『我、拗ね者として』 其の二

さて、本田氏と、日赤献血学生連盟の戦いは、このような相手との戦いであった。
本田氏は、讀賣新聞社会面において、『黄色い血追放キャンペーン』を
本腰を入れてやり始める。
しかし最初のうち、読者の反応はほとんどなかった。
売血の実態をいくら訴えても、それは普通の庶民にはあまり関係のない
山谷などの労務者の世界のことと捉えられたからである。

なにしろ、売血に拠る輸血は100%を占め、厚生省もそれを改めようとする
気などなく、厚生省、買血産業、そして医師、病院の癒着は動かしようもなく
強かったのである。
また、一般庶民にとっては、わざわざ、ただで献血に行くなどと
いうことは考えにも上らなかった。当時は献血車などというものは、日本に一台しかなく、
今のように、気軽に献血することなど出来なかった。電車賃をかけてわざわざ
赴かねばならなかったのである。
また、自分が輸血してもらう必要が生じたとしても、売血による血液は血液銀行にたくさんある。
一方、献血に拠る血液を輸血してもらおうとすれば、家族友人知人のつてなどをたどって、
血液型の同じ人を手配し、その人たちにわざわざ来てもらうしかない。
ボランティアなどという概念の根付いていなかった当時、庶民が献血の訴えに
真剣に耳を貸すはずもなかったのである。
その庶民の意識も加え、本田たちが戦おうとしている敵は強大であった。


昭和39年(1964年)。本田は再度キャンペーンを張る。
今度は、『売血に頼ると血清肝炎にかかる率が20%にもなる。
それは悪くすれば、肝硬変、肝癌にも進みかねないものなのだ』と、
一般人の身にも起こりうることという視点を強く打ちだした論調で進めた。
そうやって、自分のところの新聞で、がんがん、売血に拠る輸血の危険を
訴える一方、彼は、厚生省、大蔵省にも個人で斬り込みに行く。
厚生省の言い分はこうだった。
『わが国では、売血(買血)によってほとんどの輸血を行っている以上、
献血制度を普及させて献血による血液にすべて切り替えろ、などと言われても、
全国の外科手術がストップして大変なことになる。
厚生省としてそんな危ないことは絶対にできない。また、欧米のような
宗教的基盤が無い日本では、人の善意に頼って献血してもらうことを
あてにしたって駄目だ、献血は日本にはなじまない』

しかし本田氏はあきらめない。学生たちを動かし、早稲田の大隈講堂の前で
学生たちが列をなして献血している写真を大々的に新聞に乗せる。
実はこれは学生の中にいた知恵者が、体育会系クラブの長に呼びかけ集めた
サクラに近い学生たちであった(笑)。彼らは実際に献血。
彼は記事でキャンペーンを張ると同時に日本全国を回って、普及活動に努める。
大蔵省に乗り込んでいって、主計局次長にかけあって、献血の普及と
献血の組織化のための予算を組むよう要求する。
『厚生省に対して自分は72本もの記事を書いてきた。今度は大蔵省が
献血制度普及を邪魔する敵だという記事を72本新聞に書きますよ。」
と言巧みに、言いたてるのである。
彼の熱意は、お役人根性で前例がないと新奇なことを始めたがらない厚生省を
ついに動かし、予算を獲得するのである。


学生、自衛隊員、警察官、消防署員などというところから、徐々に献血者は増えていく。

ところが、ここで、問題が起こる。
買血業者と癒着して、リベートを取ることに慣れきった医者、医局長、看護婦長など
医療現場の人間が、買血業者である血液銀行に気を遣って、献血による血を受け取らないで
拒否する、などという愚かな事態が頻発したのである。
本田氏は、厚生省の局長に直接会い、全国の国公立病院長あてに、そのような拒否を
しないよう通達を出すよう求める。そうして、通達が出たことををニュースとして
出すとき、一文を書き添える。『それでも献血による血を拒否した病院は、
読売新聞が調査して、新聞に違反リストを公表する』、と。

こうやって彼は昭和39年の5月から2ヶ月半の間に、讀賣社会面に、厚生省と
商業血液銀行を告発する記事を実に72本も載せるのである。
学生たちによる献血運動も全国に広がりを見せていき、昭和41年。本格的に運動を始めてから
僅か2年半で献血による輸血血液はほぼ50%にも達するのである。

時代の流れを見てとった、日本ブラッドバンク(ミドリ十字)は、採血部門から撤退の申し出をしてくる。
本田氏らの勝利である!
彼はキャンペーンをそこで締めくくる。足掛け5年にわたるキャンペーンであった。


彼らの意志はしっかりと受け継がれ、昭和44年。保存血液の買血(売血)は
完全に消滅する。
こんにち、わたしたちが安心して輸血を受けられるのには、実はこの本田靖春という、
一人の新聞記者の戦いと、学生たちの若い力があったおかげなのである。

ところが、これには残念な後日談がある。
実は日本ブラッドバンクは、抜け道を用意していた。731部隊の生き残りである
内藤氏は、したたかであった。採血部門から完全に撤退する代わりに、日赤で
集めた献血が使われずに古くなったら譲り受ける事を条件にしていた。
彼らはミドリ十字と社名を変えて、血漿分画製剤(要するに血液を成分ごとに分ける)
を本格的にやり始める。日赤にはまだその技術が少なく、ミドリ十字が戦争中の
技術も生かして大々的に、事業を始める。国内の廃血だけでは足りなくなる。
そこで彼らはアメリカから、血漿の輸入を始めた。
アメリカの製薬会社はまだ、売血に依存していた。

1985年、ミドリ十字の手を経た輸入血液製剤を投与された血友病患者が
エイズにかかって複数、死亡していることが新聞に報じられた…。

その後のことは、みなさんも記憶に新しいことであろう。
帝京大学医学部の安部英氏(彼も731部隊に関与していた)、厚生官僚、
ミドリ十字の代表取締役などが逮捕された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%AE%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

現在もミドリ十字は社名を変えて生き残っている…。



ああ!なんと!
ここに見る構図は、全く今の福島第一原発事故の構図と瓜二つではあるまいか!
どちらも、日中戦争中の戦犯とも言える人々が、その成り立ちにかかわっている。
日本の原発導入には、元読売新聞社主、正力松太郎氏(彼もA級戦犯だった)が
大きくかかわっている。(これについては4/8付の私のブログでご紹介した
『『原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略』
http://video.google.com/videoplay?docid=-584388328765617134&hl=ja#
を、ぜひぜひご覧ください。歴史の闇の部分というものは、なぜか構図が似ている。)

そのどちらも立役者の日本人の後ろには、アメリカのGHQやCIAが
大きな権限と力を持って秘かにかかわっていた。
厚生省、文部省、通産省(当時)などの官僚と、当該の一企業と、
経済界、学界、マスコミなどが利権に群がって複雑に絡み合っている、その癒着構造。
そうして、国民自身の、自分が直接痛みや恐怖を感じない時に取る無関心なこころの有りよう…。

売血による輸血は危険だ、原発は危険だ、とわかっていても、一度大きく流れ出したものは
もう止められない、長いものには巻かれるしかないというあきらめと
その一方で、美味しい利権に群がる人間の欲望…

戦後、水俣病などいろいろな大きな公害訴訟などがあった。
それらの構造の、なんと似通っていることか!

わたしが原発問題に傍から見ればおかしいほど入れ込んでいるのは、原発問題に
こうした社会問題の原型を見る気がするからである。

そうして…。
何かこうした大問題が起きると、大企業や国や官僚はうまく責任から逃げようとするばかり。
一番大きく痛手を被るのは、常に社会的弱者であるからである。
…実は、わたしの兄も、かつては売血者であった。
昭和30年代初め頃。日本はまだ貧しかった。
兄は、京都の大学に入ったが、その頃父母が別居。
京都での生活が続けられなくなり、20歳そこそこの兄は妹二人と母親を
養う立場となった。大学を出ていても仕事のなかった時代である。
彼は実にいろいろな仕事を転々とした。工事現場や、港湾労働者…
しかしそれでも仕事にあぶれることがある。
家では小学生の妹、つまりこの彼岸花がお腹をすかせて待っている。
そこで彼は血液銀行に行くのである。要するに血を売りに行くのである。
この本にあるように、誤魔化して、2本も血を取ったりする。
そうして僅かなお金を持ち帰って来るのである。

兄が血を売ってきたことは、もちろん母も兄も小さい私に言ったりしない。
しかし子供というものは敏いものである。わたしは誰に習ったわけではないけれど、
売血の仕組みというものはうすうす知ってた。
そうして,わたしの大好きな優しい兄が青ざめているのを悲しく思った。

…わたしが原発に異常なほど拘るのは、原発ジプシーなどと称されている
原発のわたりの下請け作業者。
今、この瞬間も、福島第一原発で、危険な収束作業にあたっている彼ら。
彼らの姿に若き日の兄の姿を重ねてしまうからではなかろうか。
兄も、あちこちの港の荷受け作業や危険な土木建築現場などを渡り歩いていたから。
小柄ではあったががっちりした体つき。
色の白い、ひげのそり後も清潔な、眉が濃く切れ長の目の涼しい、綺麗な兄だった。

兄ですか…。全く文系の人間であった兄はそうやって工事現場などを渡り歩く間に
空調設備や危険物取り扱いの資格を取り、会社を興しました。
今は、息子に会社は任せ、悠々自適の生活。
原発の収束方法などについて、兄とわたしは電話で熱く語り合っています(笑)。


本田靖春氏は、新聞記者としてそのような大きな仕事をなし終え、その後も
活躍していたが、社主、正力松太郎氏が、新聞を私物化するのに嫌気がさし、
讀賣新聞を退社。ノンフィクションライターとなって、いくつもの問題作を
世に問うた。しかしこころは最後の最後まで、新聞記者であった。

若い頃売血などという捨て身の取材をしたためか、肝炎を患い肝癌になる。
大腸癌。糖尿病により右足切断、さらに左足も切断。右目失明、右手も壊疽。
それでも、その手にペンをくくりつけ、この本のための原稿を書き続けた。
『我、拗ね者として生涯を閉ず』…。これを書きあげるまでは死なないぞ、と。
しかし、最後の記事だけを書き残して、2004年、71年の壮絶な人生を閉じる。
生涯、自分の持ち家などというものを持たず、すがすがしい無欲の
生き方を貫いた人であった。


ここに、すざまじいまでの新聞記者魂、ジャーナリストとしての誇りを見、
みなさん、どうお感じになられたでしょうか。
彼を見れば、大きな山も、動かせる!とお思いになりませんか。
彼一人の力ではないにしても、彼は大きな大きな壁を打ち破りました。
彼は腹が据わっていたな、と思います。
喧嘩のしかたを知っていたな、と思います。

今、日本人が、打ちひしがれて出口を見つけられないような閉塞感に捉えられている時代…
このような生き方をした人がいた、ということをご紹介してみたくなりました。
ジャーナリズムには大きな力がある。
そうしてわたしたち一人一人が大きな潜在力を持っているのです。
その気になりさえすれば…。
彼のように、『生きる』ということに腹をしっかと据えて…。



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Re: 朗さんへ

朗さん。ありがとうございます。

いろいろ世の中には腑に落ちないことがありますよね。
一般の人はそういうことに気づかずに日々を暮らしている。
気づいても、自分たちに関係ないことと思うと、そのまま
通り過ぎてしまう。
あるいは、それをまずいと思い、変えたいと思うのだけれど、
それがもう走り出してしまい、止められないと思うと、
あきらめてしまいます。私などもそうです。
時代の大きな潮流に逆らって、真実を突き止めよう、流れを変えようとすると、
大変です。ときには身の危険さえ感じることもあるでしょう。
個人の力などでは到底かなわない。
でも、ジャーナリストの力は大きい。とりわけ、新聞の力はまだ大きいと
思います。でも、こういう本田さんのような記者はいなくなってるのかなあ。
朗さんがおっしゃるように、こういう記者の存在を許していた社の雰囲気、
というものが、かつてはあったんですね。
ところが、記者たちがだんだんサラリーマン化して、深層に鋭く切り込んだりする
気概がなくなっていく。それで本田さんは、新聞社をやめます。
今、生きておいでだったら、なんとおっしゃるでしょうか。

記者を志す、若い方に読んで欲しいです。というより、こういうものを読んで、
本田さんのような記者になりたい!という方がたくさん出てこないかなあ。
そして日本という国に溜まった膿を洗い出していってくれないかなあ。

朗さん。ありがとうございます。

なんと。

ありがとうございます!
正義を胸に巨悪に立ち向かった記者、
またその記事を掲載することで応援したメディアが過去とはいえあったのですね。
まったく知らなかったので一気に読ませていただきました。

さすがに本を一冊読みきるには力が要るのでとても助かります!

問題を発見しつつも、仕方ない・・・と行動を起こせない泣き寝入ることも
多いのではないかと思われる現代。
この事実をより広くしらしめたいですね。

勇気や戦略や知恵がうかぶかも!

Re: れんげちゃんへ

ねっ、似てるでしょう?
いろいろなことがね、似た構図を持ってるの。
人間の欲、というものがその根本にある。
そしてなぜか、ほんの一握りの人が、この国を動かして、
国の利益がその人たちの利益と合致しちゃうんだよね。
貧しい人々、弱い立場の人々の利益にはちっともならず、かえって富めるものが
貧しい者、弱い者をますます搾取していく構造。
そこに欲深い人々が群がって、どうにもならない壁のようなシステムを
作りあげて行っちゃうの。
それが一度、がちっと出来てしまったら、なかなかそれを突き崩すのは
難しい。不可能かな、ってあきらめたくなっちゃう。
でもね、この本田さんや学生たちのように、闘った人がいた。
こんなの知ると、勇気が出るでしょ~。
彼はね、喧嘩がうまいな!って思うのよ(笑)。

その点、反原発運動の人々などは、喧嘩が下手だなって思う。
こんなこと言うと、怒られそうだな(笑)。自分も含めて言ってます。

れんげちゃん、今日は夜更かし、じゃないですか?
彼岸花さんはいつものことだけど。今日は、本読んでました。ウイスキーの水割り飲みながらね(笑)。
ふふ、大人でショ(笑)。
嬉しいなあ。こんなふうに、ほんとに真剣に受け止めてちゃんと読んでいただけて、
ほんとに嬉しい。頑張って書いててよかったな、って思えます。
あのね、れんげちゃんも前書いてくださったけど、人間知らない方が楽なの。
知らなければ気に病むこともない。
『知る』ということは、大体において、悲しみを伴います。
小出先生とか、悲しそうでしょ~。
この、本田さんというひとも、記者魂が失われていくことを悲しんでいた。
民衆が向かう方向に危惧も抱いていた。

でも、『知らない』、より『知る』方を選びたいよね?
れんげちゃんが、そういう度胸を持ってくれてる人でほんと嬉しい。
あなたはとっても肝が据わってるお嬢さん。いつも感心してるの。
原発賛成とか反対とか、立場はそれぞれでいいの。
ただ、考えに考えて生きて欲しい。色濃く鮮やかにね。そして楽しく。

れんげちゃん、ほんとにありがとう。
お休みなさい。

No title

ほんとだ、すごく似ている。
原発の件で、色んな過去や現状を知るたびに、
あぁー、こういうのってきっと原発の件だけじゃないんだろうな・・・。
って思ってたら、やっぱりそうなんだなぁ。
でも、それに立ち向かう拗ね者も居る。
(拗ね者・・・読めなかったんで辞書で調べた。笑)
もし、「嫌だけど仕方ないじゃないの」って、
不満や文句だけ言って生きてく事が普通なら、普通にはなりたくないねぇ。
自分の信念を持って生きる。(えぇえぇ、ただの頑固者だって言われても結構だ!笑)

Re: その日暮らしさんへ

その日暮らしさん。こんばんは。

黒田清さん。いい顔してらっしゃいましたよね。
本田靖春さんもとてもいい顔です。一目見て、「ああ、この人たちは
何かが違うな、というものが顔に出ていますね。
『西の黒田。東の本田』というように、二人は讀賣の社会部の名物記者として
並び称されていたそうです。
と言っても、私も、本田さんは今回初めて知ったのですが。
テレビというものの軽薄さが嫌いで、ほとんど出なかったということも
顔があまり知られなかった一因だろうと思います。
筑紫哲也さんとは親しく、何度か仕方なく出てらっしゃるようですが。

黒田さんの著作も、私あらためて読んだことないんです。
これを機に読んでみたいと思います。
大熊一夫さん。…あ。『ルポ・精神病棟』聞いたことあります。
かつて、そういう凄い新聞記者さんたちがいたんですね。
アメリカのジャーナリズムの良心もすごいけれど、戦後の一時期の
日本のジャーナリズムも活気がある時代があったんですね。
昔『事件記者』なんてテレビドラマがあったなあ。

こうやっていろいろなことの背景や、底に横たわっているものを
突き詰めていくと、日本は本当に、先の戦争というものから
ずっと地繋がりで続いている、ある種の暗部を、今も引きずって
いるのだなあ、と思わされてしまいます。
普段は、明るい軽やかな文化の蔭に隠れて全くそんな物の存在は
感じられないけれど、時折、何かあったときに、ふとその顔を
覗かせる。

どんな時代でも、ジャーナリズムがしっかりしていれば、国は誤った
方向にいかないんですが、まず、国が目をつけて取りこむのが
マスコミですから、私たちは感覚を鋭敏にしている必要がありますね。

すみません。書きすぎて(笑)。
でも、何せ分厚い本なので、みなさんに読んでください、と丸投げ出来ないものですから。
ぁ、いやいや。これは性分ですね。
『短くみじかく!』と、教えられているのになあ…。



こんな人だったのか!

彼岸花さん、こんばんは!

 「売血」問題が話題になっていたことは、子ども心(?)にもうっすらとした記憶になって残っているのですよ。もちろん、背後に潜む問題について詳しくは知らなかったのですが…。

 本田靖春さんの名前について見覚え聞き覚えがあると思ったら、それは、読売社会部の黒田清さんの存在を通してのことだったと思います。

 彼や学生たちが「黄色い血」追放キャンペーンに立ち上がり、売血の撲滅を成し遂げたのでしたか。

 薬害エイズの惨禍をもたらした製薬会社の人脈をたどれば、確かに、凄惨な人体実験をやった731細菌部隊に行きつきますね。人体実験の様子を詳しく報告する本は読みましたよ。

 今度のご紹介で、「売血」「細菌部隊」「薬害エイズ」三者の系譜がよく分りました。いつの場合も、弱い立場にあるものが利用され虐げられる。人の命をなんだと思ってるんだ、という気になります。

 本田靖春という気骨のあるジャーナリストがいたんですね。精神科病院に潜入入院し、病院や治療の内実を明らかにしたルポライターの大熊一夫さんのことも思い出してしまいました。

 本を読んでからコメントしようかと思いましたが、もうすっかり読んだ気になってしまいました(笑)。

Re: マサキさんへ

マサキさん。こんばんは。
この売血の頃も、原発導入の初期段階の頃も、私は子供でしたので、
なんとな~くいやなことだな、というくらいの感じしかありませんでした。
日本という国自体が、まだ敗戦後の動乱期であって、どんどん国民の生活が
豊かになっていく一方で、陰の部分というものも、色濃く残っていた。

大人になって、というより、原発のことなど調べるようになって初めて、
ああ、あのころ、そういうことが陰で行われてきたのか!ということを
知るようになりました。
どれもこれもが、いちいち『腑に落ちる』んです。
ロッキード事件、薬害エイズ問題、原発導入の経過、戦争中の特高による言論弾圧である
横浜事件が、なぜ、2010年まで結審しなかったか、等々…
底に横たわるものはどれも共通していたり、似通っています。

報道、というものが果たす役割はすごくすごく大きいのですが、
権力というものは、報道を管制すること、それから教育が一番大事だということを
知りぬいている。一般の庶民の気づかぬうちに、それは少しづつ
我々のこころをコントロールしていきます。
それはまあ、資本主義であろうが共産主義であろうが変わりないですね。
はっと気づいたときには、どうにもならない大きな壁となって立ちふさがっている。

でも、本田さんのようなジャーナリストや、小出さん達のような学者もいる。
あきらめずに壁を少しづつ動かしていきたいですね。

根本はどこにあるか、というと、『いのち』ということだと思うんですよ。
原発が絶対必要だ、と言う人々の言うことには確かに一理はある。
原子力に変わるエネルギーは今のところ見つかってないですしね。
でも、彼らの論理には、『いのち』というところから、見ていく観点が
欠けていますね。どちらが正しいか、迷ったら、そこにかえっていくことですね。

記事リンク、ありがとうございます。

追記

今回の「売血」記事を私のあらたしい記事とリンクさせてもらいました。

No title

本田靖春さんの著作は私も大好きです。
現在のマスコミの限界を感じて、フリーランスになった方で、本当に尊敬すべき方です。
今回の記事は、私も言いたいことを彼岸花さんがおっしゃってくれたので大変スッキリしました。
先日も、東京電力の勝俣氏にフリーの田中龍一氏がマスコミ記者を引き連れた接待を追求していました。その後東電の司会者にさえぎられて発言の場を封じられる光景をインターネットで中継していました。
やはり大資本を背景とするマスコミは何ら立ち向かう牙をすでに抜かれています。
そのマスコミだけが政府の報道することのみを是認するインターネット規制法案が通過しかけていますが、通信内容の検閲とか笑うしかないようです。
このような時だからこそ、第二、第三の拗ね者が現れてほしい気分。

Re: hasutama さんへ

hasutama さん。ありがとうございます。

巡り合わせというものは不思議ですね。
私はこの本を、去年の秋、新聞の書評で見て知って、そのタイトルに
惹かれて買いました。「そういえば、私も『拗ね者』だよなあ…」と思って(笑)。
でも、582頁と、重い本なのです(文庫も出ています)。
なんとなく積み重ねたまま手に取らなかった。
今回なんとなく読みたくなりました。そうすると、原発と直接関係ないのに、
いちいち『腑に落ちる』ことが多いのです。
この、売血が輸血用血液の主だった頃と、原発が日本に導入された頃と。
時代はほぼ同じ。そうしてそこに登場してくる人物や、アメリカの大きな組織の
関与のしかたも本当に同じ。
hasutama さんのところで読ませていただいた、雁屋哲さんの記事とも、がっちり
符号が合うところが多い。
なぜ、今、庶民の知らないところで何かがうごめいているような気がするのか。
それらはなにで、どういう背景を持っているのか…。
そういう歴史の暗部が、まだ生き残っているのだな、という気がします。

若い方々に、時代の表層だけを見て欲しくない。
歴史は繰り返すものだから。

でも、こんな人がかつていた、ということは希望です。
今も、わたしたちの中に、その強さはきっとある!
…そう思っています。
ありがとうございます。きっとね。武谷三男さんの本も、今、私が求めていた本に
なりそうな予感がします。

同感です!

力や熱が流れ込んでくるような素晴らしい記事、読ませていただきありがとうございますi-228

最後のお言葉、まったくその通りだと思います!
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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