『TPPに関して願うこと』

さて、TPPについてであるが、私も完全にはとてもわかると言いきれない。
全部については、無論語れない。しかし、いくつかの項目に関しては
私なりの考えはある。それを述べてみよう。

1、米作をアメリカに明け渡すの?

米作は、日本の根幹をなす文化でもある。
だから、日本はこれまで、米作を守るために、輸入米に他の品目に比べはるかに
高い関税をかけてきた。
ところが、関税が撤廃されるとどうなるだろう。
そこそこ美味しい、日本米と遜色ないと言われているカリフォルニア米が、
10キロ1000円くらいで買えるとしたら、多くの日本人が買うようになるのではなかろうか。
とすると、日本米だって、価格を下げなければ太刀打ち出来まい?当然米価は下がる。
無論米だけはなく、その他の穀類も野菜や肉も海外産のものが安く手に入れられるようになる。
消費者にとっては、TPP参加の大きなメリットである。

しかし。日本の米作農家はどうなるであろう。
日本人は米にはうるさい。日本の新潟魚沼産コシヒカリに太刀打ちできる
外米などない。高級品志向の人は、変わらずそうしたブランド米を買うであろうし、
逆に言えば、日本のおいしい米をどんどん海外に売り込めばいい…
日本の桃などは高級品としてそうなっているそうである。
逆に大きな市場拡大のチャンスではないか。
…そう、TPP推進派は言う。
しかし、そううまくいくであろうか。
現実を見てみよう。福島第一原発の事故があって、日本の農産物に対する
海外の目は非常に厳しくなっている。私がブログにお邪魔させていただく、
ドイツ在住のヘルブラウさんのお話によると、ドイツでも、日本の食品の放射能汚染には
厳しい措置が取られ、これまで手に入りやすかった日本食品が、極めて
手に入りにくくなっているそうだ。日本の食品が安全と(日本政府が言うのではなく)、
輸入国側の感情が認めるまでは、日本の食品に対するこの厳しい目は
当分の間続くのではないだろうか。
また、この不景気の中、おいしいカリフォルニア米が10キロ1000円ほどで
買えるようになれば、外食産業は勿論、一般家庭だって相当、そちらを買うのでは
あるまいか。
日本の農産品はあまり売れずに、海外の安い農産品はどんどん輸入される。買わされる……。

日本の農家は海外からの安い農産品に価格競争で負けて、廃業が相次ぐようになり、
日本の食が輸入品に頼るようになってしまうとどうなるか。

もし、世界的な干ばつや大洪水が起きて、日本に海外の米が入らなくなってきたら
どうであろう。価格は当然高騰する。日本に大量に売り込むために10キロ1000円
という安い値を最初『戦略的に』つけていたアメリカは、ここぞとばかりに、10キロ3000円、
4000円と値を釣り上げていくかもしれない。それどころか、『米を駆け引きの材料に
他の重要問題で、日本に妥協を迫ってくる』かもしれない。
食料を海外に依存するということはそういうことである。
つまり、国民のいのちを、海外に委ねてしまうということである。

いますでに、小麦もトウモロコシも海外に大きく頼っている現状、さらに米、という
最後の食の砦を失っては絶対にいけない、と私は思う。


その他に困ったことは起きないだろうか。

一つ言われていることは、農地とりわけ水田というものが果たしている、
普段あまり気づかれない大きな役割というものがある。
一つはその保水能力である。
もし、農地がどんどん減ってそこが宅地や駐車場や工場などに変わっていってしまったら、
雨水は下水路を通って川に流れ込み、あっという間に海に流れ出ていってしまう。
水田というものは、小さな規模のダムの働きもしているのである。
水田や畑に降った雨は、地中に浸みこみ、地下水となって、やがて、私たちの
飲料水や工業用水、またより低い土地の農業用水となる。

また。田畑が多く、そこで植物を育てるということは、その炭酸同化作用によって
日本の空気をよくしている効果だってあるのではなかろうか。


それから、これは、目に見えにくいものであるけれど、
日本の文化、というものは、古来からの稲作にその起源を発しているものが
たくさんある。小さな氏神様の祭りから、大きな祭りまで、収穫の豊穣を
祈願し、またそれに感謝することから、祭りは生まれたと言っていいであろう。
日本語そのものも、農耕から生まれた言葉は数限りなくある。
そういった、日本文化の底流となるもの、そこから生まれる情調というものも、
農業を捨てるということは、同時に捨てていくということである。

それは単に、里山があって、田んぼがあって、その間を続く細い農道があって、
小川があって、春には菜の花が咲き、夏は蛙が鳴きかわし、秋は赤とんぼが飛ぶ、…
などという、日本人がこころの底に懐かしむ風景。私のような年配のものが
懐古趣味で、ああ、無くしたくない!と思うような風景や心情のことだけを
さして言っているのではない。
そういったものだけならば、すでに、若い世代には守り抜くべきほどのものでは
もうなくなってしまっていっているのではなかろうか。

…私が『農耕から生まれた日本人の情調』と言っているものは、
もっと深い精神の奥底にあるもの、そして、日本の社会の根底に流れる
情調のことである。
説明するのは難しいけれど、一言で言えば、それは、
『八百万の神に感謝し、産土の大地に感謝しそこに根を下ろして生きていく』
ということであろうか。
日本は、四季の変化に富んだ、緑と水が奇跡的に豊かな島国である。
森林が多く、平地は少ない。空から見ればわかるが、
とりわけ悲しいことに、今回の東北大震災で、多くの人が目にしたように、
日本人はその山地の多い島国の、川沿いや海岸線近くの、扇状地や三角州のような
ところにびっしりと家を建て、そこで田畑を耕し、漁業をして生きてきた。
あるいは、山地の傾斜地を少しずつ少しづつ耕し耕しして段々畑を作り、
細々とそこで農業を営んで生きてきた。 
ところが、日本は台風の国、地震津波の国である。
何百年に一度、数十年に一度、大きな地震や津波に襲われ、壊滅的な
害を受ける。
それでも、他に生きていくところはない。
アメリカの農民だって大地に感謝する,命を育てるということでは同じじゃないか、
という考えかたもあるかもしれないが、ご存じのように、アメリカの農業は
基本的に壮大な『移動』=『開拓』というところから始まっている。
無論、日本にだって、北海道の開拓民というような歴史だってあるわけだが、
大きな国民的心情から言って、移動=開拓と、よりよい土地を追い求めて行った
アメリカの農民と、いかに土地が狭かろうと痩せていようと、津波で流されようと、
そこで生まれたらそこで何とか工夫努力して農業をやり続けて行かねば
ならなかった日本の農民とは大きな違いが当然生まれ、それは後の時代になっても、
心情、気質として残るだろうと思うのである。

津波に遭った日本の人々は、瓦礫を片付け家を同じところに建て、
再び田畑を耕し、そこに種をまいて、暮らしを続けてきた。
今度の大災害で、多くの人が住む場所を失った。しかし、多くの人が
元の町に戻りたい、と言う。放射能に汚染された福島原発近くの住人でさえ、
出来るものなら、住み慣れた家に戻りたい、近所の親しい人々とまた
同じように暮らしたい、先祖の墓を守りたい、と言う。

私は過去に24回も引っ越しをしてきた、根無し草である。
私には、原発周辺の住人のそうした気持ちが、正直言っていま一つわからないのである。
そうまでして、汚染されてしまった土地に住みたいのだろうか、と思う。
頼むから子供を連れて、さっさと危険な場所から避難し、生活は苦しくなっても、
家族が揃って、新天地で力を合わせて生きて行ってくれないか!、と思う。
…しかしながら、これは私が土地、大地というものに、根を下ろしていない
都市生活者、いつでもどこに行っても、職は何とか見つけて生きていける、と考える
心理的漂流者だからなのではなかろうか、と思うのである。

日本が農業を捨てたなら、捨てはしなくともアメリカ型の巨大資本による
大農場経営の農業になっていったら、私のような都市生活者、こころの漂流者は
比率的にますます増えていくことであろう。

…そうしたら日本はどんな国になるか。良くも悪くも、日本という国の民の、
優しさ、辛抱強さ、踏まれても津波に襲われてもなおめげずに立ち上がろうとするこころ。
昔から、貧しい農村が生きていくために皆で支え合った『結い』の精神…
そういったものは徐々に薄れていって、極めて希薄な人間関係の、
極めて合理的だけれど、ある意味ドライな国民が増えていくのではなかろうか。
そう。この『結い』の精神こそ、農業から生まれた日本人の基本的情調の例だ!
例えばそれは、農村だけでなく、『会社』『関連会社』というものの内にも心情としてある。
日本型企業経営の特徴であるが、そんなところにも。

土地を守る。土地に定着し、そこの隣人たちと濃密な人間関係を築き、
互いに助け合い支え合って生きていく…それがいいとか悪いとかいうことではなく、
農業人口が減り、いつでも自分の意思次第で移動、移住が可能な人間が多くなった社会…
それは、当然、そのこころ模様も変えていくであろう。
農耕民族、狩猟民族、牧畜民族に明らかに性格の違いが大昔から認められてきたように。
都市生活者、とりわけ現代の投資家などというものは、一種の
狩猟民族の気質を持っているのではあるまいか。
彼らは耕さない。
自然にそこにあるもの、人の作ったものを動かして、利潤を狩り求める。
時には『もの』という実体さえ扱わず、コンピューター上で数字だけを動かす。

時代は変わっていくものである。大きな流れは変えられないであろう。
経済、というものが一国の内にとどまらず、グローバルなものになっていく、
その流れはおそらく止められないであろう。
しかし、私は、平地の少ない国土で,自然の脅威と闘いながら、
辛抱強く田畑を耕し、この土地が孫子の代まで続くと信じて農業を
営んできた農耕民族日本人の、つつましさと辛抱強さとたくましさとを愛する。
そう。土地に定着し、そこでものを育てるということは、『未来を信じている』
ということであると思うのだ。
子が生まれ、そこで生きる。孫が出来、命が繋がっていく…
作物を大地で作っていく、ということは、そういうことである。
未来を信じ、未来に命をつないでいこうとする人間の根本的営みである、
と思うのだ。
基本的に言って、投機的に農作物を考えがちなアメリカ型の農業というものは、
現世の欲望しか考えていない。未来が汚染されようが、自分の利益追求のために
隣人が困ろうが一切気にしない。
…先祖から受け継いだこの土地、傾斜地の林を少しづつ少しづつ開墾して
段々畑を数世代にわたって増やしていく、そこは水の便さえままならず、
土地は痩せて、蕎麦や芋くらいしか採れない…。それでも、その土地を
自分の孫子のために残そうとする…貧しい隣組同士で『結い』を組んで
助け合い融通し合う…そういった、日本型の農業とは根本的に違うのである。

日本人がこうして長い間、農業で培ってきた日本人の心性。
それは、私のような都市生活者、まして流浪を重ねて、幼馴染などというものもなく
帰る故郷の家などというものもない都市の移住者にも、実は色濃くこの体の内に
残っている…そう思うのである。
例えば、食事の前に「いただきます」と、当たり前のように言う。
これだってお米を作ってくれる農家や白く輝くお米そのもの、命をくれた獣や魚に感謝して
いつからか、日本人が言うようになった言葉であろう。
キリスト教国のアメリカには、「いただきます」「ごちそうさま」に該当する言葉はない。
それでも敬虔な家族では揃って食前の祈りをするではないか、と言われるかもしれないが、
あれは、神に食べものをお恵み下さったことを感謝しているのである。
食物を作ってくれた農家や、ましてお米や野菜そのものに感謝しているわけではない。
そこには根本的な違いがある。

一方で、農村というものは、黒沢明の『七人の侍』で見る通り、
土地に定着して生活し、そこを守るしたたかな人々である。ムラの内同士では
強力な助け合いをするが、他から入ってきた者に対しては、えてして排他的である。
つい最近、どこで読んだのだったろう…飢えた旅人が、農村によれよれと入っていっても、
農村の人々は厄病神でも来たかのように戸を立て旅人を入れようとしない、と。
ところが同じ日本でも、飢えた旅人は漁村に行けば、大らかに迎え入れられ、
食べものを恵まれるであろう……。そんな内容の文を。

『原子力ムラ』……おっとっと! 話が変な方向へ行ってしまうな(苦笑)。


TPP…。それは何も経済の開国、ということだけを意味しない。
日本人の、日本人のアイデンティティまでをも変えていきかねない仕組みである。
もう少し、いや、極めて慎重であっていい、と私は思っている。
慎重すぎるくらいであっていい、と。

そうそう。こんな歌。これも、検索しているとき、どなたかが
『ごちそうさま』という日本の文化に関連してこの歌を例にとっていた。
使わせていただこう…。これこそ、日本人のアイデンティティの
一環をなす基本的情調から生まれた歌だと思うのだ…。


『おべんとう』

おべんと おべんと うれしいな
おてても きれいに なりました
みんな そろって ごあいさつ (いただきます)

おべんと おべんと うれしいな
なんでも たべましょ よくかんで
みんな すんだら ごあいさつ (ごちそうさま)

天野蝶作詞・一宮道子作曲/矢田部宏編曲



『みんなそろって』ということろが、泣かせるではないか!……



[続く]




 



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Re:11月2日の 鍵コメさんへ

お車で移動中に痛くなったりするといけませんね。
どうかくれぐれもお大事になさってください。
ほんとに健康が一番。
いつか、お酒論や音楽論でも聴かせていただきながら、
お酒でも飲めるといいですね。^^
他にも色々、詳しくていらっしゃるから、楽しいだろうなあ…!

…私も夜更かし少し控えて、元気でいなくっちゃ。

ありがとうございま~す。どうか、ご無理をなさいませんよう。

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Re: spoon ride さんへ

おはようございます。

spoon ride さんは、木を大切になさる方だから、日本の林業の
ありさまには、ほんとに情なくておいででしょうね。
先人が少しずつ少しずつ、苦労して切り開いた棚田が、山に還ってしまう…
その悲しさは、私自身、九州の高原の村で生まれたので
よくわかる気がします。
私の、83歳になる姉は、夫の浮気や、姑の意地悪、厳しい舅に耐えながら、
家と田畑を小さな体で守り抜き、いま、買い物するにも30分も歩かねば
ならない寂しいところで、一人暮らしをしています。
舅はものすごく厳しい人だったけれど、ひとを見る目は確かで、
自分が弱ってきたとき、全財産を道楽ものの一人息子にではなく、
嫁である姉に遺しました。
姉は、その気もちに応えて、いったん婚家を出ていたのに戻り、
今も、舅の残した田畑と家と山林を守っているのです。
でももう、体がきかなくなりました。
娘たちはそれぞれ生活を別の場でしている。そんな辺鄙な場所の田畑は
買う者とてないでしょう。一帯が皆、老齢化しているのですから。

日本の農業と林業…
時代の流れ、とは言いながら、このまま朽ちさせるのはあまりにも寂しい。
それが国の無策によって引き起こされたのなら、なおさらですね。

はなさかすーさんのところで、郷田實さんという、宮崎県綾町町長で
いらした方のことを知りました。宮崎の照葉樹林の保存と自然農法で
村おこしをなさった方です。一言で言うと簡単に終わってしまうけれど、
すざまじい生き方をなさった方。日本の希望を見た感じがしました。
いつか、うまくご紹介できるといいのですが。

ありがとうございます♪

こんばんは。

まったくそうです!

林業が駄目になりました。
畜産が駄目になりました。
農業も駄目になろうとしています。
自然が残る高知。身近な人達がこれらの国の政策に苦しんできました。
祖母が暮らす里山では、先人が苦労して切り開いた棚田が山に還ってしまいました。
自分達で生きる力を底上げせず、イエスマンの日本の飢餓は、もうそこまで来ているような気がします。

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。詳しいご説明をありがとうございました。

漠然とした像しか持ってなかったので、おかげさまで、この問題の
歴史と外殻が少しわかってきました。
しかし、わかっても、じゃあどうしたらいいのか、ということは
わかりません。
…すべての問題に、その背景があって、それは深く社会に根を下ろしてるんですね。
そして、規模が大きすぎ、歴史の流れがあって、容易に踏み込めない。
ん~、もう、どうしてややこしくなっちゃうんですかね。

…日本だけじゃない、世界のあちこちで、解決の見込めない大問題が
山積。ほんとに、「もう、やめてくれ~、シンプルに生きたいよ~!!!」と
喚きたくなっちゃいますね。

私も、書くことがどんどん膨らんで、どっから手をつけていいのか、
ボ~ゼンとしてしまいます。パソコンに向かうとすぐ眠くなる毎日(爆)。

ありがとうございました。この問題。一体誰のいい分が正しいのでしょう…。
はあ…そんな問題ばっかりだ!

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Re: はなさかすーさんへ

はなさかすーさん、おはようございます。

TPPは危ないですよね!24の協議事項は、TPPに参加するまで
そして個々の項目の議論が進んでいくまで、具体的にどういう問題が
出てくるのかわからない。だから余計不安になりますね。
杞憂になればいいのですが、対アメリカとなると、日本はほんとに
弱腰だし、項目の中には、将来とても悔いを残さねばいいが、というような
項目もありますね。アメリカは日本にほんとに多くを要求してくるでしょう。

私が一番心配しているのは、水利権には絶対手をつけさせてはいけない!と
いうことです。『国立公園が、水源のあたりを開発させないネックになっている。
国立公園法(…いまは『自然公園法』ですね。)自然公園法は非関税障壁だ!
撤廃せよ!』などとアメリカは言い出しかねないですからね。
『TPPのお化け』。確かに、ありもしないことを恐れている、のかもしれないけれど、
将来、こういうことだってありうる、という危険な含みがPTTにはある気がします。

食の安全、ということは、もう、だいぶ崩れてきている気がしますね。
合成調味料や保存料の味に慣れてしまい、
素材自身も、昔の香りや味は薄れています。
若い人を交えて飲み会をやったとき、無国籍料理のようなものが
次から次へ出てくるのですが、みなニンニクの味。しかもなんか
合成っぽい味。もう一人私と同年輩の人と私は食べる気がしなくなって
しまいましたが、若い人は美味しいと言って、がつがつ食べているのを見て、
これは若さの元気さとかいうだけの問題じゃないなあ、と思ってしまいました。^^
小さい頃からそういう味に慣れていれば、美味しいと感じるのでしょうね。
『母親の台所』がすでに、ぐずぐずになっていっているのかも、です。

食品の表示も、どこまで商道徳を信じていいのか…。
我が家の庭は狭く、ベランダも東北側を向いているので、家庭菜園などと
いうことが出来ない。だからお野菜も何もかも皆買うんですが、
スーパーに行っても、出るのは溜息です。

先日も、福島産、と鹿児島産のインゲンが、その産地の表示の文字が違うだけ。
あとは商品の見た目の感じも、袋も、ラベルの印刷も、しかもバーコードや
数字まで全部全く同じ、というのがありました。
そういうお店では買いたくないですね。

自由化が極端に進めば、それさえ、私たちは選べなくなるのかもしれません…。

TPP

彼岸花さん、こんばんは^^

TPPについては、色んな方が書かれていますが、十分議論されたり
いい情報が掴みにくいと言えるのかも知れません。僕は大反対。

彼岸花さんがご懸念されるのは当然ですよね。
日本は資本主義で行くのですから、ハロウィンを楽しむように
アメリカ型マネーゲームも楽しむのでしょう。それにしましても
その代償は大き過ぎますね。

スーパーで見た目がきれいな野菜を選び、腐りにくい加工品を
食べ、産地の分からない外食をしてある意味平気な現代です。
何のポリシーもなければ、ただ同調していくだけでしょうね。
黄昏ている日本。未来は、母親の台所から^^

Re: 大門先生へ

お金だけじゃない。

ほんとですよ~~~~~~~!

経済経済って言って、この国を取り返しのつかないような
汚し方してしまって、さらに、この国のいいところまで壊しかねない
TPPに、ろくな説明責任も果たさぬまま、なんだかアメリカへの
申しわけのために参加しようとしているような。

田んぼの風景も変わってしまいます。
先生のお描きになる懐かしい風景。加速的に消えていってしまわねばいいのですが。
資料、集まってますか~~~~?

お忙しくなりますね~♪^^

Re: スキップさんへ

スキップさん。ありがとうございます。

日本はとんでもない悲劇に見舞われてしまったけれど、
これを反省したり、踏み台にして、新たな国づくりが本当は
出来ると思うんですね。
原子力から、自然エネルギーへの大胆な転換。
右肩上がりの経済発展だけが人間の幸せではない、そのモデルと
なるような大改革をやろうと思えばできるはずだと思うんです。
政治家の誰もそのビジョンを出せないのが悲しい。
日本は、優秀な技術をたくさん持っています。まじめで働きもの。
本来、性穏やかで粘り強い。
政府がこう頼りないなら、地方から、国民から、出来ることを
実践していくことでしょうね。面白いアイディアを持った知恵者は
たくさんいると思うけれどな。本来独創性、創意工夫に富んだ民族だと
思うんです。それがね、なにか価値感も、暮らし方も均一化してしまって…

いま、続きを書こうとしているのですが、書きたいことがたくさん
ありすぎて、整理がつきません。^^
また、長くなりそう(笑)。
いつも、そんな記事をしっかり読んでくださり、本当にありがとうございます。

No title

お金だけじゃないんだよね~~~~~~~~!

No title

 読ませていただき、言いたいことが全部網羅されているので、頭に入ってくること来ること。
 アメリカ型文明が破綻してしまっているのに、延命を図るアメリカの言いなりになる見識のんさ、独創性のなさが堪らず腹立たしいですね。新しい文明を作り出す最短距離にあんるのが日本だと自分は思っています。その種を持ち続けているのが農村社会です。コレを壊してしまおうというんですから、先が見えていないというほかありませんね。

Re: hasutamaさんへ

hasutamaさん。こんにちは。
TPP。私も反対、と言っていますが、私の反対する理由に挙げていることは
単なる『杞憂』に過ぎないのかもしれず。前原さんが揶揄するところの
『TPPお化け』を怖がっている口なのかもしれません。
逆にTPPに参加しません、といった場合の、アメリカの反応も確かに
怖いし。
ああ、日本はなんでこんなに、アメリカを畏れつつ生きていかねば
ならないのでしょうね?^^
国としての自主性というようなものはほとんど発揮できていないんじゃないかしら、
と思うくらい。野田さんなども、気の毒なくらい、怖いアメリカと、国民の
間で板挟みになって。

『町の小さな電気屋さんでテレビを買う人っているのだろうか?』
という、hasutama さんの疑問。私もそれを思います。
資本力の大きい大型店舗やスーパー、コンビニが町に進出すると、
旧来からそこにあった零細店舗は駆逐されていってしまうことが往々にしてある。
その関係とTPPって似てる気がします。
どちらもどの加入国にとってもwin &win になる、ということは少ないのじゃないでしょうか。
弱いものが常に駆逐されていく構図は、ここでも同じではないかな、と。
日本がアメリカにしてやられることばかり心配していますが、
日本がもっと立場の弱い国に、無理無体をふきかける、ということだって
ありうるだろうとも思うし。
私も、勉強します。またいろいろ教えてくださいね!

Re: ヘルブラウさんへ

ヘルブラウさん、おはようございます。いいお目ざめでいらっしゃいますか?

TPP。難しいですね。
私を含め、反対する者も賛成する者も、確たる未来図があって、そうした方がいい
と言っているわけではなく、『仮定』の話が多いですから、
ますますわかりづらくなりますね。
私も、『反対』!という一方で、時代の流れは変えられないだろうな、
という気持ちもあります。
明治維新で、日本が開国し大きく転換していったように、あとで見れば
歴史の流れで必然だったかな、と思われることも、その時代を生きる者には
先が見えていないのだから、不安で仕方がない。
ただ、私には、目先のメリットに比べ、将来生まれるかもしれない不安事項のほうが
あまりにも大きく見えてしまいます。
最終的にどうなるでしょうね…
日本の外交。下手ですからね。
いろんなこと押しつけられるんじゃないかなあ。
経済の側面ばかり見ていて、あとで悔いることにならなければいいのですが。
ヘルブラウさん。ありがとうございます。
私ももっと勉強してみます。

すでに・・

身の回りを見渡してみて、すでに滅び去っているものがありすぎることにギョッとします
自分自身も、その結果をあたりまえのこととして享受して暮らしています
・・この流れが止められるのかどうか・・?は、自分が違う暮らしのパターンを選択することと切り離せないのかもですね
たとえば町の小さな電気屋さんでテレビを買う人っているのだろうか?と思います
問題は同じなのかどうかわからないのですが・・i-201
工業製品と農産物を同じように商品として扱うのはどうなのだろう?という疑問・・
今のアメリカの農業はどうなっているのでしょう?問題が大きすぎてぼーぜんとしてしまいますが・・まずは興味を持って知ろうとすること、流されないことが大事ですね・・いやもう流されつつ・・何に流されているのか溺れつつながめてみていますi-201せめてシュタイナーの言っていた、思考という島にしがみつき、そこから未来を作り出すことが出来ますように!彼岸花さんを見習って頑張ってみまーすi-239

Guten Abend!

彼岸花さんのいう、未来を信じ未来に命を続けていこうとする人間の根本的営み
まさに日本の農業の古来から続いたこれから続けて欲しい姿だと想います。

日本のこれからの農業に限らずすべての輸出はかなり過酷な状況になっているし、
これからもさらに深刻になるのはさけられないでしょうね・・・

TPPのことはわからないことが多すぎるのですが、幸か不幸か決断できない日本政府ですので、
今回も決断せずということで先送りになることを望んでいます・・・



プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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