『夜の物音』 愛(かな)しきもの 其の十二

夜、一人で起きている。
まあ、縫物をしていたり、パソコンに向かっていたり本を読んでいたり。

深夜二時半。
勿論近所の家々は雨戸をしっかり閉ざして深い眠りについている。
この界隈の人々は早寝早起き。今頃起きているのは、私だけじゃないかしら。

し~んと静まり返った一人の夜。
ところが、この『し~んと静まり返った』という、定型的な表現。
江戸の昔なら、実際そうだったのかもしれないが、現代の生活では
これは必ずしも正確ではないのである。
夜、家の内外のものが全て寝静まり、誰も活動していなくても、
物音というものは、深夜でも結構あちこちからしてくるものである。
今こうやって一人起きている私の耳には、実に様々な音が聞こえてくる。

まず、窓の外からは、近くの幹線道路をいく、車の音が絶えず聞こえてくる。
私の家のそう、直線距離にして30メートルほどのところを、幹線道路が通っている。
でも、通りからは引っ込んだところに家はあるので、昼間は、
車の音は普段さほど気にならない。
訪ねてきた人が、「ここは静かですね」というくらい。
ところが、夜は、車の中のひとの気配がすぐ間近に感じられるほどに、
幹線道路の音が耳に直に届いてくる。
勿論昼間ほど、通過する台数が多いわけではない。それだけに、
時折行く車のタイヤの音は、中にいる人の息遣いさえ感じられるほどに、
案外生々しく近く感じるのである。
この深夜、そのひとは一体どこへ向けて、何のために車を走らせているのであろうか。

ずっとずっと昔。私が高校生の頃。
父のいる故郷の高原の町へ、冬、車で帰ったことがあった。
列車で帰れば、5,6時間もかかるところである。
その時、私を車に乗せていってくれた人の顔も、私との関係も思い出せない。
ただ、知人、としか。親戚の誰かだったのかな。
その人が同じくその町へ帰るというので母が頼んで、私を乗せていってくれる事になったのである。
夜の国道をひた走りに走る。
昔のこととて、暖房もない車の中は寒く、私は借りた毛布のようなものを
体に巻きつけて、さほど知りもしない人の車に命を預けて眠っていた。
体は寒いのに、毛布の外に出た顔の頬だけは妙に熱っぽく熱かった。
夜を走る車はいつも、妙に親密な空間。そうして妙に熱っぽさを顔に感じないだろうか。

明け方、故郷の町に一番近い駅にたどり着いた。
寒い冬の朝。白い息を吐きながら車から降り立つ。体が強張ってしまっている。
その人はそこまで。
駅前には猟師のかぶるような耳あてのついた帽子をかぶった小柄な父が、
私を迎えに来て、やはり白い息を吐きながら、駅舎でずっと待ってくれていた。
今、外をいく車の音を聴きながら、ふと忘れていたそんな昔の情景が懐かしく蘇ってきた。

トラックの重い地響きの音も多く聞こえる。
眠くないかな。疲れていないかな。どこへ何を運んで行くのかな。
家族のことや、あるいは、目的地の飲み屋に働く恋人のことなど考えながら、
機嫌良く車を運転しているひとの姿をふと、想像してみる。


さて、家の中。
人が寝静まっていれば、何の物音もしないと思うでしょう。
ところが、意外にいろんな音がする。
まず、炬燵の音。
私はいつも、よほど寒くない限り、エアコンは使わず、暖房は炬燵だけで冬を過ごす。
この電気炬燵というもの。案外にうるさいのである(笑)
常に、何とも表現のしようがないが、う~ん、とでも言うような音を出し続けている。
そうして、壁の掛け時計からは、休まず秒針の時を刻む音がしてくる。
この二つの音が、私の深夜の親しい友。
炬燵からは、時折、サーモスタットが温度調節をこまめにしてくれる
カチン、という小さな音も聞こえてくる。

お茶でも飲むかな。そう思って台所に行けば、冷蔵庫からやはり絶えず低い周波の音が
洩れ聞こえてくる。冷蔵庫の上に電子レンジが載せてあって、普段使わないそのレンジ用の
金網も乗せてあるものだから、冷蔵庫の振動に合わせて、金網がかすかに共振する
音さえする。

お茶を入れて、また部屋に戻る。
遠くでかすかにサイレンの音。救急車が近づいてくるようだ。
でも、ここの幹線道路をいくのではないらしい。

不思議なのは、家の中にはさらに何か、常に正体のわからない音がすることである。
ピシッ!とか、カチッ!とか、パチッ!とかいう、小さな音がどこからか聞こえてくる。
たとえばそれは、立てかけておいた本が、静かに静かに傾く音であったりする。
さっき、買ってきたもののセロファン包装を取り去って、ギュッと握りつぶして捻って、
くず入れに捨てた。そのセロファンが、わずかずつわずかずつ、ほぐれて開いていこうとする
音であったりする。
また、飾っておいた花の花びらが、パサリ!と落ちる音もある。

そうして…。古くなった家の家鳴りの音。
木材が気温で縮んだり伸びたりする。その音が、パキッ!とかコトン!とか
夜の静けさに大きく響くのである。

そうしてさらに。
私のたどたどしいキーボードのタイピングの音。クリックの音・・・・・。
深夜の部屋には、他に誰かいるのかな、と思わせるほど、
ひそかでかすかな音が満ちている。

花びらが落ちる。サーモスタットが働く。秒針の音。
よじっておいたパラフィン紙が、ゆっくりゆっくり元に戻ろうとする音・・・。
そう。それらは皆、『とき』がたてる音なのかもしれないな。
こうやって、私の人生が、少しづつ少しづつ過ぎてゆく。
私しか知らない、私だけの人生の音。


さあ。でも。いい加減で眠らないと。外に新聞配達のバイクの音がしてしまう。
眠ろう。
秒針の音。家鳴りの音。セロファンのほぐれる音・・・。
あなたたち、もう電気を消すから、暗闇の中で勝手におしゃべりおやりなさい。
私はもう寝ます。またあした。



皆さんも、たまに一人の深夜。夜の物音に耳を傾けてみませんか?


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Re: そらまめさんへ

花びらで一番はらり、という感じのするのはチューリップです。
あれはカップのようにきゅっと閉じている印象がありますが、
放っておくと、これ、チューリップ?というくらいに花びらが開いて
また違う顔を見せてくれるんですよね。
でも、その先は、本当にぼたり!という感じで花びらが散る。
そうなる前に片づけてやりなさいよ、ってこと(笑)。

ああ~。雪国の家鳴りは、不安でしょうね。
それ以上に気持ちが悪いのは、フナムシですか!
私もフナムシは苦手です。よく、浜辺のボートなどにいる奴ですね。
ゴキブリもいやだけど、フナムシはたくさんいて、それが一斉に
ぞわぞわーっと逃げるのが、もうたまらなくぞわぞわーっとしますね。
海に近い家だと、侵入してくるんですねえ。
でもその時は、お米にわいた虫が犯人でしたか(笑)

冬にこの記事を書いたので、夏の虫のことは忘れていましたが、
確かに夜の物音と言うと、虫の音がありますね。
もちろん外で鳴く鈴虫などの音もありますが、玄関の開け閉めなどの際に
潜り込んできた、小さな蛾やカナブンなどが、電灯にぶつかる音、
などというのも、確かに夜の物音ですね。
ああ~、夏の物音のことを忘れていました。

そらまめさんも基本的に夜更かし族でいらっしゃるんですね。
私も夜が好きなんです。
なんとなくバタバタ過ごした一日の終わりには一人の時間が絶対に
欲しいです。
なんだかおなかすいてきちゃった。
甘くした紅茶でも飲もうかな。眠れなくなっちゃうかな(笑)。

No title

花びらのハラリと散ち落ちた音、あれは何とも言えない感じがありますね。
小さいか頃から夜更かし大好きな私は、中学生ともなると翌日が休みだったり
夏休みに入ると一人で真夜中を過ごすことが多くなりました。
夜は異世界への扉が開く魔の時間・・・そんな妄想を楽しみつつ。(笑)
なのでパシッ・ピシッという家の軋みは日常の音ですが雪の多い日は別です。
崩れるんじゃなかろうか???とリアルな不安が・・・・。
(そんなに古くもなかったのですが、心配性なので・苦笑)

そんな私が一番不気味だった音。
どこからかかすかに聞こえる繰り返される『カサカサッ・・・カサッ・・・』
明らかに虫の動く音。
ゴキブリは大丈夫ですが、海の近くの我が家にはフナ虫と言う叩いても死なない
無敵な虫が時折侵入し、これが本当に私は苦手で・・・。(汗)
場所を突き止めない限りは眠れない私は音を頼りに真夜中の探索。

結局、音の原因は米袋。
夏の暑さで虫が発生してしまったという。
はぁ・・・・虫、キライじゃないけど、寝ている間に自分の体を這われているという
想像すると、本当にキモチワルイです。

あ・・・・・話が逸れてしまいましたが、忘れられない夜のお話でした。
ううう・・・・思い出しただけで嫌な気分です。(汗)

Re: 乙山さんへ

古くなった家のせいか、暮らしぶりのせいか、私の家は
いろいろな音がします。
静かではあるのですが、また静かだから余計に、
外をいく車の音、遠くの救急車の音、最終電車が踏切を過ぎる音、
そうして、ねじって捨てた紙のほぐれる音など、かすかな音が
夜の友となってくれます。
それらの音は、ただ音として聞こえてくるのではなく、
何かそこに生きている人の息遣い、というか、ドラマを
想像させてくれるので好きなのです。
見知らぬ誰かが、深夜の国道をいく。それを聴いている私。
一人勝手な共感、なんですけどね。

乙山さんの紹介なさる音楽は、そうした夜に聴くのに
よさそうなものがたくさんありますね。
先日のジョー・パスなどは、一人耳を傾けるのに本当に
よさそうです。

静かなほうがいいんだけど

こんばんは、乙山です。
夜は静かなほうがいい、これは間違いのないところです。
隣の音が聞こえてきて困る、というのを経験していますからね。

なるほど、家には家に固有の音があるみたいです。
それを「家鳴り」とかいうのでしょうか。
戸建ての家にはよくありそうです。

近代的なマンションにはなさそうですが、
やはりその家にはその家の、かすかな音があるような気がします。
許せるような、あっても嫌ではない音なら、それはそれでいいですよね。

Re: 依里さんへ

こちらでは、はじめまして、ですね(笑)。
いつも、読ませていただいていて、こちらの背筋がピシッと
伸びてくるような感じの文章、拝見しています。

そうですか。依里さんも深夜族でいらっしゃいますか。
今日も、まだ宵の口、とばかりに起きてらっしゃるかしら(笑)。

夜の静かな時間は大切に思えますね。
自分を取り戻す時間、という感じがします。

ご訪問とコメント、ありがとうございました♪

確かに深夜
いろいろな音がしますね
静かな筈だと言う先入観が働いているだけに、僅かな物音が気になります
私もすっかり深夜族。そろそろ寝ます

Re: neroneko さんへ

ジョン・ケージ。さっそく、Wikiで調べました(笑)。
自然空間の中では、夜、街灯もなく、月明かり星明かりもなくても、
まったくの闇にはならないといいますね。地球を取り囲む大気が、
太陽光を反射して、夜でもかすかな明かりが届いている。
それに似て、まったくの無音というものも、自分が生きている限り、
無いということなんですね。似てもいないかな。
とにかくまったくの無音、まったくの闇、というものは
経験しづらいということでしょう。

夜の部屋は本当に、ささやかな音に満ちています。
それは『とき』が生みだす音であったり、重力が生む音なんですね。
花びらがはらりと落ちる。くず入れのキャンディの包み紙が、
引っかかっていた紙切れから離れて、底まで落ちる・・・。
ほんとにどれもかそけき音、なんですけどね。

> ついでに、あと一つだけ、開いていくパラフィン紙で思い出したので、美しい歌を。

> 生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり 森岡貞香

ああ。いい歌ですねえ。
この感覚好きです。
この歌自体ももちろんですが、neroneko さんが早速こういう歌を思い出して
教えてくださるそのこと。それがとても美しい気がするのです。
私は歌が詠めないので、偉そうなことも言えないのですが、昔のひとは
歌で気持ちを送りました。すると、自分が望んでいた返事をはるかに超える、
素晴らしい返歌がかえってきた。そんな感じ。

私も、たとえ蛾といえども、たたきつぶしたりするのは厭なのです。
とまっている蛾に、箱の蓋のようなものを上からかぶせ、下から紙を
そっと差し込んで、そうやって蛾を閉じ込めて玄関まで行き、
夜の闇の中にそっと放してやります。
この歌の作者も同じ想いなのでしょう。ゆるく捻っておいた
紙つぶては、朝になってほぐれてしまっていて、蛾は逃げてしまっている。
それを作者はこころの隅で願っているんですね。
「花の形にひらきをり」という表現がそれを表している気がするのです。

とっても美しい、本当にいい歌だと思いました。
すてきな歌を教えてくださってありがとうございました。

No title

無音について大学の授業で教わったことがあります。
厳密な無音を経験するために、ジョン・ケージ(多分)が無音室を作って中に入ったんだそうです。
ところが、耳を澄ますと自分の脈、血流、鼓動の音が聞こえてくる…。
純粋な無音を人間は経験することができないんですね。

閑さや岩にしみ入蝉の声 松尾芭蕉

立石寺では蝉の大音響だったはずです。
でも、いや、だからこその静かさなんだと思います。
(この「閑さ」は閑散としているというだけではないと思っています。)

すみません、自分でも何が言いたいか分からなくなってきました。
ついでに、あと一つだけ、開いていくパラフィン紙で思い出したので、美しい歌を。

生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり 森岡貞香

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Re: さかごろうさんへ

> 私もついつい夜更かししてしまうので、真夜中の音はほぼ毎日聴いてます。
> これがなかなか賑やかなんですよね。

ああ。さかごろうさん!そうですよね!
お仲間ですね(笑)。

なんかどこかで、プチプチ、かさかさいう音が、あちこちでするんですよね。
でも、家鳴りの音は大胆です(笑)。
パキッ!とか、ミシッ!とか言うと、この家大丈夫かな、とちょっと不安に(笑)。

今夜は家鳴りはおとなしいです。
さっきまで風が唸ってたんですが、今はピタッと止まってる。

そう。雪の日は、なぜか雪が全ての音を吸収しでもしたかのように、
し~んと静かになりますね。あれは何なんでしょう。
やはり、雪が吸収しているとしか言いようがないですね。
どなたか科学的に説明してくださらないかしら(笑)。
東京のこのくらいの雪程度で、よく雪を語るね~と、笑われてしまいそうですが、
家の中にいて、何かあたりが急に静かになったのにふと気づいて障子を開け、
初めて雪が静かに降り積もっていることに気づくことって
よくありますよね。
しかし、雪国の雪はまたまったく別物なんだろうな~。
そちらはどのくらい降っているのでしょうか。
お顔は存知あげないけれど、雪に閉ざされ、暖房のきいたお部屋で
音楽などお聴きになったり、深夜家鳴りの音に耳を澄ませて、天井を
ふと見上げたりなさっているさかごろうさんのお姿を想像すると、
何か懐かしく。

No title

私もついつい夜更かししてしまうので、真夜中の音はほぼ毎日聴いてます。
これがなかなか賑やかなんですよね。

家鳴りの音。
特に寒い時。
今日みたいに雪が降った日なんかは特に。

でも雪の日は不思議と、外の物音はそれこそ「シーン.....」として静かなんですよね。
天気が天気だから出歩く人が少ないせいかも。
その分、家の中の音がいつも以上に大きく聴こえます(笑)
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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