『新春のご挨拶 ’17』




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『ロシア機墜落に想う』


『25日早朝、ロシア南部ソチからシリアに向かっていたロシア軍所属のTu154型旅客機が、
黒海に墜落した。ロシア国防省によると、乗客84人と乗員8人の計92人に生存者はいない
模様だ。乗客の多くはロシア軍所属の楽団「アレクサンドロフ・アンサンブル」のメンバーで、
報道関係者9人も搭乗していた。(12.25 朝日新聞デジタル)


『アレクサンドロフ・アンサンブル』と言っても、ピンとこない方が多いだろうか。
それでは『赤軍合唱団』と言えばどうだろうか。
そう言っても、ご存知でない方は多いだろうなあ…

だが、私には、ある意味で、自分の青春時代を象徴するもののひとつである…。
『赤軍合唱団』だけではないけれど、ロシア~旧ソ連の芸術というものは、確かに私の感性の
ある部分を育てるのに確実に影響を与えてきたと言えると思っている…。

その『赤軍合唱団』…いや、正確にいえば、『アレクサンドロフ・アンサンブル』イコール
『赤軍合唱団』ではない。
『赤軍合唱団』と俗に呼ばれているのは、旧赤軍・旧ソビエト連邦軍・現ロシア連邦軍・
ロシア内務省国内軍といった、ロシアの軍隊・準軍事組織等に属する合唱団の総称・通称
であるからである。
『アレクサンドロフ・アンサンブル』は数ある『赤軍合唱団』のうちの一つだ、と言って
おけばいいだろう…

墜落機の乗客84人の多くは、その合唱団の団員であって、生存者はいない模様という…
ああ!なんと…!







勇ましい曲調のも多いけれど、たとえば、4:20からとか10:00や19:23、27:00くらいからの、
哀愁を帯びたメロデイのをぜひお聞きください。
合唱団の後ろに流れている映像は、ロシアの苦難の歴史の一こまでもある…
単純に一つの国を、憎んだり嫌悪したりはできないのだということだけここでは伝えたいと
思います…。


私は、ちょうど今、プーチンの訪日の記事を書いていて、いろいろな感情から、記事を
仕上げることが難しくなって、途中で筆を止めていたところであった。
いろいろな複雑な感情とは何か…
詳しくは、また、記事をちゃんと仕上げて、その中で説明しよう。

…だが。とにかく、私は、『アレクサンドロフ・アンサンブル』を含むいわゆる『赤軍合唱団』の
歌がとても好きだった…。軍の合唱団…という事実はともかく、世界の男声合唱団の中でも
とりわけうまいよなあ、といつも思っていた。
そもそも私は、ロシアの民謡が好きなのだった。
とりわけ、ロシアの大地から生まれてきたような哀調を帯びたメロディの歌たちが。
私が今でも、『短調』の歌以外には心ひかれないのは、幼いころから、『トロイカ』『黒い瞳』
『カチューシャ』などのロシア民謡に親しんで育ってきたからだとさえ言えるくらいだ。
そしてまた、トルストイの『復活』などのロシア文学、チャイコフスキーなどの音楽、また、
レーピン、シ―シキンなどのロシアの写実主義の絵画などが、私はどれほど好きだった
ことか…。



①イヴァン・シ―シキン

イヴァン・シーシキン 『冬』 (1890年)




それは、プーチンの政治が好きだとか嫌いだとか、安倍総理との会談がどうだとかいう
ようなことの一切を超えて、私自身のすでにいわば血肉となった好みなのである。

なんと悲しい…
彼らの乗った飛行機が、シリアに向かっていたということも、私にとっては二重三重の意味で
悲しい。
ご存知のように、プーチンのロシアは、アサド政権を支援して、反政府軍の拠点である
アレッポの街を無差別猛爆撃。かつて美しかったアレッポの街は灰燼に帰し、当然だが
そこに住んでいた人々は反政府軍、民間人の区別なく爆撃を受けて赤ん坊幼児を含む
多くの人が命を失い住む場を失ったからである。
つい先日、アサド政権とプーチンは、アレッポの制圧を宣言。反政府軍とその家族などを
含む人々は、アレッポからの撤退に合意したと、高らかに勝利宣言したばかりだ。
これで、ほぼ4年間続いた、シリアの内戦は、形の上では終息に向かう見込みが出てきたと
いうのだが……
ご存知のように、シリアのアサド政府をロシアやイランが支持し、反政府軍をアメリカや
トルコなどが支援するというその戦いの様相に加えて、ISなど過激集団や、さらには
クルド人の戦闘員たちもこの内乱に関係していてシリアの内乱を複雑にしている。
それらが入り混じって戦い、外部から見ていると、もう何が何やら、何が正しくて
何が悪いのかそんなことが判然としない複雑な状況になってしまっているのだ。
そんな中、確実に罪もない人々の命が失われていっている……

プーチンの日本訪問には、単に北方四島返還の問題だけでなく、このシリアの問題や、
トランプのことや、いろいろな問題が絡んでいて、私は、頭を抱えていたのである。
…それは、単に今現在の日本、ロシア、シリア、アメリカ、トルコ、…などという国々の
ことだけではなく、それぞれの国がそれぞれに抱きしめている、『痛いほどの』歴史、と
いうことの重さに突き当たったからである。
それを単純に、たとえば日本という一つの国の立場から見て、どちらが正しいとか
どちらが間違っていたとかとはとても言えないのだ、という…ごく単純なことに突き当たった
のである。いわば、それぞれの国の民そのものの顔が見えてくるような気がし、私の皮相的な
善悪観では、とても記事は書けないと考えてしまったからである。

それを私は、今回、プーチンというひとの顔、その表情、仕草…を見ていて感じたのである…
これまで彼のことは、ニュースの断片などで一瞬見たことはあっても、その表情の微妙な
部分、人間の仕草が表すその人の性格、その時の心情の動き、などということを、じっくり
観察する機会はなかった。

…彼は、人の目をめったに見ない…
概していつも伏し目がちである……それはなにを意味するのか…
ロシアの人々はプーチンのことを『大好き!』だという…
どうして、この人物を、そんなにいいと思うのか…
この猜疑心の塊のように見える人物を…

だが。ずっと彼の顔を見ていて、今回ほんの少しだが、プーチンの一見冷たく見える容貌の
底に時折よぎる悲しみの気配のようなものを、私は見たような気がした。

それは。ロシアの歴史を革命の頃までずうっとさかのぼって考えないとわからないことなのかも
しれないと、この頃改めて思う。ロシアの歴史、ロシアの大地。そしてロシアの人々…




イヴァン・シ―シキン②

イヴァン・シーシキン 『陽を浴びる松』 (1886年)



ああ!この松林の風景は、ソ連に抑留された日本人捕虜たちが見ていた光景でも
あるかもしれないなあ…


私は今、ちょうど、2015年のノーベル文学賞受賞者であるベラルーシの女性作家
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの、『戦争は女の顔をしていない』を読んでいた
ところである。これは、今はベラルーシだけれど、かつては旧ソ連の一部であった
かの地の作家が、第二次世界大戦中、ドイツとの戦いのために出征したロシアの
女性兵士たちに聞き書きをした、重い重い作品である。
彼女は言う。
『ロシアほど、戦争について日常的に語る国民はいない』と。

なぜ、ロシアはシリア内戦にかくも介入したのか。
それにはいろいろまた語ればきりがない要因がいくつもある。
だが私は、ロシアはシリアの港が欲しかったからだということが、今、改めて痛いように
わかったような気がしているのである。
ロシアはシリア西部、地中海に面したタルトゥース港に本格的かつ恒久的な常設海軍基地を建設
拡大しようとしている。タルトゥースはずっと以前から、ロシアの軍艦の地中海での任務中の補給
基地としても使用されてきてはいたが…そこをミサイル防衛基地として拡大したいという意図を
持っているのである。

広大な極北の大地を抱えるロシアにとって、暖かい南や西の海に開ける港がどれほど大事に思えるか。
それは、戦略的な意味だけでなく、もう、ロシアの民の体質となってしみついているものでは
ないだろうか…。
そのことは、ロシアの哀切きわまりない短調の歌を聴き、シ-シキンなどの描いたロシアの
森林の絵や、かつての帝国時代の貧しい農民たちの暮らしぶりの絵…そんなものを知って
いれば、痛いほどに分かるような気がするのである。
だがそれは。無論。別の国の人々たとえばクリミアをめぐってウクライナ、たとえばシリア、の人々に
とって見れば、傍迷惑極まりない話である。容認などできることでは全くないのは無論だ。

今回墜落したロシアの飛行機u154は、モスクワ郊外の軍用飛行場からシリア西部ラタキア
近郊のロシア空軍基地に向かっており、ソチには給油のために立ち寄った。
 『アレクサンドロフ・アンサンブル』は、今回はシリアのロシア軍基地で新年コンサートを
行う予定だったという。一部メディアは、シリア政権軍が制圧を宣言したばかりの北部アレッポで
記念演奏会を行う予定があったと伝えているという。

ああ!………
なんということ!……
私が感じる悲しみは、無論合唱団の人々を含む遭難者に向けられたものではあるけれど、
その前に、ロシアやアサド政権軍からアレッポのひとびとが受けた攻撃のこと…
アメリカを含む反政府軍支持の国々からの爆撃 ―(もう何が正しいのか!!)なども含む……
それらすべてによる死者たちや避難者たちにに向けられるものでもある。


こんな美しい歌声を持った人々が消えた…
彼らは何のために命を落としたのだろう。
美しい街が消えて、瓦礫だけが残された…
そこに住んでいた人々はいったい何のために命を落とし、追われる身となってしまったのだろうか。

これらすべての人々をわたしは、今日、悼むのです…。














『TPP日本が可決  NAFTAとTPP』


12月9日。14:30.たった今、TPPとその関連法案が可決された。
参院本会議での投票の様子をネット中継で見ながらこれを書いていたが。 なんと愚かな!!!

ご承知のように、TPPはトランプ次期大統領が撤退を選挙公約で表明。トランプ氏が考えを変え、
アメリカ議会でも承認されない限り、発効しない。それは、12カ国の合計の60.4%のGDPを
占めているアメリカの参加なしでは、 ルール上からTPPは発効できないのである。
ベトナムはすでに見送りを表明。なのに、なぜこの問題のきわめて多いTPPを、日本が 強行採決
までして批准しなければならないのか。

奇しくも昨日は、日本がアメリカとの戦争に踏み切って真珠湾を爆撃してから75年目であった。
なぜ、勝算の見込みなどない対米戦、ひいては対世界戦に日本は突き進んだのか。
その前に、なぜ日本は、アジア侵略に突き進んでいったのか。
一度動き始めた流れを止められない。やめた方がいいという意見も多くある中で、 誰もが
責任を持ってそれを言い出せない、結局責任の所在も明確でないままにずるずると 期限が来て
決定的に動き出してもう止められなくなってしまうという、日本の宿痾のような 無責任体質が
またしても発揮されようとしている。
それは、福島第一の廃炉や住民の生活 再建もままならず核燃料廃棄物も行き先もないまま
原発を再稼働する体質や、豊洲新市場の 盛り土問題、膨らむオリンピック予算など、あらゆる
ところに見られる杜撰と同じ構図だ。

そもそもTPPの本質が、余すところなく国民の前で語られたということがあっただろうか?

国会での議論も、また大手新聞、テレビなどの論調も、そもそもの最初からTPPが この国の経済を
活性化させる、という視点中心で語られてきたように感じる。
そのマイナス面、怖さも含む全貌については、知る者は国会議員の中でさえごく一部 だったのではないか。

日本語の正文もない公式文書を批准する?

そもそもTPPの公式文書は、英、仏、スペイン語で書かれたものだけであって、日本語の 正文は存在しない。
それは、日本がTPP交渉にあとから参加したという理由が大きいのだが、 それでも同じくあとから
参加したカナダは、英仏両語を話す国民に配慮して、フランス語の 正文も作ることを要求し、
フランス語の文章ができたといういきさつがある。
12カ国中のGDPに占める日本のそれの割合は、17,7%。アメリカに次ぐ規模であり、
日本が参加しなければTPP発効はやはり難しい。その大きな存在である日本の国語の正文がない。
日本政府とその交渉官は、正文を作る要求さえしてこなかったのか!

英文で正文が2000ページ、付属書も含めると5000ぺーじにもわたるという 公式文書の、
日本語要約(『TPP協定全章概要』が97ペ-ジ。そのほかに別添え 添付書などが110ページほどある。)
は、2015年10月12カ国の大筋合意が 得られたその後の11月になっては出ているが、
合意後にようやく概要の翻訳が 出されるって、いったいどういうこと!!??
それでどうやって国会議員たちはそれまで議論をしてこれたの?

ちなみに、私、その97ページの概要を、投資関連など気になるところだけ拾い読みしてみたが、
外交文書・法律文書に慣れたものでないと、到底細部まで読みこなせない。
英語原文とそのごく大雑把な日本語概要を精細に読み比べた専門家の言で、そんな
概要のしかも翻訳ミスなども存在する大変に粗い文書で大事な対外交渉を進めるのは
大変に危険だ、ということがどこかに書いてあったが、素人でもそう思う。

日本国憲法に見てわかる通り、法律の条文というものは、たった一行といえども
解釈を さまざまに許すものである。
今日つい先ほどTPP賛成の票を投じた日本の国会議員の、 一体何人が、その微妙な
内容を多く含む5000ページもの英文を、隅々まで読みこんだと 胸を張れるだろう!
彼らは自分たちがよく知りもしない協定を批准したそのことに、後々どうやって責任をとるのか!

そもそもTPPの交渉過程は、原則非公開で、各国からはこの協定に関わる3名の
関係者しか閲覧することはできない。また交渉過程の詳細も、締結後4年経たないと 公表されない。
ところが。 米政府は2015年3月。米通商代表部のフロマン代表とルー財務長官が 出席した
民主党の集会で、フロマン代表は、新たな措置によって議員らはTPPの 各章の要旨に加え、
全文を閲覧できるようになると説明しているのである!
アメリカは、ちゃんと、国会議員も見れるようにしたのに、日本はその要求もしていない。
ちなみに、アメリカがEUと結ぼうとしてたTTIPも、EU側はとりわけISDS条項の透明性を求める
要求をしているが、日本政府の国会の議論における野党議員からの この点についての
質問への答弁は、いつも「心配に及ばない」の一言である。
いったい、日本の国会議員たちは、TPPのことをどれほど理解しつくして議論を 進め、
きょう可決成立させるに至ったのであろうか?
アメリカやEUの議会がそれぞれに要求した程度のことを、彼らは国会議員として
要求してきたのであったろうか?

TPPの本質。それは、圧倒的な不公平と不透明さである。
それは、一部巨大無国籍企業のための『自由』貿易協定であると言っていい。



『自由』貿易協定。それは植民地政策と同じ不公正なシステムを含む。

前回の記事で、私は、ラジ・パテル著『肥満と飢餓』という本を紹介した。
この本は、世界の食料生産とその流通、供給システム、いわゆるアグリビジネスに潜む
不公平と不公正の構造をえぐりだし、それが10億人の飢餓と10億人の肥満や、恐ろしいほどの
環境破壊へ繋がって行くという非人道的側面を鋭く指摘した本だ。
『10億人の肥満』といっても、それは『肥満=豊かさ』ということを意味しているのではない。
アメリカのような先進国の子供たちに見る肥満傾向。偏った栄養とカロリーの食しか選べない、
貧しさゆえの肥満、を意味している… 400ページ以上もある本書のすべては語れないが、
松岡正剛氏の『千夜千冊』にこの本が 紹介されているので、概略を知りたい方はこちらをどうぞ。
http://1000ya.isis.ne.jp/1610.html

『肥満と飢餓』の中に、今回トランプ次期米大統領が離脱を示唆しているNAFTAやTPPにも
関連してくる象徴的な図があるので、紹介する。 下の図の左側の黒い砂時計のような図がそれである。
流通のボトルネック構造だ。『ボトルネック』とは、瓶の首。 まさに、口のせまい瓶を二つ、
口のところで上下に重ね合わせた形をしている。 このボトルネック図自体は、『肥満と飢餓』にも
載っているのだが、取り込みできないので 下記のサイトからお借りした。
このサイトの記事もどうぞよければお読みください。
http://blog.midori.info/2012/02/blog-post_26.html 大豆資料のボトルネック 砂時計のようなこの図は、ブラジルの農家が作った飼料用大豆が、肉牛・乳牛、豚肉などの酪農・畜産農家で購入
使用され、それが加工などされてスーパーなどの店舗に並び、 最後にヨーロッパの消費者の
口に入るまでの諸過程での関連業者数を簡単に図式化したものだ。
一番上の大きな三角部が、ブラジルの飼料用大豆農民だ。 真ん中の四角部分が『畜産・酪農家』や
『加工・包装業者』などだ。 一番下のまた大きな三角部がヨーロッパの食肉・その加工品などを
買う、要するに『消費者』だ。 この三つの部分に携わる人口や業者が多いのは素直に判るだろう。
だが、途中でこの三つをつなぐ極端に狭くなっている部分がある。いわゆる『瓶の首』部分だ。
ここが、飼料用大豆を大量に集めて粉砕し飼料として加工したり、それの流通システムを掌ったりの
いわゆるアグリビジネスの巨大企業で、 ここを示すカーギル、ADMなどの5社。この5社が
市場の60%を占有している状況、 とりわけ、カーギル、ADM、ブンゲの3社では、市場の80%を
占有しているのである!


図の右の方は、ブラジルの農家が、借金をして元モンサントなど巨大無国籍企業から、 遺伝子
組み換えの種子、化学肥料、農薬などを買い入れ、一部富農は利益を売る場合もあるが
零細農家では、飼料用大豆の生産過多→価格暴落→紗金返済と生活のための更なる 作付増加→
更なる価格暴落→借金の増大のため土地を手放し低賃金労働者となる… という構図
を表したものだ。
同じ上のサイトからこの図もお借りする。


消費者と農家


これはアメリカの農家と消費者の実情を折れ線グラフにしたものだ。
消費者が食料を買うために費やす費用(実線)は下がることはなく現状維持か、長期的に見れば
上がり続けているのに、農家が得る金額(点線)は変動が大きく、しかも明らかに年々下がり 続けている。
これらの図はたまたま、ブラジルの飼料用大豆とヨーロッパの消費者、またアメリカの農家と消費者を
扱ったものだが、この構図は、何もブラジルやアメリカに限らない、また飼料用大豆に限らない。
世界中でこの、生産者は多く消費者も多いのに、中間にその流通を支配する少数の 巨大アグリ
ビジネス企業が存在するために、消費増大があってもそれが生産者の懐に 入って行かない、
要するにごく一部の大企業による中間搾取が行われているというこの ボトルネック構造は見られるし、
それが大きな問題となっているのである。

たとえば、みなさんも、エチオピアのコーヒー農民とスターバックス社のこうした関係を 耳に
なさったことがおありだろう。 http://blogs.yahoo.co.jp/pen_tsuyoshi/34478374.html
エチオピアはアフリカ最大のコーヒー生産国である。輸出収入の67%をコーヒーが占め、
1500万人の生活を支えているという。けれどもその価格は、安く、農家の暮らしは楽になるには 程遠い。
その原因は大きく言えば、WTO体制と食糧のグローバリズム化だ。
そこでは自由市場・ 市場原理が優先されるため、コーヒーの最低価格保持政策が破綻してしまって、
農家は 作れども作れども、作るほどコーヒー豆の価格が暴落し、生活と土地や種子肥料
などの購入の 借金返済のため、さらに栽培を増やすという悪循環が、上記ブラジルの
飼料用大豆と同じ 構造で起きているのだ。
さらにコーヒーの国際価格は、ニューヨークの先物市場で決まるため、ここにも
原油や穀物や金 同様の「投機マネー」が流れ込み、実際の需要とは無関係に価格が
決まるため、価格変動が 激しい。

つまりエチオピアの零細農家とは全く関係のないところで世界の巨大産業また金融資本家たちの
あくなき欲望と市場操作が働き、農家が働いても働いてもなぜか報われない、巨大な利益は
中間に存在するごく少数のアグリビジネス関連の巨大企業や投資家に集まって行くという
不公正な構造がここでもまかり通っているのである。

コートジボワールなど西アフリカ諸国などのチョコレートの原材料カカオ豆栽培農園における
過酷な児童労働や人身売買の問題をお聞きになられた方も多いだろう。


トランプとメキシコとNAFTAそしてTPP

今回トランプ次期米大統領は、NAFTAでアメリカが損をしていると言った。
NAFTAで、アメリカの大工場がより安い生産条件を求めてメキシコに移転。さらにはメキシコから
大量の移民が 押し寄せて、さらでも減少傾向にあるアメリカ人労働者の職を奪う。
また彼らは安い賃金で 働くため、アメリカ人労働者の賃金も連動して下がって行く…
こうしたアメリカ人中低層の労働者たちの積りに積もった不満を、トランプは『NAFTAからの 離脱。
TPPからの撤退』という公約で掬い上げたのである。

一方、悪者扱いされているメキシコでも深刻な農民の被害がNAFTAによって生じている。
確かに、アメリカとの国境付近の住民たちは貿易で潤ったかもしれない。NAFTAがメキシコの
経済の押し上げをしたことは、あらゆる数値にも出ている。また、大規模農場経営のできる富農は
確かに富を増したが、しかし、NAFTAの恩恵は、国境線から遠い地域などメキシコ全土には
なかなか届かなかった。交通網整備など受け入れ側のインフラ整備もままならぬからである。

そもそもメキシコは、1910年代のメキシコ革命によって農地が農民に分配され
共有化(エヒード)が進められていた。また石油資源等の国有化も行われていた。

国営食糧公社がトウモロコシ、小麦などを保証価格で買い入れる価格支持制度を
行っていたが、1994年のNAFTA施行後、食糧公社は解体され価格支持制度は廃止された。
NAFTAによってトウモロコシの関税は2008年には撤廃。企業の農地所有も認められた。
その結果、米国からの農産物輸入が急増して小農の貧困化が進み、さらには中国、
ASEANからの工業品輸入増大がメキシコの地場産業に大きな打撃を与えた。
世界の農業は今 第1回メキシコ】NAFTAで疲弊進む-トランプ発言の背後にあるもの-

このように、NAFTA締結後、メキシコでは商品経済が農村部にも浸透。一方で、
革命後農民に分配され共有化されていた農地への企業参入など政府のメキシコ農業の
さまざまな保護策は撤廃されたり弱体化していき、小規模農家の生活は苦しくなる。
それら小規模農家は農地を企業的農業に貸して米国に出稼ぎに行く動きが盛んになり、
それが米国に1000万人(?)いるとされる不法移民の大きな要因となっている
というのである。

メキシコの穀物流通も、カーギル等の米国穀物メジャーが支配する状況になったのである。
ここでもまた、一部富農は潤うが、もともと経済力のない小規模農家や貧農には
自由主義貿易協定のもたらす富のトリクルダウンは起こらず、
貧富の差の拡大とその固定化が生じた
ということになった。
NAFTAで巨大な富を得たのは、やはり巨大無国籍企業である。


TPPは本質的には、巨大企業を利すると いう点で、NAFTAと同じである。
その中でもとりわけ私が心配しているのは、ISDS条項、 ラチェット条項など、金融・
投資関係の、いわゆる非関税障壁に関するルールである。
長くなるので、詳しくは次回にする。




『TPPについて思うこと』


さてさて。
アメリカのいないTPPはさほど危険でなくなった。ただし、その代わりに、
日米安保条約と連携した日米二国間の『戦略的』経済連携協定が
TPPよりさらに日本側にとって厳しい条件で持ち出されるであろうことは言っておく。

TPPなどの自由貿易協定がはらむ問題の本質については、まだそのほんの一部しか
語っていないし、まだ語る必要はあるであろうと思う。
とても大きなテーマなので順不同になるが、思いつくままに書き記しておく。

福島第一原発事故が起きる前までは割合政治に関心がなかった私が、世界のありよう
について眼を見開かれた本の一冊。著者はラジ・パテル。
TPPを勉強する前に、いや、同時くらいかな、買ったのは。第三刷が2010年11月に
出ているから、少なくともそのあとだ。
『世界の食料生産から消費、そして食生活のあり方までコントロールするグローバル・
フードシステムの実態と全貌― 』帯の紹介文より


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●TPPになぜ反対していたか

私がTPPにかくも危機感を持って反対していたのは、おもに以下のようなことからである。
その細かいことについては、おいおいまた詳しく書いていきたいが、最初にその
TPPに関する私の大きな捉え方をここにさきに挙げておきたい。
わたしがTPPに反対する理由。

第一に、それが、アメリカを中心とした巨大多国籍企業による巨大多国籍企業のための
EPA(経済連携協定)であって、そこには力の差による不平等と搾取の構造が
潜在的に存在している
からである。
第二に、TPPはずっと、単に『経済効果』の側面でしか語られることが少なかったが、
しかし突き詰めていけば、それは、参加国の主権やその社会構造や文化までを変質させて
しまう恐れをその内にはらんでいる
ものでもあるからである。
第三に、その交渉過程の不透明さにもずっと危険を感じてきた。
なぜ不透明になるのか。外に向けてか内に向けてかその両方か、要するに明白に
したくないことがそこに存在するからであろう。
第四に、TPPは、そもそものスタート時は本来『経済連携協定』であったはずである。
しかし、そこに経済連携以外の要素、日米安保条約などとも連携したアメリカと日本の
アジア戦略、はっきり言えば、日米豪、フィリピンなどによる、中国封じ込め政策とリンクする
防衛協定の要素が、とりわけ安倍政権になってから濃厚に入り込んできたこと

私は危険を感じていた。
日本のことに限って言えば、中国や北朝鮮に脅威を感じる日本が、アメリカの核の
抑止力に守ってもらおう、アメリカの軍事力を後ろ盾にすることを続けようとする限り、
TPPであろうが二国間のFTAであろうがEPAであろうが、それが本質的に『平等』なもの
にはなりえない恐れが出てくる、ということを考えるから
である。


●TPPの今後

オバマが推し進めてきたTPPは、トランプが当選してもヒラリーが当選しても、また仮に
サンダースであったとしても、アメリカ側からの見直しは避けられなかった、ということに
なる。ただし、前二者のTPP反対と、サンダースのそれとでは、意味が大きく違っていたが。
トランプ、ヒラリーの反対は、今の条件下でのTPPはアメリカに不利、だからさらに
アメリカにとって有利な条件のものにしようという意味での反対であり、サンダースの反対は、
TPPのような自由貿易協定が本質的にそのうちに含む不公平、不平等の搾取構造を
指摘していたのだという大きな違いがあった。
私のTPPに反対する理由は、サンダースのそれに近い。

とにもかくにも、TPPはいったん停止だ。
安倍政権が、いかに日本側での批准を急いで国会で強行採決しようがすまいが、
アメリカがこれから身を引く限り、TPPはこのままの形では発効しない。
それでは、TPPがらみで今後どんなことが可能性として考えられるかちょっと整理しておこう。
日・EU間、米・EU間などのその他の動きはややこしくなるので、ここでは触れない。
また、ごく大雑把な分け方なので、当然、ここに掲げた選択肢以外の道もあるであろう。
それらの組み合わせもあるであろう。たとえば、①と④、およびと②と④などは同じことの裏表を
言っているので、同時に起こる可能性が大である。


①TPPは、ほかの11カ国でも最終合意に達しないまま消滅。
②アメリカ抜きで、ほかの11カ国が、ルールなどを再構築(これも大変な作業になろう)。
 アメリカ抜きのTPPを発足する。
③上記②に、トランプのアメリカが再度考え直して参加してくる。トランプのアメリカが
 考え直すのが先か、11カ国の発足が先かはわからないが、とにかく結局アメリカも参加する。
④アメリカはトランプの言通り、もう明確に参加しない。TPP、NAFTA、TTIP(米・EU)
 のような多国間貿易協定をやめ、アメリカが必要と感じる国と(その最大のターゲットは、
 むろん日本だ!)二国間のFTAまたはEPAの形で、さらにアメリカにとって有利な形で協定を結ぶ。
⑤日本は、今のところは中国中心だが日本も一応参加はしているRCEP(東アジア地域包括的
 経済連携)、日中韓FTAなどに軸足を切り替える。中国と協力して(それもかなりの困難を
 伴うだろうがそれは覚悟の上で)、東アジアの貿易の新ルールを築いていく。
⑥②と⑤の合わさったもの、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に発展させる。
 この場合も、アメリカも入る場合と入らないケースの二通りある。
⑦日本も保護貿易主義をとっていく。完全にか、自由貿易と並立させていくかはまた
 別の選択肢としてある。

フローチャートやベン図のような図形にしてすっきりと表せればいいのだが、
残念ながらパソコンでの作図能力がないのと、そのもととなる頭脳がない。
でも、およその選択肢はお分かりいただけるのではないだろうか。

一応、アメリカがまだ離脱していない状態のベン図をこちらのサイトからお借りして載せておく。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016111400662&g=use

経済連携 ベン図


さて……
一つ大事なことは、自由貿易を進めていくのならば、本来条文上も平等で
公平であるべき貿易協定が、参加国・参加集団間の顕在的力の圧倒的な差によって
その交渉・実施段階において、不平等・不公平なものになっていかないよう、
人類の知恵を総集していくということである。


さて。日本はどういう道をこれからたどっていくのであろう…
今まで通り、日米安保体制を堅持。経済協定でもアメリカとの関係を最優先していくのか。
それとも、日米安保体制は維持。しかし中国などアジアの国々とも連携。その両立を
探っていくのか。
日米安保体制を見直し、アメリカ依存から脱し、アメリカとは対等な立場で友好関係は
維持しつつも、アジアにより大きく比重を移していくのか。
同じく日米安保体制を見直し、アメリカ依存から脱する。アメリカとは対等な立場で
友好関係は維持しアジアとも連携しつつも、日本独自の生き方を探っていくのか。
それをさらにおし進め、世界の大きな緩やかな連携…現行日本国憲法前文に
掲げたような人類の理想を実現していくことに貢献していくのか。
それとも。
アメリカの核の傘から脱し完全独立を目指すが、そのために、核武装し、軍国化。
日本を(再び敗戦前の日本のような?! ><)世界の強国に押し上げるというような
愚かな野心を抱くのか。

今の安倍政権下の日本は、アメリカ隷属の道をさらに突き進む動きの中にあるように思う。
この選択肢しかないと、ひたすらアメリカに追随する形である。
一国の首相が、大統領になる前の人物に慌てて自ら詣でて、挙句の果てに見事に梯子を
外されるという情けない出来事も、アメリカしか見ていないから起こってくること。
この政権の人々はさらには、彼らの願望として、最後の核武装の選択肢もあわよくば、
と考えているように見える。安倍首相以下、稲田防衛相など現役閣僚、また
周辺の人々の過去発言にもそのような考えはたびたび端々に出てきている。

TPPはもはや、私たちにとって単なる経済連携協定ではなくなっている。
米や牛肉、自動車の関税などだけの話ではとっくにない。
そこには、私たち日本人が、自分の国をどういう風にしていきたいのか、また
人類が、どういう世界を目指していきたいのかという大きな問題が関わってきている。
TPPやその他自由貿易協定の問題は、まだ終わっていない。
上にも書いたように、日本に限って言えば、トランプのアメリカのもとで、さらに厳しい
日米二国間経済協定を、それも、日米安保条約や日米ガイドラインなど防衛問題と
絡めて、今度はむしろもっと水面下で行うという危険性も出てくるであろう。
世界的な規模で語っても、自由貿易はどうあるべきか、否応なしに進行する
『グローバル化』の問題を、人類はどう考え解決していくべきなのか、という
大きな大きな疑問を、そのうちにはらんでいるのである。
わたしたちはよほどしっかりと、政治のありようと世界の動きを見ていなければ
ならないはずなのだが…。

次回以降は、上記のあれこれについてもっと具体的に書いていくつもり。
時々、柔らかい記事も入れていきます。^^



*FTAとEPAの違い
FTA:関税の撤廃・削減を定める自由貿易協定。 
EPA:関税だけでなく知的財産の保護や投資ルールの整備なども含めた経済連携協定。

『TPPとトランプ現象② トランプで世界は変わるか』


TPP問題とトランプ現象…。

…トランプ大統領決定の翌日に、日本の国会、衆院が、敢えてTPPの承認と
関連法案を可決したこと。
そのことは、単なる日程上の偶然ではない。TPPとトランプ大統領誕生は、深い
因果関係や相関関係を持っていると私は思って、この数日間一所懸命、これらのことを
考え続けてきた…

で。いつもの私の記事の書き方というか私の姿勢として、記事のテーマを、問題提起から
因果関係の追及、途中の経過、結論までを一つの環として捉えたい、といういつもの悪い癖
(そのためにいつも、テーマがどんどん膨らんでいき、記事が長くなる!そして
結局シリーズは尻切れトンボになる!苦笑)が出て、
なんとかこの二つを一つのテーマにまとめたいと四苦八苦していたのである…

どちらも、単に経済問題とか外交問題などという点だけで見るわけには
行かない、いわば、私たちの世界観、未来観を問われる問題である、ということは
言えるであろうと思う。
私たちは今、いろんな意味で分岐点に立っている。

方針を改めて。
個別に書いていこう。
内容が前後したり、他へ飛んだり、ということがあるかもしれないが、記事のシリーズが
終わったとき、全体としての私の考えが伝わればいいかなと思うことにして。



              ***


『トランプで世界は変わるか』 

御存じのように、今回トランプに票を投じた人々の不満の大元には、自分たちの暮らしが
よくなっていかないことへの閉塞感があったと思う。
まじめに働いても賃金が思うように上がっていかない。いくつもの割の悪い仕事を
掛け持ちしても生活はかつかつ。
だが、そうした不満を抱える人々の一方には、自宅や事務所にいながらにして、不動産を
動かしたり株を売り買いしたりさらにはもっと実体のない金融商品を売り買いしたりして
瞬時に何千万、というような金を得る富裕層というものがいる。
また、スティーブ・ジョブズなどのように、その高い能力を生かして起業し、巨万の富を
築いた人々もいる…
その周りで同じく地位と富を獲得していく企業専門の弁護士、法律顧問などがいる…
(アメリカは名にしおう『訴訟社会』である! TPPでそれがやってくる!!!)
そして往々にしてそれらの身分から政治家に転じた二重三重の有利な地位を持つ者さえいる…。
一方にそうした『選ばれた』人々がいるのだ。

今回の選挙結果をみると、クリントンが獲得した州は、本当にわずかな地域である。
ニューヨークを中心とした東部海岸。セレブ達が多く住むカリフォルニアなど西海岸の州。
それら以外の州は、ほとんどがトランプ支持の赤色に染められた。
一つ一つの州を取り上げても、その州の州都など都会部ではクリントンが強く、
周辺では圧倒的にトランプ票が多かった…

怒れるアメリカ人たちの、その怒りの原因はいろいろに語れるだろう。
増えて行く移民たち。彼らがそれでなくとも苦しい自分たちの仕事を奪う…
それなのに、貧しい移民や食い詰めた黒人たちの生活は自分たちの税金で保護される…
だが。それを口に出して言えば、『人種差別主義者』『非人道的』などといって、周りの者や
マスコミから叩かれる…。
綺麗事の理想主義を振り回す取り澄ましたジャーナリストたちや学者、評論家たちも、
同じく『選ばれた人々』であることに変わりはない…

誰もおれたちの私たちの悩みと怒りをわかってくれない…。
そうした鬱屈した怒りを、トランプは代弁したのである…

だが、私は、トランプが、そうした怒れる人々の怒りのもとの状況を変えてくれる人とは思わない。
彼自身が、彼の批判するところの『既得権益層』だからである。
彼の激しい攻撃の対象であったヒラリーとなんの変わりもないのだ。

彼の本質は、『ビジネスマン』である。
彼の(おそらく)優れたビジネス感覚が、アメリカの…世界の…これまでの悪しき既成概念を
打ち壊して、いい意味で『理』にかなった選択をしていってくれればいいが、
そうして、アメリカの人々の暮らしを改善し、また、硬直した世界の外交関係を新しい感覚で
より良きものにしていってくれればいいが、と、私も心から願うものである…。

だが、ビジネスの世界は、非情である…

トランプが勝って、世界を駆け巡った驚きの声。
私自身驚いたのは驚いたが、その騒ぎの中で私が非常に興味深く思ったのは、
トランプの勝ちが見えてきた日本時間9日の午後には、日本では株価が暴落。
一時は前日終値から1,000円も下げる『悲観的な』動きとなったのだが
(ご存じのように翌日には回復)、当のアメリカでは、トランプリスクがあれほど
言われて悲観的予測が囁かれていたのに、一日と経たずして、市場はトランプ
大統領誕生を、『好感』。
結果的には大統領選の間、ニューヨークダウは一度も下げることなく5日続伸、
過去最高値更新、選挙ウイークで1,000ドルも上昇という動きとなったことである。
それは、トランプが、勝利確定すると同時にその攻撃的姿勢をひっこめたことにより、
極端な政策転換がすぐには生じない見通しが立ったことへの安心感と、トランプが
明言した公共投資拡大、金融緩和、減税などへの期待感から、関連株が買われた
ことなどがあったからだという…

やれやれ、投資家というものはたくましいものだな……
結局、この市場の動きが象徴しているように、世の中が嘆くほどトランプが大統領になっても、
世界もアメリカも、そう悪い方向にも良い方向にも変わらないんじゃないか。
そう、溜息とともに、私は思ったものだ…。

まず。彼は『既得権益層』の打破などしない。彼自身がエスタブリッシュメントだからである。
その意味で、怒れる白人層の、トランプが自分たちの怒りを代弁し、その根本原因を
取り去って生活を改善してくれるだろうなどというと期待は、叶えられるかどうかわからないと
私は大いに疑っている。


このグラフを見てほしい。

GDP推移世界の

国民一人当たり名目GDP推移
どちらのグラフもこちらのサイトからお借りしました。http://www.garbagenews.net/archives/1335765.html

主要国の名目GDP(対ドルベース)と、同じく国民一人当たりのGDPを、1980年から
IMFによる2020年の予測までをくわえてグラフ化したものである。

日本のGDPの伸び率の低さや中国の急伸はともかくとして、アメリカのところを見てほしい。
アメリカは、2009年のリーマンショック時に、一時落ち込みはしたものの、GDPは
国家レベル、国民一人当たりのどちらをとっても、順調に伸びているのがわかるだろう。
リーマンショックで確かに国民の失業率は10%にまで増えた。だがその後は順調に
回復し、オバマ政権下では5%にまで戻っている。

それなのに、どうして今回の選挙で、アメリカのとりわけ中下層の怒りは爆発したのか。
なぜ働いても働いても家計所得は上がらず、生活は苦しくなるばかり。大学を出ているのに
職がなく、仕方なし給料の安くて不安定なパート労働でしのがざるを得ない…
かつては自分はアメリカでは『中流』の暮らしができていると思っていたのに、いつの間にか
『下層』の暮らしに陥っていた…
そうした蓄積した不満がついに爆発したのだ。

では、このグラフに見るように、アメリカの経済は決して不況などではなく、むしろ
世界でも、恵まれている方だった。それなのになぜ、庶民の給料は上がらないないどころか、
むしろ十年前、二十年前より下がったなどという人が出てきたのか。
(ちなみに、日本も同じような状況である…)
わかりきったことだ。上位1割の富裕層が、その果実を独り占めにしたからである!
アメリカでは、トリクルダウンは起きていないのである。

あとでまた書けたら書きたいが、アメリカでかつてそこそこ中流の生活をしていた
ものまでが下層に落ちるような羽目になった。その契機は、主にあのリーマン・ショックである。
リーマン・ショックは、アメリカにおける実体経済を伴わないサブプライムローンという
金融商品と、そのローンの証券化商品の破綻から、世界に広まった…

本来なら家を持つのが資金的にも信用的にも苦しいはずの人々でも安く家が
買えますよ、という美味しい話を信じて、結局不動産バブルがはじけて、
それらの人々は家も貯金も何もかも失ってしまった…。
中下層の人々の苦しみの始まりの大きな一因である…

そういう人々を救うと言って票を集めたトランプ。
NAFTAのような自由貿易協定をご破算にして保護主義をとり、交通インフラなど
国内の雇用を生み出す公共事業などに公的資金を投入すると約束しているトランプ。
いわば、実体のある経済への切り替えだ。それはいいと思う。

だが、彼のそういう姿勢は本心か。
トランプ氏は当選した途端、『反ウォール街』から『親ウォール街』に翻意しそうなのである。
『ウォール街の顔』であるJPモルガンのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)、
リーマンショックの反省から生まれた『ドッド・フランク法』(金融規制改革法)の廃止を
推進してきたジェブ・ヘンサリング下院金融サービス委員長、ゴールドマン出身で
トランプ陣営の財務責任者を務めたスティーブン・ムニューチン氏らを新政権の
最重要経済閣僚(財務長官)候補とし 、ウォール街との関係改善を目指す姿勢を明確に
していると言われるからである。トランプ氏自身を含め、これらはみな、彼が選挙戦中
猛烈に攻撃してきた既得権益層だ。
ダイモン氏率いるJPモルガン・チェースは総資産でアメリカ最大の銀行。
『ドッド・フランク法』の廃止を訴えてきたヘンサリング下院金融サービス委員長は、
金融業界からの献金が今年だけで、100万ドル(約1億円)を超える人物だという。
トランプ氏自身も『ドッド・フランク法』の廃止を訴えている。『ドッド・フランク法』は、
2008年のリーマン・ショックの反省から作られた。金融危機の再発を防ぐため、
銀行が自己資金でリスクの高い取引を行うことなどを禁止している。
これが撤廃されれば、世界的な金融規制の強化路線が後退して、新たな金融危機に
つながっていく恐れもあるという…。

(青文字部分、朝日新聞11月12日長官より要約。)


彼が選挙民に示して見せた怒りは、ポーズではないか。
ウォール街とだけでなく、共和党主流派との一見不和も、既にはやばやと溶解している。
トランプも共和党主流派も、選挙戦中のようにたがいに敵意をむき出しにしたままでは、
これからをやっていけないからである。
トランプ大統領の今後の姿勢は、その人事を見れば一目瞭然。共和党とのパイプを
生かしつつ、自分を大統領に押し上げてくれた貧しき民の期待にも背かないよう、
もっとも要職である大統領首席補佐官にはプリーバス氏を、そして自分の選対最高
責任者であったバノン氏を首席戦略官・上級顧問に据えたということは、自分の主義は
変えないけれども、実際の政治は現実路線でいくということではないだろうか。
バノン氏は、最右翼で国家主義的、人種差別的な発言をする人物で、共和党主流派批判の
最先鋒であったという。
トランプは極めて変わり身の早い人なのではなかろうか。

そう言った意味で、今、日本政府など、TPPが座礁するかもしれないと嘆く声が
多いようであるけれども、何のことはない、あっさりと方向転換してTPP推進に
変わるんじゃないか。
だって、仮に。
①これまでアメリカ主導だったTPPが座礁しても、アメリカ抜きでTPPが
あとの11カ国で進められることになって、アメリカが蚊帳の外にいざるを得なくなる、とか、
(ニュージーランドは愚かなことに、15日、日本より先に国会で関連法律を通して、TPPを
批准したようだ!)
②TPPが全く駄目になって、代わりに中国主導のRCEPが勢いを増して、日本、韓国なども
そちらに加わっているから、中日韓を含む大きな自由貿易圏がアジアに生まれることになったら、
トランプ氏のビジネス本能がそれをみすみす指をくわえて見ていることなど許すだろうか?

もともとトランプ氏がNAFTAをやめると言ったりTPPはやらないと言ったりしたのは、
それらの自由貿易協定が、強者が弱者からさらに奪うという不公平不公正なシステム
だから反対だというサンダースのような主張からではなく、アメリカが損をしている、
不公平だ!と言って、さらにアメリカが儲けられるようにという意味で反対していたのだから。

もしTPPをやらないとしても、日本などとの二国間協議を、TPPよりもっとアメリカに
有利な条件で強固に進めようとするかもしれない。そうなったらTPPよりさらに悪い。

TPPで、日本をアメリカの強欲な巨大企業に差し出そうとしている現政府が、さらに
経済交渉ではタフな大統領になったアメリカに抵抗しうるのだろうか?
ぺル-でのAPECに出るついでとは言いながら、まだ大統領になってさえいない
トランプ詣でに、日本の首相自らが出かける。
どこまでいったい、アメリカがそんなに大事なの?

私は、安倍首相とトランプ氏の親和性はすごく高いんじゃないかと思っている。><
う~ん…何をいったい約束してくることやら…
TPPには、金融サービスの自由化、という項目もあるのだ。
訴訟好きなアメリカの、したたかな弁護士たちが、日本の富を狙って手ぐすね引いて
いますよ。お人よしの日本はそれに耐えられるのか。

また一方、ビジネスマン、トランプは驚くような行動に出ることもあるかもしれない。
中国やロシアとの、経済上の融和政策だ。
日本はアメリカだけをせつなく潤んだ目で見つめていていいのだろうか?(比喩表現です)


                   
今まで話したこととは別に、一つだけ、トランプが出たことによって、世界が変わるだろう
と思うことはある。
それは、『慎み』の喪失だ。『畏れ』の喪失だ。
相手を傷つける恐れがあっても言いたいことは言ってしまうという…。
『言ったもの勝ち』『やったもの勝ち』の世界。そしてそれが非難されることなく、なんと
ぐずぐずとなし崩しに容認されてしまう世界。いやむしろ、賞賛さえされる世界…。
『自分が言ったことも都合が悪くなるとすぐに「言ってない」と言い張る』
『自らの不利不徳などを、だれかほかの者のせいにする』……
そうした極めて乱暴な言動と思考が、これから増えて行くであろう。



世界はこれからいろんな意味で良くも悪くも動いていくだろう…
トランプが出なくても、その傾向は既にあった…
大きく緩やかに、世界は旋回していくのだ…何処かへと……
その時に、日本は、どういう国でありたいのか?
あなたは、どういう世界に生きたいだろうか?


『TPPとトランプ現象 ①』


今日午後3時から、一応衆院本会議が開かれ、そこで与党はTPP承認と関連法の
強行採決を目指しているようである。
(こんな大事な採決をテレビで中継しないので、インターネット中継で見ながら、これを
書いている。国会の外で反対を叫んでいる人々と連帯し、強い抗議のつもりで。)

TPP反対を明確に打ち出しているトランプ。肝心のアメリカの批准がどうなるか
わからない状況で、なぜ日本がTPP採決をそんなに急ぐ必要があるのか。

トランプやがクリントンがTPPに反対していた意味は、サンダースや私がここで反対
している意味とは大きく違う。トランプらは、アメリカの企業が自由貿易によって損を
することのないようTPPのルールをよりアメリカに有利にしなければならないと言って
反対しているのであり、サンダースや私は、TPPというものが、巨大企業による
巨大企業のためのルールで営まれようとしているいわばさらなる簒奪のシステムで
あるから反対しているのだという点である。

このことについては、次回以降の記事で書いていきたい。
だが実は、もうTPPの基本については、私も記事をいっぱい書いてきている。
新たに書く記事は、それとは別のことを書きたいので、下のところに、私のこれまでの
TPPに関連した記事のURLをリストアップしておくので、興味おありの方は覗いてみてください。

それらの記事の中でも、私がこれだけは一番言っておきたいこと。
それは、TPPというのは、アメリカの巨大企業のための協定だ、ということである。
もう一度、この記事を掲載しておこう。


『TPPで私たちが闘わなければならなくなる相手』
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1166.html



アメリカで「TPP」を推進して米政府を操る黒幕たちの正体』

では、アメリカの誰がこのTPPを推進している黒幕なのか?以下のサイトがその正体です。
NATIONAL FOREIGN TRADE COUNCIL

http://www.nftc.org/
NFTC.png



この「全国貿易協議会」、略して「NFTC」という財界団体・同業組合がTPPの裏にいる存在であり、TPPを強力に推進しているわけです。NFTCは1914年に設立され、オープンでルールに基づいた国際貿易システムを主張する最も古く、そして最大の規模を誇っています。会員社数は300を超えており、ワシントンとニューヨークにオフィスを構えています。つまり、オープンな国際貿易と投資制度を促進する公共政策を主張し、専門知識および主要問題についての情報をフル動員して広め、さらに政策決定者とオピニオン・リーダーとの対話によって公開討論に影響を及ぼすことでグローバルな通商を進めることです。

もっとわかりやすく身もふたもない言い方をすると、政府関係者にロビー活動を行って自分たちの会員企業に有利な法律を政府に作らせるのがお仕事、というわけです。

TPPを推進している企業の名前がずらっと並んでいます。

以下がそのリストです。かなり膨大な量になっていますが、インテル、マイクロソフト、IBM、GAP、コカコーラ、ファイザー、シティグループ、ダウ・ケミカル、GE、ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、リーバイス、オラクル、P&G、タイム・ワーナー、Visa、ウォルマート、ゼロックスなどといった有名企業も山ほどあり、つまりTPPでの交渉とは、これらすべての企業を相手にするのと同じ意味なのだ、ということです。

有名企業以外にも日本では知られていないが非常に強力なロビー活動のための組織が山ほどあり、TPPでなぜあれだけ多くの分野が上がっているのか、その理由がわかるはずです。加盟社数、会員社数、構成員数、これまでの歴史、アメリカはTPPのためにこれまでアメリカが築き上げてきたすべてのものを総動員しているというのが、一目瞭然です。


----ここから----

Abbott Laboratories(アボット・ラボラトリーズ、1888年設立の製薬会社、世界130カ国で事業展開を行っており、1985年に世界初のHIV血液検査薬を開発)

ACE Group(エースグループ、生命保険会社で主にロンドンのロイズ保険市場を使っている)

Advanced Medical Technology Association (AdvaMed)(先進医療技術工業会)

American Apparel & Footwear Association (AAPC)(アメリカの服とフットウェアの協会、何百もの下請け業者を代表する産業業界団体)

American Automotive Policy Council (AAPC)(クライスラー、フォード・モーター、ゼネラル・モーターズの自動車大手3社がアメリカの自動車推進政策会議として組織し、国際貿易と経済政策に関する自動車推進の通商政策会議を行っている)

American Business Conference (ABC)(1981年に設立されたアメリカ営業会議、経済の中型の高度成長セクターの公共政策についてロビー活動を行う団体で、主に製造業・公共事業・先端技術・金融サービスがメンバー)

American Chamber of Commerce in New Zealand(AmCham)(ニュージーランド米国商工会議所、フォーチュン500の会社などがメンバーで、45年以上もの間、アメリカとニュージーランドの貿易・投資・観光旅行を促進してきた)

American Chamber of Commerce in Singapore(AmCham Singapore)(シンガポール米国商工会議所。アメリカ国外では最大規模の米国商工会議所のうちの1つ、ASEANで最大の米国商工会議所であり、シンガポールで最大の外国の商工会議所。シンガポールで概算250億ドル(約1.9兆円)の投資を行っている。4500人のメンバーと700を超える会社が加盟しており、1年あたり280を超えるビジネス・イベントを開催し、13の産業に焦点を置いた委員会を所有する)

American Chamber of Commerce in Vietnam (Hanoi)(AmCham Hanoi)(1994年設立のベトナム・ハノイ米国商工会議所。メンバー数は450人、立法および行政改革・ネットワーキング・ビジネス状況報告・貿易使節団・有益な出版物を取り扱い、政府に対して景気を増強するロビー活動も行う)

American Chamber of Commerce in Vietnam (Ho Chi Minh City)(AmCham Vietnam in HCM City)(ベトナム・ホーチミン米国商工会議所。1996年設立で700の会社と1500人の会員を有する)

American Council of Life Insurers (ACLI)(生命保険産業のためにワシントンD.C.でロビー活動を行う業界団体。米国生命保険産業の総資産の90パーセントを占める300社の保険会社を代表している)

American Forest & Paper Association (AF&PA)(米国森林・製紙協会。林業協会と米国製紙工業会の合併によって1993年1月1日設立。米国のパルプおよび製紙業のおよそ80%および木製建築資材キャパシティーの50%のメーカーを代表する林産品産業の国立同業組合)

American Import Shippers Association (AISA)(米国輸入運送協会。1987年設立で、織物・衣服・フットウェアおよび他の消費財のアメリカの輸入業者をとりまとめる世界最大の国際的発送協会のうちの1つ)

American Soybean Association (ASA)(アメリカ大豆協会。アメリカの大豆生産者2万2000人で構成された非営利農業団体で、1920年設立。過去90年間にわたって政府に対するロビー活動、生産者の教育、啓蒙活動を行っている)

ANSAC(ANSAC: American Natural Soda Ash Corporation)(1984年設立、アメリカン・ナチュラル・ソーダ灰株式会社。アメリカのソーダ灰3社のための国際的な物流部門。グラス、洗剤およびいくつかのナトリウムに基づいた化学薬品の製造の中で使用される本質的な原料である炭酸ナトリウム(Na2CO3)であるソーダ灰を扱っている)

Applied Materials, Inc.(アプライドマテリアルズ、アメリカ半導体製造装置最大手で1967年設立。半導体(集積回路)チップ、コンピューターとテレビのための平面パネルディスプレー、家と建物のためのグラスコーティング、産業と光起電力の太陽電池のためのフレキシブル基板コーティング)

Association of American Publishers (AAP)(米国出版社協会。アメリカの本出版産業の国立同業組合で、より小さく非営利的な出版者、大学出版局などアメリカのほとんどの主な商用出版者を含む300人を超えるメンバーを擁する。知的財産と国際著作権を扱う)

Association of Equipment Manufacturers (AEM)(設備メーカー協会。農業、建築、採鉱および公益事業の産業用設備を製造する会社のための同業組合)

AT&T(エイ ティ アンド ティ、アメリカ最大手のモバイルと固定電話の電話会社。1877年にグラハム・ベルが設立したベル電話会社が前身で、現在では1億70万人以上の携帯電話ユーザーを持っている)

Bechtel Corporation(ベクテル、石油コンビナート、原子力発電所、キング・ファハド国際空港、ホンコン国際空港、英仏海峡トンネルなどの建設を請け負う世界最大級の建設会社)

Boeing Company(ボーイング、1916年設立の多国籍航空宇宙および防衛関係請負業者。アメリカで唯一の大型旅客機メーカーであり、ヨーロッパのエアバスと世界市場を二分する巨大企業。民間機だけでなく軍用機・ミサイルなどの研究開発・設計製造も行っている)

Biotechnology Industry Organization (BIO)(バイオテクノロジー産業協会。産業ロビー団体で1100人を超えるメンバーで構成された世界最大のバイオテクノロジー団体)

C.V. Starr & Co., Inc.(CV Starr)(革新的なリスク管理解決策を提供するグローバルな保険および金融サービス組織。飛行機、船舶、エネルギー、財産および超過災害保険を扱う)

Cargill, Incorporated(カーギル、1865年設立のアメリカ最大の個人所有企業で、もし公開企業であればフォーチュン500のトップ10に入ると言われている穀物メジャー。食品、農産品、金融商品、工業用品および関連サポートをグローバルに生産して提供し、63か国でビジネスを展開、総従業員数は13万8000人)

Caterpillar, Inc.(キャタピラー、建設および採鉱設備、ディーゼル機関および天然ガス機関の世界で最大のメーカー。機械類とエンジンを売り、世界的な販売網によって顧客に金融商品と保険も売っている)

Chevron Corporation(シェブロン、1879年創業の石油関連企業。世界の石油関連企業の中でも特に巨大な規模を持つ国際石油資本、いわゆるスーパーメジャーと総称される6社の内の一社)

Citigroup, Inc.(シティグループ、1812年に前身である会社が創業された多国籍金融サービス企業。世界140カ国に1万6000のオフィスを持ち、世界で最大の金融サービス・ネットワークを所有、社員数は26万人、顧客の口座は2億以上開設されている)

Coalition of Service Industries (CSI)(サービス業連合。サービス業全般を代表しており、アメリカの労働力の80%を使用し、全国経済生産高のうちの4分の3を占めている。保険、テレコミュニケーション、情報技術、速達便、オーディオビジュアル、エネルギー・サービス、また他のサービス業を含んでおり、銀行業務から国際的大企業まで世界100カ国を網羅する)

The Coca-Cola Company(コカ・コーラ、多国籍飲料企業大手。現在200か国以上で500を超える商標を展開し、毎日17億杯もコカコーラを売っている)

Corn Refiners Association (CRA)(コーン精製者協会。コーン精製とはコーンスターチ、トウモロコシ油、ブドウ糖果糖液糖(HFCS)の生産のこと)

Council of the Americas (COA)(アメリカ評議会。自由貿易、民主主義および公開市場を促進しているアメリカの事業組織。経済・社会開発、公開市場、法の支配および西半球の至る所での民主主義に対する共通の責任を共有しており、委員会の会員は銀行業務、金融、コンサルティング・サービス、消費者製品、エネルギー、採鉱を含む広範囲のセクター、製造、メディア、技術、輸送を代表する主要な国際会社から成り立っています)

CropLife America(CROP、農業のバイオ企業の国際的な連合)

DHL(ディーエイチエル、世界最大の国際輸送物流会社。国際ロジスティクス会社ドイツ・ポストの1部門)

Diageo(ディアジオ、イギリスの酒造メーカー。世界で最大のビールとワインの主要製造業者でもあり、スミノフ、ジョニーウォーカー、ギネス、キルケニー、ベイリーズ、J&B、キャプテンモルガン、クエルボ、タンカレー、ボーリューヴィニャード、スターリングヴィンヤーズワインなどのブランドを持つ。180か国以上で販売を行い、80か国にオフィスを持っている)

Distilled Spirits Council of the United States (DISCUS)(合衆国蒸留酒会議。数十年間存在した3つの組織(ブルボン研究所、酒精協会およびライセンスト・ビバレッジ・インダストリーズ社)の合併によって1973年に結成された。アメリカで販売されているすべての蒸留酒の80%を代表している)

The Dow Chemical Company(ダウ・ケミカル、世界最大級の化学メーカー。175か国以上に4万6000人の従業員を持ち、1897年設立。米国化学工業協会の会員)

Eli Lilly and Company(イーライリリー・アンド・カンパニー、1876年設立の製薬会社。糖尿病治療のためのインスリン製剤で有名で、今日世界で最大のインスリンメーカーであり、精神医学薬剤の配給元でもある)

Emergency Committee for American Trade (ECAT)(米国貿易緊急委員会。米財界有力者が結成した自由貿易推進団体で1967年結成)

Emerson(エマソン、多国籍企業。広い範囲にエンジニアリング・サービスを提供し、アメリカで最大のコングロマリットのうちの一つ。150か国に12万7700人の従業員を持つ)

Express Association of America (EAA)(アメリカ速達便協会。4つの大きな統合速達便会社であるDP DHL、フェデックス、TNT、UPSが作った新連合)

Fashion Accessories Shippers Association (FASA)(ファッションアクセサリ運送協会。国立ファッション・アクセサリーズ協会社(NFAA)によって1986年に設立され、政府の事務に助言したり、価値のある米国関税情報を供給することが役割)

FedEx Express(フェデックス、物流サービスを提供する世界最大手の会社)

Fluor(Fluor Corporation、石油およびガスの建設会社でフォーチュン500のうちの1社。4万1000人を超える国際的な従業員を雇用し、25か国以上に展開している)

Footwear Distributors & Retailers of America (FDRA)(アメリカ履物配給者・小売り業者協会。フットウェアの小売り業者、配給者、メーカー、サプライヤーおよび国際貿易協会)

Freeport-McMoRan Copper & Gold Inc.(Freeport、世界で最も低コストの銅生産者および金の世界で最大の生産者のうちの1つ)

Gap, Inc.(Gap、アメリカで最大の衣類および付属品小売り業者。13万5000人の従業員がおり、世界中に3076の店舗を展開、そのうち2551はアメリカ国内)

General Electric Company(GE、世界最大のコングロマリット(複合企業)であり、売上高世界第二位のメーカー。1878年創業でエネルギー、技術インフラストラクチャー、資本財政および消費者産業の4つのセクションを持つ)

GlaxoSmithKline(グラクソ・スミスクライン、イギリスの医療用医薬品製薬会社。医療用では呼吸器系・抗ウィルス・ワクチンの分野で高シェアを持っている)

Grocery Manufacturers Association (GMA)(食料品店メーカー協会。1908年以来、食物、飲料およびコンシューマ製品のブランド化に努めており、公共政策に産業規模の効率を増加させるためにロビー活動を行っている。最大のメンバーはコカ・コーラ、ネスレ、ペプシコ、プロクター・アンド・ギャンブル、デル・モンテ・フーズおよびユニリーバ)

Hanesbrands, Inc.(ヘインズブランズ、世界的な一般消費財企業で主にアパレルを扱う衣料品会社。Wikileaksの公電の中では国務省にロビー活動を行ってハイチの1時間あたりの最低賃金を0.61ドルから0.31ドルまで下げさせたことが暴露されている)

Herbalife Ltd.(ハーバライフ・インターナショナル、健康食品とスキンケア商品の企業。210万人のネットワークビジネスを駆使し、76か国でMLM方式のビジネスを展開。社員数は4000人)

Hewlett-Packard Company(ヒューレット・パッカード、製品、技術、ソフトウェア、ソリューション、および政府の顧客を含む個別消費者、中・小型のビジネス(SMB)および大企業に対する製品を提供するアメリカの多国籍情報技術企業)

IBM Corporation(IBM、コンピューター・ハードウェアとソフトウェア、メインフレーム・コンピューターからナノテクノロジーまで及ぶコンサルティング・サービスも含む多国籍技術企業。時価総額では世界2番目の規模の技術会社)

Information Technology Industry Council (ITI)(米国情報技術工業協議会、米国の主要なハイテク企業によって構成される団体で世界各国の首都、WTO(世界貿易機関)におけるロビー活動を最も効果的に行うテクノロジ産業の業界団体として広く知られている)

International Intellectual Property Alliance (IIPA)(国際知的財産連合。1984年に形成された、7つの同業組合の民間部門連合。著作権法によって保護されたコンピューター・ソフトウェア、フィルム、テレビ番組、音楽、本およびジャーナルを対象としている)

Independent Film & Television Alliance (IFTA)(インディーズ映画&テレビ連合。構成は22か国で150を超える会員会社を持っており、販売代理店、テレビ会社、スタジオ関係会社および金融機関などを含む)

Intel Corporation(インテル、世界最大の半導体チップ・メーカー)

J.C. Penney Corporation, Inc.(J. C. Penney、アメリカの中程度のデパートチェーン、50の米国の州およびプエルトリコすべてに1107のデパートを展開している)

Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン、アメリカの医薬品・ヘルスケア製品メーカー。1886年設立で、世界に250以上のグループ企業を保有しており、医薬品・医療用機器・診断薬を製造。救急絆創膏「バンドエイド」で有名。世界企業ランキングでは製薬ヘルスケア部門で世界第2位)

Kraft Foods(クラフト・フーズ、アメリカの菓子、食物および飲料コングロマリット大手。155か国以上で多くの商標を売り、そのうちの12個で毎年10億ドル以上を得ている。キャドバリー、ジェーコブス、クラフト、LU、マックスウェル・ハウス、ミルカ、ナビスコ、オスカーメイヤー、フィラデルフィア、トライデントなどを持っている)

Levi Strauss & Co.(リーバイス、デニム・ジーンズのリーバイス・ブランドで世界的に知られている個人所有のアメリカの衣料品会社)

Mars, Incorporated(MARS、菓子、ペットフードおよび他の食品の世界的なメーカーでフォーブズによってアメリカで5番めに大きな私企業に位置付けられている)

McDermott International(McDermott、アメリカ、中東、カスピ海および環太平洋で事業で主に海を舞台にした国際的なエンジニアリング会社)

The McGraw-Hill Companies(マグロウヒル、出版社。ビジネスウィーク誌などの雑誌の出版や、教育、放送、金融事業などを行っており、スタンダード&プアーズやJDパワーの親会社)

Merck & Co., Inc.(メルク、世界140カ国以上で事業を展開している世界的な医薬品大手企業で1891年設立。従業員数は約9万3000名。世界に七つある巨大製薬会社の1つ)

Microsoft Corporation(マイクロソフト、多国籍コンピューティング企業。マイクロソフト・オフィスとウインドウズで超有名)

Monsanto Company(モンサント、遺伝子組み換え作物の種の世界シェアは90%を占め、研究費などでロックフェラー財団の援助を受けている多国籍バイオ化学メーカー)

Motion Picture Association of America (MPAA)(アメリカ映画協会。映画産業の業界団体であり、ハリウッドのメジャースタジオなどをメンバーとする)

National Association of Manufacturers (NAM)(全米製造業者協会。アメリカ最大の産業同業組合)

National Cattlemen’s Beef Association (NCBA)(全国牧畜業者牛肉協会。牛肉生産者の集まりで、「景気および消費者需要の増強により牛および牛肉生産者のための利益獲得機会を増加させる」のが目的)

National Center for APEC (NCAPEC)(アジア太平洋経済協力会議(APEC)のための米国のナショナル・センター。APECのための唯一の米国商業組合で、APECのプロセスへのアメリカの民間部門としてロビー活動を繰り広げている)

National Confectioners Association (NCA)(国立菓子屋協会。69の菓子会社の代表によってシカゴで1884年に設立され、世界で最も古い同業組合のうちの1つ)

National Foreign Trade Council (NFTC)(全国貿易協議会、TPPの総元締め)

National Music Publishers Association (NMPA)(全米音楽出版社協会。音楽出版社の全米団体で著作権保護を活動の中心としており、1917年設立。800を超える音楽出版社が加盟しており、アメリカの音楽著作権の60%を処理している)

National Pork Producers Council (NPPC)(国立豚肉生産者評議会。国内と世界市場への高品質の豚肉の一貫して信頼できるサプライヤーとして米国豚肉産業を確立することにより、米国豚肉生産者および他の産業ステイクホルダーの成功の機会を増強して、その43の合併された州協会を代表して公共政策に関与するロビー団体)

National Retail Federation (NRF)(全国小売連盟。世界で最大の小売り業協会で、デパート・専門店・ディスカウントストア・通信販売・ネットショッピング・独立小売業者およびチェーン・レストランおよび食料雑貨店を含む。4兆4000億ドル売上、2400万人を超える従業員、160万軒以上の米国の小売店を含んでおり、さらに100を超える協会をも含んでいる)

News Corporation(ニューズ・コーポレーション、アメリカの多国籍巨大メディア企業。タイムズ・20世紀フォックス・FOXテレビジョンなど大手新聞、テレビ、映画会社などを傘下におさめるオーストラリア発祥の世界的なメディア・コングロマリット。)

Oracle Corporation(オラクル、アメリカの多国籍コンピューター技術企業。世界で第2位のソフトウェア会社。世界市場のトップシェアを占めるデータベース管理システムソフトを持つ。)

Outdoor Industry Association(OIA)(アウトドア企業団体。アウトドア産業で4000社以上のメーカー、配給者、サプライヤー、販売代理人および小売り業者に貿易サービスを提供している同業組合)

Pacific Sunwear of California, Inc.(PACSUN、小売り衣料品会社。南カリフォルニアの若者文化および流行に定着している。十代とヤングアダルトのためにデザインされた限定アクセサリーやフットウェアなどが有名で、50の州およびプエルトリコに826の店を展開している)

Pfizer, Inc.(ファイザー、世界売上1位のアメリカの多国籍製薬企業。1849年創業、11万6500人の従業員を抱える。バイアグラを作ったのはここ)

Pharmaceutical Research and Manufacturers of America (PhRMA)(米国研究製薬工業協会。米国で事業を行っている主要な研究開発志向型の製薬企業とバイオテクノロジー企業を代表する団体)

Principal Financial Group(プリンシパル・ファイナンシャル・グループ、1879年に設立された約130年におよぶ歴史を持つ世界有数のグローバル金融サービス機関。傘下の会社を通じて個人や法人の投資家に対してリタイアメント・サービス、資産運用、保険等の様々な金融商品ならびにサービスを提供している)

Procter & Gamble(P&G、プロクター・アンド・ギャンブル、世界最大の一般消費財メーカー。2011年度の売上は826億ドル(約6.4兆円))

Recording Industry Association of America (RIAA)(アメリカレコード協会。アメリカで生産され売られたすべての正当なレコード音楽のおよそ85%を作成・製造・分配している)

Retail Industry Leaders Association (RILA)(小売り業界リーダー協会。公共政策と産業によって消費者の選択および経済的自由を促進することを目的とした同業組合)

Sanofi-Aventis(サノフィ・アベンティス、フランス・パリを本拠とする製薬・バイオテクノロジー企業でヨーロッパ最大手。循環器系・代謝系・中枢神経系・内科系・血栓症・がんなどの医薬品やワクチンを製造している)

Securities Industry and Financial Markets Association (SIFMA)(証券業界および金融市場協会。アメリカと香港で証券会社、銀行および資産運用会社を代表する主要な証券業界業界団体の1つ)

Skyway Luggage Company(Skyway、1910年設立の荷物メーカー。カナダ、メキシコ、ヨーロッパ、オーストラリアおよびニュージーランドへの国際的卸売業者でもあり、アメリカで最大の独立して所有された荷物サプライヤー)

Smart Apparel U.S., Inc.(Smart Apparel、紳士服やスポーツウェアおよび礼装用ワイシャツなどのアパレルメーカー)

Society of Chemical Manufacturers and Affiliates (SOCMA)(化学メーカー協会。国際貿易協会であり、合理的なルールを求める団体)

Target Corporation(ターゲット、小売業者。ウォルマートに次ぐアメリカ2番目のディスカウントチェーンで、アメリカ全企業の収入ランキングでは33位)

AnnTaylor Stores Corporation(アン・テイラー、女性向け衣類小売りチェーン。クラシックスタイルのスーツやドレス、靴やアクセサリーを製造・販売していて、46の州で907の店や工場を展開している)

TechAmerica(テックアメリカ。アメリカを中心としたハイテク技術産業団体で、1200の企業が所属。目標として「草の根からグローバルへ」を掲げています)

Time Warner, Inc.(タイム・ワーナー、世界最大のメディア企業の1つ。CNN、ワーナーブラザーズ、カートゥーンネットワーク、ブルームバーグ、TIME、ニューラインシネマ、DCコミックなどを傘下に持つ)

Travel Goods Association (TGA)(旅行用品産業の全国組織で、製造業者、代理店、小売業、プロモーター、販売店、そして下請け業者までがメンバーに含まれている)

TTI Global Resources, Inc.(TTIグローバルリソース。アパレルや靴下関係のビジネスを背後に持つ投資グループが2001年に作った企業で、最初はタイで細々と事業を営んでいましたが、国際サプライチェーン化して、今やタイの他に中国やベトナムで生産や経営のサポートをしている)

Tumi(トゥミ、スーツケースやカバンを作っているメーカー。ペルーで平和活動を行っていたチャーリー・クリフォードが1975年に設立。世界に直営店舗を120店舗出店している)

U.S.-ASEAN Business Council(米国ASEANビジネス協議会。ワシントンD.C.、バンコク、ハノイ、ジャカルタ、マニラ、シンガポールにオフィスを置き、アメリカとASEAN諸国との間の市場問題を解決している)

U.S. Association of Importers of Textiles and Apparel (USA-ITA)(アメリカ繊維アパレル輸入協会。国内の布や衣類の輸入業者が一体となった主張をするべく1989年に設立。アメリカの小売業者やブランド、輸入業者のニーズを代表し、ビジネスの障害を取り除くべく活動している)

U.S. Chamber of Commerce(アメリカ商工会議所、ロビー団体。多数の企業や産業団体の利益を代弁するためにロビイストのほかに政策専門家や弁護士が所属する、アメリカ最大のロビー団体の一つ)

United States Council for International Business (USCIB)(米国国際ビジネス評議会。1945年に「開かれた国際取引システム」促進のために設立され、300以上の多国籍企業や法律事務所、商業組合が加盟している)

United Technologies Corporation(ユナイテッド・テクノロジーズ、多国籍企業。航空機のエンジンやヘリコプター、燃料電池、エレベーターやエスカレーター、防火や警備などの建物システムなど幅広い製品を扱うコングロマリット。軍事企業でもあり、攻撃ヘリのブラック・ホークやミサイル関連も扱っている)

United Parcel Service (UPS)(ユナイテッド・パーセル・サービス、貨物運送会社。世界中の220の国や地域に展開していて、1日の顧客は610万人、運ぶ荷物の数は1500万個以上)

US-New Zealand Council(アメリカ・ニュージーランド評議会、超党派非営利組織。アメリカとニュージーランドとの間の貿易拡大や投資、業務提携促進のために活動している団体。評議会メンバーやスポンサー合計38社のうち34社はアメリカ企業や多国籍企業、4社がニュージーランド企業)

Visa Inc.(ビザ、カード会社。200カ国以上で使用可能なクレジットカードのブランド。クレジット以外に支払いと同時に引き落としが行われるデビットや先に入金して積み立てておくプリペイドのサービスも行っており、アメリカでは70%以上がこちらの利用方法)

Wal-Mart Stores, Inc.(ウォルマート、ディスカウントショップ最大手。従業員数が200万人もいる世界最大の企業で、収益も世界18番目。世界15カ国にいろいろな名前で合計8500店舗を展開している)

Xerox Corporation(ゼロックス、印刷機器製造会社。世界160カ国に展開しており、従業員の数は13万6000人。イギリス女王エリザベス2世とチャールズ皇太子の「御用達リスト」に加えられている)

----ここまで----



これらのリストを見れば分かるが、「アメリカ」という国一つを相手にしているのではなく、その裏にいるこれだけの多国籍企業をTPPは相手にしており、TPPでアメリカと交渉するということは、これらすべての企業を代表するアメリカ政府と交渉する、ということを意味する。

 *******       


さて。以前に書いた記事の中で、私が恐れるものは、無論食の自給率の低下もそうであるが、
訴訟大国のアメリカの企業が、日本に乗り込んできて、アメリカのルールを押しとおそうとする
ことであると書いた。そしてそのことの怖さを予感させるものとして、下記に米韓FTAに
明記された条項を挙げておいた。TPPの中にもおそらく盛り込まれる条項である。
その中でも特に心配な物をもう一度いくつか挙げておく。
日本は上記のような企業組合やロビー団体と、下記のような条項で争わなければならなく
なるかもしれないのである。

公平を期すれば、日本にも、本当に素晴らしい企業がたくさんある。もしこれと同じように、
日本の有名・有力企業、組合団体をリストアップすれば、それもまた世界があらためて
「おお~ッ!」と再認識して驚くほど、一流大企業はたくさんあるだろう。
その質や量において、日本はアメリカをそう恐れることなどないと言えるかもしれない。
それは私も認める。実際そうであろうと思う。
日本の商品がアメリカのものにただ負けたりするもんか!
…そう思う。
しかし、対外的な交渉力がすごいというか、自分に有利になることなら相手方政府を相手取ってでも
訴訟に持ち込もうとする強さのあるアメリカ企業。
下に書いておいたが、私が懸念するISD条項。これは、相手国に投資した企業が
相手国の政策によって損害を被った場合、世界銀行のもとにある国際投資紛争仲裁センターに
提訴できるという条項である。
外務省によれば、アメリカがカナダやメキシコと結んだNAFTAにおいて、このISD条項で
この2国を訴えて勝訴したのは、30件中7件。敗訴は逆に10件と言うから、なんだ、アメリカを
恐れることはないじゃないか、と思うかもしれないが、逆に2国からアメリカが訴えられたケースでは、
15件中アメリカの敗訴は0。訴えたカナダの敗訴は7、という。
(農政・農協ニュースhttp://www.jacom.or.jp/news/2012/03/news120307-16353.php
アメリカの戦い上手がわかる。
しかし実は、これらの問題が起きた時の提訴先の国際投資紛争仲裁センターは世界銀行傘下。
世銀総裁は必ず米国人で最大の融資国も米国である。アメリカにとってそもそも有利なのだ
ということも頭に入れておいた方がいい。

TPPに日本が参加し、実際にこれが動き始めたら、怒涛のようにアメリカの企業が、
日本の市場を求めて雪崩込んでくるであろう。(その逆もまた、無論ある。
アメリカの自動車業界や民主党支持者には日本のTPP参加を警戒している者もいるようだ。)

コカ・コーラボトラーズが、日本の綺麗な水に目をつけて、水源地購買のための
障壁である国立公園法や自治体の条例の撤廃を求めて提訴したりしなきゃいいがなあ…
日本の映画、音楽シーンが度々著作権問題で訴えられ、私たちも息苦しくならなきゃいいがなあ…
アメリカの製薬会社や保険会社が、日本の健康保険法をさらに解体しなければいいがなあ…
アメリカのバイオ企業と大規模農家が入りこんできて、隣の日本の零細農家の作物から
うちの稲の遺伝子を持つ稲が発見されたと、訴えたりしなければいいがなあ…。

それらと丁々発止とやり合う覚悟を決めて、日本政府も日本の企業も、TPPの交渉に
臨もうと果たしてしているだろうか。

…『無論覚悟しているし、また法的交渉力においても営業力においても、当然商品の実力においても
負けない』と言って欲しい。
対米追従外交をしない、と言って欲しいところだが、
いったんTPPに参加してしまったら、日本の曖昧な是々非々主義など通用しない
世界であろうことも、しっかり頭に入れておいてほしい。

ここにこんなリストを掲げたのは、私の老婆心であった…
全く私、臆病だわねえ…
そう、あとになってからも笑えるといいのだが…
心からそう願う私である。


                *******

(1)サービス市場開放のNegative list:
   サービス市場を全面的に開放する。例外的に禁止する品目だけを明記する。
(2)Ratchet条項:
   一度規制を緩和するとどんなことがあっても元に戻せない、狂牛病が発生
   しても牛肉の輸入を中断できない。

(3)Future most-favored-nation treatment:
未来最恵国待遇:今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が
米国に対する条件よりも有利な場合は、米にも同じ条件を適用する。
(5)ISD:Investor-State Dispute Settlement:
韓国に投資した企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、世界銀行
傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。韓国で裁判は行わない。
韓国にだけ適用。

(6)Non-Violation Complaint:
米国企業が期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していな
くても、米国政府が米国企業の代わりに、国際機関に対して韓国を提訴で
きる。例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険
のせいで営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよ
う求める可能性がある。韓米FTAに反対する人たちはこれが乱用されるので
はないかと恐れている。

(9)知的財産権を米が直接規制
  例えば米国企業が、韓国のWEBサイトを閉鎖することができるようになる。
韓国では現在、非営利目的で映画のレビューを書くためであれば、映画シー
ンのキャプチャー画像を1~2枚載せても、誰も文句を言わない。しかし、米
国から見るとこれは著作権違反。このため、その掲示物い対して訴訟が始ま
れば、サイト閉鎖に追い込まれることが十分ありえる。非営利目的のBlogや
SNSであっても、転載などで訴訟が多発する可能性あり。
(10)公企業の民営化  





                 ***


どくだみ荘 TPP関連の記事

『TPPという得体のしれないもの』
『TPPに関して願うこと』
『米韓FTAから学ぶべきTPPの危険』
『基本にかえって考える』 其の一
『基本に戻って考える』其の二 『TPP と混合診療』
『基本に戻って考える』 其の三
『TPP反対も選挙の大きな争点に』 ①
『TPP反対も選挙の大きな争点に』 ②
『TPP反対も選挙の争点に』 ③
『TPPで私たちが闘わなければならなくなる相手』
 




『トランプ勝利に思うこと』


ドナルド・トランプ氏が、アメリカ合衆国第45代大統領になることがほぼ確定した。
『ほぼ』というのは、今日の『一般人による選挙人選挙』の結果を受けて、
『12月の第二水曜日の次の月曜日』という決まりだから今年は12月19日になるのかな、
その12月19日に、大統領選挙人たちによって投票が行われる。そこで勝利して初めて
トランプに確定、ということになるからである。まあ、今日の結果がそこで覆ることは
まずないのだが。

アメリカの選挙制度は複雑怪奇だ。日本の選挙制度もろくでもないけれども。

世界中が、クリントン敗北に驚き、がっかりしているようだ。
私も、同じ女性として、アメリカ初の女性大統領がそろそろ誕生してもいいのではないかな
と思っていたので、クリントンが負けたのは、やはり残念である。
朝日新聞に、ヒラリーの大学時代、ビル・クリントンとの出会いから今日までの
経歴がシリーズで掲載されていたけれども、好き嫌いは別にして、やはり彼女は
学生時代からずば抜けて優秀な、たぐいまれな女性であったのだなと思わされた。
一人の女性として極めて魅力的でもあった…。

しかし、残念ながら、ヒラリーほどの政治経験豊かな女性であっても、大統領の座は
遠かった。
ヒラリーのどこがいったいそんなに嫌われたのか?
その権高な性格か。オバマよりはタカ派なところか。…その詳しいことはわからないけれども、
トランプが、その経歴上、非常に自己イメージの操作に巧みであったのと反対に、
全くの局外者の私から見ても、ヒラリーの戦い方はあまり感心しなかった。
トランプに勝たせたくないばかりに多くのビッグ・アーテイストなどがヒラリー応援に駆け付け、
かたやトランプの方は、ムードを盛り上げるために音楽を使いたくても
当のアーテイストたちに楽曲使用を断られるなど、大新聞も有名アーティストも、
ヒラリー応援に一方的に偏ったという図は、ヒラリーが、『既得権益の象徴だ』と訴える
トランプ側の主張を、妙に心情的に民に納得させてしまうような所があったように思う。
その恵まれすぎているところが、自分の不遇を嘆く人々…とりわけ中下層の白人層の
心を解離させていきはしなかったか…。
愚直に、懸命に、自分の政策を訴える、という姿勢が果たして国民に見えたかどうか…



アメリカでは、日本のように、ある年齢に達すれば、全員に選挙権が自動的に
与えられ、選挙が近付けば、選挙管理委員会から何もしなくても知らせが来るという
仕組みではないのをご存じだろうか。
移民などで人口の流入や移動が昔から激しいアメリカでは、我が国のような戸籍簿が
よくも悪くも整っていない。
国民は、18歳になると選挙の資格を得はするが、自分で登録所に行って登録しないと
選挙権は得られないのである。
その登録用紙に 「 あなたはどの政党に所属しますか 」
という欄があり、その欄に、共和党、あるいは民主党と書くことによって、それぞれの党の
予備選挙に参加できる。 
この登録をしている人の割合は、1996年の大統領選挙のデータだと 54.2%。 
24歳以下の登録率は30%強と低く、年齢が上がると登録率も上がる。また、人種別では、
白人が56%、黒人が51%なのに対し、ヒスパニックは27%にとどまっていたという。
今は多分もっと比率は上がっているだろうが、それでも、弱者になればなるほど、選挙権という
国民としての最低限の権利からさえ遠ざかるというアメリカの実情に変わりはない。

2012年の選挙では、18歳以上で年収2万ドル(約200万円か)以下の米国民
1430万人のうち、890万人しか有権者登録をしていなかった。
理由の一端として、貧困ライン以下で生活する人々は引っ越しの頻度が多く、
有権者登録に際しての書類作業が煩雑になっていることがその一因という。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によると、登録上の問題により2012年、
120万票が失われたと推定されている。こうした人々は投票所に出向いたものの、
登録に関する問題が原因で投票できなかった。
また、アメリカでは選挙は平日に行われるため、特に時給で働いている人々にとっては
投票所に行って長い間列に並ぶことそのことがもう大きな経済的ロスとなる。
さらには、投票所に行くための交通費も負担を増加させる。
こうした問題が、年収2万ドル以下の人々のうち28%が投票に行かなかった要因と
なっているというのである…。

つまり、生活苦にあえぐ人々は、自分の暮らしを良くするために一票を投じる
その権利さえ、構造的制度的に最初から奪われているのと同様なのだ。

クリントン陣営にも、トランプ陣営にも、こうした人々は目に映っていたのだろうか…。
『既得権益の打破』を訴えるトランプ自身の直近の人々は、私の眼には彼ら自身が
同じく『既得権益』の恩恵を十二分以上に受けている贅沢そうな人々に見えたのだが……


そう。そう。
ヒラリーは、国民皆保険制度を、その政治家人生の生涯の目的に掲げていたのだった!
彼女はオバマと協力し、一応曲がりなりにもそれを実現した。いわゆる『オバマケア』だ。
オバマケアについてはその不備がいろいろ言われているけれども、貧しい人々にも
安心して受けられる医療を、というその基本概念は絶対に間違っていない。
ヒラリーにはこのことだけでも、『ヒラリー、ありがとう』と言っていいのじゃないか。
また、女性が社会に進出するそのモデルでもあったことについても彼女は大きな
働きをしたじゃないか。

私は言おう。ヒラリー、ありがとう。
大統領選に負けてもがっかりしないでほしい。今度は野党の側から、引き続き
国民皆保険のような制度をより民にとって使いやすいものに磨き上げ、トランプの
共和党によって時代が逆行することなどないよう戦ってほしい。

そして。
ヒラリーが負けて、会場で泣いていた少女たちよ。今度はあなたたちが、ヒラリーの
跡を継いで、本当の男女同権、この世界に満ちた貧富の差や不幸の解消のために、
働く人になってほしい。
政治の世界に関心を持ち続け、あなたたちが女性大統領を目指して欲しい…



ホームレスアメリカ 
写真はこちらのサイトからお借りしました。



ともかく。結果は出た。

世の中の反応は、『株価が下がった』とか『いや持ち直した』とか、『円高の心配』とか、
世界経済、日米関係に与える影響とか、その心配もまあわからないではないけれども、
私が一番憂うのは、トランプ勝利に続けと、世界の『排外主義』や『差別主義』が
力を増していくことである。フランスの極右政党の党首マリーヌ・ル・ペンが、いち早く
トランプに祝辞を送ったことが象徴しているように。
あらゆる組織で、トップが変わると、下の者たちの雰囲気が良くも悪くも変わるのは、
今日本で、安倍政権下、歴史修正主義やそれに親和性のある言動が力を盛り返しているのと
同じこと。トランプのアメリカが世界の移民排斥運動や人種差別の雰囲気を進めるかも
しれないのが心配だ。

そして。
アメリカという国が、これで、大統領、上院下院、そしてその結果として最高裁長官人事も…
すべて共和党が握る、という『一強』の体制になったことである。日本と同じだ…。
どこの国にせよ、一つの色に国が染まり権力が集中するというのを本能的に私は嫌う。
オバマのアメリカとがらりとその雰囲気は変わり、共和党色がもろに全面に出てくるであろう。
トランプが共和党の中では異質のアウトサイダーであるということは、おそらくこの後は
なんら問題になることなく、両者は互いに歩み寄っていくであろう。
政治素人のトランプは、共和党人脈を頼らざるを得ないだろうし、共和党もまた、
今回その人気で、上下両院で共和党を勝たせたトランプを、そう無碍にするわけにもいくまい
からである。
同じく、世界に対しても、トランプは、選挙期間中に発言したような乱暴なことは
おそらくできまい。
今夜、勝利宣言をした途端に、トランプの顔が変わった!と思ったのは私だけでは
あるまい。これまでの『乱暴者』の顔をあっという間に振り捨てて、「彼は大統領の顔、
になった」、と私は感じた。
アメリカ合衆国第45代大統領という地位はやはり重い。その自覚が、人に変化を
与えるということもなくはなかろう。
一方で、女性蔑視や人種差別というような人間の根本的な性格は、変わりはすまい
とも思う。トランプが計算の上でか何だか知らないが、これまでにしてきた暴言の数々を
思い出せば、おぞけが振るう。

とにもかくにも、アメリカ国民はドナルド・トランプを次期アメリカ大統領に選んだ。
彼がどういう大統領になるのか、まあ、見ていくしかない。

実は、正直に言って、トランプの人種差別や女性や社会的マイノリティに対する
暴言や行動がもし無かったとしたら、彼の言っている主張の一部には、賛成だ、
と思わされることもあるのである。
たとえば、『既得権益層への批判』などがそうであるし、また
『アメリカがいつまでも世界の警察官でいられるわけではない』という主張などが
それである。
NAFTAやTPPの見直し、という主張もそうだ。
彼の『アメリカの不利を解消する』という立場とは違って、私は、『大企業の論理でことが
決められているそのこと自体』に反対するという大きな違いはあるけれども、TPP反対、と
いうことの一点においては、共通するところがある。
日米関係の見直し。いいじゃないですか。アメリカは沖縄から去ってくれ。金は払わない。

むろんこれらの彼の主張の根本にあるものに賛成しているわけではない。
その表に現れた形だけが一見似ているというのにすぎないが、ただ一つ。世界が今、
大きな転換点に立っていて、今までの考え方に縛られていては、今世界が抱える
難問の数々は解決しないどころか、拡大悪化する一方である、という点では、
認識が一致するところもあるのかな、と思うのである。

ただし。『既得権益をぶっ潰す』とか、『強い偉大なアメリカを取り戻す』とか、表現こそ違え
どこかの国で聞いたことのあるような、そんなキャッチコピーのような政治家の美辞麗句に
民は惑わされてはいけない。
既得権益をぶっ潰した先が、同じような既得権益の巣になるのでは何の意味もなく、
『強い国を取り戻した』つもりが、ただの強権国家になって、言論・表現・移動などの自由や、
国民の主権が奪われるような、そんな息苦しい国になったのではなんにもならない。
今アメリカを、いや、今世界を覆っている暗い雲は、中身を伴わない勇ましい言葉だけではむろん
解決されない。その原因が、元がどこにあるのかということを突き詰めて、その解消に
個人的レベルから、そしてまた世界的規模でまでで立ち向かわなければ、本当には
軽減されて行かないだろうと思う。

そうしてまた。何もかもぶっ壊した先が、これまで人類が営々と築いてきた人類の知恵をも
否定する反知性主義や、すべてがうまくいかないことの原因を自分よりさらに弱いものに
ぶつけるような、人心の荒廃、憎悪の増幅、などというものであってはならないのである。


私たちは今、大きな曲がり角に来ている…そのことは確かだ。
これを、すべての人々がより安心に生きていけるような世界にするのか、
それともこのまま一部の人間に富も権力も集中する、よりひどい格差社会にしてしまって
そしてそれがさらなる紛争や戦争を生む憎悪に満ちた世界にしていくのか、
私たちが選びとる時期が来ている。

トランプのアメリカがどうなっていくのか。
そして日本は世界はどうなっていくのか。わからないことだらけだが、しっかり見つめて行こう。


『長いものには巻かれろ』


自民党総裁の任期が、3年2期から3年3期つまり最大9年に延長される見込みという。
同党政治制度改革実行本部が10月19日の役員会で見直しを決定。26日の
党所属の国会議員を対象にした会合で、高村副総裁が説明し理解を求め、了承された。
来年3月5日の定期党大会で党則を改正する段取りだという。

ただし、日本の『内閣総理大臣』についての規定そのものは、任期、再選回数、定年もなし、
である。
海外の事情を見てみれば、各国それぞれに、何回もの変遷・変更を経てはいるが、
現在の状況ではおよそ以下の通り。
ご存じのようにアメリカ合衆国では、大統領の任期4年2期すなわち通算8年。
これは建国以来の慣習であったが、32代大統領フランクリン・ルーズベルトだけは、
戦時・有事を理由に、4選で12年間大統領の地位にあった。
第二次大戦後の1951年、合衆国憲法修正第22条に『三選禁止」が明記された。
三選禁止の理由は、
『制限が無ければ、大統領の役職は4年間ではなく終身任期となる啓蒙君主に近くなり、
その権限があまりに強くなって権力分立を脅かすという心配がある』というものだった。
(ただし前大統領の死などで大統領職を引き継いだケースの場合、それが二年以下ならば、
その後の2期を務めれば、最大10年近い任期も可能性としてはありうる。)

フランス大統領は5年2期すなわち10年。
イギリス首相は、任期5年、再選規定なし?サッチャーは14年間首相を務めている。
ドイツ首相は任期5年、2期すなわち10年。
ロシア大統領は任期6年。再選制限なし。
カナダ首相は、任期、再選制限ともになし。

こうやって見れば、これで自民党総裁(日本では今のところイコール内閣総理大臣)の任期が
最長9年になっても、諸外国に比べ特に長いとも思われないであろう。
自民党では、いったん、3年3期に延長したのち、3年無制限、にしようという考えもあるらしい。

とにかく、このまま行けば、安倍政権が、2021年9月まで、9年続く(正確には3500日。9年と7カ月)
ということが可能になりそうだ。そうなると、日本においては歴代1位の長期政権になるという。

過去の長期政権を見てみれば、
1位:桂 太郎 (2886日)
2位:佐藤 榮作(2798日)
3位:伊藤 博文(2720日)
4位:吉田 茂 (2616日)
5位:小泉純一郎(1980日)
6位:中曽根康弘(1806日)
今、すでに安倍政権は、これに次ぐ7位(今日で1744日?)の長さである。

…しかし。よりによって、私の嫌いな政治家がほとんどだ!

海外を見れば、英国マーガレット・サッチャーが14年、ドイツのコール16年、アデナウアー14年、
メルケルも10年
キューバのフィデル・カストロにいたっては、国家元首である国家評議会議長を1976年から
2011年まで32年間も務めている。

公平にいえば、自分と政治観の一致する人物なら長期政権も許される気がし、
そうでない政治家が長期政権に就くのは嫌悪し忌避したくなるものであるし、また
開発途上にある国などは、長期政権で安定的に国づくりをしてほしいと思う一面も
なくはないので(開発途上だからこそ、権力の癒着が起こりやすいという危険もあるが)、
一概に長期政権が嫌い、長期政権はいけない、とは言えないところが微妙である。
これはもう、自分の政治観と合うから許す、合わないから許さない、という問題ではなく、
安倍政権だから嫌う、誰ならいい、自分の支持政党の党首ならいい、という問題ではない。

原則的に一つ確実に言えることは、
あまりに長く同じ政権が続くのは、権力構造の癒着やたるみを生みがちになる。
長期政権が続くということは、権力がそこに集中していくということ。
政権のトップが強大すぎる力を一手に握るのは避けた方がいいということである。

どの組織であろうが、強大すぎる力を持つ者には、なかなか逆らえないのが人情である。
それこそ、『長いものには巻かれろ』で、自己の保身のために、トップの方針にNO!と
言えなくなってしまいがちになる。イエスマンばかりになってしまうのである。

すると、どういうことが起こりがちになるか。
間違った方針をトップが打ち出しても、それに反対する者がいなくなる。
下の者の声が、上にあがって行かなくなる。
組織が硬直してしまうのである。
短期的には安定してよく見えるかもしれないが、長い目で見てそのような組織が
いいはずがない。

異論をはさむものが存在しにくい、ついにはいなくなってしまう社会というものは恐ろしい。

今の日本は、それに徐々に近づいている。
この、安倍総裁の下での、自民党総裁任期延長(一時は任期制限なしの議論もあった)は、
いわば、お手盛りの論議と決定である。自民党内での議論は、わずかにここ1カ月。
この夏前あたりには、次期総裁を狙う石破氏、岸田氏などが、総裁に任期延長に懐疑的、
という新聞報道などがあったように思うが、安倍政権の自民党が参院選に大勝利してからは
党内の異論は出にくくなったか、今回の延長を決めた26日の党会合の出席議員は衆参56人だけ。
石破、岸田両氏や、昨年の総裁選で出馬を断念した野田聖子元総務会長、延長に慎重姿勢を示した
小泉進次郎農林部会長ら、ポスト安倍候補は姿を見せなかったという。
石破、岸田両氏も、表だった反対意見はひっこめた形だ。

沈黙の背景は、現職首相に弓を引くリスクがあるからである。今の選挙制度で強大な
人事権を持つ首相に逆らえば、自分の派閥の若手議員などが選挙で公認を得られにくくなったり、
内閣組閣の際に自分の派閥が冷や飯を食うことになる。イコール派閥の弱体化にもつながる…

私は、参院選を前にした今年7月9日、こんな記事を書いている。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1906.html

それは、日本における両院制度、すなわ参議院の存在の重要性を説く記事であり、
『決められる政治』というものの怖さを説き、政治が独断的・独裁的手法に陥らないために
どのような歯止めがあるかを改めて認識してもらうため、列挙してみた記事である。

『政治の暴走を防ぐための歯止め』
①憲法。
  第99条『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の
  公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
②三権分立。
③両院制。
④政権党内の良識派の存在。
⑤内閣法制局
⑥ジャーナリズム
⑦教育
⑧国民


これらが今、侵されようとしていることについてはこれまでたくさん書いてきた。
とりわけ、①の憲法の危機については。
安倍政権の任期が、これまでそうとされていた2018年まででなく、2021年までにも
なれば(あるいはさらに延長されてもっと長く!)、安倍総理とその強い支持者たちの
悲願である改憲に、十分な時間が与えられることになる。

冒頭部で私は、一概に、長期政権が悪いとばかりは言えない場合もあることを書いた。
(本質的には、私はそれを拒む者だが!)
しかし、それは、その国の状況による。
要するに、風通しのいい状態での国民の選択の結果としての長期政権なら、まあまあ
いいかなとも思うのである。
だが、一政権が、あるいは一政治家が、強力すぎる権力を握り、それに対抗しうる野党
及び対抗しうる勢力、また批判するジャーナリズムや司法、また国民の目などが
正常に機能していない状態での長期政権は、非常に危険である。

たとえばアメリカにしてもイギリスにしても、フランスにしても、また韓国や台湾など
にしても、政権交代の素地がある。一方に傾いてもまた逆方向に傾き返す力があれば、
権力の危険な集中は避けられる。
だが、日本の現状はどうだろうか。
私たちは、衆参両院において、政権与党とりわけ自民党に、圧倒的な議席を与えてしまった!

それでも、かつての自民党のように、同じ政党内にいろいろな考えを持つ政治家がいて、
時の内閣が暴走しがちな時に手綱を引き締める機能が働いていれば、まあいいのである。
だが、今の安倍政権では、安倍氏に誰も物言えぬほど権力が集中していきつつある。
周りにいるのは、イエスマンだけである。

前の方の記事で、私は、この夏多くのものを喪失した、と書いた。
その一つが、自民党前幹事長谷垣禎一氏の自転車事故がもとでの怪我による
政界からの療養・離脱であった。
私は自民党の政治家の中で、谷垣氏が好きだった。
自党が提出しようとしていたスパイ防止法(国家秘密法)に反対した弁護士出身の
若き日の谷垣氏の面影は、安倍政権になって影を完全に潜めてはいたけれども、
それでも、党内に、しかも幹事長の位置に谷垣氏がいるということは、一つの救いでも
あったのである。
その谷垣氏が・・・・・・
本人の側が、病状の公表をおそらく控えていられるのであろうが、外部からの取材の
様子も全く感じられないのはなぜ??
政治的思惑と関係なく、谷垣氏の一日も早いご回復を心から祈るものである…

私は、twitterで時々、かつての自民党総裁にして第78代内閣総理大臣宮沢喜一氏の
発言を、その著作などの中からまとめたツイートを、読むことがある。
本当にいいことが…時に胸のすくような明快な論理が紹介されている・・・
たとえば。

『戦後日本で何がいいか、一つあげるとしたら、私は、「自由があること」と申します。ですから、もしも自由についての干渉らしいことがおこる兆しがあったら、徹底的にその芽をつぶしてもらいたい。60年前の失敗を二度と繰り返さないように、気をつけていてほしい…(『21世紀への委任状』p.76)』

『自由はある日突然なくなるものではない。…目立たない形で徐々に蝕まれ、気がついたときにはすべてが失われているような過程をたどります。わずか数十年前に、このような経験をしたわれわれは、将来に向かって自由の制限につながる…兆候に対し…監視する必要があります(『新・護憲宣言』p.3)』

『普段は総理大臣が誰だなんて…分からなくても…差し支えない。…総理大臣が白い馬に乗って刀を抜いて「進め、進め!」なんていうのは戦国時代のドラマの見過ぎで…、大きなタンカーをゆっくりと動かしておよそ間違いのない航路を進んでいく船長みたいであるほうがいい(新・護憲宣言pp.52-53)』

『どういう事情があっても、武力行使をしてはいけない、ということです。自衛であろうと、国連の旗の下であれ、です。日本は自衛だといって満州事変から、中国のなかで戦争したんです。そんな自衛がありますか。(『21世紀への委任状』p.89)』

『国会審議は、非効率であっても慎重であるべきだ。性急に物事が決まっていくことに対し、防波堤の役割を果たす制度があることはとても大切なんだ。行政、官僚の側から見ても、二つの「院」があるのは厄介。それこそが立法府が存在する理由だ。「簡単には進まない」からいい(『ハト派の伝言』p.62)』



うう・・・読んでいて、なんだか泣けてくる・・・いいこと言うなあ・・・


一政権が暴走しないための大事な大事な歯止め。
ジャーナリズムの力の失せつつあるのも危機的である。

報道の自由度ランキング ②

出典:http://image.search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RinFMW9RJYCi0Axy6U3uV7?p=%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E5%BA%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&aq=-1&oq=&ei=UTF-8#mode%3Ddetail%26index%3D3%26st%3D0

今年2016年は、昨年の61位からさらに下がって、72位である!




だが。今回のこの記事で、私がとりわけ訴えたいのは、②『三権分立』と
④『政権党内の良識派の存在』の大切さ、ということについてである。
三権分立の危機については、一つ前の記事でも、かのスタンディング・オベーションの
件に関し、ちょっと触れた。
だが。こういうことに一つ、注意を促しておきたい。

安倍政権は、ほんとにさまざまな権力を一手に握りつつある。
衆参両院三分の二もそうだし、ジャーナリズムや教育への干渉もそうだし、
内閣法制局長官、日銀総裁、NHK会長などの人事もそうだ。
(今度はさらに、宮内庁の人事にも、天皇退位問題に関して手を入れ、次長に
自分の息の強くかかった元第90代警視総監で内閣危機管理監だった西村泰彦氏を
入れている。
私が、この夏、日本人は多くのものを喪失した、と書いた一つの所以だ。)

長期政権下での人事に関しさらに私が恐れるのは以下のことである。これも、すでに記事にしてある。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1875.html
『最高裁判事は長官も含め15名ですが、現在その15名中安倍内閣が指名、任命した判事は
 7名います。あとの8名は鳩山、菅、野田の民主党政権任命。しかし、今年はそのうち2名が
 任期が来るので、安倍内閣任命の判事は15名中9名になるでしょう。
 来年17年にはさらに3名に任期が来て、安倍内閣指名の判事は、15名中12名になります。』


安倍政権の任期がさらに長くなれば、最高裁判事15名全員が、安倍内閣指名の判事に
なるということが確実に起きてくる。
これで、司法の独立が果たして守れるだろうか??

私たちが確実に失いつつあるものは大きい…
それは、安倍内閣だからどうだのこうだのという問題ではないのである。
皆さんが、『独裁的』という言葉を聞いて思い浮かべる国々、あるいは一時代の、
民の苦しみと国の行方の危うさを想像してみれば、それが日本という一国の、一政権の
問題などということではない、ということが容易にわかるだろう。











『おまわりさん』


沖縄高江地区の米軍ヘリパッド建設現場に大阪府警から派遣されている
若い機動隊員が、反対運動をしている沖縄の人々に対し、『土人』や、『シナ人』
という差別用語を使った、という件で、ネットなどに批判の声が渦巻いている。

このことにはいろいろな背景があって、単純に一警官が暴言を吐いた、ということで
片づけることが出来ない。自分なりの考えを述べてみる。

                 *

●まず、私の基本スタンス。
このような差別用語を、他人に対して無造作に使う、ということについては、機動隊員も
反対住民も、政治家もジャーナリストも、また一般のネット市民なども区別なく、
いけないことなのである。そのことを押さえておきたい。
『アカ』『バイコク』『ニッキョーソ』『非国民』『チャン、チョン』『ザイニチ』など、
特定の思想の持ち主や職業・団体、その出自などに関する差別用語を人に投げつけること。
また、『バカ』『アホウ』『死ね』『ぶっ殺す』などという侮蔑の言葉や恫喝・脅迫めいた
ことばを他人にぶつけるのも同様。
これらはもう、その人物がどういう立場の人であろうが、相手がどのような人であろうが、
使うべきではないし、使わない方がいいと私は思っている。
これは、自分の戒めとしてもそう思うのであって、例え私が、今の政治にどんなに怒っていようと、
相手に『死ね!』などという恐ろしい言葉や、『バカ』などという侮蔑語を使ってはならない。
そう思いつつ今でも、あまりにも政治家に対する怒りが激しい時、『馬鹿な』などという
表現をついしてしまうことがあるが、使った時には一応よくないなあとは自覚する。
相手も、一個の人格だからである。

国会前のデモなどに行って、交通規制する警察官などに、デモ隊の一般市民の
おじちゃんやおばちゃんが、きつい言葉を投げつけるのをしょっちゅう目にする。
こういうことが私は嫌いである。
あるいは、『アベシネ!』などという言葉をプラカードに掲げるのも、ほんと私は嫌いだ。

●甘い!と怒られるかもしれないが、私は、国会前などのデモ隊を規制というか、
ある意味では交通事故などから守ってもいる警察官、機動隊などに対して、いつも
心の中でねぎらう。そしてデモ隊の誰かが口汚い悪罵を投げつけたときなど、
相手の警官にあとでそっと詫びたことさえもある。

前に一度、デモの記事で書いたことがあるが、国会前集会の一番中心部に近い、
『国会前庭洋風庭園』側の歩道にいると、ドラム隊と呼ばれる若者の一団が、コールに
合わせてリズミカルにドラムなど打楽器を、いつも打ち鳴らしている。
あるとき、じっと見ていると、デモ隊が道路に溢れ出ないよう、何重ものバリケードで
固めている警察官たちの一人が、つい、ドラムのリズムに合わせて左右に体を
微かに揺らしているのに気づいた。40代くらいの体のがっちりしたおまわりさんだった・・・
おそらく彼は、自分が音楽に合わせていることに気づいてもいなかったろう。
私はつい微笑んでしまったのだが、彼も我も、同じ人間だということなのである。

●私はいつもデモや集会に出ていて思うのだ。
機動隊や、警察官らを『敵』と思うな、と。(今はまだ。いずれ、国民がそう思わざるを得ない
時代などが、二度と来ないように、心から、心から、祈る!・・・いや。もうそうなのだ。沖縄では。)
ご存じのように、国会前集会などでは、入れ替わり立ち替わりスピーカーが
マイクを握って、政権批判などをする。それは拡声器で、広い国会前の彼方此方どこにいても
聞えるようになっている。
当然、何千人と配置されている機動隊員らや警察官たちもその演説を無意識にせよ聞いている。
彼らの耳にさえ、というか、心にさえ届くようなスピーチでなければならないのである。
もし、自衛隊員がその場にいるとしたら、彼らにもなるほどなあ、と思わせるような
内容の話でなければならないと。
そのくらいの説得力がなくてどうする。

対立を煽り、憎しみを倍加させるだけが運動のありようではない。
パターン化して人心に訴える力を既に失った反戦・反核運動などの言葉ではなく、
自分たちの心底から出る自分の言葉で、素直に熱く語った時、それは時に・・・
ほんのまれにかもしれないが、反対の立場にいる者の心にさえ届くと、私はまだ
信じていたい。
言葉の力、というものを信じていたいのである。

(その意味でも、あのSEALDsの若者たちのありようは、私には新鮮だった。)

●明治末期、天皇暗殺の嫌疑をかけられて死刑に処されたジャーナリストで社会主義者の
幸徳秋水などは、常時刑事の見張りがついていた。それら『シュギシャ』たちの中には、
見張りの刑事たちをも心服させてしまう人格と言葉の力の持ち主が、おそらくたくさん
いたことだろう。

●一方、『おまわりさん』という言葉も、差別用語であるという。
なんでだかよくわからないが、警視庁警察庁などの内勤組エリート、とりわけ『キャリア組』
『準キャリア組』などと呼ばれる国家公務員の人々に対して、交番や駐在所などにいて
概ね外で仕事をする巡査などのことを、『巡る』という文字がつくことから、『お巡り』、
と呼ぶことが多そうだから、言わば警察組織内での階級差別ということで、『おまわり』は
差別用語とされるのだろうか?その経緯はよく知らないのだが。
歴史的に警察を国家のまわし者、と考えるいやな時代への反省から来たものでもあるか。
一説には、『おまわり』と呼ぶと差別用語で、『おまわりさん』と、さん付けで呼ぶのはいいのだとか、
その基準は実はなんだかよくわからない。
『犬のおまわりさん』の歌の歌詞にもなって子供などが親しみをこめて呼ぶように。



おまわりさん
(絵は私が童謡の本から勝手に借用したもので、この記事とは関係ありません)



ともかく、日本人が、警察官を『おまわりさん』と、『さん』づけで呼ぶ時、そこには
侮蔑の意味あいなどなく、自分たちの暮らしを守ってくれる頼もしい人、という親しみと
感謝をこめて、そう呼んでいることがほとんどであろう。


●どこの家庭にも、親戚、姻戚関係などを遠く辿っていけば、警察官、自衛官などが
一人二人はいるだろう。
私の叔父も、警察官だった。
母の妹の連れ合いで、2人は幼馴染同士だった。叔母夫婦の間には子供がなく、
それゆえにか、とても仲がよかった。何年かに一度、叔母と警察官の叔父の家に
遊びに行くと、いつも春風の吹いているような2人の家庭が、子供心にうらやましかったものだ。
自分自身の家は、父と母が別居して、私は父に会いにさえなかなか行けなかったから。
私が高校生の時、50代前半くらいに見えたその叔父は、当時警部補だったろうか。
その後私は東京に出て、あれこれの親戚つきあいもなくなってしまったので、叔父が
どの階級まで行ったかは知らない。
でも、『警察』というイメージから遠い、穏やかで、妻にも親戚の子なども優しいひとだった。
叔母は、ころころよく笑うひとだった。
前の記事で、私が高校の頃、レース編みなどしていたと書いたが、ある春、叔父叔母の家に
兄とともに過ごした時、世話になったお礼に、クロッカスの花の色のような、春らしい美しい黄色の
テーブルセンターを叔母にプレゼントしたことなど、最近思い出していた・・・

私が、警察官というものに多少の親近感を持つのは、おそらくこの優しかった
叔父のイメージの故にである。
その他にも、遠い姻戚関係、友人関係などたどれば、警察官、自衛官がいなくはない。


●しかし。
ここまでは、いわば、前書きで、いわば私自身のこと。

このようにあるときは、庶民・国民を守る心強い味方、としての警察官・自衛官・
(軍人)、などであるが、これらの人々が、国家権力などの『手先』となるとき、これほど 
恐ろしいものはない、というのもまた過去の歴史や世界の現実を少し見れば明らかである。
彼らが、一旦権力を後ろ盾に、国民・民衆に相対する立場になった時には、
これを警戒しないわけにはいかない。
冒頭の、沖縄高江地区のヘリパッド建設反対運動に、沖縄県警だけでなく、
東京や大阪の機動隊員など、いわゆる増強部隊が派遣されて、
自分たちの故郷沖縄に米軍基地を置かせたくないという素朴な住民の願いを、
力でもって排除しようとするとき、彼らそのものというよりは、彼らを派遣した政府や
警察組織などいわゆる国家権力の側に、私は猛然と強い怒りを感じるのである。

ましてや、その中の何人かが、反対派住民たちに向かって、あろうことか『土人』
『シナ人』などという、愚かしくもおぞましい差別用語を投げつけた、と聞けば。
いったい戦争も全く知らない世代の若い彼らに、いったい誰がそのような言葉を
吹き込んだのであろうか。
聞けば、当該機動隊員たちは、近くにいた排除派の人間が、沖縄の人に対して『土人!』
という言葉を使っていたので、「それが差別用語であるとは思わず、自分も使って
しまった」、とか、「反対派の住民が土で汚れていていたから」などという苦しい弁明しているらしい。
なんと、言っては悪いが、愚かな!

しかし。
今回のことを、当の機動隊員たちの個人的資質の問題に縮小してしまってはならない。
その背景を考えねば。

●今度の一件に関し、ジャーナリズムが、不思議なことに『土人』の方は盛んに叩くけれども、
『シナ人』の発言の方は報道をどうもカットしがちであるようなこと。これもおかしなものだ。
ネットではこの二つの発言が、同時にほぼ同等に報じられているように見えるのに、
テレビなど大手メディアでは、『土人』発言だけが意図的にか大きく取り上げられて、
『シナ人』発言のほうは、取り上げられていないように思える。
これも、何をいったい恐れているのか、おかしなことである。
『土人』も『シナ人』も、明らかに、日清日露戦争ごろから(いや、幕末のころにはすでに?)
日本人の心にあった、
『アジアで日本人は一等優れた民族であって、その他の国の人間たちは劣等民族である』
という偏見の名残である。
私の好きな夏目漱石でさえ、このような言葉を、当時、『偏見』『差別用語』とおそらく
意識せず使っていた。
まあ、当時は、こうした『差別用語』などという言葉や概念そのものがなく、『女中』『百姓』など
職業に関して今では『差別用語』とされるものから、身体の不自由をそのまま直に表した言葉、
身分・出自差別の言葉などが当たり前のように使われていた時代でもあった。
この夏私は外にもあまり出ず、と言ってテレビを見るとか本を読むとかもあまりせず、
ラジオを聴くかパソコン動画配信で落語を聴きながら縫い物、という日がほとんどだったのだが、
1960年代くらいの落語に、この職業、出自、身体などに関する差別用語が溢れて
いるのには驚いた。タイトルと演者は敢えて言わないが、全編、女性の容姿に対する
差別に満ちているそりゃもうひどい演目もあった。

戦争中は言わずもがな。優等民族日本人が、アジアの未開の国々の劣等民族を
西欧列国の支配から開放してやり開明に導くのだ、というごとくに、日本人は朝鮮半島、
台湾、中国、フィリピン、マレーシア、…南方諸島などなどに侵攻していったのである・・・
だが。敗戦とともに、日本人のそうした謂われなきプライドは、表向きは粉々に打ち砕かれた。
しかし。日本人を優等民族と見、アジアのほかの国々の民を蔑視する心根は、謂わば
地に潜って、その後も日本人の心の中にあり続けたように思う。
そればかりか、同じ国の民である、沖縄やアイヌの人々や、日本に同化した朝鮮半島の
人々などに対しても、日本人のそうした歪んだ優越感と蔑視は、表向き影を潜めたように
見えていても、その心性深くに存在し続けている。

●それではいつから、日本人は『差別用語』というものに自覚的になり、そのような言葉を
発することを恥ずべきことと考えて、言葉を選ぶようになったのか。
それはおそらく1960年代にテレビなどが一般家庭にも広く普及するようになった
60年代後半から1970年代80年代にかけてあたりからではなかったろうか。
俗に放送禁止用語などといわれるものがあるとされて、ひとびとがある意味では過剰すぎるほど
言葉の使い方に神経質になった時代である。
『女中』『百姓』などと言えなくなって、『お手伝いさん』『農家の方』などと言うように
なったのもこの頃ではなかったか。

●『差別用語』と言われるものに対する私の考え方はこうだ。
『職業・出自・身分の貴賎』『身体的要件』『性差』『年齢』など、本人のどうしようもない
ことに関すること、また思想信条などに関して、侮蔑的悪意を持って他人に言葉を
投げつけることは絶対によくない。
ただし、その使い方の微妙な言葉もあって(馬鹿、など)悪意のない言い方の場合は
許される範囲のものもある。愛情をもって『ばっかだなぁ!』という場合もあるだろう。
『おまわりさん』もこの範疇に属するであろう。
私は、『言語の豊穣』というものを大切に思う方である。言語が豊穣であるということは
すなわち、感受性や思考力も豊かであるということとほぼ直結していると考えるからである。
あまりにも過剰な自粛は、日本語を細らせてしまうという側面も確かにあって、私は
それも同様に憂うものである。

●だが。それは、差別用語などについての一般論でしかない。

『使い方によっては』とか、『前後の文脈によっては』とか、『言い方のニュアンスしだいで』
などということで、曖昧に片づけてしまってはならない差別用語、蔑視の言葉、というものは
厳然としてこの世界にたくさんある。
今回の、大阪府警の機動隊員たちによる、沖縄の人々への『土人』『シナ人』発言の奥には、
『つられて言った』とか、『売り言葉に買いことば』だ、とか、『差別用語だと思わなかった』
などという弁明や擁護の通用しない、根っこの深い憎悪や蔑視があると思う。

それは、一機動隊員の良識の問題、などという小さな範囲の狭い問題ではなく、
この日本に、それこそ、おそらく幕末の頃からいわば、もう体質のようになって深く
染みついた、歴史的にも構造的にも、長く奥深い問題であると認識するのである。
それは、一機動隊員の資質にとどまらない。
かく述べる私自身、私たち日本人自身の心の奥深くに根強く存在する差別意識
あるいはそこまで言っては極端すぎるなら、『差別を差別と意識しない無定見』と
いうものである。

私たち(と書いていて私は恥ずかしい)本土の人間の、これまでの、沖縄の人々の
苦難に対する無関心。それは、長い長い深い深い根っこを持つ問題だと思わねば。


●私が憂うのは、『ザイニチ』『シナ人』などという言葉や、それを他人に投げつける思想が、
ネット言論が普及するとともに再び、この日本に蔓延して来ているということだ。

しかもそれは、質の変換も伴っている。
かつてこういう言葉が堂々と公然と差別的に使われていた時代もあって、それは長く…
というよりはずうっと消えることなく人々の意識の中に残ってはいるのだが、それらは
一応、ある時から恥ずべき言葉として地下に潜った。
だが今は、歴史とも地理とも関係なく、相手への侮蔑の言葉として見境なく使われるように
なりつつあるということだ。私も、署名集めやビラ配りをしていて、何度『ザイニチ!』
『ニッキョーソ!』『アカ!』などという言葉を投げつけられたことだろう。同じ年くらいの
身綺麗で上品な婦人から、『バイコク!』という言葉をぶつけられたこともある。

『土人』や『シナ人』という言いかたは、戦中派や戦後すぐ生まれた私などの世代の者には、
やはり日本軍のアジア諸国への侵攻という事実とそれへの反省の想いとが分かちがたく結びついていて、
また、戦後のいわゆる民主主義教育のおかげもあって、
多少たりとも心あるものならば、そんな言葉を使うことを恥じる気持ちがあると思う。
つまり、それらの言葉は、否応なしに、歴史や地理の知識に多少は裏打ちされて、使うことを
自制/自省する性質の言葉であったのである。それは世界共通の理念である。

世界人権規約第二条第一項
『すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しく
は社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも
受けることなく、この宣言にげるすべての権利と自由とを享有することができる。』


だが。日本は変わってしまいつつある。
戦後70年。日本が自ら招いてしまった戦争・侵略の記憶は風化しつつある。
若い人の中には、日本がアメリカと戦争したことさえ知らないものがいるという!
ましてや、日本軍がアジアの奥深く侵略していって、それらの国の民に重大な悲しみと
被害を与えたことを、具体的に知らない者はおそらく本当に多くなっていっているであろう。
むろん、沖縄の人々の苦難の歴史も。

『土人』『シナ人』という言葉の否応なしに包含する、後ろ暗い歴史の深部。

それを知らずに、ただ、眼前の相手を侮蔑する、相手に不快感を与えるためにだけ
使ってみようとする者たちがまた生まれてきている・・・!
一方、それを知りつつ、敢えてそれらの言葉を積極的に使おうとする人々もいる。
かの機動隊員たちは果たして前者の方であったか。知っていて使ったのではなかったか。

●大阪府知事が、かの機動隊員らに対し、
派遣業務遂行へのねぎらいの言葉をネット上で書いた、と聞く。

この9月、安倍総理が臨時国会の衆院の本会議で行った所信表明演説の最中に、
『今この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている。その彼らに対し、
今この場所から、心から敬意を表そうではありませんか』と声を張り上げ、自ら手を叩いた。
その呼び掛けに、自民党議員が一斉に立ち上がり大きな拍手で呼応した、という
例のあの、スタンディング・オベーションの件。
私は、あれを聞いたとき鳥肌が立ったのと同じく、なんとも言いようのない違和感と怒りを
感じるのである。
彼らは、日本と中国その他のアジア諸国、また沖縄と本土の歴史を、十分に知っているはずの
人々である。(当然そうあるべき人々と思う)

戦時中、日本の政府および軍部が、日本兵たちをどういう言葉で励まし賞賛し、
どういう風に戦地に送り出したか。
戦時中も戦後も、沖縄が日本の前線としてどれほどの苦難を与えられ、それに
沖縄の人々がどれほど長きにわたって、時に隠忍し時に徹底して抗議をし続けてきたか。

それらを十二分に知っているはずの人々である。
それにしては、大阪府知事の今回の大阪府警の一員たちの行動に対する見解
逆にそれらを擁護するかのような態度は、全く納得がいかない。
これに対しては、次期新潟県知事になる米山隆一氏が、自分のtwitterで、
以下のように述べているのが、私には一番まともな反応であるように思われた。

『どのような立場でも、どのような状況でも、人は人に対して可能な限り敬意をもって接すべきです。まだ任期は始まっていませんが、私なら、自県の職員が、他県で他県の方に敬意のない対応をした時に、謝罪し、以後改めるよう強く指導することはあっても、「出張ご苦労様」ということはありません。』


『反対派の沖縄の人々やその支援者も、警備の警官などに対し、同じように
汚い言葉を吐いているじゃないか、それらはなぜマスコミは批判しないのだ?!』
という、機動隊員擁護の論調が一部にある。
確かに。反対住民の側も、あるいは相当汚い言葉を、機動隊員や警察官たちに投
げつけていたかもしれない。
それは、この記事の冒頭部にも書いたように、国会前での反原発・反安保法制などの
デモや集会で、折々私が目にした光景であるから。

●だが。ここはきっちりと言っておきたい。
どちらの側も、差別用語、侮蔑用語、また恫喝に似たような言葉は本来使うべきでない。
しかし、自分たちが現実に今住む、いわば自分たちの故郷であり生活の場である
沖縄の土地を、納得もしないまま、国家の意思によって取り上げられようとしている
沖縄の民が臓腑から絞り上げるように発する『怒りと抵抗の言葉』と、国家や『県』という
強大な権力を背景に住民を排除しようとする者たちの『蔑視や恫喝の言葉』が、等価なものとして
秤にかけられるのはおかしい
ということである。

●むろん、私は、冒頭部で縷々書いたように、日本を守るために、日々危険と緊張を伴う
任務に就いている自衛隊員や、警察官、また海上保安庁などの人々に、いつだって感謝と
敬意を抱いている。
だが、この感謝は、私の場合、消防隊員や、また今福島で危険な廃炉のための
作業にあたっている原発作業員にも、また先日東京で、地下の架線の火災による
大規模停電があったが、その時すばやく復旧にあたった東電の作業員にも、
同じく捧げられている。人がときに避けたがる危険な職業に就いている人々すべてにだ。
私は、これらすべての人の安全と無事を願う。

臨時国会開会の所信表明演説の中で、ことさらに、自衛隊員、警察、海上保安庁の
人々だけを取り上げて感謝し、あろうことかその場に居る国会議員全員に拍手を促すという
行為。
私は気持ちが悪くて仕方がない。それと同時に、いいようのない怒りもあのとき感じた。
それは、警察官や自衛官個々人への怒りでは無論なく、彼らのような公務につくものを
政治利用して、国をある方向へ誘導していこうとする意図を持つものが
場所・時代を問わず常にこの人間社会に出現・存在するということへの、本能的警戒感、
というようなものである。

私は、これらの人々が、時の一政府やあるいは何らかの権力の思惑によって、
本来果たすべき任務以上・以外のことを強いられるようなことがもしあるとすれば、
彼らのためにも強くそれに抗議する。
また、彼らが、『公僕』である、という意味を履き違えて、先の参院選で、大分県の
ある警察が、特定の選挙事務所の人の出入りなどを、隠しカメラで撮影していた、
などということがあったのを、憂うものである。
警察官などの職に就くものは、決して『国家』という実態のないものの意を過剰に汲んで、
同胞である人民の一部を敵視したり、それを監視したり、弾圧したりするようなことは
してはならない。そういうことに二度となってほしくない。

警察法第二条第二項。
『警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。


また、あのスタンディンング・オベーションを、
『アメリカなど外国の議会などでは当たり前に行われていることだ』といって、
問題視する方がおかしい、という論調も見かけた。
だが私は言っておきたい。アメリカで当たり前なら、日本でもやるのか。
人がやっていることなら自分も許されるという論理の持って生き方が、常々私は
大嫌いである。
それに、あの件に関しては、大事なことが一つ見過ごしにされている。
それは常々、『私は行政府の長であります』とよく言う総理が、立法府の場で、
立法府の人々に、自分の想いへの賛同をああいう風に促す。またそれに多くの
立法府の議員たちが半分驚き多少ためらいつつも従順に従った、というあの構図である。

●この政権は、あらゆる意味で権力をその手に集中しつつありすぎて、今、日本では
三権分立という大事なことがぐずぐずと崩れていこうとしているのを、私はこの夏ずっと
深い悲しみを持って見つめていた・・・・・・

●すべてのことは、その根っこのところで芋蔓のようにつながっている・・・
『おまわりさん』というタイトルのこの記事に、私は私が今抱くすべての憂慮を込めている。
『おまわりさん』には、国民に親しまれ愛される存在でいてほしいものだと
願うものである。


















『オリンピック雑感』


記事は後にして、まず署名のお願いから。

2020年東京オリンピック開催のため、千代田区の100年も生きてきた樹木たちが
切り倒されようとしています。
反対署名と詳しくはこちらを。
http://shindenforest.blog.jp/archives/66269563.html

『秋の物想い』


金木犀の香りが、胸苦しいようなせつなさを、例年に増して感じさせる秋である。

いろんな意味で、初心に帰るというか…
このブログを始めた頃の自分に戻りたいような気がすることがしばしば。
ずいぶんあの頃は、私も艶やかな感情をまだまだ持っていた・・・。

今でも、自分の本質は少しも変わってはいないとは思うけれど、確実に失ってしまった
ものもある・・・
とりわけこの夏は、私にとってはいろんな意味で、『喪失の夏』だった。
何を失ったのか。
それを言葉にして列挙していけば、「なんだ!そんなもの?」と言われそうなことばかりだ。
しかし、それらの総体は、結構私の語る気力を奪ってしまった。

手仕事が忙しいのをいいことに、この夏は、ほんとうに黙りこくって過ごしていた・・・
手を動かしていると、無心になる。
でも、その手仕事も昨日で終わり、今は一種の虚脱状態。
今夜は、台風18号の名残の風が、窓の外でうなり声を上げている。
なにかこう…胸の内の力無い空虚感と激しい風の音がどうにも合わないのが、かえって
今の気分にふさわしいのかもしれない。




さあ・・・。
また記事を書いていくかなぁ・・・



季節はとうに過ぎてしまったけれど、毎年のお約束事みたいなものだから、
今年も、この花の写真は載せておこう。


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コメントくださったみなさまへ

ここのところ、めまいが続いていて、パソコンに向かえません。
すみません…もう少し、返事待ってくださいね。

『            』


日本で…世界で…

ひとの命がかくも軽く奪われてしまう。

私は今、『鳥越俊太郎氏を都知事に』の運動で毎日声をあげている・・・。

政治は何が出来るのか。
私ひとりに政治を変えられる力なんてない。

そう、深く思い沈みながら、それでも声を上げている…

世界で、いとも簡単に人が殺されていくことも、日本で起きた信じられないような個人の犯罪も…
でも、どこかできっとつながっている。

それは。政治と無関係でなどない。


社会を変えていくのは、私たちひとりひとりの意識である。
悪い方へ向かわせてしまうのも、いい方へ引き戻すのも、個々の人間の、
そのときどきの選択の総和なのである。


亡くなられた方々への深い悼みの想いを抱いて、これを記しておく…












『理不尽』


宇都宮健児さんが、都知事立候補を取り下げたという。
…理不尽だ。

この人こそ、都知事になってほしいと思っていたのに。

既存政党の支援などなくとも戦ってほしかった。が、革新陣営が二つに割れることを
考えて、自ら身をひかれたのだという。
そのお気持ちお察しすると、ほんとうになんともいえない気持ちになる。

鳥越俊太郎さんも個人的には好きな人ではある。だが…。
石田純一さん、古賀茂明さん。この二人も、大局?のために潔く身を引いた。

宇都宮さん…。都知事にしたかった……






『参院選は野党四党に ④』



時の一内閣が暴走しないための歯止めの6番目。

⑥教育が、時の一政府の『指導監督』などというものによって萎縮したりしていない。


Q18:『教育』が歯止めになるってどういうことですか?


 安倍政権は、その第一次第二次第三次政権を通じて、ずうっとこの『教育』に対する
 政府の権限を強め、その内容やシステムや目標などにまで、『国家』の干渉をしようと
 する特徴がとりわけ強い政権です。

 2006年(平成18年)12月教育基本法改訂
 2007年(平成19年)6月 学校教育法改正、教育職員免許法及び教育公務員法改正、地方教育行政の組織及び運営             に関する法律改正(教育改革関連三法)
 2012年(平成24年)自分と歴史認識を同じくする下村博文氏を文部科学大臣に起用。
 2013年(平成25年)1月。「教育再生実行会議」。日本の侵略戦争を肯定する
       「新しい歴史教科書をつくる会」元会長で、「ジェンダーフリー」や男女共同参画を攻撃してきた
       八木秀次高崎経済大教授、教育現場での「日の丸」掲揚・「君が代」斉唱を主張し、沖縄戦での
       集団自決強要はなかったとする著書を出版した曽野綾子氏、改悪教育基本法に「愛国心」を
       盛り込むことを主張した全日本教職員連盟委員長の河野達信氏といった「つくる会」「靖国派」
       を人選。
 2015年(平成27年)6月。国立大学の人文科学系、社会科学系、教員養成系の学部・大学院について
        「組織見直し計画を策定。組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に
        取り組む」
ことを求めた文部科学大臣決定を通知。
 
人文科学・社会科学・教育関連学部・大学院の軽視と統廃合、転換は、まさに
人類が築き上げてきた『智』の否定にもつながりかねない、愚かな方針です!   


 私は、『教育』というものは、ジャーナリズムと同じに、国民が自分で考える、という
 ために、最も大切なものだと考えています。
 どちらも、『知る』ということです。 知って、『自分の頭で考える』こと。

 いつの時代のどこの国のどの政権であろうと変わらない、『国家』という実体のないものの
 名を借りて、時の権力者が、ジャーナリズムと教育、というこの二つのことに、盛んに
 触手を伸ばしてくるときは、国民は、敏感にそれを察知して、そういうことをさせないように
 しないといけないと考えています。

 私のこの想いを、極めて端的に表している、ある国会でのやり取りがあるのでご紹介します。
 2016年2月15日の衆院予算委員会での、民進党の山尾志桜里議員と安倍総理のやり取りです。
 そもそもの発端は、NHK「クローズアップ現代」におけるやらせ疑惑問題で、高市早苗総務相が
 NHKを文書で厳重注意(行政指導)したことに対し、放送界の自主組織であるBPO
 (放送倫理・番組向上機構)が2015年11月、「政府が個別番組の内容に介入することは許されない」
 と厳しく批判したことであったと思います。
 これに対し高市総務大臣は、2016年2月8日の衆院予算委員会で、放送局が「政治的に
 公平であること」と定めた放送法4条の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を
 命じる可能性に言及。

 これが衆院予算委員会で議題として取り上げられ、山尾議員の質問に繋がっていったのだった
 と記憶しています。
 また、山尾議員は、高市総務相の『憲法9条改正について放送であからさまに反対論を
 繰り返し流した場合も電波停止になりうる』という発言など、その他の放送に関することについても、
 高市氏と総理の『表現の自由』に関する認識を問います。
 
 日本国憲法では、いろいろな国民の自由権が列挙されています。
 『信教の自由』『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由』『学問の自由』
 『居住、移転及び職業選択の自由』…
 守られるべき権利として『勤労者の団結権、団体交渉権』『財産権』『請願権』なども
 保障されています。

 
 放送局の報道の自由という表現の自由をもっとも制限するような行政処分の可能性を
 総務大臣が口にしたのです。安倍総理もそれを追認した。
 『安倍政権こそ、与党こそ言論の自由を大事にしている!』と豪語した安倍総理に、山尾議員が、
 『表現の自由の優越的地位とはどういう意味か知っているか』、
と追及したのです。
 上に書いたように、憲法で保障されたさまざまな『自由』の権利の中で、例えば『信教の自由』や
 『表現の自由』『学問の自由』などは、人間の言わば『心の自由』に関わることです。
 一方、『居住、移転、職業選択、財産』権、などは、『経済活動』に関わることといえましょうか。
 
 しかし、同じ『自由』でも、『表現の自由』など、人間の心の自由に関する項目は、
 経済上の自由などよりも優越的地位にある、ということ、そのことを知っているか、と、
 憲法21条に絡んで、山尾議員が安倍総理に訊ねたわけです。安倍総理はしどろもどろ。

 憲法21条『第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。』


 私は、この山尾志桜里議員の追及は、国会の歴史に残るような名追及だと思っています。
言っておきますが、安倍氏をやり込めたから素晴らしい、などと言っているのでは無論ありません。
 彼女の問いが、本質的部分でたいへんに大事だと思うからです。
 是非、あとで、動画で彼女の切れ味鋭い質問をお聴きください。
 問題の個所は、20:15くらいのところからです。

 



 私がここで言いたいことは、山尾議員の以下の発言が最も簡潔に要約してくれているので
 書き起こしを引用します。
 
 『なぜ、内心の自由や、それを発露する表現の自由が、経済的自由よりも、優越的地位に
 あるのか。 憲法の最初に習う、基本の「き」です。
 経済的自由は、たいへん重要な権利ですけれども、国がおかしいことをすれば、選挙を通じて、
 これは直すことができるんです。でも、精神的自由とくに表現の自由は、そもそも選挙の前提となる、
 国民の知る権利が阻害されるから、選挙で直すことができないから、優越的な地位にある。
 これが、憲法で最初に習うことです。』


 なお、この書き起こし及びおよその流れは、こちらのブログが紹介し、わかりやすい分析を
 してくれているので、こちらを是非全文お読みください。
 http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/755c0843633b7d1a9d901171fee94662 

 そちらから上記山尾議員の発言の追加説明を引用します。
 『報道機関が自由に取材や報道が出来て、国民が自由に情報を取得し、自分の意見も言える
 自由が表現の自由です。
 この表現の自由が保障されることによって、国民は自分の政治的な意見を持つことができ、
 自分たちの代表者である国会議員を選ぶことができます。
 逆に言うと、表現の自由が憲法違反の法律や行政処分で違憲状態にまで制限されると、
 国民の政治的意見が損なわれてしまい、国会議員の構成まで本来と違うメンバーが
 選ばれてしまうことになります。
 このような違憲状態で選ばれた国会議員は憲法違反の法律を改めようとは絶対にしないでしょう。
 なぜならそういう違憲な法律でこそ、自分は選ばれたんですから。』


 これもあって、裁判所は、経済的自由権の場合よりも、表現の自由という、いったん侵害されたら
 取り返しのつかない権利を強力に保護するのです。
 これが表現の自由が経済的自由権より優越的地位を持つと呼ばれる所以です。



 さて。私がなぜ、この山尾議員が総理にぶつけた質問を、ここで重大なものとして取り上げるのか。

 ⑤の『ジャーナリズムの権力からの独立』(報道の自由)、やこの⑥の『教育の独立』は、
 人間の心に関する問題だからです。『思想・良心の自由』『言論の自由』『表現の自由』
 など、これら、人間の精神活動に関する自由は、何物にも代えがたい価値を持つ。
 なぜなら、それは人間の『知る』『考える』行為に関する領域だからです。
 ここが権力によって過干渉、もしくはついに冒されてしまえば、それを取り戻すのは
 容易ではない。
 山尾議員が言うように、一つは、情報というものを時によりどころにして、私たちは
 ものを考えていきます。その情報自体が歪んでいたり、あるいは恣意的に誰かによって
 増幅、消去、など操作されていたらどうなるでしょうか。
 私たちはその与えられた情報によっていろいろなことを判断していくことになります。
 よく、『メディアリテラシー』が必要だ、などと言われるけれども、情報あっての
 メディアリテラシーです。極端な例で言えば、情報が一切与えられなければそれを
 読み解くこともできない。また意図的に操作された情報しか無かったら、やはり判断を
 誤ることも起きてきます。
 選挙などについてはどうでしょうか。山尾議員が言うように、国民の知る権利が
 阻害されていれば、私たちは自分の願うような方向への選択をすることもできません。
 与えられた情報で私たちは一般的に判断をして行きます。その与えられた情報が
 そもそも時の政権の都合のいいようにゆがめられ操作されているものだったら?
 都合の悪い情報が最初からカットされてしまっていたら?
 私たちはそうなれば、選挙で『知る権利の侵害』さえもを、糺していくことが出来ないのです。
 そうやって選ばれた議員たちが、また政治を続けていきます…
 
 報道によって、私たちは日々情報を得、その情報をもとにものを考えていく…
 教育によって、私たちは知識を得、その知識を総合しながら、自分の精神を形成し、
 考える力を養っていきます。
 ここが、時の権力によって侵されてしまうと、それを取り戻すためには膨大な時間が
 かかります。時に『洗脳』と呼ばれるものもあります。
 『洗脳』を解くのがどのくらい大変か、皆さんもいろんな事例でご存じでいらっしゃるでしょう。
 権力による思想・表現などの自由の制限、または禁止、またそこまで行かずとも
 国民自らが陥る『忖度』状態は、それが1年続いたら1年で回復する、というような、
 時間的量的に等価なものではありません。
 報道の自由の侵害、教育内容・教育制度・教育方法への国家による過干渉は、
 人間の精神形成に影響しますから、その影響は5年10年…ひどい場合には一生…
 と続いてしまうのです。

 ここに、ジャーナリズムや、教育が、国家を名乗る集団の価値観によって染められること
 制限を受けること、自由を失うことの怖さはあります。
 人間の思考そのものが侵される危険があるわけですから。
 逆に言えば、私たちは、この『思想・表現の自由』こそをとりわけ心して守らねばならない
 ということではないでしょうか。


⑦最後の砦=国民。国民が、自分の頭で考える。政治に無関心などではなく、
 憲法によって保障された自分たちの権利を守るためには声を上げ行動するという
 政治的『成熟』をしている。声の大きいもの力を持ったものにむやみに迎合しない。



国民ひとりひとりが、自分の頭で考えること。

そう。国民こそが、時の一政権による悪政や、自由の制限・
生きる権利の剥奪などに立ち向かう最後の砦なのです!


投票に行ってください。
憲法によって私たちに与えられている様々な権利を守りましょう。






日本国憲法第12条
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、
これを保持しなければならない』



『日本国憲法をなぜ守りたいか その13 押しつけ憲法?⑧』


Q13:明治時代初期の『私擬憲法』ってどんなものだったの?

前の記事で、鈴木安蔵らが作った民間の憲法草案『憲法草案要綱』のことを
書いた。
そこで、鈴木安蔵が、『治安維持法』による2度の投獄、また『出版法』による著作の
出版停止など官憲による言論・出版の弾圧と、特高警察の監視の中で、
『自分たちをこういうふうに処分する日本の国家というものの本質を解明しよう』と、
日本の憲法史を研究し続けていたということも書いた。
鈴木は死の病床についた吉野作造に面会することが出来、吉野はこの若き学徒に
読んでもらいたい資料など自分の知識を分け与え、まるで鈴木に憲法史研究の後を託すように
亡くなったということも書いた。

その吉野の編纂した『明治文化全集』の中に、『日本国国憲案』という執筆者のわからない
憲法草案があった。これが植木枝盛の書いたものであることを鈴木安蔵が発見するのである。
このいきさつは面白いので少し詳しく書いてみよう。

1936年(昭和11年)。鈴木安蔵は、植木枝盛の資料を調査するため高知市を訪れた。
自由民権運動の発祥の地、高知には未発見の文献がたくさんあるのではないかと
思ったからである。鈴木は県立図書館や古書店で資料を探しまわった。
そして、東京では入手できなかった資料がこの地にたくさん埋もれていることを発見する。
鈴木はさらに、自由民権運動に参加したという土地の古老、池田永馬、島崎猪十馬らに
会って話を聴く。板垣退助の生誕の地高知市高野寺に、植木と同時代に活躍した
20人が集まった(!)。その多くは70歳過ぎの老人たちである。
だが、その老人たちの口から、「パトリック・ヘンリーの『我ニ自由ヲ與へヨ然ラズンバ死ヲ
與ヘヨ』などと我々も良く叫んだものだ」などという言葉が飛び出す。
「当時もっとも愛読されたものは、スペンサーの『社会平等論』、次いでルソーの『民約論』。
フランス革命史は、あるいは原書により、翻訳により、あるいは翻案小説により非常に
親しまれた』などという話題が次々に熱く語られるのであった。

鈴木はこの高知市訪問当時32歳。50年以上も前、植木枝盛と同じ時代に生きた古老たちの
話を聴いてどんな思いがしたことだろうか。
高知近代史研究会副会長の公文豪は、鈴木のその時の想いをこう推察する。
『古老たちの青年時代は、まだ日本の国には国会も憲法もない時代でした。時の藩閥政府に
対抗して、憲法を作れ、国会を開け、そして国民には言論・集会の自由を与えよと、果敢に
運動したということについては、非常な誇りを持っていました。
鈴木さんは、憲法学者として自由に物を書けない時代で、非常に息苦しい思いを
もっておられたと思います。かつて民権運動にかかわった人々と、ある意味では共感を
する部分が多かったと思います」


そうだったろうなあ…。私もそう思う。
それで思い出したが、鈴木が『憲法草案要綱』をまとめるきっかけを作ったのが高野岩三郎
であった、と書いた。メンバーの中で、一番歳をとった高野が『天皇制を廃し共和制にせよ』
と一番ラディカルであったのだが、それについて弟子の森戸辰男はこんなことを言っている。
『自由民権時代に長崎の町家に生育した先生にとっては、共和政は思想研究の産物で
あるよりも、生活そのものからにじみ出たものであり、
それにふさわしい一種の圧力を
もっていた。それが人に感銘を与えたのも不思議ではなかった』

植木枝盛1857年生まれ。高野岩三郎1871年(明治4年)生まれ。鈴木安蔵1904年生まれ。
植木枝盛が明治25年に36歳の若さで胃潰瘍で突然死した時、高野は21歳である。
高野は長崎出身ではあるが、一家で東京に出ている。
慶應義塾幼稚舎、共立学校(現・開成高校)、第一高等学校、東京帝国大学法科大学、
ミュンヘン大学留学そして東京帝国大学法科大学助教授と言わば学問のエリートコースを
歩いた高野と、正規の高等教育らしきものを経ず、自学そして経験則で思索を自ら
練り上げていった植木とは、年齢差もあり接点はないのではあるが、
植木らが活躍した、明治憲法(明治23年施行)が出来る前の自由な時代の空気を、
高野は10代の青年として吸っていたはずである。そしてまた、明治憲法体制ががっちりと
固められていく過程で天皇を中心とした皇国教育が行われ、厳しい言論統制が
敷かれて行くのも、また20代の青年として見ていたはずだ。

話がそれた。
結局、その時の高知への旅では、鈴木は植木枝盛の憲法草案を見つけることが
出来なかった。ところが、帰京後4カ月して、鈴木にある知らせが来る。
植木の遺族が高知県立図書館に寄贈した資料の中から、明治14年に植木が自ら
したためた『日本憲法』が見つかった、というのである。
この資料により、鈴木は、吉野作造編纂の『明治文化全集』に載っていた執筆者の
解らなかった『日本国国憲案』の起草者が植木枝盛であったことを知るのである。

                  ***



              植木枝盛
              植木枝盛。写真はWikipediaからお借りしました。


植木枝盛(うえき えもり、安政4年(1857年)1月20日 - 明治25年(1892年)1月23日)は、
土佐藩士の子弟。父直枝は、高知藩主山内豊範の祐筆を務めていた。
明治4年、15歳の夏、高知県から公費を受けて藩校致道館に学ぶ。漢籍を学ぶ傍ら、
洋学書に多く触れ世界の大勢を知る。翻訳書を通じ、西洋近代社会において獲得されてきた
人類進歩の成果を学ぶ事に励む。そして、欧米諸国で行なわれている諸制度の本質を知る。
明治6年上京し、山内豊範が開いた私学校に入るもののすぐに退学。それ以来、
学校には入らず、特定の師に従事する事も生涯なかった。
彼は、机上の学問ではなく、生きた社会の動きに身を投じて、経験的知識と、
西洋社会の思想書などで得た知識を組み合わせて、時代の思想を掴むのである。

18歳のとき高知に戻り板垣退助が創設した立志社の演説に感銘を受け、
政治の研究に興味を持ち、民選議院設立の必要性を痛感する。
19歳で再び上京し、福沢諭吉、中村敬宇、西周、津田眞道、西村茂樹、杉亨二などの
啓蒙思想家の講演に積極参加、各人を直接訪問し、多くの知識を自分のものにする。
だが、福沢諭吉の近代精神・啓蒙思想に影響を受けはしたが、藩閥政府の専制的開明政策に
協力する福沢ら啓蒙思想家には満足しなかった。
国力伸張のためには上からの改革が必要、民の多少の我慢や犠牲は仕方なしという
「官民調和」論の福沢は、明治政府を日本近代化の推進者とみていたが、植木枝盛は、

『今の政府は文明開化をはかっても、私利のためであり、国民のためにはなっていない、
人民を拘束するための細かい法令をつくりながら、政府の人民に対する圧制は依然として
続けられている。維新の改革は政府の変革であって、単に治者と治者の間だけの
できごとに過ぎず、被治者には何の関係もないことであった。
徳川政府は廃せられたけれど、これに代わったのは、やはり独裁の政府であって、
その政府はすなわち専制政府である。

明治維新は家を建てようとして牢屋を建てたようなものである。』
(1877年~81年・明治10~14年の論説の要旨)
と厳しく幕藩専制体制を批判。

明治10年。植木は『極論今政』の要旨に、こんなことを書く。
『世俗の人は、いたずらに政府を信じて一に文明革新主義と考え、わが国の現状を目して
開化進歩となし、目の前に見られる学校・兵舎・官庁等のりっぱなのを見、
鉄道・電線・レンガ・ガス燈等の設けられるのをながめて、ただちに文明がそなわった
かのように早合点し、慶祝するものが多い。
しかし、今の政府はけっして眞の文明開化主義者ではなく、文明開化をはかっても、
それは私利のためにはかるのであって国民のためにはかっているのではない。』
と、上からの改革を無批判に喜ぶ世の人々にも苦言を呈する。
そして彼はさらに言う。

「世に良政府なる者なきの説」(明治10年)
人民たるもの、一人一家の事にのみ心を配るのではすまないのであって、
つねに政治に対して関心を払わなければならないのである。政府がその本来の役目を忘れて
圧政を行なったりすることのないように、人民はいつも監視の目をゆるめてはならない。

『政府と人民とを親子の間と同じように説くものがあるが、それは大きなまちがいである。』

人民が政府を信用すれば、政府はこれに乗じ、信用することが厚ければますます
これにつけこむのが常である。それ故に、人民はなるべく政府を監督視察すべきであり、
なるべく政府に抵抗しなければならない。この努力をやめれば、けっしてりっぱな政治を
期待することができないであろう。

不断に監督抵抗をつづけるべきであり、あえて抵抗しないまでも、疑の一字を胸間に存し、
政府を無条件に信用しないのが肝要である。

お~っと!
この一連の枝盛の言葉。何かをすぐに思い浮かべませんか??!!
そうです!
日本国憲法第12条。私が大好きな条文だ。
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力
によつて
、これを保持しなければならない。』

そして第99条。
『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』



どうですか。今から139年前に、ひとりの青年民権運動家がこんな厳しい指摘をしていた!
為政者などというものを信用しきってはいけない。国の政治は、国民が常に見守って、
それが間違った方向へ流れていくのをとどめなければならないのである。
国民がその努力を忘れたとき、国民に(生まれながらにして)与えられた自由や権利は
いつかいつしか奪われても仕方がないぞ、と。

1946年。植木枝盛がこれを書いた79年後。
GHQ民政局の人々は、『憲法を守っていくということの困難さ』『それがいとも容易に
破壊されうることの怖さ』を知っていたからこそ、この2つの条文を、私たち日本人に
プレゼントしてくれたのではなかったろうか…。



せっかくの私たち国民の権利が、ときの一政府当局によって以下のように
おぞましきものに変えてしまわれないように。


自民党改憲草案
第102条(憲法尊重擁護義務)『全て国民は、この憲法を尊重しなければならない』





この記事続く。


『日本国憲法をなぜ守りたいか その12 押しつけ憲法?⑦』



Q12:日本の民間人が作った『憲法草案要綱』ってどんなものだったの?

近衛らの憲法案と、幣原・松本らの政府案と2つの流れを見てきた。
次に、民間人の学者らによって作られた『憲法草案要綱』について書こう。

1945年10月。マッカーサーは、近衛に憲法改正を『示唆』、また幣原内閣に対しては
『憲法の自由主義化』の必要を説いた。これにより、官・民、政党・個人…がそれぞれに
憲法改正案作成に取り組み始めた、ということも既に書いた。その数は、2つ前の記事に
一覧で示した通りである。

1945年10月29日、高野岩三郎の提案により、民間での憲法制定の準備・研究を
目的として『憲法研究会』が結成された。
主なメンバーは、鈴木安蔵高野岩三郎杉森孝次郎、、森戸辰男岩淵辰雄、
馬場恒吾室伏高信等。
そのひとりひとりの経歴とその後の人生については、そのまま日本の戦中戦後史を
象徴しているようで、ほんとうはひとりひとりについて詳しく書きたいところだが、
長くなるので、およそのところは、上記Wikipediaの記述で見て欲しい。
中心メンバーは七人。まるで『七人の侍』のようだが、実はこの他にもタッチしていた人々は何人かいた。
また、これら七人の人々も、政治的には、必ずしも同じ方向を向いていたわけではなく、
例えば、読売新聞などの記者から政治評論家になった岩淵辰雄は、太平洋戦争前から、
近衛文麿や陸軍皇道動派のグループと親しく、1945年初頭、いわゆる『近衛上奏文』の
執筆にも加わっている。
岩淵の敗戦直前における主な立場は、近衛を中心として、粛軍和平を画すること。
岩淵は近衛と同じく共産主義革命を恐れていたので、ソ連が参戦する前に
早期にアメリカと和平を結ぼうとする考えであった。
だが、彼らの試みは東条英機らの知るところとなり、岩淵は吉田茂らとともに憲兵に
検挙され、一ヶ月半ほど監禁されている。
敗戦後、岩淵は、東久邇内閣の副首相になった近衛を中心とした憲法改正を企図。
岩淵の改憲案は、天皇の身分はそのまま、悪かったのは天皇の統帥権を悪用した
軍部であった、として、再び同じ間違いが起きないよう、『天皇の統帥大権をなくす』
ということが主眼であった。
近衛同様、共産主義を何より恐れ、国体護持のためには何でもすると考えていた岩淵は、
『マッカーサーと面会し、「今日の破局は軍閥と左翼勢力のせいである」と、日本の
置かれていた現状を説明してくるように』近衛を説く。
それで近衛は、10月4日、GHQにマッカーサーを訪ね、そこで憲法改正の示唆を
受けることになるのである。そこのところは、前の方の記事で書いた。
だが、そこでも書いたように、近衛の憲法改正案は、日の目を見ないまま、
近衛は1945年12月、戦犯の指定を受けて自死する。

実は岩淵は、近衛ルートでの憲法改正とは別に、民間での憲法改正にも
終戦直後の早い時期から動いていた。やはり新聞記者出身で『日本評論』の主筆などを
かつて務めていた室伏高信と、憲法改正を企図。
室伏は急進的デモクラットとして論壇にデビューしたが、満州事変後は、大東亜戦争を
賛美。岩淵と同じく近衛新体制運動に参加するも、後に軍部批判で『日本評論』を追われ、
特高にいつも監視されていた。
室伏は10月18日、雑誌『新生』を創刊。尾崎行雄や賀川豊彦らも執筆。


一方、この民間の『憲法研究会』で中心的役割を果たしたひとりであった鈴木安蔵は、
どういう考えの人物であって、どういうふうに民間憲法研究会を立ち上げるに至ったか。


                鈴木安蔵
                     写真は、こちらのサイトからお借りしました。
              
http://www.liveinpeace925.com/pamphlet/leaf_kenpo_daiji_app1.htm



鈴木安蔵は、1904年生まれ。1924年京都帝国大学哲学科入学。社会科学研究会
に入会する。河上肇の影響を受け本格的にマルクス主義研究するため経済学部に転じる。
1926年(大正15年)。京大社研の活動が治安維持法に違反するとして学生38人が
検挙されるといういわゆる『京都学連事件』が起き、鈴木も検挙されるのである。
この事件は、治安維持法が適用された最初の事件である。鈴木は豊多摩刑務所に
2年間服役した。
『自分たちを処分した日本の国家の本質を解明しよう』
鈴木は大学を自主退学。以降、憲法学、政治学の研究に腰を据えて取り組むことになるのである。
だが、『第二無産新聞』に記事を執筆したため、治安維持法の疑いで再び逮捕される。
2年8カ月に及ぶ獄中生活の間、彼は憲法学の本を読み漁った。
出獄後は、上野図書館、日比谷図書館、慶応義塾大学図書館などに日参して
憲法史、憲法学関係の文献を渉猟。自分の経済学の本を売って憲法学・憲法史の
文献を買うという学問漬けの暮しであった。

当時の日本では、憲法の成り立ちを体系的に分析した研究はほとんどなかった。
そんな時、鈴木は、縁あって、吉野作造と面会する機会を二度得る。吉野が結核で
亡くなるわずか前のことであった。
吉野は、読んでもらいたい資料を教え、鈴木の質問票をもとに憲法制定の経緯を語るなど
憲法制定史研究を志向する29歳の若き学徒を、苦しい息の下から激励。
吉野の死後3カ月、鈴木は『憲法の歴史的研究』を刊行。だが、それは『出版法第27条』
違反、『安寧秩序ヲ妨害』するということで、即日販売禁止となる。
鈴木は学界からは完全にパージされてしまった。
しかしこの事件をきっかけに、尾佐竹猛の知遇を受け、衆議院憲政史編纂委員に就任。
戦前期において実に20作以上に上る著作を発表し、また研究活動の過程で明治期の
民権運動家植木枝盛による私擬憲法(憲法案)を発掘した
ことは、戦後、憲法案作成
に密接につながることになっていく。

鈴木安蔵は、戦後も憲法改悪阻止各界連絡会議(憲法会議)結成に参加し、初代代表委員に
就任。護憲運動のリーダーとしても活躍したが、実は戦時中は、『八紘一宇の大理想を以て
皇道を全世界、全人類に宣布確立する』(『日本政治の基準』、1941年、東洋経済新報社出版部)
などという大東亜共栄圏を推奨する発言もしている…。
戦中戦後を生きた人々が、どれほど個人的にも公的にも迷いを持って生きていたか…
その懊悩の激しさは、戦後70年を生きる今の我々にはほんとうにはわからない…。
一見思想的には相反する岩淵らとこの鈴木らが一つの憲法案作成に携わった、というのも、
彼らが自由主義者、社会主義者…の違いはあれど、戦時中、同じように投獄されたり
特高の監視下に常時置かれたり、というような苛烈な時代を共に生きていたからではあるまいか。
岩淵は『明治憲法で規定された天皇の一切の政治上の権力を取ってしまおう』と提案したし、
室伏高信は、『主権在民』と、イギリス王室にならって天皇を儀礼的存在とする、という考えを
言い出したのは自分だ、と後に語る。下にも書くが、森戸辰男も、すでに11月7日、同じことを
GHQ政治顧問エマーソンに語っていた。
天皇を『国家的儀礼』の役割に限定する、すなわち『象徴天皇制』の発想は、この
研究会に既にあったのである


話を進めよう。
1945年10月29日。『日本文化人連盟』の創立準備会が開かれる。
これは、イデオロギーにとらわれず、幅広く文化人を糾合して日本の再建を図ろうと
した集まりであった。
『デモクラシーとヒューマニズムに基く新日本文化を創造し、平和的進歩的文化日本の
建設に努力す』というのが、この『日本文化人連盟』の綱領であった。
その会合の後、鈴木安蔵は、統計学者高野岩三郎から声をかけられる。
当時すでに74歳の高野は、民間自身から民主的な憲法を制定する運動を起こす
必要性
を説き、鈴木に、その中心となってくれるように頼んだのである。
前記室伏高信もこの会合に居合わせ、雑誌『新生』の編集部を会合の場所に
提供することを申し出た。
岩淵達雄、馬場常悟、杉森孝次郎、森戸辰男らも呼び寄せることとなる…

もう一人の『憲法研究会』の中心的人物が、この当時74歳であった高野岩三郎である。
高野岩三郎(1871- 1949)は、東京帝大卒業後、1899-1903年ミュンヘン大学に留学。
統計学を学ぶ。1903年に東京帝国大学法科大学助教授。
政治学者で後に東大総長となる小野塚喜平次らと社会政策学会を設立、学会内の最左派
として活動した。また日本文化人連盟を結成。東京帝大では法学部からの経済学部独立
に尽力。弟子には森戸辰男、大内兵衛、舞出長五郎など、のちに著名となる多くの
マルクス経済学者がいる。
1920年、請われて大原社会問題研究所の設立に参加。設立時から没年まで所長を務める。
大原社研では日本最初の労働者家計調査を実施、労働問題を研究。(以上Wikiより抜粋)
大雑把にまとめてあるが、この人も、その兄ともどもそれぞれについて本が数冊書けるほどの
経歴の人物である。例えば、『東京帝大では法学部からの経済学部独立に尽力。』という
短い記述一つとっても、そこには日本の学問史上の大きな意味が隠れている。
当時の東京帝大には『経済学部』というものが独立して存在しなかった。『法学部』の中に
置かれていたのである。『法学部』は、当時、『官』を象徴する学部であった…
「『経済学』を、『官』の学問から独立させなければ…」
高野やその直弟子森戸辰男らにとって、そのことがどれほどの重い意味を持っていたか…
そういうことも、今の人々にはなかなか分からないのではあるまいか。
だが、ここでは詳しく語ってもいられない。先に進もう。

高野は、他のメンバーと違って、天皇制そのものの弊害を指摘。天皇制を廃して、
日本を共和制の国にすることを考えていた。
高野自身が雑誌『新生』に寄せた論考『囚われたる民衆』で、彼はこのような
ことを言っている。

『五年十年の後連合軍の威圧力緩減した時、いつまた反動分子が天皇を担ぎ上げて
再挙を計るようなことが起こるかわからない。この際天皇制を廃止して、主権在民の
民主制を確立し、人心の一新をして国民の啓蒙に努力した方がいい』 


だが、その考えは時期尚早、として他のメンバーに受け入れられず、結局、この
民間『憲法研究会』の草案では、天皇はイギリスの王室のように『儀礼的代表』とする、
というものとなった。


とにかく。
民間人が(と言っても、当時すでに実績のある言論人や学者である)作った、この『憲法草案要綱』は、
研究会内での討議をもとに、鈴木が第一案から第三案(最終案)を作成して、
1945年12月26日に、内閣へ届けられ記者団に発表された。新聞各紙は
2日後の12月28日に、一斉に一面でこの憲法研究会の案を発表した。
また、GHQには英語の話せる杉森が持参した。

実は、憲法研究会の動きは、11月7日に、既にGHQに報告されていたのである。
第一回会合の後、メンバーの一人森戸辰男がGHQ政治顧問事務所のエマーソンと
会談。その内容は報告書にまとめられ、11月13日にアチソンからワシントンの
国務長官バーンズに送られているのである。
アメリカの動きは、万事なんと速いのだろう!

さて。12月26日にGHQに届けられた草案は、どう処理されたか。
いくつかのルートですぐに英語に翻訳され分析された。
1つは、連合国翻訳通訳部(ATIS)。日本の新聞発表のわずか3日後には、翻訳が
『報道の翻訳』第574号に掲載されている。
もうひとつのルートは、GHQ政治部顧問事務所。アチソンの下で働いていたロバート・
フィアリーが翻訳分析し、年が明けた1月2日にはワシントンのバーンズ国務長官に
内容が伝えられたのであった。素早い!
もう一つ。民政局法規課長マイロ・E・ラウエル陸軍中佐が詳細な分析を行っている。
ラウエルのことは、ベアテの記事のところでざっと紹介したが、後にマッカーサーの
命を受けて9日間で憲法草案をつくるあの民政局メンバーの中心的存在の一人である。
マイロ・E・ラウエル陸軍中佐は、スタンフォード大学で学士号を取った後、ハーバード・ロー・
スクールで学び、さらにスタンフォードに戻って法学博士の学位取得。
多くの民間会社の顧問弁護士、政府機関の法律顧問、ロサンゼルスの連邦検事補を歴任。
入隊後は憲兵参謀学校、軍政学校、日本占領のための特殊教育機関だったシカゴ大学
民事要員訓練所へ。
このシカゴ大学の訓練所では、1年半にわたって明治憲法と日本の政治制度の
研究
を行って
おり、ホイットニー准将が民政局長に赴任する前から法規課長として、
日本の政党や民間の憲法学者と積極的に接触。鈴木安蔵の論文集など多くの文書に
目を通し、憲法改正の検討を始めていた
のである。
既に12月6日には『日本の憲法の準備的研究と勧告の報告』をまとめ、明治憲法の
弊害点を詳細に分析。また、鈴木の『日本独特の立憲政治』の英訳を同じ民政局の
スタッフに回覧して読ませていた
という。

ラウエルは、草案の分析にすぐに取り掛かった。ラウエル自身の証言が録音テープに
残されている。
ラウエルが上記ATISからコピーを受け取ったのは新聞発表の直後。
彼は正月休み返上で草案を分析、報告書にまとめた。報告書は1月11日、ホイットニー
准将の承認を経て、マッカーサー直属のサザーランド参謀長に提出された。

ラウエルは、憲法研究会の草案に感心し、民主的であると評価した。
『a.国民主権が認められていること』
『b.出生、身分、性、人種および国籍による差別待遇が禁止されている。
  貴族制度が廃止されていること』
など、特に自由主義的だと高く評価できる8項目の条文を列挙
し、またさらに、
この草案に欠けていると思われる条文についても、ラウエルは記している。
その中には、
『a.憲法は国の最高法規であることを、明確に宣明すること』
という、日本国憲法でも、とりわけ大事だと私が思う、
第98条『この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅
及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。』

に繋がる思想そのものが、ここで既に述べられているのである。

このラウエルの報告書について、『日本国憲法制定の系譜』という浩瀚な研究書を
書いている原秀成の指摘が興味深い。

ラウエルは弁護士ですから、法律をどうすれば実際に動くようになるか、ということを
良く考えています
。(中略)憲法をどうやって守らせるか、それがポイントだとラウエルは
言っています。つまり憲法が最高法規であって、それに基づいて法律が作られなければ
ならない、それに違反した法律は裁判所で違憲なものだ、無効なものだとされなければ
ならない、そういう規定が最も欠如している、それを入れさえすればこれは憲法として
十分に動く
とラウエルは報告しています』

なんと!ラウエルという人は、最高法規としての憲法について、またそれを守り実行する
ということの困難について熟知していたひとであろう!この原秀成の言葉も、良く噛みしめてほしい。
今、安倍政権は、二重三重四重の意味で、憲法を蹂躙している。

その一は、多くの法学者の『憲法違反』の指摘も無視し、時の一内閣による無理筋の
憲法解釈によって、憲法九条の『不戦の誓い』を改憲によらず事実上無効化
しようとしたこと。
またその二は、安保法制を、正当な国会運営によらず(議事録さえとれない混乱の中で
抜き打ち的に採決)可決成立させてしまったこと。これは、立法府の死
に等しい。
その三は、国会審議に諮る前に、すでに3月の安倍訪米で、アメリカに安保法の成立の
約束をしていること。これも立法権の軽視であり、日本の最高法規としての憲法を、
対米条約や協定というものの下に総理大臣自ら置く行為
である。
その四は、上記の一から三にわたるような安倍政権の手法が、日本国憲法第九十九条  
『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し
擁護する義務を負ふ。』という条項に違反している
ということである!



『憲法は国の最高法規である』。このことを根本的に理解していない人々が、
今、わたしたちの憲法を、低次元のものに作り替えようとしている!!!


1978年、ラウエルは、GHQ民政局による草案作りに関してインタビューに答え、
憲法研究会の草案に、『間違いなく影響を受けている』と言っている。

そして、この民間人による草案は、ハッシーやケーディス、その他行政に
関心のあるものは皆、それを目にしていたはずだ、とも答えている。
GHQの憲法案が、この鈴木らの民間『憲法草案要綱』に細部でとても似ていることは
早くから指摘されていたというが、当事者のラウエルが、『影響を受けた』ことをこうやって
証言しているのである。

『日本国憲法はGHQによる押しつけ憲法だったのか。』

ラウエルらが関わったGHQによる憲法草案が、この鈴木・高野らの『憲法草案要綱』
を参考にしていることは、一つ、上記の質問に対する答えとなるのではなかろうか。
このことは、よく『押しつけ論』を否定する根拠に用いられることで、別段目新しい情報
ではないが、一応私も、『否』という理由の一つとして、ここに書いておこう。

と同時に。
私は、GHQの調査の手回しよく周到にして徹底していること。そして迅速なことに
あらためて驚く。マッカーサーが、2月に急な思いつきで部下に民政局員に憲法草案を
作らせたのなどではないことを、しみじみと…そしていやというほどに…感じるのである。
占領とほぼ同時に、彼らは改憲のための調査と下準備をこうやって徹底して始めていた
のである。そうしつつ、彼らは、日本政府側から自発的に『民主的な』憲法改正案が
出てくることを辛抱強く待っていた。4か月近くも…。

また、日本側も、この鈴木らの他にも、自分たちの手で改憲草案を作ろうとした人々が、
1945年の秋にたくさんいたこと。そのことも忘れてはならないと思う。
問題は。肝心の政府側の人々に、敗戦の強い自覚と、自分たちが置かれた状況への
厳しい認識、自分たちが従わざるを得なくなったGHQの求めるものがなんであるか、ということの
認識が極めて甘い、というよりほとんど無かった、ということである…



            ***

それでは、『憲法草案要綱』の条文を実際に見ていこう。
全項にわたっては分析できないけれども、私の大事だと思った点をいくつか取り上げてみる。
下に、それにおよそ該当する現行憲法の条文を併記してみる。
現行憲法が『憲法草案要綱』に似ていると言われる所以の個所の一部である。
青い文字部分が鈴木らの『憲法草案要綱』、その下の黒字部分が、現日本国憲法である。


根本原則(統治権)
一、日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス

日本国憲法第一条『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』

一、天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル

日本国憲法第第四条『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、
国政に関する権能を有しない。』

国民権利義務
●一、国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス

一、民族人種ニヨル差別ヲ禁ス

日本国憲法第十四条『すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、
社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。』

一、国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス

第二十条『信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。』
第二十一条『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。』

一、国民ハ拷問ヲ加へラルルコトナシ

第十八条『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、
その意に反する苦役に服させられない。』

一、国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス

第十六条『何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は
改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたために
いかなる差別待遇も受けない。』

一、国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
一、国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス

第27条『1 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。』
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。 』

一、国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス

第25条『1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。』

一、男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス

第24条『1 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する
ことを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関する
その他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、
制定されなければならない。』

一、労働者其ノ他一切ノ勤労者ノ労働条件改善ノ為ノ結社並運動ノ自由ハ保障セラルヘシ
之ヲ制限又ハ妨害スル法令契約及処置ハ総テ禁止ス


第21条『1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。』
第28条『勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。』


              ***

どうだろうか。

高野・鈴木らの作った民間の憲法草案は、1791年のフランス憲法、
アメリカ合衆国憲法、ソ連憲法、ワイマール憲法、プロイセン憲法などとともに、
日本の自由民権運動で作られた植木枝盛の『東洋大日本国国憲按』や土佐立志社の
『日本憲法見込案』など、明治初期に、弾圧に抵抗しつつ書かれた20余の私製憲法草案
いわゆる『私擬憲法』も参考資料にしていた…。

『憲法草案要綱』の全文は下の『続く』のところに載せてあるが、現行憲法と比べても
さほど遜色なく、ある点では、現行憲法より優れて先進的な条文さえあった。

一、国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス
一、国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスヘシ
一、国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保証サル権利ヲ有ス

すなわち
・『芸術の自由』まで掲げてあること。
・『8時間労働』『有給休暇制や療養所、社交教養機関の完備など、労働条件改善の
 具体的整備項目を掲げてあること。
・老年・疾病などで働けなくなった場合の生活保障。
が謳ってある。
私たちは、今、70年前に学者たちによって書かれたこの私案の理想を実現できているだろうか?
芸術表現の自由の自粛…ブラックバイトの現実…育児休暇取得の事実上の自粛…
箱モノ行政で中身の充実を図らない文化・社会事業政策…生活保護を受けられないで
老老介護、あるいは母子家庭の生活困窮の果ての一家心中……
むしろ年年、ここに書かれた理想から遠ざかっていっているのではあるまいか?

愉快なのは、こんな条項もあること!
一、租税ノ賦課ハ公正ナルヘシ苟モ消費税ヲ偏重シテ国民ニ
過重ノ負担ヲ負ハシムルヲ禁ス


税金は公正に課すること。消費税にこだわって国民に重い負担をかけてはいけない、
書いてあるのである。(この頃既に『消費税』という用語が用いられていたのか!)
税と言えば『消費税』しか念頭になく、法人税や所得税のように豊かな者から多く徴収する
という当たり前のような累進課税の徴税法は考えない。それどころか
逆に法人税を減税して大企業や富裕層を優遇し、貧困層には否応なしに消費税を課する、
いつかのどこかの国の政治家たちに、聞かせてやりたい!



               ***


明治憲法すなわち大日本帝国憲法とも比較してみよう。
まず第一に、いうまでもなく、大日本帝国憲法では、『天皇主権』であって、天皇の下に
大権が全て集められている!

国民の権利が書かれていなくはないが、次に挙げるいくつかの例の通り、
皆、『法律ノ範囲内ニ於テ』などと国家による制限が加えられている。

第22条日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
第23条日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
第25条日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
第26条日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
第27条日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
2 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第28条日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第29条日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス  


            ***

ちなみに、自民党改憲草案を見てみようか。
『公の秩序』の連発である!

第1条(天皇)『天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴
であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。』
第9条の2(国防軍)『1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、
内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。』
第12条(国民の責務)『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の
努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、
自由及び権利には責任及び義務が伴う
ことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。』
第13条(人としての尊重等)『 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び
幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り
立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。 』
第19条(思想及び良心の自由)『 思想及び良心の自由は、保障する。』
第21条(表現の自由)『1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、
並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。』
第29条(財産権)『1 財産権は、保障する。
2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。
この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように
配慮しなければならない。』

第102条(憲法尊重擁護義務)『1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。』


           ***


70年前に民間人が作った『憲法草案要綱』にも、今の日本国憲法にも、
大日本帝国憲法にもまた自民党改憲草案にも、共通して、『言論の自由』や『結社の自由』
『居住の自由』など様々な『自由権』は記されてはいる。
違うのは、前の二者には、それらにほぼ制限が記されていないこと。
ところが後の二者には、『法律ノ範囲ニ於テ』とか、『安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ
義務ニ背カサル限ニ於テ』とか、『公の秩序に反しない限り』とかの条件が付けられて
いることである。
そのくらいたいして違わないじゃないか、とお思いだろうか。
大違いなのである!
前ニ者は、『国民主権』の理想に立つから、国民の諸権利に制限を記さない。
『自由』ということの価値の重さを、骨身にしみて自覚しているからである…

そうして、民に与えられた生存権、自由権をはじめとする諸権利を、ひとりひとりが生来
持って生まれるとする『天賦人権論』の立場に立つ
からである!
鈴木、岩淵、室伏、…彼らは特高警察に常時見張られる暮しであった…
ところが後者の二者は、『国家主権』『天賦人権論の否定』の立場に立つ。つまり、
国民の諸々の権利は、『国が与えてやるものだ。だから大人しくしろ。
公の秩序など乱すなよ』という発想に立つもの
なのである。


ところで。『国』という生き物はいるだろうか?
…いない。

『国』という名のもとに、時の権力者が自分たちの思う通りに政治を動かす。
それが『国』というものの実体である。

その権力者たちが、『自由』というもの、その他、民の諸権利に、『法』の名の下に制限を
加える…

それはまずいのである!
権力者の『恣意』に、国民の権利を任せてはならないのである!
私たちは、『国家』というものの名の下に引き起こされてきた数多の
不幸な戦争や紛争や悲劇を経て、このことをいやというほど学んで
きたはずではなかったのか!
















全文を『続く』のところに載せておくので、ご覧ください。
 





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『日本国憲法をなぜ守りたいか その11 押しつけ憲法?⑥』


Q11: 近衛~佐々木、幣原~松本以外の、日本人による憲法案は無かったの? 

そんなことはない。
いくつか前の記事で書いたように、マッカーサーが近衛に憲法改正案作成を示唆したのが
1945年10月4日。幣原がマッカーサーに首相就任の挨拶に行き、憲法作成のことを
聞いたのが10月11日。それぞれが10月には憲法改正案もしくはその調査を開始
している。新聞なども、GHQの憲法改正指令とこれらの動きを報道している。
そこから、多くの官民両方の団体また個人が、独自に憲法改正案作りに着手したのであった。
後述するが、民間の学者などが集まる憲法研究会が作成した『憲法草案要綱』が
1945年12月26日に発表されているし、近衛、松本らのグループの氏案を試案を含め、
政府関係法曹関係および各政党など、さらには民間の団体及び個人などが
実に以下のごとくたくさん試案を作成したり修正したり意見を発表したりしていたのである。

たとえば以下のリストの冒頭。
マッカーサーが10月に指令を出すその前の9月に既に、内閣法制局、外務省政務局、
また個人としては宮沢俊義らが、ポツダム宣言を受けて憲法改正の要があるかもしれないと
先見し、既に調査検討を始めている
ことである。
だが、これらの動きは、改正の要さえ認識していない政府によって、結局立ち消え
なっている…



憲法改正案一覧(1) 政府等 I
●法制局関連の試案など
 入江俊郎・終戦ト憲法ほか 1945年9月18日~10月23日

●外務省関係
 宮沢俊義・ポツダム宣言ニ基ク憲法、同付属法令改正要点 1945年9月28日
 外務省政務局第一課・自主的即決的施策ノ緊急樹立ニ関スル件 (試案) 1945年10月9日
 田付景一・帝国憲法改正問題試案 1945年10月11日
 [外務省条約局]・憲法改正大綱案 1945年10月11日
 ●その他
 矢部貞治・憲法改正法案(中間報告) 1945年10月3日

憲法改正案一覧(2) 政府等 II
 ●内大臣府
 近衛文麿・帝国憲法ノ改正ニ関シ考査シテ得タル結果ノ要綱 1945年11月22日
 近衛公の憲法改正草案 『毎日新聞』記事 1945年12月21日
 佐々木惣一・帝国憲法改正ノ必要 1945年11月23日
 憲法問題調査委員会
 美濃部達吉・調査会資料 1945年11月14日
 憲法問題調査委員会第一回乃至第四回総会並びに第一回乃至第六回調査会に於て表明せられたる諸意見 1945年12月22日
 入江俊郎・大日本帝国憲法改正試案 1946年1月
 美濃部達吉・美濃部顧問私案 1945年12月22日
 宮沢俊義・大日本帝国憲法改正案 1945年12月22日
 清宮四郎・大日本帝国憲法改正試案 1945年12月22日
 河村又介・大日本帝国憲法改正試案 1946年1月
 小林次郎・大日本帝国憲法改正私案 1945年12月22日
 大池真・帝国憲法改正私案 1945年12月22日
 中村建城・帝国憲法中会計関係規定改正案 1945年12月17日
 古井喜実・憲法改正綱領(未完稿) 1945年12月22日
 奥野健一・憲法第61条改正案 1945年12月22日
 佐藤達夫・憲法改正試草及び追加一 1946年1月3日
 野村淳治・憲法改正に関する意見書 1945年12月26日
 宮沢俊義・甲案 1946年1月4日
 宮沢俊義・乙案 1946年1月4日
 松本烝治・憲法改正私案-原稿 1946年1月4日
 松本烝治・憲法改正私案-謄写版 1946年1月4日
 憲法問題調査委員会・憲法改正要綱(甲案) 1946年1月26日
 憲法問題調査委員会・憲法改正案(乙案) 1946年2月2日
 憲法問題調査委員会試案 『毎日新聞』記事 1946年2月1日
 憲法問題調査委員会・憲法改正要綱 1946年2月8日

憲法改正案一覧(3) 政党、民間グループ、個人 政党
●日本共産党・新憲法の骨子 1945年11月11日
 日本自由党・憲法改正要綱 1946年1月21日
 日本進歩党・憲法改正要綱 1946年2月14日文字色
 日本社会党・憲法改正要綱 1946年2月24日
 日本共産党・日本人民共和国憲法(草案 ) 1946年6月29日
●民間グループ
 憲法研究会・憲法草案要綱 1945年12月26日
 憲法懇談会・日本国憲法草案 1946年3月5日
 大日本弁護士会連合会憲法改正案 1946年1月21日
 東京帝国大学憲法研究委員会報告書 1946年[春]
●個人
 高野岩三郎・日本共和国憲法私案要綱 1945年11月~1945年12月
 高野岩三郎・改正憲法私案要綱 『新生』 1946年2月号
 清瀬一郎・憲法改正条項私見 『法律新報』 1945年12月号
 布施辰治・憲法改正(私案) 1945年12月
 稲田正次・憲法改正私案 1945年12月24日
 里見岸雄・大日本帝国憲法改正案私擬 1946年1月28日


これらのリストは、国立国会図書館のサイト、『日本国憲法の誕生』からお借りしました。
リストの該当ページはhttp://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/revision.html#s1

この国立国会図書館のサイトの『資料と解説』では、ほぼ全ての団体個人の草案、
意見書などの実際を読むことができます。
例えば、上記、『1-14 法制局内の憲法改正問題に関する検討では、マッカーサーの指令に
先立つこと一カ月、当時の法制局第一部長入江俊郎の考察を見てみましょう。


終戦ト憲法


入江稿では、
『終戦ニ伴ヒ憲法中研究ヲ要スル事項概ネ左ノ如シ』として、
第十一条(統帥大権)第十二条(編制大権)第十三条(外交大権)中「戦ヲ宣シ和ヲ講ジ及」
第十四条(戒厳大権)第二十条(兵役ノ義務)など、大日本帝国憲法の軍関係の条項が
削除を必要とされるであろうという認識を示している。

『第十一条 天皇ハ軍ヲ統帥ス』をそのままに残している
幣原~松本らの政府案より、はるかに、敗戦の認識、軍解体の認識、ひいては憲法改正の
必要を自覚しているものと言えよう。

それぞれの試案の実際の内容は、『テキストの表示』というボタンをクリックすると
読むことができます。


『日本国憲法をなぜ守りたいか その10 押しつけ憲法?⑤』


Q10:幣原~松本烝治らの政府案はどんなものだったの?


さて。これについては、前の方の記事でも書いている通り、どうにも褒めようがない。

敗戦の年の10月11日、東久邇宮に代わって政権を担当することになった幣原は
マッカーサーに挨拶にGHQを訪れる。マッカーサーは、日本側が自主的に憲法改正を
進めることを待つという基本的な考えのもとに、「憲法の自由主義化」を示唆。
日本の社会組織の根本改革を求めた。
幣原首相は、13日、臨時閣議で、政府として
憲法調査を実施することとし、松本烝治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委員会
の発足を決定した。『調査』であって、『改正』ましてや『新設』など念頭にない。

そもそも彼らの出発点の誤りは、ポツダム宣言に関しアメリカ国務省から得た説明が
『日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される』と言う曖昧な
回答であったにもかかわらず、「おそらく『国民が望めば国体は護持される』という
意味だろう」という推測の下、GHQが命じた改憲についても、「『日本の政体は
日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される』と言っているのだから、
我々が主体的にやっていいだろう」、とたかをくくっていたことである。

だが、その『主体的に』ということの意味が違った。
幣原~松本の『主体的に』は、『我々が大日本帝国憲法を少し手直しすればそれで済む』
だろうという甘い見通しでしかないものであり、アメリカ政府とGHQの考える『主体的に』は、
天皇の地位剥奪・戦犯指定の可能性も含む長い多数回にわたる激論の下、とりあえず当面の間は
『日本政府の出方を注目していよう』という厳しいものであった点である。
当時のアメリカの世論は、天皇の地位をめぐり、天皇の戦争責任は免れないという
相変わらず厳しい認識を示しており、ワシントンの国務省・陸軍省・海軍省の三省調整委員会
では、下部の極東小委員会において、天皇の身柄・処分について、激しい論議を
積み重ねていたのである。
同じ10月、トルーマンは、
『アメリカ政府は、「裕仁天皇は戦争犯罪人としての逮捕、裁判、処罰から全く免責
されたわけではない」と考える』 そして。『裕仁天皇なしで、占領がうまくいくと判明したときは、
天皇の裁判問題は当然に提起される』という厳しい前提の下、天皇に国際法違反の
責任があるかどうかの極秘調査・証拠集めをマッカーサーに指示していたのである。
日本の幣原~松本らは、こうしたアメリカ側の厳しい認識も知らず、国体護持
という不文律から一歩も出ず、甘い期待の下、相変わらず小手先の解釈議論を
悠長に、しかもGHQの意向も聞こうとせず一切を秘密裏に、内輪だけでやっていた…

ここに、憲法改正に関しては、幣原~松本らの出発点からの誤謬がある。
その甘さは、よくいえば、アメリカなどなにするものぞ!という、敗戦国日本の
日本男子としての気慨であったかもしれないが、率直に言えば、敗戦の厳しい現実への、
恐ろしいほどの認識不足
、というものが、根本にあったように私などには見えてしまう。
敗戦の現実を厳しく認識しない、ということは、日本がアジアで犯してきたことの罪を
ほとんど認識していない、ということと同義
であったのではないか。


10月25日。松本烝治国務大臣を主任とする憲法問題調査委員会(松本委員会)設置。
以降、翌1946年2月2日の総会までに、7回の総会と15回の調査会・小委員会を開催。
憲法問題の検討を行った。これを多いと感心するか少ないと驚くか。

松本委員長は、10月27日に行われた第1回総会で、調査委員会の使命について
『憲法改正案を直ちに作成するということでは無く』と述べていが、11月10日の
第2回総会では『日本を廻る内外の情勢は誠に切実である。政治的に何事も無しには
済まし得ない様に思われる』、『憲法改正問題が極めて近き将来に於て具体化
せらるることも当然予想しなければならぬ』と述べ、委員会は調査・研究から改正案の提示へ
向けて方向転換しては行くのだが。それもすべて秘密裡に、であった・・・・・・

幣原~松本らの政府案、いや調査書が実際にどういうものであったか。
1946年1月4日。憲法改正担当国務大臣、『『憲法問題調査委員会』(いわゆる松本委員会)
委員長松本烝治が自ら憲法改正『私案』を執筆。その後委員会や閣議などの何度かの修正を
経て、民主主義的要素を少しずつ盛り込んでは行くのだが、前の記事にも書いた通り、
彼らが作った『試案』は、2月8日GHQに提出されるその前に、2月1日、毎日新聞に
よってスクープされ、その中身が暴露される。
ところがややこしいのは、その毎日新聞がスクープした委員会試案というのは、実は
委員会のメンバー、宮沢俊義がこれまた私案として書いた『宮沢甲案』にちかいものであった。
これは、松本らがGHQに実際提出したものよりかなり民主的色彩のあるものだったのだが、
それでも毎日新聞にそれがスクープされると、GHQの不信感を生み、
そしてついには、GHQ自身が草案をつくる、という事態に発展して行くのであるが、
松本委員会の原案となった松本烝治自身による私案と、そのスクープされた『憲法問題
調査委員会試案』を、追記のところに全文掲載しておくので、興味ある方はご覧ください。

松本私案の条文には、第一条、第二条、第四条、第五条など、随分抜けている
条項が多いが、これは要するに、大日本帝国憲法から変える必要なし、と彼が判断した
条文である。
ちなみに。その抜けている(つまり変える必要なしと思われた)大日本帝国憲法の部分の
一例をあげれば。
第1条大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第4条天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第6条天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス

等である。スクープされた『憲法問題調査委員会試案』についても同様。

いずれにしても、これらの案は、
天皇主権の大日本帝国憲法の域を出ないものであり、
天皇の統帥権(天皇大権のひとつ。陸軍や海軍への統帥の権能)を認めているところ、
③国民の自由権などは明記してあるが、いずれも『安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ』
 『公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所二依ル』などという但し書きが付いた上での
 自由
であること。
など、大日本帝国憲法とさほど違わないものであった。

無論、現在の日本国憲法には、『国民主権』の根本思想により、これらの但し書きは
一切ないか、あっても『公共の福祉に反しない限り』というやわらかい文言である。

ところが何度も言うように、自民党改憲案では、『公益及び公の秩序に反しない限り』、
と、『公の秩序』という文言がいたるところにつけ加えられていることに注意。

そして。
④いずれの案も、自民党の『緊急事態条項』に似た条項がある。

いつのことかはっきりしないが、おそらく1945年暮れか46年当初か、
先に記事にした近衛草案の作成に携わった政治学者でありアメリカの法に詳しかった
高木八尺が、松本に、『草案は却下されるだろう。GHQの意向を聴いてみるべきだ』
と忠告したらしいが、松本は、今後もGHQの意向を聴くつもりはないと突っぱねる。
松本らは、明治憲法を多少手直しすればそれで済むと考えていた。
そのころまでにはすでに鈴木安蔵ら民間の憲法研究会があちこちで、独自に
新憲法案について研究し、また各政党なども草案をそれぞれ作成していた時期である。
松本らは、これらを一切考慮しない。GHQの意向さえ聴いてみようとしないで、
秘密裡に検討を進めていたが、1946年2月1日、毎日新聞にスクープされ、
その旧態然とした憲法への姿勢が、広く国民にもまたGHQにも知られてしまうことに
なっていくのである…

GHQの意向も取り入れようとし、結果少しは民主的な色彩を持っていた近衛らの案
に比べても、幣原~松本らの政府案は、視線がまるで明治憲法だけにしか置かれて
いない。
今の自民党の改憲草案を詳しく検討していくにつれ、あちこちに、この
大日本帝国憲法への回帰を私は感じてならないのである。

まつもとじょうじ
松本烝治。写真はWikipediaからお借りしました






ちなみに、昨年7月、『自衛隊による集団的自衛権行使容認』、正式名称、『国の存立を全うし、
国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について』が閣議決定され、
衆参の短い、めちゃくちゃな議論を経て9月採決成立。ついにこの3月、安保法が施行された
わけだが、その議論において『憲法九条と集団的自衛権行使容認の整合性』が問われた時、
九条の下でも集団的自衛権を我が国が行使できる!とした政府の挙げた『法的根拠』を
覚えておいでだろうか。
彼らは56年も前の1959年12月16日の『最高裁砂川判決』を持ち出し、
『最高裁も、集団的自衛権行使を否定していない!』という論を展開したのである。

そもそも、この砂川裁判というものの最大の争点は、
『在日米軍が憲法第9条2項でいうところの「戦力」に該当する違憲の存在であるかどうか』
であって、集団的自衛権は全く議論もされていない。
それなのに、自民党高村正彦副総裁が昨年、この最高裁判決を引っ張り出してきたのである。
弁護士資格を持つ高村氏は、判決理由の中に
『わが国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置を
とり得ることは、国家固有の権能の行使として当然のこと』と述べている点に着目し、
次のように曲解する。
 この最高裁判決がいう『自衛のための措置』とは、個別的自衛権とか集団的自衛権を区別せずに、
わが国の保有する自衛権を一般的・包括的に表示しているので、ここでは集団的自衛権の
行使も含意されている。少なくとも否定はされていないと読むことができる』と。

『集団的自衛権の行使出来る法的根拠』はどこかにないか。それを探していた自民党が
これを見つけて、無理やり「これはつかえそうだ」とこじつけたのである。

この、最高裁砂川判決を出したのが、当時の最高裁長官、田中耕太郎である。
私は、この判決を、希代の悪判決、と思っている。
後に、アメリカの公文書から明らかになったことだが、『米軍駐留は憲法違反』との伊達判決
を受けて当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー2世が、同判決の破棄を狙って
外務大臣藤山愛一郎に最高裁への跳躍上告を促す外交圧力をかけていたこと。
さらには、最高裁長官・田中自身が、こともあろうに、マッカーサー大使と面会した際に、
「伊達判決は全くの誤り」と一審判決破棄・差し戻しを示唆していたこと、上告審日程や
この結論方針をアメリカ側に漏らしていた、というとんでもない事実があった。
つまり、日本の『司法の要』である最高裁長官が、自らの判決の前に裁判の情報を
当事者アメリカに漏らしていたのである!
これだけでも許せないことだが、私が一番腹が立つのは、この判決で田中は、
『日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に
違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことは
できない』、という、いわゆる『統治行為論』を採用し、日米安保条約についての司法判断
を下すことから逃げたことである!
『統治行為論』とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為
については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、
これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論のことをいう。
(Wikipediaより)

この判決が先例となって、国の根幹に関わるような大きな問題について、司法が判断を
下すことに腰が引けてしまう構造が日本ではある意味定着してしまった……
1969年。北海道夕張郡長沼町の航空自衛隊の「ナイキ地対空ミサイル基地」建設
反対する住民の起こした訴訟、いわゆる『長沼ナイキ基地訴訟』でも、この『統治行為論』
が持ちだされている…
まあ、司法がとりわけ行政権に対し腰が引けるのは、なにもこの最高裁砂川判決の
『統治行為論』のせいばかりではないのだが。
『一票の格差』に関する最高裁判決は、『違憲状態』というやや玉虫色の判決。
今、今回の集団的自衛権行使容認を含む安保法の違憲性を問う訴訟が、日本の
あちこちで計画されているが、さて、司法はどういう判断を下すのか。
東電社長らの福島第一原発事故の当事者としての責任を問う裁判はどうなるか。
沖縄辺野古訴訟は、一応和解が成立しているが、それは結論を先送りしたにすぎない。

いずれにしても、司法が行政府や立法府に対し、何か『忖度』する傾向はまずい。
それは言わば。三権分立の一つの要である『司法の死』である!

この砂川事件最高裁判決を下したのが、当時の最高裁長官田中耕太郎であって、
この田中耕太郎は、松本烝治の弟子であり、後に娘婿となっている……

日本が中国への覇権をむさぼったその象徴のようなあの満鉄の、理事そして副社長
であった松本烝治。砂川判決で日本に駐留する米軍を憲法違反、とした伊達判決を
ひっくり返し、国家の重大事に関しては司法判断を避けるという悪しき判例を
作ってしまった田中耕太郎…。
その砂川判決を、明らかな憲法違反である集団的自衛権の法的根拠に無理無理
こじつける安倍政権・・・。

ちょっと後半脱線してしまったが。姻戚関係だからってどうのこうの言えないのだが。
そんなこたわかっているのだが。
なんだかいやなんだよなあ・・・・・・理屈でなしに・・・




以下に、松本烝治自身による私案と、毎日新聞にスクープされた『憲法問題
調査委員会試案』を、全文掲載してあります。




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『日本国憲法をなぜ守りたいか その9 押しつけ憲法?④』


Q9:近衛文麿が佐々木惣一らと作った『帝国憲法改正要綱』
からさえも学べることって?



私が、近衛、佐々木惣一、高木八尺らのこの案で、注目しておきたいのは、
以下の、『臣民権利義務』に関する箇所の、下線部の部分である。
文末に(i)(ii)(iii)と、振ってあるのは、私が便宜上つけた。

第二章 臣民権利義務
 一、現行憲法に規定されてゐる臣民の行動上の自由は法律によつて初めて
  与へられてゐるやうな感があるが、この印象を払拭し国民の自由は法律に先行する
  ものであることを明らかにする (i)
 一、外国人は自由に対し種々の制限を受けてゐるが外国人も本則として日本臣民と
  同様の取扱ひを受けることを明らかにする。(ii)
 一、非常の場合、国民の権利を停止する所謂非常大権はこれを撤廃する (iii)


(i )『国民の自由は法律に先行する』
  これは、まさに、今の日本国憲法の『国民主権』そして『自由権』の思想である。
  憲法は国民を縛るのではない。現行憲法は、国民のため、為政者(国会議員、国務大臣、
  裁判官その他の公務員)にこの憲法を擁護する義務を負うようにと言っている。

  ところが、自民党の改憲案では、その考えが全く逆転してしまって、
  国民に憲法を守ることを義務付けている
のである。

現日本国憲法第99条
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を
 尊重し擁護する義務を負ふ。

自民党改憲案第102条(憲法尊重擁護義務)
1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。


しかも、見る通り、国の側の義務は、 『尊重し』という文言を消して『擁護する義務』
という表現だけにして軽くし、国民には憲法を尊重しなければならないと言う。
これでは、近衛案が『国民の自由は法律(≒国家)に先行する』と言っていること以下だ。
自民党の草案は、まったく、近衛~佐々木案以前の大日本帝国憲法へ逆行しているのである!


近衛の出した憲法改正案は、当時も今も、取るに足らぬものとして、書庫の奥ふかく
人々の記憶の奥深くにしまいこまれてしまった。
だが。ある部分においては、この言わば笑い物にされてしまった改憲案の方が、
その思想において、現代の、自民党改憲案より優れて先進的なのはどうしたわけだ?!
『国民の自由は法律に先行する』・・・この条文は重い。
つまり、ここには、国民の自由が、『法律』よりも優位にある、ということを明記している
のである。ところが自民党改憲案では、国民の『自由』や『権利』を謳った
条項でも、あちこちに現行憲法にはない『公益および公の秩序に反しない限り』
という文言が挿入されている。

現行憲法第12条
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを
 保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に
 公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


自民党改憲草案第12条(国民の責務)
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持され
 なければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び
 義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。


現行憲法第21条
1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。


自民党改憲草案第21条(表現の自由)
1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、
 並びにそれを目的として結社をすることは、認められない


この自民党案第21条の第二項!
こんなものを憲法として認めてしまったら、
将来にわたって禍根を残すとんでもない悪法になりうる。

「『公益』『公の秩序』を害することを目的としている」と判断し訴追するのはだれか。
およそ国の側であろう。
例えば、国民が今、集団的自衛権行使を認める安保法制を含む安倍政権の
強硬的やり方に反対して、国会前で何万人が集まる。その集会が『公の秩序を害する・乱す』と
当局によって恣意的に判断されかねないことになってしまうのである!!!


現に、3年前の2013年、当時の自民党幹事長石破茂氏が、秘密保護法反対を
訴えて国会前に集まった人々を、『単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質において
あまり変わらない手法に思います』
とブログに書き、当然国民から猛反発を受けて
撤回したことがある。また、一年前、強力な安倍氏シンパである作家百田尚樹氏が
自民党の若手勉強会に出席して、本人は冗談だったと言うが、『沖縄の二紙は
厄介だから、つぶれたらいいのに』
と言ったことは記憶に新しい。

これらの自民党議員及びそのシンパの発言は、この現行憲法21条が国民に保障した
『表現の自由』の概念を根本から否定するものであって、そういう考えをもった人々が
この21条を、自民党改憲案のようなものに変えようとしているのである。

石破大臣の発言は、『デモ』『集会』と言う、国民がわずかに直接政治に意思表示できる
機会である、憲法に保障された行為を、『テロ』という犯罪行為と同等視するものであって、
戦前の『治安維持法』の発想と近いものであることを自覚していない。

また。百田氏の発言は、彼のみならず、その場にいた自民党若手議員らの『報道の自由』
に対する認識がその程度か、と言うことを示すもので、ほんとうに情けない。

安倍政権になって、事ごとに、テレビ新聞などの報道に政権側の人々からクレーム
等が入れられるということが多く目につくようになった。
彼らの言い分はこうだ。
『報道は偏向せず中立であるべきだ』『政府側にだって発言の自由はあるはずだ』
確かに。
だが。
同じ表現の自由ではあるが、国民の側が権力に対して自由にものをいう権利を
持つということ
と、権力側にある者がジャーナリズムに対し『報道に中立であれ』と言う
ことでは、その重みや意味するところが全く違う。

前者は、国家が暴走しないようにするためにいくつかの歯止めがある(三権分立などもそうだ)
その大事なしかも、言って見れば究極的な、最後の砦であるのに対し、
後者は、その権力の座にある者からの『圧力』と取られかねない発言であり、
それは国民に与えられた『言論の自由』『報道の自由』を含む『表現の自由』への介入に
一歩間違えば陥りかねないものである。


その要請?自体は、その時は何の拘束力も持たない無害なものに見えるであろう。だが、
権力の側から『中立であれ』と言われることは、報道する側・国民の側には圧力となり、
それは自然、妙な『忖度』の空気を社会に生んでいく。
やがてそれは、別に誰がなにも直接命じていなくとも、『また、トラブルになると面倒だから、
何も言わないでおこう』『深く追及しないでおこう』『余分なことは言うまい、すまい』…という
『自粛の空気』を、社会に蔓延させてしまう。
そうして。そうやって、ジャーナリズムが黙り込む…、国民がものを言いにくくなる…面倒なことを
考えるのはやめる…と言うことの果てに、一体どんな社会が来るであろうか。



話を、近衛らの憲法改正要綱に戻そう。
佐々木惣一らが作ったこの要綱に、
『一、現行憲法(註:大帝国日本憲法)に規定されてゐる臣民の行動上の自由は
法律によつて初めて与へられてゐるやうな感があるが
、この印象を払拭し
国民の自由は法律に先行するものであることを明らかにする』 
とある。その、
私が下線を引いた箇所は、重要である。
つまり、近衛らは、国民の自由は法律(≒国家)によって与えられるものとする、
すなわち国家が許す範囲において自由を認めるとする大日本帝国憲法の考え方
を否定し、『国民の自由が国家に先行するのだ』、という民主主義の根本を認識している

ということがここでわかるのである。
国家が作る法律が許す範囲に置いてのみ自由があるのではない、すなわち『人間は
生まれながらにしてさまざまな権利を持っているのだ』とするいわゆる『天賦人権論』
の立場に近いものを、ここで取った、ということになる。

ここで、大日本帝国憲法の条文の一部を掲げてみようか。
近衛が言うところの『現行憲法(註:大帝国日本憲法)に規定されてゐる臣民の行動上の
自由は法律によつて初めて与へられてゐるやうな感がある』に該当する条文である。

第22条日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
第25条日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
第26条日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
第27条日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
2 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第28条日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第29条日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
第30条日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得



どうだろう。皆さんも、あまり、大日本帝国憲法などご覧になる機会は多くはなかった
のではないだろうか。どうお思いになりますか。
この憲法にも、自由権はなかったわけではない。だが、ことごとく、『法律ノ範囲内ニ於テ』
という制限が付き、また『法律ニ定メタル場合』は、当局による住居の捜索も信書開封も
我慢せねばならず、所有権さえ、公益のためと当局が法の下判断すれば、侵されて
しまうのである!


皆さん、このことよく覚えておいてくださいね。
とりわけ、この条文の第二項。
第27条『日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
2 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル


自民党安倍政権が、東日本大震災や熊本・大分大震災を例に挙げて必要性を説き、
また、中国や北朝鮮からの侵略の危険性をしきりに煽って国民に危機感を抱かせれば
納得させやすいと考えているのか、改憲でまず手をつけようとしている『緊急事態条項』は、
まさにこれに近いもの
ですからね!!

自民党憲法改正草案第99条(緊急事態の宣言の効果)
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、
当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置
に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。



ここで、もう一度近衛~佐々木惣一、高木八尺らの憲法案にもどってみよう。

(iii)一、非常の場合、国民の権利を停止する所謂非常大権はこれを撤廃する

『非常大権』をやめる、と言っている!
『非常大権』とは、大日本帝国憲法第31条によって天皇に認められた、非常時における
天皇大権の1つである。
『「戦時または国家事変時」において(主権者である天皇の)天皇大権によって
大日本帝国憲法が定めた臣民の権利・義務の全てあるいは一部を停止しうる

とするもの。大日本帝国憲法第二章第31条にあった。
近衛案も、そして幣原らの松本私案もこれを撤廃する、と言っている。
(ただし、これにより天皇に与えられていた大権がすべてなくなったわけではなく、近衛案では、
『天皇の憲法上の大権を制限する主旨の下に、緊急命令は、憲法事項審議会に諮ること
とし、天皇のその他の憲法上の大権事項も帝国議会の協賛を経て行い得ることとす』
と、している。)

ところが、それから70年も経て、歴史に学んで少しは賢くなったはずの現代のわれわれは、
またぞろ、この『非常大権』に似た『緊急事態条項』を、憲法に復活されようとしている
のである。
緊急事態条項については近いうちまた別個に書く。

順序が逆になったが、近衛らの『帝国憲法改正要綱』では、
(ii )一、外国人は自由に対し種々の制限を受けてゐるが外国人も本則として日本臣民と
  同様の取扱ひを受けることを明らかにする。

と言う極めて先見的な条項も付け加えられている。
これはしかし、近衛がGHQの意を汲むのに敏、と言うより生き残りに必死であった
ところから生まれた文言かもしれない。ここでいう『外国人』のイメージに、果たして
日本兵士と同じように亡くなったリ傷病兵となった朝鮮半島などの兵士たち、そして
慰安婦たち、中国・半島からの強制労働者たちなどに対するものが入っていたか
ということは疑問だ・・・
外国人の権利は、現行日本国憲法にさえも文言としては盛り込まれていない。
ただ、憲法が保障する諸権利は、概ね、日本に住む外国人に対しても守られる。
(ことに一応はなっているが、実際はどうだろうか。そうはなっていないことは、
朝鮮半島の人々に対するこれまでの処遇のありようや、例えば、アジアからの
研修生に対する処遇などを見れば、決して日本人同様に保護されているとは言い難い。)

ここで一応断っておくが、私は近衛を評価しているというわけではない。彼が総理として
決断したことが、どれほどの悲劇を国内外にもたらしたか・・・。
ただ、近衛が佐々木惣一らと作ったこの『帝国憲法改正要綱』が、大日本帝国憲法を
振り返るにも、幣原内閣が出した『松本委員会試案』と比べるにも、またマッカーサー・ノート
を語るにも、現行憲法を語るにも、現在の自民党改憲草案を語るにも、そのいずれからも
ちょうど等距離と言うかいい位置にあるので、これをたたき台として憲法を語っている、
だけのことである。

話を戻して。その他の部分の自民党改憲草案はどうなっているだろうか。
先述したように、自民党案では、前文、第3条(国旗及び国歌)、第9条の3(領土等の保全等)
第12条(国民の責務)、第13条(人としての尊重等)、第21条(表現の自由)、
第24条(家族、婚姻等に関する基本原則)、第25条の2(環境保全の責務)、第28条(勤労者の団結権等)、
第29条(財産権)、第92条(地方自治の本旨)、第98条(緊急事態の宣言)、
現行憲法第97条(最高法規)の丸ごと削除、
極めつけは、第102条(憲法尊重擁護義務)の新設
など、いたるところで現行『日本国憲法』で保障された国民の諸権利を、
『公益および公の秩序に反しない限り』と言う文言を加えて制限し、
また新たに『義務』として課す条項を増やすという、とんでもない改悪

が行われようとしているのである。


つまり、この自民党改憲草案に満ち満ちている思想は、『国民の自由、諸権利は、国家の
許す範囲で認められる』という、まるで、大日本帝国憲法に大きく逆戻りするもの
である。
近衛案さえもが、『国民の自由は法律に先行するものである』と明記しているその
1945年の草案よりも、自民党案ははるかに前時代的なものと
なっている
ことを、皆さんに覚えておいて欲しい。

一般に、改憲論をかまびすしく言いたてる人々が『国家』『美しい国』などと
いう言葉で盛んに言い表すものは、無論のこと、実態のある生き物ではない。
要は、『国家権力』を行使しうる立場にある者、つまり政治家、高級官僚、財界人その他
政官経学…一部宗教界もそうか…など社会の中枢の座にある者が、自分の権力を
さらに持続させるために、その価値観や利益に関わる判断を、『国家』という美名で
押しつけているのに過ぎない。

今の政治のあらゆる状況を見ていれば、そのことは明白に見えてくるではないか。




そんな人々のために
今の憲法を、自民党案のような劣悪なものにしたいですか?




美しい国


上下二枚の写真は、琉球新報さん、河北新報さんからそれぞれお借りしました。

これが、権力者のいうところの『美しい国』、の実際である・・・・・・。





美しい国② 




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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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