『無聊な夜に』

春とは名ばかり。
東京ははっきりしない雨もよいの日が続いている。

昨日午前中わずかに晴れ間が出たものの、すぐに空は曇って、
今日もほぼ一日寒い雨の日だった。
いっそ雪になってくれたら、と思うが、びしょびしょびしょと
冷たい雨が降り続くばかり。

そういえば、このところいったい何をして毎日過ごしていたのだろう。
あまり外にも出ず、と言って家で何をしていたというわけでもなく、
普段、何か手を動かしていないと気のすまない私にしては珍しく、
ぼんやりとした日の過ごし方をしていた。
冬季オリンピックさえ、いつもほどにはこころを惹かれない。

これではいけないな。
雨の夕暮れの写真でも撮りに行こうかな。

そう思って、デジカメを持って、買い物がてらの散歩に出た。
でも、いつも通る道には何も変ったものもない。
買い物を済ませた頃には、もう写真を撮るには暗くなりすぎて
しまっていた。
銀行に寄って入金し、「ああ、帰るか!」と、家のほうに足を向ける。
花屋ももう店じまいか、照明を少し落として、店先の鉢などを
奥にしまい始めている。
こんな雨の夕暮れ、場末の花屋で花を買う人ももうあまりいまい。
私も店の前を通り過ぎた。
10メートルほど過ぎて、ふと足を止める。

「そうだ!こんな時こそ花を買おう!」

私が近所なのにもかかわらず、そこの花屋に
あまり行かないのは、花の仕入れが単調だから。
売れ筋の花しか置かないような悲しい花屋だからである。
『悲しい』という言葉を使ったのは、そこの主人がいい人だからで。
誰がいったい、平凡な花ばかりを店先に飾りたいだろう。
気骨のある花好きの店主なら、変わった花も置いてみたいだろう。
しかし、場末のかなしさ。売れ残って商売にならなければ仕方がない。
その悲しみをいつも私はこの店主に感じる。

今日私は、スーパーで雨の日なのにかさばる物を買って、荷物は重かった。
傘もある。
それなのに、なぜ、私が10メートルも過ぎてから、わざわざその花屋まで戻ったか。

それは、「こんな暗い雨の日。もう客もおそらくあまり来ないだろう」、
そう思って、外を呆然と眺めていた若い花屋の主人の立ち姿のシルエットが、なぜか、
私の胸の内にある、ある屈託に響き合ってきたからである。

傘をすぼめて少し薄暗い店内に入る。
案の定、店のショーケースの中には殆ど花がない。
いつもはある薔薇さえ今日はなかった。
仕方ない。店の表に出してある、売れ筋の春の花から選ぶしかないな。
でも、今日のその時の私は買い気。
店を見渡していると、隅のほうの花入れの中に、早咲きの桜の枝を見つけた。

「そうか!この子が私を呼んでいたんだな」

合わせた花はスイートピー。
私にしては珍しい。ピンクという色がどちらかというと苦手だから。
でも、がんばって大きな花束を抱えて家に帰って活けて見ると、案外にいい花になった。

2010_0214_214810-CIMG1392_convert_20100215234314.jpg


夕食の後片付けが終わった頃には、雨も上がった。
いつも写真を撮るのに使う私の部屋のベンチチェストの上に花を置く。
窓をガラガラと開けてみた。


2010_0215_012037-CIMG1397_convert_20100216003750.jpg


雨上がりの、かすかに春の夜の香りを含んだような、
しっとり湿った冷たい空気がさあっと部屋に流れ込んできた。
スイートピーと桜のほのかな香りも。
おお。スイートピー!
こんなあまい気品のある香りをさせるのか!

「ああ!これだこれだ!」
これが今、私がいちばん求めていたものかもしれない。


この春の夜の、花の香りと清新な空気を、
今、何か屈託を抱えて哀しんでいる人、
無聊を抱えて沈みがちなこころに届けられたらと思う。


 




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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 依里さんへ

依里さんにそんなふうに言っていただくなんて嬉しいです。
文章がよく言いたいことを伝えられているかどうかはともかくとして、
私が五感を大事に思うことだけは確かかもしれません。
だからと言って、特に優れているわけでもないんですけどね(笑)。

依里さんのグログを最初にお訪ねしたとき、何かね、心惹かれたんですよ。
きわめてストイック。
私がこのブログを始めたとき、目指していたものは、
依里さんのような姿勢だったかもしれません。
コメント欄を半分廃止したりね。
ところがいつの間にか、「情のブログ」に(笑)。

放っておいてももう私など枯れてしまいますから(笑)、
せめて文章世界だけでも、滴るような情を表に出してみようかな、と。

短いんだけど、なぜか私のツボにいつもストンと
はまるコメント。ありがとうございます。

Re: さかごろうさんへ

春はまだまだ遠そうですね。

私は昨日窓をガラガラ開けて写真撮ったりしていたせいか、
少し風邪気味。二日酔いのような頭痛がします。
違います違います。二日酔いではありません!(笑)

でも、昨日の夜は、本当に雨が上がって生暖かく、
春の土の香りがしたんですけどね。
素晴らしい空気の香りだったんですよ。
時空を超えて、さかごろうさんのところにも届きましたか。
よかった。

早く春になるといいですね。
北の春は美しいんだろうなあ。

No title

同じ文字を書くのでも違うスタイルだから見に行く、のが他の人のブログを見る理由ですが、彼岸花さんの文章は目をつぶっても情景が浮かぶような風情があります。五感さえ刺激されそう。。。
私の場合アウトプットは脳内整理作業の一つなので、風情も情緒もなく、羨ましい限りです。

No title

夜の闇をバックにしたスイートピーのピンクは映えますね。
時間と空間を超えて、こちらにまで雨上がりの冷たい空気と一緒に甘い香りが漂ってくるようです。

早くあったかくなんないかなぁ~。
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彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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