『トイレのないマンション問題再考』



この美しい薩摩の海が
やっちゃんさん。写真お借りします。


原子力発電所をよく『トイレなきマンション』と表現することがある。
要するに、発電によって出てくる低レベル~高レベル放射性廃棄物の処分場も
処分法もないまま、さらに発電を続けて核のゴミを増やし続けている現状を
揶揄して言う言葉である。

この問題は、実は原子力発電に限らない。核兵器製造も同じである。
ウランの採掘から始まって、ウランを精製し、イエローケーキに加工する。
ペレットにして燃料棒にしそれを核反応させて発電する、あるいは核兵器にする…
そのあらゆる過程で、核のゴミは大量に出続ける。
日本でもウランを採掘したことがあるのをご存じでいらっしゃるだろう。
岡山県と鳥取県にまたがる人形峠にその跡がある。このウラン採掘から出て来た
大量のウラン残土をどうしたのか。

1998年と、資料としては古いが、下の2つのサイトを写真だけでもご覧いただきたい。

http://uranzando.jpn.org/uranzando/shimin/20110908.htm

http://homepage3.nifty.com/chernobyl/ningyotoge.html

『ウラン残土の一部を撤去して覆土・成形した岡山県側の中津河地区(5万1100立方メートル)
と鳥取県側の方面地区(1万6000立方メートル)のウラン残土堆積場を除けば、
人形峠周辺の計45万立方メートル(ドラム缶225万本分)のウラン残土の大半は立ち入り禁止柵と
土砂止めえん提を設けただけで、そのまま野ざらしで放置されているのが現状。
つまり、なんら抜本的対策も環境復旧事業もなされていないのです。』
これで取り出したウランはわずか70トン、標準的な原子力発電所の半年分の
燃料にも満たない量だという。


核兵器や原子力発電の元になるウラン採掘。その時点ですでにこのような無責任な
核のゴミの放置が、日本だけでなく世界中のウラン採掘現場で行われている。
世界中の原子力関連施設において、フロントエンドと言われる燃料製造・発電所建設・運転などの
過程から、バックエンドと呼ばれる廃炉費用や放射性廃棄物の処理、核燃料サイクルにかかわる事業
の、ありとあらゆる段階で、低レベルから高レベルの放射性廃棄物が出てくるのである。

原子力発電をすれば、使用済み核燃料が出る。それはご存じのように、各原発施設内の
使用済み核燃料プールで一定期間冷却され続けたのち、崩壊熱があまり出なくなった時点で
燃料棒の金属のさやから中身を出し、化学的にウランとプルトニウムを分離する。
残りの核分裂生成物と超ウラン元素は廃液の中に含まれるのだが、
この廃液を高温で溶かしたガラスに混ぜ込んで、キャニスターと呼ばれる金属容器に流し込み、
冷やし固め、ガラス固化体にするのである。
ガラス固化体は、とんでもない高レベルの放射性廃棄物である。
原爆の約30発分の死の灰を含み、製造直後では、その表面で14000シーベルト/時。
換算すると、2秒で約7.8シーベルト。そのそばに2秒間いると、
100%の人が死亡する被曝線量に達するという。

ガラス固化体にしても、原子核の崩壊は続き、崩壊熱が出るため、冷却(空冷)しつつ
30~50年間、保管することになっている。半減期が数万年以上の核種も含んでいる。
30年冷却後には500シーベルト/時になるものの、
JCOの臨界事故で亡くなった大内さんが浴びた量でも16~20シーベルトであった
事を考えて欲しい。

出力100万kwの原子力発電所を1年間運転した場合、約30本のガラス固化体に相当する
使用済み燃料が発生する。
それが日本では出力に差はあるものの、54基もがこれまで稼働していたわけである。
年間ざっと約1000本のガラス固化体が生みだされる計算。
放射性廃棄物の最終処分場一個所あたり、4~7万本も運ばれて埋められる予定だという。

フィンランドの処分場オンカロの話を聞き、『10万年後の安全』という映像を
ご覧になられた方もおいでだろう。
未見の方は、是非、一度見て欲しい。

『10万年後の安全』①

『10万年後の安全』②

これ、⑧まであります。全部載せると煩雑ですので、You Tubeで続きはご覧くださいね。

さて。かくも、核のゴミというものは、その処理に困るものであって、
世界でこの問題を完全に解決した国というのは、まだないと言っていいのだ。
フィンランドのオンカロにしたって、10万年後まで、どうやって人類はこれを
管理していけるのか?

日本も世界の事情も同じで、危険な核のゴミをどこへ持っていくか、ということは
考えないまま、とにかく原子力発電所を作り続け、核兵器を作り続けて来たのだ。

考えても見てごらん。自分の家にトイレが無かったら。
トイレのないマンションに住んでいるとしたら。
それで平気で、ご飯をばくばく喰らい続けているのと同じじゃないか。

上に引用した、ウラン残土の山の写真…

福島第一発電所から出てくる、使用した防護服などの詰まったビニール袋の山…
http://matome.naver.jp/odai/2131875621846460201
これは去年の10月の記事。そこの時点ですでに述べ48万人分というから、それからさらにこの山は
大きくなっていることだろう。これは低レベル放射性廃棄物であって、一般ごみのようには処分できない。
Jヴィレッジにこうやって曝されたまま… 

『除染』と言いつつ、実は『移染』でしかない、原発周辺の地域の除染作業から
出てくる大量の土砂、落ち葉など。一説には東京ドーム23個分の汚染土が
出るというのだが。
『郡山市のずさんな放射能汚染土砂処分の実態、

政府の方針では、除染によって生じた汚染土砂は、福島県内に仮置きし、
福島のどこかに中間貯蔵施設を作ってそこで30年保管したのち、福島県以外の自治体に
最終処分場を見つけて移管するという…

さて。ここに来て、その福島から出た汚染土砂の最終処分場として、
鹿児島県南大隅町が候補に挙がっているという情報が、『脱サラ亭主のデコボコ独立開業記』
ブログのやっちゃんさんから寄せられた。
鹿児島出身の男性に嫁ぎ、鹿児島の歴史を風土を人をこよなく愛する女性の
驚愕と怒りと慟哭の記事。是非お読みください。

『今こそ怒れ!鹿児島よ薩摩隼人よ日本人よ豊穣なる南大隅の海を守れ』

福島から出た汚染土を、なぜはるばる鹿児島まで?
…まだ水面下での交渉の段階らしいが、こうしたことは、表に出てきて
皆が知るようになった時は、すでに話のあらかたが決まってしまっていて、
引き返すことが出来なくなっている…そして後戻りしにくいということが
また体のいい言い訳となって、あとは加速的に決定に邁進して行く…
これが、原発の立地でも、六ヶ所村の買収でも、また、戦争に突っ走っていった際も…
不幸な決定の、常套的経過であるように思う。

福島の汚染土壌をいったん受け入れてしまえば、この美しい海を見はるかす、
南大隅の地は、やがて、高レベル放射性廃棄物の最終処分場に転化させられて
しまうかもしれない。もう、汚染土を大量に受け入れてしまったという
住民側のあきらめと、官が見せびらかす大金の力は、とりたてて産業のない
この南の果ての地を、第二の六ヶ所村にしてしまう危険性が大きいからである…。

…いつも、こうした問題は、地元住民にはあとから情報が知らされる。
結局土地が欲しい者にとっては、土地の所有者を説得することが第一。
ところが原発とか処分場とかにするほどの広大な土地を持っている
地元の人というのは、概してその土地の大地主とかで名士、しかも村長、町長とか
議員とかであることが多いだろう。漁村なら網元であるとか。
それも、無論、自民党系の。
そこさえ動かせば、土地を持たない者や持っていても零細農家や漁民などが
いくらあとで知って反対運動起こしても、地元名士に一喝されれば、
大抵の者はすごすごと引き下がってしまう。そこの町や村で暮らしていきにくくなって
しまうからである。
広大な土地を売却したり貸与したりして、『持てるもの』がさらに大金を手にする…。
借家やアパート暮らしの住人などは、そう言った危険なものが出来るに際し
一顧だにされることはなく、利益も享受することなく、いったん大事故が
起きてしまえば、真っ先に害を被る!
お金もちはさっさと子供たちを海外にだってどこにだって避難させられるけれど、
経済的弱者は、逃げることも出来ない!
それで、被曝だけは平等に、いや、平等にじゃない、逃げられないんだから
より多く被曝して行くのである!
国家的規模の不幸というのは、いつだって弱者を真っ先に襲い、しかも
その原因となったそもそもの発端は、有り余るほどの資産を持った、いわゆる『持てる者』が、
さらに欲を出したから、という理由であることが多いのではないだろうか。

どうしてこぶしを振り上げて立ちがらないの!闘わないの!と思うけれど、
小さな村の、狭い町の、がんじがらめの人間関係の中で、
仕事がなかった自分に生活の道を今、与えてくれているのが原発や、
処分場であるとすると、どうしてそれにこぶしを振りかざせるであろうか……

だから、大事なのは、そんな構図になる前に、そんな場所にしてしまわないことなのである!
話がいったん動き出したものは、規制委員会人事にしても、大飯原発再稼働にしても
もう止めようとしてもほとんど止められない。戦争もそう…
小さな芽の内に摘み取っておかなくちゃいけない。
あれよあれよという間に、お金が有力者を動かし、立地は決まっていってしまう……
おおい町町長、議会などは、福島の惨状を見ていてさえ、『安全』よりも『町の経済』を
選んだ!

トイレなきマンション、というテーマに戻るが、これらの実態は、いわば、
自分の家には、汲み取り式のトイレを設けず、自分たちの垂れ流した糞尿を
目に見えない、臭いも届かないほど離れたところにあるよその家の庭に
何年分も何十年分もぶちまけて行くのと同じ非道の行為ではあるまいか。
(一瞬にして汚物が流れて消えてしまう、水洗トイレを例えに使っているのではないんです!)

日本に限らず、世界の多くの原発施設や核兵器施設が、人口密集地から
なるべく離れた、人口の少ない、広大な僻地に作られてきているのも、
いったん事故が起きた時の避難誘導の困難さや、後々賠償問題が当然ながら起きたとき、
天文学数値になる賠償金のことを考えてのことである。
…そうやって、そういう考えかたで、とりたてて産業のない、美しい過疎地の
農村や漁村が、これまで、火力発電所や、巨大石油コンビナートや、
そして核施設にされてきたのである……

東京に住み、恩恵だけを享受している私の思考は、いつもここでストップしてしまう…。
自分に、このことについて述べる資格があるのか!と思ってしまうのである…。

しかしながら。
やはり考え続けねばなるまい。逃げてはなるまい。
原子力発電に限らず、どの産業であっても、製造、建設というフロントエンドから
出てくる廃棄物の処理や、施設老朽化に伴う解体作業とその処分などのバックエンドは、
本来一つの流れの中で処理していくべきものだと思う。
ものを作るときには必ず、その処分のことも考えて臨まねばならない。
…ところが情けないことに、日本の高度成長期、日本の大企業も国も、
巨大建造物をバンバン景気よく作っていきはしたが、それが40年、50年後、
老朽化して解体しなければならなくなった時のことや、またその営業中から出る
大量の廃棄物のことは念頭に置いてこなかった!

昨日、佐藤雄平福島県知事がドイツのハム・ウエントロップ原子力発電所の
廃炉作業の視察に訪れたというニュースがあった。
勇気を持って脱原発に踏み切ったドイツ。16の原発が廃炉に向けて動き出しているという。

福島第一原発の事故起こした4基はさすがに廃炉が決定されたが、5,6号機、さらに
第二原発については、存続に未練のある東電。県の地元民も、原発関連で生活をしてきた
者の中には存続を望む人々もいるという。
佐藤知事は、ドイツを視察して、なにを想って帰ってくるだろう…
このひとがあの過酷事故を受けて、なにを考え行動しているか、私にはよく見えない。
県民の健康と安心な生活よりも、県として人口を減らさないことが第一義。
国や東電からは多額のお金を引き出そうとする一方で、県民に与える物心両面の
安心の補償は抑えようとする姿勢しか、私には、ごく最初の段階から見えないのだが。

除染は遅々として進まない。住民はいたずらに、『戻れる』という希望を抱かされ、
今日もまた、放射性物質を出し続ける原発事故現場の周辺に住み続けている。
除染に使う巨額のお金は、地元には回らず、大手ゼネコンに吸い取られていく中、
住民は、除染作業に駆り出され、いたずらに被曝を重ねる。
狭くて不便で外界から閉じられた仮設住宅では、お年寄りが孤独死をする。
家族の事情や経済的理由から、逃げるに逃げられない若い母親は、子供に
『許して!』と心で謝りながら、今日も歯を食いしばる。

…父祖の地から離れたくないお年寄りの気持ちはわかる。
わかるけれども、事故は起きてしまった…
福島第一原発周辺は、もう人の住めるところではなくなったのだ、ということを、
政府ははっきり言うべきである。そして、住民が新しい土地で新生活を
始める一大計画を国の政策として打ち出すべきである。
無駄な除染に使う巨額のお金を、住民の新たな土地での新生活に向けるべきである。
そして。
福島の方には、本当に、本当に申し訳ないが、第一、第二原発の敷地は、事故からすでに出た、
そしてこれからさらに出てくる放射性廃棄物の中間貯蔵所、そして、最終処分場として
使っていくしかないのではないだろうか。

よく、反原発に人に向けられる問いかけ、というか非難の中に、
「じゃあ、あなたは、電気を一切使わないんだね!」とか、
「じゃあ、あなたは、地球が温暖化しても平気なんだね!」という、
おかしな論理の詰問がある。そして、それらと同様、ときに向けられる批判に
こういうものがある…

『反原発のひとは、無責任に、ただ原発を止めろ止めろと言う。
じゃあ、高レベル放射性廃棄物などの核のゴミの最終処分場はいったいどうするんだ?と
訊ねると、答えはない!反原発反原発と声高に言うなら、最終処分をどうするか、という
問題への答えと、原発に代わるエネルギーのしっかりした代替案を示せよ!!!』

私が一番かっかと腹の立つのはこう言った言論に対してである。
あなたが!原発を推進あるいは容認してきたあなたがそれを言いますか!といいたい。
これほどおかしな責任転嫁、議論のすり替えがあろうか?

反原発を叫んできた人々は、最終処分場というものがどこにも出来ないという、
その核という物のどうしようもない危険性を察知して来たからこそ、
原子力の劫火を鎮火する知恵もない人間が、核をもてあそぶことに反対をしてきたのである。
『トイレのないマンションを作るな!』
『自分たちの出す糞尿を、どこか見えも臭いもしない余所の土地にぶちまけるような
非道をすることになる原子力利用をやめて!』
と言ってきたのである。
『原発に代わるエネルギーの開発を、カネとマスコミと権力のすべてを使って
全力で阻止妨害してきたあなたたちが、代替案を出せ、などというのですか!!!』と
怒りに身を打ち震わすのである。

しかしながら。
この国で。この日本で、チェルノブイリに匹敵する過酷な原発事故は、こうして
起きてしまった。
これからまた、この日本のどこかで、あのような過酷事故が起きないという保証は
誰にも出来ない。野田首相にも、保安院にも、電力会社にも、御用学者や御用マスコミにも。
資料の出どころがはっきりしないので、伝聞、ということを一応ことわって書いておくが、
近年世界で起きているマグニチュード6.0以上の地震の20%が日本で起きているという。
国土の比率は世界のそれに対し0.25%にすぎないのにである。

その地震がとんでもなく多い国に、54基もの原子炉を抱えている私たちの国…
今後この国が、2030年にどのような比率で原発に拠る発電を選択しているか、
これを2012年の今、ここでこうやってブログに記事を書いている私は
おそらく見届けることは出来ないだろう…

それでも言っておく。
もう事故は残念ながら起きてしまった。
福島の収束と、放射性廃棄物最終処分の問題は、原発推進、反対、傍観…立場の
違いに関係なく、もう、日本人が等しく負ってしまった、重い重い現実である。
お互いの責任を揶揄しあっていてもなにも生まれない。
国民を上げて、日本はどうこれから生きて行くのか、を考え、
福島をどうするのか、54基もある原子炉をどうするのか、
最終処分の問題をどうするのか、
再生エネルギー研究と実用化拡大にどう急ぎ向き合って行くのか、
皆で真剣に考えて行くしかない。

昨日の朝日新聞第3面の見出し。
『原発ゼロ 課題の山』
サブタイトルはこうだった。『電気料金に影響・温暖化対策は・廃炉の人材難』

…ああ!またこれだ!

国民がパブリックコメントや討論型世論調査などで、原発ゼロを選んでも、
折角、原発のない社会にしたい!という機運が高まって来ても、
朝日のような大新聞が、バランスをとろうとしているのか意図的なのか、
ただ責任回避なのか、こうやって冷たい水を浴びせかける!
一歩進みかけては、こうやって誰かが水を差す!
小出裕章さんがいつも言うように、
『じゃあ電気はどうするんだとすぐにみなさんは言うけれども、それは
後から考えなければいけないことで、原子力を止めなければいけないこととは
関係ないと言っているんです。原発はいますぐ止めなければならないのです!』

この覚悟が、国にも、電力会社にも経済界にも、新聞テレビなど大マスコミにも、
学者や評論家と称する人々にもない。
誰もが責任をとりたくなくて、思いきってやってやろう、一歩まず進めてみようと
いい出す覚悟が出来ない。
半歩恐る恐る足を踏み出してみては、慌てて引っ込める、ということの繰り返しである。
あれほど、国の政策を批判し、脱原発を掲げていた橋下大阪市長は、
『電気が足りなくなったら、大阪市長としての責任をとれるのか!』という
電力会社と一体となった国の恫喝の前に、そそくさと大飯再稼動を容認。
彼も威勢だけはいいが、へタレである。

どうして、ドイツが勇気を持って踏み出したことを、過酷事故当事国の日本に出来ない?
国民の多くは腹をくくっているではないか!
国民の多くが、停電になっても我慢する、何とか電力供給のきつい夏場も
日本人の美質である我慢と工風でしのいでみせる、と答えていたそうではないか!
(そうして実際この夏をしのいだじゃないか!)
原発をやめて電気代が上がっても我慢する、と答えているではないか!
東北被災地のためなら、福島のためなら税金をいくら投入してもいい、と思っているではないか!
消費税だって、増税は仕方ない、と腹をくくって見せたではないか!

私は、この国の民の力を信じている。
踏み出せないのは、踏み出さないのは。この国のトップにいる人々である。
野田首相のやり口のような無責任な口約束と蛮勇をふるえ、と言っているのではない、
日本の、世界の、30年後、50年後を見据えて、この国はどうあるべきか、
人類はどう生きていくべきかの哲学を持ち、
そのための勇気を持って一歩を踏み出せ、と言っているのである。

その場しのぎの政策、今をしか見ない近視眼的政策、一部の富裕層にしか
目を向けない、自分たちの保身と生き残りしか考えない政治家はいらない。

これ以上、トイレなきマンションを世界は作ってはならない。
もう、作ってしまった、起きてしまったこれらの問題の解決は、みんなが知恵を
出しあい、解決していかなければ仕方ない。
他の地域の問題は、自分たちの問題である。
他国の問題は、自国の問題である。
地球の大気は、地球の海は、一つにつながっているのだ。
大船渡のボートが宮崎に流れ着く…
東日本大震災のがれきが続々とアメリカ西海岸に流れ着く…
六ヶ所の海が汚染されれば、福島の海が汚染されれば、鹿児島南大隅の海が汚染されれば、
それは潮流に乗って、日本中の漁場をいつか汚染して行く…
世界の海を汚染して行く…

こんな悪循環を早く断ち切ろう!

私は訴えたい。日本だけでなく、世界でこれから原子力発電所や関連施設を
作る場合には、その敷地内に低~高レベル放射性廃棄物の処理施設及び最終処分場を
併設することを義務づけるべきである、と。

それでもなお、原発施設を誘致したい、という町であるならば、しかたあるまい…

原発が生み出すエネルギー、お金…そうしたプラスの面だけを考えて、
そこから出て来た人類が扱うすべを知らぬ核のゴミは、遠くモンゴルに
捨てさせてもらおうとしたり、あるいはかつてやっていたように、海に不法投棄したり、
(日本で、まだそんなことを大真面目で言っている某党の議員がいましたよ!)
あるいはまた、宇宙に打ち上げて捨てればいい!などという狂気のような意見まで。
もし途中で事故を起こしたらどうするのだ!!

時々私は、水洗トイレ、というものが、こうした『汚いものは見えないところへ」
という思考を生んだのではなかろうか、と半ば真剣に考えることがある…
いや。水洗トイレの考えは古代からあったわけだからいい方を変えよう。
その普及が、人間の、おのれの体の始末をおのれでつけるという当たり前のことに対する感覚を
鈍磨させて行ったのではなかろうか、と。
人間は、いや、およそ生きとし生けるものは、ものを食べなければやっていけない。
そして食べれば、排泄ということが必ず付きまとう。
現代の人間は、この自分の体から出るものに鈍感になりすぎたのではあるまいか。
赤ん坊を世話していれば、その愛らしい子は当たり前のように排泄をする。
老いた親の介護をしていれば、その下の始末と日夜向き合わねばならない。
可愛い犬や猫を飼えば、人間さまが、動物たちの糞尿の後始末をしなければならない。
でも、それが当然なのだ。
生きて行く、ということは、そういうことなんじゃないだろうか?

人間が、生物としてのおのれの限界を忘れたところに、あらゆる不幸は
発生するのではなかろうか……。












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Re: MATZ-TS さんへ

MATZ-TSさん。こんにちは。
いえいえ、トイレなきマンション問題は、核の問題を考えていく上で、
キーワードになると私も思っています。
これは原発反対、推進関係なく、先送りすればするほど、そのゴミが
増えていくという厄介な問題。どうもしかし、推進派の人々は
この問題から目をそむけ、とりあえず今さえよければ、将来のことなど知ったことか、
と考えているようですね。
私思うんですが、原発はやっぱいるでしょ、とおっしゃる方の中には、多く、
この使用済み核燃料や、廃炉、除染による高レベル放射性廃棄物の危険性や、
その行き場がないという問題のこと、知らない、考えて見たことない、と
いう方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。
ご自分がご飯を食べて、排泄したくなった、…でも、うちにトイレがない!という
切羽詰まった状況のことを考えてみれば、少しはわかるんじゃないかな。
各原発に仮置きして冷却を続けている使用済み核燃料は、いわば、
トイレがないから、仮にバケツに排泄して溜めてあって、それがいまにも満杯になりそうな
状況だ、と言えば、わかるだろうか。汚い話ですが!(苦笑)
うちだけでなく、よそのうちにもトイレがない。日本中にトイレがない。
六ヶ所に少し、預かってくれるところがあって、今はそこに置かせてもらっているけれど、
そこだって、永遠に日本のトイレになんかされるのはいやだ!と、当然言っている。

笑いごとではなく、そういうことを平気で先延ばしにして、今日もこれからも
糞便を垂れ流そうとしているのと同じだ、ってこと、経団連のお偉いさんとか、
日本の総理とか、某党の次期総裁候補たちとかにちょっと真剣に質問ぶつけてみたいわ!
…でもこれは、そういう人々だけではない。
私たち国民全員に、いや、世界の原発保有国に突きつけられている問題ですよね。

いくら考えても、私にもいい知恵などありません。
六ヶ所にしても、高レベル廃棄物の永久的な置き場にされるのはそりゃいやだろう…
でも、他のところだって、自分のところにそんなもの持ってきてほしくない。
仮に候補地が見つかったとして、この地震の多い国で、地層処分など出来るのか…
最終処分場にしてしまうと、大地震などそこにはなにがあっても基本的に二度と
人が立ち入ることが出来ない、二度と取り出さない、という仮定で作るわけですからね。
それでは、『最終貯蔵』という、場合によっては、取り出して移動させたり、という場合も
考えて、いわばずうっと仮置きしていく、という構想も、これから何十年、何百年と
経年劣化することは確実な、放射性廃棄物の容器、建物施設…を維持管理して行くという
気の遠くなるような話。
この問題の解決方法が、世界で本当にはまだ見つからないから、
とりわけ地震多発国日本では到底考えつかないから、
思考停止して、今日もこれからも原発を動かし続けていく、という無責任。

…それは、福島の事故で、各機の爆発が相次いだ時、『撤退』を考えた
東電の本社の人間の思考にそのまま出ていますね。
自分たちが作ったものですよ!
それが次々とメルトダウンを起こしていることを彼らは知っていた。
だんだん明らかにされていく東電の生のやり取りから明らかですね。
それなのに、それらの機を放置したら、日本はどうなってしまうのか、
菅総理が『撤退などあり得ない!』と怒鳴り付けたのが当然です。
自分たちが作ったものが次々とメルトダウンして、下手をすると、
日本の半分が人の住めない土地になっていたかもしれない…。
何百人、何千人と作業員や付近住民が死に至る被曝をしていたかもしれない!
それなのに、その尻拭いもせず、撤退を考える電力会社の無責任!
現場の人間にだけ、電話で『まだやれるか?』なんて、命の危険を賭すことを
押しつけて!
原子力発電の続行は、この無責任を続行するということと同じですね。
それをどうして許せるのか、私にはまったく理解できません。

また怒りに火がついて、興奮してしまいました!^^

声を上げ続けるしかないですね。選挙で推進の人は落してしまうこと。
身近な人々で、あまりこの現実を知らない方々に、わかりやすく説明をして、
原発いやだなあ、という方を一人づつ増やしていくこと。
省エネと自然エネルギーの開発普及促進で、原子力発電を意味のないものに
していくこと…それを組織的に計画的に進めていくしかないでしょうね。
このお粗末な政治には、もう、頼っていられません。

MATZ-TSさん。ありがとうございます♪

あ、そうそう、枝野氏が稼働を口約束してしまった、建設中の原子炉。
東通原発を私、例に出してましたが、これは東電の管轄なので、
建設続行などあり得ない、と彼も言っていますね。
ですので、私のコメントも、修正しておきました。
そういうわけでコメントの返事の順番が入れ替わっていますが、どうかお許しくださいね。^^

Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TS さん、こんばんは~。

もう、新聞もテレビも、民自の総裁選のことと、領土問題のことばかり。
原発問題が、また、昔のように一種のタブーになって行って、「特殊なひと」が
それについて騒いでるだけ、というようなことになりはしないかと、不安です。
ほんとにあれほどの事故が起きた国で、今の政治経済界の変わらぬ原発志向が
私には信じられません。
使用済み核燃料や、これからも廃炉、除染から出てくる大量の高レベルの放射性ごみ、
その行き場をどうするんだ?と考えただけで、、これ以上原発を動かして
さらに核のゴミを増やしていくことなど考えられないんですのにね。
青森県知事は、核燃サイクルをやめるなら、今六ヶ所に預かっている使用済み核燃料を、
全国の原発に返すぞと、政府を恫喝するような言い草。
枝野氏が青森に行くと言うので、どんな説明をしてくるのか、と思っていたら、
今日の夕刊に、島根3号機、大間など、建設途中の原発は建設続行と言ったという報道。
もう、あったま来ちゃいました。
民主党も自民党も、どちらが次の政権とっても、原発推進。
報道も、そこのところはまるで避けて通っているかのよう。
もう、溜め息しか出てきません。

でも、ここで黙り込んでしまったらおしまいですものね。声を上げ続けなければ。

静脈産業。私もそれをこのところ、ずうっと考えています。
世界はいつまで右肩上がりの幻想を抱いていくつもりでしょう。
おそらく、30年後くらいまでには、世界のどこかで2,3回は
大きな原発事故が起きるのではないでしょうか。(それが日本という可能性だって大です。)
あらゆる資源は、中国やインドなど後発の国が急速な工業化をさらに推し進めることによって
不足し、資源の争奪戦が行われるでしょう。
世界の国造りのモデルを見直す時が来ているのに、まだ、今までと同じやり方で
押しとおそうとしている愚かな国は日本だけではありませんね。

私も、日本はすぐにでも原発ゼロの方針をはっきりと打ち出し、静脈産業とも
いうべき、廃炉に関する技術の研究開発に力を入れて、その分野で世界に貢献していく
道をとって欲しいと思っています。
MATZ-TS さんのお考えにまったく、まったく賛成です!

田坂広志さんは、立派な人物ですね。私は、田坂さんが菅さんに勧めて実現した、
昨年の有識者会議、あの時この方のとこと知り、なかなか立派なひとだなあと
感じて著作も読んでみたんですよ。
私のブクログの書棚には、彼の『官邸から見た原発事故の真実』も入れてあります。^^
これはすばらしい本で、いつかこれについて書こう書こうと思ってそのままになっています。
MATZ-TS さんが、ご紹介くださった記事。早速読みました!
こう言う方を、原子力規制委員会委員にしてくださったら、としみじみ思います。
委員長に、と願うくらい、深い考えの方ですよね。

その田坂さんにしても、核のゴミの扱いは、決定的な解決法を見いだせない…。
これは本当、日本だけの問題でなく、世界が真剣に知恵をだしあわねば 
永久に解決しないんじゃないかと思われます。
世界で、原発を新設するには、高レベル放射性廃棄物処分場と抱きあわせでなくては
建設を認めない!…そのくらいの真剣な議論をしてしかるべきですね。
トイレのないマンションなど、許可が下りるわけないのですから…

MATZ-TS さん。ありがとうございます♪

最終処分か最終貯蔵か

彼岸花さん,ご返事ありがとうございます.トイレなきマンションにこだわってすみません.本当にため息が出てきますね.枝野発言によれば,わが町は,日本で最後まで原発が残ってしまう町になります.でも,自民政権になったら,なし崩し的に原発推進に変わるでしょうね.まだ色々意見が出ているだけ,民主党の方がまし,という気もします.今朝のNHKでは,40年廃炉といっても,30年代で40年に達していない原発も廃炉に持っていく,と代表選挙候補のどなたかがしゃべってました.(選挙対策の要素はあるかも知れませんが,あまり電力労組に依存しないで,エネルギー戦略の転換を大々的に打ち出してほしいものです.) いずれにしても,今後のエネルギー戦略を綿密に立てていかないと,単に「原発反対」と叫んでいても仕方ありませんね.ここを明確化しないと,産業界は困るでしょう.切実な問題ですから..

 昨日のコメントで「日経eco」と書きましたが,「日経ビジネス」でした.おわびします.田坂さんは,放射性の廃棄物処分について,もうひとつの記事で発言しておられます.やはり日経ビジネス9/14 http://nkbp.jp/PnPZ9N です.これも,未来世代へのつけまわしかも知れませんが,まだ救いはあるかも知れません.日本が,イニシャチブをとって,地球規模で廃棄物処分の問題に取り組むべきでしょうね.再生可能エネルギー技術,省エネ技術とあわせて,これも国益にかなうでしょう.
 ではまた.. 残暑厳しきおり,ご自愛下さい.

静脈産業の時代

こんばんは。再度MATZ-TSです。
 自民党も民主党も総裁、代表選挙で騒がしいですが、トイレなきマンション問題に関して、今後、どのようにエネルギーシフトをすすめていくのかは、極めて重要な問題です。でも、いずれの党の候補者もこの問題については言及しないし、マスコミも聞こうとしないですね。
 この問題について、日経ecoに、http://nkbp.jp/RP5Xh7 元内閣官房参与・田坂広志氏が、まっとうな意見を述べておられますね。原発の後処理が、最も深刻な問題でしょうが、それ以外にも様々な分野で、20世紀の「開発」の時代のつけが21世紀に回ってきているわけです。見直す動きも各国で色々あります。例えば、ソウルの高速道路撤去-->美しい水辺の回復、熊本県のダムの撤去-->生態系の回復。。。。 それ以外にも、高速道路など多くの「ハコモノ」が寿命を迎えます。これらを維持管理するコストは膨大となると予測されています。とすれば、不要なハコモノの撤去は重要な産業になるでしょう。しかし、静脈産業は、単に後始末だけではなく、次世代を見据えた新しい国にとって重要なインフラの整備と同時進行しないといけません。それはどんなものか、おそらくキーワードは、自然の力をうまく利用し、それと新しい技術を組み合わせていく、ということになると思います。
 例えば、洪水防止にしても、単にコンクリートの長大な堤防をつくるのか、山の整備や、河川流域にバッファエリアをつくるのか、というような考えです。これは、林業の振興、漁業の振興など、とも関係してきます。自然と共存するしかない人類の新たな知恵と科学技術の正念場です。
 原発の静脈産業についてはどうでしょう。単に廃炉技術で、将来なくなる分野に若者が集まるでしょうか? 果たして、核エネルギーと人間が共存できるような究極の原発ができるのか、私は悲観的です。しかし、全世界に、原発のほか軍用の核施設は山ほどあります。それらを安全に処理する技術のノウハウは、田坂さんが書かれているように極めて重要です。22世紀どころか、1万年を超えるプロジェクト! その重要性を、国民が共有し、それに見合った予算をつけ、また我々の倫理観を思い出し、静脈産業の発展を今後の日本の柱とすることが大事だと思います。それは、今後世界に売り出せる技術だし、世界への貢献にもなると思います。
 青森県知事は、使用済み核燃料の最終処分地になることを恐れて、核燃料サイクルの継続を主張しています。本当に難しい問題ですよね。
 地震国日本国内で、放射性廃棄物の処分地は、恐らくないでしょう。他国から見れば原発立国を推進した国のエゴでしょうが、世界規模で、最も地殻が安定な場所に、世界各国が協力してお願いするしかない、という気がします。原発や軍用の核を持っている国は世界に山ほどあります。廃棄物処分に失敗したら、地球規模の環境破壊になります。どうしても、各国の協力が必要になるような気がします。責任転嫁でしょうか? でも、私には、国内に限定した原発のトイレは、次世代への責任を果たすことを考えれば、無理としか思えないのです。

Re: yokoblueplanetさんへ

yokoblueplanetさん、こんばんは~~♪

> 人間は基本的にミミズと同じ構造:ただ食べて排泄している限りは同じ。

ほんとですね。^^
でも、ただ食べて排泄するだけなら、人間より、ミミズの方が地球のためには
はるかに役に立っているかも、ですね。
ミミズは落ち葉と土を食べて有機物を分解するでしょう。
その糞の中には役に立つ微生物がいっぱいで、土を肥えたものにしてくれるでしょう。
栄養に富んだ水はけのいい、ふかふかの土を作ってくれる…
人間のため、というのでなく、他の生きものの役にとても立っています。
翻って人間はどうか。…地球に悪いことばかり。他の生物に悪いことばかりしている。
とりわけ、核のゴミは、もうどうしようもないですね。
日本だけでなく、いったい核保有国は原発保有国は、どうしていくつもりなんだろう…

…ミミズ以下、とは敢えて言わないけれど、人間はもうすこし謙虚にならないと
いけませんよね。^^

トイレのないマンションなど絶対建設許可が下りないのと同じに、
これから新規建設する場合、原子力発電所は最終処分場とセットでないと
建設を認めない、というふうに、世界でルール作りが出来るといいんですけれどね…
目先の欲しか考えない、人間たちは、また今後も、いやなことは先送りして、
ただ原発だけを作り続けていくんだろうな…

とりわけ、日本の最終処分場。どうすればいいのでしょう……

yokoblueplanet さん。ありがとうございます!

Re: MATZ-TS さんへ

MATZ-TS さん。こんにちは。そしてはじめまして。^^
ご訪問とコメントありがとうございます。
MATZ-TS さんは、そんな以前から、原発に危機感抱いていらしたんですか!
私は、スリーマイルの時はまだ、遠い世界のことのようであまり関心なく、
チェルノブイリの時に、世界観が変わるほどのショックを受けて、それ以来です。
私も、ちょっと反原発グループに入って辞めたり、前のブログで反原発の記事を
書いていたけれど、虚しくなってやめたり…
反原発の運動をずっと続けてこられた六ヶ所村の菊川さんや、小出裕章さんなど
一体どれほど無念な思いや悔しいことがおありだったろうか、と、その意志の強さに、
頭の下がる思いです。

選挙前ということもあって、民主党内で、少しずつ、脱原発に向けた
動きが見えるようになって来た気がします。これが、選挙前だけのポーズなら
許せませんけれどね。
それでも、脱原発したいという国民の声が、デモやパブコメや意見聴取会などで
無視できないほど大きくなっているということはきっとあるだろうと思います。
…しかし、原発ゼロに向けてこれから辿って行かねばならない行程のことを想うと、
あまりにも多くの困難が待ち構えていて、一体これは可能なのだろうか、と
立ち竦んでしまいそうになることがあります。
第一の問題は、福島の安全ですね…
除染が可能なのかどうか…無駄な努力に時間と労力と大金と希望を浪費している
気がするのです。暮らし慣れたところに戻りたい、という住民感情を無視して
新しい土地で新生活を、と、傍のものがいうのも失礼な話ですしね・・・・・溜め息。
それから、事故を起こした基の廃炉に持っていけるのかどうか…。
第二は、この最終処分場の問題ですね。
国民が、原子力の危険を知ってしまった今、最終処分場を見つけるのは
この狭い日本では至難の問題だと思います。どこに持っていこうとしても、猛烈な
反対運動が起こるでしょう。最終処分場が見つからない限り、54基もある
日本の原子炉。これを順次廃炉にしていく道筋も見つからない。
その問題を突き詰めて考えるのが面倒くさいばかりに、これまでとにかく後のことは
考えまい!とどんどん突き進んできた気がします。
それから、電力会社の経営問題ですね。膨大な利益を生みだすものが、脱原発する
ことによって、一転不良資産になってしまって、逆に膨大な廃炉費用を食うものになってしまう。
その問題がある限り、電力会社は、どんな姑息な手を使ってでも、原発維持を図るでしょう。

あまりにもこんがらがった問題が大きすぎ、真剣に考えていると、めまいが
してきてしまいそうです。政治が脱原発に踏み切れないのも、こうした
問題があまりにも複雑すぎるからということもあるのでしょう。脱原発を口で言うのは
簡単ですからね…。

は~………、それでも、何とか、知恵を出し合って、脱原発は一刻も早く
始めなければならないと思います。問題を先送りしていても、停止中も各原発は、
大きなお金を失って行くだけ。動かせばまた、どうしようもない核の危険な
ごみがこの狭い国土に増え続けていくだけ。
福島だって、他の原発だって、また過酷事故の恐れは十分にある…。

ご紹介してくださった、菅さんに関する記事。
私も、ずうっと、そのことをここで書き続けてきました。
菅さんが、最初の頃の住民避難などの対応でまずかったとはいえ、彼が脱原発に
はっきりと舵を切った2011年5月以降。なぜ、マスコミなど国民も
寄ってたかって菅下ろしをしたですかね!
彼の先見性を評価し、国民が彼を応援して、あそこで脱原発に踏み切っていたら…。
すくなくとも数年は、日本は大事な時を無駄にしたと私は思っています。

まあ、でも、過ぎてしまったことを言っても仕方がない。
MATZ-TS さんのおっしゃること、ほんとにそうだと思います。
日本は、原子力の静脈産業に、これから力を注ぐべき。
私が思うことをよくぞおっしゃってくださいました!!!^^
私も近々、そのようなことを記事に書きたいと思っていましたが、
日本は今こそ、原子炉技術それも廃炉に関する技術者を育てていくことに
費用を惜しまず注力すべきです。これから原発開発途上国で次々に
作られていくであろう原発。また、老朽化した炉もたくさん出てきます。
悲しいけれど、日本は、福島の事故を機に、その静脈産業の技術を磨いて、
世界に貢献していくことだと思います。

MATZ-TS さん。深いご意見、ありがとうございます。本当に力をいただけます。
希望を捨てるわけにいきませんね。
また頑張って記事を書いていく勇気をいただけた気がします。
今後ともよろしくご指導くださいましね♪





基本的にミミズに同じ

こんにちは。
人間は基本的にミミズと同じ構造:ただ食べて排泄している限りは同じ。
これを忘れてはいけないと思います。

トイレなきマンション

MATZ-TS(まつとしと呼んでください)です.はじめまして.うみそら居士さんから貴ブログを紹介されました.読み応えのある,真剣なBLOGに感銘を受けました.

わたしは,松江(原発のある唯一の県庁所在地)に住んでおります.先祖からこの土地に居住してきました.父が年老いて,10年ほど前に,東京から,こちらに仕事を移しました.私が原発なるものに最初に興味を持ち,そして何か違和感を感じたのは,さかのぼること40年前,島根原発一号機ができたころです.そして帰省するたびに,原発問題にかかわっていた松江高専の先生のところにお邪魔して,問題を議論してました.そして...そのうち地球温暖化問題の深刻化とともに,原発問題の優先順位は下がっていきました.   しかし,・・・ 我々は,特に地震列島日本では,両方を同時に解決するsolutionを見つけ,それに向かって走り出すべきだったのです.いまさらですが...  核エネルギーの発見で,人類はパンドラの箱を開けてしまった気がします.日本では原発利権があまりにも巨大なため,それを動かすのは,極めて困難な状況です.次の選挙では自民党が勝つでしょうから,ますますその方向は加速するでしょう.民主党でも,脱原発を打ち出した政治家は,抹殺されていきます.例えば http://bit.ly/QUVCjb. 悲しいですが,フクシマの悲劇が,その大きな利権構造を打破するチャンスを作ってくれた,と思います.今でも既に大量の放射性廃棄物がたまっています.それを安全に処理するのが,我々の世代の責任でしょう.日本国民がそれを自覚し,それに金をつぎ込み,犠牲を払い,そして,この「静脈産業」技術に生きがいを見出す技術者を育てて,技術立国日本を「静脈産業」先進国にすることが必要だと思います.これは同じ問題を抱える他の国への貢献にもなります.同時に,原発と火力に代わる様々な再生可能エネルギー(電力だけに頼らず)を有効利用していくことが,地方の活性化にも繋がる新しい日本の形になっていくのではないでしょうか?

 原発のトイレは,考えれば考えるほど深刻な問題ですね.しかし,我々は勇気と知恵と,次世代に繋がる倫理観を持って,それに立ち向かわねばなりません.
 そのような気概をもった政治家は,少ないかも知れませんが,おられると信じます.なぜなら,これだけ多くの国民が,現在我々が直面している時代を超えた問題に気づき始めてているからです.これからも,どんどんBLOGで発信してください.

Re: onorinbeck さまへ

onorinbeckさん、こんばんは~。
そしてはじめまして♪

ご訪問、そしてコメント、ありがとうございます。
クウ―ママさんが素晴らしい紹介を書いてくださったので、ちょっと
気恥ずかしいです。^^

共感っておっしゃっていただいてありがたくまた嬉しいです。
いつもね、表現がきついかな、ものの見方が偏ってるかな、など
惑いつつ迷いつつ書いていますので、そんなふうにおっしゃっていただくと、
素直に嬉しいです。
フェイスブックでご紹介いただけるなんて、光栄です♪
どうか、こんな硬いブログですが、置きが向かれましたら、また遊びにおいでくださいませね。
ありがとうございます!

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。
そうですか…。ちょっとさびしいような気がしますけれど、でも新しいブログに
一つにおまとめになった方がすっきりしていいかもしれませんね。^^
私もブログ+ツイッタ―だけで手いっぱいですもの。
ツイッタ―はほとんど自分じゃ書いていなくて、他の方のを広めてるだけなんですけれど。

鍵コメさんらしい世界を、これからのびのび展開なさってくださいね♪
たのしみにしています。

No title

こんばんはー

クウーママさんとこからやってきました。
内容、ホントに共感できます。FACEBOOKでシェアさせて下さいねー!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: クウ―ママさんへ

クウ―ママさん。こんにちは。
やさしい言葉をいつもありがとう。
ふわっとしたやさしさでいつも包んでくださって、ほんとにクウ―ママさんの
ところに伺ったり話しかけていただいたりすると、怒りでそそけ立ったこころが
ふうっとやわらかくなれる気がします。^^

うんうん。ほんと。世界中のひとに向けて、これ言いたいの。
これから原発作ろうとしてるところや、新設増設しようとしてるところが
たくさんあるでしょう。
原発を持つということは、いずれこういうことと向き合わなくちゃいけないんだよってこと、
ほんとに伝えたいと心から願います。
技術先進国の日本でさえ、どうしようもないんですものね。
ドイツだって、そうやって廃炉を着々と進めてはいるけれど、
最終処分場の問題はまだ未解決のまま。
原発を導入し、推進してきた人々は、本当に罪深いと思います。
あとの世代のことを全然考えていなかったんですね…。
日本じゃ、まだ、それでも推進しようとしている人が権力の中枢にいる。
出来るものなら、そういう人の庭に、高レベル廃棄物のかけらでも持っていって
どうするつもりか、訊ねてみたいわ。

クウ―ママさん。ありがとう。
は~い。ちょっと休んでまた記事書きま~す♪
大事なことがたくさん溜まってるの。
書くエネルギー溜めるのが追いつかなくて、困ってしまいます。i-241

今日で8月も終わってしまいますね~~~…
焦っ!^^




Re: やっちゃんさんへ

やっちゃんさん。おはようございます。

こんなことしか出来ずにごめんね。
私も悲しみでいっぱいです。
南大隅の美しい海…こんなところに汚染土の処分場をつくるなんて…。

一方、記事に私は『福島に置け』と書きましたが、その言葉を
言うのが、どれほどつらいことでしょう。
福島の人々は、もう抱えきれないほどの悲しみを負わされてしまっている。
その人々に、もうそこは人が住むのに適した場所ではないから、
住むのをあきらめなさい、原発の土地に最終処分場を作らせてください、…
そんなことを言う残酷!!!

これから、54基もの原子炉…どうしていくつもりでしょうか…
どの基もいずれは老朽化し、廃炉しなければならない時が来るのにね。
そこから出る膨大な量の高レベル放射性廃棄物、低~中のレベルのもの…
それを考えると、気が遠くなってしまいそうです。
でも、これが、原発を持つということの現実だと思います。
その現実から目をそむけて、どんどん作り続けて来た……

多くの若者が、国の命令で特攻の帰らぬ旅に飛び立っていった鹿屋や
知覧…彼らが最後に目に焼き付けて行った薩摩の美しい大地と海…

国策というのはなんといつも非常で理不尽なんでしょう!

やっちゃんさん。気の抜けない長い戦いになるかもしれません。
怒りすぎて悲しみすぎて、体を壊さないようにしてくださいね。
応援しますからね。


No title

やっちゃんさんの記事を読んで、胸がムカムカしながらブログ上を彷徨っていましたが、
あー・すっきりした!  この記事を世界中の人に読んでもらいたい。
やっちゃんさん、良かったね!
彼岸花さん、しばらく休んで下さい。

No title

彼岸花さんありがとうございます、、、。
やっちゃんはうれしくて泣きそうです。
今は胸が一杯で、、、これしか言えません。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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