『雄弁な映像』

『脱原発』に踏み込んだ菅政権が引きずり降ろされてから、
原発関連の記事や報道が一気に少なくなったような気がするのは
わたしの錯覚であろうか。

人間というものは弱いものである。
私などもそうだが、出来れば、いやな仕事をするのは明日に回したい。
いやなことは、考えたくない、見たくない、という心理が働く。

3月11日。日本に東日本大震災・大津波、そして福島第一原発事故が
もたらした悲しみと精神的苦痛は計り知れないものがある。
被災地の方の苦しみ、悲しみはいかばかりか、
なんでもあの日から、日本人の呼吸が浅くなっている傾向があるそうである。

ゆったりとして満ち足りた気持ちでいれば、ひとは大きく深く息をする。
ところが、恐怖や大きな悲しみなど、ストレスを感じていると、
ひとは浅く呼吸をしてしまうのだそうである。
自分の体を思うとき、

「ああ、そうかもしれないな」と思う……。

人間のこころとからだは正直。
いやなもの、つらいことからは目をそむけていたい。
そのこと自体がなかったことのように思いこみたいという心理が働くものか。

しかし、しかしである。
遠くにいる、当事者でないものはそれですまされる。
しかしながら、愛するものを失ってしまった人々、明日の生活の希望も見えない人々、
そうして今もなお、目に見えない放射能の恐怖と闘いながら、
そこで生き続けなければならない人々は、
現実から目をそむけることなど出来ない。なかったことにしておくことなど
到底出来ないのである。

悲劇は一時の注目と同情と共感を呼ぶ。
しかし、やがてそれは、遠い人々の記憶からは薄れていき、やがて『無関心』というものに
なって忘れ去られてしまうだろう。
とりわけ、本当は一番切実な共感者でいて欲しい、政治とマスコミは、
誰よりも早く、今回の悲劇を忘れたがっているように思えてならない。
そうして、原発事故に関して、ことの張本人である、原子力ムラの人々は。

ここにおいでのfukashiさん、『最後の水たまり』という、静謐にして深い
ブログを書いてらっしゃる青年でいらっしゃるが、そちらで拝見した
ある映像。『想像の世界』。

これは、人々の意識の中の、福島第一原発による日本の汚染状況の認識地図である。
どなたが作ったか知らない。だがネットで自由に流れているそうである。

ああ…!納得!
ひとの意識はこんなものかもしれないな、と思う。
無論、それはひとによる。福島に住んでいてさえ、現実をみようとしない者も
いるだろうし、遠い九州に住んでいても、我がことのように嘆く人もいる。
しかし…大かたの意識はこんなものかもしれないと、思わされる映像である。

原発のことはずうっと書いているけれど、地震、津波の瓦礫の中でもがく人々に
対して、触れることの少ない自分。
…深い反省をこめて私はこれを見る。

http://livedoor.blogimg.jp/yukawanet/imgs/b/f/bf9f69cc.jpg

もう一つの映像。
これは、1945年から1998年までの、世界の核実験の場所と数を、
1か月という時の長さを1秒に縮めて俯瞰的に表現したものである。
これは、箱根ルネ・ラリック美術館でキュレーターをなさっている橋本公さんの作品。
1945年7月16日。アメリカが世界で初めての核実験を、ニューメキシコ州アラモゴードで
行った。これはマンハッタン計画と言って、第二次世界大戦中、ドイツなど枢軸国の
原爆開発を恐れたアメリカが、国家計画として推進を急いだ核開発計画のその最初の
示威である。
すべて埋め立てはしたものの、50年以上たった今も、その地では通常の10倍以上の
放射線量が計測されるという。

…それから、広島。長崎。…ビキニ環礁での核実験…

アメリカ、ソ連、フランス、イギリス、中国、インド…
世界でやった核実験が、ただ、ボンという音と光の点だけで表してある。
言葉はいらない。見ればわかる。
とりわけ1962年の核実験のその数!Wikiによれば、なんと1年で約140回!

わたしにとってとりわけ悲しいのが、1954年、アメリカが太平洋ビキニ環礁で
行った水爆実験ブラボー(なんという名をつけるのだ!アメリカという国は!)。
この実験で近くにいた日本の漁船第五福竜丸の船長久保山愛吉さん以下乗組員32人が
死の灰を浴び、久保山愛吉さんは亡くなった。

広島、長崎に原爆を落とされた日本では、激しい原水爆核実験反対運動が起こった。
アメリカへの反感から、日本がソ連に近づいていくことを恐れたアメリカは、
『核の平和利用』というキャンペーンを大々的に展開していく。
日本人の核アレルギーを、逆に、日本に原子力発電というものを持ち込んで
封じ込めようとした、アメリカの壮大かつ狡猾な戦略である。
それに応じたのが、元読売新聞社主、正力松太郎氏。そして政界では若き日の中曾根康弘氏。

そのことに関してはわたしの4月8日の記事『原発はいかにして日本に持ち込まれたか』
に書いてある。しかしながら、NHKによる1994年の この優れたドキュメンタリー、
『原発導入のシナリオ^冷戦下の対日原子力戦略~』は削除されてしまった。

ところが、この素晴らしい映像を文字に書き起こしてくれているサイトを発見。
ここには映像もある。日本にどうやって原発が持ち込まれたか、
その不気味な一部始終を未見の方は、お時間のあるときじっくりとご覧ください。是非是非!
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/8cb417e24c312960bb2b392917366a20

閑話休題。
先の橋本公氏の映像には、言葉はないけれど、こうした歴史の暗部も
知っていれば見えてきて、核開発というものに執念を燃やす人々の恐ろしさに
暗澹とした想いにさせられるのである。
1957年。アメリカから輸入された日本最初の研究用原子炉JRR-1が、
茨城県東海村原子力研究所で臨界に達した。我が国初の"原子の火"が点火されたときである…。
1960年。福島県が東京電力に対し、双葉郡への原子力発電所誘致の敷地提供をする旨を表明する。
1971年。福島第一原発、1号機が営業運転開始。
………


原子力の『平和』利用?
クリーンエネルギー?
とんでもない大嘘である。
福島に、日本に、このような悲しみと、実際の被害の全容さえ計り知れない損失を
もたらした原子力発電というもの。
それはこの核兵器開発と同じ腹から生まれたものである。 

今こそその正体がいやというほどわかったではないか。
それでもなお、原発を推進しようと蠢く輩がこの日本には数知れずいる。
それらの人々は、原発によって何らかの大きな利益を得ている人々であろう。

その一部の人間に利益を与え続けるために、日本はまた、福島への道と同じ道を
歩き続けるのか?!!!!!


…人類は一体何をしようとしてきたのか…
これでいいのだろうか?

深い嘆きと怒りをもって、この映像。お送りします。

http://www.ctbto.org/specials/1945-1998-by-isao-hashimoto/




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Re: Re: NANTEIさんへ

こんばんは。
人間は歴史、というものに、ちっとも学んでいないんですね。
平和より、戦争がいい、と思うひとの気が知れないんです~。
武器商人などのこころが理解できない。
この豊かな、美しい自然に恵まれた日本。そこでの安全で健康な暮らしより、
原子力発電が大事、と思うひとがわからないです。
原発でなくたって、電気は作れるのに。
東電、という、たかが一企業のために、国中が取り返しのつかない
喪失をこれからもずっと引き受けて生きていかなくてはならない。
子供たちに将来、どんな影響が出るのか…誰にもわからない。
しかも、そんな会社を救うために、電気料金は値上げされる。

どうして、怒っちゃいけないの?
怒ってる方が変なのかなあ……だんだん、変人度が増していっている気がします。
でも自分でも思うことがあるんですよ。
この世は、なるようにしかなっていかないんだろう、って。

…ああ!それでもね。声を上げずにいられない彼岸花さん!(笑)

酔ってるわけじゃないですよ。ううん。今日は飲みたい気分だな。
どうしたら、福島の子供たちを救うことが出来るのでしょう。
どうしたら、地震・津波の街の暮らしを立ち行かせることが出来るのでしょう。
わたしに何が出来るのでしょう…

おはようございます。

原発を考え始めると、当然核武装に行き着きます。愚かなことに世界はミリタリーバランスの上で危なっかしい平和を保っています。
一方、人類の歴史は、武器開発の歴史だったと言い切れるでしょう。
鉄の発明、火薬の発明、ロケットの発明、そして原爆・・・。
文明は殺傷力を持つありとあらゆる道具とともに、発展してきたといっていいでしょう。そして一人を殺傷するための道具から、何百万人を屠る原爆へ。
これが最終兵器かというとそうではなく、半径数百キロ圏内の酸素を奪ってしまうとか、レーザービームを応用した宇宙兵器とか、まるでチャプリンの「独裁者」そのもののように相手を威嚇し合いながら、人類は一つのボタンで壊滅するような未来を選択しているようです。
非常に悲観的な見方ですが、人類も宇宙の輪廻から例外というわけにはいきません。自ら滅びるか予想できる太陽系の異常が早まるか・・・。
鼠は種が増えすぎると自ら淘汰行動を起こします。何万匹もの鼠が群れをなして湖に入水するそうです。さて、人類は・・・。
今はそれよりも、被災地への物心両面の援助、放射線禍の自衛策、が先決ですね!

Re: 大門先生へ

お帰りなさあ~~~~~い!
銀座での個展、見せていただいて光栄でした。
充実した一週間でしたでしょうね。
今日はゆっくりお休みください。
奥さまにもどうぞよろしく。
もう少し、お話ししたかったですぅ!

No title

ただいまぁあああ~~~~!
無事富山に着いたよぅうううう!!!!
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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