽しみにしていたのに、今度の原発事故による汚染。

農家は、土を育て、命を育てる。
その土が、今後何十年、使えるかどうか、ということになるかもしれないわけですから、
農業に生活をかけてきた方がたの絶望は痛いほどわかります。
「原発に殺された!」という遺族の方の怒りも。

東電の下の方の社員は必死でやっていると思う。
しかし、ずっといい加減でやってきた、会社としての東電を、
ここで許すわけにはいきませんね。
私も、記事にしようと思っていました。
無念さがあまりに強すぎ、どこから書いていいかわからず、今、頭を
整理しているところです。

こんな日本を見るために、今まで生きてきたんじゃない!
子供を育ててきたんじゃない!
ものを作り、ものを育て、必死で生活を築いてきたんじゃない!
誰が、『昨日』までの日々を返してくれるんだ!

そう叫びたくなります。

今私は、こころが悲しみから、憤怒に変わりつつあります。
黙っていちゃいけない。立ちあがろう。
…そう思っています。
でもそれなのに、ちょっと体調が悪い。
あんまり悲しみ過ぎて、あんまり怒りすぎたからかな(笑)。

morinof さんも、悲しみ過ぎて、体調を崩されませんよう。
新しい日本に向けて。夢をもちましょう。
幸せな明日に向けて。夢を抱き続けてください。
私も体調整えて、頑張ります。

No title

彼岸花さん。おはようございます!
庭の沈丁花が綺麗に花を咲かせていい香りが漂っています。
そんな香りを感じていると、未来は美しくもあり残酷でもあるのだと思います。
明日には、新しいつぼみが花開くかもしれないし、今薫っている花弁は役目を終えるかもしれない。
悔やむだけでなく、ひとはな咲かせたその花に感謝をしたいものですね。


常に期待は裏切られ

とうとうプルトニウム外部流出で手が付けられ無くなりました。
最悪のケースをなぞるように進んでゆく事態を見守りながら
人災が人災を呼ぶ、人災の上塗りを感じています。
この期に及んで議論されている『東電を一時国有化して
今後の保証を考える』など、何の保証でしょうか。
命の根源の大地が死にかけているというのに、これからの
それぞれの人生を、命を何に変えて保証するのか
考えだしたら止まらなくなります。
記事に書きこむは虚しすぎて触れないようにして来たのですが
今、原子炉内で決死の努力をされている方々の尊い命が
無駄なパフォーマンスに終わるのではないかと思えて悔しい。
彼岸花さん・・・・・・哀しい。

Re: NANTEI さんへ

心情三派!…懐かしい言葉です。何年ぶりに聞いたでしょう…。

私も実はそうでした。私のところは中核派か反帝学評の子が多かったかなあ。
ヘルメットかぶってタオルを首に巻いて。
若いけもののような目をした子たちを横目に見ながら、学生であって主婦でもあった
私は、心情的には彼らを応援しながらも、加わることはしませんでした。
私にできることと言ったら、せいぜいべ平連のデモの末端に加わるくらい。
だから、イーグルスのような同世代の男たちの若き日の姿を見ていると、
胸がきゅ~っとしてしまいます。
近くにいながら、遠い存在だった彼ら。

NANTEIさんのお姿を想像すると、私もなぜかとても懐かしいのです。
私が知っている、私の懐かしい香り。そんなものをふと思い出して。
缶ピースの香り高さや、純喫茶のソファの匂い(笑)古書店街の本の匂いや
学食のカレーの香り。レコード盤の匂いもするな。
でも、私の知っていた世界と違って、NANTEIさんの世界は何もかもが『上等』って感じですが(笑)。

日本はいっしょけんめい生きてきましたね。
よく頑張ってきたと思うんですよ。
企業戦士たちも、一次産業に携わった者たちも。
それを思うとき、かれらの若き日を想う時。
数十年後に、このような悲劇を見ることになろうとは…!
それがせつなくてならないのです。

原子力発電もね。やむを得ないところはあると私も思うんです。
でも、その歴史をずうっと見てくると、やはり不安を抱かずにはいられませんでした。
まず、建設ありき、という感じで、安全神話を官民一体になって国民に
植え付けて。そうしてほんとうの安全性は、実は疎かにされていた。

この危機を乗り越えたら、世論はどう変わって行くのでしょうね。
私には先が読めません。
ほんとうに、今、この国に欠けているのは、大きく先を見る視点ですね。
そうして想像力ですね。
いつか、それについてまた書いてみたいです。
50年後を見越す、大きな視点をもった、国のリーダー…。
ああ。それを渇仰しますけれど。どうでしょう。
世界から哲学が消えてしまった今。理想主義というものが揶揄されかねない
今、という時代。…なかなか出てきそうにもない気もします。

日本人の真面目さと潜在的な優秀さ。
それをもってすれば、どんな理想的な国も、世界に先駆けて建設出来る筈だ、
と、私は思うんですが、残念ながら、そんな壮大な夢を描くには、
あまりにも人々の視点が近視眼的な気もします。

特にね。良識派、とでもいうべき人々が、今はだんだん老いていって、
口をつぐんでしまっていますから…。
面白おかしい楽しいものばかりを追いかける、マスコミの責任も大きい気がします。

NANTEI さん。おこころの、私の胸にすとんと響くお話かけ。ありがとうございます。
嬉しかったです。








Re: さかごろうさんへ

さかごろうさん。お帰りなさい。
ご家族の皆さんもご無事で、そうやって一つ屋根の下で暮らせること、
何よりです。
そうですか。お姑さまとご一緒に。
たくさんのCDなど、オーディオ関係のもののコレクションにびっくりなさって
らっしゃるのでは?^^
それらの機器は今回の地震では大丈夫でしたか?

何もかもがすぐに手に入る便利な生活。
それに私たちは慣らされてしまっていますが、ほんとうにそれらがすべて
必要なのか?…考えさせられてしまいます。
関東では今、計画停電というものに踊らされています。
うちも、今晩、6:20~10:00までの3時間停電のはずでした。
実際は1時間ほどで、電気がついたのですが。
うちは車ももたなければ、暖房もエアコンはあれども、冬は大抵電気炬燵一つで
済ませてしまう。昔は石油ストーブなど持っていたけれど、今はないので、
電気炬燵が使えないと、停電の間、布団にもぐりこんで寝ているしかありません。
寒さに震えながら、被災地の大変さを想い、小さなラジオのニュースに
耳を澄ませていました。
少し知恵がついて、大きなペットボトルに5,60度くらいのお湯を入れ、
あんか代わりにしています。なければないで、ある程度まではひとは工夫しながら
生きていくものですね。
でも、それもね、僅か数時間の我慢と思えばこそ、できるのですが。

被災地のかたが、普通の生活が出来るようになるまで、これからどれほど
大変なことか…。原発事故がそれに追い打ちをかけて。

さかごろうさんが元気に戻って来てくださって、嬉しいです。
なにかこころ強い、と言いますか…。^^
私の方がはるかに年上なんだけど、さかごろうさんに支えられていた
ところって大きいんだなあ、とあらためて思います。
これからもまた、よろしくね。お帰りなさい♪さかごろうさん。

こんばんは。

いろいろ拝読していると少しずれてはいますが、同じような時代を歩んでこられたのかなと、ある意味哀しいような共感を覚えています。ご存じの通り私の年代は日本復興期の企業戦士として、一週間に十日間働くと海外から揶揄されるほど働き、それに何の疑問も抱かず俸給の上昇を手放しで喜んでいた世代でもあります。発展のためには山を崩してダムを築き、クリーンとうたって原子力に頼る。
資源が乏しく、ために無謀な戦争に走った黄色い一等国日本。戦後も一等国になるために無理をしてきたのでしょう。石炭が枯渇し石油は輸入に頼るのみ。自らの手で電力を供給するには、プルトニウムしかなかったのでしょう。
日本は何をもって立国すべきなのでしょうか。問われていますが、一億人を超えた人口を抱えて主要産業を転換する余裕はあるのかないのか?
60%以上が一次産業で成り立つ農水産国家。可能なのかどうか?私たちが生きている間は実現不可能ですが、長くても50年後を見据えた国家像を提示し、今から多くの抵抗に遭いながらも推進していけるような、大きな視野のリーダーとそのグループが芽生えることを、願うばかりです。
災害、原発の今ある悲惨についてではなく、妄想のようなことばかり話してすみません。これも60年代左翼運動に加われなかった心情三派の、夢想論でした。

No title

彼岸花さん、ご無沙汰しております。
さかごろうです。
いろいろご心配おかけしております。
今日になってやっとネットがつながったので、こうしてご挨拶に伺いました。

こちらは電気も水道も通りました。
ガスはまだきていません。
車のガソリンが少なく、車よりも自転車人口の方が多いです。

なんでもありだった以前の生活に比べると不便も感じますが・・・不便を感じていましたが、いまはそんなことあまり気にならず、ダンナと塩釜に住んでいたお姑さんをウチに連れてきて、三人で楽しく暮らしています。

すいません、いまちょっとあまり時間がないのでこれくらいで・・・。

とにかく私は元気ですよ!
いろいろとお気にかけて頂いてありがとうございます。

Re: そらまめさんへ

そらまめさん。こんばんは。
意味がわからなくなんてないですよ。そらまめさんのおっしゃること、
痛いほどわかります。
だって、かく言う私だって、これからの世界なんて全く見えないんですもの。

これほどまでに、何もかもの便利さに慣れさせられてしまった私たち。
原発がなくなったら、今の暮らしはとても維持していけない。
化石燃料は、枯渇するだけですものね。(実はウランだって、もっても100年くらいの
ものなんですが)
代替エネルギーの決定打というものがまだない以上、私たちは今回のような危険を覚悟で
原発と折り合いをつけて行かねばならないのか?

でも、どこに?
もし東電が、福島原発をなんとかできて、ほとぼりの冷めた頃、
再開する、なんて言い出したら、今度こそ住民は絶対認めないでしょうね。
では新しく立地を、と思っても、手を上げる自治体は、しばらくはないんじゃないでしょうか。

私たちは否応なしに、これまでの生活を見なおす必要が出てくるでしょうね。
今、関東で計画停電、なるいかがわしい施策が行われ、
皆が否応なしに味わっている不便な暮らし。でも、これもいい機会かな、と
想うところもあります。
夏長袖を着こんで、冬、ノースリーブでいるような生活が本当に必要なのか?
居ながらにして、リモコン一つでお湯も湧き、シャッターも閉まり、なにかもできる
生活…その果てに、子供のミルクの水も心配しなければならない暮らしが?

『風の谷のナウシカ』の原作!読んだことがありません。
そうですか…。なんだかずいぶん、身につまされるストーリーですね。
ホテル・カリフォルニアに似たところがあるかもしれませんね。

汚れた大地で生きる未来の人々…
ああ!そんな世界に、今、ミルクを飲んでいるいとけない赤ん坊たちが
大きくなったとき、住まわせたくないですね。

でも、どうしたらいいのか、私もあまりに非力でわからない。
このままではいけない、ということはわかっているのだけれども…。

とにかく、一企業や政治家や…、そこから利益や虚飾の地位を得る者たちのために、
この美しい世界を汚させてなるものか!
そう、強くは思うのですけれど。

そらまめさん。ありがとう~。

Re: はなさかすーさんへ

はなさかす-さん。こんばんは。
井上陽水は、私も大好きです。『氷の世界』。なにやらシュールなところが
『ホテル・カリフォルニア』も共通しているかもしれませんね。
私は、今回の福島原発の大事故には、なにか非常に『不条理』を感じてしまいました。
なぜ?なぜ、たかが一企業がなしたことが、これほどの苦悩を日本国民に
負わせてしまうのか?
原発事故がなければ、地震の被災地の手当てももっと早く進んでいたでしょう。
これから、幸いにして原発を安全なレベルまで封じ込めることが出来ても、
土壌、飲料水、野菜・牛乳などの農産・畜産物の汚染や、これからおそらく問題に
なってくる、漁業の問題など、想像もできないほどの被害の結果を、国民が
負うことになる。
そういった、物の面だけでなく、人々のこころに与えた不信感や恐怖は
長く尾を引くでしょうね。
…それが、一つの企業が引き起こしたことだと思うと、もう、怒りを通り越して、
その不条理に、なんだか泣きたくなってしまうんです。

しかもそれは、一企業のせいだけとも実は言えない。私たち自身が
選んできたことなんですから。
電気をふんだんに使う、豊かな便利な生活。原発に不安はあっても、
それは、原発立地させた遠隔地方の人々のことと、見て見ぬふりをしてきたのです。
マスコミの責任も大だと思います。
オール電化のすばらしさを歌い、原発はクリーンなエネルギーと歌い続けてきたんですから。

言わば、ホテル・カリフォルニアでの、煌びやかで贅沢な暮らしに一度足を踏み入れて
味わってしまったら、私たちは、出ようとしてもそこからはもう逃れられない。
歌詞そのままに、私たちは、その運命を受容するよう、自ら望んで、プログラミング
されてしまったんですね。

なにかこの一連の事故が拡大していくまでの流れを追い続けていると、
恐れていたことが、恐れていた通りの形で流れていくのを見ていると、
この歌の歌詞が、ひどく身近に感じられ、
この歌がすごく聴きたくなってしまったのです。

この上なく美しい歌。でも悲しいですね。
この歌をこんなふうに聴く自分がせつなくてなりません。

でも、きっと、日本人は、この出口のない隘路から、いつか出て行くでしょう。
でも、その先にまた同じような甘美な、居心地のいいホテルが待っているのかもしれない。

日本人が、そして世界が、どういう選択をしていくのか、気にかかります。

不条理。

でも、今回のことを機に、その『からくり』を皆が知ることですね。
そこに望みはあるような気がします。
赤ん坊にミルクも飲ませられないような、
子供たちに安全な野菜や魚も食べさせられないような、
そんな国になってほしくありません。

はなさかすーさん。ありがとうございます。またどうぞ、お越しを。^^


No title

土や水が汚染されていく世界・・・。
そして『ホテル・カリフォルニア』の歌詞を知って私は『風の谷のナウシカ』
を思い出しました。アニメーションではなく、宮崎駿先生の原作の方です。
(あまり知っている方はいないと思いますが・汗)

汚れた大地で生きる人類の未来をかけた旅の途中にあったナウシカという
少女は、この旅人のように美しくきらめく居心地の良い空間に置かれます。
それでも「ここにいつまでもいてはいけない。出ていって旅を続けよう」と
決心するのですが、ホテルの従業員に似た存在の者から邪魔をされます。

そこでナウシカが『私はあなたの見せる世界には惑わされない。あなたの
言葉は嘘だ!私達はこの汚れた世界で、血を吐きながら生き続ける。
死もまた人間の一部だからだ。私は真実を見極めます。』というような感じ
の言葉を言ってその地を去るのですが・・・。
その甘い世界を見せる存在は出て行くことを許しながらもナウシカのことを
【破壊者】と呼びました。
(ナウシカが進むその先にあるものは・・・そのままの意味なのですが)

難しい物語ですが、なぜか彼岸花さんの記事を見て思い出してしまいました。
モノで溢れ、豊かになり過ぎた社会に生きる私達はどこへ向かえばいいのか、
何が正しいのか、明日が解からない時代に来ているのかもしれませんね。

ああ、すいません。意味の解からないことを・・・・。(汗)

からくり

彼岸花さん、こんばんは^^

ホテル・カリフォルニアは、大好きな歌のひとつです。
井上陽水さんの氷の世界と共通したものがあります。
今この曲を選ぶ、彼岸花さんの心境は、書かれた言葉
からも、いくらかお察し出来ます。

地球温暖化など環境問題も騒がれていますが、きっと
世界中が沈む時も、今回の大震災のように、まさか!
という形でやってくるのだと思います。天災ならいざ知らず、
人災ですから悔やまれるでしょう。単純に、21世紀は意識
変革の時代です。このまま人類はいずれは自滅するか、
もう少し高度な文明を築くか、どちらかです。
現状では、可哀相な子どもたち・・・・変われない大人たち。
今がチャンスだと思っています。からくりを知り、変える^^

いつも素敵な音楽をありがとうございます^^

Re: HOBOさんへ

HOBOさん!お帰りなさい!

HOBO さんに届けと思って送った曲。届きましたか。
悲しみの曲ばかり流していても、と思って。

『ホテル・カリフォルニア』
私はその頃、青春時代は過ぎていたけれど、HOBO さんなどはまっただ中でいらしたのでは。
きっと、いろいろな思い出が、駆け巡る曲ではないでしょうか。
当時の男のひとたちのファッションとか佇まいが、私にはたまらなく懐かしく。
ドン・ヘンリー、ドン・フェルダー、ジョン・ウォルシュは私と同い年。
なにかね。とても聴きたくなったのです。
さっき、そのわけを書こうとしていたのだけれど、うまく書けなかった。

少し元気になられたようでよかったです。
ライ・クーダーもよかったでしょう?
HOBO さんに教えていただいたようなものですからね。
こういう時にお返しに、と思って。

また、ぼちぼち、お訪ねくださいね。
お声が聞けて嬉しいです。お帰りなさい。HOBOさん!

No title

スタジオとライブの差がないバンドですねぇ、イーグルスは。
そしてかっこいい。
ぼくはこの曲を聴くと、思い出す人、思い出す場所、思い出す夜、思い出す物、
たくさんの想い出が。
名曲中の名曲ですね。70年代のファッションもいいな。
自由な感じがしますよね、そしてなにかもの悲しい。
こんなバンドがバックバンドならいいなあ。全員が唄えるバンド。
歌が好きなんだと思いますね。ドン•ヘンリーの声はいいですね。
思い出すものが多い曲。
ありがとうございます、彼岸花さん。
ライの歌も。

HOBO
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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