『六ヶ所村の現在』

だいぶ前の記事で、本田靖春さんのことを取り上げた。
青森県六ヶ所村。明治時代、村が成立したころから始まって、
飢饉や天災と闘いながら、なお貧しく、ついには村を捨てて
満州開拓団に加わらざるをえなかった村の貧困の歴史。
そして、日本を豊かにしていった高度成長期にも取り残された村が
巨大石油コンビナートの候補地となり、賛成反対で村を二分する争いの後、
賛成派が勝ち、村が農業を、そして土地を捨てるまでの過程が描かれていた。

私はさらに、村が核燃料サイクルの基地という、危険極まりないものを
受け入れて行った過程をそこにつけ加えて、『貧しさの構図』という記事を書いた。

http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-509.html



…私はわからないのである。

なぜ、なぜ、福島第一原発で、これほど大きな悲惨な事故が起きたにも関わらず、
この国はまだ、原発を捨てようとしないのか、ということが。

菅総理のこともだいぶ書いてきた。
ここ数日は、もう菅総理に関するニュースさえ、少なくなってしまった。
本来は自分達の党の総裁を支えるべき閣僚までがそっぽを向いてしまい、
菅総理を訪れる人さえ疎ら、というのだから、この国の政治は、どうかしている。
そもそも、菅さんと自民党の河野一郎さんしか、主だった議員の中で
脱原発の色、自然エネルギーへのエネルギーシフトを打ち出す人間がいない、
というのが、私にはまったく理解できないのである。驚きなのである。
これほどの原発事故が起きたのに、である。

経済界にも、マスコミにも、地方の議員にも、まだ原発推進の人々は
一向に減っていかず、虎視眈々と原発再開、原発建設を狙っている。

彼らはいったい、何を守ろうとしているのか!
お金、地位、名誉、お金、お金、地位、お金……!
それは、子供たちの健康に代えてまで、この国の土や、空気や、水や、
あらゆるものを取り返しのつかないほど放射能に汚染させてしまってまで、
なお守らなければならないものなのだろうか。

言ってみれば、原発を推進しようとするものたちは、単に『一企業』に過ぎない。
『一町村』に過ぎない。もっと極端に言えば、『一町長』『一町民』
『一社』『一団体』『一学者』『一ジャーナリスト』に過ぎない。
そうして彼らが守ろうとしているのは、小出裕章氏の言葉を借りれば、
「たかが電気ですよ…」

無論電気は大事。それでも、私たちが事故前までそうしてきたように、
昼夜となくふんだんに灯りをつけ、夏冬逆転したかのようにふんだんに冷暖房を効かせ、
何もかもを電気に頼る、…そんな必要があったろうか!
いきなり昭和2,30年代に戻れとそんな極端なことを言ってるのじゃない、少し生活をひきしめる、
それだけですむことのために!
『たかが電気のために』!
私たちはこの国を取り返しのつかないものにしてしまったのである。

田中優さんがいうように、3.11の前と後では、もう、この国は同じでは
全くなくなってしまったのである。
子どもが外で遊ぶこともできない、水を飲ませるにも、学校の教師と争わねばならない。
プールにも海にももう安心して行けない。体育大会だって開催していいものか
どうかわからない。
買い物のたびに産地を疑り、食事のたびに、汚染のことを考える。
夫婦の間さえ、子どもを疎開させたい若い母と、そんなことが出来る筈がないと動かない
若い父の関係が冷え冷えとしたものになってしまう…家庭崩壊にさえ至ることもあるという。

そんなことの、そんなことの全てを知ってなお、まだ『原発はいる』と言うか!!!!

ああ、私にはわからないのである。
人間が生きていくということ…どこかで金を得なければならない。
それはどうしようもないことだろう。お金は必要なものであろう…。
しかし、しかし、それが、『原発』という選択肢でよかったのか?
ほかに、もっといい知恵があったのではないか?
たとえば、大分県における一村一品運動のように…?

こんな映像がある。民放で放送されたものだから、ご覧になられた方も多いだろう。
もうすでに古い情報である。
それでも、もう一度、ここにとりあげてみたい。
本田さんが書き、私がその後の核燃料サイクル基地になるまでを辿ってみた
青森県六ケ所村が、3.11後、どう変わったのか、変わらないのか…。

これは単に、六ヶ所村だけではない。再稼働に向けて着々と動いている
佐賀県玄海原発。再稼働したくてたまらない愛媛県伊方原発…
日本の多くの原発立地県が抱える問題である。

菅総理がハブカレル中、政府はじわりじわりと、原発推進に向けて布石を打ちつつある。
いったい誰がこの国を動かしているのだろう…?

なんと不気味な、なんと理不尽な、なんと醜悪なものがこの国を支配しようとしているのだろう…!

それを阻止できるのは、二度と福島の悲劇を繰り返さないよう阻止できるのは、
わたしたち国民、一人一人なのだ。 

そういった意味で、もう一度このビデオを見て欲しい。

このビデオの中ではないが、『貧しさの構図』の最後に登場した、六ヶ所村の
菊川さんという女性。その方がどこかで言っていた。
なんと、3.11があってから、むしろ前より以上に、反原発の声が細って行くと。

ここでも、長年漁業を守りたいと戦ってきた老人が,同じようなことを語っている。
長い長い間、原子力関連施設建設に反対してきたひとの、悲痛な声が
胸にしみる。



…いったい何と説明すればいいの?このありさまを?

どうしたら、わからない人たちの頭を切り替えてもらうことが出来るのだろう?
どうしたら、ひとの悲しみというものに、想いを致すようになってくれるのだろう?

http://www.youtube.com/watch?v=0ObbLdC0Kjg




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Re: lily姫さんへ

> 札束も財産の一つかもしれないけれど、
> 命と、安心して暮らせる環境よりも、大切な財産とは思えません

そうそう、そうなのよね、lily姫さん。
いのちと健康が何よりの財産ですよね。
それから、家族。地域社会の絆。豊かな大地の恵み、きれいな空気と水!
…それらは、大切な大切な財産。
原発事故が起きるまでは、それらでさえ、ある意味、お金で買えたかもしれない。
でも、一度こうした過酷事故が起きてしまったら、(もう起きてしまっちゃったけれど)
原子力事故というものは、どんなにお金を積もうが、後悔しようが、
二度とこうしたきれいな空気、水、土、海は取り戻せない。

その恐ろしさ、その悲しさが、どうしてわからない人がいるんでしょうねえ。
自分のところは関係ないと思ってるのかなあ。
玄海原発、敦賀、浜岡、柏崎刈羽、六ヶ所…これらのどれも、第二の福島になったら大変なことなのに。

でも、福島のひとも、東京の日本の中枢にすむ政治家や一般市民も、
こころの中では、まさか重大事故は起きまい、って思ってたんですよね。
原発に反対してきた私自身が、まさか、日本でこんな悪夢のようなことを見るとは
思っていなかった。だから、だから…余計に悔しく悲しいです。
人間は、悪い想定はしたくないんだなあ、と。自分自身を含めて…。

しかし、福島を見て、なお、まだ原発にしがみつく人々。これはもう、まったく
理解できませんね。
たぶんそう言う人も、自分のところには原発作りたくないと思います。
原発推進したい政治家や、電力会社の経営者、経団連会長などの自宅に、
高レベルの放射性物質である瓦礫や、3号機の地下のものすごい水、あれを
少しおひきとりください、と言ったら、大慌てで断るでしょうね(笑)。

それをモンゴルに、金の力で引き受けさせようとしているのですから…。

lily姫さん。ありがとう。
田中優さんのお話はわかりやすくて柔らかでいいですね。
多くのひと、とりわけ原発のことに関心のない人に見て欲しいなあ。
でも、lily姫さんところも、私のところも、皆さん、理解ある方々ばかりで、
関心がないなんて方、おそらくいらっしゃらないんですよね。^^
そう言う方々以外の、あまり原発のこと知らない人に、どうやって広めていったら
いいのかなあ…

難しいけど。頑張ろっ?♪^^








>
> 事故なんて絶対に起きないと思っているから、札束が重くなるのでしょうか
> 福島の事故が起きたあとですら、やっぱり、「起きないだろう」と思えるのはなぜでしょう
> 無事に稼動したとしても、莫大な死の灰を生み出すものなのに、なぜ受け入れられるのでしょう
> どうしてでしょう?
>
> 自分が受け入れられないものを、札束与えて、「あなた達が受け入れてください」と言えるのはどうしてでしょう?
>
> 悲しいです

Re: NANTEIさんへ

まあ、正直言って、ほんと、全て『お金のため』、なんですよね。
取りたてて産業のないところを狙って、国は原子力関連施設を作ろうとする。
地元は飛びつく。最初は少しは反対運動も起きるけれど、隣がお金を
たくさんもらって、立派な家を買い、車を買えば、「うちも…」と思うのが人情。

政治家、官僚、電力会社、マスコミ、学者…みんな、お金と、それから権力欲
でしょうか。

菅さんは権力欲が強いのかなあ。電力会社からお金を受け取ってないのは、
小泉元首相と菅さん…。という記事が週刊誌にあったようですが、
確かに、2代目3代目、という名門政治家の家に生まれた人が多い歴代総理に比べて、
菅さんは何の後ろ盾もない。
いつまでも『市民運動家』というレッテルが付きまとうんですね。
菅下ろしの激しさの原因は、無論彼が脱原発に舵を切るのではないか、という恐れから
きているのがほとんどだろうけれど、この、彼が名門の出でない、ということも、
政治の世界では影響があるのだろうと、私は思っています。
『小説吉田学校』などを読むと、なおさらにそう言う想いが強くなりますね。

同じく脱原発に近い考えをもっていて(本人はそうと言わないけれど)、
自民党の党紀にたてつくようなことをした河野太郎さんには、党員資格停止など
実際的な罰は与えられたけれど、口汚い批難はなされませんね。
口うるさい長老たちからも『太郎ちゃん』と呼ばれたりして。
要するに彼は、政界においてはサラブレッドなんですね。だからみんながそっとしておく。

ところが菅さんにはまあ!!!口さがないことったら!!!!

ここに私は菅下ろしの一つの本質を見ます。
菅さんが、こんなになってなお、総理の座にしがみつく意地も、そんなところにあるのでは。
『市民運動家』というレッテル…。
これが表すものは怖いです。 

その大元は、はるかにさかのぼれば、やはり先の戦争の時代に行き着きます。
ブログでも紹介した、『原発はいかにして日本に持ち込まれたか』という、
正力松太郎氏、アメリカ情報局…それらが日本への原発導入に果たした
役割を追った番組。あの中で、いわゆる『主義者』のリストに
触れたところがあって、なんと共産主義、社会主義に対する偏見と憎しみの
この国には根強いことか!と、ぞうっとしました。
それが、今も根深く、この国に生き続けている…
その色のある総理が、脱原発の方向性を示したとなると…!!!

原発推進を言う人と、この偏見とは、大体のところで重なっている気がします。

だから。
NANTEIさんがおっしゃるように、この、今の原発推進に対する強力なタッグを
切り崩して行くのは、そういった偏見のない、政治色のあまりない、若い方たち、
とりわけ子どものいるお母さんたちの地道な活動ではないか、という考え。
それに、私も最近大いに期待を抱くようになりました。

後は、日本人の横並び好き。…これが問題ですね。
これは、カリスマを好む、という気質にも繋がって行きますね。
自分の頭で考え、自分一人で決断を下す、ということに非常に臆病。
佐賀が再稼働すると、あっという間に、他の県も、『じゃあ、うちも、うちも。』
ということになるのでしょう…。
東北大震災の義捐金でさえ、タレントやミュージシャンは、ひとがいつ動くか
横目で見ていて、誰かが名乗り出たら、じゃあ私も、俺も!と。なりましたからねえ。
ハリウッドスターや韓流スターは、動きが早かったですけれどね。
日本でも孫さんとか、久米宏さんとかユニクロの柳井さんとかはスパーン!としてたなあ。

すると決まってこういう人に対し何もしない人が『売名行為だ』とか、『商売目当てだ!』
とか言うんですよね(笑)。

あら。腹が立ってきた!(笑)

でも、今、日本は大きく学びつつあるのだと思います。
原発に関心を持つということは、ただその一事にいずれおさまらない。
この世の中のあらゆる矛盾に目が開かれていく、ということでもあります。

きっと、今目覚めた人々が、新しい日本を作って行ってくれると信じています。

NANTEIさん。ありがとうございます。




No title

「命を守ることと財産を守ることが任務なのに、札束欲しさに命を売ってる」
反対している人の言葉が胸に突き刺さりますね

札束も財産の一つかもしれないけれど、
命と、安心して暮らせる環境よりも、大切な財産とは思えません

事故なんて絶対に起きないと思っているから、札束が重くなるのでしょうか
福島の事故が起きたあとですら、やっぱり、「起きないだろう」と思えるのはなぜでしょう
無事に稼動したとしても、莫大な死の灰を生み出すものなのに、なぜ受け入れられるのでしょう
どうしてでしょう?

自分が受け入れられないものを、札束与えて、「あなた達が受け入れてください」と言えるのはどうしてでしょう?

悲しいです

こんにちは。

断言、ではありませんが全てお金です。お金は権力を買えます。
金権、残念ながら政治家にはまだそのDNAが消えていません。
村の選挙からしてそのお金の洗礼を浴びてしまう状況です。
歴代総理の中で、一番集金能力が低かったのが管さんですよ。
だから子分が出来ないわけです。たかれないから(笑)。
「吉田学校」を読まれたらおわかりかと思いますが、
激烈な総裁争いの背景にどれくらいの金が動いたことでしょう。
ただこの時の自民党の領袖たちは、良くも悪くもスケールが大きかった。
しかも命掛けのトーナメントを勝ち抜いてきたのですから、
総理たるもの、すさまじい生命力とパワーを国民に見せつけていました。
小渕さんあたりからでしょうか、急に首相が小さくなったのは。

しかし存在感の小さな宰相も、あながち悪いとはいえません。
こんな混乱、混沌の時代に強烈なリーダーシップを求めるのは必然の世論。
だが警戒してほしい。そんな流れをずるずる容認してゆくと、気が付いたときにはもう遅い。軍という巨大な暴力組織を背景にしたファシズム一色に染められているのです。これは数千年の文明が繰り返してきた、人類の業です。
けれども業だからと諦めるのではなく、民衆の高い意識がそれを阻んできたのも、歴史が証明しています。政治的には世界から3流とみなせれている日本。
まず非常に腹立たしい、国政選挙の投票率60%、へたをすれば50%以下という恥辱をなんとかせねば!
と、またまた筋違いのアジを・・・すみません。


Re: ゴルッテリアさんへ

ゴルッテリアさん。こんばんは~。

ほんとですよね。原発を停めたって、日本人はやっていけると思うんです。
なにか、原発がないと日本の経済はだめになってしまう、というような刷りこみが
ずうっとなされてきたと思いますね。
小さな子どもたちまで、「原発ないと電気がとまるんでしょ」などと言う。
それでも、原子力発電が担ってきたのは、全発電量の高々26%かそこら。
そんなに極端に生活の質を落とさずとも、やっていけると思います。
私たちは電気を使いすぎていました。

それよりなにより、『原発はいらない、この狭い、しかも地震の極端の多い国に
原発はあってはいけない』、ということがまず第一なんですよね。
ゴルッテリアさんのおっしゃる通りなんです。簡単なこと。
国民の命や健康、まして子どもたちの健康と、電気が少し足りない不便と、
どちらを選ぶか、といったら、もう決まりきったことのはずなんですけれど。
空気も土も、水も…、皆汚してしまった。
これから大量に出てくる高レベル放射性廃棄物を、いったいどうやって
処分するのでしょうか。福島は人の住める土地をどれほど失うのでしょうか。
稲は、リンゴは、桃は、野菜は、そして漁業は、牧畜業は…
これからいつか、もとのようにやっていける日がくるのでしょうか。
安全安全と偽って、住民を国民を低線量~高線量の土地に
住まわせ続けるのでしょうか。
何一つ、めどが立っていないのに、もう原発を稼働させようと盛んに動く人々がいる。
それが信じられませんね。
なにか、生物としての『畏れ』というものはないのだろうか、と思ってしまいます。
怖がらないことは決して勇気じゃないのに。

国民の声が届かない仕組みが、もどかしくって仕方がありません。
でも、きっと、賢い国民が、少しづつ原発利権に風穴を開けていくと
信じていたいです。

ゴルッテリアさん。ありがとうございます。


No title

青森県六ヶ所村の報道(Youtube)を拝見させていただきました。
札束を見せ付けて、人の心や、先祖からの生活を買っちゃったのですね。 とても寂しい気持ちになりました。  また、マスコミなどの一連の報道の仕方にもすごく疑問を持ってます。 

政府はもっと、単純に考えられないのでしょうか?
国民の安全と電気の必要性はどっちが大事なのか考えれば答えはひとつのはずです。

仮に原発がなくても、日本人は新しい物を開発しますよ。 そして、すぐに復興して、世界一の経済力を築き上げますよ。 そういう国民なのですよ、日本人は。

Re: hasutamaさんへ

これ、いい番組だったと思います。
六ヶ所村の人々をただ批難したいわけではないんですよね。
六ヶ所村周辺の人々が、明治の頃から、どれほど貧しさに耐えてきたか…
その歴史は、これでは十分に描けていない。それがあればもっと、
今彼らがお金に執着する理由がわかって、やりきれなさが出たと思いますけれど。
でも、短い番組で、よくまとめていると思います。

菊川さんの今の声をどこかで見たんだけど、それ載せたかったんだけど、
どこで見たか、わからなくなってしまった…!!(汗)

これは、ほんと、全ての原発立地町村の抱えていた問題だと思います。
私たちはそれをただ、責めることはできない。
大分県の一村一品運動のように、皆で知恵を出し合えば、原発に頼らなくても、
豊かな地域づくりは出来るはず。自然エネルギーも期待できる産業ですしね。

住民がワンパターンな考え方しかできない…そう仕向けられてしまった…
これを変えていくのが第一なんですけど、それが大変なんですよね~。(涙)!

この黄色いドラム缶、原発で通常時に出た作業員の汚染された服とか雑巾とか
そうした比較的低レベルのものを入れるとか言ってましたが、今福島の
収束作業にあたっているところから出る、高レベル、中、低レベルの放射性廃棄物の
ゴミ、いったいどこに持って行くつもりでしょう!
汚染水除去装置からも、とんでもない高線量の廃棄物が大量に出る。
ドラム缶にして10,000本?とか、昨日数値をどこかで言ってたのに、メモし忘れちゃった!
それをどこに持って行くんでしょう。

六ヶ所村…?







No title

この地域だけで考えていいことではないですよね
売る命は、自分たちのものだけでは全然ないってこと
真剣に思ってほしいですが・・i-201

整然と並べられた黄色い缶が
ほんとにほんとに不気味すぎです~i-240






プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード