『原発の風景』

先日ご紹介した、ビデオニューズ・ドットコム
(http://www.videonews.com/)
に、こんな動画が紹介されている。

これはビデオ・ジャーナリスト神保哲生さんが、福島第一、第二原発の
近くまで車で行って、そこから伝える、現地の様子である。
説明はいらないように思う。
美しい風景である。
つい、ひと月ほど前までそこで営まれていた、人々の平穏な暮らし…。
今は、人っ子一人いない。
置き去りにされた犬たちや牛の姿。

…そうして、かすかに薔薇色を帯びた空の下。
今日も日夜、危険な収束作業に従事している人々がいる。


私たちが自ら選んできた道が、ここに辿り着く…。
どうやったら私たちは、この道の先に、子供たちに渡したい未来を見つけられるだろうか…。
恐怖に煽られ見たくないものから目を逸らすのではなく、
現実を見据えることから、明日の道は始まる…。
そう、私は思うのだが。

http://www.videonews.com/charged/special-report/031040/001810.php
犬たちの写真の下の『300k』と書いた小さなボタンをクリックしてくださいね。

なお、このニュース専門のインターネット放送局が配信するもの、
またここがやろうとしている、スポンサーなどの圧力を受けない、
『広告に依存しない独立系の民間放送局』、という趣旨が
いいな、とお思いになられましたら、よろしければ会員登録、視聴を。
月525円です。
宣伝、私が勝手にやってます。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Re: NANTEI さんへ

NANTEIさん。とってもすてきなコメントありがとうございます。
なんだか感動してしまっています。

まず、ブラームスですが、NANTEI さんの落椿の句を読ませていただいたとき、
もう今から40年以上前、松島に行った時の情景がぱあっと目の前に浮かんだんです。
あれは、福浦島だったかなあ、季節はちょうど今頃かな。
島一面の地面が白い桜の花に覆われていて、そこに、真っ赤な落椿が
点々と散っている、何とも美しい、けれどもどこか凄惨なような風景を見たのです。
私は二十歳でした。
松島はあまり被害はなかったようだけれど、あれらの美しい海辺の町が
今は瓦礫の街と化してしまっている。そこに散る真っ赤な椿の花のイメージ…。
その時。頭に流れてきたのはブラームスの交響曲第一番でした。
指揮はカラヤンです。

そのA氏のお話。いいですねえ…。
今、ちょっと伺っただけでも私にもとても鮮烈なお話です。

『情報力というのは情報量の多寡ではなく、情報への直観力、洞察力ということです。』
とおっしゃる、NANTEI さんのお言葉。本当にその通りだと思います。
私などは、全然そのような力があるものとは思えませんが、
それでも、新聞一紙しかとっていなくても、その一紙のたった一行の中に真実がすべて
籠められている!と思うような瞬間がある。
また幾百の凡庸な記事の中から、鋭い光を発している記事もあります。
ほんとに『六感を研ぎ澄まして一つ二つの啓示のような言語に行きつく』
そんな感じの記事に出会うことが…。

薄い靄に包まれたような記事をいくつか擦り合わせて、そうして初めてくっきりと
見えてくるものがあるときもあります。
ほんとに、それらは、いずれの場合も、おっしゃる通り、直感ですね。
今までの自分の人生が呼応して、そういうものを感覚で見つけているような気がする。
メディア・リテラシー、などというそんな洒落たものじゃないように思います。

『彼岸花さんが週刊誌や夕刊紙の、ややもすれば際物のように思われている記事の中から、
砂金探しのように掘り当てようとする姿勢は尊敬に値します。』

嬉しい褒め言葉です!(笑)。ほんと嬉しいな。
イエロー・ジャーナリズムの盛んな国ほどいいのだ、という言葉を今回もどこかで
見ましたが、本当にそうだと思います。大新聞の記者などが忘れかけている
現場取材主義や、記者の嗅覚のようなものがそこではまだ息づいているかもしれない。

元読売新聞の社会部記者で、ノンフィクション作家の本田靖春さんの
『我、拗ね者として生涯を閉ず』を、読んでいまして、ジャーナリズム、という
ものに想いを致しています。
河出書房新社から、『文藝別冊』として、彼の追悼特集が出ているのですが、
そこに、彼を愛したジャーナリスト達の想いがたくさん載っていて、
昨夜深夜2時頃、届いた、メンゲルベルグの『マタイ受難曲』を聴きながら
読んでいると、涙が出てきそうになりました。
死んでこういう風に語られる反骨のジャーナリスト…ほんとに珠玉のような
哀惜の言葉が彼の人となりをそのまま表している。
メンゲルベルグ…いいですねえ…
こういう音楽があって、こういうジャーナリストがかつていて、
今、彼を惜しむ人がいて、私が今ここにいて…。
久しぶりに味わう静かで豊かな時間だった気がします。
まだまだ捨てたもんじゃないな、と思います。

NANTEI さん。いいものを教えてくださってありがとうございます。

道州制。東京に何もかもを集めてはいけないなあ…
私も今回の大震災では、こころからそれを感じました。
東京の感覚は現実から乖離している…
その地域地域の特性を生かした、いくつかの個性豊かな経済や文化圏が
それぞれに力を発揮して、この日本という一つの魅力ある国作りが出来たらなあ、
そんなことをしみじみ想いました。
…その時にNANTEI さんがお選びになる曲はなんでしょうか。楽しみです。
復興の足音が聞こえてくるようになるといいですねえ。








 

こんばんは。

一言、「ブラームスの一番」。
利きましたねえ!(笑)。

今日は思い出したことがあって、うーん、こんな話はどうだろうかと・・・。

第二次大戦中に、英国で滞在していた日本の学者A氏がいました。
戦争中も、日本が敗戦国となった後も、祖国の情報は一切途絶えていました。
終戦後暫くして復刊した文芸春秋が送られてきました。
日本に関する情報は月一回のその「文芸春秋」一冊でした。
驚くべきことにA氏はその月刊誌一冊を一年読み続けるうちに、
数年後、十年後の日本の復興像が見えてきたと言います。
そのことをメモに書き連ねたA氏は小文として英国誌に発表しました。
実に驚くべき透視術のような日本の将来像だったと言われています。

何を言いたいのかというと、情報力というのは情報量の多寡ではなく、
情報への直観力、洞察力ということです。
これは私が会社のセミナーで最も感動した授業でした。

今はその時代とは月とすっぽんの情報量過多。
どの情報に賛同しどの情報を拒否するのか、数千万の人には数千万の選択があっておかしくありません。ただ、本来人間も野獣と同じ六感というものを持っていた筈。百万語の論理、情報はもちろん必要です。でも六感を研ぎ澄まして一つ二つの啓示のような言語に行きつくことが大切でしょう。
彼岸花さんが週刊誌や夕刊紙の、ややもすれば際物のように思われている記事の中から、砂金探しのように掘り当てようとする姿勢は尊敬に値します。
なぜなら週刊誌が田中角栄を追い詰め、夕刊紙が竹下登を引きずり下ろしたことがあるのですから・・・。
日本が恥ずかしくない道州制を築けることが出来たら、いい音楽を聴きましょう。

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード