『日記帳』 私の「もの」がたり 其の六

新年が明けてもう5日経つのに、今頃今年の日記帳を買った。
新潮社から出ている、『マイブック』という文庫本型の日記帳。

2010_0105_034238-CIMG1164_convert_20100106025615.jpg


もう、10年以上、この版で日記を毎年つけ続けている。
最初のきっかけは、画家として一人でおそらく生きていくであろう一人娘に、
何か書き残しておいてやろう、と思ったことからだった。
彼女が一人ぼっちで行き暮れた時、私の声が聞けるように。
日記をつけていることは、彼女には今は内緒(笑)。

彼女がいつか読むかもしれない、ということを念頭に置いているので、
あまり私の感情はあからさまに書いていない。
その日あったこと、何かについての感想などをわりと淡々と書き綴っている。

日記をつけ始めると、習慣になって、しばらく休んでいたりすると気持ちが悪い。
私は迷信など信じることは嫌いな人間なのだが、数年前、日記をしばらく
つける気がしなくて休んでいたことがあった。
すると、娘の乗った車が事故を起こし、娘は額に傷を負ってしまった。
それも私の誕生日に!
大事に大事に育てて、体に傷一つ負わせずに来た娘。
それが、顔に傷を。
幸い今ではほとんど目につかぬほどの傷ですんだが、その時の私のぞっとしたことったら!

それ以来何か験担ぎでもするように、日記は曲がりなりにもきちんとつけてきた。

しかし、去年。私はブログを始めた。
ブログも最初は娘に書き残しておくつもりで書いていた。
すると、日記とやることが重複してしまう。
自然、日記の方は休みがちになり、昨年の日記はほぼ白紙である。
だから、今年はもう日記はやめようかなあ、そう思って『マイブック』も買わずにいた。
ぶっきらぼうな娘にも恋人ができ、結婚の形を取るかどうかはわからないが、
おそらくずっと二人は一緒には生きていくであろう。
私が日記をつける意味もそうするとだいぶ薄れてきてもいる。
もう日記やめてもいいんじゃないかな。
私の母としての役目もほぼ終了かな・・・・。そう思って。

でもやはりなんだか落ち着かない。
日記帳を買うことが、10年来の習慣になっているからか。
ブログの方も、娘に書き残すもの、というよりは、やはり自分自身の
生活感情がメインになってきているしなあ。
日記はやはり一応つけ続けようかな・・・・。
そう思い直して、今日、買ってきたのである(笑)。
さあ、この一年、ちゃんとつけ続けますかどうですか(笑)。

今までは、ボールペンだったりそこらにある鉛筆だったり、
いい加減な筆記具で書いていたが、ちゃんとした筆記具を買おうかな。
ブログの文とはまた違う、備忘録に徹するかな。
それではつまらないかな。
でも、いくら母親だって、心の内面のことでは書けないことだってあるしな。
そういうことはむしろブログの方が書きやすいな。 
買ってきたのに迷っている。
でも、書かれない日記帳というものは、何かかわいそうなのである。
去年の日記帳はきっと、私にあまり顧みられずに泣いていただろうな、などと思うと。
ちゃんとブログと棲み分けをして、きちんと日記つけてやろう・・・・・。

一緒に写っているのは、岩波文庫の『ヘンリ・ライクロフトの私記』
作者はジョージ・ギッシング。
ある年代の人には懐かしい書名ではあるまいか。
絶えず貧乏に追われ続けてきた売れない文筆家が、
晩年になって思いがけず友人からの遺産を受け継ぎ、悠々自適の生活が出来るようになる。
彼はロンドンの安下宿を引き払って、エクセターの美しい自然の中で、
著作と思索と散歩、という静かな満ち足りた暮らしをするようになる。
作者ギッシングも同じように貧しく、これはいわば作者の憧れの生活を描いたもの。

何の物語性もドラマもない退屈な話。
しかしその美しいイギリスの自然の描写や、時代への静かな考察の魅力によって、
1903年の発行の年から、長く世界で愛され読み継がれてきた本である。

岩波文庫のこの装丁が好きなので、写真を撮るときだけカバーを外してみた。

なんで、この本を日記と並べたかって?
『マイブック』という日記帳がほんとに文庫本仕様なんですよ、ということを
示すため。というのが理由の一つ。
もう一つの理由は。
『ヘンり・ライクロフトの私記』…。
なぜか何度読みなおしても、最後まで読みとおせない(笑)。
『ヘンリ・ライクロフトの私記』というタイトル。ギッシングという作者の名前。
美しいイギリスの片田舎で営まれる静かな思索生活。
隠遁文学の見本と言えるようなストイックな本。
それらのすべてを、愛しているのに、大好きで大事に思うのに、
何故か最後まで読み続けられない。
なんだか、毎年、12月になるとばったり書き込みの少なくなる私の日記と
酷似しているの(笑)。





スポンサーサイト

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

Re: 乙山さんへ

「ヘンリ・ライクロフトの私記」。
不思議な本です。
「いちばん大切な友」が読んでいる本、というのに
とてもふさわしい感じのする本なんですよね。
でも実際読んでみると、とても苦痛なところもある。
乙山さんが違和感をお感じになったところ、私がどうしても読み切れないこと。
そこに共通する何かがあるんだと思います。

おっしゃるように、読むにはまだ若すぎたのかもしれない。
隠棲文学ですもの。
ライクロフトのように、晩年を迎えてからなら心に染みいるかもしれない。
でも、それにもかかわらず、やはりこれは、『青春の書』という感じがするのです。

>たぶんこの本は、それでも、ページを開いた人を、
>受けとめてくれる本なのではないかと思うのです。

だから、乙山さんがそうおっしゃる感じ、とってもよくわかります。
その通りの本だと私も思います。
本って、面白くて不思議ですよね。
本があるって幸せです。

ヘンリ・ライクロフトの私記

彼岸花さん、こんばんは。
『ヘンリ・ライクロフトの私記』という言葉で、何年も前のことを思い出しました。

高校生だったか、それからもう少し後なのか、
とにかく、乙山のいちばん大切な友がその本を読んでいました。
影響されて読みましたが、
納得するところもあれば、違和感を持つところもあった。

それは、たぶん、この本を読むには早すぎる、ということだったかもしれません。
もう、何年も読み返していません。
たぶんこの本は、それでも、ページを開いた人を、
受けとめてくれる本なのではないかと思うのです。

Re: morinof さんへ

中学生のころからの日記。
それは大切な大切な精神的財産ですね。
20代のころに考えていたことを、?十代になった自分が読む。
そこには連続性がなければならないはずなんですが、
不思議に、若いころの自分と今の自分となんだか別人のような気がすることが
私も時々あります。一年前の自分とでさえ、そんな気がすることが。

私も大学ノートという形が好きで、昔っぽいなるべくシンプルで、罫のあまり細くない
ものに、若いころ日記というか、今ぶろぐで書いているような雑記めいたものを
書いていたことがあるんです。
でも、読み直してちょっとでも媚びがそこに感じられると、
自分で自分の書いたものが嫌になり、ある時、全部捨ててしまいました。
今考えるとバカなことをしたなあ。下手な文章でも媚びていても何でもいいから
とっておけば、その頃の自分がどんなふうだったかたどれるのに、と思ってしまいます。

『故郷の廃家』を閉じようとしたときにも、同じ心性が働いていたような?(笑)
でも、完全に閉じないでよかった。そうしたら、morinofさんとこうして
お話できてませんね(笑)。
ブログは、自己の良い記録手段ですよね。
なぜか、日記よりストレートな気持ちで書いている気がします。
活字になることによって、自分の文字の持つ臭みが消え、
多少客観的に自己を見つめながら書けるからでしょうか。

作品としてのブログは、また意味合いが違うでしょうけれども。

自分の生活記録として予定を書き込んだカレンダーをとっておかれる、
というのもよさそうですね。
ああ、これを書いていて、ふと、父の家計簿のことを思い出しました。
いつか記事にしたいと思います。

白い日記

 私は中学の頃から大学ノートに日記を書き続け、今でも大切に保管しています。
この20年程は十年日記と言うのを買ってつけるようになりましたが、何だか空白
ばかりになっています。代わりにびっしり予定が書き込まれた、無印の月めくり
カレンダーを日記代わり保管しています。また昨年からブログを始め、画面上に
良く書くようになりました。20代の頃の日記を読み直し「この生意気な若者は今
何処にいるのだろう。」何て妙な錯覚に囚われる事があります。

Re: HOBOさんへ

マイブックは、本屋さんの 普通の新潮文庫の中に一緒に入っています。
置いてない本屋さんもあるかも。
HOBOさんの丸善ダックノート知ってますよ。
小口の美しさに惚れ惚れしますね。
私は小口の美しい本が大好き。
マイブックは何しろ324円ですので、あまり上等なつくりではありません。
ただ、罫線もなく日付だけしか書いてないシンプルなページと軽量さが
気に入ってます。
あ。カバーの中をお見せすればよかったな。
新潮文庫と同じつくりなんですよ。じゃあ、ぶろぐで再度アップしますね。

私も手帳などは使い切れないタイプです。
仕事をしていたときでさえ、尻切れトンボ。
でも、HOBOさんが『アドリブのきいた暮らし』とおっしゃると、
なんだかかっこよく聞こえます(笑)。

モンブランの太字にブルーブラックのインク。いいですねえ。
男の方の文具、特に筆記具へのこだわりって、とてもいいなと思います。
私は筆記具にさほどこだわりはなく、日記もそこらに転がっている水性ペンやボールペン
などで適当に書いていますが、今年はちゃんとしたペンがほしいなと思っています。
万年筆でなく、インクをつけて書きたい。
私がこだわるのはむしろ、ノートのほうです。
ブランドにはこだわらず、自分の気に入った物なら、100円均一のものでも(笑)。
無印良品のものにも、愛せるものがありますよね。

No title

 マイブックというのはどこに行けば買えるんでしょうね?
ぼくも以前「ダックノート」という丸善の表紙が帆布でできた
ノートに凝ったことがあり、最近では無印良品の文庫タイプの、
そう,マイブックに似た作りの手帳を集めたり。
 じつはHOBO、スケジュールノートとか手帳とかいうものを
買ったはいいが使いきったことが一度もありません。しょうに
合わないというか、感覚で動くぼくには計画を立てるということ
そのもに興味が全くないのです。無計画、アドリブのきいた暮らし。
無印良品の文具はカッコいいと思います。シンプルでオシャマ。
センスがとてもいいのでつい買ってしまうHOBO。

 辞書とまったく同じ作り方のダックノートにはHOBO若き日の
作品がびっしりと書かれています。凝っていたモンブランの太字に
ブルーブラックのインクを入れ!方眼模様の厚手の紙は文字に絶妙
な滲みをつくるのです。早く滑らせなければ沁みが玉のように大きく
なるので、ずいぶん練習したものです。「マイブック」、彼岸花
さんがこだわる魅力的なグッツはいったいどこで買えるのでしょう?
なんとなく明日また、使わない手帳を買いにいくような気がする
HOBO。準備はするが続かないHOBO。せめて三日坊主ぐらいに
なれるならまたそれも良し。

 
HOBO

Re: 鍵コメさんへ

そうですね。継続することですよね。
やりきらなくちゃ。
鍵コメさん、すごいなあ。

たとえばこんな鮮やかな印象。書いてなくても忘れはしない、
とその時は思っていても、時とともに、やはり思い出は風化していくんですよね。
私なども、書く力がなくて、想いと自分の書いたものとの間にどうしてもずれがあるので、
後で読み返すと、ああ、こんなへたくそな感想、消しちゃおうかな、と思うことも
しょっちゅうだけど、書いておいてなきゃ忘れていくことってとっても多い。

ただね~。ほんとに大事な出来事って、書けないものです。
いつか人が読むと思えば、ほんとの内面は書けないことのほうが多い。
それでもいいと思うの。
周辺のちょっとしたことをメモ的に書いておけば、自分にはその時の感情が
鮮やかに蘇りますものね。
ほんとに個人的な感情は、これは自分だけの胸の内に(笑)。

Re: れんげさんへ

そうなのよ~。もう、隠し場所がなくなってね~(笑)。

私も、この日記以外は、死んだ後のことは知らないよって、娘には言ってある。
娘は、自由に生きる画家の道を選んだので、先のことを心配してもしようがない。
『あなたが、たとえ野垂れ死にしようと、自分で選んだ道ならば、
それを後悔しないよう、徹底して生き抜きなさい』と言ってある(笑)。

れんげちゃんのマミーさんも、豪傑そうだわね~。
れんげちゃんの豪快さと、その裏の神経の細やかさは、お母様譲りなのかな。
そう、生きているうちにいっぱいいろんなこと伝えてもらっておかないとね。
ママ直伝のお料理のレシピかあ。
残念ながら、そんな立派なレシピないのよ。
う~ん。何が残せるのかなあ。う~ん。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

10年!!? そんなのが10冊もあるの???
ひゃ~、すごい!すご~い!!
れんげのマミーは、自分が死んだ後は知らんっ!っと言ってます。(笑)
だから、今のうちに思う存分、すね・・・・・。あはははは。
ママ直伝のお料理のレシピなんか書いてあったら楽しいかも~。

Re: はすいさんへ

10年。なんとなく続けてきました。

マイブック。ご存知でしたか。
日付だけが書いてあって、自分でイラストなど描くのもよし、
小説みたいの書くのもよし手帳によし、案外使いやすいでしょう?

>さらに続けることには理由なんて要らないように思うんです。
>根拠は……ないんですけども。

はすいさんらしい、やさしいお言葉。
そうですね。続けたかったら続ける・・・。それだけで。
 
『ヘンリ・ライクロフトの私記』
はすいさん、好みに合いそう?嬉しいな。
静かな作品です。
私もこういう生活してみたいな、というような。

もう一冊私がどうしても読み終えることのできない彼の本があって、
それは The House of Cobwebs という短編集。
若いころ英語の勉強に対訳本で買って、対訳なら日本語部分をさっさと
読みゃいいのに意地はって英語で読もうとして、何回も投げ出している(笑)。
タイトルに何か惹かれるんですよねー。
読まない癖に愛さずにはいられない不思議な作家(笑)。

そういう本ってあるでしょう。
フランス文学でいうと、ロートレアモン伯爵著『マルドロールの歌』。
ね?なんかどうしても読んでみたくなりません?(笑)

ロートレアモン伯爵という名前は・・・、
あ、もしも興味がおありだといけないのでここから先は言わずに置きましょう(笑)。
これも、作品そのものより、作者の人生に興趣を感じます。

マイブック、手帳にしたことあります

こんにちは。
>10年以上、この版で日記を毎年つけ続けている。
凄いの一言です……。
そこまで続くと、何か辞めることに抵抗が感じられますね。

ぼくは続いてきたものを止めるのには何か理由があってほしい思うけど、
さらに続けることには理由なんて要らないように思うんです。
根拠は……ないんですけども。

『ヘンリ・ライクロフトの私記』、ぼくの好みに合いそうです。
ネットショップで探してみます!
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード