『キャンドル・ナイト 53』

53回目のキャンドル・ナイト。

2015年8月11日。川内原発1号機の制御棒が引き抜かれ、再稼働した。
これを書いている夜10時。……あと1時間もすれば、臨界に達するであろう。

深い怒りと悲しみ…。



何なのだ!この国は!

あれほどの過酷事故…福島第一原発事故を経験しながら。
その後の福島の人々の苦悩を知っていながら。

福島の被災者の一部家族の方々にとっては、月命日である11日をわざと選んで再稼働したのか?!

なんだか、もう、…反吐が出そうだ!
あれやこれやのあまりの愚かしさに!

私はもう、再稼働を歓迎した地元の一部の人々にも、これからは一切、斟酌などしない!

今夜はろうそくを灯すのに、いつものような優しい花々の設えさえ施したくない。



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とても…悲しい…











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『キャンドル・ナイト 52』

…ああ!…もう、7月かあ!……
月日が巡るのの速いこと!……

50…52回めのキャンドル・ナイトだ。

とても悲しい。

この4年間。あの東日本大震災や福島第一原発事故は、いったい、起こらなかったとでも
いいたいのか。
新・国立競技場に2520億円。それだけあったら、どんなにかいろいろなことが
出来るだろうに。
一度進み出したら、だれも止められない止めようとしないただ突き進み、
大きな大きな破たんや悲劇を生んでも、だれも責任を取らないというのが日本の体質だ。
あの侵略と戦争もそうだった…
この国の体質はちっとも変わっていない…

また、今宵だけは、心静かに小さなろうそく灯そうか。



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立派に育ったカイヅカイブキや八つ手や南天をかわいそうだが泣く泣く伐って、
がらんと寂しくなった庭に、4月からせっせといろんな低木や草花を植えた。
日当たりが悪いからとて植えることをあきらめてこれまで来たが、試みにダリアも植えてみた。
もともと中輪咲きの種類ではあるけれど、やはり日当たりが足りないか、そう大きな花は
咲かないが、それでも我が家のダリア1号だ。
カクタス咲きの白い花は、花のさしわたし14センチほど。
数日来の雨に打たれて、頑張って裏庭にひっそり一人咲いていたが、もうすぐ花も
散りそうなので、家の中に連れて来た。

小さな、ろうそくと、お話でもしているようでしょう…




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『キャンドル・ナイト 51』

ああ…
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どくだみ荘には、今、いつものこの季節のように、どくだみの白い花が咲いている。
51回目のキャンドル・ナイト。
また、今年の6月も、どくだみの花を摘んできて、小さなろうそくに添えよう。



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どくだみを挿した器は、カワセミをかたどった香合の、底の部分だ。
可愛いでしょう。






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カワセミの美しい色を持たない子。
せめて涼しげな笹模様の絽の生地の上に置いてみる。



ずいぶん、ぷく~っと黙り込んでいたものだけれど、今怒らないでいつ怒る。
今日からまた、記事書いていきます。










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『キャンドル・ナイト 50』

50回目のキャンドルナイトだ。

…自分でもよく続けて来たものだなあと思う。


風邪をひいて熱と身体の節々の痛みでダウン。
ひたすら眠っていたが、キャンドル・ナイトの写真だけはとりあえずアップしておこうと思って、
庭の紫陽花の鉢から、花びらを一つ…いや、これは萼なのだな、萼を一ひら頂戴して、
小さな器に活けた。
紫色に見えるが、実際の色は、もう少し青みが強い。



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下に敷いているのは、繊細なレース模様のようなものが織りだされている白い厚手木綿の布だ。
梅雨寒の頃に羽織る一重のジャケットでも縫おうかと思って買ってあるが、いまだに
仕立てずにいる。
紫陽花は、花が終わったら地植えにしてやろうと思っている。

母の日にクレマチスの鉢植えを貰った。
大輪の八重咲きの花。 これも青紫色だ。
『キリ・テ・カナワ』と名付けられたクレマチス。
キリ・テ・カナワはニュージーランド出身の名ソプラノ。まさに名花である。


震災から4年と2か月…。
さまざまな複雑な想いや怒りはまだ消えぬ。
だが、だんだんそれを言葉にするのが難しくなっていく……。
今回のキャンドル・ナイトは、ひたすらキリ・テ・カナワのこの美しい歌声を聴いてもらおうか…







セルゲイ・ラフマニノフ『ヴォカリーズ』Op.34 No.14。
スティーブン・バーロウ指揮。ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団。1994年。ロンドン。











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『キャンドル・ナイト 49』

夜ノ森。
『よのもり』と読む。
夜ノ森(よのもり)とは、福島県浜通りの中部、富岡町と大熊町の境に位置する
森林地帯である。
『夜ノ森』という、字面だけからすると何やら寂しげなこの地名は、そこが北の「相馬氏」と、
南の「岩城氏」が領有権を争った境界に位置し、それぞれが領有を主張し『余(=我)の森』
と言ったという歴史上の言い伝えに由来したものだという。
4年前の3月、福島第一原発事故が起きたことにより、原発から約7キロほどに位置する
夜ノ森一帯は、警戒区域となり、立ち入りが出来なくなってしまった。
富岡町夜の森公園は桜の名所として有名だった。
ここの桜の歴史は、戊辰戦争後の1900年、旧中村藩士の息子である半谷清寿が、
農村開発の着手を期して桜の木を植えたことに始まった。樹齢100年を超えた
ソメイヨシノを含め、約1500本の桜並木が2,2キロにわたって見事な長い桜のトンネルを形成している。
2013年3月の避難区域再編により南側の300メートルのみが日中立ち入り可能と
なって、今は一部で桜を観賞することも可能となってはいるが、大半はまだ
高線量の帰還困難区域である。
桜並木はバリケードで南北に分断されており、3.11後も桜は毎年見事に咲くが、
かつてそれを愛でていた住民たちは、あちこちに避難生活を余儀なくされて、
桜を見に訪れる人はほぼいない……家々は昔のまま、そこにあるのに
元気に遊ぶ子供たちの声はなく、ヒヨドリやうぐいすなどの鳴き声だけがする街…

30分近い映像だけれど、一緒に歩いてみてください。
桜の美しさと人気のない街がそれほど長く続くという、その対比に、理不尽への怒りと
深い悲しみが徐々にこみ上げてきます…





訪れる人もなくひそかに咲く1500本もの桜…
ただでさえこの世ならず美しい夜の桜は、人っ子ひとりいない夜ノ森で、どれほど
臈長けて美しくも寂しく、これから長い月日をひそかに咲いて行くのだろう…

国は、この地点を重点的に除染していくと言っているらしいが。





                     ***


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今夜も、静かに小さなろうそくを灯す。
今日の器は、桜色のリキュールグラスだ。

ひとが皆、桜を愛でる春。
屈託を表に出せず、ただぐっと飲み込む被災地の方々…

この上なく美しい夜ノ森の桜並木から住民を立ち去らせたのは誰だ!!!

 









                       
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『キャンドル・ナイト 48』

48回目のキャンドル・ナイト。
今日で、あの日からちょうど4年です。

テレビでもラジオでも、朝からいろんな切り口で特集が組まれていました。

それらの報道から一つ共通して窺えることは、同じ東日本大震災の被災者といっても、
人によって、その置かれた状況によって、生活の復興の程度や、気持の上での立ち直りの
程度に、どんどん差が出来てきているということではないでしょうか…。

希望の火を明るくかき立てて、既に未来に向かって歩き始めたひとたち…
細い一筋の明かりさえ見えず、仮設住宅などにじっとうずくまっているかたがた…

硬直した上から目線の復興計画でない、おひとりひとりの実態と希望に即した支援と見守りが、
ますます必要になってくるように思います。

私には、声の出せない方々に代わって、怒りの記事を書くくらいのことしか出来ない…
その怒りの声さえ、せめてもの願いと政治とのあまりの情けない乖離に、このごろは
力なく呑み込んでしまうことが多いです…

それでも。
今夜もキャンドルを灯しましょう。

今、我が家の梅が満開です。
昼間、伸びた一枝を切ってきて、玄関と居間と、自分のこのパソコンの横の
ベンチチェストにいつものように飾りました。
素晴らしい香気が、玄関を入った途端に漂ってきます。この部屋にも。今。


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今年もまた、こぼれ落ちた花を拾って、蝋燭のまわりに並べてみます…



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亡くなられたかたがたの無念を想い、
残されたかたがたのこころの傷が、やわらかく癒えていくことを願って。
一人ぽっちで悲しみに沈んでいらっしゃるかたに、とりわけ、
この小さなろうそくの明かりと梅の花の香よ届いておくれ、と願いつつ。







                       
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『キャンドル・ナイト 47』

47回目のキャンドル・ナイトだ。
回を重ねるごとに、悲しみが深くなっていくのはどうしてなのだろう。

どうしてこうなるのだ?!

願う方と反対の方へ方へと国が突き進んで行くのは。


溜息つきつつ今日も小さなろうそくを灯す。


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小さな陶器の皿に水を張り、正月から生き続けている水仙の花を活ける。
さすがにもう元気がないので、短く切って挿してやった。
これであと一週間は生き続けるだろう…

活けてから4時間たったが、切り戻してやったせいで、心なしか、元気を取り戻したようだ。
6つの顔が、今、これを書く私の方を見つめている…

もう少し…もうすこし、一緒にいようね。

まだ残る清冽な香り…














                       
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『キャンドル・ナイト 46』  

ああ…もう…46回も、ろうそくを灯し続けて来たんだなあ…
自分でその回数に驚く…
こんなに続けることになろうとは自分でも思っていなかった。

続けてこられたのには、この、小さなろうそくの力もあったような気がする。
カメヤマローソク『豆ダルマ』。



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一箱の中に、長さ5センチほどの小さなろうそくが90本。
東日本大震災で、東京電力の管内で計画停電が行われることになって、
でも家には古い蝋燭が1本しかなかった。
ラジオを聴くための電池もなかった。
それを言ったら、娘たちが、3月15日、あちこちを歩き回ってこの小さなろうそく一箱と、
電池を見つけて買ってきてくれたのだ。
…しかし、その3月15日午前10~11時ごろというのは、東京で最も放射線量が
上がった時なのだということが後でわかった。

ああ!私としたことが!不用意に、ろうそくと電池がない、などと言ったばかりに!
若い二人の体に、何がしかの被曝をさせてしまったのである!

あの前後の頃の悲しさと言ったら……
被災地のかたがたの悲しみに比ぶうべくもないけれども、人間の力を超える自然の
脅威への恐怖と、…そして人知によって避けようと思えば避けられたであろう事故の
ついに起きてしまったことへの怒りと虚しさと…

もうすぐ4年になるのだが、あの悲しみを忘れるということはあり得ない…

小さなろうそくは、その私のこころを知っていてくれるのだ。

いろんなセッティングをしてきたけれど、今月は、こんな変わった趣向にしてみた…



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中国風の小さなテーブルといすのセット。
うす青い磁器。
一個所欠けたところを金継ぎしてある。





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冬の午後の日差しの中で・・・







                       
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『キャンドル・ナイト 45』

3年9カ月前まで、『まさか、あり得ないだろう…』と思っていたことが、起きてしまった。

2年前まで、そんな方法があるとは、思ってもみなかった方法で、壁に穴が開けられてしまった。
2年前まで、『それは今回もなんとか廃案になるだろう…』と思っていたことが、施行されてしまった。
2年後。私たちは、
『2年前までは、まさかそれは阻止できるだろうと思ってたのにね』と言って嘆いているのだろうか。

嘆きは深い…
どこまでも深い…

だが、この火だけは、今夜も灯そう。
今夜から、絶対に改憲などさせない!という意志も、この蝋燭に託す。



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この、白い実は、南京櫨(ナンキンハゼ)だ。


11月末の雨の日。 上野に行った。
そこで、河北秀也氏の展覧会をやっていたからで。
河北秀也氏。『いいちこ』のアート・ディレクター。
私は、『いいちこ』のポスターが昔っから大好きで。
カメラマンの浅井慎平さんがとてもとても好きなのだ。
『いいちこ』の、コピーもまた大好きなのだ。 
コピーライター、野口武さん、
デザイナー、土田康之さん。

もうずうっと、買い物と病院以外の外出していなかった……
1年ぶり…かなぁ。とにかく久しぶりの外出だ。

大人が、本気になって仕事をすると、こんなにも見事な、こんなに美しいものが生まれる…
政治のことでささくれだった心が、ほうっと安堵のため息をつく…。

美術館を出る。
11月の冷たい雨に、南京櫨の美しい葉や枝が散っていた。
なんと見事な色調だろう…そうぼんやり歩いていたら、
目ざとい娘が、実のついた枝を拾ってくれた。





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拾って来た日には、もっと鮮やかだったのだけれど。


未来を信じて。
この実を植えてみようか、と思う。








                       
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『キャンドル・ナイト 44』

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柿の葉と、柿の…実?




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これ。小さな調味料入れです。
娘が旅行のみやげに買ってきてくれた。

昔…私が子供だったころ、…家にこのような柿の実をかたどった器がありました。
これよりは二まわりほども大きく、おつけものなどを入れて食卓に出されていたと思います。
私はその器がとても好きだった。
でも、家が瓦解して、引っ越しを何回も重ねたりしているうちに、母が好きで集めた
このような器類もすこしづつなくなっていってしまいました。…もう何十年も昔のこと。

そのことをいつか話したら、娘が覚えていて、数年前…京都だったかな、旅行に行った時に
買ってきてくれたのです。

今夜は、この小さな器に、いつもの亀山ろうそくを立ててみましょうか……









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日本を取り巻く状況が厳しくなっていっています…

感情論で国を動かしていってはいけません…
明晰で公正な歴史認識と、シビアな現実認識と、未来への責任感が必要だと思う。

いろいろ想うことは多いけれど、今夜はろうそくの炎を見つめているだけにします。


                  ***






                  【追記】


お許しが出た?ので、NANTEIさんのところから、短歌と句を拝借させていただきたいと思います。
言葉の出ない我が身に、あまりにもこの歌と句がしんみりと素直にこころに沁みたので。




喉元に三年の余も刺さりたるBqといふ透明の骨

                                       (南)

この土に疑念あるとも大根引く

                                       (南)










                       
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『キャンドル・ナイト 43』

43回目のキャンドルナイト…
毎月言うけれど、もうそんなに経ったのだなあ……


さて。この10月のキャンドル・ナイトの用意は。


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小さな白い器に、ホトトギスの花と、いつもの小さな亀山ろうそくを入れてみた。
ろうそくちゃんも水に浸かっているが平気だろう。
我が家の裏庭にもホトトギスは自生していて、殆ど誰にも見られることなく、その
風情ある花を毎年ひそかに咲かせている。
その横には、秋海棠もまた、結構な叢を作る。
ひょっとして10月のキャンドルナイトまで、もってくれないかしらと思っていたが、
今朝、覗いて見てみたら、秋海棠もまた、やはり花は終わってしまっていた…
このホトトギスは今日花屋さんで買ってきたもの。その中から一枝短く切り取って挿してみた。

ホトトギスの蕾もまた、被災地のかたへ想いよ届いて、という、薄紫色のろうそくのように
見えませんか?^^


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この洋風の器は、実は、正面はこんな感じだ。
これは、芭蕉の葉を描いた煎茶セットのなかの一品で、『湯冷まし』。
玉露など煎茶を淹れるのに、お湯を適温に冷ますための器。
理由あって、ちょっと、芭蕉の葉をデザインしたものを集めていたときのもの。



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朝になって、
ろうそくを抜き取った後のホトトギスの花たちが寂しげだったので、
これもずっと飾って葉っぱがもうくたびれてしまったオレンジ色の鶏頭の花を短く切り詰めて
一緒に挿してやった。
ね。秋らしい風情になったでしょう・・・





                    *








東日本大震災の被災地に木材を供給する林野庁の補助金事業で、
実際に岩手、宮城、福島の3県に供給された木材の量が全体の約0.7%にとどまることが
8日、会計検査院の調べで分かったそうだ。海外に輸出されたケースもあり、
復興予算の流用がまた一つ明らかになった。 
事業は、住宅や公共施設などが大きな被害を受けた被災地を支援するため、
不足している木材を被災地に供給するのが主な目的。2011~14年度、
東京都と神奈川県を除く45道府県に総額約1399億円の補助金を出した。
林野庁は流用が社会問題化した翌年の13年、直接被災地に木材を供給する取り組みに
制限するなど使途の厳格化を求める通知を出し、未使用分の返還を求めた。
45道府県のうち36道府県が14年度末までに約490億円を返還する予定。
林野庁計画課は「今後とも通知に沿って事業が実施されるよう指導する」としている。
(毎日新聞10月8日の記事より抜粋)

この復興予算の流用は、民主党政権下においてその杜撰さが明らかになったものだが、
自民党政権になっても、これだけではない、復興予算の流用はあった。
そんなことをあらかじめ禁止する仕組み作りもできない国や官僚の無能さも問題だが、
これは東日本大震災の被災地のための資金、と知りつつ、全然関係ない地域や組織が
自分たちの事業に流用するそのこころが、私にはわからない…

                   *


福島第一原発事故で、原発というものがどれほどの被害をもたらすものか、ということを
皆、知ったはずなのに、ここに来て、太陽光発電、風力発電など自然エネルギーなどで
生みだす電気を、電力会社が買い取らないようにしようとする動きが露骨になって来た。
理由は、太陽光など気候条件によって発電量の異なる安定しない電気を、送電線で
取り込むと、大規模停電などが起こるかもしれないというものだ。
しかし、自然エネルギー比率を高めていけば、送電網拡張の必要性は最初から
わかっていたはずだ。それを技術的問題とか資金の問題とかにして、ずるずる手を殆ど
打たないできたのは、国と電力会社の怠慢でしかない。
要するに、あらゆる策謀で、原発の必要性をまだいい抜けたいとしか思えない。
新しい産業に夢を託して、太陽光や風力発電などに参入した企業は(発電量の安定している
地熱発電までが)先の見通しが立たなくなってしまった・・・・・倒産したり撤退するものが
これから続出するだろう。電力会社と、原発を続けたい政府の思うつぼだ……


                    *

マララさん(とインドの人権活動家カイラシュ・サティヤルティさん)がノーベル平和賞を受賞。
憲法9条を守ってきた日本人は、ノーベル賞受賞ならなかったけれど、がっかりすることはない。
もしかしたら、第一候補かも、と世界の人々に思わせるほど、『憲法9条』の不戦の誓いは
これで世界に大きく知られることになったのだから。
世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に第9条を保持している日本国民に
ノーベル平和賞を!という、神奈川県の一主婦の発想から生まれたこの動きは、
荒唐無稽などころか、有力な候補と噂されるまでになり、改憲とりわけ9条を
変えてしまいたい今の政権を、『もし貰ってしまったら?』とおそらくひそかに悩まさせるほどの
力を持ったのである。
この運動は続けたい。
子供たち、若い人々、政治にあきらめを抱いてしまっている人々…多くの人々の間に
さらに論議を広げて、現憲法の平和の精神を深く知ってもらって、
国民がゆるぎない意志で、9条は捨てない!現憲法の平和主義、国民主権、立憲主義の
基本思想を変えさせない!と本当に思えるようになったとき、そういう選択をした時…、
この憲法と日本国民は、ノーベル平和賞のほんとうの有力候補に再び取り上げられるであろう。
ノーベル平和賞については、いろんな疑問点や問題点はあるかもしれない。
しかし、この賞を育てていくことも、また、世界に生きるわれわれ人類の見識と叡智によって
できることなのではないかと私は思っている。
その意味で、今回の受賞者に、そして二人を選んだ委員会に拍手を送りたい。
そして、小さな、一主婦の想いから生まれた『9条を守っている日本国民にノーベル賞を』という
運動にも大きな拍手を送り、私もそのために動きたい。

マララさんについても9条についても、まだいろいろ想うことはあるのだけれども、また続く記事の中などで
折に触れ書いて行きたい…








                       
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『キャンドル・ナイト 42』

あの東日本大震災から3年半…
そうして、あの9.11から13年…

国内も、国外も、なにが善で何が悪なのか、なにを信じていいのかわからなくなって
しまったような『生の意味』の混迷の中、今夜も小さなろうそくを灯す。

皆さんは、今夜7時半からの朝日新聞社の記者会見をご覧になっただろうか。
私は、夕食を食べるのも一時中断して、ずうっとマスコミ各社による朝日突き上げのような
会見の模様に見入っていた……
朝日が誤報をしたのは、そうしてそれに対し明確な謝罪をしっかりしなかったのは私もまずいと
思っていた。
だが、それにしても…これってなに?
これは何か、一種の集団いじめではないか?
朝日そのもの、というよりはある意味、朝日新聞が象徴してきたようなものを、
おおぜいがこの機に叩きつぶしてしまおうとしているようにしか私には見えなかった……
朝日の明らかにまずい点は、私もいくつか感じているので、それについては記事にあらためてしたいと思っている。
だが…それにしても、この朝日叩き。
それがおそらく、この日本にもたらす言論空間の委縮について、ひとはちょっと立ち止まって
考えてみているだろうか?
とりわけ、今日集まっていたジャーナリストたちは?

世界に目を向ければ…
オバマ大統領は、過激集団『イスラム国』の撲滅のため、イラクに続きシリアにおいても、
徹底的に空爆を行うことを今日宣言。
ああ……また、アメリカが軍事介入だ…。
おそらくそれで中東情勢が好転することなどまたなく、殺戮が殺戮を生み、憎しみが憎しみを増幅させていくのだろう……
そうして、集団的自衛権行使に突き進む日本は、その混迷を深めるイラク・シリア情勢や世界の紛争に、
これからどう『積極的に』 関わっていくのだろう?
海上自衛隊トップの河野克俊・海上幕僚長は9日の会見で、北大西洋条約機構(NATO)軍と
自衛隊との間では初の共同訓練を行う準備を進めていることを明らかにした。
防衛省によると、双方がソマリア沖アデン湾の海賊を監視するために派遣している艦船や哨戒機の
部隊同士で、近く行う予定、だという。
…日本は、大きく海外での武力行使に一歩踏み出してしまった…

こういったニュースのどこに、私たちは人間を、人間の存在の温かみを感じることができるか?
岩手、宮城、福島…ひとりひとりの命の重みは、なおざりにされ、
何か誰か得体の知れない者たちが、この世界を動かしていく……

                      *

…そんな無力感はあるけれど、それでも今夜も火を灯そう……


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これも、先月に続き、香合である。
青い松ぼっくりをかたどったもの。



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明るいところで見れば、このような感じ。


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こんな、木箱に入っていた。
『法隆寺、長山』と箱書きがあるが、たぶん観光客用の土産ものででもあるか。

一本、自分の木を選ぶとしたら、なんの木を選ぶか、と、ずっと以前あるひとが
ブログで問うていらした…
私は…私は…好きな木はたっくさんあるけれど、ひょっとしたら、松の木を選ぶかもしれない…
木の姿も松ぼっくりの可愛らしさも好きだし、その枝や葉の針葉樹独特の清冽な香りが
なによりとても好きだ。

この夏。元気なく、
裏の川べりの道も殆ど通らないままにいて、つい先日、久しぶりに自転車で通ってみたら、
いつも、月の写真を撮りたいと思う時に、前景として画面に入れることが多かったある家の松の木が
無くなっていた。
切り倒されて、空が広くなっていた……


…何か、自分が小さくなってしまったような、そんな夏。

でも、この拾ってきた松の葉の香りを嗅ぎ、同じくその清冽な香りが大好きな
この時期にしかない青い蜜柑の皮をむいて、そのひと房を口に含む……

人の生はくだらないものなんかじゃないぞ。
歴史の面にしか現れていないような単純なものでなく、『もっと複雑で豊か』なんだぞ。


                  ***


                       
心ひとつに キャンドルナイト




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『キャンドル・ナイト 41』

ああ!…もう、一カ月過ぎたのか…
と言っても、長い長い一月だったようでもある。
体調のあまりよくない一カ月で、パソコンにも向かわず。


今月のしつらえは、実は先月使おうと思っていたもの。
嵐の夜に折れてしまった、百合の花に急きょ差し替えたため。

この小さな器。なんでしょう……


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これ。『香合』というもの。
茶道で、茶の席を設けるとき、香木や練り香を、入れておくもの。
お茶を点てるには、はじめににお湯をわかさなければならない。
そのために炭点前(すみでまえ)ということをするのだが、そのときにお香をたく。
省略してお香を焚かない場合も、お香を香合に入れて飾っておくのだという。

この香合と、お香には、きちんとしたきまりがあって5月から10月までの『風炉』の季節には
白檀や沈香などの香木を漆塗りのものや木や竹などでできた香合に入れる。
11月から4月までの『炉』の季節には、練り香をやきものの香合に入れるのだそうだ。

なに。私は茶道にも全く疎いので、そんなこと全然自分じゃ知らない。
ただ、『香合』というもののかたちや素材の面白さに魅かれる。
これは『青柿』をかたどったもの、と買ったところでは記されていたけれどどう見たって『青い桃』だな。
これは緑釉の焼きものだから、、寒い季節に使うのだな…
それにしては、季節感が合わないような…

なんでこれが気に入ったかというと、小さい頃から、春、夏、青い実がなっていると
心魅かれる性質だからで。
からたちの丸い実は青い宝石のようだし、青い梅、まだ硬い青い桃、青柿…皆好きだ。
夏の嵐の後などに、直径3センチほどくらいしかない青い柿の実が
道端に転がっているのを見つけたりすると、いつでもふと身を屈めて拾ってしまいたくなるのだ。
柿などは無論その実を食するのも好きだけれど、目立たぬ淡い黄緑色の花も、その実が少しずつ
ふくらんで行く過程も、漆の細工のように美しい葉の紅葉も、皆好きなのだ。
おそらくそれは、私が農家の生まれで、小さい頃、生家にも大きな柿の木があり、
また、父母が農作業の間、幼い私は、昔のこととて玩具などない時代、そんな青い柿の実や
ほおずきや、そこらの草花を遊び相手に育ってきたからであろうと思う。

香合と言っても、私がお小遣いで買えるのは高価なものじゃない。
元箱つきで銘のある江戸期のものなどは、それこそン十万円とかするものもあるけれど、
そんなものとても手が出ないし、高いからといって自分の目に適うというものでもない。
私の欲しいものははっきり決まっているので、『鳥をかたどったもの』『木の実草の実をかたどったもの』。
それも、デザインが私の目に適っていなければだめ。値段は関係ないのだ。

茶の湯の世界は奥深く、したがって香合の世界もなかなかに興趣が深い。
遊び心豊かな江戸の頃には、香合の相撲番付のようなものも出されていたそうだ。
曰く。西一段目大関『染付 辻堂』。前頭一枚目『青磁 桃』。……などと。

興味のおありの方は、http://members.ctknet.ne.jp/verdure/katamonokougou/



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明るいところで見ると、今回のしつらえはこんな感じだ。
一緒に写っているのは『てまり草』という花。
変わった花でしょう。カーネーションの仲間だという。
これもまた私が道端に転がっていると必ず拾いたくなるほど心魅かれる青栗に似ているな。
そっと触れるとなんともいえない感触だ。

実は、これは、私の誕生日に娘が買ってくれた花束の一部。


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こんな豪華な花束だった……
大きな赤い百合や大きなうすむらさきの菊…この写真ではよくわからないけれど、
7,8種類の花や葉ものが、娘の目で選ばれている…
奥の方に見えるまだ開いていない百合は、なんと、珍しくも3弁の白百合だ!
普通、百合は6枚の花びらだけれど。

しかし、実は百合の花びらは本来3枚で、外側の3枚は、萼が変化したものだそうだ。
内側の3枚を内花被片といい、外側の3枚を外花被片といい、この構造は、百合など
単子葉植物の特徴なのだという…
この珍しい3弁に見える百合は、その原型を強調した品種ででもあろうか。
へえっ!と思って、名を調べてみたが、見つけられなかった……


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百合も菊もとうに枯れてしまったけれど、この『てまり草』はまだ綺麗なので、こうして切りつめて
ガラスのコップに挿してある…




                   ***

世の中のことに目を向ければ、理不尽への怒りに、胸の内に黒い雲のようなものが渦巻く。
怒りは体の調子に直結するのだということを実感として知る…
東日本大震災。
今も仮設住宅や、自分の家には帰れても汚染の実態さえさだかでない家に
息をひそめるようにして暮らす人々のこころの奥底に沈潜する怒りや不安はいかばかりか…

広島・長崎の原爆の日に、安倍首相の読み上げた慰霊の文章のいい加減さ。
読み上げる方も方だが、昨年の使い回しでいいさ、と年度などを変えて、
殆どコピペと言われても仕方のないようなものを首相に提供した事務方は、
いったいどんな感覚の持ち主なのだろう!
一方、田上長崎市長の読みあげた文章は、多くの人々が真剣に練りに練って書きあげたものだという。
核のなき世界を願う気持ちと戦争なき世界を願う気持ちは同質同根のものである。
ならば、原爆の慰霊祭に集団的自衛権容認のことに触れた長崎市長の挨拶は、
むしろ自然の立派な訴えかけであって、自民党の土屋正忠衆院議員(東京18区)が自身のブログで
「平和を維持するための政治的選択について語りたいなら、長崎市長を辞職して国政に出ることだ」
などと揶揄したことの方が、どれほど恥ずべきことかしれない。
国会議員にならなければ、集団的自衛権を語っちゃいけないのか!
土屋氏は、国会議員であることを特権身分と浅ましい感違いしているのではなかろうか。
国会議員は長崎市長より上の権威、などと思っているのじゃなかろうか。
国民より上の特権階級なのだと感違いしているのじゃなかろうか。
自分が国民から立憲の場に送られた、国民の代表だ、という謙虚な自覚が欠落したひとなのではないだろうか。
私たちは、こういう人物を政治の場に送りこんではいけない…
このごろの政治の劣化は、本当に目を塞ぎたくなるほど。……

それでもひとは生きていかねばならない。
私のような者のひっそりとした暮らしにも、ささやかな歓びや楽しみはある…。
いろいろ紹介したいことは、この一カ月の間にもあったのだが、パソコンは相変わらず
ワード機能が絶不調。ここまで書き、写真を挿入するのに、昨夜から今までかかってしまった。

彼岸花。
またひとつ、年を重ねた……(今日が誕生日なのではありません)




                  ***


                       
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『キャンドル・ナイト 40』

ああ…もう…40回にもなるのだなあ…

忘れるということはないのだ…
どうして忘れることができるだろう。

回を増すごとに、月日が重なっていくごとに、言葉が重くなっていくだけだ……

ラジオを聴いていたら、女のひとが、
『あの日以来、台風で大風が吹いても、激しい雨になっても、ちょっとした地震があっても、
被災地のこと、福島のことを思わないでいられることはない…』
というような意味のことを言っていた。   
…ほんとうに。……


                    *

大きな台風が近づいていて、庭の百合たちにつっかい棒をしてやっていたのだが、
朝、起きて見ると、その一本が、つっかい棒とくくりつけたその結び目のところから
ぐったり折れてしまっていた…
ああ!ごめんね!ごめんね。
もっと、上の方まで念を入れて結びつけておけばよかったものを!!

大きな白い百合に走り寄って、ぐったり折れた花を頬ずりをせんばかりに抱きあげ、
さて…。

傍からもし誰かが見ていたら、おかしいと思われるかもしれないが、大きな百合に
「ごめんね。ほんとにごめんね」と、何度も話しかけながらハサミを入れ、
また、「ほんとにね。ごめんね」となおも話しかけながら抱いて家の内に連れてくる…。
なんだか、いろんなことが重なって、泣きたい…

                     *

キャンドル・ナイト。
本当は違うセッテイングを準備していたのだけれど、
百合の花をお供えしてみることに切り替えた……

小さなろうそくと、わずかにピンクのところもある大きな大きな白い百合。

蝋燭は、口の小さな赤い瓶の上に乗せて、背伸びさせている。
お家の中に入ってほっとしている百合が、その17,8センチはあろうかという顔をうつむけて、
小さなろうそくが一所懸命背伸びしてお話ししているのを
聞いてでもいるかのようだ…



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                      *

今まで、デジカメとパソコンをつなぎさえすれば、簡単に写真を取り込むことが出来ていたのに、
急にそれが出来なくなった。…何度やってもだめ。

四苦八苦していろいろやってみた挙句、別の方法でようやく写真アップできたけれど、
とても手順が面倒になった…。
それでも、とにかく一応できるようにはなったので、あらためてキャンドル・ナイトの記事アップします。

                      *


今朝がたの福島沖が震源地の、東北地方の地震。
あの被災地の方々が、再び津波の心配から避難……
どんなに恐ろしくて、そして悲しくていらっしゃったことだろう……


                         
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『キャンドル・ナイト 40』



写真が…
アップできない…

『キャンドル・ナイト 39』



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『キャンドル・ナイト 37』

37回目のキャンドル・ナイト。

今日も小さなろうそくを灯す。


これは我が家の玄関先に植えられている源平桃の花である。
一つの枝に、白、濃い桃色、薄い桃色、そしてそれらの染め分けの花が咲くので、
紅白の源平の旗になぞらえて『源平桃』と名付けられたものであろう。



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淡い桜色のガラス器があるので、それにいつものように蝋燭をたてて、
細口の瓶に生けるときにはらはらとこぼれ落ちた花びらや、枝の下の方の花を摘みとったのを
撒いて、こんなセッティングも凝らしてはみたが。
凝れば凝るほど、祈りの気持ちから遠ざかるような気がいつもして。

結局、こんなシンプルなものになった……



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花びらがやさしいからとて、こころがやさしい想いに満たされているわけではない。

自民党は今日、事実上、原発ゼロを放棄。
原発推進の本音政策を、恥知らずにも閣議決定した!


『神話の果てに 第12部・廃炉の現場(上)過酷な作業/高線量状態が日常化』

『神話の果てに 第12部・廃炉の現場(中)/困難な要員確保』



                ***









                         
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『3年の月日』

3年が過ぎた……

今日も気持が重く、言葉が出てこない……

黙とうをささげた後、
私は午後ずっと、庭の槿などの剪定をしていた……
我が家の敷地の外に大きく伸び出ていた花盛りの梅の木の枝も、
いくつもの花瓶に活けられるよう、切り取った…
玄関と、階下の部屋と、二階と…
小さな枝も一本も無駄に捨てたりしないで、小さな花瓶に活ける。

黙々と…
これが。
なにも言えない、言うと憤怒が吹き出るばかりの私の、
私なりの鎮魂のしかただ……


3年目という今日の日のキャンドルナイト。

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はらはらとこぼれ落ちた梅の花を丁寧に拾い集めて、その中にいつもの小さなろうそくを立てた…







                         
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『キャンドルナイト 35』

東京都知事選は、投票率わずか46.14%という低調さ。
ある意味でこの国の未来を方向づける重要な選挙でもあったのだが、
安倍政権への批判と脱原発を掲げた勢力の惨敗という結果に終わってしまった。
脱原発勢力が真っ二つに割れて、それらの応援者の間では一見活発な選挙運動が競い合って
展開されていたかに見えたこの選挙戦のその一方で、
史上3番目に低かったという投票率が示す通り、半数以上の都民の熱のなさは
一体何を意味していたのだろう…

自分自身の立場のとりかたも含め、まだ私自身、今度の選挙については
気持ちの整理がついていない。
ただ一つ言えることは…このままではこの国はますます富が一極集中化し、
弱者はますます切り捨てられていくひどい格差社会になっていくであろうが、
肝心の国民の多くは、それに抵抗するどころか、思考停止或いは感情を鈍磨させて、
そんな社会の仕組みを唯々諾々と受け入れて行くような、おとなしい羊になりつつあるのではないか
ということだ。

折しも数日前から日本は大寒波に襲われ、都知事選前日の8日には、東京都心でも
戦後3番目とも言われる積雪量27センチを記録(多摩地区30センチ。一部40センチのところも)
雪国の方にとってはなにほどのことでもない積雪量なのだろうが、
相変わらず雪に不慣れの都民は、電車やバス、タクシーなどの交通がストップして
帰宅の足を奪われ、雪に翻弄された。
私事だが、その日、娘は上野に仕事で出かけていて、帰り、途中で電車が動かなくなってしまった。
停まった駅は、東京ではあっても割合寂しい駅。近くに暖がとれるような店はなく、
仕方なくたまたま見つけた市民センターでしばらく電車が再び動き出すのを待つことにしたという。
しかし、市民センターも、時間がくれば閉まってしまう。
タクシーを利用したくとも一台も来ず、震えながら代替のバスが来るのを根気よく待ち続ける人々…
市民センターといえば公共の施設であろうが、しかし、こうした時にも、雪くらいのことでは
寒さに震える人々の避難所として開放してくれなどしはしないのだろう。
動かない電車に見切りをつけ、たまたまふっときた代替輸送バスではないバスに娘は乗れた。
そうして多摩に向かう別の私鉄電車の駅にようやく辿りついた。
その路線はかろうじて動いていたのである。

しかし、その私鉄を下りてからが大変だった。
駅前はがらんとして遅くまでやっている店もない。
バスは全然来ない。タクシーも来ない。タクシー会社に電話してもずうっと話し中。
タクシー乗り場にもバス乗り場にも、家路を急ぐ人々が次々に並ぶが、バスがどうして来ないのか
情報はない。
ところが、ロータリーには、違う行き先のバスが数台停まっていて、運転手たちは
暢気そうに互いに話し合ったりしているという。
娘が不思議に思ったのは、バスやタクシーを待っている人々が、あまりにも大人しく
吹き殴りつける雪の中で、凍えながらなにもしないでただ待っていることであったという。
「バス、どうして来ないんでしょう」という会話さえ互いに交わさない…

じっとしていられなくなった娘は、その暢気に暖かそうにバスで待機している違う路線の
バスの運転手のところへ行って、ここのバスはどうして来ないのか、と訊ねたそうだ。
返事は、さあ、わからない、という言葉。
こんな状況の時に、バス会社は代替輸送とか増発などしてくれないんですか、と娘が訊ねたら、
さあ、自分等は車庫が違うんで、この方面の車庫の事情はわからない、という返事。

そこへ、一人の男性が通りかかって、「ここへ来るはずのバスは、大きな坂のところで
3台くらいエンコして動けなくなっているのを今、自分は見て来たから、バスは当分もう
来ないんじゃないか」という情報を、急ぎ足に歩き過ぎて行きながら、伝えてくれたという。

『ああ、待ってもダメだ!』
そう見切りをつけた娘は、激しく吹きつける雪の中を歩きだした。
最寄駅から娘の住まいまでは歩いて30分弱なのだが、雪の深さは30センチ。
上り下りの坂の多い街である。
体格のいい娘が吹き飛ばされそうになるほど、強い風が雪を横殴りに吹き付けてくる。

結局、普段ならどんなに乗り合わせなどがうまくいかなくても2時間はかからない
仕事先からの帰宅に、娘はその日、6時間かかったという……
逆にその日、多摩地区から都心に帰る人で、普段なら電車で10分のところを
4時間かかった、という人もいたようだ。
電車の中で待っていてもドアが閉まらず、雪が吹きこんでどんどん車内の温度は冷えて行く…
モノレールは途中で停電していたそうだ。
電車が止まっているのを、『・・線、死んだ』とか、『wろたwwww』とか
twitterなどでつぶやいて、大人しく災害に身を任せる人々の群れ…



娘からその話を聞いていて私があらためて思ったのは、東京と一口に言っても、
私などが住む多摩地区では、都心の繁栄と比べて住民の高齢化や、過疎化や街の機能の低下が
恐ろしい勢いで進んでいる、ということであった。
今度の都知事選でも、東京都の周辺地区の老齢化と過疎化が一つの課題として
語られてはいたが、このようにたった30センチほどの雪が降るという程度でも非日常的出来事が起こると、
本当にそういった問題が、にわかに遠くない切実な危機として顕在化されてくるということである…。
我が家に車があれば、なんということはなかったであろう。迎えに行ってやりさえすればいい…
だが我が家は自家用車を持たない主義。私たちは、東日本大震災の時にも痛感したが、
一旦何か起これば、交通の脚をもたない、移動弱者である…
しかも運悪くこの日はお婿さんは遠い旅先にいて東京にはいなかった。

翌日の都知事選でも投票に行こうとして思い知らされたが、雪が降ると、翌朝晴れても、
体がちょっとでも不自由だったり、いわゆる『脚のない』老人は、投票にも行けない
ということもわかった。
こころある元気な住人たちが雪かきをしてくれてあるところはまだ歩ける。
ところが雪かきをしていない吹きだまりの雪道や凍った日蔭の道では、雪にすっぽり足がはまるか
つるつる滑って、体の不自由な人間にはとても歩けないのである…。
候補者の事務所には、『投票に行きたいんだけれども、脚がなくて行けない。なんとかならないか』
という問い合わせが何件もあったそうだ。

娘が曰く。
もし、大地震とか、なにか事があったら、あたしは家には帰らないことにする。
都心でなんとかやり過ごすことにする。
都心は、そうした場合の難民の避難所ともいうべきビジネスホテルや終夜営業の店が
あちこちにたくさんあり、夜をとにかく過ごすことが出来る。
そうして、東日本大震災の時経験したように、都心ではコンビニや飲食店や、大学などの学校や
公的施設が被災者に温かい食べ物や居場所を提供してくれた…。
しかし、多摩地区は、住民にその構えがない。寒さに震えている人が居ても見て見ぬふりである。
そもそも、店も少なく、避難所がどこになり得るかの情報も得られない…。

そうしてさらに、娘と私が語りあったこと。

『人間が、だんだん無抵抗、無力になってるんじゃないかね……』

都心からなんとか遠くの家まで雪で交通がマヒした中を帰ろうとする人々の群れ…
彼等は最新の文明の利器をそれぞれ持っている。
皆、雪の中で濡れながら、スマートフォンに見入っている。
電車の運行状況などはそれで情報が得られる。
しかし、彼等は、バスや来ないタクシーを待ちあっている同士で互いに情報を
共有しようとしたり、困った顔で苦笑いを交わしあうことさえしないのである。
積極的に動いて、携帯ではない生の現場の情報を得ようと努める者もいない。
それを困っている者同士、今隣に並んでいる束の間の仲間に共有しようとする気配もない。
ただひたすら、個々人が、大人しく、雪の吹き付ける中、黙って震えながら携帯に見入っている……

                *

大げさな。
お嬢さんがたまたま出くわした情景がすべてではあるまい…そう思われるかもしれない。

だが、私はこの大雪とその翌日の都知事選の日との2日間ほどのこのささやかなエピソードに、
案外、この東京という大都会の、そして今の日本という国の本質的問題が垣間見えるような気がするのだ。

第一。
東京の都心の便利さと郊外の高齢化と過疎化の問題は、そのまま敷衍すれば、大都市と遠隔地
(敢えて地方、とはっきり言おう)の格差の問題に類似している…
強者は今の世を生きて行くのに何の不自由も感じまいが、弱者になればなるほど生きにくい世の中、
という構図がどうしようもなく悪く定着しつつある…
都心の便利さ快適さは、原発のある福島、新潟の犠牲の上に成り立っていることは言うまでもない…。

第二。
津波からの避難、福島第一からの避難…その悲惨に比ぶ得べくもないが、
たかが都会の大雪一つで、多くの帰宅困難者は出る。
しかし、都市の対策は弱い。いや、都市だけではない。この国全体の防災対策は
本当に弱い。まだほとんど手つかずと言ってよいのではあるまいか。
海に囲まれた日本。そしてその海に臨んで、54基の原子炉が日本には林立している…。
もんじゅもあるし、六ヶ所の核施設群も、東海村もある…

私は何も、今回の都市の大雪のことだけを言っているのではないのだ。
小さな身内の出来事にすぎないが、このことは敷衍して考えれば、国の問題に直結する。

これから、日本のどこでいつ、大地震がまた起きるかわからない。
しかし、国に限らず人々の防災意識は、高い防潮堤を作るとか、そうした大きなインフラに向き、
具体的な避難路の確保やその誘導方法、そして避難民の避難途中の救済施設などの確保など
きめ細かい具体的計画にはまだまだ全然手が回っていないだろう…

新潟県の泉田知事が昨年、平成25年9月の定例記者会見でこんなことを述べている。
3月、柏崎刈羽原発の地元民が自主的に避難訓練を行った。
400人ほどが訓練に参加したのだが、わずかその400人程度でも渋滞が発生したというのである。
半径5キロに2万人以上住んでいるのにである。
2万人が一斉に車で避難したらなにが起こるか。まして大都会では。

福島第一原発事故の際も、また、津波からの避難もそうであるが、皆が一斉に
車で避難を始めれば、一番原発に近い人々、一番浜辺に近い人々が、結局一番逃げ遅れることになる。
避難民の渋滞の最後尾に着くことになるからである。
福島第一の場合も、車で避難途中に被曝した人々がどれほどいたことか…
そして、体の不自由な人、お年寄りといった交通弱者は、車で逃げることさえ出来ず、
そのままそこにとどまり続けるしかなくなる、ということも当然起こりうるだろう…

福島第一原発事故で、菅元総理は、東日本を失ってしまうかもしれないと青ざめた。
4号機プールに、爆発して壊れた3号機建屋から、水がたまたま流れ込んだ。
それで4号機プールは偶然のように救われたのである。ここが、冷却水を失ったままであったなら、
使用済み核燃料は再臨界を始め、燃料が格納容器で一応守られた1~3号機と違って、
プールにむき出しの核燃料は、そのままものすごい放射性物質を放出し、もう作業員も
自衛隊も、消防などもそばに全く行けない場所になってしまっていたのである。
冷却を出来なくされた4つの原子炉、さらには、人が近づけないのだから、5,6号機も…
それらの核燃料が冷却も一切できないまま暴走を始めていたら……
本当に冗談でなく、私たちは東日本を失っていたであろう……
福島県全域は無論、宮城、岩手、栃木、群馬、茨城、千葉、東京、埼玉、神奈川…
風向きによっては、山形、新潟………

東京都民は、今回の都知事選で、投票に行かなかった人々を含め、そのおそらく
過半数以上は、『脱原発は、自分たち都民と直接関係ない選挙争点だ』と考えたのであろう。
福島の事故は、頭ではわかっていても、気分では『自分たち都民と関係ない』と感じていたから、
投票に行かなかったり、また、自公推薦候補に入れたりしたのであろう。
自分たちが豊かにふんだんに使っている電気のせいで、福島の人々が被曝したのだということを
我が身の痛みとして感じもしないで。

都民ばかりを責めるのはよそうか。
おそらく、この国の民の多くが、福島の事故は自分たちと関係ないと感じている。
いや、考えてさえみたこともない人もいるであろう。
しかし、原発のない地域でも、ひとたび大きな事故になれば、否応なしに巻き込まれる。
ちょうど昨日、北海道函館市が、青森県大間原発の建設の無期限凍結を求めたばかりである。

『函館は,大間原発から最短で23km,晴天時には,工事現場が見える程の至近距離にあります。
大間原発の50km圏内の人口は,青森側が9万人,北海道側は37万人です。
北海道の方がより大きな影響を受ける訳で,住民の不安は募るばかりです。』
http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/soumu/ohmagenpatsu/

狭い国土に原発が林立する日本では、どこに住んでいようと、ひとたび大きな事故が起きれば、
被害は立地県だけでは済まない。放射能プルームは地軸の回転と風向きによってどちらにでも広がる。
原発立地交付金の恩恵を受けていない地区の人々も放射能被曝と汚染にさらされるのである。
明日は、あなたが、逃げ惑う人々の車の渋滞の最後尾で、いたずらに被曝しつづけねばならないかも
しれないのだ。
事故を我が身に引き付けて普段から考えておくのは、いわば、想像力の問題である。
どうやって大小の事故から身を守るか。
たまたま隣り合わせた人々と知恵を集め力を出しあってどうやって共に助かるか。
また、行政に何もかもお任せするのではなく、普段から住民レベルでいかにいざという時の
避難経路の確保や、避難者の救援、救済、一時避難所や食べものの提供が出来るよう
心づもりをしておけるか。
そういうこころをもっていられるか。
…そうした事を、平時にこそ充分に考えて対策しておくべきなのである。
いざとなったとき、無力さに打ちのめされなくても済むように。

第三。
パニックを起こさない民というものは、本当にただ立派、と言えるのであろうか。
いや、この言い方は正確でないな。
無論、パニックは起こしてはいけない。パニックのゆえに命を失うことはあろう。
しかし、パニックを起こさないで沈着に行動することと、ただ茫然と災害に身を任せるというのとは
違うということだ。
大げさかもしれないが、この都会の大雪で、ただ一人一人がそれぞれにスマートフォンを
黙って覗きこんでいる…。電脳空間のそこでは誰かと繋がっていはするかもしれないが、
今そばにいる生身の隣人と情報を共有しあったり助け合ったりしようとしないで、ただ黙々と
寒さに震えながら大人しく待ち続ける傾向がもし現代人の間に生まれているのだとすれば、
私にはそれは、大きな悲劇に際しても情報を生身の隣人と共有し合わない、
悲劇の大元に怒りもしない、大人しい羊の群れを連想させて、なにやらこの国の民の行く末に
不安を感じてしまうのである。


ああ……!…

この都知事選は、本当はなんと大きな選択の切っ先を私たちに突きつけていたことであろう!
この都知事選は、都民の問題だけではなかったのである。
都民は、自分たちの街だけのために、『選ぶ』べきではなかった…
自分の勝手だから、棄権していいということでは本当はなかった…
そして、この選挙戦の一部始終と、棄権を含めての選択の結果は、なんと私たち日本人の愚かさを
むき出しにして見せたことであったろう!
これは、私自身の迷いも含めてのことである…

あまりに先の衆院選からの国民の選択はひどい…




しかし。がっかりを通りすぎて、今私は割合すっきりしている。
やり直しだ…すべて鍛え直しだ……
自分も含めて教育のしなおしだ……


           *

さて。今夜も、小さなキャンドルを灯す。
ある方に教えていただいたが、火は怒りの象徴でもあるそうだ。
火をつけること,發火,點火,みな本来、怒り心頭を言うことばだそうだ。

今日は、庭にまだ積もって消えない雪を掬ってきて、いつものベンチチェストの上に、
小さなかまくらを作ってみた。
しゃくしゃく水っぽく重くなった雪は、なかなか、丸いかまくらの造形が出来ない…。
手が冷たい。

でもようやくそれらしいものが一つ。
いつもの小さな亀山ローソクを灯す。
怒りで冷めたこころと怒りに燃えあがるこころと…

私たち日本人は、3年前の3月11日の悲劇を経験して、多くの同胞と美しい郷土を失って、
それなのに賢くならないでどうするのだ!!!!!




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『これでほんとうにいいのか日本』

もう松の内はとっくに明けたというのに、いつまでも正月の料理の記事を
出しっぱなしにしているのは、本当は私らしくないことだ。
ずぼらなところもあるけれど、彼岸花、こうした季節の折り目は本来大事にしたいほうである。
七日には朝、七草粥を作って食べ、正月の飾り物を片づけて…。

早く次の記事を書かねばなあ…。
そうは思えど、気が重くて重くて、ブログに向かう気がなかなかしないのだった…。

この気の重さは、無論、昨年末の特定秘密保護法の成立が象徴するように、
国民のあれほどの反対の声が上がっていたにもかかわらず、それを押しきって自公政権が
その圧倒的多数の力を持って、こんな愚かしい法案をいとも容易にとおしてしまったこと、
そして、その手法がこれから繰り返し使われて、この国のかたちが変えられてしまうであろうことに対する
落胆から来ている。
そしてその後の首相の、年の暮れに人の隙を突くような靖国参拝。
その総理の行為を、国民の大半が『適切だった』と考えているということに対する落胆とからもきている。

おいおい。
ほんとうにそれでいいのですか!

戦後、私たちが「もう二度と戦争はいやだ!」という想いで守ってきた不戦の誓いが
平和憲法の根本精神が、一内閣の嗜好でいとも簡単に破られて、事実上反故にされようとしているのだ。

3.11で私たちは一体何を見て来たのだろうか?
あの大津波に呑まれていった人々や町は、東京オリンピックという華やかな祭りへの期待と
浮かれ騒ぎの陰に隠れて、忘れ去られてしまっていいのかい?
東京都の今年度分の予算に、オリンピックの準備金として100億円を計上するという。
都は既にオリンピック費用として4千億円を積み立てて用意しているというが、
それでなくとも人も経済も文化も、日本の富の集中している東京に、さらにこれで
人材とコンクリートなどの物資もお金もが集中することになる。
オリンピックを仮にしなかったからと言って、都の予算が被災地に回されるわけではないけれど、
なにかどう考えても腑に落ちない、やりきれない想いを抱いてしまう。
被災地の復興がまず第一だろう?
3.11直後の、東北で新しい地域社会、新しい希望ある人間社会建設の実験をするというほどの
意気込みは、一体どこに消えてしまったのだろう?

フクシマを私たちは忘れていいのだろうか?
一体どれほどの人が、東電という、たかが一企業のために被曝させられたのだろう?
一体どれほどの人が、住む場を奪われ、仕事を失い、そして中には家族の絆さえ失ってしまったのだろう?
仕事や日々の暮らしという人生の設計図を一体どれほどの人が奪われてしまったのだろう?
一体いくらの損害があったのだろう?これからも出続けるのだろう?
たかが一企業のしでかしたことのために?

私たちは、福島第一原発の溶け落ちた核燃料が、どこにあるのかさえ知らない。
しかし、その不気味なものは、この国の、福島というかつては花が咲き鳥が歌い
日本の豊かな食の宝庫でもあった土地の、どこかに確実に今もあり続けている!
第一原発にずらりと並んだ1000基もの例の貯水タンク。
始終汚染水漏れを起こして、海を汚しているが、それだけでなく、汚染水タンクそのものから
国が昨年8月に認可した廃炉の実施計画で決めた、原発敷地境界の線量「年1ミリ・シーベルト未満にする」
という基準のなんと8倍の、年8ミリ・シーベルトの水準を超えたX線が、一部の箇所で
この12月に観測されたという。
タンク内の汚染水から出る放射線は主にベータ線で、物を通り抜ける力が弱いが、
ベータ線がタンクの鉄に当たると、通り抜ける力の強いエックス線が発生し、遠方まで達するのだという。

さらに今日のニュースでは、東電は、海側の観測用井戸で9日に採取した地下水から
ストロンチウム90などのベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり220万ベクレル
検出されたと発表。この井戸は2号機タービン建屋の海側、護岸から約40メートルの場所にある。
これまでの最高値である昨年12月に測定された同210万ベクレルよりさらに高い。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140111-00000057-jij-soci

昨年7月23日。東電は『港湾から約40メートル内陸側にある観測用井戸で』
22日に採取した地下水から、ストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質が
1リットル当たり15万ベクレル検出されたと発表している。
この井戸は『2号機タービン建屋よりは海側』にあるが、港湾近くに掘られた
観測用の中では最も内陸側にある。7月12日に初めて採取された時の値は同9万2000ベクレル。
7月18日に採取した地下水は、1リットル当たり12万ベクレルだった。測定するたびに濃度が上昇している。
---時事ドット・コム(2013/07/23)
http://www.imart.co.jp/houshasen-level-jyouhou-old25.8.13-R.html

同じ井戸かどうか私には断言できないが、場所の記述は同じに見える。
例え違うものだとしても、海から40メートルの一つの井戸が、昨年7月12日に初めて採取した時
1リットル当たり9万2000ベクレルであって、半年後のこの1月9日、やはり海から40メートルの
観測用井戸が、220万ベクレルだったというのである。

例のごとく東電は『原因はわからない』と発表し、報道する側も、ただその言葉を
『わからない』とまる写しに発表するだけである。
私は今日の『220万ベクレル。最悪更新』というニュースの数値を聞いて、
過去にはどのくらいの数値だったのだろうと素朴な疑問を持った。
それで、過去のネット情報をあちこち検索して、上記のサイトの数値を見つけたのだ。
私のようなほんとうに素人の主婦でも、ちょっと調べれば、このように過去の数値との比較ができる。
『原因はわからない』という東電の暢気な発表を鵜呑みにして、このくらいの比較数値も書かない
今の報道っていったい何をしてるんだろう。

このストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質の値。
上昇傾向が続いているのではないですか。『原因はわからない』などとのんきに言ってすまされる問題ですか!
なんで今、1リットル当たり220万ベクレルにもなっているんですか!
ちゃんと東電関係者以外の専門家を入れて調べてください!
福島第一原発の状況は、日々悪化しているんじゃないのですか?

そんな環境の中で、毎日作業員たちは働いているのだ。
福島の人々は、こんな不安定極まりない状況の中で、国や県によって無理矢理、
『3.11前』の生活に戻らされようとしているように思えてならない。

安倍さん。この福島をそのままに、トルコや東欧諸国への原発輸出をあなたは推し進めようとしている。
2006年。共産党吉井議員が、原発の全電源喪失の可能性とその危険性を質問書で質したとき、
あなたの内閣は『原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期している』
という答弁書を出して、この大事な問題を握りつぶしてしまった。
その責任には頬被りをして、さらに海外へ原発を売ろうというのですか。
何か起これば、また頬被りをして知らん顔を決め込むのですか。
あなたに過酷事故の責任が取れるのか!

私の抱く情けなさは、なにも安倍総理という個人一人に抱いているものではない。
もっともっと根が深い故に絶望しているのである。
昨年から、文学作品の力を借りて、日本という国が抱えている根本的なその根っこのところに
迫ろうとあがいて来た…

しかし、おそらく歴史にその悪名を残すことになるであろう今の内閣を、国民の大半が
ただ経済のことだけで容認してしまっているように見えるこの状況はあまりにも情けない。
がく~っときて語るのもいやになってしまっていたけれど、日本が日中戦争、太平洋戦争と
突き進んで行った時、たくさんいたはずの良識ある人々が、「もうだめだ!」と
黙り込んでしまったことを思い出すと、また、同じ愚を繰り返してはならないのだ、とも思う。

さて、彼岸花。
重い腰を上げて2014年の始動だ。
今年の私のテーマは、1記事1テーマに絞ることだ。
早速その禁を犯してしまったが。(苦笑)



今夜は34回目のキャンドルナイトだ……

雪の結晶のような風情のあるグラスに、いつもの小さな蝋燭を入れてみた。


2014_0112_022305-CIMG1547.jpg





                         
心ひとつに キャンドルナイト




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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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