『U先生のこと』①

たまには原発以外のことも書きましょう。
本来、私のブログはこういうブログだったのです……



   『U先生のこと』


私が数年前まで塾の教師をしていたということは何回か書いたことがある。
私なりにその時その時は、生徒の一人一人を大事に思っていたけれど、
いつも書くように、私はデラシネ的気質がとても強い。
つまり、故郷喪失者で、根無し草なのである。一匹狼とも自分で名乗る(笑)。
人とのつながりを最初からあきらめているようなところがある。

その時その時は、決して人懐っこくないわけではないけれど、ある終焉点を
迎えたと思ったら、自分から何かを追いかけることはほとんどしない。
だから、20年任されていた塾をやめたいと思った時、生徒とも、かつての同僚とも
言わば、そこで縁を切った。
縁を切った、という強い言い方は正確でないかな。敢えて縁をつなごうとしない、といった方がいい。
今もおつきあいが続いている先生は一人だけである。
辛抱強く向こうから声をかけて心配してくださる優しいかただ。
生徒から年賀状がくるが(ありがとう)こちらから連絡はしない。すると、数年もすると年賀状は来なくなる。
寂しい生き方だと言われればそうかもしれないが、…もう慣れてしまった。

そんな中で、まだ連絡を取り合っている子が一人いる。
R子と言って、私が教えた中で、一番出来る子であった。
成績はオール5に一つだけ足りないというだけ。
とにかく一を聞いて二十くらい知る、という感じで、めちゃくちゃ頭がよかった。
それほどがむしゃらに勉強しなくても、まあ~~!!!とにかく優秀なのである。
ところがそのR子。事情があって高校中退し、家を飛び出てしまった。
中学で卒業したあとは塾にも当然連絡なし。
しかし、数年後、ふと私の家に連絡があり、これから大学検定受けて、大学に行きたいという。
そして、難なく検定をとり、そしてある大学の通信教育を受けることになった。

今は地方都市に住むその彼女が、時々私にメールしてくる。
英語の課題で、彼女の聡さをもってしてもわからないところを訊ねてくるのである。
通信教育と言えど、大学の英語の課題である。これが難しいのだ…!
…文法的な構造がわからないわけではない。内容が難しいのである。
精神医学のテーマとか、歴史上の人物のエピソードとか、知識がないと理解できないような
文ばかり。毎回、質問がくるたびに、辞書とWikiのお世話になって、必死で
私なりの解釈をして、彼女にまたメールを送り返す。
時には丸一晩かかることもあって、もともとたいして英語力のない私は、
とても疲れるけれど、実は大変楽しい!^^

…前置きが長くなった。
その彼女とのやり取りの中で、ふっと或る先生のことを思い出したのである。
彼女がスクーリングの時に会った先生が、全身から漂わせている気配が
よかった、というようなことを書いてきたとき…。
ふっと、何十年も昔の、ある先生のことを。

それは、U先生と言って、私の大学の時の先生である。
と言っても、私の行っていた女子大の専任ではなく、東大の英文科の先生でいらした。
非常勤の講師として、私の大学にお手伝いで来ていらしたのではあるまいか。
私は、彼の英米文学講義?の講座をとっていた。

ところが、今、『?』と書いたことが示すように、彼の授業に出た記憶が
ほとんどないのである。或る一回の内容しか覚えていない。
それは、こんな内容だった。

小説や詩などを読む。その小説などを解釈する時に、いくつか方法がある。
一つは、その作家について知ることである。その文を書いた人がどういう時代に生まれて
どういう生い立ちをして、どういう生き方をしたか…
それを知った上で、作品の解釈を深めていくやり方。
もう一つは、作品自体を純粋に味わうというやり方。作品は一度作家の手を
離れてしまえば、独立した者として、それはそこにある。
作者が不幸な生い立ちをしたとか、女にだらしなかったとか、そんなことは関係ない。
純粋にテキストとして読みこんでいく方法。

…その頃、大学4年。24歳であった私は、なあるほどなあ!といたく感心した。
自分自身は作家の生い立ちなどを知って、それに入れこんでしまう方であった。
そうでない、まったく作品を作家や時代から切り離して、作品自体として
鑑賞する、という方法があり、それが、私が先生の授業に参加していたその頃の
その時代における主流である、なんてこと、知りも考えもしなかった!!

そのとき何をテキストに使っていたか、題名などは思い出せない。
なんでも、『静かな池の面に石を投げる。すると波紋が広がっていく…』
…そんなふうな内容を含む短い一文だったように思う。
先生はそのテキストを使って、今言ったような、作品を独立した作品自体として
鑑賞する眼、というものを、鮮やかに分析しながら講義していった……

私が覚えているU先生の講義はこれ一回きりである!
だがその鮮やかな分析ぶりは非常に強い印象を私に残し、私は、『ああ!学問の世界というものは
こういうものか!』と深く深く感じ入ったのである。

しかし、私が感動したのは、その講義の内容だけでは実はなかった。
U先生が、また素晴らしくすてきな先生だったのである。
中肉中背(だったかな?)。年の頃は当時、40代前半かそのくらいだっただろうか。
(今あらためて調べ直してみたら、1971年のその時、42歳でいらしたようだ)

『白皙』ということばがあるが、こういう人のことを言うのだろうなあ、という感じの
風貌をしていらした。
色白の、大理石を思わせる肌。そして豊かな黒髪をほんのほんの少し長めに伸ばしていらしたが、
その黒い前髪が講義中、うつむくと、その肌理の細かい広い白い額にはらりとかかり…。
整った気品のある顔立ち。豊かな深い声。板書などする動作も優雅でいらした。
なにか全身から、学問の香り、というものを漂わせていらした。

…人は恐ろしいものである。
その優れたひととなり、というものは、黙ってそこに立っていても、どことはなく
洩れ伝わってくるものである。
例えば、作家の大江健三郎さん。
私はおそばに行ったことはないのだけれど、一度講演会に行ったことがある。
その時、広い講演会場に、舞台の袖からではなく、観客席の非常口のあたりから
大江さんが出ていらして、拍手に迎えられながら演壇へ一段一段上がっていかれた。
…その時の、大江さんの全身から発する、含羞と悲しみの気配というものを
私は今でも忘れることが出来ないでいる。

U先生からは、若き気鋭の英文学者としての、学問の香りというものが、
まるで、そこはかとなく漂う深い花の香りのように、教室の後ろの方にまで
伝わってくるかのようだった。

そう。その頃も今も私はなにも知らなくて、U先生がどんな経歴のひとなのか
知らないでいたが、実は彼は、
『仏蘭西文学の渋澤龍彦、独逸文学の種村季弘、英文学のU』と、当時
並び称されるような、少壮気鋭の英文学者でいらしたのである。
…ここまでお読みになった方の中には、ああ!あのひとか!とおわかりになった
かたもおいでかもしれない。

ところが私は、当時そんなことを知らなかった。それでも、この先生はただ者では
いらっしゃらないな、と言うことは直感で感じとっていた。

…しかし、そんな先生の授業を受ける機会があったにもかかわらず、
そうして、一度受けたその水の波紋がどうやらこうやら、という授業が、
感動的に素晴らしく思えたのにもかかわらず、先生の授業の記憶が、それっきりしかないのである。
たぶん、その頃既に私は、女子大というものに嫌気がさしていた。
私は高校を出てから、働いていたので、2年遅れで大学に入った。
同級生たちは2歳年下。そして先生たちは、付属の高校からまっすぐに来たという人も
多く、女の先生ばかりで、なにか、お嬢さん大学という感じで、生ぬるかったのである。
しかも私はすでに学生結婚したので、授業が終わるとまっすぐ家に帰って
主婦としての仕事をする…。
…その私生活と学校生活とのギャップが、私を苦しめ、私は大学3年の後半くらいから
英文科の授業をつまらなく感じ始めていた。
関係ない心理学とか、教育心理とか、宗教学とか、史学とか、そんな授業に出てばかりいた。
英文科の授業は出席のうるさそうなものだけ仕方なく顔を出しているという、ふまじめ学生だった。
だから、U先生の授業を、私は最初から、これもあまりつまらないのだろうと決めつけて、
ろくに出ずにいてしまっていたのではなかったろうか。
一回受けてあれほどの感銘を受けたものを、3回4回受けて覚えていないはずがないからである。
それとも、先生の側に事情があって、あまりうちの大学にお見えにならなかったか…。

とにかく、私のU先生の記憶は、したがって、その一回きりの授業から、
いきなり、大学4年の学年末試験に飛ぶ。
先生はおそらく、出席をうるさく取る方ではなかった。そして試験の内容も、
その年にした授業についての筆記試験などではなく、レポートを出すだけでよかった。
レポートのテーマは、


「倉橋由美子の『夢の浮橋』におけるセルフ・アイデンテティについて述べよ」

というものだった。




この記事②に続く


  

  
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Re: 手帳さんへ

手帳さ~ん!
って、いつもあなたが声かけてくださると、飛び付きたくなるわ。(笑)

それにしても、ほめ過ぎです。^^
でも、とってもすてきな誉め言葉なので、うっとりしちゃいました。

『多分目指すものが天の高き所に光ってるポーラースター的なものを見てるからなのかな。
「ふらふらしてるよ」ってご自分で言っても、まっすぐ極北を見てんですョ 』

なんて、ああ、いい誉め言葉だなあ!
私の目指すものヘの行き方なんて、そんな美しいもんじゃない、いつだってほんとは迷って
立ち止まって後戻りして、また重い体でよっこらしょ!って前に進む、って…
そんな風なことの繰り返しなんですよ。
でも、あんまりすてきな誉め言葉だから、自分の目指すものにさせていただくわ♪

『きっとあなたの心が動きたいものは心を傾ける価値のあるものに違いないのだから。』

という言葉も、なんてすてき!
うんうん。これわかる。きっと私だけでなく、みなさんがきっとそう。
ただ、若くてまだ見えないなんてことはあるかもしれませんね。
この、先生のこと、書きながら、今更ながらに自分の若い時代のこと
思い返して、自分って愚かだったなあ、って思います。
今だったら、もっといろんなことをいろんな人やものから素直に吸収できるかもしれない。
自分が価値とみなすものが、少し見えてきたのは、ほんとに最近なのよ。
少し遅かりし!って感じもありますが、まあ仕方ありませんね。
これからも、出来るだけ、綺麗な直線を描いて、目指すものを辿っていってみたいと
思います。

『「なんでこんな目に!面倒だ~大変よ~」
っておっしゃっても仕方がないのだ!観念してとっ組んで下さい。』

ってとこ読んで大爆笑。こういう手帳さん独特の言い方、好きだなあ!
そうよね、観念してとっ組んでいくしかないわよね(笑)。
そうします!
うんうん!力が湧いてきます。そうなの。やり始めたからには最後まで
やらなくっちゃね。ぐずぐず言っててもしようがない。

ありがとう、手帳さん!

手帳さんは、いつも、私が危なげに見えるとき、こうやってすてきな言葉を
かけてくれるのね。いつかも、私が糸の切れた風船みたいに、どこかに
飛んで行きそう、って心配してくれたでしょう。

『彼岸花さん、知らない人について行ってはいけませんよ。
「冒険の世界がはじまる。森に続く道を進んで」
と囁かれたらあなたは多分行ってしまいそうな人です。
ためらいもせず。』

そう書いてくださったのよね。私その頃、ほんとそんなこころの状態だったのよ。
今もそういうとこはなくもないけど。ほら、さすらい願望がありますから。^^
そのときは、手帳さんが、その白い細い手を伸ばして、風船の紐をつかんで
繋ぎとめてくれたの。

今度はその同じ手で、私という風船を、「ほら!どうしても行きたいのなら
まっすぐ空のあの高みまで思いきり登っていってごらんなさい!」
って、ポン!って軽く叩いて押し出してくれたみたいな感じよ。^^

手帳さん。すてきな言葉をありがとう。
なんだかあなたの方がずっとおね~えさんな気がすることがある。
遠くから、そっと見ていてくださいね。
イカロスみたいに空に昇りすぎたら、その白い手をまたすっと伸ばして
私をこの地上に引きもどしてね♪ (笑)

は~い!続き書きま~す♪





No title

こんにちは!
さすらいの漂い人の彼岸花サンは、なぜか思考はぜんぜんウネウネしない不思議です。
フリーハンドだったとしても気持ちの良い直線な感じ。。
なんでかなって時々考えるんですが、多分目指すものが天の高き所に光ってるポーラースター的なものを見てるからなのかな。
「ふらふらしてるよ」ってご自分で言っても、まっすぐ極北を見てんですョ

志の低いものにかまってるのが不可能なんだと思います。
「なんでこんな目に!面倒だ~大変よ~」
っておっしゃっても仕方がないのだ!観念してとっ組んで下さい。
きっとあなたの心が動きたいものは心を傾ける価値のあるものに違いないのだから。

でも時々こんな風に脱線して立ち話して下さると声がかけやすいな~
続きが非常に楽しみです!!!



プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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