『廃園』好み

           広島の原爆記念日の日に。


               ***



『廃園』が好きである。

住む人もなく荒れ果てた庭。
あるいは、人が住んではいるのだが、その手が届かず、荒れるに任せた庭…。

昔はこうした庭が、結構あちこちにみられた気がする。
『昔』というのは、…そう、戦後40年くらいまで、1980年代後半くらいまでかな。
そう…いわゆる『バブルの時代』が始まる前のことである。

例えば…私が子供のころ。
貧富の差というものは激しく、我が家のような貧しい家族は、いわゆる長屋式に
庭などない、平屋建ての、小さな羽目板張りの建物が、いくつも軒を低く
並べている…そんな数多くある家の一つに住んでいた。
家と家の間には、どくだみの茂るような、じめじめして日当たりの悪い路地があり、
そこにとびとびにおいてある敷き石は、たいてい苔で緑色になっている…。
そこからはいつも、小便の匂いのような、風呂の排水のような、垢臭い生暖かい
匂いが立ち昇っている…

戦争に負けて、GHQによって、日本の大地主は農地改革で土地を奪われた。
三井、三菱、住友などの旧大財閥は解体を余儀なくされた。

しかし、それでも、それらをくぐりぬけたお金持ち、というものは、わたしが少女時代を
過ごした地方の街などにもまだ残っていたものである。

彼らの家の敷地はめっぽう広かった。
そうして、大抵は大谷石などで高い堅牢な塀が廻らしてあり、外からは中の様子を
窺うことさえできなかった。
そこの住人はいったいどういう人であったろう。
たとえば、何代も続く大きな造り酒屋であったり、また、何を研究しているかわからない
何とか研究所というものの会長さんであったり、噂は耳にするけれども、
その姿を目にすることは、近隣の住民にはまず機会がないのであった。
奥さまも子供たちも…その姿を近隣のおかみたちの好奇の目に曝すことはなかった。

しかしながら、戦前とでは、家の勢いというものが違ってしまっていた。
かつては華やかな社交の場であったかも知れないお屋敷の建物も、
今は訪れる人も少なくなり、たくさんいた園丁たちも一人解雇され、二人
辞めていきして、今は広大な庭の手入れをするものは誰もいない。

花壇は雑草に覆われ、木々には蔦やその他の蔓が幾重にも巻き付き、
それらは、高い塀を乗り越えて、次に巻き付くべき相手を隣家の長屋の
狭い庭先にまで伸ばして探している……。

門扉は時折、車体の大きな車の出入りで開かれることもなくはないけれど、
大抵は閉じられたまま。そこから覗いてみる庭は、荒れ果てて、夏草が
生い茂り、道もオヒシバなどの雑草に覆い尽くされ始めて狭くなっている…

奥にあるはずの立派な母屋の建物も、何年も放り置かれて剪定のされない木々や
思うさまに伸びきった薔薇の大きな茂みや、丈高い夏草に埋もれて、
僅かに遠く、その2階の窓の一部が見えるだけであったりする…。

わたしが4歳から小学校2年生の途中までを過ごした地方都市の温泉街にも、
そのような家はあった。
どんな人が住んでいたのか知らない。
ただそこには、私と同い年くらいの幼い少年がいて、彼は性病弱で
背中が曲がり、学校へも来られないでその家でひっそり暮らしているのだ、という
噂があった。
噂が本当であったかどうかは誰も知らない。


バブルで日本中が土地ブームに湧きかえったとき、街中にあったそうした
ひっそりとした広大な御屋敷の多くが細分化されて売りに出されたのではあるまいか。
最近では、我が家の周辺には、もうそうした家は探しても見つからない。
ただ、都心に行くと、まだ立派な御屋敷街の中に、ほんのときたま
そういう家がなくはないかもしれないが。
ただ、都心の有名な御屋敷街の邸宅の持ち主は、言わば戦後の新興勢力の
人々が多いのではなかろうか。
彼らはまだ、暮らしに勢いがあり、庭は整然と管理されている。
しかしながら、戦前などの財閥の豪壮な屋敷に比べ、土地は細分されてしまった。
以前取り上げた本田靖春氏。彼の著作の一つに、戦後、焼跡の東京に咲いた徒花、
花形敬というヤクザのことを書いた『疵』という本があるが、
戦後の闇の世界でも、そのずば抜けた喧嘩の強さで名を売り、あっという間に
人生を駆け抜けた花形敬というヤクザの生家は、東京世田谷区の一角にあって、
敷地を一周するのに半時間かかったという。花形の祖父のつれあいは、
生家から現在の京王線下高井戸駅まで、直線にして約1.5キロの間、
他人の土地を踏まずに行けた、という。

わたしが住む辺りには、『これぞ廃園』というような庭はどこを探してもない。
それでも、バブルの前の頃までは、旧国鉄宿舎の一角などがあり、
そうした財閥の御屋敷の廃園とは規模がまるで違えども、住む人がいなくなって、
草花だけが夏の日差しの中で、旺盛に繁茂している、風情ある一角などがあったものだ。

人が住む小さな平屋の板葺の家々には、思い思いの夏の花々が乱れ咲き…
丈の高い向日葵、ダリア、カンナ、グラジオラス、クレオメ、…
丈の低いものは、百日草、千日紅、鳳仙花、一重咲きの松葉牡丹、…
蔭を僅かに作っているのは、百日紅、夾竹桃、石榴などの夏の花を咲かせる木々。
そうそう、白粉花も大きな株になっている。
朝顔、胡瓜、かぼちゃ、茄子、豌豆などの畑の一角もあったりして…

廃園というのではないけれど、そう呼ぶにはあまりにもささやかであったけれど、
なぜかいじらしい人のこころがあふれ出ている、庶民の庭…

でも、最近はここらではそういうものさえ、あまり見かけられなくなってしまったなあ…。
みな。豊かになって、それなりの敷地にそれぞれに手をかけて庭木や草花を配している。
でも、なにかきちんとまとまって、わたしの好きな荒れた風情などどこにもなく…
件の趣きある国鉄宿舎の一角も、とうの昔に取り壊され、今は普通の民家や
工場、事務所などになってしまって、もとあったその一角を探し出すのさえ叶わない。

そうそう。そう近くはないが、自転車で少し足を延ばした先に、
一軒だけ、荒れた庭がある。
敷地は、まあ…広い。
さまざまな種類の樹木が庭を縁取り、中を見えづらくしている。
おそらく当時としてはさきがけ的であったのではないかと思われる
キーウィの大きな棚があったり、わたしの名も知らない木々や植物が
とにかく鬱蒼と家を取り巻いている。
石塀は崩れ落ち、住む人がいるのか、いないのか…

建物にカメラは向けられないので、崩れた塀際の草花の写真をそっと撮らせて
貰っていると、向かいの家の老婦人が出てこられた。
悪いことをしているのを見つかった子供のように、どぎまぎしてしまう。

空家ではないそうだ。
植物の好きな奥さんがいて、いろいろ楽しんで植えていたけれど、唯今は
体があまり動けなくなって、庭の手入れも出来ないでおいでなのだとか。
悪いことをした…
『風情のあるいいお庭で、思わずカメラを向けてしまいました。
よろしくお伝えください。』と伝言して老婦人に別れを告げる。
半年後くらいに次にそこを通ったら、またその老婦人に偶然お会いして、
わたしの顔を覚えていてくださって、冬の庭木の話など30分ほど立ち話(笑)。
件の荒れ庭の主婦にも、わたしの言葉を伝えてくれ、喜んでいられた、と
教えてくれた。「また、お立ち寄りください]と優しいことば。

これがその時、おずおずカメラを向けて撮った植物の写真。

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これはなんだろう。塔のように伸びた植物に、緋色の小さな花を咲かす丸葉縷紅草(るこうそう)が
巻きついている。その隣には水引草。
写真には写っていないけれど、ここには黄色い金水引の花もあったし、ホトトギスも
群れを作って咲いていた。庭の草木の合間にあちこち咲いた、白い百合の花。
なんという種類だろう。小ぶりで地味な白い百合。

この家の主婦は、どんな老女であるだろうか…。

この庭はさほど大きくはないけれど、わたしが子供のころに見た大きな荒れ果てた御屋敷。
その中にひっそりと住んでいるのいふさわしいような老夫人を、
ちょうどその日の帰りに駅前で見た。

無論知らぬひとである。年の頃は、もう70代後半くらいか…
このお歳の方にしては、珍しいほどの長身である。背筋もピンと伸びて。
しかも、この鮮やかな、きれいな青のドレス!!!
そうしてつばの広い夏の帽子。
……ここらで見るには不似合いなほど、なにか昔の奥さま然とした後姿である。

人というものは、残念だけれど、その生い立ちや現在の暮らしの良し悪しは
一目見て出てしまうものである。
ときたま、本当にときたまだけれど、
「ああ、このひとは、一代や二代でできた顔ではないな!」というような
顔立ち、姿の佇まいの人を街やテレビなどで見かけることがある…

どんな顔?
そうですねえ……。今の女優さんにはなかなかいないな…
ああ、そうそう。鈴木京香などの顔立ちは、わたしがそう思う顔かな。

この老夫人の、この時代に合わないファッション!このお年にしてこの鮮やかさ!
この鍔広の帽子!しかも、恐れることなく堂々と着ている!

この感覚は、海外、それも昔の欧州で得られたものではあるまいか。
この女性は、海外暮らしが長かったのではあるまいか…。
決して、水商売の派手さとは違う。なにか女王然としたプライドに満ちた後姿である。

お顔が見てみたくなった。
自転車のスピードを少し上げて、少し離れた距離から追い越した。
じろじろと見る勇気はなく、通りすがりにちらりとその横顔を見ただけ…

……驚くほど厳しいお顔をしていらした。
おみ足が悪いようで、杖を使っている。
歩くたびに痛むのか、それとも、思うままにならぬわが身の不甲斐なさと、
人々から浴びる好奇の視線を、嘲笑と受け取っての怒りの顔か…

そう…あの、白洲正子さんがもっともっと険悪な鋭い顔つきをなさったような、
厳しい厳しい顔であった・・・。


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ああ!胸に沁み込む人生の悲哀!

わたしの理想とするような、荒れ果てて住む人もない廃園を見た時のような、
こころに思ってみた時のような、
何とも言えない惻隠の情と、ある種の懐かしさの感情……

人の運命の。生々流転の哀れさ不思議さ、慕わしさ…。
それは、自分の人生も振り返って考えてのことであるが…。



福島第一原発事故…
放射性物質に汚染されてしまって、住人が全員たちのかざるを得なくなった町。
それらの町の家々の庭にも、夏の太陽はぎらぎらと照りつけているだろう。
夏の激しい雨も降り注いでいるだろう。
蝉は朝から鳴きたてていることであろう。

人っ子ひとりいなくなった町…
草木だけが旺盛に茂り、わがもの顔に伸びていっていることだろう。
ハルジオン、ブタクサ、タケ二グサ、クズ、ヒルガオ…
そんな繁殖力の強い植物たちが、かつては人の手によって整えられていた庭にも
侵入しているだろう。
イシミカワや、へクソカズラ、サルトリイバラ、蔦のような、蔓性の植物は、
地震と津波でできた家々の隙間から、恥知らずにも、
家の中にまで侵入しようとしているかもしれない…。
ささやかな庶民の幸せが詰まっていた庭。
そこは今、旺盛な夏の植物たちが、したい限りのことをして支配しているのであろう!


『秘密の花園』は、わたしの大好きな児童文学の一つだった。
誰からも訪れられることもなく荒れ果てた庭。
(『秘密の花園』では実はちゃんと庭番のベン爺さんがいるのですが)

だが、ああ!
原発事故なんかで、見捨てざるを得なくなった庭などは見たくない!
おそらく、…それらのうちのある部分は、二度と人の住めない家となってしまうことだろう。
建物も庭も、自然の滅びに任せていくしかないのか…
そこにもいつか、廃園の美は発見されるであろうか…。

栄枯盛衰は世の習いである。
ひとに落魄があり、家に没落のときが来る…それは仕方ない。
日本人はそうした、人の世の儚さに美を見いだしてきたと思う。

だが。原爆や、原発事故によって、人の暮らしが突然奪われる…
そこに美の入る余地などない!
アウシュビッツの広大な跡地にも、草木は生い茂る。
チェルノブイリ事故の周辺、人の立ち入れない区域にも。

そんなものが繰り返されるのは、私は見たくない…。
それを滅びの美などとはわたしは呼ばない。

胸に湧き起こる、無常の想いと、そして理不尽への新たな怒り……









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Re: ここのはさんへ

ここのはさん。こんばんは。

わたしはこの記事、幼いころ、我が家の近くにあったお屋敷を思い出し、
あとは、ほとんど空想で書いたのですけれど、本当にそんなお屋敷が
ここのはさん、ご存知でおいでのところにあったんですねえ!
それはまた、めっぽう広いですね。
いったいどれほどのお大尽でいらしたことでしょう。
でも、そんなお家に嫁がれても、その方はあまり幸せではなかったかも、ですね。
そんな高価なものに走る、と言うことは、なにか内面に満たされないものが
おありだったのかも…。
そんな昔はすてきなお屋敷だったのにね~…。

人の没落するのは仕方がないですね。それが世の習い、でもあります。
でも、それをずうっと傍から見続けているというのは、一抹のさみしさが…
古今の文学などの芸術作品には、それらをモチーフにしたものもとても多い。
わたしは全くのフィクションを読むより、そうした伝記的なものとか、
ドキュメンタリー的なものが好きです。
全くの見知らぬひとの生涯…
だけど、どこかで繋がっているような気がするんです。
想像力という糸が昔とわたし、未来の世界と私をつなぐ。
ああ、こういう人生もかつてあった!…そういう想いが、なぜか
この世にあることの喜びをわたしに与えてくれ、生きる勇気をくれる…
不思議な共感の感情です。

ところがね、…
児玉龍彦さんが身を震わせて怒ってらっしゃるその対象の人々…
この国の中枢にいて、この国を動かしている人々には、この想像力が
かけているのでは、と思ってしまいますよね~。
この日本を覆う悲しみ。それをなんとかせずにいられないと思わないのかな。
同じことを繰り返したくない、って思わないのかな。

ここのはさん。ありがとうございます。
また、お気が向かれたら、遊びにいらしてくださいね。^^
これからもよろしくお願いします。



No title

リンクありがとうございました。^^

ここに書かれてる内容。。とってもおもしろいです^^

我が家の近くにもそういう家があります。
いえ、あったというほうが正しいですが。。。
旧家の分家に嫁いできた奥さん。。写真の方の
後姿にとってもよく似ています!昔の人にしては
同じくスラッとして背が高く、つま先から頭の
てっぺんまでブランドものでおおいつくされています。
近くでみるといかに高いものを身に着けているか
よくわかります。^^;;
スーパーへの買い物にも、高価なバッグに高価な服装で
いらっしゃいます。^^;一度近くでストッキングを
みたことがありますが。。。たかい!とわかる代物でした。^^;
生活が派手すぎて、旦那さんが亡くなったあとは、生活
していけず、とうとう家屋敷を売り払い、娘さんに
家を建ててもらって、そこに現在一人で住んでいらしゃいます。
跡地は。。。広大です。アパートが2棟建ち、80坪程度の
敷地の家が数軒建ち。。まだ売れていない土地が200坪
くらいあります。蔵にあった高価なものも賭けマージャンで
取られたとか、土地の一角も取られたとかの噂です。
まことに素晴らしい外見なのですが。。昔は綺麗だった
だろうその顔はふくよかな顔とは程遠い顔つきです。^^;
高価なものを身につけられなくても、ふくよかな顔の
年寄りになりたいものです。
きれいに区画された今より、うっそうとした木々に囲まれ
広大な土地の中に建っていた古めかしい日本家屋の方が好きでした。。。

児玉龍彦氏がふるえる声で「7万人の人が自宅を離れて彷徨っている時に
国会は一体何をやっているのですか!」とおしゃった言葉に、いたく
感動しました。。。

Re: hasutamaさんへ

hasutamaさん。おはようございます。
何回でも書いてください。大歓迎です。^^

お嬢様、ご心配ですね。
わたしの娘も同じくホットスポットと言われているところに行っています。
まだ若いだけに、体の受ける影響は親として不安です。だからhasutamaさんのお気持ち、
痛いほどよくわかります。
消費者の気持ち。と同時に生産者の気持ちもわかる。この分断を生んだもの…
それへの強い怒りに常に気持ちは戻っていきますねえ…。
また、これについては、しっかり記事に書きたいと思います。

わたしも、どさくさまぎれの右傾化を警戒しています。
(右翼思想の持ち主でも、本当に国を思えば、闘うべき相手は誰なのかわかるはずなんですが。)
原子力発電の歴史を見てみれば、根本のところで、原発推進してきた人々の
思想的背景は、ある共通の色合いをもっている、とわたしは思っています。
ただ、利権が絡んでいるだけではない、と。
菅総理に辞めるよう、7/14に直談判状を突きつけようとした若手・中堅議員のグループ。
吉良州司と長島昭久、鷲尾英一郎氏などは、従軍慰安婦問題や南京問題を
考え直そう、という会の人々。つまり、先の大戦で日本軍がしてきたことを
慰安婦になったのは朝鮮などの女性たちが強制ではなく、自分たちから望んで
そうしたんだとか、南京事件は中国のプロパガンダだとか、
そういうことを言う人々です。改憲を目指す人々でもある。

菅総理への風当たりの異様な強さは、利権がらみとそれから、
『日本人の本質的なリベラル嫌い』の精神構造が底にあるのではないかと
いう気がしています。
『靖国』の世界は異様に思えるけれど、ああいったものを好む精神性は
日本の中に根強く残っているのではないか、と。
強いものを好み、それに命令されていればなにか安心していられる。
価値観の一元化を志向する傾向。目立つことを嫌い、ひとと違う言動をする人を
排除しようとする…
…それは私自身のうちにさえあります。
わたしはそうした、『空気を読む』とか『風向きを読む』『流れに従う』
とかいったことが大っ嫌いなくせに、やはり、「ここはだまっていよう」
「今は言うまい」などと口をつぐんでしまいますからね。同じ穴のムジナと言えましょう。
昨日もね。3.11当日からの、アップしないで下書きのままにしていたものの一覧を
読みかえしていたんですよ。
すると、随分ね、周囲に気を使って、あの記事もこの記事も没にしたんだなあ、
ということが見えました。『批判する空気を許さない』『今は国を上げて一つにならなければ』
というあのころの雰囲気に、わたしも従ったのだ、と悔いています。

あれだけの事故があれば、広い範囲で国土は汚染される。
福島だけにとどまらない…それも当然予測できたことです。
でも、官邸だけでなく国中みんなに、事故を小さく見たい、という心理が
働いていたのではなかったでしょうか。
…それが、汚染拡大を生んでしまったような気がしています。
『悲しみを共有する』ことは、人間の自然で豊かな感情なのですが、
そこで止まっていると、その間に、それを利用して、うまい汁を吸おうとする
人間が跳梁するのを許してしまうこともあると思います。

3.11が起きてすぐから書きたかった想いがあります。
それを記事にすることがなかなかできません。
大体今お話ししたようなことが基本なのですが…。
『悲しみを共有し、そこから雄々しく共にたちあがること』…これが大事ですね。

ほんとに、なんだか笑ってしまうくらい、すべてが理不尽。
今時の言葉で言うと、
「ありえね~~~ッ!!!!!」(苦笑)

国民が賢くなるしかありませんね。
……

hasutamaさん。ありがとう~。^^

おはようございます 

また書きまーす(^^

そうなんです、お野菜も以前は中国産はちょっと・・と見ていたのに
今は、まだ中国産のほうがましかとか・・
きれいに並べてあるだけに、疑いの心は自分の中だけで影となりますi-232

同じ感覚で、これは言いにくいことですが
農家の方たち自身でも、牛に食べさせる麦わらに
もっと注意をしていてほしかったとも思いました
被害が出るまえに考えられなかったのかなと
もし疑問を持ったとしても
色々なしがらみとかお金の問題とかあるのでしょうか・・

とにかく、しばらく食材選びがすごく苦痛だったのですが、
帰省している娘が、電車で失神してしまったと聞き
栄養を取らせなければと、また食材に向かう・・i-229
脳貧血だとは思うのですが、白血病かしら???などと
不安が頭をよぎります
娘の大学も、第四管理区域と同レベルの放射線らしいということが
民間の調査では言われているので
国立なのだから、西の大学への転学を援助してほしいと感じています

とにかく、政治状況、社会状況・・・
もうホラー映画級です

私は特に右傾化が気になります
原発やりたいことと民族主義的なことは
最後は結びついているのでしょうかね?
色々なパフォーマンス・・中傷が飛び交い
分断、恐怖心をあおり、一つの方向に向かわせる・・
セオリーですかね~ まるで宗教の洗脳過程

焼け石に水かもしれませんが・・やはり個々の繋がりを、大切にしたいです
近隣の国の人たちのことをもっと知り
自分たちの暮らしの視点を共有したいですi-201

不勉強な上に怪しい私ですが
一緒に考えさせてくださいね~i-179

Re: hasutamaさんへ

グリーンカレー、夏には良さそうですねえ。
どんなお野菜をお入れになりますか?
今ね、野菜を買いに行っても何だか悲しくなってしまう。きれいに並んでいる
お野菜を、もう素直な眼で見れなくなっている自分が悲しいんです。
野菜を作る農家の悲しみ、それを買う消費者の悲しみ。
…そういった分断を日本に生んでしまった今回の原発事故を、
本当に憎みます。

菅さんも道半ばで悔しいでしょうね。
再生可能エネルギー買い取り法案も、穴だらけの法案です。
原発推進族の抜け道がたくさんあり、もっと本当は、妥協を許さぬ
厳しい内容に煮詰めなければならなかった。
経産省の人事も、菅さんが本当に目指していた人事とは思えない。
首がすげ変わっただけで、方向性は前とちっとも変っていない。

国民は、マスコミの宣伝を信じて、菅下ろしにとにかく同調。
その間も、泊原発はむくむくと再稼働に向けて動き出したし、
菅総理後の総裁候補たちも動き始めた…
それがまあ、なんと、小粒な原発推進派ばかり!!!
小粒であるがゆえに、いともたやすく、原発推進の官僚たちの
手玉に取られそうですね。

…いろいろな状況を見、少し絶望しかかっている彼岸花です。
政治の受け皿がないこと…これほど情けないことはないですね。
しばし、絶望のあまり、無口になっています。
でも、負けませんよ。また、エネルギー溜めて書きま~す!
待っててくださいね~。

いつもありがとうございます。
辞めるな、菅!!!……でも、すべてが遅すぎたかもなあ…しくしく

庭師さん

こんにちわ

暑い日が続きますね~
最近の夕飯のヒットは、梅鰹タレでいただくそうめんです
さっぱりして
それからグリーンカレーにもはまっています
今日はキウイラッシーもそえてみようかしら
記事に関係ないi-179

お庭はお手入れすると相当お金がかかるのですよね~ 
一時、庭師のなんちゃって弟子をやっていたので、
庭木がいっぱいあって、松なんてあったら大変よね・・
年に何十万かかるのかしら?
などとと、すぐ考えてしまいます
 
家族の色々な物語が、お庭には本当にありますよね
大きな庭園なら羽振りの良いときには、
たくさんの庭師さんが入って、お昼やおやつを振舞って、
美しいカットや枝振りに悦に入った時もあったでしょうにね
一本一本、これは長男が生まれたときにどこそこから運んできたんだ・・などと、
お話があったりするのですけれど、庭木を愛していたご主人が亡くなると、
次の年には木を切ってしまったりすることもあるのが寂しいです
お庭の木は、必ずお酒をかけてから切るんだったな
 
鬱蒼としてしまったお庭は、
お庭自体が手入れをしてめでてくれた人や時代のことを
夢見ているのかもしれないですねi-239

それにしても菅さん、とうとうやめてしまうのでしょうかね~

とりとめがなくてすみません!

Re: はなさかすーさんへ

はなさかすーさん。こんばんは。^^

人間はこの地球の支配者のようなつもりでいますが、とんでもないですね。
植物の旺盛な生命力を見ているとそう思ってしまいます。
フィンランドの地下500メートルのところに建設中の高レベル放射性廃棄物の
処分場、オンカロを描いた、『100000年後の安全』という映画を見ましたが
10万年後の地球…いったいどんな姿になっていることでしょうか。

人類がその時もまだいるかどうかさえ分からない。
いたとしても、今の言語が通じるかどうかさえ分からない。
でも、そんな途方もなく先の人類にさえ、この、危険物を埋めた
地下処分場を開いてみてはならない、という警告は伝えなければならない。
そんなことを科学者たちが真剣に考えなければならないほど、
核というものは、人間の手に負えないものなんですね。

10万年後の地球…そんなことを考えると、し~んと悲しくなってしまう。
きっと、植物たちは旺盛に茂っていることでしょうね。

資本主義経済はそろそろ限界に来ているとも言われます。
菅さんのあとを狙う政治家はみな推進派のようだけれど、
原子力発電も、無限のエネルギーではないってわかってるのかなあ…
いずれ、人類は今の先進国のような生き方は出来なくなると思います。
エネルギー資源だけでなく、水も、食料も、レアメタルなどの金属も、
大事にしていかないといけない。
それには、どんどん作ってどんどん消費して、どんどん捨てる、という暮らしは
根本から見直さないとだめですよね。
いいものを大事に使う。流通の無駄を省く。精神生活の豊かさこそを
価値あるものとする暮らし…。
そんなにエネルギーを使わなくても、豊かな暮らしは出来る!
って、はなさかすーさんが見せてくださってる!

わたしが廃園を懐かしむのは、過去に戻りたいから、ではないと思うんですね。
過去の貧しさ、不便さは十分に経験して知っていますから。^^
わたしはそこに、『人の息づかい』を感じるからなんだろうと思います。
そこにかつていたひと…
人がこの世にあるということ…あったということ…
その証が、庭の、繁茂する草木の間の建物や花壇の残骸に残っているからだろうと思います。

過去の残骸である廃園を見ながら、わたしは来る未来を見ているのだろうと思います。
遠い遠い、気の遠くなる程遠い、人類の未来を…。

廃園

彼岸花さん、こんばんは^^

原爆と原発と廃園・・・・・何か示唆するものがありますが、結局自然の力に
勝てない戦いの歴史が庭の千草に象徴されていると思います。拙い俳句
ですが、命には美醜などないという句を以前に作りましたが、今でもそれは
根本的には変わらない気がします。美醜は普遍ではなく主観ですから。

民主主義は、中央集権に成らざるを得ないのかも知れませんけど、過去に
戻るのではなく、中庸の精神で新しいシステムを構築することしか道はない
のでは?と考えるのですが、自分が生きた時代が陰になるのでしょうね。

ソルジェニーツィンではありませんが、物欲より精神という価値観もある意味で
正しいのかも知れません。今の日本人は、黄昏ているのでしょうね。斜陽では
なく、大日であれば健全なのに、と思うこの頃です。

怒りは明王のように第三の眼が開いている?ウルトラマンの光線は夢なのでしょう。
彼岸花さんの廃園好み、命の重みなんでしょうね^^

Re: 葉っぱさんへ

うふ。また、長かったですね。すみません…(汗)

おッ!葉っぱさんもひょっとして、廃園、廃家好みでいらっしゃいますか?
『何とか研究所』ってのにわくわくしたり、
『お医者さんのお家がなんとなくすてきだった』…なんて、
廃家廃屋ファンの素質あり!ですね(笑)
そう~。お医者さんの家って、独特でしたね。和洋折衷でね。

わたしも、フランス式庭園のような、幾何学的な整然とした庭園はどうも…です。
手入れされている庭園でも、自然の姿を残した、遊びのある庭がいいなあ。
同じヨーロッパでも、イギリスの、自然な感じの庭などはいいなと思います。

原爆はひどいです。わたし、今実家が一応広島なので、資料館にも昔行きました。
アウシュビッツと同じで、これが人間のすることか!と声を失ってしまいますね。
人間のこころに潜む残酷…それがね、家庭ではよき夫でありよき息子、
よき父親であったりするんですよね。
原爆を投下したアメリカ兵も、命令した人間も、自分たちをちっとも悪だと
思っていない。そこには自覚されていない偏見というものがある気がします。
自分たちは優れた民族で、劣等民族は、壮大な実験のマウスででもあるかのように、
死んでも全然平気だって思ってたんじゃないかしら。
表にあまり出ていない事実というものがたくさんあるだろうと思います。

でも、被曝した方々がお亡くなりになったりしたら、経験を後世に伝える
生き証人もいなくなってしまいます。ちゃんとその方がたの証言を
記録に残しておきたいですね。


原発を推進している人々もそうですね。

どこからいったい、子供に20ミリシーベルト、なんていう発想が出てくるでしょうか。
ご自分の子供や孫をそこにおき続けて、彼らは平気なんでしょうか。
ほんとに腹が立ちます。




Re: lily姫さんへ

NHK特集「飯舘村 ~人間と放射能の記録~」。わたしも見ました。

ほんとに腹が立ちますよね。
それでなくても貧しい村。それでも村人はそれを乗り越え、美味しい肉牛の
ブランド化目指して努力。ようやく先の希望が出はじめたところだった。
それなのに・・・。

可愛い牛たちの表情が忘れられず。米や野菜を作る農家も畜産農家も、牧畜家も、
ものを育てるということでは、人間が子供を育てるのと同じ。
手をかけて愛を注いで、懸命に育てるんですよね。
ほんとに、東電の人々と、原発推進してきた歴代の政府の要人と官僚、…
みな、ここに住んでもらいたいですね。
ガイガーカウンターの振りきれてしまうようなところで会議をして欲しい。
ストロンチウムが安全というなら、みんなの前で飲んで欲しい。

…田中俊一氏、ひどかったですね。

自分たちが汚染しておきながら、廃棄物処理場建設を飯館村に強要する。
広いんだからいくらでも土地あるでしょう、って。
なんという言い草でしょうか!!!
これが、原発推進する人々に共通した感覚だろうと思います。
それでも、東電に仕事を貰わねば働き口もないと自嘲的に言う若もの…

ほんとに、どんなに無念でしょうねえ…

lily姫さんの怒り、わたしも同じです。
絶対、こんなやり口、許しちゃいけないですよね。

雑草は農家にとっては敵。一度、手を抜いたら、元の豊かな耕作地にするのは
大変なんだ、って言ってましたね。
廃園が好き、なんて言ってられるのも、わたしがのんきな立場だから。
それでも、こういうふうに、官の政策によって、妖怪のような企業の
しでかしたことで、ゆえなく土地を奪われる人々の嘆きと慟哭。
心に重く受け止め、原発反対の声を上げ続けていきたいです。

ありがとう~。
>
> あと、嫌われ者のヤブガラシ
> あの幾何学模様みたいに並んだ小さなオレンジ色の花も
> 私は好きだったなぁ
> 「藪枯らし」に「貧乏かずら」、
> 厄介者だから仕方ないのかもしれないけれど、
> かわいそうな名前ですよね

No title

v-22あは、長い文だけど、どっぷりと浸りました(笑)
廃屋好み・・・自分勝手だけど、住むのは新しい便利なうちがいい、でも見るのは廃屋、好きです
昔、何とか研究所ってあって、なんだかワクワクしながらのぞいてました
また、お医者さんのお家、なんとなく素敵でしたよね
古井戸があって、くつぬぎ石があって、ちょっと斜めった縁側がある・・これもいい

歩くだけで蚊に刺されそうなお庭、整然とお花を植えた花壇よりずっといい
花達を絵の具のように扱うカーペットのような花壇は嫌いです

葉っぱが手入れをしている公園はどこか雑然としていて・・・植木屋さん好みの人には我慢できないようです(笑)
でも、こんなところにこんな花が・・てのが好きなんで

原爆、想像することもできないけれど、原爆が落ちた後に身内を探しに行った人が被ばくしたり・・・あまりにも悲しいことばかりです
そして、それにも懲りずに放射能恐れず、我が物にしようとする人間達、いや日本人達
わが身だけは大丈夫だと思っているのか・・・このおごり高ぶる心がこわい

今被ばく者が生きているうちはまだ語られるけれど、この人達がいなくなったら・・・しっかり語り継いでいかなければなりませんね

No title

大雨で畑に出られなかった土曜日
録画しておいたNHK特集「飯舘村 ~人間と放射能の記録~」を
やっとこさ見ました
泣けて泣けて、顔が腫れてしまいました

何代も続いて、つつましい生活が営まれてきた美しい村が
強制的に捨て去られるのです
彼岸花さんの仰るように、「美」の入る余地などない荒地となるのでしょうね
「悲しい」などという言葉では表わすことができないほどの大きな・・・悲しみ
クスン 言葉の乏しいことよ


「なんにも悪いことしてないよ」
「一生懸命、頑張ってきたんだよ」
「なんでこんな仕打ちを受けなきゃなんないの」
村の人の叫びが耳を離れません

怖ろしい妖怪たちは、
そこに行って、あの人たちの顔をまっすぐに見ながらでも
「原発は素晴らしい!」 「これからも原発を!」と言えるのでしょうか




丸葉縷紅草、
それはそんな名前がついていたのですね
道端そばの藪、ため池の周りなど
遊び場には、どこでもその花を見ることができました

あと、嫌われ者のヤブガラシ
あの幾何学模様みたいに並んだ小さなオレンジ色の花も
私は好きだったなぁ
「藪枯らし」に「貧乏かずら」、
厄介者だから仕方ないのかもしれないけれど、
かわいそうな名前ですよね


Re: NANTEIさんへ

いえいえ、NANTEIさん。落首の世界へのご招待。
夕方早くに湯を浴びて、首筋に汗知らずをポンポンとはたきつけ、
いそいそと支度して出かけたんですよ(笑)。

NANTEIさんの、『風景の大きい』俳句の世界しかこれまで拝見したことがなかったので、
五七五七七の技も、大変嬉しく拝見しました。
わたしは実は落首ってそんなに知らなかったのです。
『世の中に蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといふて夜も寝られず』とかいった
日本史の教科書に載っているようなものしか。
だから、なにか滑稽味を帯びたものという認識しかなかったのですが、
NANTEIさんの歌を拝見して、五七五七七の世界も、いわゆる流麗な新古今風の
ものから、そういう滑稽身を帯びたものまで、実に多様な表現が出来るのだなあ、と
思いました。その中にあって、NANTEIさんの落首は、また新発見でした。
五七五七七というと、なんとなく、俳句に比べて言っては悪いけれど『軟弱』というか
表現過多な感じをわたしは持っていたのです。流麗と言いましょうか…
でも、ああ、こういう剛直な歌も出来るんだ!と認識を新たにした次第です。

これからもNANTEI落首、どんどんお作りになって見せてください。
わたしも本当は、俳句や短歌がやってみたいのです。でも、どうしても収まらない!(笑)

わたしのこの文章。こんなにずばりと、わたしの言いたかったことを纏めてくださって
ありがたいです!!!(笑)そうそう、そうなんです!
昭和が、前期中期後期とあって、わたしは中期。いちばん恵まれた時期に、
本当に精神を形成して、しかも昭和前期のものたちが没落していくさまも
逆に新興勢力が台頭し始める頃も、それらさえやがて輝きを失い、平成の世に
なだれ込んでいくところも、ずうっと目撃して来たのだなあ、と。
この美しい青いドレスの老婦人は、そうそう!本当に『斜陽』の世界のひとですね。
その言葉、ずばりと言ってくださって、ああ、すっきり!(笑)

白洲正子さん。ふふ、感じが伝わりましたでしょうか。
表現を面白がっていただけて嬉しいです。

とってもすてきな、そして印象的な、どこか忘れ難いひとでしたねえ…。

廃園については、いつか続編を書くかも知れません。
ありがとうございました。
見事な直球のコメントが、気持ちよくわたしのこころのミットのまん中に
ずぼっと入ったような気持ちよさ!(笑)







こんばんは。

まだ陽が高いうちから、押し売りしてしまいました。
せっかく買っていただいたゴム紐は、やはりゆるゆるでしたわい。
にもかかわらず、ゴム紐への悪くはないぞという感想をいただき、汗ばかりかいています。
「廃園」好み、しみじみと、そしてずっしりと味わわせていただきました。
ほんとうに昭和には、前期、中期、後期とあったのだなあという感がします。
そして私も彼岸花さんも、そのいちばんよき中途半端な中期に、精神を形成してきたのだなあと思ったのです。
そして後ろ姿の背筋をしっかり伸ばした老婦人は、前期のそれも最前期の象徴的な佇まいでもあります。「斜陽」の世界ともいえましょう。
この老婦人がフレームに入っただけで、風景は今の日本ではなくなって見える不思議さ。
とどめは、「白洲正子さんがもっと険悪になった、厳しい厳しい横顔」でした。
あまりにも見事な表現で、笑いをこらえるのに懸命でしたが、まさしく昭和前期の厳格そうで寂しい老女の姿を語って見事と、一人膝を打っています。
プロフィール

彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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