『不幸の均霑プロパガンダ』に寄せて

『不幸の均霑プロパガンダ』…いったい何のことだと思われますか?

『均霑(きんてん)』というのは、『均す(ならす)こと』という意味です。
『不幸の均霑』とは、戦争など有事の際に、『不幸を一部の人にのみ負わせるのは不公平だ、
皆でその不幸を平等に分け合うではないか』と言って、不幸の原因となった
大元のものを国民が追及批判したりしないようにする一種の思考操作の手法のことです。
また、プロパガンダとは、特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する宣伝行為のことを言い、
そうしなければならない、と、民衆を意図的に何ものかが導いていくということです。

それによって民衆は、大元の原因を批判することから眼をそらされ、むしろ、
その、『不幸の共有という強制された大義はおかしい』と正しく批判する者を
排斥するようになる。そこに至って、この不幸の原因を作り出した者への批判は
すっかり、それはおかしいじゃないか、という者への批判にすり替えが行われ、
国民が分断されて、ますます批判精神、批判力も失っていってしまう状態のことを言います。

3月11日の東日本大震災そして原発事故の後、政府の力で、そしてマスコミや
経済界や学界や司法の場で、そして地方行政や小さくは、一市民レベルで、
全日本を覆ってしまっているように私には思えてならない、この『不幸の均霑プロパガンダ』。

私は大震災と原発事故の報道がなされ始めてからずうっと、こころの内に
もやもやと割り切れない、やりきれないある感情を抱いてきました。
それは、『違う!批判すべきものが違う!何か議論の、視点のすり替えがある!
本質はそんなところにあるんじゃない!』という想いでした。

一つの象徴的な例が、あの、東電と政府による『計画停電』でした。
タイミングが良すぎた。計画停電という胡散臭いことを打ちだすそのスピードが
素早すぎた。事故による放射性物質汚染のモニタリング、それをもとにした
住民の安全かつ十分な避難など、緊急の課題さえ、ほとんどなされていないように
思える中、どうして計画停電だけがかくも素早く大々的に行われたのか。
そうして、なぜ東京を中心とする東電管内の人間は、粛々とそれを我慢し受け入れたのか!
私にはずうっとやりきれない思いがありました。
これでいいのか?事故を起こした当の本人である東電が仕切って、このように多くの人に
我慢を強いる。そして数千万もの人がそれにもくもくと従う…。
これは、明かりや暖房や交通の足を奪うことによって、民衆の東電への批判の心や力を奪う、
大規模にして姑息な策略なのではないか?
…そう感じていました。
でも、そんなことは当時、証拠もありませんし、とても言えませんでした。
日本を上げて、『一つになろう』という善意のキャンペーンが行われている中、
東電をさえ、『いまは東電批判しているときじゃない!国民が心を一つにして
難局に立ち向かわなければ!』と言って守ろうとする論調もあったからです。

なにか違う。なにかおかしい。…そう感じつつ、私は事故後、しばらくの間
記事らしい記事は書かず、音楽などをアップしていました。
私のそのやりきれない想いは、3月15日。こんな文でかろうじて小さく
口に出してみています。

今日、もうあと一時間ちょっと。夜6;20から、10:00まで、
我が家の方でも、計画停電に入る。
その前に夕食。あとは暗くても寒くても我慢だ。
昨日までのように、不手際ばかりの電力会社を罵ったりすまい!(苦笑)

ただ、一言。
日本人はおとなしい。
こういうことが起こっても、公の組織の指導に従って、皆、整然と行動する。
それは中国だけでなく、世界中から、今回驚きと感動を持って見られているようである。
この、日本人のもの静かな反応。それは日本が誇れる美質であると思う。

ただし、唯々諾々とお上の言うことに従うのと、自分の理性と判断基準に従って
もの静かに行動することは、違うことだと思うのだ。
声をあげるべき時に黙っていてはならない。
国民の声が政治を動かし企業を動かし、ひとを動かす。
原発に関してもそう。
おとなしい羊になってはならないと思う。理性と温かい隣人愛と、正しい批判精神を持った、人間でありたい。
(人間が羊より上だと思っているわけではありません。比喩的表現です。念のため。)

静かにそう決意している。


この記事の下線部に、私の東電への、そうしてこれまで原発を推進してきた者への怒りと、
マスコミの論調などへの深い懐疑と危惧が籠められています。
しかし、それは非常に気をつかいながら、でした。
3月の記事を遡るとわかりますが、3月11日から13日の記事はない。
私は、地震大津波で命を失った人々の、そして残された人々の感情を想い、
原発のことだけに的を絞った記事が書けなかったのです。

ようやく14日になって、遠慮がちにお悔やみの記事を書いています。
むしろ私の素直な怒りは、コメント欄に出ているかと思う。

『日本人はおとなしい羊になって、東電にまたしても言いくるめられてしまうのではないか。
今、こうして、被災地の方の苦労には及ぶべくもないが、明かりを奪われ、暖を奪われ、
交通の足を奪われして、気力を萎えさせられているうちに…!!!』
という、やりきれない想いが。

その、なにかに対する妙な遠慮、妙な自己規制は、それからもずうっと私を縛っていました。
今はあまり過激なことは言えない…。
多くの人々が耐えきれないほどの悲しみを背負っているときなのだから…。

twitter をやるようになって、ある方のツィートに『不幸の均霑』という
聞き慣れない言葉をふと見つけ、その方のブログを読んだ時、
『ああ!私を縛っていたものは、これだったのか!』と初めてわかりました。

吉田明彦さん、という方のツィートと記事です。
『今何がおきているのか――流布される「不幸の均霑(きんてん)」プロパガンダ 』
https://sites.google.com/site/livingwithfukushima/literature/critics/yoshida

すごい記事です。どうか、私の記事の先でもあとでもいいですから是非お読みください。
一部イタリック体で書いてあって読みづらいところもあるので、『続く』のところへ、
コピーして引用させて置いていただきましょう。

そもそも、吉田明彦さん自身も、この『不幸の均霑』という言葉に、ある本で出会って、
眼の覚めるような想いがなさったらしい。その本というのは、これです。
私も買って読みました。

加藤陽子・佐高信対談集『戦争と日本人 テロリズムの子どもたちへ』(角川学芸出版)

なぜ、どのように日本は先の戦争に無謀にも突入して行ったのか、ということに
関する歴史学者加藤陽子さんと評論家佐高信さんの対談集です。
『不幸の均霑』という言葉は、加藤陽子さんの造語であるという。
彼女が、日清、日露から日中戦争、太平洋戦争にかけての兵役関係の史料を読んでいくと、
この『均霑』という言葉が実によく出てくることに気づいた。

例えば、通常は2年間、入営しなければならないものを、「青年訓練所」というものに
入れば、週3日ほど朝の軍事教練と夜の学科授業を受けることが出来る。
しかも在営期間が6カ月短縮される。これを4年受けると、
本来は、旧制の中等学校以上の人間や師範学校出の人間にしか認められない
在営期間の短縮が、尋常小学校しか出られない貧しい農村の若者にも認められ、
しかも尋常小学校の上の高等教育が受けられる、と言って、いわば、
兵員の青田刈りと兵員確保を美味しい言葉で巧みに行った。それが『均霑』である。
一見、高等教育を受けた言わばエリートにだけ認められる権利を、貧しい農村の
青年にも与える。機会の平等と身分の平均化を目指しているようであって、
実は、戦争に行く兵士を早くから訓練確保しているのに過ぎない。

ああ。この構図。アメリカ軍の兵募集システムに実に酷似しているではありませんか!
アメリカ軍は各地の高校から、卒業予定生の家庭事情や経済状況を入手する。
そうして、家計が逼迫している者、大学に進学したいが経済的に苦しく夢が
叶えられない者にピイポイント的に的を絞って、軍に入ることを勧誘する。
一家の生活を支えるに足る夢のような高給と充実した福祉、そして一定の
任務をアフガニスタンやイラクなどの戦地で終えて帰国すれば、大学進学出来るように
するという美味しい餌を吊るすのです。
…これも、貧しい若者に機会均等の夢を与えているようであって、実は、彼らを
確実に戦地に送り込み、そうすることによって、富裕層の若者を皆兵制度によって
戦地に送り込まなくていいようにする、巧妙なごまかしに過ぎない。
何やら、原発作業員の募集方法にも類似したところがありはしないでしょうか。
…なんと、不幸の構図は似ているのでしょう!

閑話休題。
『不幸の均霑プロパガンダ』から少し離れてしまいました。
吉田さん自身の文を一部引用しよう。吉田さんが言い、そして私が大きく納得した
『不幸の均霑プロパガンダ』とはこうです…

権力が民衆に苦痛を受容させるとき正面からそれを要求したのでは
反発を買い成功しない。そこで、非常有事に権力は
「不幸の均霑(きんてん)=不幸を公平に分かち合うこと」というレトリックを使った
プロパガンダを流す。その途端に不思議なように民衆はそれを受け入れ、
苦痛を強いる権力に対してではなくその苦痛を少しでも免れようとする同胞に
怒りを向けるようになる。太平洋戦争末期に「欲シガリマセン勝ツマデハ」
「一億火ノ玉」「一億玉砕」などのスローガンが流布され、それに異を唱える
者たちは「非国民」との罵りと排斥を受けたのが分かりやすい例だ。

■大手を振ってまかり通る「不幸の均霑」プロパガンダ

放射線量が高い地域の農産品、畜産品、水産品を買わないようにする
当然の消費行動を、国や福島県他の自治体や福島JA五連などは
「風評被害」と呼び、マスメディアもその語を垂れ流して、被害者の怒りを
見当違いの方向に向けて煽り、一方消費者たちに理不尽な罪責感、加害者意識を
植え付けている。正に「不幸の均霑」プロパガンダそのものである。

…これを読んだ時、私自身を縛っていたものの性質がわかったような気がしました。

さらに、
>

太平洋戦争中、ヒューマニスト、社会主義者、キリスト者など
十分の知識を得ていたはずの知識人たちが次々と転向し大政翼賛会になびいて
いったのは何も治安維持法による弾圧の恐怖のゆえからだけではあるまい。
悲惨を極める前線の戦況を聞けば聞くほど、批判的な発言をしてはならないと
良心の怯えを覚え、思想と言論の自由が脅かされても多少のことは我慢
しなければならないと自らを規制して体制への隷属を受け入れたのではなかったのか。

「不幸の均霑」プロパガンダは感情に訴え知性を麻痺させる点において実に恐ろしい。
私たちには免疫があるわけではない。目覚め続けなければ私たちはいとも容易く
その魔の手に落ちてしまう。

ひとつの例を取れば、放射性物質が降下した被災地のがれきを
被災地以外の都道府県が受け入れなければ被災地は復興できない、
放射能被害をこれ以上被災地にだけ押し付けて涼しい顔をする気かと恫喝されたときに、
被災地以外の住民たちは心の責めを感じずに抵抗できるだろうか。
また、一旦「NO」と言った後にがれき処理ができないゆえに悲惨な状態のまま
捨て置かれ続ける被災地の姿が延々と伝えられるようになり、被災者の怒りの声が
伝えられるようになってもなお私たちのひ弱な良心は持ちこたえられるだろうか。

「がんばろう日本」との情緒的なスローガンは、裏を返せば地震、津波、原発事故
による被害に関しては「一億総懺悔」をしてその不幸を民衆全員で負うべきであるという
プロパガンダだ。



この記事を私は5月半ばごろに見たのだったでしょうか…
本当に眼から鱗の記事でした。
この記事をずっと紹介したかった。そして、私自身の3月11日近辺に感じていた
あの違和感をずうっと分析し、書き表してみたかった。

…しかし、それがなかなかできませんでした。
私への『良心』『思いやり』という善意の名を借りた縛りは、それほど大きかったのです。
正直言って、自分はどうすればいいのかわからなかった。
例えば野菜一つ買うことにも。自分や家族の身を守るのは本能です。
だから福島産、という野菜はスーパーで敢えて買いたくはなかった。
しかしその一方で、自分の良心がその自分を責める。

『じゃあ、いったい、福島の人にこれからどうやって生きて行けというの?
米を作っても、牛を育てても野菜を育てても売れない。それだけで生きてきた人々に
どうやって生活の道を得よというの?
仕方ない。小出さんが悲しみをこめて言うように、ある程度年を取ったものが
福島産のものを買って、国民で悲しみを分け合って食べるしかないんじゃないの?』と。

私の縛りが解けたのは、12月18日の私の記事の中で紹介させてもらった
この福島に現在も住んでいる方からの悲痛な訴えを読んでからです。

『ただいま被曝中』

そこで著者は、全国民に訴えている。福島産の米を買わないでくれ。
それは福島を助けることにはならない。
米がある程度ででも売れれば、政府や東電は手を抜く。それでいいすむと思ってしまう。
そうすると、かれらの責任の所在が曖昧にされ、追及できにくくなってしまう!と。

…福島の方自身が、『不孝の均霑』を決して望んではいないのだ、ということを
この記事で知り、私の呪縛は解けたのです。

本質を常に見なくてはいけない。一時の情に流されてはいけない。
本質はどこにあるのか。

春から何カ月もかかって米を作る。土を作り野菜を慈しみ育てる…それを今まで
農家は晴々とした喜びと共に売ってきました。
消費者は、『ああ、福島の米、福島の林檎、福島のインゲンか』…そう強くは自覚しなくとも、
とにかく晴々とした、何の疾しさもない気持ちで買っていました。
それが当たり前のことです。
事故後の今は、それが出来なくなってしまいました……。
買いたい。買って支えたいと思いつつ出来ない自分。そういう自分を責める。
何の問題もなさそうに見える野菜たち…それを出荷した農家の気持ち…。
し~~んと心の底に冷たい水が溜まっていくような悲しみです。
そんな気持ちで毎日の買い物をする…

そんな気持ちが、推進派の人々にはわからないのだろうか?
こうやって、私が記事を書けば、それはまた、これを読んでくださる方にあるプレッシャーを
与えてしまうであろう…そう思えば、書くことを躊躇ってしまう私がいる…

このような感情の分断を生んでしまったのは、そもそも何なのでしょう?誰なのでしょう?
野菜を買う、などという卑近なことではない。
夫と妻が、妻子と舅姑が、友人同士が、被災した地域社会内部が、福島原発立地市町村と
近隣の市町村が、被災者とそうでない者が、東と西が……分断の危機にある。

田んぼが汚染されているか知れないと思いつつそこで米を作り、それを
出荷した農家が悪いのか!
それを買いたくない消費者が悪いのか!
瓦礫を受け入れてくれないと、復興の手がつけられない、と受け入れを願う被災地が悪いのか!
いや、もしかすると、宮城・岩手のそれも、福島の原発事故でわずかではあるかもしれないが
汚染されているかもしれない。受け入れるのはどうもなあ、と、ためらう他の
県市町村がエゴイスティックなのか!?

そうではないでしょう?
日本の原発は安全安全と、国民を、いや、空疎なお題目を唱えているうちに、
自分たち自身をさえ欺いていつしかそう信じ込むようになり、安全対策を怠り、
この狭い地震国日本に54基もの原子炉を作ってしまった、電力会社と時の政府、
そうしてそこで生まれる巨大な利権にしがみついてきたマスコミや学界や
その他の経済界や…そうした人々に責はあるのではありませんか?

この美しい日本の自然。
海と山と川と空と…水と、空気と土と緑と…豊かな生きものたちと…

それらは穢されてしまいました。数カ月後、来年まで、ということなんかではありません。
十年、二十年、三十年…百年後も…この大地は穢されたままです。

豊かに実った稲が汚染されている。
子供たちは外で遊ぶことも出来なくなってしまった。プールで、海で泳ぐことも。
恋人たちは木陰の草原の上で愛を語ることを躊躇わなくてはならなくなってしまった。
お年寄りたちが、ふかふかした枯葉の道をゆったりした気持ちで歩くこと…
これも失われてしまった。

いいぇ。実際は何もかもが汚染されているわけではない。
どこもかしこもが汚染されているわけではない。
しかしながら、ひょっとして汚染されているかも、と思わなければならなくなってしまった
この悲しみ。それはいつ、晴々とした安心感へ変わるのでしょうか。
変われるのでしょうか。

反発しあうは国民同士であってはなりません。追及すべきは東電と政府、
そして原発で利してきた人々です。
徹底した食品や土壌の安全検査を行うこと。
福島の食品を救うにはそれしか道がない。
福島の人々の健康管理を徹底して行うこと。
チェルノブイリの例を見ても、除染というものにどれほどの効果があるのか。
汚染された土地に福島の人々を『住める、住める』と言って希望を持たせて
閉じ込めておいて、放射線を浴びるままにしておく…
そうして、福島のものを全国にさりげなくばらまいていく…
こんなことがあっていいのでしょうか!
いつかまた、第二の福島をこの日本に作っていいのでしょうか!

『不幸の均霑プロパガンダ』は、至る所にあります。
それは一見、『思いやり』や、『公平』という美しい言葉で語られ、
私たちの心に忍び込んでくる。そうして、私たちの心を懐柔し、
本質を見えないように、批判の目を他へ移すように、論理のすり替えを巧妙に
行い、国民を分断していきます。

行われるべきは、やはり、この事故の原因の解明と責任の正しい追及でしょう?
そうして何より先に、原発周辺の徹底した汚染調査と、危険地域からの住民避難だと
思います。住めないようになってしまったところを、いたずらに住めると言って
住民に希望を持たせひきとどめておくべきでない。
故郷を捨てる。…それがどれほど、とりわけお年寄りにとってつらいことか!
選択の自由はあるべきとは思いますが。
食品の徹底した汚染調査を行う。そうして安全なもののみ流通させる。
か。国が全量買い取りをするしかない。
罹災した人の賠償と経済的支援をもっと早く手厚く行わねばならない…

…ああ、やるべきことがどれほど大きいことか!
ああ、いったいどれほどの経済的、精神的負担が私たちを待っているでしょう!

それがみな、一つの電力会社が引き起こしたことなのです。
電気のために。それも全部ではない、30%程度の電気のために。
しかもこの夏わかったように、なくてもすんだかもしれない原発などというのために。

次は、私自身の、3.11直後の精神状況について、時系列に沿って書いていきたいと思っています。

この年末、あちこちのテレビ局で、福島第一原発事故の検証番組のようなものが
放送されました。NHKが地震直後から数日後までの第一原発の現場の様子を
再現したものなどもあって、多くの人があの日のこと、そしてその後の政府の対応など
について語っていました。
事故当時は全くわからなかった状況の細部が、9カ月という時を経て、徐々に
明らかになっていく…。
大きな嘘も明らかになって来ています。大きな過ちも白日のもとに曝されつつあります。
あの日、現場はなにをしていたのか。政府はどういう対応をしたのか。
なにを誤ったのか。なにが行われたのか。行われなかったのか…!

しかし、野田首相が年末に、事故の収束宣言をしたことに象徴されているように、
『事故のことは、もうなるべく早く忘れたいんだ。なにごともなかった事故前の
暮らしに早く戻りたいんだ!」という気分が、一方である。
twitter のあるつぶやき。友人に原発事故のもたらす影響の恐ろしさを語っていたら、
『もう、その話はいいよ!聞きたくない。あたしは何も知らないでいたい。
あたしは弱い人間だから、今までどおりに平凡に暮らしたいだけなの!』と拒否された、
というのです。

ああ!やはり!と思う。そうだろうなあ、とも思います。
人間というものは暗い重い事柄に、そういつまでも耐えていたい生きものではありません。
前に向かって歩きたいと思う。その気持ちは痛いほどわかります。私自身がそうですから。

一般の国民だけでなく、政府や経済界なども、日本の製品が今回の原発事故の
放射能汚染を恐れて海外で売れなくなっていたり、観光客が減少したことに危機感を持ち、
そういうこともあっての『福島第一原発事故は一応収束』という宣言を、
世界に向けて、また自国民に向けて一刻も早く出したかったのでしょう。

しかしながら…。
それで果たしていいのでしょうか。
傷口は早くふさぎたい。福一の原子炉建屋にカバーがなされていっているように、
傷口はなるべくもう見たくない。(まあ、カバーをする必要があるわけですが)
それが人間の正直な心理だろうと思います。
でも、怪我の原因を、怪我に至った遠因をしっかと今、見据えておかないことには、
第二、第三の手ひどい事故をまた私たちは冒してしまうかもしれない!

昨年私は、東電を告発する記事をたくさん書いてきて、ときに沈黙してしまうことが
ありました。その沈黙の原因は、今書いたようなことの中にあります。
そう…。私自身も、自分の心の中を見つめるのが時に苦しくなったからです。

自分の中にある、『自分は関係ない。自分の身が安全であれば、ことを荒立てたくはない!』
という気持ち。

それに引っかかっている間に、書かれずにおいてしまった記事がたくさん生まれてしまいました。
私は、自民党政権時代の原発導入と推進を厳しく批判してきたけれど、
民主党は、昨年事故が起きるまでは、原発による発電を50%にまで持っていこうなどという
目算を立て、ベトナム、インドなどに原発を輸出し、またモンゴルにアメリカと目論んで
核のゴミの処分場を作ろうなどとしていた!それへの批判はしてきませんでした。
菅元総理を応援する記事は書いたけれど、彼の功罪の内、『罪』の部分については、
まだ書き残したままです。

福島第一原発事故は、日本人のこころと体に開いてしまった、大きな醜い傷口です。
でも、本当の意味で先に進むためには、その傷口に、ひりひりと塩を塗りこまなければ
ならないのだろうと思っています。それも、今。
政府が、人々が、完全に目をそむけて、そして忘れてしまわないうちに。

おそらく、これからの記事は、あまり楽しいものにはならないでしょう。
私自身にとってもそうです。でも、やらなければならない。
これを私は、自分の子供や、その子孫のために、というような狭い考えで
書いていくのではありません。
以前、ハンス・ヨナスの記事を書きました。
現在という時に生きる人間は、現在のことだけを考えて生きて行けばいいのか…
自分というものが、この地球に、奇跡のように存在した、ということ…
その意味を深く考えるとき、いのち、というものは、後世に何らかの形で
つないでいかねばならない、それは結婚して自分の子供を持つ、などというだけの
単純な意味ではありません。もっと深い意味で、自分が奇跡のようにこの世にあった証として、
後世にその命を、想いをつなげていかねばならないのではないかと思うからです。
そうして、自分の代で、意図的に命を絶ったりすることが、これまで私たちの前に
何万人、何千万人といた祖先たちのいのちの繋がりを絶つことになるのと同じに、
私たちの時代に、この地球を取り返しもつかないほど汚して使い切ってしまうこと…
それは、過去に対する、そして未来の人間や生きものすべてに対する、
勝手なふるまいである、と思うからです。
それは無論、同時代に生きるものへの勝手な振る舞い、ででもあります。

…長い記事になると思います。何回かに分けて書いていきます。
キーワードは、『不幸の均霑』という言葉になると思います。
この記事でもって、昨年書けずにいた数々のことにも、その都度触れて行きたいと思います。



私自身のこの記事。考え考え書きました。何回か手を加えることになりそうです。 

ご紹介した記事へ続きます。
『今何がおきているのか――流布される「不幸の均霑(きんてん)」プロパガンダ』
吉田明彦@keziahjp

      ↓


今何がおきているのか――流布される「不幸の均霑(きんてん)」プロパガンダ
吉田明彦@keziahjp

【転載・シェア歓迎】

■なぜ騙されるのか、怒らずに従うのか

当初から噂されそのように語られてきたことではあるが、東京電力の計画停電がやらせであったことを東京新聞など地方紙が2011年5月12日朝刊で一斉に伝えた。


「狙いは原発存続? よぎる計画停電」(『北陸中日新聞』2011年5月12日:朝刊)

これを読んで騙されたと怒る声があるが、それではなぜ多くの人は計画停電のさなかにはいとも容易く騙され、デモを起こしたり抗議の声を上げたりすることもなく、不平を言いながら、あるいは「被災者の苦労を思えばこれくらいの不便は」「被災地の復興につながるのなら」と進んで計画停電を受け入れたのか。

上の記事中に「福島第一原発事故後の世論調査でも『原発の廃止.減らす』よりも『増設.現状維持』との回答が多かったのは、国民や産業界が計画停電で不便を被ったことが一因とみられている。」とあるように、なぜ多くの人は計画停電を受忍して従うことによりこのようなマインド・コントロールをいとも簡単に受けてしまったのか。

また、福島で避難しようとする住民に「逃げるな」との罵りが家族や周囲の人間からなぜ発せられるのか。福島産の牛乳、農産物、肉、卵などを給食で食べさせる学校に対し、弁当や水筒を持たせようとする親の配慮を多くの学校教師が特例は認められないとして断固として禁じるのはなぜなのか、またそう言われた親たちの多くが戦うことができず泣き寝入りしてしまうのはなぜなのか。

産経新聞が報じるところが本当ならば、福島第一原発の立地となった地域の住民が東京電力に謝罪や補償を求めることに対し、県の他地域の住民たちの間に怒りをもって批判する声があるのはどういうことか(脚注記事)。

事故以来、このようなおかしなことが起き続け、多くの人々がそれを根本的に批判・糾弾できないまま、嫌々ながらあるいは進んで受け入れて日々を過ごしている。一体今何が起きているのか。




■支配の常套手段:「不幸の均霑(きんてん)」プロパガンダ

このことの答えを求めて思いを巡らしていたとき、ある文章に出会い、そこに問題を解く鍵が書かれているのを発見した。以下に紹介する書評がそれである。

権力が民衆を支配するとき権力への怒りの矛先を民衆同士に向かわせ、民衆同士を分断し反目させることが常套手段であることは重々承知していた。しかし、ここではそのことについてさらに掘り下げて、その支配を可能にする手法とそれを一旦受け入れた民衆の思考・行動について短い文章でありながらはっきりと説明してくれている。

お読みいただきたい。

どくしょ室

『戦争と日本人―テロリズムの子どもたちへ』
加藤陽子 佐高信著 角川学芸出版
近現代史に探る戦争への道

「テロリズムの子どもたちへ」という本書の副題について、著者の一人である加藤陽子はこう述べている。「現実に対する義憤や短慮によって、未熟なものたち―子どもが早まって事を起こし、その結果、本来は歴史が必要とした『大人』の死体が累々と横たわる風景があまりに多かった」

本書は「そのような『子ども』を生み出さない、産み落とさない社会を祈念して書かれた」という。逆に言えば、今の日本の状況が戦争前夜であったテロの時代に似てきたということであろう。

近代日本の歴史を振り返れば、暗殺された政治家にはある共通点がある。外交においては国際協調、内政においては議会重視を唱えた面々が実に多いのだ。排外主義に燃える目からすれば、国際協調や議会重視の姿勢は妥協や屈服と映りやすい。最近の例でいえば、尖閣諸島での中国漁船衝突事件をめぐる世論の反応がまさにそうだった。

こうした排外主義的ナショナリズムを自然発生的なものとみてはいけない。著者が言うように、「『子ども』たちが、権力者の思惑にかなり仕組まれた形の報道を受け、そこに乗っかってテロリストになっていく」構図を見抜く必要がある。

徴兵制研究の著作がある加藤は、「不幸の均霑(きんてん)」というキーワードを使い、近代日本国家が戦争遂行に合意を得ていったプロセスを説明している。わかりやすくいうと、「不幸を公平に分かち合う」と装うことで、国民の不満を吸収する手法だ。

たとえば、徴兵制の歴史は免役条項を外していった、ある意味「公平の歩み」であった、と加藤は言う。もちろん政府の狙いは兵力の拡大にあるのだが、本当のことを言うと国民の支持は得にくい。そこで政府は「特別扱いをなくし平等にする」というレトリックを全面に出した。そうすることで「何であいつらだけ兵役免除なんだ。ずるい」という大衆感情を巧妙に取り込んでいったのである。

このような手口は、現在猛威をふるっている既得権攻撃(公務員叩き、農家叩き、「在日」叩き等々)とまったく同じものだ。人々を分断し争わせるのは、国家が権利のはく奪を行おうとするする際の常とう手段であることを、私たちは歴史から学ぶ必要がある。

「国民の正当な要求を実現しうるシステムが機能不全に陥ると、国民に、本来見てはならない夢を擬似的に見せることで国民の支持を獲得しようとする政治勢力が現れないとも限らない」。加藤のこの指摘はすでに現実のものとなっている。

だからこそ、対談者の佐高信が力説するように“メディアの熱狂に踊らされず、自分の頭でじっくり考える資質″が求められている。本書からは、現在につなげて歴史をみる視点と発想を学びたい。  (I)

『週刊MDS』2011年5月20日第1182号
MDS新聞社発行

この本『戦争と日本人―テロリズムの子どもたちへ』は東京電力福島第一原子力発電所事故以前に書かれたものだが、事故後起きていることがらを何と正確に解き明かしていることだろうか。
権力が民衆に苦痛を受容させるとき正面からそれを要求したのでは反発を買い成功しない。そこで、非常有事に権力は「不幸の均霑(きんてん)=不幸を公平に分かち合うこと」というレトリックを使ったプロパガンダを流す。その途端に不思議なように民衆はそれを受け入れ、苦痛を強いる権力に対してではなくその苦痛を少しでも免れようとする同胞に怒りを向けるようになる。太平洋戦争末期に「欲シガリマセン勝ツマデハ」「一億火ノ玉」「一億玉砕」などのスローガンが流布され、それに異を唱える者たちは「非国民」との罵りと排斥を受けたのが分かりやすい例だ。



■大手を振ってまかり通る「不幸の均霑」プロパガンダ

放射線量が高い地域の農産品、畜産品、水産品を買わないようにする当然の消費行動を、国や福島県他の自治体や福島JA五連などは「風評被害」と呼び、マスメディアもその語を垂れ流して、被害者の怒りを見当違いの方向に向けて煽り、一方消費者たちに理不尽な罪責感、加害者意識を植え付けている。正に「不幸の均霑」プロパガンダそのものである。

このレトリックがどれほどの力を持っているかを垣間見ることができる記録がある。

「2011年3月21日14時- 山下俊一氏・高村昇氏『放射線と私たちの健康との関係』講演会(後半)」がそれだ。

政府、福島県の説明に納得できず福島県放射線健康リスク管理アドバイザー山下俊一を問い詰めていたはずのフロアの質問者が、山下のレトリックに赤子の手をひねるようにしてやられる瞬間が記録されている。以下の部分だ。
山下:(略)じゃあ、今ここで汚染されたミルクを飲みなさいと言って、みんな飲むでしょうか。飲まないですよね。福島県民だけにそういう辛い思いをさせるということは許されません。日本国民が全部がこれは分かち合うべきだと思います。だからこそ、風評被害を減らすために私達はここに来ています。枝野官房長官には今日連絡しましょう。ここに来て食えと。まさにそういうことですよね。

Q3:一番最初に食べてほしいし、飲んでほしい。

山下:はい、そう伝えますので。ありがとうございます。

福島県民だけが辛い思いをすることは許されない、日本国民全員が汚染されたミルクを飲むべきである、枝野氏はその筆頭になるべきであるとの魔法のことばを聴いた途端、誰が加害者であり責任を取るべきかの判断が曇り、不安と怒りが福島以外に住む市民と枝野氏に向けられることになる(目の前にいる山下こそが恐ろしい敵の使者であるのに!)。驚くほど短いことばで成功した見事な洗脳の手口だ。

山下が福島県に呼ばれたのは彼が放射線影響研究所、ICRP、IAEAの代弁者だからというだけでなく、このような悪魔的な話術を持つ人物だからという理由からでもあるのではないか。



■私たちには免疫があるわけではない

見てきたようなプロパガンダが機銃掃射のようにメディアを通し、また日常会話の中で繰り返される日々を私たちは今生きている。情報・知識を蓄えればこのような思想宣伝に対抗できると考える向きもあるかもしれないがそれは楽観的にはすぎまいか。

太平洋戦争中、ヒューマニスト、社会主義者、キリスト者など十分の知識を得ていたはずの知識人たちが次々と転向し大政翼賛会になびいていったのは何も治安維持法による弾圧の恐怖のゆえからだけではあるまい。悲惨を極める前線の戦況を聞けば聞くほど、批判的な発言をしてはならないと良心の怯えを覚え、思想と言論の自由が脅かされても多少のことは我慢しなければならないと自らを規制して体制への隷属を受け入れたのではなかったのか。

「不幸の均霑」プロパガンダは感情に訴え知性を麻痺させる点において実に恐ろしい。私たちには免疫があるわけではない。目覚め続けなければ私たちはいとも容易くその魔の手に落ちてしまう。

ひとつの例を取れば、放射性物質が降下した被災地のがれきを被災地以外の都道府県が受け入れなければ被災地は復興できない、放射能被害をこれ以上被災地にだけ押し付けて涼しい顔をする気かと恫喝されたときに、被災地以外の住民たちは心の責めを感じずに抵抗できるだろうか。また、一旦「NO」と言った後にがれき処理ができないゆえに悲惨な状態のまま捨て置かれ続ける被災地の姿が延々と伝えられるようになり、被災者の怒りの声が伝えられるようになってもなお私たちのひ弱な良心は持ちこたえられるだろうか。

「がんばろう日本」との情緒的なスローガンは、裏を返せば地震、津波、原発事故による被害に関しては「一億総懺悔」をしてその不幸を民衆全員で負うべきであるというプロパガンダだ。

反原発行動の中で「私たち東京の人間のために電気を作っていた福島の原発であんなことがあって申し訳ない」「今まで無関心ですみません」というようなことばが聞かれる。事故の悲惨そして降り注ぐ放射性物質の嵐を見て誰が心の責めを感じずにいられよう。しかし、そのような良心的な思いから来る罪責感にも「不幸の均霑」プロパガンダが付け入る隙を狙っていることを押さえておこう。

反原発・脱原発の素朴な思いを結集していくなら社会は大きく変わると言う人もいる。しかし、目を覚まして自らの知性と感性を武装しなければ落とし穴はすぐそこに待っている。問題の構造に対する理解を曖昧にすまい。加害者と被害者の区別をはっきりとさせ、責任を負うべき者にそれを負わせよう。そのためにこそ、被災者、原発事故被害者たちと連帯しよう。

注:

「対立生む“原発の恩恵”遠方住民『手厚い補償 被害者ぶるな』」(『産経新聞』2011年5月18日朝刊)

工程表は示されたが、原発周辺の住民にとっては、不自由な生活にはっきりとした出口が見えたわけではなく、抱えるストレスは大きい。福島県内では、原発立地で経済的な恩恵を受けてきた、受けなかったといった認識の違いが、感情的対立すら生じさせている。(小野田雄一)

■土下座に違和感

「避難所で東電の社長に土下座させた人たちは、これまで東電に食べさせてもらってきた人たち。地元に原発を誘致した経緯もある。土下座の強要には違和感を覚える」

原発から約60キロ離れた福島市内で飲食店を経営する男性(40)はそう話す。震災と原発事故で、売り上げは昨年の3分の1程度に落ちたという。

「原発で恩恵を感じたことは一度もないのに、損害を受けている。原発近くの人は手厚く補償されるだろうが、うちがつぶれても補償されるのか。理不尽だ」

原発から離れた地域の少なからぬ住民には、こうした思いは共通する。

■累計2700億円

原子力や火力発電所などが立地している地域は、国から「電源立地地域対策交付金」など、さまざまな交付金を受けられる。

交付金は周辺自治体に直接交付されるものもあるが、広く県全体に渡るものもある。福島県によると、各種交付金の平成21年度の総額は計約145億円。

このうち、県に交付された「電力移出県等交付金」は計62億円で、県は約52億円を公共事業に投じた。残る10億円は県内の大半の自治体に分配した。県が昭和49~平成21年度までに受けた交付金の総額は、約2700億円になるという。

県には電力会社から「核燃料税」も入る。原子炉に挿入された核燃料の価格と重量に課税されるもので、15~18年度では計約103億円。多くが県内の道路や橋、河川などの整備費のほか、福島空港の管理費、県立病院などの運営費、警察費など、県民全体のサービス向上に充てられた。

だが、「原発が県にどんな恩恵をもたらしてきたかを知っている県民は少ない」(県幹部)というのが現実だ。

■しっかり周知を

原発の住所地でもあり、現在は町役場ごと会津若松市に避難中の大熊町役場には、「原発で恩恵を得てきたのに、事故でほかの地域に迷惑をかけ、今さら被害者ぶるな」といった批判の声が届いているという。

町幹部は「雇用や、町から住民への教育費や医療費の補助など、確かに他地域より恩恵はあった」と認めつつ、「恩恵が県全体にも及んでいることを知らない人も多い」と戸惑いを隠せない。

ある県幹部は「原発の恩恵がリスクと釣り合ってきたのは、“安全”という前提があったからこそ。これまでの経済的恩恵とは桁違いの損害が出ている」と話し、立地地域も被害者だと強調する。その上で、「県民対立や国民からの批判を防ぐためにも、濃淡はあるにせよ原発の経済的恩恵が、特定の地域だけのものでなかったという事実をしっかり伝えていきたい」と話している。

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Re: 玄少子さんへ

玄少子さん。こんばんは。

私の記事はともかく、もとになったかたの記事、いいでしょう?
この方、今も書いてらっしゃるかなあと思って調べてみたんですが、最近書いてらっしゃらないよう。
残念です。

> それにしても“不幸の均霑”とはよく言ったものですねえ・・・・
> 霑という字は,雨カンムリの字義に,“等しく降り注ぐもの”,そして沾は“益をあたう”。
> 恵みがいきわたる事を,“恵霑” といったり,分配の不公平を“不霑”,天がひとしなみに民を哀れむ事を,“霑恤” といったりもします。あまりにもぴったりですね,
> 均す,という“行為”のところが主眼ですね。いいことばですね。とっても。

わあ~~~~~!!!
すごいすごい!
『均霑』の『霑』という字は、そういう意味ですか!
最初私、『きんてん』って読めませんでした。
『霑恤』というのも読めませ~ン! 『血』から『ケツ』って読むのかなと思ったけれど
『テンジュツ』なんですねぇ…。漢和辞典でちょっと苦労しました!(笑)
なんでこれを『ジュツ』と読むんだ??(笑)
漢字。むずかし~~い!(笑)

『均霑』という言葉自体は、そうですね、いい言葉ですよね~~。
『不幸の均霑』というのは、歴史学者の加藤陽子さんの造語だそうですが、この言葉に出会った時、
ほんとに、これも私にはピンポイントでぐさっと心に入ってきました。

加藤陽子さんと佐高信さんのトークの本も面白かったです。
日本の軍隊のこと調べていくと、この『均霑』という言葉がよく出てくるそうなんです。
きっといい意味ではなく、人心を懐柔する手段としてでしょうね。
折角のいい言葉なのに…。

こちらこそありがとうございますですよ~~!
これからも、いろいろ教えてくださいね~♪

No title

うーん。好い記事ですねえ。
あらためて事故をふりかえれば,當時呆然としている中に“不幸の均霑”がすすめられていたという,悪どさと,わたしたちの無防備もきわだちますねえ。

それにしても“不幸の均霑”とはよく言ったものですねえ・・・・
霑という字は,雨カンムリの字義に,“等しく降り注ぐもの”,そして沾は“益をあたう”。
恵みがいきわたる事を,“恵霑” といったり,分配の不公平を“不霑”,天がひとしなみに民を哀れむ事を,“霑恤” といったりもします。あまりにもぴったりですね,
均す,という“行為”のところが主眼ですね。いいことばですね。とっても。

日本人全体には不霑であり,“福島”という不幸の集中というアンバランスもあるなかで,均霑を受け入れやすい土壌もあったところも,よくついていて余計に悪辣です。

ありがとうございました。感謝です。

Re: さおるさんへ

さおるさん。ありがとう。
さおるさんがお住まいのところは、東京よりまたさらに福島からは
離れた場所なんだけれど、事故後、私が無念さに言葉を失っているとき、
本当に、すぐ身近にいるように、こころ寄り添ってくださいました。
それがどんなに嬉しくまたこころ強かったか知れません。

放射性物質というものが、いっそ、眼に見え、色があり、臭いのあるものだったら!
とどんなにか思います。そうすれば、人々の関心ももう少し強まるだろうに。
眼に見えず、臭いもないものに、ひとは恐怖もなかなかおぼえないのかなあ。
現実に毎日降り注いで、人々の体にどのような悪影響を及ぼすかわからないものなのにね。
私ね、原発に対する関心って、想像力の問題だと思うんですよ。
安全だ安心だと言い続けてきた人々は、最悪の事態を想像していなかったんですね。
そして、このようなことになってもなお、自分に直接の恐怖を感じなければ、
事故の重大さを認識しようとしない。
私は確かに、逆に怖がりすぎなのかもしれないけれど。

私ね、わからないんですよ。
今回の福島第一原発事故は『異常』なことなんですよね。
それなのに、政治家を始め、なんでそれを感じないひとがいるのだろうと。
だって、今までの価値観がある意味壊れてしまったんですね。
子供には大きくなって欲しいから、牛乳たくさん飲みなさい、って
お母さんたちはこれまで言って来た。でもその牛乳が今は飲め飲めって
言えないものになってしまった。お野菜たくさん食べたほうが健康にいいよ、って
言って来た。でも、今、その野菜が、安全なのってことになった。
子供はお外で、泥んこになって遊ぼう…それも、福島の子供は、今は
出来なくなってしまった。
家族仲良く、って言うけれど、その家族が、事故のせいで分断されてしまう。
みんなが楽しんできた園芸。お庭にお花を育てて、ささやかにお野菜も育てて…
それも、悲しいことに、この土が汚染されているかもしれないと思えば、
もう楽しいものでなくなってしまった。
プールも海水浴も疑いながらでないと出来ない…
健康と楽しみのために外で楽しむスポーツも、被曝を考えるとしにくくなってしまった…

それでも怒らないって、いったい何なんでしょう!
それでも、なお原発に固執するって、何なんでしょう!

福島の林檎。林檎がなってるのって、とっても綺麗なんですよ。
それをね、疑いつつ食べなければいけない悲しみ…
福島を想いつつ、福島のものにためらいを覚える。その罪悪感…
重い重い10カ月でした。
私だけではないと思います。私がこういうことを書くことによって、逆に
圧迫感を与えてしまうこともあると思いますしね。
それで、なかなか、書いていくことができないことがありました。

さおるさん。ありがとう。
あなたがわかってくださっているということ…胸にしみてずっと嬉しかった。





福島

目に見えていないもの。 目の当たりにできるもの。
手にとっても見えてこないもの。
自分の頭で、体で確認をし続けないと薄れ行き、大きな仕組みの都合のいいようにすり替えられていく、事実。

生きて行くことで、やり過ごすことだけで、一日を終え、確かだと思っていたこと、体が震えるような怒りも
少しづつ、日常に紛らわせて人は心の平安を保とうとする。

その移り変わる様の早いこと。浅ましいほどのはやさ。
あれからの日々は、混乱の中で消化して行くこと、通り過ぎてことと、一日をさくさくとやり過ごすことに
費やしてしまった。

私たちが目のあたりできるもの。 死んだ町。
20キロ圏内にはおさまるはずがない。
死んだまま現存するまち。瓦礫の積み上げられた風景。

手にとっても目を凝らしてもみえてこないもの。
去年も身をたわわに付けた、美味しい、赤い、福島の林檎。
今日も 降り注いでいる、目に見えない敵。

不幸は公平に振り分けられるものではない。
振り分けてしまったら、世界は曇ってしまう。

彼岸花さんが声をあげてくださった。
痛いまでの、重すぎる思いを抱えて、ふらふらになって、声をあげてくださった。

間違っていると。だまされるなと。まなこを開けと。
この重く垂れ込んだ暗がりの空のしたで、彼岸花さんの声は一筋の光のように、空を貫いて行く。

彼岸花さんの声は、細い一筋の光であっても、空の彼方までつながっている。
その閃光が雲を、遠ざけていくと、この薄曇りの世界に光を呼び込んでいくと信じています。


Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。ありがとうございます。
鍵コメさんの想い。しみじみと伝わってきました。

人間とは本当に複雑なものですね。特に今は、何が正しくて、何をどうすればいいのか、
ほんとに見えづらいです。それぞれの想いがありますものね。
詳しくここで書けませんけれど、コメントにお書き下さったようなことについて、
私もずっと一所懸命考えています。
そうして、これからどうしたらいいのだろうということも考えてみますが、
あまりにも難しい問題で、わたしの小さな頭などパンクしてしまいそうです。^^

でも、考え考え書いていってみますね。その中に、今、ここで書けない、お返事が
出来たらいいなあと思っています。

胸にしみるようなお言葉でした。ありがとうございます。

Re: ハルさんへ

ハルさん。ありがとうございます。
お書きになられたことの奥底のお気持ち、お察しいたします。
私が、原発事故直後から抱き始めた違和感。この記事を書いた今もなお、
私を躊躇わせ、感情を揺らせるもの…。
それは、ハルさんのこのコメントの奥に流れる感情の揺らぎと、
おそらく程度は無論違うと思いますが、同じ性質のものではなかろうかと
思っています。
それが、うまくこれから書いていけるのか、今も筆が重い理由となっています。
物事の本質をしっかり見なければ ならない、一時の怒りや、同情や、憎しみや、
嘆きでは、この問題は解決しないほど 根が深いと思っています。

原発問題を辿っていくと、まったく別の問題に見えるものが、関連あるものとして
姿を表してくるのを感じます。それは、地方の、とりわけ過疎地の貧困という、
江戸や明治の頃まで遡らねばならない、日本の経済格差の問題にまでいきついてしまいます。
また、戦後のアメリカとの関係。これも本質の底に大きく横たわっています。
それは沖縄問題にも通じ、またTPP問題で私が恐れていることでもあります。
それについては、4月8日の記事で、『原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略』
という映像をご紹介し、原発とアメリカとの関係について書いています。
また、原発の労働者の差別問題、という大きな本質的問題もありますしね~。
日本のジャーナリズム批判も、まだ書けていません。他にも、たくさんたくさんの
本質的な問題が、今回の事故にはからんでいるように思います。
人間の欲望のきりのなさ、という、本質問題も…
そのどれをとっても、私のような一主婦が扱い切れる問題ではなく、
そのどこから手をつけ、どう整理し、また関連づけ書いていったらいいのか、
茫然としてしまいます。

…話が逸れました。
私が一番ためらう理由は、『住民感情』というものを、どうしても考えてしまうからです。
東京の安全な(?)場所にいる私。もっとも福一の恩恵を受けてきた東京人。
その立場で、いったい何が言えるのか!という自責と自縛感情です。
しかし、これこそが、私たち日本人が越えていかねばならないものなのではないでしょうか。
この構図が、原発事故、というものによって、至る所に、ありとあらゆる程度の差を
持って、この日本に広がってしまいました。
東北被災県とその他の県全部の間に。岩手・宮城2県と福島の間に。その岩手と
宮城の間でだって感情の分断がある。東北被災3県と関東の他の県の間に。
関東と、西日本各地の間に…。
そして何よりも、当の福島県人の間で……!!
妻と夫、妻子と舅姑の間、友人同士、地域住民の間で!!!
『ただいま被曝中』という記事を書かれた方の訴えが、それを象徴しているように
思います。あれを読んで私は、東京人だからこそ、声を上げねばならないのかな!
動かなくちゃならないんじゃないかな!と強く思うようになりました。
政府に、主メディアに近い東京人だからこそ!恩恵を一番受けてきたからこそ。

戦う相手はお互い同士ではないのに、その分断が至る所にあらゆる形で起こっている現状…

それを一つにまとめ、何とかこの国から原発をなくして、
二度とこのような悲劇を起こさぬよう、これ以上人間が安心して住めない土地を
この日本に広げないよう、一人一人が真剣に今、考えなければならないですよね。^^

ハルさん。ありがとうございます♪

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No title

大変重い内容の文章、拝読いたしました。
原発事故後、私も言葉というものが出せませんでした。
書くべきことを書かない、ということは、書かなくてもいいことを書くことより
心が痛むものです。
こうして共感したり、また違和感をもつことがあったならば、それがどこからくるのかと考えたり、
自分の思考を鍛えてゆくことを努めたいと思います。

事故後、しばらくして「原発がなければお父さんは出稼ぎに行くしかなかった」、
「原発のおかげで大学に行けた」という声を直接聞きました。
そこで働いておられた方々は、家族のために懸命であったと思います。それはどんな職場でも同じでしょう。
しかし、本当に、原発がこなければそこで暮らすことができなかったのかどうか。
これは福島県に限りませんね。
基地があって潤沢になっただろう、と沖縄にのみ痛みを押しつけているのと同じと思います。

色々なことを考えました。ありがとうございました。

Re: はなさかすーさんへ

はなさかすーさん、こんばんは。
読みやすかったと言っていただき、とても嬉しいです。
うみそら居士さんにいただいたコメントへの返事にも書きましたが、
難しい言葉で専門的の用語をつかって長々と語りかけても、嫌原発の気分を
盛り上げることはできない。従来の反原発運動のあり方は変えなければ、と
デモなどに参加して思いました。
イデオロギーとか、立脚点とか、名称とか、そんなことを越えて、
みんなの感じる原発もういらないよね~という想いを一つにしなければ、と。
そういう意味でも、自分もわかりやすさ、読みやすさは考えないとなあ、と
思っていたところでしたので。そのお誉め言葉はとても光栄です!
長くなるのは、これ、どうしようもないですねえ、すみませ~ん!(汗!)

>「餅まき」は幸福を分けるのではなく、厄払いの意味も兼ねて
>不幸をみんなに分けるという意味合いもあります。日本人の多くは
>農業を営んで来ましたから、天候不順や天災による不作の痛みを耐え、
>共同体の中でその苦しみを分かつ知恵を身に着けて来たように思われます。
>その歴史で培われてきた精神風土を巧みに利用するのは、現代の権力者自身の
>内側にもあるからなのでしょう。

ああ、これ。わたしもいつも複雑な想いで考え込んでしまうことです。
日本は、国土の緑や川や海やの豊かさに比して、案外人が住める場所は狭く、
また多くの天変地異もある。そんな中で人々は代々努力を重ね、
お互いに助け合って、林を切り開き山を崩しして、段々畑を築いたり、
治水をしたり生きるために共同生活をしてきました。その結びつきは
とても強い。時の為政者は常にその結びつきをうまく利用して、統治に
うまく利用してきたんですよね。
『ムラ』の助け合いと共生の精神はすばらしいものでもあるけれど、それは一方で、
不幸も皆で分け合う、という、一見聞こえはいいけれど、実はあきらめの強制にも
似たことも生みだす。それを悪い権力者が利用すると、時代劇などに
よくパターン化して見られる通り、代官、庄屋、村長、などを頂点とした
一種の監視組織のような、がんじがらめの村社会が出来あがってしまう。

日本は今、電力会社に、そのような権力を与えてしまいました。

そこから脱却するには、国民一人一人が自分で考えて、行動することですよね。
国に、自治体に何かしてもらおうとただ待つのでなく、権力にすり寄って
いいなりになるのでなく、自分たちで小さなことから変えていかないと。

>自国民の能力が燃え滾るように再生する政策。
ああ! そんなふうだといいですねえ。
でも、日本には本当の意味での民主主義はまだ根付いてないのかもしれません。
本当は今こそがそのチャンスなんですけれどね。
東北大震災…そこからどうやって立ち上がるか…それには住民自身のやはり
意志が必要だろうと思います。国や自治体が動くのを待っていては遅い。
ただ…問題なのは、日本が老齢化していることですね。
70,80になった人々に、新しい土地で生きよ、新しい生活を自らの手で
建設せよ、と言っても、それは苛酷な話。福島第一原発周辺の市町村でも
同じことが言えるのではないかと思います。
老人が住み慣れた土地を離れたがらない。そうすると若い者も離れられません。
したがって子供たちも。
ここはやはり、国というものが、お年寄りたちでさえ希望を持って新しい生活に
踏みだせるような、そんなヴィジョンと具体的な方策を示さねば!
なんだか、除染除染、・・と、除染にだけ希望を託しているような…
それも、請け負うのは東電の息のかかった除染専門業者、などということになると、
なんだかな、と心配になってきてしまいます。
そういうことも含め、国民自身が賢くならないと、と、こころから願ってしまいます。

はなさかすーさん。心意気。こちらこそありがとうございます、です。
どうかこれからも、いろいろ教えてくださいね。ありがとうございます!^^

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。
ほんとにおっしゃる通りですね。みんなわかっていたことだと思います。
3月11日。電源喪失、という事態が起きた時から。
今日、その日のわたしの、親類等へのメールを読み返していました。
ブログに書き残さなかったその日の生の感情が、そこにわずかに記録されていました。
11日深夜の時点で、私は絶望し始めています。12日に枝野さんは大丈夫、
と思わせるような会見をしていますが。きっと畏れを抑えて会見していたのでしょう。

チェルノブイリの先例を見ても、本当は今すぐにでも、汚染度の高い地域には
人が帰れるという甘い希望を持たせてはならない、批難を優先させることだ、とわたしも思います。
つらいことだけれども、住民の方には、別の場所で新しい人生を始めて
いただくしかないのではないかと。
老人が残る!と言えば、若い者もそこを離れられない。子供たちも残らざるを得ない。
子供たちだけは何としてでも、安全なところで暮らさせなければ。
あまりの重大さ、規模の大きさに、政府も、自治体も被災者も、それ以外の者も、
なにか思考停止を起こして、一番悪い選択をしているような気がして
なりません。
しかし、今読んでいる本(近々ご紹介します)にもありますが、電力会社が
この日本に張り巡らせた権力の網はものすごいですね。
鍵コメさんの地域も。別の電力会社も。まったく魑魅魍魎、欲望の巣窟のようです。

…これを解体するのは、福一の4基を解体する、もんじゅを解体するのよりも
大変なことかもですね…

でも、国民がしっかりすればできる。そう信じています。
鍵コメさん。ありがとうございます。^^
わたし、もう少し、自分の持ち場で頑張ってみようかと思います。
また、応援くださいね。ありがとうございます!

Re:うみそら居士さんへ

うみそら居士さん。こんばんは。
私のことを、何となく『戦友』のように思ってくださる…
とっても嬉しいです。^^
うみそら居士さんにこそ、私もいつも、正確な知識を分け与えていただき、
感謝しているんですよ。あれはどうだったかなあ、と思うこと。またまったく
初耳のこと…それらをどれほど自分の内に取り込まさせていただいているか
知れません。

私はどちらかというと、情緒的に書いていくので、数字や前後関係などは
その都度、検索したり本を引っ張り出したりして確認しなければなりません。
正確な知識、という点では、極めて詰めと脇が甘いです。^^
あれを書こう、と思っていても、その情報がどこにあったかわからなくなれば、
もうそれについて書けなくなって、いつか時期を失してしまう。
それも一つの焦りや悲しみの原因であるかもしれません。
…大事なこと、この日本にとってとても大事なことが、どんどん過去の中に
埋没していってしまうんですよね~……
そうしていつか、なにごともなかったかのように、原発を動かそうとする人々が
力と発言力を取り戻すのだろうか、と思うと。

そんなことにしてはなりませんね。^^
私ね。従来の反原発運動も立派だったと思いますが、同じ失敗は
して欲しくないんです。この反原発、脱原発、厭原発運動、…。
これは、呼び名にこだわらず、原発はもういやだな~と思う人々の、
大きなうねりにしていかなければならないだろうと思うんです。
そうしないと、この国の原発依存の人々は動かせない。
ところが、私の程度のレベルの発言でも、あまり言い募るとかえって
逆効果の、嫌・脱原発の気分を生んでしまうんじゃないか、…
そんなことも考え、ときにまた立ち竦むのです。

でも、今日、思いきって書いてよかった!
わたし、ひとりじゃないんですね!(笑)
ありがとうございます。
皆さんと、こころ合わせて、この国から原発という危険なもの、
なくしていきたいですね!ありがとうございます!


ルネッサンス

彼岸花さん、こんばんは^^

長文ですが、一行たりとも緊張が解けずに心が行き渡り、読んでいましてスウッと浸み込んで参りました。久し振りに文学に触れたような鋭さを感じました。「不幸の均霑」は、帝王学に近い方法論なのでしょうね。それで急に思いついたのですが、「餅まき」は幸福を分けるのではなく、厄払いの意味も兼ねて不幸をみんなに分けるという意味合いもあります。日本人の多くは農業を営んで来ましたから、天候不順や天災による不作の痛みを耐え、共同体の中でその苦しみを分かつ知恵を身に着けて来たように思われます。その歴史で培われてきた精神風土を巧みに利用するのは、現代の権力者自身の内側にもあるからなのでしょう。

ルネッサンス・・・・個々の心を支配せず、自国民の能力が燃え滾るように再生する政策。それは、ペストの流行や政争や戦争で右往左往していたヨーロッパで、ヴィクトリア朝が示した輝き。民主主義の浅い歴史の日本で、今それが日本が脱皮して成長するための壁なのだと思います。彼岸花さんの考えを受け入れ、そして自ら思考して壁を越えること。原発の狂気じみたお芝居を思考で終わらせること。それが出来て初めて日本は政治大国になれるのでしょう。民主主義道半ば、お恥ずかしい。羞恥心も死後になっているような・・・。

彼岸花さんの分析と心意気に絆され、いつもより長文になってしまいましたことをお詫び申し上げます。
拙いコメントで済みません。続編をとても楽しみにしています^^

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No title

彼岸花さん。いつも共感のできる記事を書いてくださってありがとう。
今回の記事も、何度も何度も読み返しました。

私も、場合によっては躊躇したり、時には沈黙をしたりすることがあったので、
お気持ちは痛いほどわかります。
本当に難しい問題ですが、お互いに頑張っていかないといけませんよね。

なんとなく…彼岸花さんのことを“戦友”のように思っている今日この頃です。
ありがとうございました。合掌

Re: spoon ride さんへ

spoon ride さん。こんにちは。
心強い応援コメント、ありがとうございます。
なんだかじんとするほど嬉しいです。

spoon ride さまのブログで、私のブログを紹介してくださるお話。
ほんとうに光栄です♪ どうぞどうぞお願いいたします。
柔らかい雰囲気のすてきなすてきな家具や、お店を飾る素晴らしい生け花。
そこにプラカードを持ち込むようで、申しわけなく思います(笑)。

『ただいま被曝中』という福島の方の記事を読んでいただき、
spoon ride さんも私と同じようにジレンマから脱し、呪縛が解けた、というお話。
「ああ、ほんとうに!」と、あらためてあの原発事故がどれほど
人々の心を苦しませ悲しませたかということを実感しなおしています。
人に良心があるゆえに、優しい思いやりがあるゆえに、放射能のことを
口にすれば福島の方を傷つけることになりはすまいか、
同情は同情でしかなく、綺麗事を遠くから言っても、それは福島の想いからは
おそらく程遠い。その一方で、福島産の米や野菜を敬遠する我がこころを
醜いと思う……
また、原発事故のことばかり書くのは、あの大地震大津波の被災者のことを
二の次にしていると思われはすまいか…
そんなジレンマに、どれほど多くのひとが捉えられているでしょう。
それだけではなく、たとえば私のような関東の者がなにかを言うことが、今回の原発事故の
影響をあまり受けないですんでいる西日本の方がたにはプレッシャーをかけることになる。
「自分は同情が足りないのではないか…」と。
それを察するがゆえに、私などもあまり原発原発と言わない方がいいのかな、などと
自粛してしまう…

そのように、多くの、それぞれに違うジレンマや自縄自縛が、人々の心を
苦しませ悲しませてきました。
でも、それって、なにかおかしい。なぜ、私たちがそのような感情の分断に
陥らなければならないの?その一方で、原発事故直後にあれほど『大丈夫大丈夫』と
言っていた政府、マスコミの人々からは、反省の弁も聞かれない。
くすぶっていた想いが、『不幸の均霑プロパガンダ』の記事によってすっきり説明され、
『ただいま被曝中』の記事によって解放されました。

私たち国民が分断されてはならないと思いました。
お互いに遠慮しあって口を噤んでいる…それは、原発をなにがなんでもまた動かし、
また美味しい汁をそこから吸おうとする人々の思うつぼだ、と。

実はね。spoon ride さん。あなたのこのコメント、どれほど私を勇気づけて
くださったかわかりません。なにが正しいのか、ということには実は
正解があるようでいてない。いつも記事を書きつつ、私も揺らいでいます。
今回もそうです。こんなこと書いて、誰かを遠くで傷つけていることになりはしないか…
そんなとき、spoon rideさんの、
『ジレンマと戦っていましたが、彼岸花さんと同じく呪縛が解けました。』
という言葉が、どれほど『ああ、私ひとりじゃない!』という想いにさせてくださったことか!^^

ありがとうございます。
これからも、正直な想いを書いていってみようと思います♪



洗脳

彼岸花さん、こんにちは。
新年のご挨拶ありがとうございました!
早速、「不幸の均霑」プロパガンダ、拝見させて頂きました。
こういった意識操作は世の中に数えきれないくらいあるけれど、日本人の性格を巧みに利用した、命を脅かすもっとも悪質な手口です!!
年末にも、四国電力から「パンクしますので節電を!」のビラが回って来ましたが、伊方原発の停止がらみでどうも釈然とせず、常識的な節電のみ行いました。

そして「ただいま被爆中」の記事・・・。
ジレンマと戦っていましたが、彼岸花さんと同じく呪縛が解けました。

当ブログの次回UP記事に、彼岸花さんのブログを紹介させて頂いてもよろしいですか?
よいお返事お待ちしております。

Re: NANTEI さんへ

NANTEIさん。ありがとうございます。
これ。重いですよね~。
私もなかなか書けずにいました。
書けば誤解を生むような気もし、そういう保身を考える自分を責め、
でも、本質はこうだよな~と思えば、見て見ぬふりをして過ぎることもできず。

いや~。テーマが大きすぎるというよりは、あの大震災、原発事故が原因で
日本が抱えてしまった問題があまりにも大きすぎて。
それを過少に見せよう見せようとし、自分たちのとってきた行動を
振り返って反省して見ようともしない政府や東電、経済界の一部、マスコミ…
に腹が立ちました。とりわけ私がひどかったと思うのはマスコミです。

自分の記憶はどんどん薄れて行きます。そのときの感情やしていたことが
ごっちゃになりかかっている。
その記憶をたどり起こしながら、政府やマスコミが言ったりしたりしていたことと
比べてみるのもいいかな、と思いました。書き残してきたことがたくさんあるし。

『壮大なライフワーク』…そんな大したものじゃありません。^^
あまりプレッシャー書けないでくださ~い!(爆)
でも、若い方皆さんに語っておきたいこともたくさんあります。
それは必ずしも原発のことだけでなく。ジャーナリズムのこと、組合活動のこと、
思想問題のこと、戦争のことなど、いろいろ!

プロパガンダ。そうですか!そういうセミナーを!
ゲッペルスが、その方法論を確立した、とお伺いして、なるほど、と思います。
どこぞの新市長さんも、負けない議論の方法論の本をお書きになっているとか。
2005年に出版された『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』(日本文芸社)
という本らしいですが、彼はそこで自分の、今、ハシズム、などと呼ばれている
言論テクニックの手の内を明かしているらしいですよ。^^
人心を容易につかむには、ほんとですね。難しい言葉をつかってはだめ。
わかりやすい言葉で何度でも、というのは、、、、あら、『日本の原発はクリーンで
安全です』などというのもそうですね!
言葉が多く、説明的になるほど、人心はつかめない、ということも言えそうです。^^

また、いろいろおしえてください。ありがとうございます。


ぼちぼち書いていきます。
気も詰まるので、その他の記事も書いていきます。彼岸花さんらしい記事も
書かなくっちゃ。^^
折角道を開いてくださった、俳句や短歌の勉強もしたいですし、
どうかNANTEIさん。コメントなどお気になさらず、また気軽に
お読みいただければ嬉しいです。そしてご指導のほどを。
 

まず、

大きなため息とともに、読み終えました。
私自身としては、軽々にコメントはできません。
まだまだ水面に近いようなところで、この国の症状、患部を見ているに違いないからです。
ですから、これから始まろうとしている、『不幸の均霑』をキーワードにした論文、多分長い旅路になるかと思われますが、私も何節かはコメントできないかと思います。私の心の焦点が合ったとき、初めて私の言葉で感想を述べることが出来るのでは、と思っております。道中くれぐれもお体に気を付けて、壮大なライフワークを成し遂げてください。
最後に、私が教わったセミナーの一つが「プロパガンダ」でした。
今もバイブルとされるプロパガンダの手法を確立したのは、かのナチスの宣伝相ゲッペルスでした。彼のプロパガンダの骨髄は「底辺の人民に、分かり易い言葉で、何度でも」という実に単純なコンセプトでした。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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