『キャンドル・ナイト 58』


キャンドル・ナイトも、もうすぐ60回に近づく…
よくまあ、そんなに灯してきたものだ…
自分の感覚ではせいぜい30回くらい、といった感じなのだが。




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これは、アメリカのパンケーキシロップの空き瓶だ。
120年の歴史を誇る有名なシロップである。
その名は、あのアブラハム・リンカーンに由来する。
彼が、幼時、粗末な丸太小屋(ログ・キャビン)に住んでいたということから、その名を
取ったらしい。
だが。これはメイプル・シロップではなく、コーン・シロップである。

コーン・シロップは…
だが。まあ。ここではそれを言うまい。
瓶の意匠だけを見よう。……丸太小屋を模ってあって可愛い。
瓶の向うにいつもの小さな蝋燭たててみた……


                  ***



今日は、『反安保法制』の集会。
署名集めに行ってきた……
今日も、私に、ではないが、同じ場でビラ配りしていた男性に、一人の中年女性が、
大きな声で、『反日!』とひとこと吐き捨てるように言って去っていくのを少し離れたところから
見た。
見ず知らずの人に、そのような言葉を吐く人間の心…

『反日』とはどういうことであろうか。
自国を憂い自国民を想って、危うい政治に警告を発することが『反日』的行為というのであれば、
それらの人々に『反日!』というような暴言を吐く行為は、いったいなんと表わすつもりなのだろう。
そういうことが『愛国』的行為なのか?
もしそうだというのであれば、『国を愛する』とはずいぶんあさましい姿のもんだ…







心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 57』










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『キャンドル・ナイト 56』 


早いなあ。もう11月だ。
あと少しで今年も終わる……

56回目のキャンドル・ナイトだ。


本当にひどい政治がおこなわれているんだが、何事もないかのように世の中は
動いていく…


ふ~ぅ………

ためいきつきつつ、今夜も蝋燭だけはともそう。



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これは、我が家の庭に咲いた菊の花たち。

裏の川べりで、桜の落ち葉を拾ってきて、菊といっしょに、小さなろうそくの足元を飾る…





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キャンドル灯し終わった後は、花たちは小さな花器に挿してやる…

『清浄』とでもいうべき微かな菊の香が胸を打つ。










心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 55』

もう、55回目のキャンドル・ナイトか……

今日はどういうセッテイングにしようかなぁ…
もう、いろんな花が咲き終わって、これから咲くのは、菊たちだけである。
ホトトギスも秋海棠も終わってしまったし…

でも、先ほど庭に出て見ると、自転車の陰にこんな子が咲いていた。
小さな小さな朝顔。こぼれ種から生えて来たものらしい。
花の直径2.5センチほど。かわいい……

夜まで待つとしぼんでしまうだろうので、夕方4時半、早めにキャンドル
灯してみた……



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小さな朝顔も、小さなろうそくも、小さいもの同士で喜んでいるように見える。

花…いや、植物ってなんとたくましいのだろう。


昨日だったかな、私は朝方、NHKラジオで、こんな番組聴いた。
『花は咲けども~ある農村フォークグループの40年』

実はこれは、YBC山形放送局 が作り、2014年5月31日に山形放送で放送された
ラジオドキュメンタリーである。
そのドキュメンタリーが、2015年6月に発表された第41回放送文化基金賞の
ラジオ部門の最優秀賞に選ばれた。この賞は優れた放送番組に贈られるもの。
同作品は、同年のギャラクシー賞にも選ばれている。

その山形放送のドキュメンタリーをNHKが再放送したものを私は聴いたわけである。

その、ある農村フォークグループとは、山形で、もう40年も前に結成されたアマチュアの
『影法師』という名のグループ。山形県長井市を中心に、農業をしながら、
おじさん4人組が音楽活動をずうっと続けて来た。
『影法師』とはどんなグループだろうか。影法師のホームページを覗くと、こんな紹介を
自らしている。

田舎に身をおき、仕事を持って、そこで感ずる矛盾や怒りを歌の原動力として、演奏を続けている
日本で唯一無二の『叙事詩派フォークソンググループ』です。」

彼等が活動を始めた1973年というと、あのかぐや姫の大ヒット『神田川』が出た年である。
日本のフォークソングと言うと、『神田川』を典型としてすぐに『抒情的』歌詞が思い浮かぶが、
彼等は唯一無二の『叙事詩派フォークソンググループ』、と名乗るところが、何やら可笑しい。

彼等は、どんな歌を作り、歌うグループであるか…
それは彼等のヒット曲の一つ『白河以北一山百文』という歌の題名に、すでに
その志向、その主張が伺えようというものだ。

『白河以北一山百文』という言葉を皆さんご存じでいらっしゃるだろうか。
『白河』は福島県。東北本線で言うと栃木県宇都宮市と福島県福島市の間、
郡山よりは宇都宮寄り、ほぼ福島県の真ん中南端という辺りに位置する。
かつて奥州三関の一つ白河の関が置かれ、みちのくの玄関口として知られるところだ。
その白河より北は、一山が百文、ってどういうこと?

この言葉は、
「白河の関所より北の土地は、一山で百文にしかならない荒れ地ばかり」という意味。
戊辰戦争の折、新政府軍を率いる薩長土肥側が東北地方を侮蔑揶揄して用いた
表現である。白河が福島の端にあるということは、要するに白河を含む福島県から
北は、そんな値打もない地方だ、ということになる。

そんな侮蔑的表現をされてきた東北地方…
ああ……これを書きながら、私はまた、朝河貫一の父、正澄のことを想う。
二本松藩藩士。戊辰戦争の折、この白河、棚倉、郡山、安子ヶ島、二本松の深堀
と転戦した後、十六~十七歳の少年、隠居老人、戦い方を知らない役人などと
共に二本松で西軍に応戦するが、力及ばず城は落城。
明治政府となった日本。正澄は勉強して小学校教員となり、後の、日本人初のイエール大学
教授、朝河貫一を育てた人である。

私がこれまで書いてきた記事のあれこれが、この歌のタイトル一つに、ぎゅうっと
詰まっている気がした。
福島第一原発事故が無論そう。六ヶ所村がそう。満蒙開拓団がそう。
従軍慰安婦を典型とする貧しい農村地帯の少女たちの問題がそう、TPPも
原発労働者など出稼ぎ問題の労働関係諸問題も、…
沖縄問題だってそう…
これまで取り上げてきたテーマの殆どが、この歌の中に凝縮されている…。


東北人が『白河以北一山百文』というこの言葉を口にする時、そこには、ずうっと
中央から離れているというそれだけのことで、冷遇され続けてきた東北の人々の、
中央に対する反骨の想いを重ねているのだという…。

『河北新報』という、宮城県仙台市青葉区に本社を置く新聞社がある。
『河北』の名は、この「白一山百文」に由る。
明治維新以来、賊軍として軽視されてきた東北の歴史とともに、屈辱を忘れまい
とする 東北人の反骨の意思が込められているのだという。
東日本大震災以降、私はこの新聞社の記事を注目して見てきた…。
また、岩手県出身の日本の第19代内閣総理大臣、原敬は、雅号を「一山」と名乗ったが、
この『一山』もまた、『白河以北一山百文』の語から取ったもの。


さあ。影法師による『白河以北一山百文』という歌を聴いてください。





全編、批判の意味も込めて、山形県長井弁で歌われている。
一部歌詞を紹介しよう。

ゴミだて原発だて おめだのもんだも
そっちで何とが すんながスジだべ
ゴミにまみっちぇ 生きてみんだ
原発背負って 暮らしてみんだ


このように、山形の地に根ざして生きていきながら、中央と東北とのことごとくの
差別や不公平などを、このようにユーモラスに皮肉って歌っていた影法師であるが、
2011年3月。東日本大震災を経験する。

また彼ら自身の紹介文を引用しよう。
『3.11による原発事故が起き、私たちは首都圏と地方の関係、特に原発を
テーマに歌いながらこのような悲惨な状況を迎えてしまった事への無力感、
脱力感に襲われておりました。そして、忌まわしい事故から3年近くが過ぎ、
解決の糸口すら見いだせていないのに、世の中の流れは原発事故を忘れて
しまったような雰囲気が様々な手法で醸し出されています。
このような現状に私たちは「花は咲けども」という歌を作り歌い始めました。
原発事故によって故郷を追われた人たちの心、首都圏と地方の関係をテーマ
にしたこの歌を聞いた方々から共感の声を多数いただきました。』


あっさりと書いてある。
だが、ラジオドキュメンタリーは、もう少し深く彼等の内面の葛藤に迫る。
『白河以北一山百文』という歌の歌詞に見る通り、原発事故前から、原発が
抱える差別構造の矛盾を、歌い続けていた彼らであるが、あの2011年3月11日以降、
歌が歌えなくなってしまったのだという…新しい歌の歌詞も書けなくなってしまったという…

ああ……わかるなあ……
私もそうだった…。
言葉というものが出てこなかった…。音楽さえも、歌詞のあるものがいやで
聴きたくなかった……
多くの人が同じ想いに打ちのめされていたのではなかったろうか…

2年くらいしてから、と言っていたかな…
彼等は福島県飯館村と浪江町を歩いてみた。
そして、原発で被災した町や村というものは、なんとも言えないむなしい
想いの残るものだと実感する。

3.11があって後、テレビでは連日、被災地の人々を励ますための歌、
『花は咲く』が流されていた…
あの歌はメロデイも綺麗だし、被災地の人々をなんとか励まそうと作られた歌。
その歌を認めながらも、彼等は何か違和感を感じたという。とりわけその
アニメヴァージョンの映像に。
アニメで美しい花が咲いているところで、子供たちが遊んでいる図。
「これは本当のことではない!」と、彼等は思う。

福島の現実を、映した歌は作れないものか…

この、誰一人いない町や村に花は咲き誇っているけれども、そこで遊ぶ子供たちなど
居はしない。誰一人、いないのである!

そこまでラジオを聞いたとき、私は、もしかして彼等は、富岡町『夜ノ森』の桜を
ひょっとして見たのではないか、とふと思った。
『 キャンドル・ナイト 49』の記事でご紹介したことのある、この見事な桜を。
誰一人見てくれる人もない桜を。







続けて聴くと、やはりそうだった…福島第一原発周辺の土地の花という花が
見る人もなく春になると咲くのだけれど、あの夜ノ森の桜が彼等のこころを
とりわけ強く打ったのだ。

だが…。彼等は悩む。山形の自分たちが…即ち、外部の人間である自分たちに、
あの福島の現状を歌う歌を作り歌う資格などあるのか!と。
けれども、山形県長井市にも、福島から逃れて来ている人々がいた。
彼等はその人々に自分たちの深い疑問を訊ねてみた。
その中の一人の女性は、『聴きたい!』と言ってくれた。また、福島の海辺近くの
街で漁師をしていた男性は、歌を聞いた後、『ぜひこれを福島で歌ってくれ!』と
言った。
福島の人々に話を聞き、その実情を知れば知るほど、『もう福島の人々はなにも
語れる状況にないのだ』ということを彼等は知って行く。
避難する人と子供を連れて避難したくてもさまざまな事情から避難できない人々…
賠償金を町の境界線一つの差で受けられる人受けられない人…
その額の多い人少ない人…
そうした生々しい現実が複雑に絡み合ってごちゃごちゃに縺れて…
福島の人々自身は、何かを語れる状態ではもうなくなっている現実を彼等は知る。

『それなら、外部の人間である自分たちが、例え僭越と知りつつではあっても、
代わりに歌うしかないじゃないか!』、と、彼等は思うに至る…

そうして…。
福島の想いを忘れないでくれ。東京の電気を作るため、自分たちは少しも
使いもしない電気を作るために福島第一原発を引き受け、その事故により
故郷の大地を穢されてしまった福島の怒りと悲しみを、東京の人々はどう考えるのか!
と訴える彼等の歌は、地味な動きながら、今少しずつ全国に広がろうとしている…


聴いてください。.『花は咲けども』。










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『キャンドル・ナイト 54』



54回目のキャンドル・ナイト。



ただ、蝋燭に想いを託す。


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どうしてこんなにたくさんの悲しみがあるのであろう…



やっちゃんさんの記事。
http://taniguchi11.blog.fc2.com/blog-entry-549.html





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『キャンドル・ナイト 53』

53回目のキャンドル・ナイト。

2015年8月11日。川内原発1号機の制御棒が引き抜かれ、再稼働した。
これを書いている夜10時。……あと1時間もすれば、臨界に達するであろう。

深い怒りと悲しみ…。



何なのだ!この国は!

あれほどの過酷事故…福島第一原発事故を経験しながら。
その後の福島の人々の苦悩を知っていながら。

福島の被災者の一部家族の方々にとっては、月命日である11日をわざと選んで再稼働したのか?!

なんだか、もう、…反吐が出そうだ!
あれやこれやのあまりの愚かしさに!

私はもう、再稼働を歓迎した地元の一部の人々にも、これからは一切、斟酌などしない!

今夜はろうそくを灯すのに、いつものような優しい花々の設えさえ施したくない。



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とても…悲しい…











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『キャンドル・ナイト 52』

…ああ!…もう、7月かあ!……
月日が巡るのの速いこと!……

50…52回めのキャンドル・ナイトだ。

とても悲しい。

この4年間。あの東日本大震災や福島第一原発事故は、いったい、起こらなかったとでも
いいたいのか。
新・国立競技場に2520億円。それだけあったら、どんなにかいろいろなことが
出来るだろうに。
一度進み出したら、だれも止められない止めようとしないただ突き進み、
大きな大きな破たんや悲劇を生んでも、だれも責任を取らないというのが日本の体質だ。
あの侵略と戦争もそうだった…
この国の体質はちっとも変わっていない…

また、今宵だけは、心静かに小さなろうそく灯そうか。



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立派に育ったカイヅカイブキや八つ手や南天をかわいそうだが泣く泣く伐って、
がらんと寂しくなった庭に、4月からせっせといろんな低木や草花を植えた。
日当たりが悪いからとて植えることをあきらめてこれまで来たが、試みにダリアも植えてみた。
もともと中輪咲きの種類ではあるけれど、やはり日当たりが足りないか、そう大きな花は
咲かないが、それでも我が家のダリア1号だ。
カクタス咲きの白い花は、花のさしわたし14センチほど。
数日来の雨に打たれて、頑張って裏庭にひっそり一人咲いていたが、もうすぐ花も
散りそうなので、家の中に連れて来た。

小さな、ろうそくと、お話でもしているようでしょう…




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『キャンドル・ナイト 51』

ああ…
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どくだみ荘には、今、いつものこの季節のように、どくだみの白い花が咲いている。
51回目のキャンドル・ナイト。
また、今年の6月も、どくだみの花を摘んできて、小さなろうそくに添えよう。



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どくだみを挿した器は、カワセミをかたどった香合の、底の部分だ。
可愛いでしょう。






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カワセミの美しい色を持たない子。
せめて涼しげな笹模様の絽の生地の上に置いてみる。



ずいぶん、ぷく~っと黙り込んでいたものだけれど、今怒らないでいつ怒る。
今日からまた、記事書いていきます。










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『キャンドル・ナイト 50』

50回目のキャンドルナイトだ。

…自分でもよく続けて来たものだなあと思う。


風邪をひいて熱と身体の節々の痛みでダウン。
ひたすら眠っていたが、キャンドル・ナイトの写真だけはとりあえずアップしておこうと思って、
庭の紫陽花の鉢から、花びらを一つ…いや、これは萼なのだな、萼を一ひら頂戴して、
小さな器に活けた。
紫色に見えるが、実際の色は、もう少し青みが強い。



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下に敷いているのは、繊細なレース模様のようなものが織りだされている白い厚手木綿の布だ。
梅雨寒の頃に羽織る一重のジャケットでも縫おうかと思って買ってあるが、いまだに
仕立てずにいる。
紫陽花は、花が終わったら地植えにしてやろうと思っている。

母の日にクレマチスの鉢植えを貰った。
大輪の八重咲きの花。 これも青紫色だ。
『キリ・テ・カナワ』と名付けられたクレマチス。
キリ・テ・カナワはニュージーランド出身の名ソプラノ。まさに名花である。


震災から4年と2か月…。
さまざまな複雑な想いや怒りはまだ消えぬ。
だが、だんだんそれを言葉にするのが難しくなっていく……。
今回のキャンドル・ナイトは、ひたすらキリ・テ・カナワのこの美しい歌声を聴いてもらおうか…







セルゲイ・ラフマニノフ『ヴォカリーズ』Op.34 No.14。
スティーブン・バーロウ指揮。ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団。1994年。ロンドン。











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『キャンドル・ナイト 49』

夜ノ森。
『よのもり』と読む。
夜ノ森(よのもり)とは、福島県浜通りの中部、富岡町と大熊町の境に位置する
森林地帯である。
『夜ノ森』という、字面だけからすると何やら寂しげなこの地名は、そこが北の「相馬氏」と、
南の「岩城氏」が領有権を争った境界に位置し、それぞれが領有を主張し『余(=我)の森』
と言ったという歴史上の言い伝えに由来したものだという。
4年前の3月、福島第一原発事故が起きたことにより、原発から約7キロほどに位置する
夜ノ森一帯は、警戒区域となり、立ち入りが出来なくなってしまった。
富岡町夜の森公園は桜の名所として有名だった。
ここの桜の歴史は、戊辰戦争後の1900年、旧中村藩士の息子である半谷清寿が、
農村開発の着手を期して桜の木を植えたことに始まった。樹齢100年を超えた
ソメイヨシノを含め、約1500本の桜並木が2,2キロにわたって見事な長い桜のトンネルを形成している。
2013年3月の避難区域再編により南側の300メートルのみが日中立ち入り可能と
なって、今は一部で桜を観賞することも可能となってはいるが、大半はまだ
高線量の帰還困難区域である。
桜並木はバリケードで南北に分断されており、3.11後も桜は毎年見事に咲くが、
かつてそれを愛でていた住民たちは、あちこちに避難生活を余儀なくされて、
桜を見に訪れる人はほぼいない……家々は昔のまま、そこにあるのに
元気に遊ぶ子供たちの声はなく、ヒヨドリやうぐいすなどの鳴き声だけがする街…

30分近い映像だけれど、一緒に歩いてみてください。
桜の美しさと人気のない街がそれほど長く続くという、その対比に、理不尽への怒りと
深い悲しみが徐々にこみ上げてきます…





訪れる人もなくひそかに咲く1500本もの桜…
ただでさえこの世ならず美しい夜の桜は、人っ子ひとりいない夜ノ森で、どれほど
臈長けて美しくも寂しく、これから長い月日をひそかに咲いて行くのだろう…

国は、この地点を重点的に除染していくと言っているらしいが。





                     ***


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今夜も、静かに小さなろうそくを灯す。
今日の器は、桜色のリキュールグラスだ。

ひとが皆、桜を愛でる春。
屈託を表に出せず、ただぐっと飲み込む被災地の方々…

この上なく美しい夜ノ森の桜並木から住民を立ち去らせたのは誰だ!!!

 









                       
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『キャンドル・ナイト 48』

48回目のキャンドル・ナイト。
今日で、あの日からちょうど4年です。

テレビでもラジオでも、朝からいろんな切り口で特集が組まれていました。

それらの報道から一つ共通して窺えることは、同じ東日本大震災の被災者といっても、
人によって、その置かれた状況によって、生活の復興の程度や、気持の上での立ち直りの
程度に、どんどん差が出来てきているということではないでしょうか…。

希望の火を明るくかき立てて、既に未来に向かって歩き始めたひとたち…
細い一筋の明かりさえ見えず、仮設住宅などにじっとうずくまっているかたがた…

硬直した上から目線の復興計画でない、おひとりひとりの実態と希望に即した支援と見守りが、
ますます必要になってくるように思います。

私には、声の出せない方々に代わって、怒りの記事を書くくらいのことしか出来ない…
その怒りの声さえ、せめてもの願いと政治とのあまりの情けない乖離に、このごろは
力なく呑み込んでしまうことが多いです…

それでも。
今夜もキャンドルを灯しましょう。

今、我が家の梅が満開です。
昼間、伸びた一枝を切ってきて、玄関と居間と、自分のこのパソコンの横の
ベンチチェストにいつものように飾りました。
素晴らしい香気が、玄関を入った途端に漂ってきます。この部屋にも。今。


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今年もまた、こぼれ落ちた花を拾って、蝋燭のまわりに並べてみます…



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亡くなられたかたがたの無念を想い、
残されたかたがたのこころの傷が、やわらかく癒えていくことを願って。
一人ぽっちで悲しみに沈んでいらっしゃるかたに、とりわけ、
この小さなろうそくの明かりと梅の花の香よ届いておくれ、と願いつつ。







                       
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『キャンドル・ナイト 47』

47回目のキャンドル・ナイトだ。
回を重ねるごとに、悲しみが深くなっていくのはどうしてなのだろう。

どうしてこうなるのだ?!

願う方と反対の方へ方へと国が突き進んで行くのは。


溜息つきつつ今日も小さなろうそくを灯す。


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小さな陶器の皿に水を張り、正月から生き続けている水仙の花を活ける。
さすがにもう元気がないので、短く切って挿してやった。
これであと一週間は生き続けるだろう…

活けてから4時間たったが、切り戻してやったせいで、心なしか、元気を取り戻したようだ。
6つの顔が、今、これを書く私の方を見つめている…

もう少し…もうすこし、一緒にいようね。

まだ残る清冽な香り…














                       
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『キャンドル・ナイト 46』  

ああ…もう…46回も、ろうそくを灯し続けて来たんだなあ…
自分でその回数に驚く…
こんなに続けることになろうとは自分でも思っていなかった。

続けてこられたのには、この、小さなろうそくの力もあったような気がする。
カメヤマローソク『豆ダルマ』。



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一箱の中に、長さ5センチほどの小さなろうそくが90本。
東日本大震災で、東京電力の管内で計画停電が行われることになって、
でも家には古い蝋燭が1本しかなかった。
ラジオを聴くための電池もなかった。
それを言ったら、娘たちが、3月15日、あちこちを歩き回ってこの小さなろうそく一箱と、
電池を見つけて買ってきてくれたのだ。
…しかし、その3月15日午前10~11時ごろというのは、東京で最も放射線量が
上がった時なのだということが後でわかった。

ああ!私としたことが!不用意に、ろうそくと電池がない、などと言ったばかりに!
若い二人の体に、何がしかの被曝をさせてしまったのである!

あの前後の頃の悲しさと言ったら……
被災地のかたがたの悲しみに比ぶうべくもないけれども、人間の力を超える自然の
脅威への恐怖と、…そして人知によって避けようと思えば避けられたであろう事故の
ついに起きてしまったことへの怒りと虚しさと…

もうすぐ4年になるのだが、あの悲しみを忘れるということはあり得ない…

小さなろうそくは、その私のこころを知っていてくれるのだ。

いろんなセッティングをしてきたけれど、今月は、こんな変わった趣向にしてみた…



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中国風の小さなテーブルといすのセット。
うす青い磁器。
一個所欠けたところを金継ぎしてある。





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冬の午後の日差しの中で・・・







                       
心ひとつに キャンドルナイト







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『キャンドル・ナイト 45』

3年9カ月前まで、『まさか、あり得ないだろう…』と思っていたことが、起きてしまった。

2年前まで、そんな方法があるとは、思ってもみなかった方法で、壁に穴が開けられてしまった。
2年前まで、『それは今回もなんとか廃案になるだろう…』と思っていたことが、施行されてしまった。
2年後。私たちは、
『2年前までは、まさかそれは阻止できるだろうと思ってたのにね』と言って嘆いているのだろうか。

嘆きは深い…
どこまでも深い…

だが、この火だけは、今夜も灯そう。
今夜から、絶対に改憲などさせない!という意志も、この蝋燭に託す。



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この、白い実は、南京櫨(ナンキンハゼ)だ。


11月末の雨の日。 上野に行った。
そこで、河北秀也氏の展覧会をやっていたからで。
河北秀也氏。『いいちこ』のアート・ディレクター。
私は、『いいちこ』のポスターが昔っから大好きで。
カメラマンの浅井慎平さんがとてもとても好きなのだ。
『いいちこ』の、コピーもまた大好きなのだ。 
コピーライター、野口武さん、
デザイナー、土田康之さん。

もうずうっと、買い物と病院以外の外出していなかった……
1年ぶり…かなぁ。とにかく久しぶりの外出だ。

大人が、本気になって仕事をすると、こんなにも見事な、こんなに美しいものが生まれる…
政治のことでささくれだった心が、ほうっと安堵のため息をつく…。

美術館を出る。
11月の冷たい雨に、南京櫨の美しい葉や枝が散っていた。
なんと見事な色調だろう…そうぼんやり歩いていたら、
目ざとい娘が、実のついた枝を拾ってくれた。





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拾って来た日には、もっと鮮やかだったのだけれど。


未来を信じて。
この実を植えてみようか、と思う。








                       
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『キャンドル・ナイト 44』

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柿の葉と、柿の…実?




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これ。小さな調味料入れです。
娘が旅行のみやげに買ってきてくれた。

昔…私が子供だったころ、…家にこのような柿の実をかたどった器がありました。
これよりは二まわりほども大きく、おつけものなどを入れて食卓に出されていたと思います。
私はその器がとても好きだった。
でも、家が瓦解して、引っ越しを何回も重ねたりしているうちに、母が好きで集めた
このような器類もすこしづつなくなっていってしまいました。…もう何十年も昔のこと。

そのことをいつか話したら、娘が覚えていて、数年前…京都だったかな、旅行に行った時に
買ってきてくれたのです。

今夜は、この小さな器に、いつもの亀山ろうそくを立ててみましょうか……









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日本を取り巻く状況が厳しくなっていっています…

感情論で国を動かしていってはいけません…
明晰で公正な歴史認識と、シビアな現実認識と、未来への責任感が必要だと思う。

いろいろ想うことは多いけれど、今夜はろうそくの炎を見つめているだけにします。


                  ***






                  【追記】


お許しが出た?ので、NANTEIさんのところから、短歌と句を拝借させていただきたいと思います。
言葉の出ない我が身に、あまりにもこの歌と句がしんみりと素直にこころに沁みたので。




喉元に三年の余も刺さりたるBqといふ透明の骨

                                       (南)

この土に疑念あるとも大根引く

                                       (南)










                       
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『キャンドル・ナイト 43』

43回目のキャンドルナイト…
毎月言うけれど、もうそんなに経ったのだなあ……


さて。この10月のキャンドル・ナイトの用意は。


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小さな白い器に、ホトトギスの花と、いつもの小さな亀山ろうそくを入れてみた。
ろうそくちゃんも水に浸かっているが平気だろう。
我が家の裏庭にもホトトギスは自生していて、殆ど誰にも見られることなく、その
風情ある花を毎年ひそかに咲かせている。
その横には、秋海棠もまた、結構な叢を作る。
ひょっとして10月のキャンドルナイトまで、もってくれないかしらと思っていたが、
今朝、覗いて見てみたら、秋海棠もまた、やはり花は終わってしまっていた…
このホトトギスは今日花屋さんで買ってきたもの。その中から一枝短く切り取って挿してみた。

ホトトギスの蕾もまた、被災地のかたへ想いよ届いて、という、薄紫色のろうそくのように
見えませんか?^^


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この洋風の器は、実は、正面はこんな感じだ。
これは、芭蕉の葉を描いた煎茶セットのなかの一品で、『湯冷まし』。
玉露など煎茶を淹れるのに、お湯を適温に冷ますための器。
理由あって、ちょっと、芭蕉の葉をデザインしたものを集めていたときのもの。



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朝になって、
ろうそくを抜き取った後のホトトギスの花たちが寂しげだったので、
これもずっと飾って葉っぱがもうくたびれてしまったオレンジ色の鶏頭の花を短く切り詰めて
一緒に挿してやった。
ね。秋らしい風情になったでしょう・・・





                    *








東日本大震災の被災地に木材を供給する林野庁の補助金事業で、
実際に岩手、宮城、福島の3県に供給された木材の量が全体の約0.7%にとどまることが
8日、会計検査院の調べで分かったそうだ。海外に輸出されたケースもあり、
復興予算の流用がまた一つ明らかになった。 
事業は、住宅や公共施設などが大きな被害を受けた被災地を支援するため、
不足している木材を被災地に供給するのが主な目的。2011~14年度、
東京都と神奈川県を除く45道府県に総額約1399億円の補助金を出した。
林野庁は流用が社会問題化した翌年の13年、直接被災地に木材を供給する取り組みに
制限するなど使途の厳格化を求める通知を出し、未使用分の返還を求めた。
45道府県のうち36道府県が14年度末までに約490億円を返還する予定。
林野庁計画課は「今後とも通知に沿って事業が実施されるよう指導する」としている。
(毎日新聞10月8日の記事より抜粋)

この復興予算の流用は、民主党政権下においてその杜撰さが明らかになったものだが、
自民党政権になっても、これだけではない、復興予算の流用はあった。
そんなことをあらかじめ禁止する仕組み作りもできない国や官僚の無能さも問題だが、
これは東日本大震災の被災地のための資金、と知りつつ、全然関係ない地域や組織が
自分たちの事業に流用するそのこころが、私にはわからない…

                   *


福島第一原発事故で、原発というものがどれほどの被害をもたらすものか、ということを
皆、知ったはずなのに、ここに来て、太陽光発電、風力発電など自然エネルギーなどで
生みだす電気を、電力会社が買い取らないようにしようとする動きが露骨になって来た。
理由は、太陽光など気候条件によって発電量の異なる安定しない電気を、送電線で
取り込むと、大規模停電などが起こるかもしれないというものだ。
しかし、自然エネルギー比率を高めていけば、送電網拡張の必要性は最初から
わかっていたはずだ。それを技術的問題とか資金の問題とかにして、ずるずる手を殆ど
打たないできたのは、国と電力会社の怠慢でしかない。
要するに、あらゆる策謀で、原発の必要性をまだいい抜けたいとしか思えない。
新しい産業に夢を託して、太陽光や風力発電などに参入した企業は(発電量の安定している
地熱発電までが)先の見通しが立たなくなってしまった・・・・・倒産したり撤退するものが
これから続出するだろう。電力会社と、原発を続けたい政府の思うつぼだ……


                    *

マララさん(とインドの人権活動家カイラシュ・サティヤルティさん)がノーベル平和賞を受賞。
憲法9条を守ってきた日本人は、ノーベル賞受賞ならなかったけれど、がっかりすることはない。
もしかしたら、第一候補かも、と世界の人々に思わせるほど、『憲法9条』の不戦の誓いは
これで世界に大きく知られることになったのだから。
世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に第9条を保持している日本国民に
ノーベル平和賞を!という、神奈川県の一主婦の発想から生まれたこの動きは、
荒唐無稽などころか、有力な候補と噂されるまでになり、改憲とりわけ9条を
変えてしまいたい今の政権を、『もし貰ってしまったら?』とおそらくひそかに悩まさせるほどの
力を持ったのである。
この運動は続けたい。
子供たち、若い人々、政治にあきらめを抱いてしまっている人々…多くの人々の間に
さらに論議を広げて、現憲法の平和の精神を深く知ってもらって、
国民がゆるぎない意志で、9条は捨てない!現憲法の平和主義、国民主権、立憲主義の
基本思想を変えさせない!と本当に思えるようになったとき、そういう選択をした時…、
この憲法と日本国民は、ノーベル平和賞のほんとうの有力候補に再び取り上げられるであろう。
ノーベル平和賞については、いろんな疑問点や問題点はあるかもしれない。
しかし、この賞を育てていくことも、また、世界に生きるわれわれ人類の見識と叡智によって
できることなのではないかと私は思っている。
その意味で、今回の受賞者に、そして二人を選んだ委員会に拍手を送りたい。
そして、小さな、一主婦の想いから生まれた『9条を守っている日本国民にノーベル賞を』という
運動にも大きな拍手を送り、私もそのために動きたい。

マララさんについても9条についても、まだいろいろ想うことはあるのだけれども、また続く記事の中などで
折に触れ書いて行きたい…








                       
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『キャンドル・ナイト 42』

あの東日本大震災から3年半…
そうして、あの9.11から13年…

国内も、国外も、なにが善で何が悪なのか、なにを信じていいのかわからなくなって
しまったような『生の意味』の混迷の中、今夜も小さなろうそくを灯す。

皆さんは、今夜7時半からの朝日新聞社の記者会見をご覧になっただろうか。
私は、夕食を食べるのも一時中断して、ずうっとマスコミ各社による朝日突き上げのような
会見の模様に見入っていた……
朝日が誤報をしたのは、そうしてそれに対し明確な謝罪をしっかりしなかったのは私もまずいと
思っていた。
だが、それにしても…これってなに?
これは何か、一種の集団いじめではないか?
朝日そのもの、というよりはある意味、朝日新聞が象徴してきたようなものを、
おおぜいがこの機に叩きつぶしてしまおうとしているようにしか私には見えなかった……
朝日の明らかにまずい点は、私もいくつか感じているので、それについては記事にあらためてしたいと思っている。
だが…それにしても、この朝日叩き。
それがおそらく、この日本にもたらす言論空間の委縮について、ひとはちょっと立ち止まって
考えてみているだろうか?
とりわけ、今日集まっていたジャーナリストたちは?

世界に目を向ければ…
オバマ大統領は、過激集団『イスラム国』の撲滅のため、イラクに続きシリアにおいても、
徹底的に空爆を行うことを今日宣言。
ああ……また、アメリカが軍事介入だ…。
おそらくそれで中東情勢が好転することなどまたなく、殺戮が殺戮を生み、憎しみが憎しみを増幅させていくのだろう……
そうして、集団的自衛権行使に突き進む日本は、その混迷を深めるイラク・シリア情勢や世界の紛争に、
これからどう『積極的に』 関わっていくのだろう?
海上自衛隊トップの河野克俊・海上幕僚長は9日の会見で、北大西洋条約機構(NATO)軍と
自衛隊との間では初の共同訓練を行う準備を進めていることを明らかにした。
防衛省によると、双方がソマリア沖アデン湾の海賊を監視するために派遣している艦船や哨戒機の
部隊同士で、近く行う予定、だという。
…日本は、大きく海外での武力行使に一歩踏み出してしまった…

こういったニュースのどこに、私たちは人間を、人間の存在の温かみを感じることができるか?
岩手、宮城、福島…ひとりひとりの命の重みは、なおざりにされ、
何か誰か得体の知れない者たちが、この世界を動かしていく……

                      *

…そんな無力感はあるけれど、それでも今夜も火を灯そう……


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これも、先月に続き、香合である。
青い松ぼっくりをかたどったもの。



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明るいところで見れば、このような感じ。


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こんな、木箱に入っていた。
『法隆寺、長山』と箱書きがあるが、たぶん観光客用の土産ものででもあるか。

一本、自分の木を選ぶとしたら、なんの木を選ぶか、と、ずっと以前あるひとが
ブログで問うていらした…
私は…私は…好きな木はたっくさんあるけれど、ひょっとしたら、松の木を選ぶかもしれない…
木の姿も松ぼっくりの可愛らしさも好きだし、その枝や葉の針葉樹独特の清冽な香りが
なによりとても好きだ。

この夏。元気なく、
裏の川べりの道も殆ど通らないままにいて、つい先日、久しぶりに自転車で通ってみたら、
いつも、月の写真を撮りたいと思う時に、前景として画面に入れることが多かったある家の松の木が
無くなっていた。
切り倒されて、空が広くなっていた……


…何か、自分が小さくなってしまったような、そんな夏。

でも、この拾ってきた松の葉の香りを嗅ぎ、同じくその清冽な香りが大好きな
この時期にしかない青い蜜柑の皮をむいて、そのひと房を口に含む……

人の生はくだらないものなんかじゃないぞ。
歴史の面にしか現れていないような単純なものでなく、『もっと複雑で豊か』なんだぞ。


                  ***


                       
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『キャンドル・ナイト 41』

ああ!…もう、一カ月過ぎたのか…
と言っても、長い長い一月だったようでもある。
体調のあまりよくない一カ月で、パソコンにも向かわず。


今月のしつらえは、実は先月使おうと思っていたもの。
嵐の夜に折れてしまった、百合の花に急きょ差し替えたため。

この小さな器。なんでしょう……


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これ。『香合』というもの。
茶道で、茶の席を設けるとき、香木や練り香を、入れておくもの。
お茶を点てるには、はじめににお湯をわかさなければならない。
そのために炭点前(すみでまえ)ということをするのだが、そのときにお香をたく。
省略してお香を焚かない場合も、お香を香合に入れて飾っておくのだという。

この香合と、お香には、きちんとしたきまりがあって5月から10月までの『風炉』の季節には
白檀や沈香などの香木を漆塗りのものや木や竹などでできた香合に入れる。
11月から4月までの『炉』の季節には、練り香をやきものの香合に入れるのだそうだ。

なに。私は茶道にも全く疎いので、そんなこと全然自分じゃ知らない。
ただ、『香合』というもののかたちや素材の面白さに魅かれる。
これは『青柿』をかたどったもの、と買ったところでは記されていたけれどどう見たって『青い桃』だな。
これは緑釉の焼きものだから、、寒い季節に使うのだな…
それにしては、季節感が合わないような…

なんでこれが気に入ったかというと、小さい頃から、春、夏、青い実がなっていると
心魅かれる性質だからで。
からたちの丸い実は青い宝石のようだし、青い梅、まだ硬い青い桃、青柿…皆好きだ。
夏の嵐の後などに、直径3センチほどくらいしかない青い柿の実が
道端に転がっているのを見つけたりすると、いつでもふと身を屈めて拾ってしまいたくなるのだ。
柿などは無論その実を食するのも好きだけれど、目立たぬ淡い黄緑色の花も、その実が少しずつ
ふくらんで行く過程も、漆の細工のように美しい葉の紅葉も、皆好きなのだ。
おそらくそれは、私が農家の生まれで、小さい頃、生家にも大きな柿の木があり、
また、父母が農作業の間、幼い私は、昔のこととて玩具などない時代、そんな青い柿の実や
ほおずきや、そこらの草花を遊び相手に育ってきたからであろうと思う。

香合と言っても、私がお小遣いで買えるのは高価なものじゃない。
元箱つきで銘のある江戸期のものなどは、それこそン十万円とかするものもあるけれど、
そんなものとても手が出ないし、高いからといって自分の目に適うというものでもない。
私の欲しいものははっきり決まっているので、『鳥をかたどったもの』『木の実草の実をかたどったもの』。
それも、デザインが私の目に適っていなければだめ。値段は関係ないのだ。

茶の湯の世界は奥深く、したがって香合の世界もなかなかに興趣が深い。
遊び心豊かな江戸の頃には、香合の相撲番付のようなものも出されていたそうだ。
曰く。西一段目大関『染付 辻堂』。前頭一枚目『青磁 桃』。……などと。

興味のおありの方は、http://members.ctknet.ne.jp/verdure/katamonokougou/



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明るいところで見ると、今回のしつらえはこんな感じだ。
一緒に写っているのは『てまり草』という花。
変わった花でしょう。カーネーションの仲間だという。
これもまた私が道端に転がっていると必ず拾いたくなるほど心魅かれる青栗に似ているな。
そっと触れるとなんともいえない感触だ。

実は、これは、私の誕生日に娘が買ってくれた花束の一部。


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こんな豪華な花束だった……
大きな赤い百合や大きなうすむらさきの菊…この写真ではよくわからないけれど、
7,8種類の花や葉ものが、娘の目で選ばれている…
奥の方に見えるまだ開いていない百合は、なんと、珍しくも3弁の白百合だ!
普通、百合は6枚の花びらだけれど。

しかし、実は百合の花びらは本来3枚で、外側の3枚は、萼が変化したものだそうだ。
内側の3枚を内花被片といい、外側の3枚を外花被片といい、この構造は、百合など
単子葉植物の特徴なのだという…
この珍しい3弁に見える百合は、その原型を強調した品種ででもあろうか。
へえっ!と思って、名を調べてみたが、見つけられなかった……


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百合も菊もとうに枯れてしまったけれど、この『てまり草』はまだ綺麗なので、こうして切りつめて
ガラスのコップに挿してある…




                   ***

世の中のことに目を向ければ、理不尽への怒りに、胸の内に黒い雲のようなものが渦巻く。
怒りは体の調子に直結するのだということを実感として知る…
東日本大震災。
今も仮設住宅や、自分の家には帰れても汚染の実態さえさだかでない家に
息をひそめるようにして暮らす人々のこころの奥底に沈潜する怒りや不安はいかばかりか…

広島・長崎の原爆の日に、安倍首相の読み上げた慰霊の文章のいい加減さ。
読み上げる方も方だが、昨年の使い回しでいいさ、と年度などを変えて、
殆どコピペと言われても仕方のないようなものを首相に提供した事務方は、
いったいどんな感覚の持ち主なのだろう!
一方、田上長崎市長の読みあげた文章は、多くの人々が真剣に練りに練って書きあげたものだという。
核のなき世界を願う気持ちと戦争なき世界を願う気持ちは同質同根のものである。
ならば、原爆の慰霊祭に集団的自衛権容認のことに触れた長崎市長の挨拶は、
むしろ自然の立派な訴えかけであって、自民党の土屋正忠衆院議員(東京18区)が自身のブログで
「平和を維持するための政治的選択について語りたいなら、長崎市長を辞職して国政に出ることだ」
などと揶揄したことの方が、どれほど恥ずべきことかしれない。
国会議員にならなければ、集団的自衛権を語っちゃいけないのか!
土屋氏は、国会議員であることを特権身分と浅ましい感違いしているのではなかろうか。
国会議員は長崎市長より上の権威、などと思っているのじゃなかろうか。
国民より上の特権階級なのだと感違いしているのじゃなかろうか。
自分が国民から立憲の場に送られた、国民の代表だ、という謙虚な自覚が欠落したひとなのではないだろうか。
私たちは、こういう人物を政治の場に送りこんではいけない…
このごろの政治の劣化は、本当に目を塞ぎたくなるほど。……

それでもひとは生きていかねばならない。
私のような者のひっそりとした暮らしにも、ささやかな歓びや楽しみはある…。
いろいろ紹介したいことは、この一カ月の間にもあったのだが、パソコンは相変わらず
ワード機能が絶不調。ここまで書き、写真を挿入するのに、昨夜から今までかかってしまった。

彼岸花。
またひとつ、年を重ねた……(今日が誕生日なのではありません)




                  ***


                       
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『キャンドル・ナイト 40』

ああ…もう…40回にもなるのだなあ…

忘れるということはないのだ…
どうして忘れることができるだろう。

回を増すごとに、月日が重なっていくごとに、言葉が重くなっていくだけだ……

ラジオを聴いていたら、女のひとが、
『あの日以来、台風で大風が吹いても、激しい雨になっても、ちょっとした地震があっても、
被災地のこと、福島のことを思わないでいられることはない…』
というような意味のことを言っていた。   
…ほんとうに。……


                    *

大きな台風が近づいていて、庭の百合たちにつっかい棒をしてやっていたのだが、
朝、起きて見ると、その一本が、つっかい棒とくくりつけたその結び目のところから
ぐったり折れてしまっていた…
ああ!ごめんね!ごめんね。
もっと、上の方まで念を入れて結びつけておけばよかったものを!!

大きな白い百合に走り寄って、ぐったり折れた花を頬ずりをせんばかりに抱きあげ、
さて…。

傍からもし誰かが見ていたら、おかしいと思われるかもしれないが、大きな百合に
「ごめんね。ほんとにごめんね」と、何度も話しかけながらハサミを入れ、
また、「ほんとにね。ごめんね」となおも話しかけながら抱いて家の内に連れてくる…。
なんだか、いろんなことが重なって、泣きたい…

                     *

キャンドル・ナイト。
本当は違うセッテイングを準備していたのだけれど、
百合の花をお供えしてみることに切り替えた……

小さなろうそくと、わずかにピンクのところもある大きな大きな白い百合。

蝋燭は、口の小さな赤い瓶の上に乗せて、背伸びさせている。
お家の中に入ってほっとしている百合が、その17,8センチはあろうかという顔をうつむけて、
小さなろうそくが一所懸命背伸びしてお話ししているのを
聞いてでもいるかのようだ…



PICT0003.jpg 





                      *

今まで、デジカメとパソコンをつなぎさえすれば、簡単に写真を取り込むことが出来ていたのに、
急にそれが出来なくなった。…何度やってもだめ。

四苦八苦していろいろやってみた挙句、別の方法でようやく写真アップできたけれど、
とても手順が面倒になった…。
それでも、とにかく一応できるようにはなったので、あらためてキャンドル・ナイトの記事アップします。

                      *


今朝がたの福島沖が震源地の、東北地方の地震。
あの被災地の方々が、再び津波の心配から避難……
どんなに恐ろしくて、そして悲しくていらっしゃったことだろう……


                         
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『キャンドル・ナイト 40』



写真が…
アップできない…

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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