『3.11から』 ② [瓦礫処理 其の一]

さて。前の記事で、東北大震災の瓦礫を広域処理しようとする
一大勢力についての懸念を書きました。

もし、福島第一原発事故による瓦礫の放射能汚染ということがなかったならば、
神淡路大震災の時のように瓦礫の受け入れはもっとスムーズに行ったでしょう。
私自身は、正直に言えば、東京都が瓦礫の受け入れを表明したことは仕方のないことだと
思っています。
東京都民はエネルギーの大消費地です。美味しいところだけを享受して、
そのつけは他の地域に請け負わせるというのは間違っています。
だから、瓦礫くらい、引き受けなければ、という気持ちがあります。
極端に言えば、東京都民は原発の恩恵を受けたいなら、東京に原発を誘致すればいいとさえ
思っています。

しかし、それでもなお、こうして記事で、瓦礫の広域処理に反対するのには
理由があります。

一つは、たとえ微量ではあっても放射能を持つかもしれない瓦礫を、
広範囲にばらまき、そこで埋め立てまたは焼却して、国土と人体への放射能汚染を
これ以上広げてはいけないと思うから。
二つ目は、瓦礫を全国にばらまくその理由が、利権と結び付いているのではないか、という
恐れがあるからです。他にもっといい方法があるのではないか。
三つ目は、『3.11から』①で書いたように、
福島原発の事故で汚染されたかもしれない瓦礫を、日本の国民が受け入れを受容したら、
それを、『原発そのものの受容』というように拡大解釈して、原発推進に利用しかねない
勢力が、この国には、政官財、マスコミ、学界、法曹界…にどうしようもないほど
多く広がっているからです。
そうして、それによって、国民自身のこころの内に、『ああ、もう仕方ない!
原発のゴミを受容して、それと共にこの日本は生きていくしかない!
政府や自治体がそうしたいというんなら、もうしかたがない!』
というあきらめと思考停止と、健康に生きる権利の放棄と、強い者に対する依存が
芽生え、それが常態化してしまうのではないか、と恐れるからです。
実は、私が一番恐れているのは、この三番目のことです。



私が被災地以外の自治体による瓦礫受け入れに疑問を抱くわけ。
少し詳しく書いてみたいと思います。
まず、第一番目の理由について。

微量放射線の人体への影響が、まだ世界的に言って、定見というものが確立していない中、
もし今後、日本のあちこちで、野菜やその他の製品の汚染、また人体などの(微量でも)
被曝が確認され出したら、今は、東北関東の数県の範囲にとどまっているように思える
汚染の風評は、日本全国へのそれとなり、日本の製品すべてに対する風評被害を
生むかも知れないことも考えておかねばならないと思います。

それより何より私は、放射性物質を含んだプルームと言われるものによって
おそらくなにがしかの放射能汚染されてしまったに違いない東京という土地に住んで、
私が、3・11以降に味わった悲しみを全国に広げたくないのです。

考えても見てください。
福島に比べれば、被害の程度は東京はささやかです。
それでも、人間というものがこれまで価値としてきたよろこびの多くを、
原発事故は奪ってしまいました。
美しい野菜がお店に並んでいる…それを無邪気に選び、家族のために調理して
食卓に供する…その喜びに影が射しました。
牛乳は子供の成長に欠かせない大事な栄養食品だと思われてきた。
その牛乳を疑って飲ませなければならなくなってしまいました。
まして乳児の粉ミルクや、母乳の汚染は!
水。日本のおいしい水。世界にも珍しい、清涼で豊かな貴重な水資源! 
その水も汚染されてしまっているかもしれない、とちらっと疑う。
現に3月、東京金町浄水場で乳児向けの暫定飲用基準を超える210ベクレル/kgの
放射性ヨウ素が検出されました。(3月23日毎日新聞)
その後は、放射線量が下がって、今は、都民も調理に飲料に入浴にと
迷わず水道の水を使っていると思うけれど、『水が汚染された!』と思った
あの時の悲しみを、いまだに私は忘れることができません。

庭いじりの喜び。家庭菜園の喜び。…これにも暗い影が射しました。
自分の家の庭を菜園を手入れしながら、ひょっとしてこの隅の方の
枯葉の吹き溜まりも放射線量が高いかもなあと思いながら、それまでだったら
堆肥替わりにしていたかもしれない落ち葉をかき集めて捨てる。
ごみとして捨てて焼却場に持って行けば、またそこから濃縮された放射能ゴミが出る。
気持ちのいい草原で子供たちを転げまわらせる喜び、砂場で嬉々として遊ばせる喜び、
川や海やプールに子供たちを連れていく喜び…
樹木のおい茂る公園を、落ち葉の散り敷いた道を、青草の茂る河原を散歩する喜び…

…そうしたささやかなひとびとの喜びの多くに、原発事故は影を落としました。
無論、福島では、影を落としたどころではない。ひとが住めない土地に一部は
なってしまった!
何も奪われていない、この東京でさえ、この悲しみを背負う。
地元福島の方がたの恐れと悲しみはどれほどでしょう!
その悲しみを、なにか美談のような気にさせられて、
そうしなければいけない、という圧力に負けて、
全国にばらまきたいですか!



生きとし生きる者にとっておよそなくてはならない水。水の問題を例にとってみましょう。

こちらにご訪問いただき、私が短歌や俳句の真似ごとをするきっかけを作ってくださった
『南亭雑記』ブログのNANTEIさん。http://nantei1943.blog129.fc2.com/

そのNANTEIさんが、瓦礫による水の汚染問題に取り組んでいらっしゃいます。
こんなことをご存じでしょうか。
千葉県に小櫃川(おびつがわ) 湊川(みなとがわ)という川が流れています。
それらの川の、なんと水源地近くに産廃処分場があるというのです。
そこに県内各地から大量の汚染汚泥が搬入されている。
県内各地から一キログラム当たり最大5500ベクレルの放射性セシウムを
含んだ汚泥が大量に搬入されているというのです。

君津市の大福山(だいふくざん) 新井総合(株)
富津市の大塚山(おおつかやま) 太平興産(株)
富津市 一般廃棄物処分場 富津市     の3か所。

これらの川から取水したものは、
袖ケ浦市 君津市 木更津市 富津市 市原市 35万人の人が飲む水道水になり、
中・下流域では主に水田の農業用水として、米作りに使われ、
地層に入った地下水は久留里などで上総掘り(かずさぼり)となり湧き出ていますが
こちらも農業用水は無論飲水 地酒にも使われているそうです。
千葉県が東京と同様に、東日本大震災で出た瓦礫を受け入れることになれば、
この35万人が利用する飲料水、農業用水等の水源に、放射性物質を含む
瓦礫が搬入され、あるいは焼却されることによって濃度が凝縮された汚染灰が
さらに埋め立てられることになるかもしれません。
しかもこれらの産廃場の埋め立て施設には、セシウム除去の配慮など
なったくなされていないというのです。

http://takumiuna.makusta.jp/e146570.html

…これを、ひとごとと言えるでしょうか。
日本全国にこれから受け入れられる、震災瓦礫。それらはいったいどこに運ばれて
どう処分されるでしょう。
千葉のケースのように、県民のいのちの水を供給する川の水源近くに
埋め立てられないという保証があるでしょうか。無責任な業者が、そういった
川の上流、美しい、ひとの来ない場所に、産業廃棄物を捨てる、といった
ことはよくあることです。
あなたの住む地域でこういうことが起こることもありうるのです。

世界にも稀な、日本の素晴らしい水。
貴重な水資源はすでに、世界では争奪戦が始まっています。
日本人は、あまりにも昔から、豊かで美しい水に慣らされてしまっているため、
水資源のことになにか鈍感です。
3月11日。福島第一原発で電源喪失、と聞いたとき、私はこれからもしかしたら
起こるかもしれないパニックと、そして命のもとである水の汚染を恐れました。
翌日にはもう、スーパーなどのペットボトルの水の買占めが始まっていました。

…いやなものです。
…そんな想いを、まだ汚染されていない地域の人にまで広めようというのでしょうか。

去年、政府は、東北関東各県の汚泥を、200 ベクレル/kg以下であれば、
乾燥汚泥や汚泥発酵肥料等の原料として使用できるとしました。
なんと愚かな! まだ汚れていない西日本の各地にまで、肥料としてばらまき、
汚染を広げ、そうして、食の安全や、農の喜び、庭仕事の楽しみまで
全国規模で奪ってしまうようなことを許すなんて。

そうやって、日本全国、もう放射線で汚されていないところはない!、
というふうに政策的に、戦略的に持って行って、
国民の、原子力の危険性に対する感受性を鈍磨させてしまい、
抵抗力をなくしてしまおうとでもいうのでしょうか!


       この記事、[瓦礫処理 其の二]に続く。



野菜たち美しき
     大震災と原発事故が起きる2カ月ほど前に撮った写真です。
      この美しいトマトたちの写真を見るたびに、私の胸には冷たい水のように悲しみが
      底に溜まっていく気がします…。
      この写真の商品は、汚染とまったく関係ありません









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Re:大門先生へ

> 原発の被害大きすぎるぅううううううううう!

ほんとですよね~~~!!!
今でも信じられません。東北被災地は二重の苦難。
でも、これが、原発を持つということ、なんだと思います。
その恐ろしさを、国と電力会社とマスコミと学界と…
みんなで綺麗ごとにして覆い隠してきたんですね~!

腹が立って腹が立って、小さな胸が、パンクしちゃいそうです!(苦笑)

先生。ありがとうございます!

Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん。こんばんは。^^

瓦礫受け入れを表明した、島田市長は、『がれきの受け入れが各地で進めば風評被害もなくなる』
と言ったらしいです。このニュース、どんどん削除されているらしいから、
確かめようがなかったけれど(どうして、真実をついているように思える記事ソースは、
削除されるんですかね)、瓦礫の広域処理を強く主張する人々の、もしこれが本音なら
怖いですね。
『悲しみを共有させて、戦う意思をなくさせる!』

経済の側面でしか、ものを見られない人がいかに多いことか!
今日も、原発都民投票の署名集め、今週土曜で終わるので、行ってきました。
山本太郎さんが応援に駆けつけてくださって、駅前の一角は多くの人だかりが出来ました。
たくさん署名も集まりました。
その中で、一番いつも冷淡だなあと感じるのは、立派な背広姿の
サラリーマンたちです。仕方ないのでしょう。企業内にいれば、企業の論理で
動かなければならないでしょうから。
それを責めているわけではありませんが、私人に立ち返ったときに、自分の子供の
健康とか考えないのかなあって、いつも不思議で悲しく思う。
いくら経済が回っていっても、国民の健康がむしばまれて行ったら、どうしようもないのにね。

愛希穂さん。いつも本質をずばりと捉えていらして。

『地震津波だけの被害と、原発の被害を一緒にしていることに、私は違和感を感じます。
この二つは違うものの筈なのに、一緒にして、東電の責任をうやむやにして
しまおうとしている。瓦礫処理の拒否=東北のことを考えていない冷たい人間、
なんて図式を作り上げようとしているかのよう。』 
>

そうそう。それなの。
私が3月の事故の直後から感じていた違和感というか悲しみはそれです!
なにか、原発のことを語るのが、地震津波の被災地の方々に悪いようなムード。
なにか議論がずらされているような、それによって本質が隠されていくような
焦燥感と、そして自責の念に捉えられていました。
愛希穂さん。よく言ってくださったわ。
原発事故など起きなければ、東北の復興は、国民をこんなふうに分断などすることなく、
今頃は迅速に進められていたでしょう。
その原発事故の責任者の東電は、瓦礫に対して責任をとろうとしない。
それどころか、ゴルフ場の汚染被害の訴えに対して、東電から出ていったものは
東電の責任じゃないって言って、それが認められるんですから!
そういう態度ですから。それをね、国と経済界が何とか守ろうとしている!
私ね、ちかいうち、ちょっと極端だけど、核廃棄物のこと書いてみますね。
愛希穂さんのお書きになってらっしゃること、いちいちうなずいてしまいます!^^
ありがとうございます!

東電がまき散らした危険なものを、どうして他の人たちが、もしかしたら生命を脅かすことになるだろう、その負担を強いられなければならないのか。自分が出したゴミは自分で始末する、そんな最低限のルールも守れない人たちが、なおも原発を再稼働させようとしている、本当に許せません。

No title

原発の被害大きすぎるぅううううううううう!

No title

こんにちは。

>国民の、原子力の危険性に対する感受性を鈍磨させてしまい、
抵抗力をなくしてしまおうとでもいうのでしょうか。

そういう思惑も感じる一方、彼らは本当に原発の危険性を感じていないのではないかと、最近思うようになりました。
橋下市長が原発廃止を訴えていますが、大手金融関係者は「機関投資家は経済合理性で判断する。原発事故によって原発に対する見方は変わっていない」と分析していて、個人以外の株主が大阪市の提案に賛同する可能性は低いという記事を目にしました。

経済が何よりも大事という人たちは、不謹慎な言い方ですが、もう一度、東京や大阪の近くで原発事故が起こらない限り、悟らないのではないかと思えてなりません。それからでは遅いのに。だからこうやって多くの人たちが原発廃止を訴えているのに。

放射能をおびているおそれのある瓦礫処理、私も広域処理には反対です。彼岸花さんと同じような理由です。
そしてまた思うのは、地震津波だけの被害と、原発の被害を一緒にしていることに、私は違和感を感じます。 この二つは違うものの筈なのに、一緒にして、東電の責任をうやむやにしてしまおうとしている。瓦礫処理の拒否=東北のことを考えていない冷たい人間、なんて図式を作り上げようとしているかのよう。 
東電がまき散らした危険なものを、どうして他の人たちが、もしかしたら生命を脅かすことになるだろう、その負担を強いられなければならないのか。自分が出したゴミは自分で始末する、そんな最低限のルールも守れない人たちが、なおも原発を再稼働させようとしている、本当に許せません。

Re: はなさかすーさんへ

はなさかすーさん。こんばんは~。^^

ものごとを、表からだけでなく、裏からも下からも、斜にも
遠くからもようく眺める。そして自分の頭で認識する…
画家という方々は、それを当然のようにするものでしょうね。^^

このことがほんとに大事ですね。

3月11日のずっと以前から、どれほど多くの国民が、大本営発表のような、
恣意的に一元化された報道、情報に踊らされて洗脳されてきたことでしょう。
ちょっと立ち止まって考えてみれば、あれ?おかしいな、と気づくはずなのに、
その訓練が小さい頃からできていない。

そもそも、日本人の気質には強い者、大きなものに添う、という傾向が
昔から良くも悪くも強いのかしら。
仲間がいないと不安になり、すぐ群れたがる。
群れに加わらないものを排斥する。

芸術家、という人種は、権力の手先になる人もそりゃ中にはいるけれど、
大体が、そもそも一匹狼的ですね。
戦争中は、美は軟弱であるという考え方、ほんとに強く。
そういう時代は二度と来てほしくないですね!
多くの画家が戦争画家として国威発揚のプロパガンダ用の絵を描かされた。
それを責める気はしませんけれど。
人間は弱いものだと思います。
この一応平和な世でさえ、同調圧力に何となく私もまた、ときに
口を噤んでしまいますもの。
『いまは、こんなこと言うべきときじゃないかな』とか…。

今、世の中がどんどん、かつてのきな臭い臭いをさせ始めているようで、
原発のことと同じように、そのことも気になります。
橋下大阪市長のような人に、安倍晋三元総理のような改憲論者で
戦争をしたい核兵器を持ちたい人がすり寄る…
政治が停滞する中、一面的なかっこよさとかキャラが面白いとか、
強そうだとかいうイージーな価値観で、こういう人をもてはやすマスコミや
庶民がいる…その思想の裏とかを見ないで……。

そんな中、ネットの世界をのぞけば、ほんとに、しっかりした意見もまた
あちこちで出会えますね。若い方でほんとに勉強してらっしゃる方もたっくさん!
私は3.11後、どれほどネットから、情報得たか知れません。
ただいつも、そのまま鵜呑みにしないようにはしています。新聞も反対の側面を
必ず想像してみます。

希望はありますよね。その希望は、一人一人がその場から立ち上げることで
大きく見えてくると思います。地震てんでんこ、もあると思いますが、
希望てんでんこ、という言葉もあるような。^^
一人一人が自分の持ち場から、出来ることを考えなさい。
持たれあって、一緒に逃げようなどと考えるんじゃない!
人の指示に唯々諾々と従うんじゃない!
自分の頭で考えて、自分でしっかり行動する。
…その力がいつか結集した時に希望は見えてくるような。^^


裏の裏

彼岸花さん、こんばんは^^

政治の裏には工作があります。その裏にも裏がありまして、全体像を掴むことは
容易ではありませんが、インターネットのお蔭で優秀な日本人が数多くいること
を知りました。当たり前に生きることを侵害したり支配したりすることが、際立つ
現代です。瓦礫もそのひとつですものね。

一つのモチーフを眺めて、大概は憶えやすい正面からの見た目を脳に刻みます。
絵描きは上下左右、斜めや底、近付いたり遠ざけたりと色んな角度から観察する
ことがしばしばです。おそらく多くの人もそんな感じで多角的に把握しながら本質
を見極める習慣が付けば、簡単に騙されたりしなくなるのだは?

僕は絵が分りません?なんていう政治家が多いことは問題です。
戦時中、美は軟弱であるとして、女・子供と同じように見た軍国主義から
日本は大して進んでいないのだと思います。瓦礫の問題に絡めるのは
少し強引ですけど。彼岸花さん、獅子座の猪だったのですね^^

Re: あやみさんへ

あやみさん。こんばんは。
ほんとうにね、私が少し書いては、また『絶句』してしまって次の記事書けない
というのを繰りかえしているのは、人間の欲望というのに結局はいつも
突き当って、それが、人間の本性ならば、いくらこんなこと書いたって無駄だよなあ…
という絶望に捉えられてしまうからです。
あやみさんがここでおっしゃる『理想』とか『希望』という言葉がそれに
当たるでしょうか?
理想や希望は決して悪いものではない。欲望、というものも、人間、いや
動物を動かす本然的エネルギーですから(食欲、SEI欲など)、すべて否定するわけにもいきません。
でも、あまりにも、先進国の人間は、その欲望を肥大化させてしまいましたね。
欲望の肥大化と共に、自己、というものも肥大化させてしまった。
なんでも出来る、なんでも夢のためならやっていい、という…
世界の大企業の一部、それらの経営者たちなどの超大金持ちたちの欲望ははてがない。
東電もそうですね。小出先生がおっしゃったように『たかが電気』。
たかが電気を作って供給する会社が、この国の政治、行政、学界、マスコミ、
司法…あらゆるところに入りこんで、それらを動かすほどの暗然たる権力を
握ってしまった。原子力という、『夢のエネルギー、永遠増殖する魔法のエネルギー』
という幻想を武器に。
そうして、そこに群がる人々や企業の、権力欲、金銭欲。
それは、他に産業のない貧しい町村の人々のレベルでも同じ。
何とか少しでもいい生活をしたいというささやかな希望に、政治家や電力会社が
お金でものすごい餌を撒いて言わば、応えた。
一度甘い汁を吸ったものは、もうそれを捨てることは出来ない。
娘息子の就職の世話から、飲食などの饗応まで、ありとあらゆるところで便宜を図ってくれる
素晴らしい企業。

それは何も、電気と原子力の問題に限らず、生活のいたるところで、そういう
欲望のもたれ合いが常套化して来てしまった世界…
自分の中にだってそういう欲望はある。

…徹底して考えて行くと、いつも、人間の果てしない欲望、ささやかな願望という
そこまで辿りついてしまいます。そうするともう、二進も三進も行かないな、こりゃ!って
なんだか匙を投げだしたくなってしまう。
…そんな状況が続きます。

そもそも、ここまで日本やアメリカのような国は、豊かで便利になる
必要があるんでしょうか?今日もTVタックル見てて、日本の将来は経済が
少子高齢化で破綻して、昭和のころに戻ってしまう、というシミュレーション
やっていた。テレビは夜9時まで、とかね、コンビニに商品がない、とか。(笑)
そんな程度の不便さかい!(笑)
食、住、医療、教育、など生活インフラが壊れてしまうのは絶対避けないといけない。
でも、現代人が不必要な贅沢って、山ほどありますよね。
昨日もちょっと出かけて駅ビルのトイレに入って、センサーで水が
流れるでしょ。あれだって電気使ってる。まだ暖房ががんがん訊いてて、コートと
カーディガン脱がなきゃならなかった。書店によれば、新刊書が山のように出てるけれど、
それらはいい本かどうか判断も出来ないほどさっさと店頭からひっこめられて
古書になってしまうか裁断される運命にある。レストランでは食べ残しの山。
季節のものでない野菜を遠くから運んで来て食べるために使うエネルギーったら!!

上から下まで、そういう恩恵にどっぷりつかってしまったら、それは
なかなか手放せなくなって、権力の座にあるものはそれを守ろうとして、
それで、…その結果がこのたびの原発過酷事故。
なんと、日本の半分とまではいかないでしょうが、3分の一?くらいは
なにがしか汚染されてしまった。この、稀に見る美しい国土がね。
…その汚染をさらに広げようとする者がいて、そこにまた利権が絡んでいるんですから。
除染利権もね!
もともとはね、ほんとよ!あやみさんがいみじくもおっしゃるように
『チンケな』人間の欲望の絡み合いなの。それがね、こんな信じられない
人類の歴史に残る悲劇を引き起こすんですから…!

本当に情けなく、絶句して立ち止まってしまうんです!(苦笑)

あ。東京に原発、なんて、私これっぽッちも思っていませんよ!(爆)
この世界中から原発なんてなくしたい。
東京人のNIMBY症候群の、横面をはたくには、そのくらいインパクトがないと
ダメかな、と思うだけです。
あ~。でも、『東京原発』という映画がありますが、そこでも言っていたように、
人間は原発がそばにきただけじゃ目覚めない。過酷事故起きなきゃ目覚めないんですかね。
…あら。過酷事故が起きても、まだ目覚めてくれないわ!!!
どうしましょう!!!(悲鳴と嘆き)

あやみさん。ありがとうございます~。
私のところは山に少し近いので、桜はまだまだ。梅はようやく咲きだしたくらいです。
沈丁花の香りもまだしません♪




ガレキ

こんにちは ご無沙汰してました。

「東京に原発を」のテーマに、高校の頃取り組んだことがあります。
地域エゴ。人工の少ない、インフラが疎な地方なら「原発を作っていい」という妄想。「東京に原発を」は「正論」であり、「きれいごと」であり、「危険な原発などないほうがよい」に綺麗に繋がるのですが、「それでも原発は必要」という大真理に無理やり連結されてます。悔しいけど世の中こういうお決まりのレールが敷かれています。

「それでも原発が必要」という既成概念を覆すしかないのだと思います。
だれも近づきたがらない原発、理想を追い続けるがため「それでも~」の呪いが解けません。だから原発がなくならない。

もう福島周辺での食糧生産は無理、福島だけを切り離して考える復興などありえず日本全体で対応を考えなければならないはずです。この足を引っ張るのが差別や補助の格差などのエゴ問題でしょうが、チンケな話じゃあありませんか!?
汚染ガレキを拡散して国民の思考を停止させる、全くその通りです。反対して当然、これはエゴとは無関係です。

これからの日本、棄てるべき「理想」や「希望」が山ほどあります。

なんだかばらばらの文章でごめんなさい。
桜は咲きましたか?

Re: NANTEIさんへ







NANTEIさん。こんばんは。
過分の誉め言葉を頂戴し、嬉しくもまた、心を引き締めています。
それでなくても、世界的に大きな問題が日本という小さな国を襲っていたのに、
大震災と原発事故は、さらにこの国に、大きな大きな負荷を負わせてしまいました。
いつも新聞を丁寧に読み、一所懸命考えているけれど、
時折は本や雑誌も読んでみるけれど、私のようなちっぽけなものには
解決法なんて考えつきません。
だからいつも問題の指摘ばかりで、言いっぱなしのブログ。^^
ひとのものの見方は、どんなに偏らないようにしようと思っていても、
自分の感覚がすでに幾ぶんかでも傾いていれば、傾きに気がつかない。
それを常に念頭においてはいますが、きっとたぶん、独断的な、偏向した物言いを
しょっちゅうしていることでしょう!(爆)
だから、なるべく、時々立ち止まって、『あたし、まっすぐ立ってる?』って
まわりを見て、姿勢を立て直そうとはしています(笑)。

いえいえとんでもない。私の方こそ、NANTEIさんにどれほど、多くのことを
ご教示頂いているか知れないです。NANTEIさんのところをお訪ねすると、
あるいはこうしてコメントをいただきますと、自分が傾いて立っているとき、
それを、はっ!と気づかされるんですよ。
あるいは突き進みすぎているときにも…。獅子座の猪どし生まれですから!(爆)
どうか、これから先、こりゃまずい方向に傾斜しすぎてるぞ!、と
お思いになられた時は、遠慮なく諫めてくださいませね。

『信頼というものは何ものにも替え難いもの』…

私も本当にそう思います。
ブログの世界で、私はそのことを知りました。
NANTEIさんは、私にとって、慈愛深くも厳しい兄のようなかたです。
(年齢と関係なくです)そして、なぜか、『信頼揺るがぬ同志のような』気持ちを
感じて…。^^
大江健三郎さんに絶対の信頼を寄せてしまうように…

ブログで知り合ったそれぞれの方が、ときに少しはらはらしながら(笑)、
彼岸花が黙りこんだり突っ走ったりするのを見ていてくださる…
そういう優しいまなざしを感じると、はっと自分を顧みることが出来ます。
『あたし、やさしさを忘れていないか?』とか、
『これは極論過ぎるかな。もう一度原点に帰ってみよう』とか…。

これからも、惑いつつ、ときに絶句して立ち尽くしつつ、書いていくと
思います。どうかまた、いろいろ教えてくださいませね。

しかし、3月11日後の、為政者たちやマスコミのしれっとした変わりよう!
『みそぎ』というものは、本来もっと、自分を厳しく問い詰め、身を正す
峻厳なものであるはずですよね。
大震災の被災地や原発事故の被害者たちの困窮を、急速に国民の眼から隠そう、
それも何やら胡散臭い美しい衣で!、というのに、我慢がならなくなりました。
頑張って書いていきますね!^^

は~い。目と心を時々休めるよう気をつけます。
南亭師匠のところに伺って、この世は原発だけじゃないよって確認して
肩の力を抜くようにします♪
私も時には綺麗な記事も書いていきたいです♪
ありがとうございます!



こんばんは。

いよいよ第二の始動、という感があります。
ほんとうは全て読み終えてから、私たちもよく考え自らもよく学んだ上で、
共感には共感を、反論があれば反論を述べなければいけません。
私は残念ながら反論の論拠を構築できませんし、なによりシンパサイザー
であります(これも残念・笑!)。
しかし信頼というのは何ものにも替え難いものです。
私はこの一年というもの、彼岸花さんの心底からの憂国と次世代への思いを読ませていただきました。一切ぶれの無いその言葉は、いつも私の心を揺さぶってくれました。おかげで改めて大江健三郎さんの言葉に耳を傾けるようになりましたし、
また千葉アクションにも陰ながら協力できるようになりました。
これも誰あろう、どくだみ荘のおかげです!(笑。
ああ、その千葉アクションを紹介していただきありがとうございます。

そして①で警告を出されていた、つい先週の「あれから一年」で「禊」を果たしたような世論操作には、その前から欺かれないようにと、何人かのブロガーさんと話していましたが、案の定この予想外の鎮静化策にはさすがに呆気に取られてしまいました。
これからの(執筆)は大変な時間と労力を費やすことと想像します。
けれども、PCの透過光は私たちの視力にとって(私だけか・^^)油断ならないものですから、根をつめないよう、そしてたまには「ナンテイお笑い劇場」で、気分転換してくれることを、切にお願いいたします!
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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