『3.11から』 ①

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…短歌の形式はとってみましたが、こんなものを短歌と呼べるでしょうか。

…しかし、昨年、2011年の3月11日の私は、まさにこういう気持ちでした。
おそらく、日本中のひとが、このような、
言葉にならない声を、声にならない言葉を、
ぐっと呑み込んでいらしたのではないでしょうか……。

東北大震災とそれに続く福島第一原発事故。
犠牲者の方々のご冥福を祈るとともに、大きな心の傷を負いながら
被災地で今なお、思うようにならぬ厳しい生活を続けていらっしゃる方々に
お見舞いを心から申し上げます。


一年という歳月。人々は、とりわけ為政者は、この災害と事故をどう受け止め、どう
対処してきたでしょうか。
今年3月11日には、国主催の追悼会が催され、野田総理も哀悼の意を述べました。
岩手、宮城、福島を初め全国各地で、それぞれに震災一年の追悼式典や集会が
催されました。報道もそのだいぶ前から、盛んに検証番組、記事などが見られました。

しかし、今、妙に目立つ言葉は、『瓦礫処理』と『除染』という言葉。
わたしは、この2つの言葉に、なぜかいやな、ある意図を感じてしまいます。

3月11日が過ぎたとたんに、テレビの関連番組はがたっと減りました。
私は、一周忌の追悼式典が済んだことで、政府や東電やマスコミなどが、
或る種の『みそぎ』をもう済ませた!というような気分になるのではないかと
危ぶんでいます。そして、そう言っては悪いが、あまり関心のない、国民のある一部分の人々も。
これでなにか、責任を果たしたような、荷が軽くなったような気分になって、
政府や電力会社が、原発再稼働に向けてあからさまに動き始めるのではないか。

『いやなものは、豊かに流れる川や四方を取り囲む広大な海に流してしまえば、
文字通り水に流してしまえば見えなくなってくれる、消えてくれる』と思いがちな、
日本人の習性。
また、『なにか悪いことがあっても、禊という宗教行事を済ませてしまえば、
清浄に戻れる』と良くも悪くも信じてきた、この国の心性。

…これほどの大震災、これほどの大事故があったのです!
その原因を徹底的に追及し、それをもたらしてきた者たちや組織、根本構造の
責任を厳しく問う、そうして、自らの生のありようも深く問う、という大事なことを、
しなければならないはずです。
それなのに、ひょっとして。
上に書いたような心性を持つ日本人は、為政者を初めとして、その厳しいことに向き合うのを
スルーしてしまうのではなかろうか?という恐れを私は抱いています。

この一カ月ほど。震災の日が近づくにつれ、私は言葉を失っていきました。
ちょうど、一年前、大津波が東北太平洋岸を呑んだあの日から、
しばらく言葉を失っていたのとまったく同じように。
…なにかが私を縛っていました。
今はこれを言ってはいけない。これを口にすべきでない。私には資格がない…
そんな自縄自縛。

それを象徴しているのが、『瓦礫処理』と『除染』ということでした。
ああ、それから、『福島の農産物の流通』もそうです。
これらを、私たち日本人はどう考えていけばいいのか。
瓦礫処理が進まねば、岩手、宮城など、原発事故と直接関係ない地域まで
復興が進まない。と、そう盛んに言われています。
『除染』は、効果がないんじゃないか…チェルノブイリの経験者はそういいます。
私もそう思うのです。
でも、政府は、そこに福島復興の鍵はあるとばかりに、金をつぎ込もうとしている。
確かになあ…ふるさとに帰りたくていらっしゃるだろうなあ…外のものはとやかく言えないか?
検査体制と流通の倫理が今一つ信じられない中で、『福島の農産物』は
流通すべきなのか…。
どの問題も、被災地以外の地域に住む日本人の、倫理観や、同胞への理解と絆のこころ、
といったものを、鋭く私たちに突きつけてきます。

NIMBY症候群という言葉があります。
ニンビー症候群と読む。NIMBYとは、Not In My Back Yard。
(自分の裏庭にはあってほしくない)の略です。

「施設の必要性は認識するが、自らの居住地域には建設してほしくない」とする住民たちや、
その態度を指す言葉。日本語ではこれらの施設について「忌避施設」「迷惑施設」
「嫌悪施設」などと呼称されているそうです。(Wikipediaによる)

今、この心性が私を初め、日本に広がっています。
福島の人々を、岩手、宮城の人々を助けたい。でも、放射能汚染のあるものだけは、
うちの近くに持ってくるのはやめて!売らないで! 

私は、昨年、『絆』とか『一つになろう、ニッポン!』とかテレビなどが盛んに繰り返す言葉の
そこはかとない嘘臭さを、肌に痛いほど感じつつ、被災地のことを思えば、
そんなことはとても口に出せませんでした。
誤解がないように言っておきますが、民衆の自発的な美しい感情から出てくるこうした言葉。
それらを否定しているのではありません!
そうではなく、それが巧妙に政治に利用されること、プロパガンダに使われる
危険を感じていたから、いやだなあ、と思ったのです。

今また、『瓦礫を受け入れないなんて、絆、絆と言っていたのは嘘だったのか!』とか、
『福島の米や野菜や果物を買ってあげなければ、福島は復興できない』とか言った
無言の圧力をどこからかひしひしと感じます。
また、除染に関しても、大きな疑問を感じつつ、ふるさとに帰りたい!という人々の
気持ちを思えば、除染は無駄なんじゃ…?という言葉を呑みこんでしまいます。

そうして、自分は被災地から遠く安全な場所にいて、従来通りの便利な生活をしている。
被災地の方々から見れば、所詮局外者。その気持ちに本当により添えるものだろうか。
私もまた、NIMBY症候群にかかった、醜い、自分勝手な人間なのではなかろうか…
そう自分を責めてしまいます。
そうすると、口が重くなって、何も言えなくなってしまうのです。


…しかし。しかし、私の胸の中で、『いや!違う!そうじゃない!本質は
そこじゃない!』と叫ぶ声がある。

政府や経済界が、やけに急いで進めようとしている他県での瓦礫処理が象徴しているもの…

そこに私は、原発をやみくもに推進してきた、そうしてこれでもまだこの先
原発稼働を進めようとしている、この国の政治家や経済界の意図を感じてしまうのです。
そこに巨大な利権がからんでいるから、ということのほかにも、なにかいやな意図を。

私たちが、自分を恥じたりして、自分の良心で自分を縛りつけて黙って
口を噤んでいる間に、それを悪用して、
『国民の善意』、という美しいものを悪用して、
なにかをなそうとしている者たちがいることを忘れてはいけないのではないでしょうか。

前に私は、『不幸の均霑プロパガンダ』というものについて書きました。
原発事故で汚染されたものを、みんなで分け合う。不幸はみんなで分かち持つ。
それは一見、美談のように聞こえ、私たち一人一人の良心に訴え責めてくる。

それが、悪用されないのなら、いいのです。
京都大学原子炉実験所の小出先生。もう何十年と原発の危険性を訴え続けることに
その生涯をかけ、ついに!とうとう!恐れていた事故が起きてしまったことを
誰よりも深く深く悲しんでいらっしゃる小出先生。
その彼は、悲しみを知るゆえに、『年を取ったものが福島の野菜を食べましょう』
と敢えて言います。
その彼の気持ちと同じように、この大震災の不幸を皆で分かち持とうという気持ちは
誰の中にもあるのではないでしょうか。

しかし、…そうやって、皆が汚染されているかもしれないものを引き受けていく…
その過程で、日本全体に言わば、負の感情…
もうしかたがないよ。皆でこれを受け入れるしかないじゃないか。
諦めよう。文句は言うまい。黙って耐えよう。
難しいことは考えないようにして、お上の言う通りにしよう…

そういう、思考停止、あきらめと他力依存、一種の責任放棄が国民の心情に起きること
…それを私は恐れるのです。
そのあきらめに、これまで原発を推進してきた者たち、高い防潮堤を作りさえすればいいという
この国の土建国家体質。その両方に群がり、利権の甘い汁をむさぼってきた者たちは
つけ込みます。

国民が瓦礫を受け入れたということが、権力者にとって一種の『みそぎ』になってしまう!!!
このままじゃいけない! 日本人は、『おとなしい羊』になってしまってはいけない


私は、今、ほとんど悲鳴を上げたいくらいです。
つらくても、面倒くさくても、気持ちが暗くなっても、見つめるべきことから
眼をそらしちゃいけない。

日本をどういう国にしたいのか。 …夢のある国にしたい。

それならば、もういい加減、国任せから卒業しなければ。
至る所、あらゆるケースに、自分で考えないで、自分で責任をとらないで、
『誰かがやってくれるだろう。いやなものも誰かが片付けて見えなくしてくれるだろう…』
という思考停止と責任放棄が見られます。
そういう私たち自身の性癖を変えない限り、私たち日本人は、また同じ過ちを
犯してしまわないでしょうか。
なにか、大きなもの、強いものに任せていればそれですむ。
その大きなもの、強いものが、どういうことをしでかしたでしょうか!
それを今、目のあたりに見ながら、子供たちをそういう中で育てていいのでしょうか!
大人が考えない、責任を全うしない社会に夢など生まれるでしょうか!


『3・11から』
このシリーズをいよいよ書く気力が出てきました。
3月11日からの時系列に沿って、あるいは時々は逸脱しながら、私が思う、
この国への希望と警告を書いていってみたいと思います。



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Re: lily姫さんへ

lily姫さん。ありがとう~。

もうね、『もう、原発はいいよ!』って人が多くなったと思うんですよ。
もう原発はいらない、という意味でではなく、もう、原発の話は聞きたくない、という意味で。
署名集めしていても、急速に、人々の関心が薄れていっているのを
感じます。特に、3月11以後は。
実際、通り過ぎながら、そういう言葉を言って行く人もいました。

そんな中で、原発のこと、ここにこうして書いていっていいのかなあ、という
迷いもあります。書く方も読むほうも楽しくないじゃないか、と。
そして、この国をどうしていいのか、人はどう考えているのか知りたくて、
最近、いろいろ本読んでたらね、ますます難しくてわからなくなってしまう。
問題の根が深すぎて、根本原因をどこまでたぐればいいのか、わからなくなって、
茫然としちゃってました。

瓦礫受け入れの問題も、食品を買う買わないの問題も、なにか、人道的、良心の
問題にすり替えられて、しかもそれが、これまで原発推進してきた人々の口から
発せられるのがどうにも納得いかないです。
こうやって、また、大々的な『瓦礫受け入れよう』キャンペーンが
国家的に張られていくと、瓦礫受け入れが正義、ということにいつのまにか
なっちゃって、反対する者は、『ちょっと変なひと!』ってことにまたなりかねません。
ちょうど、福島原発事故が起きる前の原発いけいけムードとまったく同じように。
そういう流れをひしひしと感じます。

だからね、書かなくちゃ!って思う。
気分は重いです。でも、黙ってちゃ、また、第二の事故が起きてしまってからでは
遅いから。

> 全国各地に瓦礫の受け入れを 進めようとするのも
> 他国が信じられないと驚く、甘い許容量も、
> 広くばらまいて、全国中を平均値にするためだとか
> 将来、健康被害が出ても、原発事故との因果関係を問えなくするためだとか
> そんな声も耳にしたことがあります
> 単なるうわさでしょうか
> いまだに、原発を稼動させようとしている国を見ていると
> 本当にそうではないかとも思います

これね。私、悲しいけれど本当だと思います。東電のやり方を見ていると
そう思えてくる。あの企業には良心などというものはないんじゃないかと。
だってね、まだ一回も、正式に企業として国民に謝ってないですよ。
これだけ多くの実質被害と精神的被害を与えながら。
世界に対しても謝ってない。
そして、被害の補償を受けるためには、何百頁という分厚い書類を呼んで書け、
なんて福島の人に最初要求したでしょ。今は少しは減ったらしいけど。
しかも、一度補償が決定したら、二度と追加交渉は受け付けない、なんて最初言って。
それが良心ある企業の言い草でしょうか。
大きな大きなお金を使った情報操作に彼らは長けています。
企業の便益のためなら、なんだってするし、考えつくと思う。
そこから甘い汁を吸っていた、政治家も官僚も、マスコミも経済界も学会も、
法曹界もみんな同じ。東電守るためなら、なんだって考えつく。

…その根っこの深さに、茫然としてしまいます…

lily姫さん。ありがとう。
黙っていてもね、あたし、lily姫さんの悲しみ、痛いほど感じてたよ。
あたしと同じように、戸惑って、立ち竦んで、悲しんでいてくれてるなあ、って。
それはね、同じ血を持つ姉妹のように伝わってくる…
頑張るわ!
これからも応援しててくださいね。ありがとう!
気持ちが嬉しかったです!

No title

放射性物質には、この量ならば大丈夫、心配ないという量は無いですよね
わずかであっても、害のあるものですよね
暫定的に、この量ならば、ヨシとするしかない数字を、
信用できない国が決めただけですよね

強い意志を持っていれば、打ち勝てるものでも
体の免疫力を上げれば、影響を受けなくてすむものでもない

瓦礫受け入れに反対する人たちを
もしかしたらの食べ物を避けたいと思う人たちを
自分さえ良ければいいのか!利己主義ではないか!とか
結局、福島だけに押し付けるのか!とか言って非難する空気

そうではない! そんなんじゃない! そうじゃないけれど・・・

思ってることを、うまく言葉で表現できないことと
誰かを傷つけてしまいそうなことと
誰かから責められそうなことと
いろんな思いが邪魔をして、勇気が出なくて、
そんなところです・・・・・・・・・

彼岸花さん、この「3.11から」の記事を書き始めるまでには
どれほどの勇気をふりしぼったのでしょうか
①も②も、繰り返し繰り返し、読んでいます


全国各地に瓦礫の受け入れを 進めようとするのも
他国が信じられないと驚く、甘い許容量も、
広くばらまいて、全国中を平均値にするためだとか
将来、健康被害が出ても、原発事故との因果関係を問えなくするためだとか
そんな声も耳にしたことがあります
単なるうわさでしょうか
いまだに、原発を稼動させようとしている国を見ていると
本当にそうではないかとも思います

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん、ありがとうございます。

静かな闘い。そうですね、続けていきましょうね。^^

私も、迷いつつ惑いつつ、書いていっています。これを書いたら
傷つく人がいるだろうか、傷つけまではしなくとも教条的に、説教くさく
なっていないだろうか、とか、いろいろ。
なにが正しいのかわからないこともたくさんある。
だから、書けなくなってしまって、口を噤んでしまうこともしばしばです。
署名集めも、効果のほどとか考えると虚しくなるときもある。
それでもね、絶対やはりこれは間違っていないだろうと思うのは、
『命』に立ち返って考えようということですよね。
どんな美味しい政策も、誰かに命や健康の犠牲を強いるのなら、それは
やはり間違っているだろうと思う。

子供を守るために。それは大人の原点だと思うのだけれど、それをわかってないと
いうか、わかっていて平気で無視できる大人が、この日本にたくさんいることが
驚き、というか、怒りを越えて、悲しいですね。

ありがとうございます。地道にでも、声を上げていきたいですね。
応援メッセージありがとうございます。私も、声援お送りします~~~♪^^ 

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 大門先生へ

>本当平和ボケは卒業しないとね~~~

先生。こんばんは~。^^

ほんとですよね~!
日本の何分の一かが今、大変なことになっているのに、大多数の人にとっては、
とりわけ政治家や、原子力ムラの人々や、マスコミ関係者や、は
痛痒も感じないんでしょうかしら。
まるで、なにもなかったかのように、朝を迎えて。お金儲けのこと考えて。
自分の政党の選挙とか派閥のこととか考えて。

今ね、面白い本読んでるんですよ。
今の若者は、とっても、今の日本に満足している比率がこれまでになく高い、という本。
そうなんですかしらん。ほんとですかしら。

考えてもわからないことばかり。問題が大きすぎて!^^
でも、なにか発信せずにいられませ~ん!
生きてるうちに、この日本が少し良くなっていったことを実感したいです~~ぅ!!!

美しい風景、美しいものだけを見て生きていたいです~!!!

先生、いつもありがとうございます♪

Re: morinofさんへ

morinofさん。こんばんは。^^
『同じような気持ちで』と言ってくださってありがとうございます。

国民がね、充分かつ正確な情報を与えられた後、ようく考えて、それで、
自らの意志で、そうしたい!と決めたのなら、瓦礫を引き受けることも、
お野菜を買うこともいいと思うんですよ。
でもね、嘘ばかり聞かされてきたでしょう。それどころか、まったく
必要な情報を知らされないでいる場合も多い。スピーディの情報とか。
そういう中で、国民があまり知らないところで、大事なことがどんどん
決められていく…その割には、急がなきゃいけないことは後回しとか無視。
子供たちの避難とか。
式典も、除染も、なにか形ばかり目について、本当に、被災地の方々の
求めることには手がまだ行ってない。
国民の方を見ていないで、経済…大企業とか自分たちの政治生命とか
そっちの方ばかり向いている政治家たち…。

一方で、テレビを中心にして、大震災のことを急速に忘れていこうと
しているような、この国のムード。

ほんとに情なく、腹立たしく、今日もさっきまでいろいろ調べたり見たり
してたんですけれど、悲しくなってしまって。
福島の子たちがね。いじらしくってね…。津波の猛威にあらためて茫然とし。

宇宙の運行が変わらずにいてくれるのは救いですね。^^
今日も7時頃、しばらく、外で、木星と金星、眺めていました。^^

美しい記事も書いていきたいと思っています♪
ありがとうございます。


No title

本当平和ボケは卒業しないとね~~~

同じような気持ちで

瓦礫、原発廃棄物処理、ちょっと危ないかもしれない農産物
絆の心でをもって、みんなで引き受けましょう。
それから数年経った時に『御免なさい。あれ、やっぱり悪かったみたいです。』
これまでにも、よくあったパターンですよね。
その時、いったい誰が日本を助けるのでしょう。
全く質の違う9・11と3・11を並べたような
イベント仕立てで黙祷してれば片付く問題ではないのに・・・・・・
放出され続けているのに除洗をしても意味もなく
結果、海に流れても食物連鎖で戻ってくるだけ。
まだ何にも始まっていないのに、ひとつけじめがついたような
3・11イベントにため息が出ます。
瓦礫処理、除洗、代替え発電、良い悪いではなく
お金が動き、誰かが莫大に儲かるから政治も企業も人も動く
これも「ああ、またか」と思えるような、よくあるパターン。
いま、私たちが心の底から叫び望んでいることは
きっと、そういう人たちにとってお金にならないのでしょう。
哀しいね・・・・・・。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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