[キャンドル・ナイト 63』




63回目のキャンドル・ナイト。

毎年、この月のこの日には、『どくだみ』を飾ろう…








029_20160611213801b8a.jpg











心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 







『キャンドル・ナイト 62』



今日も署名集めをして帰る日暮れの空は、驚くほど美しい夕焼けだった。
胸の底に、静かに湧き起る、何やら甘美さをたたえた憂愁…

もうすぐホトトギスが啼くなぁ…

私は、梅雨に入る前のこの季節が本当に好きだ。

だが、家に帰って、夕食の支度をして…そのいつからかわからないが
いつからか、先ほどまでの甘美さをたたえた憂愁は、いつの間にか、苦々しい
腹立ちに入れ替わってしまっていた…

何がきっかけだったのか自分でもわからない。
栃木で子供達が食べたタケノコごはんの給食が、放射性セシウムの基準値の
100ベクレル(それでも、世界の基準からすると信じられないほど高い!)を
大幅に超える234ベクレルもあった、というニュースをネットで見てからか。
なんということ!?…涙が出てくる!…そんなことがあってもいいのか?!
そんなことが、この国ではもう、『普通のこと』『仕方のないこと』になってしまったのか!

そのもっと前、キャンドルを灯していた頃からか…
それとも、夕焼けを見上げた時の一瞬の感動を除き、署名集めをしていたときから
既に苦い腹立ちは胸に巣くっていたのか…。

今日は私は、地元の九条の会の人々と『緊急事態法』の危険についての学習会の
ビラ配りと、安保法廃止の署名を兼ねて街角に声を上げていたのだが、
一人の30代くらいの男性が私に近づいて来て、”Are you Korean?”と、薄笑いを
浮かべながら言い捨てて去っていったのである。
またか!
なんという愚かな…!
見ず知らずの人間に、『韓国人!』あるいは、『朝鮮人!』という言葉を投げつけて、
それで相手がひるむとか傷つく、と思う心のあさましさよ……
それがいったいどうしたというのだ!
仮に"Korean"であったとして何が悪い。

それで自分が偉くでもなるのか!?
そう思うのなら、街を歩きながら、『日本人!』『アメリカ人!』『ロシア人!』『日本人!』
『フランス人!』『エジプト人!』『日本人!』『中国人!』『エチオピア人!』『日本人!』
『トルコ人!』『日本人!』『ブラジル人!』『韓国人!』『日本人!』『フィリピン人!』…
などなどと、すれ違う人々に薄笑い浮かべて言いながら歩きなさい!
さぞかしあなたは立派な、すてきな人間に見えるでしょうし、なれるでしょうよ。
世界に出て行って、それをやってご覧。

…大体私は、今日に始まったことじゃない。ここ数日の北朝鮮報道にもムカついて
いたのだと気づく。
正直言って北朝鮮がいい国だとは思わない。だが、『まあまあ普通』のことも可笑しなこと
のように言いたてる報道のなんと多いことか!
曰く、みんなが一斉に花など持って金正恩国防委員会第一委員長?に向かって
同じ角度に顔を向け花を一斉に掲げる、それを何日もかかって練習していたそんなこと
までを何か、異常さの証拠ででもあるかように言いたてる報道番組。
過去のオリンピック開会式の映像ちょっとみてごらん。そんなこたみんなやってるよ。
みんなで水色のハンカチ胸から出して、自国の貴賓席の前でそれを一斉に掲げるとかさ。
日本の国体だってやってるでしょうが。
報道規制の問題だって、程度こそ違え、日本でもやってることじゃないですか。
福島第一原発事故が起きたときは、はじめの頃、外国人記者団とフリーのジャーナリストは
記者会見場に入れなかった。
今でも、記者クラブの記者会見は、最初から質問者が決められていて、その質問内容も
あらかじめ提出しておかなければならないなどと言うことは、この日本でもしょっちゅう
やっていることじゃないですか。
かつて玄海原発の住民説明会では、九電関係のサクラが用意されていて予定調和の
質問をし、会を自分らの思う方向に持っていこうとした…
もうそんなことはこの日本でもしょっちゅうじゃないですか。株主総会もしかり。

さらに。あえて言うならば、
日本がかつて朝鮮半島でしてきたことを想いなさいよ。
朝鮮半島の苦難の歴史を、この機会に少しでも知ろうとしてみなさいよ。

拉致など悪いことは悪い!
核実験もよくない!(だが、アメリカもフランスもロシアも中国も…やってるけれどもそう叩かれないね)
そういう悪いことと、北朝鮮のなにかもを軽蔑することとは、別問題でしょうが!
人の国を貶めて自分が偉くなるということなどない!
むしろ、他国のここが悪いと思うならば、ひるがえって自分の国はどうなのか、と
考えてみるべきだ。
今の安倍政権になってからの言論の委縮はどうだ?
じわりじわりと進むこの国のジャーナリズムの無力化と、教育の統制…巨大企業の腐敗…
ジャーナリストなら、そっちを心配しなさいよ!

いろんなことに怒ってたんだ、あたし…。


ふ~ぅ……

62回目のキャンドル・ナイト。
心が沈みこむ……。

この国はどうなっていこうとしているのか…。
他国もまた…。

今日は実は、署名集めの方は、いつもに増してすごく反応があったのである。
何も言わないのに向こうから近付いて来て署名してくれる人々…
そのほとんどが、安倍首相と今の政治への憂慮をつぶやきつつ署名していた…
高校生の男の子たちも自分から。




006_2016051121252262c.jpg


今日は、なぜか絶対に、緑色っぽいもので、セットしたい気分だった。
花桃が青い実をつけている。あれをいくつかころん!と置くか。青い楓の葉っぱを
一枝折ってくるか…

いつもペン立てにしているガラスの器にふと目がとまる…。
思いがけず、美しい、五弁の花が咲く。















心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 




『キャンドル・ナイト 61』


うう・・・デジカメから写真を取り込めなくなってしまった・・・

仕方ない・・・
ふと思いついたのは、過去のキャンドル・ナイトのしつらえで、写真を撮りはしたものの
記事には使用しなかったものがある、それを使おうか、と思って、1年前、2年前…の
4月11日の写真を遡って見て行っていたら、こんな写真を見つけた。
2011年4月11日の写真である…
あの東日本大震災から一カ月、の日に撮った写真…

実は、その時が、第1回目のキャンドル・ナイトだったのだが、この時の記事を見てみると、
買ってきたガラスのキャンドルホルダーに、ブロックキャンドルを入れたものを載せている・・・

でも、その他に、こんなしつらえもしてみていたのだったようだ…
どうして、2通りやってみて、こちらはダメだと思ったのか、もう5年前のことを思い出せない…

金属製のドーム型のものの後ろに、小さな亀山ローソクを立てているのだが、この
ドーム状のものが何だったのかも思い出せない…




2011_0411_204719-CIMG6946.jpg


あの日から5年の月日が過ぎて、61回目のキャンドル・ナイト。
5年を一区切りと考えてみるならば、二区切り目の最初の回が今日とも言えようか。

5年前の写真・・・そこに写った小さな使い道のわからない金属製の物・・・
これ。偶然だが、なんとなく原爆ドームに似ていはしないか。

今日、広島をG7の国々の外相たちが訪れた・・・
70年前、広島・長崎に原爆を投下した国アメリカのケリー国務長官も。


先進諸国の外相級の高官たちが、広島を訪れ資料館などを見るのは初めてのことであり、
そういう意味では画期的な出来事ではあった。

だが、核不拡散も核軍縮も…そして原発放棄も・・・一向に進展しない。




あの日から5年の月日が過ぎて、偶然見つけたこのしつらえは、
『何か忘れたことはないか』
      『忘れていいのか』
と、私自身にも、厳しく語りかけてくるような気がしてならない……








心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 




『キャンドル・ナイト 60』




2016_0311_060113-CIMG6087.jpg



・・・5年という月日は、あっという間だった気がする。

何か写真に言葉を添えようと、何度も試みたが、出来ない…

あの大津波と原発事故…あの事実の重さが、いまだに言葉を拒絶する…。



黙って花だけを蝋燭に添えよう。
蝋燭たちを見つめているのは、白いストックの花たちだ。
ストックのむせるように甘い春の香りが、小さな四畳半の部屋にも、私のこころにも
沈潜する……











心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 





『キャンドル・ナイト 59』



59回目のキャンドル・ナイト。


2016_0211_083731-CIMG6032.jpg




今夜も小さな蝋燭を灯す。
後の、ガラスの球体に炎が映り込んで、
何かこう…この世の人とこの世のほか(外)の人とが向かい合っているような…
そんな静かな写真になった……




背景に見えるその球体は、『テンポドロップ』というものだ。



2016_0211_083520-CIMG6028.jpg


テンポドロップは商品名だろうけれど、別名『ストームグラス』とも言う。

ストームグラスは19世紀に航海士等が使用していた天候予測器。
樟脳(クスノキのエキス)やエタノール等をガラス管に密封して作られており、気候の変化に
反応して起きる結晶を観察するものとして、19世紀ヨーロッパで天候の予測に役立てられていた。
ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万マイル』に出てくるノーチラス号の中にも設置されている。
いまだ結晶と天気との関係は科学的に解明されていないが、気温変化によって結晶の様子が
変化する。
嵐が近付いているぞとか、気温が急激に下がりそうだという時に、雪の結晶のような
美しい結晶が生まれる…
今は寒い気候なので、全体に白い細かい結晶が出来ていて、くっきりとした大きな
結晶は見られないが、通常は、白い部分が半分くらいの高さ。


……… 嵐か …


人々の傷は、5年が近づいても癒えることはない…














心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。






  






『キャンドル・ナイト 58』


キャンドル・ナイトも、もうすぐ60回に近づく…
よくまあ、そんなに灯してきたものだ…
自分の感覚ではせいぜい30回くらい、といった感じなのだが。




2016_0111_060323-CIMG5994.jpg



これは、アメリカのパンケーキシロップの空き瓶だ。
120年の歴史を誇る有名なシロップである。
その名は、あのアブラハム・リンカーンに由来する。
彼が、幼時、粗末な丸太小屋(ログ・キャビン)に住んでいたということから、その名を
取ったらしい。
だが。これはメイプル・シロップではなく、コーン・シロップである。

コーン・シロップは…
だが。まあ。ここではそれを言うまい。
瓶の意匠だけを見よう。……丸太小屋を模ってあって可愛い。
瓶の向うにいつもの小さな蝋燭たててみた……


                  ***



今日は、『反安保法制』の集会。
署名集めに行ってきた……
今日も、私に、ではないが、同じ場でビラ配りしていた男性に、一人の中年女性が、
大きな声で、『反日!』とひとこと吐き捨てるように言って去っていくのを少し離れたところから
見た。
見ず知らずの人に、そのような言葉を吐く人間の心…

『反日』とはどういうことであろうか。
自国を憂い自国民を想って、危うい政治に警告を発することが『反日』的行為というのであれば、
それらの人々に『反日!』というような暴言を吐く行為は、いったいなんと表わすつもりなのだろう。
そういうことが『愛国』的行為なのか?
もしそうだというのであれば、『国を愛する』とはずいぶんあさましい姿のもんだ…







心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。






  






『キャンドル・ナイト 57』










2015_1211_065548-CIMG5602.jpg











心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。












『キャンドル・ナイト 56』 


早いなあ。もう11月だ。
あと少しで今年も終わる……

56回目のキャンドル・ナイトだ。


本当にひどい政治がおこなわれているんだが、何事もないかのように世の中は
動いていく…


ふ~ぅ………

ためいきつきつつ、今夜も蝋燭だけはともそう。



2015_1111_212847-CIMG5548.jpg





これは、我が家の庭に咲いた菊の花たち。

裏の川べりで、桜の落ち葉を拾ってきて、菊といっしょに、小さなろうそくの足元を飾る…





2015_1111_204027-CIMG5523.jpg




キャンドル灯し終わった後は、花たちは小さな花器に挿してやる…

『清浄』とでもいうべき微かな菊の香が胸を打つ。










心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。




















『キャンドル・ナイト 55』

もう、55回目のキャンドル・ナイトか……

今日はどういうセッテイングにしようかなぁ…
もう、いろんな花が咲き終わって、これから咲くのは、菊たちだけである。
ホトトギスも秋海棠も終わってしまったし…

でも、先ほど庭に出て見ると、自転車の陰にこんな子が咲いていた。
小さな小さな朝顔。こぼれ種から生えて来たものらしい。
花の直径2.5センチほど。かわいい……

夜まで待つとしぼんでしまうだろうので、夕方4時半、早めにキャンドル
灯してみた……



2015_1011_165511-CIMG5431.jpg



小さな朝顔も、小さなろうそくも、小さいもの同士で喜んでいるように見える。

花…いや、植物ってなんとたくましいのだろう。


昨日だったかな、私は朝方、NHKラジオで、こんな番組聴いた。
『花は咲けども~ある農村フォークグループの40年』

実はこれは、YBC山形放送局 が作り、2014年5月31日に山形放送で放送された
ラジオドキュメンタリーである。
そのドキュメンタリーが、2015年6月に発表された第41回放送文化基金賞の
ラジオ部門の最優秀賞に選ばれた。この賞は優れた放送番組に贈られるもの。
同作品は、同年のギャラクシー賞にも選ばれている。

その山形放送のドキュメンタリーをNHKが再放送したものを私は聴いたわけである。

その、ある農村フォークグループとは、山形で、もう40年も前に結成されたアマチュアの
『影法師』という名のグループ。山形県長井市を中心に、農業をしながら、
おじさん4人組が音楽活動をずうっと続けて来た。
『影法師』とはどんなグループだろうか。影法師のホームページを覗くと、こんな紹介を
自らしている。

田舎に身をおき、仕事を持って、そこで感ずる矛盾や怒りを歌の原動力として、演奏を続けている
日本で唯一無二の『叙事詩派フォークソンググループ』です。」

彼等が活動を始めた1973年というと、あのかぐや姫の大ヒット『神田川』が出た年である。
日本のフォークソングと言うと、『神田川』を典型としてすぐに『抒情的』歌詞が思い浮かぶが、
彼等は唯一無二の『叙事詩派フォークソンググループ』、と名乗るところが、何やら可笑しい。

彼等は、どんな歌を作り、歌うグループであるか…
それは彼等のヒット曲の一つ『白河以北一山百文』という歌の題名に、すでに
その志向、その主張が伺えようというものだ。

『白河以北一山百文』という言葉を皆さんご存じでいらっしゃるだろうか。
『白河』は福島県。東北本線で言うと栃木県宇都宮市と福島県福島市の間、
郡山よりは宇都宮寄り、ほぼ福島県の真ん中南端という辺りに位置する。
かつて奥州三関の一つ白河の関が置かれ、みちのくの玄関口として知られるところだ。
その白河より北は、一山が百文、ってどういうこと?

この言葉は、
「白河の関所より北の土地は、一山で百文にしかならない荒れ地ばかり」という意味。
戊辰戦争の折、新政府軍を率いる薩長土肥側が東北地方を侮蔑揶揄して用いた
表現である。白河が福島の端にあるということは、要するに白河を含む福島県から
北は、そんな値打もない地方だ、ということになる。

そんな侮蔑的表現をされてきた東北地方…
ああ……これを書きながら、私はまた、朝河貫一の父、正澄のことを想う。
二本松藩藩士。戊辰戦争の折、この白河、棚倉、郡山、安子ヶ島、二本松の深堀
と転戦した後、十六~十七歳の少年、隠居老人、戦い方を知らない役人などと
共に二本松で西軍に応戦するが、力及ばず城は落城。
明治政府となった日本。正澄は勉強して小学校教員となり、後の、日本人初のイエール大学
教授、朝河貫一を育てた人である。

私がこれまで書いてきた記事のあれこれが、この歌のタイトル一つに、ぎゅうっと
詰まっている気がした。
福島第一原発事故が無論そう。六ヶ所村がそう。満蒙開拓団がそう。
従軍慰安婦を典型とする貧しい農村地帯の少女たちの問題がそう、TPPも
原発労働者など出稼ぎ問題の労働関係諸問題も、…
沖縄問題だってそう…
これまで取り上げてきたテーマの殆どが、この歌の中に凝縮されている…。


東北人が『白河以北一山百文』というこの言葉を口にする時、そこには、ずうっと
中央から離れているというそれだけのことで、冷遇され続けてきた東北の人々の、
中央に対する反骨の想いを重ねているのだという…。

『河北新報』という、宮城県仙台市青葉区に本社を置く新聞社がある。
『河北』の名は、この「白一山百文」に由る。
明治維新以来、賊軍として軽視されてきた東北の歴史とともに、屈辱を忘れまい
とする 東北人の反骨の意思が込められているのだという。
東日本大震災以降、私はこの新聞社の記事を注目して見てきた…。
また、岩手県出身の日本の第19代内閣総理大臣、原敬は、雅号を「一山」と名乗ったが、
この『一山』もまた、『白河以北一山百文』の語から取ったもの。


さあ。影法師による『白河以北一山百文』という歌を聴いてください。





全編、批判の意味も込めて、山形県長井弁で歌われている。
一部歌詞を紹介しよう。

ゴミだて原発だて おめだのもんだも
そっちで何とが すんながスジだべ
ゴミにまみっちぇ 生きてみんだ
原発背負って 暮らしてみんだ


このように、山形の地に根ざして生きていきながら、中央と東北とのことごとくの
差別や不公平などを、このようにユーモラスに皮肉って歌っていた影法師であるが、
2011年3月。東日本大震災を経験する。

また彼ら自身の紹介文を引用しよう。
『3.11による原発事故が起き、私たちは首都圏と地方の関係、特に原発を
テーマに歌いながらこのような悲惨な状況を迎えてしまった事への無力感、
脱力感に襲われておりました。そして、忌まわしい事故から3年近くが過ぎ、
解決の糸口すら見いだせていないのに、世の中の流れは原発事故を忘れて
しまったような雰囲気が様々な手法で醸し出されています。
このような現状に私たちは「花は咲けども」という歌を作り歌い始めました。
原発事故によって故郷を追われた人たちの心、首都圏と地方の関係をテーマ
にしたこの歌を聞いた方々から共感の声を多数いただきました。』


あっさりと書いてある。
だが、ラジオドキュメンタリーは、もう少し深く彼等の内面の葛藤に迫る。
『白河以北一山百文』という歌の歌詞に見る通り、原発事故前から、原発が
抱える差別構造の矛盾を、歌い続けていた彼らであるが、あの2011年3月11日以降、
歌が歌えなくなってしまったのだという…新しい歌の歌詞も書けなくなってしまったという…

ああ……わかるなあ……
私もそうだった…。
言葉というものが出てこなかった…。音楽さえも、歌詞のあるものがいやで
聴きたくなかった……
多くの人が同じ想いに打ちのめされていたのではなかったろうか…

2年くらいしてから、と言っていたかな…
彼等は福島県飯館村と浪江町を歩いてみた。
そして、原発で被災した町や村というものは、なんとも言えないむなしい
想いの残るものだと実感する。

3.11があって後、テレビでは連日、被災地の人々を励ますための歌、
『花は咲く』が流されていた…
あの歌はメロデイも綺麗だし、被災地の人々をなんとか励まそうと作られた歌。
その歌を認めながらも、彼等は何か違和感を感じたという。とりわけその
アニメヴァージョンの映像に。
アニメで美しい花が咲いているところで、子供たちが遊んでいる図。
「これは本当のことではない!」と、彼等は思う。

福島の現実を、映した歌は作れないものか…

この、誰一人いない町や村に花は咲き誇っているけれども、そこで遊ぶ子供たちなど
居はしない。誰一人、いないのである!

そこまでラジオを聞いたとき、私は、もしかして彼等は、富岡町『夜ノ森』の桜を
ひょっとして見たのではないか、とふと思った。
『 キャンドル・ナイト 49』の記事でご紹介したことのある、この見事な桜を。
誰一人見てくれる人もない桜を。







続けて聴くと、やはりそうだった…福島第一原発周辺の土地の花という花が
見る人もなく春になると咲くのだけれど、あの夜ノ森の桜が彼等のこころを
とりわけ強く打ったのだ。

だが…。彼等は悩む。山形の自分たちが…即ち、外部の人間である自分たちに、
あの福島の現状を歌う歌を作り歌う資格などあるのか!と。
けれども、山形県長井市にも、福島から逃れて来ている人々がいた。
彼等はその人々に自分たちの深い疑問を訊ねてみた。
その中の一人の女性は、『聴きたい!』と言ってくれた。また、福島の海辺近くの
街で漁師をしていた男性は、歌を聞いた後、『ぜひこれを福島で歌ってくれ!』と
言った。
福島の人々に話を聞き、その実情を知れば知るほど、『もう福島の人々はなにも
語れる状況にないのだ』ということを彼等は知って行く。
避難する人と子供を連れて避難したくてもさまざまな事情から避難できない人々…
賠償金を町の境界線一つの差で受けられる人受けられない人…
その額の多い人少ない人…
そうした生々しい現実が複雑に絡み合ってごちゃごちゃに縺れて…
福島の人々自身は、何かを語れる状態ではもうなくなっている現実を彼等は知る。

『それなら、外部の人間である自分たちが、例え僭越と知りつつではあっても、
代わりに歌うしかないじゃないか!』、と、彼等は思うに至る…

そうして…。
福島の想いを忘れないでくれ。東京の電気を作るため、自分たちは少しも
使いもしない電気を作るために福島第一原発を引き受け、その事故により
故郷の大地を穢されてしまった福島の怒りと悲しみを、東京の人々はどう考えるのか!
と訴える彼等の歌は、地味な動きながら、今少しずつ全国に広がろうとしている…


聴いてください。.『花は咲けども』。










心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。





















『キャンドル・ナイト 54』



54回目のキャンドル・ナイト。



ただ、蝋燭に想いを託す。


2015_0911_190716-CIMG4993.jpg






どうしてこんなにたくさんの悲しみがあるのであろう…



やっちゃんさんの記事。
http://taniguchi11.blog.fc2.com/blog-entry-549.html





心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
















『キャンドル・ナイト 53』

53回目のキャンドル・ナイト。

2015年8月11日。川内原発1号機の制御棒が引き抜かれ、再稼働した。
これを書いている夜10時。……あと1時間もすれば、臨界に達するであろう。

深い怒りと悲しみ…。



何なのだ!この国は!

あれほどの過酷事故…福島第一原発事故を経験しながら。
その後の福島の人々の苦悩を知っていながら。

福島の被災者の一部家族の方々にとっては、月命日である11日をわざと選んで再稼働したのか?!

なんだか、もう、…反吐が出そうだ!
あれやこれやのあまりの愚かしさに!

私はもう、再稼働を歓迎した地元の一部の人々にも、これからは一切、斟酌などしない!

今夜はろうそくを灯すのに、いつものような優しい花々の設えさえ施したくない。



2015_0811_220501-CIMG4951.jpg



とても…悲しい…











心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。

















『キャンドル・ナイト 52』

…ああ!…もう、7月かあ!……
月日が巡るのの速いこと!……

50…52回めのキャンドル・ナイトだ。

とても悲しい。

この4年間。あの東日本大震災や福島第一原発事故は、いったい、起こらなかったとでも
いいたいのか。
新・国立競技場に2520億円。それだけあったら、どんなにかいろいろなことが
出来るだろうに。
一度進み出したら、だれも止められない止めようとしないただ突き進み、
大きな大きな破たんや悲劇を生んでも、だれも責任を取らないというのが日本の体質だ。
あの侵略と戦争もそうだった…
この国の体質はちっとも変わっていない…

また、今宵だけは、心静かに小さなろうそく灯そうか。



2015_0711_215838-CIMG4818.jpg



立派に育ったカイヅカイブキや八つ手や南天をかわいそうだが泣く泣く伐って、
がらんと寂しくなった庭に、4月からせっせといろんな低木や草花を植えた。
日当たりが悪いからとて植えることをあきらめてこれまで来たが、試みにダリアも植えてみた。
もともと中輪咲きの種類ではあるけれど、やはり日当たりが足りないか、そう大きな花は
咲かないが、それでも我が家のダリア1号だ。
カクタス咲きの白い花は、花のさしわたし14センチほど。
数日来の雨に打たれて、頑張って裏庭にひっそり一人咲いていたが、もうすぐ花も
散りそうなので、家の中に連れて来た。

小さな、ろうそくと、お話でもしているようでしょう…




心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。












『キャンドル・ナイト 51』

ああ…
スポンサー・サイトが表示されてしまった…


どくだみ荘には、今、いつものこの季節のように、どくだみの白い花が咲いている。
51回目のキャンドル・ナイト。
また、今年の6月も、どくだみの花を摘んできて、小さなろうそくに添えよう。



2015_0611_211339-CIMG4585.jpg







2015_0611_184458-CIMG4581.jpg





どくだみを挿した器は、カワセミをかたどった香合の、底の部分だ。
可愛いでしょう。






                   2015_0611_212039-CIMG4590.jpg




カワセミの美しい色を持たない子。
せめて涼しげな笹模様の絽の生地の上に置いてみる。



ずいぶん、ぷく~っと黙り込んでいたものだけれど、今怒らないでいつ怒る。
今日からまた、記事書いていきます。










心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。







『キャンドル・ナイト 50』

50回目のキャンドルナイトだ。

…自分でもよく続けて来たものだなあと思う。


風邪をひいて熱と身体の節々の痛みでダウン。
ひたすら眠っていたが、キャンドル・ナイトの写真だけはとりあえずアップしておこうと思って、
庭の紫陽花の鉢から、花びらを一つ…いや、これは萼なのだな、萼を一ひら頂戴して、
小さな器に活けた。
紫色に見えるが、実際の色は、もう少し青みが強い。



2015_0511_223343-CIMG4418.jpg



下に敷いているのは、繊細なレース模様のようなものが織りだされている白い厚手木綿の布だ。
梅雨寒の頃に羽織る一重のジャケットでも縫おうかと思って買ってあるが、いまだに
仕立てずにいる。
紫陽花は、花が終わったら地植えにしてやろうと思っている。

母の日にクレマチスの鉢植えを貰った。
大輪の八重咲きの花。 これも青紫色だ。
『キリ・テ・カナワ』と名付けられたクレマチス。
キリ・テ・カナワはニュージーランド出身の名ソプラノ。まさに名花である。


震災から4年と2か月…。
さまざまな複雑な想いや怒りはまだ消えぬ。
だが、だんだんそれを言葉にするのが難しくなっていく……。
今回のキャンドル・ナイトは、ひたすらキリ・テ・カナワのこの美しい歌声を聴いてもらおうか…







セルゲイ・ラフマニノフ『ヴォカリーズ』Op.34 No.14。
スティーブン・バーロウ指揮。ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団。1994年。ロンドン。











心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。









『キャンドル・ナイト 49』

夜ノ森。
『よのもり』と読む。
夜ノ森(よのもり)とは、福島県浜通りの中部、富岡町と大熊町の境に位置する
森林地帯である。
『夜ノ森』という、字面だけからすると何やら寂しげなこの地名は、そこが北の「相馬氏」と、
南の「岩城氏」が領有権を争った境界に位置し、それぞれが領有を主張し『余(=我)の森』
と言ったという歴史上の言い伝えに由来したものだという。
4年前の3月、福島第一原発事故が起きたことにより、原発から約7キロほどに位置する
夜ノ森一帯は、警戒区域となり、立ち入りが出来なくなってしまった。
富岡町夜の森公園は桜の名所として有名だった。
ここの桜の歴史は、戊辰戦争後の1900年、旧中村藩士の息子である半谷清寿が、
農村開発の着手を期して桜の木を植えたことに始まった。樹齢100年を超えた
ソメイヨシノを含め、約1500本の桜並木が2,2キロにわたって見事な長い桜のトンネルを形成している。
2013年3月の避難区域再編により南側の300メートルのみが日中立ち入り可能と
なって、今は一部で桜を観賞することも可能となってはいるが、大半はまだ
高線量の帰還困難区域である。
桜並木はバリケードで南北に分断されており、3.11後も桜は毎年見事に咲くが、
かつてそれを愛でていた住民たちは、あちこちに避難生活を余儀なくされて、
桜を見に訪れる人はほぼいない……家々は昔のまま、そこにあるのに
元気に遊ぶ子供たちの声はなく、ヒヨドリやうぐいすなどの鳴き声だけがする街…

30分近い映像だけれど、一緒に歩いてみてください。
桜の美しさと人気のない街がそれほど長く続くという、その対比に、理不尽への怒りと
深い悲しみが徐々にこみ上げてきます…





訪れる人もなくひそかに咲く1500本もの桜…
ただでさえこの世ならず美しい夜の桜は、人っ子ひとりいない夜ノ森で、どれほど
臈長けて美しくも寂しく、これから長い月日をひそかに咲いて行くのだろう…

国は、この地点を重点的に除染していくと言っているらしいが。





                     ***


2015_0411_232718-CIMG4149.jpg


今夜も、静かに小さなろうそくを灯す。
今日の器は、桜色のリキュールグラスだ。

ひとが皆、桜を愛でる春。
屈託を表に出せず、ただぐっと飲み込む被災地の方々…

この上なく美しい夜ノ森の桜並木から住民を立ち去らせたのは誰だ!!!

 









                       
心ひとつに キャンドルナイト







南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。












『キャンドル・ナイト 48』

48回目のキャンドル・ナイト。
今日で、あの日からちょうど4年です。

テレビでもラジオでも、朝からいろんな切り口で特集が組まれていました。

それらの報道から一つ共通して窺えることは、同じ東日本大震災の被災者といっても、
人によって、その置かれた状況によって、生活の復興の程度や、気持の上での立ち直りの
程度に、どんどん差が出来てきているということではないでしょうか…。

希望の火を明るくかき立てて、既に未来に向かって歩き始めたひとたち…
細い一筋の明かりさえ見えず、仮設住宅などにじっとうずくまっているかたがた…

硬直した上から目線の復興計画でない、おひとりひとりの実態と希望に即した支援と見守りが、
ますます必要になってくるように思います。

私には、声の出せない方々に代わって、怒りの記事を書くくらいのことしか出来ない…
その怒りの声さえ、せめてもの願いと政治とのあまりの情けない乖離に、このごろは
力なく呑み込んでしまうことが多いです…

それでも。
今夜もキャンドルを灯しましょう。

今、我が家の梅が満開です。
昼間、伸びた一枝を切ってきて、玄関と居間と、自分のこのパソコンの横の
ベンチチェストにいつものように飾りました。
素晴らしい香気が、玄関を入った途端に漂ってきます。この部屋にも。今。


2015_0311_211334-CIMG3919.jpg



今年もまた、こぼれ落ちた花を拾って、蝋燭のまわりに並べてみます…



2015_0311_225045-CIMG3938.jpg



亡くなられたかたがたの無念を想い、
残されたかたがたのこころの傷が、やわらかく癒えていくことを願って。
一人ぽっちで悲しみに沈んでいらっしゃるかたに、とりわけ、
この小さなろうそくの明かりと梅の花の香よ届いておくれ、と願いつつ。







                       
心ひとつに キャンドルナイト







南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。












『キャンドル・ナイト 47』

47回目のキャンドル・ナイトだ。
回を重ねるごとに、悲しみが深くなっていくのはどうしてなのだろう。

どうしてこうなるのだ?!

願う方と反対の方へ方へと国が突き進んで行くのは。


溜息つきつつ今日も小さなろうそくを灯す。


2015_0211_203011-CIMG3830.jpg




小さな陶器の皿に水を張り、正月から生き続けている水仙の花を活ける。
さすがにもう元気がないので、短く切って挿してやった。
これであと一週間は生き続けるだろう…

活けてから4時間たったが、切り戻してやったせいで、心なしか、元気を取り戻したようだ。
6つの顔が、今、これを書く私の方を見つめている…

もう少し…もうすこし、一緒にいようね。

まだ残る清冽な香り…














                       
心ひとつに キャンドルナイト







南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。











『キャンドル・ナイト 46』  

ああ…もう…46回も、ろうそくを灯し続けて来たんだなあ…
自分でその回数に驚く…
こんなに続けることになろうとは自分でも思っていなかった。

続けてこられたのには、この、小さなろうそくの力もあったような気がする。
カメヤマローソク『豆ダルマ』。



2015_0112_150003-CIMG3825.jpg


一箱の中に、長さ5センチほどの小さなろうそくが90本。
東日本大震災で、東京電力の管内で計画停電が行われることになって、
でも家には古い蝋燭が1本しかなかった。
ラジオを聴くための電池もなかった。
それを言ったら、娘たちが、3月15日、あちこちを歩き回ってこの小さなろうそく一箱と、
電池を見つけて買ってきてくれたのだ。
…しかし、その3月15日午前10~11時ごろというのは、東京で最も放射線量が
上がった時なのだということが後でわかった。

ああ!私としたことが!不用意に、ろうそくと電池がない、などと言ったばかりに!
若い二人の体に、何がしかの被曝をさせてしまったのである!

あの前後の頃の悲しさと言ったら……
被災地のかたがたの悲しみに比ぶうべくもないけれども、人間の力を超える自然の
脅威への恐怖と、…そして人知によって避けようと思えば避けられたであろう事故の
ついに起きてしまったことへの怒りと虚しさと…

もうすぐ4年になるのだが、あの悲しみを忘れるということはあり得ない…

小さなろうそくは、その私のこころを知っていてくれるのだ。

いろんなセッティングをしてきたけれど、今月は、こんな変わった趣向にしてみた…



2015_0111_224338-CIMG3800.jpg



中国風の小さなテーブルといすのセット。
うす青い磁器。
一個所欠けたところを金継ぎしてある。





2015_0112_145122-CIMG3818.jpg



冬の午後の日差しの中で・・・







                       
心ひとつに キャンドルナイト







南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。













『キャンドル・ナイト 45』

3年9カ月前まで、『まさか、あり得ないだろう…』と思っていたことが、起きてしまった。

2年前まで、そんな方法があるとは、思ってもみなかった方法で、壁に穴が開けられてしまった。
2年前まで、『それは今回もなんとか廃案になるだろう…』と思っていたことが、施行されてしまった。
2年後。私たちは、
『2年前までは、まさかそれは阻止できるだろうと思ってたのにね』と言って嘆いているのだろうか。

嘆きは深い…
どこまでも深い…

だが、この火だけは、今夜も灯そう。
今夜から、絶対に改憲などさせない!という意志も、この蝋燭に託す。



2014_1211_230721-CIMG3504.jpg



この、白い実は、南京櫨(ナンキンハゼ)だ。


11月末の雨の日。 上野に行った。
そこで、河北秀也氏の展覧会をやっていたからで。
河北秀也氏。『いいちこ』のアート・ディレクター。
私は、『いいちこ』のポスターが昔っから大好きで。
カメラマンの浅井慎平さんがとてもとても好きなのだ。
『いいちこ』の、コピーもまた大好きなのだ。 
コピーライター、野口武さん、
デザイナー、土田康之さん。

もうずうっと、買い物と病院以外の外出していなかった……
1年ぶり…かなぁ。とにかく久しぶりの外出だ。

大人が、本気になって仕事をすると、こんなにも見事な、こんなに美しいものが生まれる…
政治のことでささくれだった心が、ほうっと安堵のため息をつく…。

美術館を出る。
11月の冷たい雨に、南京櫨の美しい葉や枝が散っていた。
なんと見事な色調だろう…そうぼんやり歩いていたら、
目ざとい娘が、実のついた枝を拾ってくれた。





2014_1127_090336-CIMG3474.jpg


拾って来た日には、もっと鮮やかだったのだけれど。


未来を信じて。
この実を植えてみようか、と思う。








                       
心ひとつに キャンドルナイト







南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。












『キャンドル・ナイト 44』

2014_1111_161457-CIMG3328.jpg



柿の葉と、柿の…実?




2014_1111_221742-CIMG3356.jpg



これ。小さな調味料入れです。
娘が旅行のみやげに買ってきてくれた。

昔…私が子供だったころ、…家にこのような柿の実をかたどった器がありました。
これよりは二まわりほども大きく、おつけものなどを入れて食卓に出されていたと思います。
私はその器がとても好きだった。
でも、家が瓦解して、引っ越しを何回も重ねたりしているうちに、母が好きで集めた
このような器類もすこしづつなくなっていってしまいました。…もう何十年も昔のこと。

そのことをいつか話したら、娘が覚えていて、数年前…京都だったかな、旅行に行った時に
買ってきてくれたのです。

今夜は、この小さな器に、いつもの亀山ろうそくを立ててみましょうか……









2014_1111_212058-CIMG3347.jpg



日本を取り巻く状況が厳しくなっていっています…

感情論で国を動かしていってはいけません…
明晰で公正な歴史認識と、シビアな現実認識と、未来への責任感が必要だと思う。

いろいろ想うことは多いけれど、今夜はろうそくの炎を見つめているだけにします。


                  ***






                  【追記】


お許しが出た?ので、NANTEIさんのところから、短歌と句を拝借させていただきたいと思います。
言葉の出ない我が身に、あまりにもこの歌と句がしんみりと素直にこころに沁みたので。




喉元に三年の余も刺さりたるBqといふ透明の骨

                                       (南)

この土に疑念あるとも大根引く

                                       (南)










                       
心ひとつに キャンドルナイト







南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。












プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2018/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード