『身体感覚を取り戻す』 ①

4月某日

 新しい大きなスーパーが川下にできてから、
 私はあまり夕暮れに買い物に出ることが少なくなっていた。
 それに、今回の東日本大震災が起きてから、家に閉じこもっていることが多く、
 以前のように、川べりの道を自転車をひいて歩いて、暮れゆく空を眺めたり、
 道端の草に眼をとめる、ということなどがめっきり少なくなってしまっていた。

 桜は、ソメイヨシノも、ヤマザクラもギョイコウも見たけれど、なぜか心楽しむことはなく。
 言わば感情が閉じて、感覚が鈍磨している状態であった。

 今日、夕方まだ明るい頃、珍しく橋を渡って、昔馴染みのスーパーに行こうとしていた。
 新しくできたスーパーに行くのさえ、面倒な気がしたのである。
 例のとおり、橋を自転車をひきながら歩いていると、
 向こうから、女のひとに連れられたビーグル犬がやってきた。
 間はまだかなり離れていた。私は気にもせず、歩いて行く。
 すると、そのビーグル犬が、いきなり私の方に突進してきたのである。
 伸縮性のあるリードを引き延ばしながら、まっしぐらに私に向かってくる。
 敷石を掻く爪の音がし、その「フン!」という鼻息が私の足にかかる。
 (彼岸花。冬でも、タイトスカートを履いている。ソックスは履いているけれど、
 基本的に足は真冬でもなま足。笑)

 「おっ♪」と思った途端、ビーグル犬は飼い主にリードを強く引っ張られて
 引き戻されてしまった。
 「すみませ~ん!」
 「いいえ~!」
 それだけ言葉を交わして、すれ違う。  
 
 ほんの一瞬の出来事。 
 だが、私の胸には、なにか説明のつかない、ある感動がわき起こっていた。
 …言葉にするのは難しい。
 なにか、温かい、しばらく忘れていた感情であった。
 生き物のちから、とでもいうのだろうか。
 ビーグル犬という犬は、体が割合がっしりしてる。その犬が私に向かって
 突進してくる…鼻息が、足にかかるほど近くまで来る…

 そんな生々しさを、本当に久しぶりに味わった気がした。
 
「私はもう、ずうっと、子供を含め、こうした生きものと触れていなかったんだなあ…」
 
 …それはなにか。ぐっと胸をえぐられるような、せつない感情であった。

 ふと、橋から下の遊歩道を見下ろすと、鴨が2羽。何かを待つように、
 じっと護岸のコンクリートブロックの上に立ちつくしている。
 そうして、2羽の間になぜか、ムクドリが一羽。
 これもじっと動かない。
 3羽は鈍角二等辺三角形を描くいたまま、夕暮れのあわい色調の中に、
 彫像のように立ちつくしていた。

 …彼らは、パンおじさんを待っているのである。
 ここで時々、パンの耳を撒きに来る、70くらいの少しくたびれた感じのおじさんを。

 「あら、鴨の足って、ずいぶ赤っぽい黄色なのね。」
 そんなことに今更ながらに驚きながら、またしても、私の胸には、
 生きものの一途さ、というようなものへのふしぎな感動が、じわじわと
 湧いてくるのだった。
 「待つ」ということの美しさ。「待たれる」ということの幸せ…。
 

「…ああ!わたし。こころがヨワッテイル !」



 



 
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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