『アンビバレンツな感情』

3月11日。
なんという悲劇が、この日本を襲ったのだろう…。
いまだに、すべてが嘘のように思えてならない。

胸の底に、し~んと溜まって、消すに消せない悲しみと、
髪の毛が逆立つような、憤怒と…。

この悲しみは、おそらく一生私の胸から去るまい。
そうして、怒りの方は、体の調子が少し悪い間に少し収まって(笑)、
今は事態の進行を静観する気持ちになりつつある。

でも、激しい性格の私。
政治とそして当の電力会社の処し方次第で、また怒りが激しく
燃えあがるかもしれない。

実は、皆さんに見ていただきたい映像が二つあった。
でも、体調を崩して、記事もまとめられないでいるうちに、
現況と、それらの映像の持つ意味が、少しピントがずれてきてしまった。
いずれご紹介したいとは思いますが、
今、少しまとめ切れません。

感情が引き裂かれています。

怒りと、しんとしてしまうほどの悲しみと。
書け!と命じるこころと、今は書くな!というこころと。
許せ!と命じるこころと、許してなるものか!と思うこころと。
愛したい、と思うこころと、過去を忘れたのか!となじるこころと。

地震と大津波の被災地の方を想うこころと、福島原発の成り行きを気にするこころも
引き裂かれている。
ああ!原発のことがなければ、今頃、日本はこころを一つに集中させて、
被災地の方々の救援にまっすぐ突き進んでいたろうに…!
そう思うと、また腹が立ってくる。

日本は大きく変わるかな?と期待するこころと、いや、また同じ道を
選ぶだろう、と危惧するこころと。

一つだけはっきりしていることがある。

それは、私たちは、大きな大きな、転換点に立たされてしまったのだ、ということ。
日本がどういう生き方をこれから選ぶにせよ、あることを学んだのは確実。
それは、『明日は不確実』ということである。
良くも悪くもなりうる、ということである。

日本だけではないな。世界が今、大きな転換点に立っている。
この、日本で起きた大地震・大津波、そうして福島原発の大事故は、
世界の人のものの見方を変えるほどの影響を及ぼすだろう。
単に、原子力発電を選ぶか選ばないか、という問題だけではなく。

あの、日本が!という驚きは、世界に大きな衝撃を与えたのではなかろうか。
あの、緻密な、優秀な、科学力・工業力を有する日本であのような事故が!

そうして、日本人という民族の佇まいの見事さが世界に感動を与え、
その一方で、わけのわからない優柔不断さが、また世界をいらつかせてもいるだろう。

そうして、日米関係は、これを機に、大きく大きく変わるであろう。
…それが、世界の力関係に、どういう影響をまた与えていくだろう…。

それは末恐ろしいほどの変化である。

東日本の再建は、どういう方向でこれから進められていくのだろう…。

わからないことばかりである。
元に戻れるのかな、と危ぶむ気持ちと、戻らないで新しい道をと望む気持ち。
日本の先行きを危惧する気持ちと、信じる気持ち。
いや、信じたいという気持。

もう一つはっきりしていること。
私たちはこの大きな転換点に立ち、どんな夢も力を合わせれば実現できるのだということ。
その大きな歴史の変化を身をもって味わい、積極的に加わり、
また見守っていくことが出来るのだ、ということ。

昨日までの平穏な幸せの時は過ぎた…。
明日が、昨日今日と同じように穏やかにやってくるだろうと
信じていられた時代は過ぎた…。
でも、これからはドラマティックで、ドラスティック(徹底的な)変化の時代。
そこには、不安も数限りなくあるけれど、また、大きな夢も抱きうる。
世阿弥の『風姿花伝』に、『男時、女時』という言葉がある。
これまでは、日本は大きく言って『女時』だったのかもしれない。
いわゆる『待ち』のとき。何をやってもうまくいかないけれど、穏やかで平和ではある。
でもこれから、日本は好むと好まざるとにかかわらず、『男時』に入っていくのではないか。
いわゆる『攻め』のときである。大きく世の中が変わっていく。

日本人は、本当はもう少し、『女時』の安寧に浸っていたかったのかもしれない。
でも、今度のことで、否応なしに『変化』の時代に放り出されてしまった。

日本はこれから正念場である。
日本人は、この国をどう作り変えていくのかな。
それを、しっかと目を見開いて見つめていこう。

若い人たちは、とりわけしっかり見ていてほしい。
あなたたちが次の世界を選択していけるのだから。

それまでは、彼岸花さんも、元気にしていて、しゃっきりしていなくちゃな。


もっといい世界にしたいものです。





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Re: そらまめさんへ

そらまめさん。ありがとう。

本当。『この、日本が!』なんですよ。
私もいまだに信じられない。
津波の爪跡を見ていると、いまさらながらに、なぜ、この日本でこんなことが!
と思ってしまう。無残な原子炉建屋の姿もね。

でもね、原発に関しては、予想できたことでした。
その設計の甘さや、危機管理の甘さは、識者の間ではずっと
危惧されていたのです。小さなミスはこれまでもたくさん起きていた。
ほんとに、駄目駄目駄目なことばかり、次から次に出てきますね。

日本のロボットの話は、知りませんでした。そうなの?

とにかく、そもそもの大前提が、『日本の原発は安全です』だから、
安全なものに、もしも、が起こることを想定していない。
特にこの福島第一原発はひどかったですね。
電力会社の責任はやはり大きいと思います。
言ってるとまた腹が立ってきますね。

私は、『故郷の廃家』で、原発のことで警鐘を鳴らして、
そこでなんとなくあきらめてしまった。
ああ、日本は変わらない。このままなにがあっても、利権にしがみついた人間が
この国のエネルギーも報道さえもを握って、いつかそういう、たった一つの
企業のために、多くの人が巻き込まれる事故が起きるのかな…

そう思って、声を上げることをやめてしまったの。

それがね、実際に起きてしまったのだから、そのショックは大きく。
自分が声を上げ続けなかったことも恥じたり悔いたり、ね。
でも、立ちあがりますよ。

若い方たち。そんなことない。
勉強はちょっと足りないな、とは思うけれど、上の上の世代にはない
フットワークの軽さと、やさしいこころと情報収集力がある。
理屈より行動、といった、身軽さがなかなか頼もしいと思います。
私たちの世代(菅さんと同じ世代です)も、昔はすごいパワーをもってたんだけどなあ。
でも、あきらめちゃいけませんね。

私、時にとっても説教臭くなるってこと、自分でもわかってるんだけど、
でも、生きてるうちに伝えておかなくちゃ、と思って。
老婆心というものでしょか?(笑)

そらさん。ありがとう~。

No title

>世界が今、大きな転換点に立っている。

本当に『あの、日本が!』ですよね。
私も日本の管理能力、日本人の性格から原発を甘く見ていた所がありました。
しかい、こんかい放射能の中で作業するロボットを5機、6億円ほどかけて
作っていたのにも関わらず、ほとんどが部品交換が必要で、すぐ使えるのが
1機のみ・・・それが数年前から続く今の日本の本当の現状のような気がします。

>それまでは、彼岸花さんも、元気にしていて、しゃっきりしていなくちゃな。
私達の時代の人間は特に、本当に全てにおいて甘えん坊で・・・ダメなんです。
彼岸花さんように力強くリードし、時には優しく諭してくれうような大人の存在を
必要としているんですよぉ。

どうかいつまでも彼岸花さんらしく温かい目で導いて下さい!!

Re: 夕惟さんへ

地球からのメッセージ。…そうかもしれませんね。
それにしては、あまりにむごい…

でも、先進国のひとは、とりわけ日本のひとは、
夕惟さんのおっしゃるように、ここで一度、
生きものとしての本然に立ち帰ってみるのもいいのでは、と思います。

夏、背広や長袖のカーディガンを着て
冬、ノースリーブに近い姿でスタジオにいる、テレビの中の人々。

居ながらにして、リモコンのスイッチ一つでお風呂が沸かせ、
シャッターをすべて下ろすことが出来、黙って立てば、便器のふたが開くという生活。
そんなことが本当に必要なのでしょうか。
電力会社が盛んに宣伝している『夢のオール電化住宅』。
それについては、Wikiにこんな記述があります。

『東京電力管内では2008年以降急速に普及し、3年間で原子力発電プラント2基分にあたる
約200万kW分の電力消費が増えた可能性が指摘されている。』

計画停電は、東電と政府が、原発事故発生の混乱と思考停止の中で
思いつきに始めたことに見える。
思惑通りに、『電気がないとこんなに不便なんだ!』ということを、
関東一円のひとは思い知らされました。東電はやっぱりなきゃ、と。
そう言った意味では、刷り込み効果はあったかも。
でも、一面、思わぬ効果もありましたね。
電気が少しくらい足りなくても、何とかなるじゃん!
ということも、皆が経験してしまった。
病院など、必要なことろに回す、という、配分さえうまくやれば、
停まった原発分くらいなんとかなるんじゃない?ということも
皆が気づいてしまった。

アフリカなどで、乏しい配給の粉を分けて食べる、親のいない兄弟たち。
そのトウモロコシ粉ももう残り少ない。
一方で、バイオ燃料の時代が来た!と、
巨大な倉庫いっぱいに、美しいトウモロコシを温存して、
それらが値上がりして莫大な利益を生むことを期待していた、
肥えたアメリカの富裕農家。(そうは思惑通りになりませんでしたけど)

先進国のひとびとは、ここで立ち止まって少し考えた方がいいと思います。
夕惟さんの考えに私も全く共感。

福島の犠牲の上に成り立っている東京の煌めき。
それをもっともっと思ってみる必要がありますね。

ありがとう。




No title

関東が節電する今、 日常の中でふと思うことがあります。
人間はどれだけ【便利】な生活を送っていることか。
どれだけ、世の中が無駄なものに溢れていることか。
【節電】や【節制】は、甘えきった現代人に、
良いきっかけを与えてくれたのかもしれませんね。

朝が来て夜が来ることの有難さ。
生きていられる事の素晴らしさ。
命の尊さ。
(こんな風に書くと、亡くなった方やそのご家族に申し訳ないですが…)

私の使う私電は、暖房は切って、朝は電気も消しています。
でも、それでも、全然平気。
車内で本を読む人には少し暗いけれど、
でも読めないほどではない。

会社でも、暖房は寒くてもOFF。
人がいなくなったらその場所は電気を消す。
考えれば普通のこと。
一家庭では当たり前のこと。

太陽が昇って明るくなったら起きて、
日が沈んだら眠る。
電気がなかったころの当たり前の生き方をすればいいと思う。
そうすれば無駄な電力もいらないはず。
(って、すべての人がそうなったら、世の中回らないのは分かってますが;)

地球の資源を使って生きている人間に対して、
もっと自然環境に優しい生き方をしなさいっていう、
地球からのメッセージなのかもしれませんね(>_<)
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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