『寒い冬の夜は』 私の「もの」がたり 其の三

東京は昼間はぽかぽか陽気だったが、夜になってぐっと冷え込んできた。
しかし冬の寒い夜は嫌いではない。

昔、母が毎日、遅くまで縫い物をしている傍で、
私は窓辺に寄せた座机の前で勉強したり本を読んだり、
たまには、着物の袖片方くらいは母に手伝って縫ったりしていた。
6畳間の暖房というと、炭火を赤く起こした火鉢だけ。

外は木枯らしが吹いて、木枠の窓ガラスを時折、ガタガタと鳴らす。
でも、火鉢の上では、やかんがしゅんしゅんかすかな音をたて、
部屋は十分に暖かだった。
母の静かな昔語りを聞いたり、私が学校のことを話したり。
ラジオに耳を傾ける夜も。
母娘二人の夜は、静かで安らぎに満ちていた。

そういえば、最近東京で木枯らしの音を聞かない。
関東のからっ風は、この東京にも吹いてくるはずだが、暖冬のせいなのだろうか、
それとも住宅の気密性が高くなったからなのだろうか、
木枯らしが窓を鳴らす音などというものを、この10年ほど聞いていない気がする。
でも、気密性の問題だけではきっとないな。

外に出ても、あまり冷たい北風にコートの裾を捲られ、髪をもて遊ばれるなどという
ことは少なくなったのではないだろうか。
昭和30年代40年代の頃の映画などを見ると、北風で道路の埃が巻き上げられ、
女たちが乱れる髪を手で押さえたり、家路を急ぐ勤め人がコートの襟を寒そうに
すぼめたりするシーンがよくあったものだが。
道路の舗装が完全に近く行われて、風邪で埃が飛ぶ、などということもなくなったのだろうが、
北風そのものがあまり東京では吹かなくなったように感じるのは私だけだろうか。

北風が立てつけの悪いガラス戸や、板戸をガタガタと揺らす音は、
あれはあれで風情があったがな。

そんな寒い夜。
久しぶりに作ってみました。
ぜんざいです。
ご覧になってらっしゃるあなたのためよ(笑)。どうぞ召し上がれ。
お餅は昨日姉が送ってきてくれた、丸餅です。

2009_1220_233404-CIMG1066_convert_20091221232909.jpg

夕食後に、ことこと煮こんでみました。小豆も柔らかくふっくら煮えました。
お餅がちょっと大きすぎるのがご愛嬌。
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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: ららさんへ

ああ、それはせつない思い出ですねえ。
お話を伺って、おかあさまとららさん、両方のことを想って胸が熱くなりました。

人間悲しいもので、その時はそれが最後の機会になるとは考えられないんですよね。
何の気もなし、差し出されたものを断ったり、相手の期待するような反応を
返してやらなくて、それが後々の悔いとなって残るんです。

私にも、いくつもそういう悲しい記憶があります。

ぜんざいはね、ららさんがお彼岸に、おはぎを一人で頑張って
生まれて初めてお作りになってたでしょ。
その姿を想像するとなぜか愛しくて。
そのことも思いながら、記事になりました。

母の作ったぜんざい。一緒に食べていても、食べそこなっても、
懐かしさと悔いの同時に残るような、記憶の中の食べ物ですね。

No title

ぜんざいを見て母を思い出しました。
ららは小さいころ、小豆が好きではなくて、あんこもお汁粉もぜんざいもだめだったから、母も自分で作ることはほとんどなかった。和菓子を買ってきておいしそうに食べていました。そんな母が、亡くなる数ヶ月前1人でやっと台所に立ってぜんざいを作りました。そして「美味しいわよ、食べない?」と奨めてくれたのです。
大人になって小豆やあんが好きになってきて、食べようかな~とも思ったのですが、冷凍庫のアイスクリームを出して「このほうがいいや」とアイスを選び、ぜんざいを食べないままでした。母がお鍋に作ったぜんざいを、一生に一回くらい母と二人で食べればよかった・・・
お写真を見てふとそんなことを思い出して、切なくなってしまいます。

Re: 鍵コメさんへ

人生には至るところに深淵があって、そこにどっぷり浸かってしまうことが
ありますが、そんなとき、いい友、信頼できる仲間、というものが
どれほど心強いかわかりませんね。

私はこれまで、自ら人とのかかわりを敬遠して生きてきました。
自分は本当に根無し草でいいや、と思って。

でも、この歳になって、人の心の温かさを実感しています。
懐かしい人々がいる。
懐かしく思ってくれる人々がいる。
それを想う時に心に感じる温もり。
近さ遠さの問題ではないですね。

心にもあったかいコートを着て、寒い風などシャットアウトしましょう!




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Re: そらまめさんへ

そらまめさん、こんばんは。
大勢の大人の中で暮らすって、私とてもいいことだと思うの。
例えば親に叱られても、子供はおじいちゃんおばあちゃんのところへ行けるとか、
歳のそう違わない叔父さんがいて、一緒に遊んでくれるとか。
大人への道の道案内をしてくれるとか。

私はほとんどを母と二人きりで過ごして、それは濃密な親子の時間だったんですけど、
親戚が大勢でわあわあ言いあうのも見ているとうらやましいなあ、と思うことがあります。
そらまめさんは逆に、お母様と二人きりの時間が貴重だったんですね(笑)。
折角二人きりになれたのに、お母さまがすぐに居眠り(笑)。
わかりますわかります。坐ると眠くなる気持(笑)。

そう。私は嫁姑の苦労は知らないんだけど、やっぱり悲しいことがあると、
台所でぽろり、と。
歌を歌ってるのも台所、なんですけどね(笑)。
どうも、水仕事って、女の心を開放してくれるみたい。
悲しいにつけ嬉しいにつけ。
水、の効果なのかな。
母を見ていた子供の私がまた同じことをして、そのまた娘が・・・・
いやいや。娘は台所で泣きそうもないなあ(笑)
音楽聴きながら泣いてそうです。
そらまめさんは?(笑)

ああ。コメント欄は広々してていいわね(笑)。
ありがとうございました。

No title

共働きの両親と姉と、近所には歩いてすぐの祖母家族の家。
毎日多くの大人と触れ合う機会の多かった私の子供時代ですが
珍しく母と2人っきりで過ごした時間、強く印象に残ってますね。
独り占めと言っても母は途中でウトウト寝てしまうのですが。
疲れていたんだと思います。

『手を動かすこと』で彼岸花さんが書いていたように、母もよく父と
ケンカしては目に涙を溜めて洗い物をしたり掃除をしていました。

懐かしい・・・・。
子供の視線は世代が違ってもいつも同じなのかもしれませんね。
彼岸花さんの昔語り、いつも更新楽しみにしています。
自分の思いを上手く文章に出来ないのでコメントに困るのですが。(笑)

Re: asobo さんへ

あらら。しょぼ~んなんてなさらないで。
心の中のどこでもドアを開けて、どうぞいらしてください。
あなたのために作ったんですから(笑)
こころで食べてくださいね(笑)。
あたたかいおこたでどうぞ。


そうですよね。ぜんざいには丸餅ですよね!
もう少し小さめのころんとしたお餅だとよかったんですが、
ちょっとお椀にいっぱいいっぱいに(笑)。

asoboさんがご自分でぜんざいお作りになってらしたんですか?
しかも小三の頃から?
可愛いですねえ。まだお台所の流しにも背が届かないくらいでしょうのに。

それではどうぞいつか、asoboさんのぜんざい、ごちそうしてくださいね。
こころでいただきます。

食べたい!

ぜんざいの香りに惹かれてやってきました、
ぜんざいのお餅はやっぱり丸餅ですね。
あ~、食べたい。
ぜんざいは小3のころからじぶんでつくっていました。
どこでもドアがあれば、ごちそうになりに行くのになぁ。
しょぼ~ん
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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