『キャンドル・ナイト 79』



79回目のキャンドル・ナイトだ・・・

ふう・・・・・・・・我ながらよく続けてきたものだ・・・



キャンドル・ナイト 79 ①



娘が先日くれた小さな鉢植えの赤葉千日紅と、同じく鉢植えの千日小坊、そしてアスターを
すこしずつ切って、小さな陶器の器に挿した。
千日紅といえば、夏の間から秋まで千日(比喩的表現だが)紅い小さな花を
咲かせるから、千日紅、なのだけれど、赤葉千日紅は、花が白くって逆に葉っぱや茎が紅い。
はじめて見た。・・・いろんな花を作り出すもんだ。
『千日小坊』は、遠くから見たところは『吾亦紅(われもこう)』に似ている。これもまた、
千日紅に似ているけれどちっちゃいから『小坊』なのだろう。^^
これもまあ、園芸家の人たちはいろいろ考えてよく名前をつけるもんだ。
紫の小菊に似た花は『アスター』と書いてあったが、和名は『エゾギク』だ。
こんな秋らしい色の花たちを玄関先に飾っている・・・・・・



キャンドル・ナイト 79 ②



ささやかな我が家の庭にも、今年もまたいろんな花が咲いてくれたが、またいつか
まとめて紹介しよう・・・



衆院選はまっただなか。
今度の選挙は、実は、この戦後72年の日本の形を変えてしまいそうな、それも確実に
悪い方へと変えてしまいそうな、そしてそれは後戻りも出来なくなるような、そんな
重大な意味を持つ選挙なのだけれど、そのことを選挙民が皆、本当によくわかって
いるのかどうか大変に心許ない。

6年と7ヶ月前のあの日・・・
あれから私たちは、何をしてきたろうか・・・

今夜も、小さなろうそくの火を見つめながら、重い心に問いかける・・・






南亭さんバナー②




心ひとつに キャンドルナイト








葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 










『立憲民主党誕生に寄せて ③』


今のこの政治ブログと化した私のブログが与えるだろう印象とは違って、もともと
私は、政治にあまり関心のなかった方である。
母も兄も政治に全く言及することなどない家庭で少女時代を過ごした。
だが。極端に貧乏だったので、幼心になんとなく、世の中の不条理、『この世は不公平なものだ』
という印象は漠然と抱いて育ったように思う。
自分が『持てるもの』と『持たざるもの』のどちらに属するかということは、もう事実として
日常、見聞きしていたから、本能的に『弱者』の側に立ってものを考えるよう育って
来たように思う。
だから、小さいときから、なんとなく、自民党や自民党的なものが嫌いだった!

それでも、特に私が政治に関心が高かったとは言えない。政治活動らしきこともしたことがない。
選挙権を得てからは、『アンチ自民』として、共産党か社会党のどちらかに票を投じ続けてきた、
という程度のもので、結婚してからも、相手が同じような考えの人であったので、我が家は
ずうっとアンチ自民としての『社共連合』というようなものを期待し続けて選挙のときだけ
票を投じてきた、いわばまあ、ノンポリ層である。



あの、2011年3月11日、東日本大震災と福島第一原発事故が起きた日・・・。
政治にそれほど熱心でなく関心も乏しかった私が目覚めたのは、そのときからだ。
それまでにも、チェルノブイリ原発事故以来、不定期ながら反原発団体に顔出し
してみたり、原発のことを調べてブログに書いたりはしていたが。

福島第一原発事故は、私の中に眠っていた、政治への怒りや、この世の中の
がっちりと組み上がった利権構造への疑問や・・・もろもろのこの世の『不公正』や
『不条理』への潜在的な怒りを一気に目覚めさせてしまった!

原発!・・・こんなものが許されていいのか!
ひとたび過酷事故を超せば、人の命も、人々の穏やかな暮らしも一挙にすべてを
失わせてしまう原発というもの。

(福島市には実は、私のつれあいの弟・・・優しい穏やかな性格の弟やその一家、また
母を早くに亡くしたつれあいの、母代わりのような存在でもあった義理の姉なども
住んでいる。)

・・・そこからだ。私が、政治について考えるようになったのは。
そして、原発についての情報を集め、その導入の歴史を調べ・・・その奥に
横たわる巨大な利権組織などのことを知って行くにつれ、原発の問題というのは、
水俣問題にも、沖縄問題にも、そして日本が侵した侵略戦争のことにも・・・
すべてどこかで繋がってくること。そして、それらはいつも同じ構造をしていることに
気がつくようになっていったのである。

一口に言えば、それは、強者が自分たちの利益をさらにうるために引き起こした
悲劇は、弱者が常に最大の犠牲者になる
、というようなことだ。
そしてさらに深く考えていけば、それは単に強者対弱者の構造に終わるもの
ではなく、大きな悲劇や大きな不幸は、社会の構成員がその不条理に無自覚
であることから時として生まれ、それが結果的に、自らや同じ社会の構成員を
苦しめるものに至る・・・
、ということだ。

元読売新聞社会部記者で、日本の売血制度を告発し、ペンの力で、日本に
献血制度を導いた本田靖春というジャーナリストがいた。
その人一人(いちにん)を詳しく知れば、その人の中に、この日本の不条理の構造が
ほとんど見えてくる・・・、というような、まあ私にとっては一つの大きな出会いであった
人がいる。その著書を通じての出会いということだが。
その本の書名は『我、拗ね者として生涯を閉ず』(2005年、講談社)

この人についての記事を、私は、福島第一原発事故から40日後ほどの
2011年4月23日に2本続けて書いている。


原発事故も売血制度もそのスタート時にアメリカGHQやCIAの関与があったこと、
そしてまた、それはたどっていけば、日本軍の中国における731部隊に
おける非道や、広島・長崎の原爆後のABCC(原爆傷害調査委員会:原子爆弾による
傷害の実態を詳細に調査記録するために、広島市への原子爆弾投下の直後に
アメリカ合衆国が設置した民間機関)の非人道性や、戦後66年経た東日本大震災・
福島第一原発事故の年になお残っていた731部隊の日本の学閥への影・・・
のことなど、いろいろなことがそこから芋蔓式につながっていって私を目覚めさせた・・・
いわば、私の勉強の原点ともいっていい記事である。

『我、拗ね者にして』 其の一 
『我、拗ね者にして』 其の二

同じ本田氏が、『村が消えた  むつ小川原 農民と国家』という本を出していて、
それが、福島の原発事故後まだ3ヶ月、胸の内に吹き上げる怒りの遣り場がなかった
私の中で、また、原発と戦中の日本の満蒙開拓団の関係、日本の農政問題
などと繋がっていく本であることを知ったときには、大きな驚きとある種の不思議さを
覚えたものだ。
私というひとりの人間の抱く社会への憤怒と問題意識が、会ったこともない一人の
ジャーナリストの書いた本の中に面白いように凝縮されていたことに。


この本についての私の記事。『貧しさの構図』

その人の言葉で、とても印象に残った言葉がある。それは、
『自らを守ろうとしないものは、だれも守らない』


国策として満州の地に渉り、そこの農民の耕した土地を簒奪するに近い
かたちで得て開拓農業を始めた人々が、戦争に負けて日本に帰るのだが、
そこでようよう得た土地での農業が、またしても国策で翻弄される・・・。
昭和40年代の新全国総合開発計画である!
『小川原工業港の建設等の総合的な産業基盤の整備により、陸奥湾、小川原湖周辺、
ならびに八戸、久慈一帯に巨大な臨海コンビナートの形成を図る』という、壮大な計画
であった・・・・・・
(そしてその計画もまた頓挫して、ついにその地には、後にあの六ヶ所村
原子力関連施設が建つわけだ・・・。)

満州に渡って行った開拓民は、国策の被害者である。
しかし、彼らはまた、中国の民から見れば、彼らの土地を奪った簒奪者でもある。
戦後、またしても国策に翻弄され続けた彼ら。
農業を続けるか農業は見限って金を受け取るか・・・・・・。
しかし、金に踊らされ、土地を、農業を捨てたのは、彼ら自身の選択であった。
高騰する土地の買収金。賛成反対派で村は2分され、村長選挙では裏金が舞う…
本田氏は書く。
『開拓地に酪農が根づかなかったように、戦後の選択であるはずの民主主義も、
下北には根を張ることがなかった。
『自らを守ろうとしないものは、だれも守らない。』


この本田氏の言葉の『下北』という部分を『日本』という言葉に置き換えれば、
『戦後の選択であるはずの民主主義も、日本には根を張ることがなかった』となる。

『自らを守ろうとしないものは、だれも守らない』というこの言葉を、
今、日本の民主主義の危機ともいうべきこのときに、私は、
胸の鋭くうずくような痛みと共に思い出すのだ。


私たち日本人は、今度の選挙がどれほどのおぞましい変革を・・・
極めて、極めて悪い方への変革をもたらすかということを自覚し想像して、
それに向かおうと、果たして、しているであろうか?



あのような事故を経験しその被害者である福島の人々がその生活再建の鳥羽口にさえ
つけていない人々も多くいる中、この国で、またしても原発は次々に再稼働されていこうと
している・・・。また、それを願う立地自治体の人々がいる・・・。


私は、あの事故後、憲法を何度も何度も読み、ここでもずいぶん記事にしてきた・・・。
安倍首相が『みっともない憲法ですよ』と言って、今、無残に蹂躙しようとしているその
日本国憲法が、私は大好きでたまらない!

こんなよく出来た憲法があろうか、とさえ思う。
数ある私の好きな憲法の条文の中で、もっとも好きな箇所の一つ。それは、

日本国憲法第第十二条『この憲法が国民に保障する自由
及び権利は、国民の不断の努力によって、これを
保持しなければならない。





(この記事続く)

続きを読む

『立憲民主党誕生に寄せて ②』

前の記事の結びで、私はこんなことを書いた。

安倍氏の身勝手な解散宣言から始まった今度の衆院選の一連の騒動は、
多くのことを国民に見せつけ、そして『考えること』、を突きつけているように思う。
当然のことながら、当の政治家たち自身にも。

 
自分の立場とか損得とか、身分の安全とか保身とか、思想信条とか、
支持政党とか・・・、
そういったものの一切から少しの間離れて、この間の騒動を客観的に、
冷静にみつめてみてごらん・・・。

・・・それは、人間としての『信義』とはいったい何なのだろう、と言うことではなかったか。
一人の政治家である前に、一人の人間としての、身の振り方、ということだ。
その姑息、その惰弱、その卑怯、その胡散臭さ、一方で、その身の振り方の美しさ、
などということを・・・。


支持政党や自分の思想信条を云々する前に、まずはこのことを考えてみよう。
議員としての信義、人間としての『信義』にもとるようなことをする人物を、私たちの国会に
送り込んでもいいのかどうかを。


            ***

国会議員という職業を選んだ人々の『本分』とはいったい何であろうか。

少し政治の基本を語ろう。
日本は、代議制、議会制民主主義の国である。
代議制、とは何か。国家なりある組織の構成員の信認を得た代議員が、それら
個々の構成員に代わってさまざまなことを議決したり、また決まりそのものを作ったりする
仕組みのことである。
小さな組織の決めごとを話し合うなら、直接構成員が集まって相談し、多数決なり
なんなりで物事を決めていける。だが、『国』というような大きな組織では、国民が
全員で一カ所に集まって話し合うことなど無論出来はしない。
そこで私たちは、『選挙』という仕組みを通じて、私たちの代表を選んで議会に送り込み、
その人々に私たちに代わって、国のさまざまなことを決めてもらう。また必要ならば、
決まり(法律)も作ってもらう。・・・これが、代議制であり、議会制民主主義である。

私たちの国の最高法規としての『憲法』にはどう書いてあるだろうか。 

日本国憲法前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。』             



すなわち。国会議員は、国民に『選挙』によって、国政を『信託』されているのである。
しかも、その信託は『厳粛な』ものである。

今度の一連の政治騒動を見ていて、私たちは、安倍首相はじめ、その他の
国会議員たちが、この憲法前文に書かれた国民からの厳粛な信託に応えていると
思えるだろうか?

まずは、安倍首相である。安倍首相は、『行政府の長』であるが、同時に『立法府』の
一員である。なぜならば、日本においては、『議院内閣制』というものをしいているからである。

『議院内閣制』とは何か。
我が国では、日本国憲法第67条第1項によって、『内閣総理大臣は、国会議員の中から
国会の議決で、これを指名する』ことになっている。また、第68条第1項によって、
『内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から
選ばれなければならない』としてある。
つまり、憲法では、内閣の首長である内閣総理大臣も、国務大臣も一定数は
国会議員から選出される必要があるとしている。これが『議院内閣制』だ。

こんなことは皆さん当然ご存じでしょう。
それでは、ここに今書いたことは、もっと深いところでどういうことを意味するのか。

内閣は、国会の『信託』を受けているということである。内閣総理大臣はじめ、
総理大臣が選んだ多くの国務大臣も、元々は、国会議員である。つまり、同じ
立場の者である。その国会議員の中から、内閣総理大臣や国務大臣の多くは
選ばれていると言うことは、彼らは、そのほかの国会議員たちの『信託』を受けて
『内閣』の一員となっているということだろう?

そこを、日本国憲法ではどう書いてあるか。
日本国憲法第66条第3項。『内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。』

つまり、内閣は、国会議員の信託を得て選ばれるが、それゆえに、その行政権を
行使するにあたっては、国会に連帯責任を負う。
また、その国会議員は、立法権を、国民の信託を選挙によって得る、という構造だ。

つまり、国会議員も内閣も、最終的には、国民に対して大きな責任を負うと言うことだ。
つまり、立法府も行政府も『その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者が
これを行使し、その福利は国民がこれを享受する』
ということだ。


再度言うが、今回の安倍首相による『国難解散』とやらいう身勝手な突然の解散劇や、
また、小池氏の『希望の党』と、『民進党の一部議員』による民進党解体劇は、今、
上に書いたような、国民に対する内閣や国会議員の責務を果たしているものと言える
だろうか?

まずは、安倍首相だ。
安倍首相は、上に書いたように、国会議員の一員であり、またその中から選ばれて
『行政府の長』にもなっているという立場である。
日本では、ご存じのように、ほとんどの場合、衆院選で第一党となった党の
党首が、内閣総理大臣に選ばれることが多い。そしてその総理がまた内閣を作り
国務大臣を選ぶ。
つまり、『三権分立』とはいうものの、日本においては『立法府』と『行政府』は、議会の
第一党においては極めて近い、というかほぼイコールの関係にある。
それだけに総理はじめ内閣の構成員は、立法府に自分たちの方針を勝手に
押しつけるようなことがあってはならないし、また、立法府には、内閣イコール行政府を、
それが暴走しないように手綱を引き締めるという役割が課せられていることを
常に忘れないでいるという政治道義が求められることになっているだろう?


ところが、安倍首相、および安倍政権のやり口はこれまでどうだったろう。
上に書いたような、日本の政治の仕組みを、憲法の高い理念を理解し、それに沿って
やってきたと言えるだろうか???


否!だ!
そのひどいひどい例を挙げていこう。

●『国会議員であること』と、『行政府の長であること』の身勝手な使い分け
今書いたように日本では総理大臣は自民党の国会議員であってまた
行政府の長、である。だから、日本においては、完全な『三権分立』というものが成り立ちにくい
のである。だからこそ三権分立の精神を生かすには、総理大臣や国務大臣などは、
そこがぐずぐずにならないよう、身を糺す必要があるだろう?
ところがどうだ。安倍総理の国会での答弁を聞いていると、自分の都合の悪いときには
『私は行政府の長でありますから』と、国会での説明や決定の責任から逃れて
ばかりだ。一見、この安倍総理の態度は、自分が国会議員であることすなわち立法府の
一員であることと行政府の長であることを明確に区別しているつまり、『三権分立』を
尊重している態度であるように見せながら、実は、そのことを言い訳にして、都合の悪い
ときに国会における誠実な答弁から逃げ続けているだけにすぎない。
私たち国民は、安倍総理のそうした不誠実を、国会答弁において何度見せられてきた
ことだろう?
果ては、同じく今年5月8日、衆議院予算委員会で、当時民進党、現在立憲民主党
議員である長妻昭氏に、『国防軍の創設などを盛り込んだ自民党の憲法改正草案を
取り下げるのかどうかを問われると、『自民党総裁としての考え方は、相当詳しく
読売新聞に書いてあるので、熟読してもらってもいい』と答弁する始末!
こうやって、安倍首相は、いつも国会での大事な議題の時に、『私は行政府の長ですから』
ということを言い訳に、真摯な答弁から逃げ続けてきた。こともあろうに、自分の考えは
読売新聞に書いてあるからそれを読め、とは!

●『改憲』への個人的情念剥き出し
一方で安倍総理は、自民党という『党』の総裁として、国会の議論から離れた
ところで、いきなり、自分の党が過去に決めた『自民党改憲案』さえも無視して
憲法九条に自衛隊の存在を認める項目を書き加えるという案を出し、改憲の日程を
急ぐように自党に圧力をかけた。それはこともあろうに、今年の5月3日、『憲法記念日』
にである!
国会内では憲法審査会が改憲について、まあまあ慎重な議論をしている・・・
ところがそれでは、自分の任期中に憲法改正案を提出し国民投票に持ち込むと
言うのに間に合うかどうかわからない。しびれを切らした安倍首相は、そうやって
『2020年を新しい憲法が施行される年にしたい』と、アドバルーンを打ち上げ、自党に
改憲論議を急ぐよう圧力をかけたのである!
それは、少数政党も論議に加わっている国会憲法審査会の審議に行政府の長である
安倍晋三氏が強い意向を示すことであり、第一に少数政党の軽視、ひいては
自党の論議をさえ無視するものである。憲法九条の条文変更については自民党内部の
意見統一さえ出来ていないそのときに!

とにかく安倍首相は、自分の祖父もなし得なかった憲法改正を、自分の任期中に
成し遂げたい、条文がどれでもいいから、とにかくあの「『日本国憲法』を変えたのは
自分だ!』という実績作りのために、いわば安倍晋三という政治家の個人的情念のために
ひたすら憲法を変えることを急いでいると言うようにしか見えない。

●解散権の乱用
安倍首相が、
日本国憲法前文『そもそも国政は、国民の厳粛な信託による』という部分や、
日本国憲法第66条第3項。『内閣は、行政権の行使について、国会に対し
連帯して責任を負ふ。』
や、憲法が最高法規であることを明記した第十章
第九十九条『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』

という、国民主権を謳う現行憲法に明記された、立法府の国会議員および
行政府の国務大臣への、国民を守るための縛りや三権分立の精神を、あからさまに
無視しているということがもっとも如実に表われている例の一つが、この『解散権の濫用』
であろう。
そもそも、『首相に解散権が与えられている』とか、『解散権は首相の専権事項である』
などということは、憲法のどこにも書かれていない。内閣についての取り決めを書いてある
第五章『内閣』にも、どこにもそんなことは書いていない。あるのはただ、
第一条第3項『天皇』の国事行為に関するところで、
『天皇は、(内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。)
三 衆議院を解散すること。』とあるだけである。
歴代内閣は、この天皇の仕事を定めた第一条の『内閣の助言と承認により』という
箇所だけを根拠に、『首相の解散権』を認めてきた。
確かに、日本では三権分立が憲法の要諦の一つではあるが、だからといって
国会が内閣の行政権を無視するようであってはまた、ならない。
そのために、歴代内閣総理大臣は、これまでも『衆議院の解散権』という、
法的には曖昧なものを行使してきた・・・。
だが、だからといって、内閣総理大臣が、その解散権を闇雲に行使していいはずがない。
上にも長々と書いてきたように、日本では『議院内閣制』を採用しているために、
議会と内閣の関係は微妙である。それだけに、内閣は、国会に対し、その行政権の行使
に対し連帯責任を負うし、国会に対してもひいては国民に対しても、その行政権の濫用には
自制的であり謙虚である必要があろう???

歴代首相の中で、安倍総理ほど、この『衆院の解散権』を濫用してきた総理大臣は
いない。
今度の『もり・かけ隠し解散』などは、その最たるものである!


●政治の私物化
これはもう、あらためて書くまでもない。皆さんご存じでいらっしゃることだ。
森友問題に見る、安倍氏、および昭恵夫人の、自分に近い特定の思想を持つ
一私立学園への異様なほどの肩入れのしかた!
二人と森友学園との親密関係は、まだまだこれから国会ででも言論の場でも
追及されていかねばならないだろう。
また、加計学園における同じく安倍総理と加計学園理事長の親密さが、公正公平
であるべき国の行政を歪めていないか、ということは、さらに厳しく追及されてしかるべきだ。

考えてもみてごらん。仮にこれが、他の政治家であったとすれば。
たとえば、旧民主党代表で元総理鳩山氏が、菅氏が、およびその夫人たちが、
同じようなことをしていたとしたら、自民党やマスコミは、どれほど激しく厳しく
それを追及するであろうか???!!!
自分の支持政党の総理やその夫人、またその親しい友人ならば許されて、自分の
支持しない政党のトップのすることは厳しく叩く。あるいは現政権に忖度して
攻撃に手心を加える・・・。
そんなことはおかしいということは、自分の思想信条を抜きにして誰にとっても
わかることだろう?

安倍首相についてはもっともっと書くべきことが山ほどあるので、また書く。
小池氏についても同様だ。


           ***

・・・・・・・・・
安倍晋三氏は、国会議員そして同時に国務大臣としての本分を忘れている!
また、同様に、小池氏の『希望の党』に、その政策さえまだ明確に打ち出されて
いない時期に、『政策協定書』なる『踏み絵』に応じてサインしてしまった民進党議員
たちも、国会議員としての本分を忘れてしまっている!
とりわけ、『政策協定書』なるものの、
1.希望の党の綱領を支持し(以下省略)
4.憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めること。
8.希望の党の公約を遵守すること。


というところに、憲法改正や希望の党の公約などの具体的な中身も書かれて
いないのに、一国会議員として安易にサインしてしまうということは、国民に対する
重大な裏切り、そして背信以外の何ものでもないだろう?
だって、国民は、民進党としてのあなた方に、民進党の全体的方針を担うあなた方に
票を投じてきたのだ。
その身勝手は、それまでの仲間を裏切った背信行為だけではない。民主党~民進党に
これまで投票してきた国民に対する重大な背信であり不実であり不公正ではないのか?
同じく積極的に民進党を応援してきたサポーターや地方議会議員およびその支持者への
裏切りと背信でもあるのだぞ!


私が、一つ前の記事で、衆院選直前のこの時期に政治について直接書くのではなく、
『人間としての『信義』とはいったい何なのだろう。
一人の政治家である前に、一人の人間としての、身の振り方、ということだ。
その姑息、その惰弱、その卑怯、その胡散臭さ、一方で、その身の振り方の美しさ、
などということを、支持政党や思想信条などを離れて考えて見てごらん
』ということを
テーマにしてみたのは、そういうことを考えて欲しかったからだ。



第九十九条『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』
と、憲法に書かれている国務大臣でもあり
国会議員でもある安倍晋三という人自身が、かくも改憲を急ぐ。
安倍首相だけではない。今回の希望の党の小池氏による民進党解体騒ぎ以降、
『改憲』ということが、いつの間にかもう規定の路線ででもあるかのように新聞等の
報道でも扱われ出したことに私などは驚く。その変化はおそろしいほど急激だ。

今回の衆院選で自民党公明党、そして小池氏の『希望の党』そこに加わった
民進党内の改憲を望む右派グループ、そして小池新党成立以来急に発言を
ましてきた『こころ』や維新など改憲派の政党。これらが国会に送り込まれれば、
国会内には三分の二をはるかに超える一大改憲グループが出来上がってしまう!
一説には、改憲勢力が80%にもなるという!

そのことの怖さ、おぞましさを国民は本当に理解して今度の選挙に臨もうと
しているだろうか?
九条を改憲するだけではないぞ。小池氏は、『憲法を変える』と言うことを党是に
しているのである!どんな改憲案がこれからその一大改憲グループによって
持ち出され、国民を縛るような恐ろしい条項が圧倒的多数の改憲派によって
可決されてしまうか、国民はよく想像してみた方がいい。

今、私たちの『国民主権』を明記した日本国憲法が、かつてない
重大な深刻な危機にさらされているのだぞ!


内閣は国会に責任を負い、その国会は、私たち国民の厳粛な信任を得て
国民の福利のために国のさまざまなまことを議論する。つまり、国民に主権がある!
それが『議会制民主主義』であり、現日本国憲法の要諦だ。


そのことを忘れてしまったような議員を国会に
送り込んではならない!
何度も言うが、皆さん、自分の支持政党や思想信条
ということを、いったん取り外して、このたびの、
そしてこれまでの、安倍氏を含む国会議員たちの、
人間としての『信義』の有り様を、冷静な目で見て
投票してください。


『立憲民主党誕生に寄せて ①』


さて。ようやくいろいろな裏側の事情もわかりかけてきた。
また、客観的に書いて行ってみよう。

2.『解散から民進党分裂まで』


9月28日の、前原氏による民進党解体劇には本当に驚かされた。
前原氏と小池氏のどちらが仕掛けたのか、とか、誰が裏で糸を引いていたのかとか、
そんなことはもういい。
リベラルから自民党に極めて近い思想の政治家までごちゃ混ぜで、いつも党内が
ごたごたして大事なときに一本にまとまりきれず、そのごたごたを国民の目にさらし
信頼を失い続けてきた民進党は、いずれこういう時が来るのが運命づけられていたので
あったろうし、それが今回はっきりと、希望へ行く者と立憲民主党に行く者と
(またそのどちらでもない者と)がくっきりと分かれる結果になったのは、かえって
よかったのではないかと私などは思っている・・・

もう何年も・・・と言っても私が政治にこのように関心を持ち始めたのは、実はあの
3.11からなのだが、それ以来、どれほどこの、当時『民主党』内の『反リベラル』勢力
とも言うべき人々・・・むしろ自民党に極めて近い人々が党内をかき乱していることに
腹立ちを覚え続けてきたかわからない・・・。
リベラル勢力と右派の人々と、そのどちらでもない人々が仮に三分の一ずついたとして、
なぜ右派の人々を私が『かき乱している』と表現したか、というのは、彼らの行動が
民主党、民進党の政党として掲げる方針から矛盾しているように見えたからである。
国会などで民進党は、自民党・・・長年この日本で政権を担当し、日本が今抱えている問題や
矛盾の多くの原因を作り出してきた自民党の政策を批判し、それとは違う政治軸を打ち出して
来たはずだ。
左派、ではないにしても、少なくとも中道左派から幅広く中道右派、右派までの議員を抱え、・・・
いずれにしても明らかに自民党とはいろんな政策上の面で方針を一にしない政党として
選挙戦を戦い、多くの国民の信を得て国会に送り込まれ、その国会で一強をおごる自民党を追及し、
問題点を明らかにすることを担う政党として期待されていたはずだ。

とりわけ2009年、民主党が多くの国民の絶大な支持を獲得して自民党から政権を
奪取したとき、支持者たちが民主党に求めていたものは、自民党と同じ政治を
することだったろうか?
そうじゃないだろう?
同じ政治をして欲しければ、自民党に入れればいいだけのことだ・・・。

ところが、民主党は、その支持者たちの期待を叶えられなかった。
私は、民主党が政権の座についた選挙のとき掲げていたマニフェストを実現出来なかった
からと言って怒りはしない。
理想を実現するのは、常に大変なことである!そう約束したことを簡単に叶えられるものか。
私は、民主党に、その約束に近づけようとする強い意思がある限り、たとえその進みが
遅々としていても、応援し続けるつもりでいた・・・。
辛抱強く、自民党に代わって政権を担当しうる政党が育つのを待つつもりでいたのだ。

だから、このブログでも、何度『民主党よ!』と呼びかける記事を書いて、その初志を
見失うな、支持をした国民の想いを見失うな、と叱ってきたかわからない。
それは、このブログをずっと見てくださった方なら、何度も目にされたことであろう・・・。
無論、こんなちっぽけな、名も無き個人のブログと言うことは百も承知で、それでも
黙っていられずに書き続けてきたのである。

しかし。民主党は、そういうふうに左派に近いリベラルから明らかに右寄りの議員まで
一つに収まっているために、いつもごたごたを国民の目にさらしてきた・・・
それでも民主党を支持し続けた人々が、民主党に求めていたもの・・・それはやはり、
大きく見て自民党と違う政治をして欲しい、と言うことではなかったろうか?


・・・・・・・・・・・・

だが。
今回の解党劇は、あまりにもひどかった!!!
今回のそれは、単にかつて一度は政権を担ったこともある政党が分裂した!という、
政治上のことだけでななく、多くのことを有権者に感じさせ考えさせたのではなかったろうか。


また、当然のことながら、『森友・加計問題』や自衛隊の日報隠秘問題への追及から
逃れるように、強引に、今の度の衆院解散・総選挙に持って行った安倍政権、公明党や、
民進党の一部議員と画策して今度の解体劇を演じた『希望の党』などの一連の動きも

多くの・・・本当に多くのことを、私たち国民に見せてきた・・・・・・
そうして、政治に対する大きな疑問を、懐疑を、不信を抱かせてしまった・・・・・・

誰がどうだったのこうだったの、などということはここでは言うまい。
とにかく国民は、一部始終を見ていた。
安倍自民党、公明党、希望の党、維新、(略して)こころ、自由党、
そして共産党、社民党、そして新たに立ち上がった立憲民主党など、すべての党および個人の
議員・政治家諸氏の活動や動きを見ていて、多くの国民が感じとったこと考えたことがある。
おそらくそれは、『右か左か』などということも、支持政党などということも関係あるまい。

・・・それは、人間としての『信義』とはいったい何なのだろう、と言うことではなかったか。
一人の政治家である前に、一人の人間としての、身の振り方、ということだ。
その姑息、その惰弱、その卑怯、その胡散臭さ、一方で、その身の振り方の美しさ、
などということを・・・。

安倍氏の解散宣言から形としては始まった今度の衆院選の一連の騒動は、
多くのことを国民に見せつけ、そして『考えること』、を突きつけているように思う。
当然のことながら、当の政治家たち自身にも。

 
自分の立場とか損得とか、身分の安全とか保身とか、思想信条とか、
支持政党とか・・・、
そういったものの一切から少しの間離れて、この間の騒動を客観的に、
冷静にみつめてみてごらん・・・。

ここから何かを学ばないものは愚かものである・・・・・・。



             ***


さて、立憲民主党について書くんだった。











『民進党リベラルよ、立て! ②』



民進党のリベラル派議員よ。『希望』などに未来の希望はない。
立ち上がってくれ! どこにも投票するところがない、と嘆いている人々の想いに
答えてくれ!


一つ前の記事、『民進党リベラルよ、立て!』では、書いているうちにあまりにも
腹がたってきて、感情のままに書いたので、今度は少し落ち着いて分析していってみよう。

             ***


1.『踏み絵』

なぜ、前原氏は、党全員を『希望』に差し出したのか。

私が民進党の『希望』への合流の話を知ったのは、28日の夜のことだったが、
最初の驚きから冷めて、その合流話のことをよく考えてみたとき、最初に浮かんだ疑問は、
① なぜ、民進党内のリベラルや、先の記事にも書いたように、『一院制』を党の基本政策に
するなどとたわけたことを言っている若狭氏などの軍門に、参議院の議員たちまでが
唯々諾々と下ることを了承したのか、という疑問
だった・・・ 

次に湧いた素朴な疑問は、
② 民進党は、これまでも、リベラルから中道右派、極右的な人まで、いろんな考え方の
議員がごちゃ混ぜになっていて、そのことが党内の足並みをいつも乱し、自民党や国民からも
揶揄される原因となってきた・・・
仮に今度の『希望』への移籍を、前原氏の説明するように、全員が『希望』に塊として
行うとなると、民進党のそのごたごたを『希望』が背負い込むことになる!
小池氏は、よく言えばしたたかな、有り体に言えば非常に計算高い政治家である。
その計算高い小池氏が、なぜ、民進党丸抱えに応じるのだろう?
ということだった。
『希望』の現有勢力は、たかだか10人。小池氏を除けば、言っては悪いが、党の顔として
到底通用するような政治家たちはいない。
そこへ、民進党の候補者も含めた衆参全員が合流することになれば、『希望』はもはや
『第二民進党』でしかなくなり、ただ、民進党に小池氏が顔となってプラスされた、というだけの
ことになる・・・
何度も言って申し訳ないが、あのしたたかな、あの計算に長けた小池氏が、そんなことを
許すものだろうか?

だが。民進党には一説には150億という、政党交付金などの資産があるという。
そのことを聞いたとき、「ははあ・・・」と、今度の合流話の裏の真実が見えてきた気がした。

人気落ち目の民進党は、小池氏の人気に便乗する。小池新党は、民進党のその潤沢な資金と
『連合』などの応援を得られるという人的パワーと、政党としての厚みを獲得できる。
双方にとって、ウィンウィンの取引じゃないか。

だが。
それがもし仮に真実に近いものであったとしても、代表前原氏の、20年近い歴史と実績を持つ
自党を解体してその名を消してしまうという決断には、どうしても納得がいかなかった。
どう考えても、これは公平な取引ではない。
『安倍政権を倒す』という大義のため、という理由も、民進党の失うもの・・・『民進党』という
党の存在そのもの、一度は政権も担ったというその歴史、そして地方議会やサポーター
なども含めこれまで民進党という党を信じてついてきてくれた人々・・・、そういったものすべてを
失うということの重みを考えれば、民進党が払う犠牲はあまりにも大きすぎる。

一方、小池氏の『希望』の方は、何も失うものはないのである・・・なにひとつとして。

挙げ句の果てに、小池氏らは、『希望』に入りたければ、安全保障関連法や憲法改正への
賛同を条件とする、という『踏み絵』を民進党議員に課するという。民進党全員のリストは
すでに小池氏の元に出してあり、小池氏自らが、『この人はだめ、この人は入れる・・・』
という選別をするというのだから、驚いてしまう。
小池氏らはいったい、なにさまなの??

しかし。上にも書いたように、民進党は、リベラルから極右までの寄せ集めであった・・・
その全員を、自ら非常に極右に近い小池氏が、そのまま受け入れると思う方がおかしいのでは
ないか? 政治のど素人の私でもそんなことは想像できる。
ましてや、民進党の前原氏などは、同じ政治家なのだから、これまでの小池氏の言動は
よく見てきていて、彼女がどういう思想の持ち主なのかは、熟知しているはずだ。
それなのに、民進党議員を参議院議員も含めてすべて『希望』に合流させ、しかも、
『希望』になど行きたくないという人も当然出てくるであろうのに、民進党そのものを
解体してしまって、そういう人々の戻るところさえもすっからかんに無くしてしまう。
『民進党から出馬したい』という議員にも、公認さえ与えない、などという、私のような
名も無き市井の一老婆さえ、『そりゃ無茶だろう!』と思うようなことをどうして前原氏は
決めてしまったのか。
そして何度も言うけれど、どうしてすべての議員がそれを一度は良しとして了承したのか。


前原氏が、いったい何を思ってその決断に至ったのか、そこに何があったのか、
誰と話し合って、どういう計算をして、どういう始末を想像してついにそういう決定に
至ったのか。もしかして彼に入れ知恵をしたものがあったのか?彼の独断なのか?
その真実のところは、今後も明らかにはされないのではなかろうか。

一つ考えられることは、前原氏はもともと自民党に・・・、いってみれば『希望』にも近い
政治思想の人である。だから、前原氏自身は『希望』との合流は願ったり叶ったりであるはずだ。
それでは自分の党内の、リベラル派・・・また、『希望』には行きたくない者はどうするのか。
『希望』に入るか入らないか。その踏み絵で、リベラル派などはこの際、排除してもいい。
そうすれば、面倒くさい党内調整などや党内抗争などの面倒から一挙に逃れられる・・・

・・・前原氏の政治家としての思想信条を好むかどうかは別にして、前原氏の顔を見ていると、
上に書いたようなことのすべてをわかっていて、予測していて、それでもなおかつ今回の
ような、民進党にとって圧倒的に不利な、笑ってしまうほど不利な決定を『希望』と結んだとは
どうも思えないのである。
・・・前原氏はそのようなことも計算ずくで、小池氏と結んだのであったのだろうか?
要するに、一部の仲間を売ったのか?言葉は悪いが、仲間を切り棄てたのか?
う~ん・・・・・・そこまで小ずるい計算に長けた人物でもないだろうという気もするのだが。

自分が凋落していく民進党の代表になった、党をなんとかしなければ・・・
その使命感が、ひょっとすると、お人好し前原氏の正常な判断力を失わせてしまったのかも、と
善意に考えるなら思いたいところだが。  う~~~ん・・・・・・苦しい解釈だ。



とにかく。もう、後戻りは出来ない。
民進党は、大きな傷をこれでさらに負ってしまった。
本当に後戻り出来ない。だって、戻る党がなくなるのだから。
・・・なんと愚かな!
私個人の思惑や好き嫌いは別にして、民進党、というかつては政権を担ったこともある
政党の終焉の形としては、これはあまりにも寂しい。

だが、そうやって屈辱的な『踏み絵』を踏んで、そして500万円とかいう公認料や寄付金まで
支払って『希望』に公認はしてもらっても、その議員が手厚い『希望』の支援を得て(疑問だ!)、
なんとかまた当選し国会に戻ることは、なかなか難しいのではなかろうか。
国民は、ずっと、この間の経緯を見ていたのだから。判断をするのは国民なのだから。

自分の党を捨て去ってまで自分だけは『希望』に行って、自分の保身を図りたいか!
国民の冷静な目は、そう見るのではないだろうか。

私は、この4日間、『踏み絵』報道などを見ていて、これとそっくりなことが前にもあったな、と考えていた。
・・・それは、2012年秋、自民党党首に復活した安倍総裁と、当時の民主党代表野田氏が、
『税と社会保障の一体改革』という約束を巡って、衆院を解散することについて議論していた
ときのことだ。自民党にも賛成してもらって『税と社会保障の一体改革』を実現するために、
その引き替えの条件として衆院を解散するという約束を、野田氏がしてしまったとき。
『衆院を約束通り解散するんですかしないんですか!』と安倍氏に詰め寄られて、『します』
と約束した野田氏の姿を見ながら、『なんと愚かなことを・・・』と、私は溜息をついたものだ。
あれも、安倍氏が理不尽にも野田氏に課した、一種の踏み絵のようなものだった・・・
当時すでに民主党は国民の支持を失いつつあった。解散総選挙をすれば、多くの党員が
落選するであろうことは読めていたはずだ。それなのになぜ、解散、などという約束をして
しまったのか。
それよりは、したたかに開き直って、そうして国民の信頼を回復できるよう国政に注力する。
人気は無くとも、地道に努力していれば、そのうちそれは必ず評価される。それを信じて
任期まで仕事を全力で全うする。それが必要だったのではなかろうか。
本当に愚かだ。

心配したとおり、民主党は衆院選で惨敗。民主党の議員たちが、仲間が・・・たくさん
路頭に迷ってしまった・・・いい議員たちもいたのに・・・
私は、野田元首相を、民主党凋落の重要戦犯(嫌な言い方だが)の第一と、今でも考えている。
彼も、民主党内の、自民党に極めて近い思想の政治家であったよ。



対等であるべき政治家同士の一方が、別の政治家に『踏み絵』を課す・・・。
嫌なことだ。
政策の違いを明らかにする・・・それは必要なことだろう。
だが、やり方があまりにも一方的だ。屈辱的だ。
小池氏のソフトな外見の陰に潜む極めて冷徹な計算ずくの心性・・・私は好きではない。
そして同時に、なんと民進党の人々は、お人好しなのだろう!とも呆れる。
民進党内の、共産党嫌いで自民に近い議員たち・・・日本会議のメンバーなども当然いる。
彼らは今度の解散劇を歓迎しているのだろう。
だが、自分の党を棄てて保身のために他党に走る議員など、長い目で見たとき決して
長続きはしていない。小池氏の『希望』に最初から集まっていたいわば『吹き溜まり』の
ような議員たちの姿。それが『希望』の行く末だ。

私だって、どれほど安倍政権を倒したいかわからない。だが、それをしてくれるのは
絶対に彼らではない!



              ***


今度の民進党の『希望』への乗り換え騒ぎで、自分個人の支持政党とか好みとかを越えて、
もう一つ私が考えたこと。

それは。日本人の特性とも言える、『集団思考』というか、『集団志向』というか、
個々人の判断よりも『集団のルール』や『集団の維持』を重視する心性のことである。
なぜ、『安倍政権を本気で倒す』ために、民進党という一つの党まで解体して、『みんなで』
『希望』に合流させてもらわなければならないのか。
なぜ、『私は民進党に残り民進党として選挙戦に出たい』という議員として当然の選択肢まで
根こそぎ奪って、〈皆で一斉に〉、『希望』に移らなければならないのか。
しかも、今の同じとき、地方で選挙を戦っている民進党の地方議員やサポーターは置き去りにして。

私は、溜息つきながら、『勝ち目はない』とわかっていながら、太平洋戦争に突入していった
旧日本軍と日本国民のことを想っていた・・・・・・
勝ち目はもうない、食料も弾薬ももうない、もう野垂れ死にするしかない、ということが
わかっていながら、それでも投降することも許されず、自爆死していった旧日本軍兵士たち
のことを想っていた・・・・・・太平洋の島々やインパールで・・・・・・
また。『皇国の国難というこのときに、我が身を捧げる勇気のある奴はおらんのか!』
などと上官に特攻を志願することを迫られて、一度は互いの顔を見合わせ躊躇はしたものの、
ひとりが『自分は志願いたします!』と申し出ると、次々に特攻隊に志願することを申し出た
かつての日本軍の若い兵士たちのことを想っていた・・・・・・

なぜ、日本人は・・・、何も民進党のことだけを言っているのではない、個々人の自由意志が
集団の意思の次に来るのだろう。
たとえその集団の意思が間違っているとわかっていても、日本人はなかなかその集団の意思、
集団の維持、ということから逃れられない心性を持った国民である。

このたびの民進党の『希望』への党ぐるみの合流話は、日本の戦中の翼賛体制・・・
個々人の意思の認められない息苦しい時代を私に連想させてしまったのである。
その行こうとしている先が、こともあろうに『希望の党』!----
 『個人の生まれながらにして持つ諸権利』を護る日本国憲法を変えようとし・・・
『国民主権は国民から取り上げねば』などという人物に都民ファーストの代表を務め
させていた小池氏の党だとは!!





仲間を大事にし、自分の属する集団の秩序を破らない・・・日本人のそうした心性はいいところも
あるにはあるのだが、息苦しい社会でもある。
そういう社会で押しつぶされていく芽はどれほど多いだろうか。
人間の知の導きだす普遍的な『理』や、自然な人間としての感情
よりも、、集団の論理が優先される社会は私は嫌だ。

そういう社会で、個人の自由な伸展というものは得られるのだろうか。
ブラック部活・・・ブラック企業・・・それに類似した息苦しい集団は至る所にある。

まずは、政治から、そういう頸木を少し外していってみたらどうだろう。
日本に特有なものかどうかは知らないが、あの『党議拘束』というものからまずは。
これは、自民も、民進党も共産党も、他の政党も同様だ。 
そりゃ、党の方針というものはあるだろう。
だが、安保法制など、極めて重大な問題に関しては、『党議拘束』はかけて欲しくない。
トランプの共和党で、公然とトランプに非があればそれを批判することの出来るアメリカ・・・
党員が一つの事案で造反しても比較的寛容だというフランス・・・
たとえば、参院においては党議拘束をかけないで自由な討議や採決が出来るようにするなど、
改善の余地はありはすまいか。

そして、あまりにも行きすぎた『上意下達』や、下の者が上の者や
組織の論理に『忖度』しなければならないような政治風土は、変えるべきだ。

また、自民党や、小池氏の党などのやり口に極めて多く見られる事象なのだが、国民にとって
都民にとって極めて大事な事案に関して議論が紛糾する。それはいい。議論は徹底的に
行われねばならないからである。ところが、その議論の果てに、『最終的には、〈上〉に一任』
してしまう、ということが、政治の世界に限らず日本の組織にはどうしてああも多いのだろう。
かつて、日本がアジアに侵略して泥沼にはまり込んだとき、それを打開しようとしてさらに
連合国と戦う羽目になった・・・あの開戦の前夜。政治家たちや軍部は、最終判断を
天皇に仰いだ。終戦のいきさつも同じだった・・・・・・
日本人の、その『議論』に対する粘り腰のなさ。徹底的に討論する西欧諸国の気風は乏しい。
そうして最終的には、『上部』の判断に丸投げをするという、組織優先の論理は、日本を
結果的に弱い国にしてはいないだろうか。


日本における『リベラル』政党とは、そうした議論を大事に考える政党ではなかったのか?
安倍政権における目に余る隠蔽体質。安倍総理で急速に進む総理への権力の集中。
その安倍政権や自民党を倒して、『クリーンな』政治を目指すと、都知事選や都議選のとき
あの満面の笑みで言っていた小池氏は、その言葉通りクリーンな政治をしているだろうか?
東京都知事選、都議選における小池新党は、『透明さ』をも売り物にしていたんじゃなかったか?
ところが内実はどうだ?
小池氏の独裁だ。大事なことはぎりぎりまで明かさない。それがいつも小池氏の手口だ。
そうして相手をぎりぎりまで引っ張っておいて、結局最後は平気で『はしご外し』をする。
都民ファーストの新人議員たちには箝口令。都民ファーストの新人議員が何を考え、
何をしているかは、彼らに投票した選挙民にさえいまだに見えまい。
代表の座も、小池氏は、自分の恣意で下りたりそうして与えたものからまた取り返してみたり。
若狭氏、細野氏に希望の立ち上げは一任するようなことをいいながら、さっと彼らの
決めたことを『リセット』したりする。
『リセットする』と言ってもそれは、『清新な』政治など意味しない。小池氏の気の向くまま。
小池氏の損得勘定でやりたい放題ということだ。
彼女は国政でもそれをやるぞ。安倍政権よりなおたちが悪いかも。
そして最悪なのは、ゆくゆくはほとぼりの冷めた頃、その両者は必ず、改憲や国防などで
協力するだろうということだ!



民進党のこころある政治家よ。目を覚ませ。そして立て。
市民と共に4野党共闘を進めてこの国の『倫理の礎』たる
憲法を守ってくれ。






『民進党リベラルよ、立て!』


枝野氏らが、『希望』に合流することの白紙撤回を求めて、両院議員総会を再度
開くことなどを求めているという。またその一方で、『希望』に行くことを潔しとしない
議員たちを集めて、リベラル派の新党を立ち上げることも視野に入れているともいう。
良し!そう来なくっちゃ!

リベラル派の党立ち上げを急げ!

市民連合などは、もうずっと長い間、どれほどそれを待ち望んでいたかわからない。


                 ***

リベラルも極右もいっしょくただった民進党。そのために、あろうことかいつも
大事なときに限って内部の紛糾をあらわにして国民の信頼を失い続けてきた民進党。
考えてもみてごらん。いつも、代表の足を引っ張り続けてきたのは誰だったか。
リベラル派だった?・・・そうじゃないだろう? いつも、代表の足を引っ張って、
民進党内部にごたごたを起こしそれを大事なときに限って国民の目にさらしてきたのは
民進党内の、自民に近い考えの、右派の人々だったじゃないか?!
民進党がここまで落ちぶれたのはリベラル派のせいなどではない。常に右派の人々が
民進党の存在意義を無にするようなことをし続けてきたからではなかったのか!

そして。あろう事か、またしても民進党右派による今度の解体劇だ!
なぜ、いまさら一緒にやっていく必要がある?????
民進党リベラルは立て!
民進党でも旧民主党でもいい。別の名でもいい。党の『名』を残せ。
ただの字義通りの『名』ではないよ。民主党の存在意義としての、『党の矜持』としての『名』だ!
前原代表が自ら棄ててしまった『名』だ! 国民への信義としての『名』だ!

国会前で・・・日本全国の町町で・・・とにかく安倍政権のようなものを倒して欲しい、
原発はやめて欲しいと、声を上げ続けてきた市民たちは、民進党リベラルがたち上がることを
どれほど待ち続けたかわからない。
昨年の参院選の青森、宮城、山形、また新潟、長野、などでの4野党共闘は、
2013年参院選で一人区で自民に20勝2敗と無残な負けを喫したのに比べ、
2016年は21勝11敗と、共闘の効果を大きく発揮した。その流れは、市民の側では
今も続いていたのだ。
それを一方的に断ち切った愚か者は、民進党よ、あなたたちだよ。
森友・加計問題、また自衛隊隠蔽問題などで大きく国民の信頼を失いかけている
安倍政権を、今こそ倒さねばならないときに、は~~~~~ぁ???党を解体???!!!
前原氏など右派の連中は、いったいなに考えてんの?????!!!!!

自公が恐れていたものは何か。市民を巻き込んだ4野党共闘の勢いが増すことだったと思うよ。
『希望』の党が参戦したから野党票が割れる? 『希望』がどれほどのものだというの??
もし、今回の民進党の合流構想がなかったら、究極の風見鶏、小池氏は、都知事職を
すててまで『希望』の党の代表に専念はしないだろう。
若狭氏、細野氏、そして元『こころ』の中山夫妻。そんな人らが代表する、政治資金も
人的パワーも実績もなにもない『希望』が、どれほどの脅威になったと思うの?
あの小池氏が表に立っている。それだけの魅力でしかない。
しかも、その小池氏の魅力などというものは、底の浅い幻想にすぎない。

民進党のリベラルよ。立て。
そしてまだ去就を迷っている議員たちよ。『希望』になどに希望を抱くな。
あなたたちには、国会議員としての、衆院議員としての責任がある!
小池氏がその代表の名を取り上げるまでは新党『希望』の代表?であった若狭氏は、
『一院制』などを新党の政策の『柱』として持ってくるような愚か者だよ。
小池氏も確か以前、そのようなことを口にしていたはずだ。

はああ~~~~~っ??!! 一院制????????
先進国のどこに、一院制の国などある?
スウェーデン、フィンランド、デンマークなど北欧の福祉国はそうじゃないか?
確かに。だが、そうした国は、国民の政治への意識の成熟度が大変に高くて練れているのだ。
そうした国は、これまでの長い時間をかけた熟議で、国民と政府の間に信頼関係が
築き上げられている。そうして政治の透明性がおそらく担保されている。
だから、そうした国々では、高税・高福祉が成り立つのだ。国民が国を信用できるのだ。
一院制でも与党が暴走する恐れをあまり抱かなくてすむのだ。(それでも危ないと私は思うが)

一院制の根本的な危険度は何か。
それは、ただ一つの議会の決定が、そのまま決定となってしまうことだ。
言っては悪いが、そして非常に残念なことだが、日本のように国民が政治に無関心で、
個々人が自分自身の考えで判断する・・・個々人が政治的定見を持つ、ということにおいて
非常に脆弱な国で、また、その時々のムードに非常に流されやすい国民性の国で、
一院制など導入したらいったいどういうことになるか。想像してみればわかる。
悲しいことだが、戦中の『大政翼賛政治』が、日本をどこに導いたか、私たちはあれほど
痛い経験をし、またアジアの近隣諸国に途方もない痛みも味わわせてしまって、
国民が一方向を向いてしまうことの危険を思い知ったはずではなかったのか??

時の政権を握るものに暴走をさせないための仕組みは、分厚ければ
分厚い方がいい

それはまず、憲法そのものだ。とりわけ、『最高法規』としての憲法を明記した第10章。
そして行政府の暴走を止める第二に大事な仕組みが三権分立
一つ一つの事案を衆参両院で議論するという二院制の仕組みも、その極めて大事な仕組みなのだ。

それらをことごとく無視し、政治を私物化しているのが、今の安倍政権だ!
議院内閣制をとっている日本では、衆院選挙における最多議席をえた政党から
慣習的に内閣総理大臣が選ばれ、彼が内閣=行政権を担う。
安倍政権の、憲法や三権分立の仕組みを軽視した専横政治に終止符を打つ。
そのための選挙に、はああああ~~っ!!?? 一院制などを謳う『希望』を選ぶ?
そんなものに、前原氏は、自分の党を、しかも自分に近いものだけならいいが、全議員を、
しかも、参議院議員までもを、党の助成金という持参金つきで差し出したのですよ!
『希望』の党は、参議院はいらない、という党ですよ!!!
民進党内参議院議員は、なぜそのことに激怒しないでいられるの???????????

国民の皆さんもこのことだけは知っておいてください。
参議院は、確かに日本では今は、衆議院の付け足しみたいになってしまっていて、
衆議院≓政権与党のチェック機能を十分に果たしていないただの衆院の追認機関、無駄に
税金を食う機関、と思う方がいるかも知れないが、それはとんでもない認識だ。
参院は、その働きをいまだ失ってはいない。
参院が今、十分に機能していないように見えるのは、国民の皆さん、そういう議員を
あなた方が選んできたからだ。
『良識の府』としての参議院を育てるのもだめにするのも、皆さん、国民なのだ。


一院制、などというたわ言を党の主要政策に掲げる政党が『日本会議』などという
戦前回帰の時代錯誤の思想団体のメンバーばかりであり、政権与党の暴走を止め国民を
護るための大事な仕組みの憲法を変えようとしている政党であるということの恐ろしさを、
それが同じく日本会議ばかりの自民党と結託してこの国の姿を根本から変えてしまおうと
していることの恐ろしさに、皆さん、目を覚ましてください!
おそらく、このたびの民進党解体騒ぎで、中心となっている人々も、日本会議のメンバーか
それに極めて親和性の高い政治信条の議員たちであろう。

日本を再び、翼賛政治のあの時代に似た国にしたいですか?




もう一度言う。
民進党のリベラルよ。立て。
そしてまだ去就を迷っている議員たちよ。『希望』になどに希望を抱くな。
あなたたちには、国会議員としての、衆院議員としての責任がある!

記事はまだ続くが、この記事としての最後に、私の知人の言葉を引用しておこう。

今日現在も、地方で市議選などが戦われてるみたいなんですが、
民進の議員さんは、もう~先が全然見えなくて、
「私は誰?政党はどこ?」
ていうみじめな戦い方をしてらっしゃるようなんです。
前原氏の罪と責任は重大です。
なんか先週からの一連の流れを見てたら、
ひどい取り込み詐欺にあったような気分です。』
 


民進党は、なにも、衆議院議員だけのものではない。
この地方議員の悲しみや動揺。これまで民進党を民進党として支持してきたひとりひとりの国民の
信頼と期待を裏切るのか!!!


去る者は追わない。だが、民進党の名とその資産は置いていってくれ。
『希望』が要求しているという『踏み絵』を踏んで(心痛まぬのか?)、同じく『希望』が要求しているという
500万円だかの『希望』への公認申請金は、自分で用意して去ってくれ!




『民進党解体に思うこと』


やれやれ。びっくりだ。
民進党の離党組またその予備軍が『希望』の党に合流するだろうことはわかっていたが、
まさか党の代表自身が、自らの党を事実上解体してしまうとは。
いろいろな人が論評しているが、私の感覚としては、自民党の重鎮で元衆院議長の
伊吹文明氏の以下の言葉が一番ぴったりくる。

『民進党は、一度は日本の政権を担った。衰えたとはいえ、厳然たる野党第1党。
かつては日本一の会社だった。今、人気という運転資金が無くなってきて、慌てて
本社もない(希望の党という)バブル企業に資金繰りを頼んでいるということでしょう。
10人程度の議員しかいない新興バブル会社が、合弁の条件にいろんなことを言って、
一緒になったらお前は新しい会社で雇用してやるが、お前は雇用してやらないと。
そんな交渉を、おめおめと引き受けるというのはリーダーとしてどうかと思いますよ。
リーダーである限りは、やっぱり自分が責任を持っている議員、党、組織、
立候補予定者を、最後まで身の振り方を全てきちっと仕上げた上で、自分のことを
最後に考えるのがリーダーの当たり前の姿勢。
かつて日本一の政権をとった政党をたたき売って、たかだか10人くらいのバブル企業に、
身売りをするのは、ちょっとわからないですね。』


ほんとうにそうだ。
昨日の驚きと呆然からすこし気持ちを立て直して、冷静になって一日考えてみたが、
どんなに考えても、民進党前原氏の説明では、民進党議員たちにとってのメリットが
あるのかどうか、あるとすればそれはなんなのか、が、私にはどうしてもわからない。
前原氏は、『名を捨てて実を取る』という。
だが、民進党に残された『実』などあるのだろうか???




ちょっと順序立てて考えていってみよう。

確かに、民進党は、その内部のごたごたやもろもろの自分たち自身の引き起こした
要因で、国民の信頼を激しく失い、目も当てられないほどの尻すぼみの状態であった。
今度の衆院選でも、何もしなければ、さらに議席を減らしていたであろう。
だが。その流れを食い止めるためと、安倍政権を引きずり下ろすため、という
名目がいくら切実であろうとも、自ら空中分解して、あろう事か、安倍政権よりもっと
極右的な、そして中身など何もない『希望』の党とやらに、母屋を明け渡してしまうとは!
言ってみれば、民進党の参院議員、地方議員、そしてサポーターなども含めて、
これらをすべて、小池新党なる玉虫色の新興政党に差し出したも同然なのだが?

民進党の失った国民の信頼や人気を、小池氏の人気に便乗して取り戻す。
民進党支持の8%に、小池新党の支持率12%かそこらを上積みして、両者が
合体して国民の民意の受け皿になるとなれば、さらに支持率は上積みされて、
旧民進党議員の落選は避けられ、あわよくば安倍政権を倒してふたたび政権奪還
することも可能になるかも知れない・・・

前原氏はそんなことでも考えてこのたびの大博打を打ったのか?
そんな、捕らぬ狸の皮算用、みたいなことを、衆参両院の議員を前にして、
語ったのであったろうか?記者を閉め出してのちの会の様子はわからないので
知りようもないのだが。

だが。そんな期待、計算など、机上の空論に過ぎない。
国民も馬鹿ではない。
国民の多くが安倍政権のやり口にどれほどうんざりしているか知れないが、一方で、
このたびの民進党の『希望』への合流を、それも、伊吹氏の言うように、まさに
『身売り』という言葉がぴったりするようなプライドもかなぐり捨てた態度で
小池氏の一党に頭を下げて合流させてもらおうとする態度を、国民はしっかり
醒めた目で見つめている・・・。
そんな卑屈な元民進党議員たちを、国民は再び国会に送り出そうとするだろうか??!!
民進党単独で戦っていても、このたびのようにプライドも何もかなぐり捨てて、卑屈に
『安保法制と改憲に賛成かどうか』という踏み絵を踏んで(なんと情けない!)『希望』に
入れてもらっても、どうせそんな情けない議員は落ちる。
それならば、飽くまでも『民進党』として、正々堂々と戦って散っていった方が、国民の
精神衛生のためにもどれほどよかったことか。><

私がわからないのは、前原氏が表向き聞こえてくるような理由だけで、仮に自党の
議員たちにこのたびの党解体と『希望』への合流を両院議員総会説明していたとして、
他の議員たちがそれを『理解』『了承』し、満場一致で拍手で散会したという、そのこと
である!
私には、いくら考えても、その理屈がわからない。
安倍政権をなんとしてでも倒すという大義。それはまあわかる。私も同じだ。
しかし、そのために協力を仰いだのが、安倍政権よりももっと悪質な極右政党、自民党
よりもっともっと定見と節操のない空疎な政党である、ということが、まず理解できない
のである。
しかもそれを、民進党内にもわずかにまだ残っているだろう、まあ『リベラル』と
目される議員たちまでもが、なんの抵抗もなく受け入れた、ということが!

私は、先走りすまいと思って、昨日一日、民進党関連の動きのニュースに注目していた。
とりわけ、午後からの両院議員総会などの様子、そして個々の議員などが発する声を
気をつけて見ていた・・・・
相当に、とまでは行かずとも、両院議員総会では、かなりの反対意見や疑問が
執行部に呈されるだろうと思っていたからである。大揉めするかも、と。
しかし。
あの民進党議員たちのなごやかぶりはいったい何だ??? 緊張した顔をしていたのは
さすがに総責任者たる前原氏のみで、枝野氏などまでが、にこやかに執行部の席で
前原氏に声をかけていたりした。
まあ、テレビでは全員の顔が、ずっと映されているわけではないので、私のように
『悲憤慷慨』して握り拳を固めていた議員ももしかしたらいたのかも知れない・・・。
だが、それにしても、全員一致で、前原執行部の方針を了承、今後のことも一任
したという。伝え聞くところによってもたいした波乱も混乱もなかった、ということは、
まあ、これが民進党議員の総意、といってもいいのであろう・・・

しかし。国民はそれで納得すると思うか?????!!!!!
とりわけ、なんとか、この戦後最悪と言っていい安倍政権を倒すために、民進党
共産党、社民党、自由党などの野党共闘を実現しようと努力し、先の参院選でも
地方選でも一定の成果を上げてきた、名も無き市民連合の人々・・・そして
そこに投票した一般の選挙民の気持ちはどうなのか。彼らは、今度の選挙戦でも
すでに4党共闘のための準備に入り、動き出していたのである。
そのことを前原など執行部は、ちらとでも考えてみたのだろうか。
その他の議員たちも、その市民の想いを想像してみたのだろうか?

私は、何度も書くけれど、これまでも民進党には投票したことがないか、一回くらいは
したかどうかというくらいの、半世紀にわたる社共支持層である。
だが。安倍政権だけはなんとしても一刻も早く倒したい。その一念で、これまでも
『市民連合』に正式に加わってはいないものの、周辺から民進党をも応援してきた者である。
昨年の参院選でも、地元の民進党候補の応援に駆けつけた。(共産党も応援したけど。)
民進党のベテランO氏。民進党内部の事情は詳しくは知らないが、その言動など見て
『リベラル』と言われる会派?に属する人であろう。そのもうすこし高齢の候補は、
選挙予測で危ないのではないか、と言われていた・・・
運動員の腕章を借りてビラ配りを手伝いながら、ずっと私はその選挙運動で真っ黒に
日焼けした顔を遠くから見ていたのだが、なんと寂しそうな顔をしているんだ!と
思ったものだ・・・知的な顔でもあって、長年の政治活動にも汚れていない感じがした・・・

・・・そのひとも、このたびの『民進党解体』を、唯々諾々と受け入れたのであったろうか??
民進党には、数少ないかも知れないが、今の自民党議員などよりは、そうして言っては悪いが
政治家としては 『残滓』の寄せ集めのような、政党渉り歩きの『吹きだまり』のような
小池新党なるものに今いる議員などよりは、少しはましな誠実な議員もいたはずである。
それらが皆、前原氏の意向に心から賛成し了承したのであったろうか???

・・・それならば、もう私などは何も言うことはない・・・




『名を捨てて実を取る』。
政治など決して綺麗事ではないのはわかっている。常にどろどろの世界なのであろう。
だが。それでも、『名』を棄ててしまってはお終いだろう。
『名』というのは、単に民主党とか民進党とかそういう名のことでは無論ないぞ。
『政党としての矜持』である!
少なくとも、国民の信託を受けて一国の政治に携わる・・・そのことへの責任感と
誇り、そして畏れ、でもある・・・
その矜持のない政党などに、『実』など望めようか?



・・・わからない・・・
前原氏の選択には、説明には、全く納得がいかない。
安倍政権を倒すために、もっと極右的な小池氏らと組む???
はあ~っ?????!!!!! なんですかそれは!!!
いくら説明してもらっても、わかりません!



           ***


となると。
前原氏の一見悲壮な顔など作り物。
前原氏らの今回の動きは、何も理解しがたい不思議な動きでも何でもなく、
前原氏ら民進党内の親極右的勢力、安倍政権と何もその思想性において変わらない勢力が、
ついに、民進党解体に踏み切った・・・そして民進党から、邪魔なリベラル勢力を
追い出すことに成功しつつある・・・と見るのが、わかりやすいこのたびの動き、なのでは
なかろうか。

それにしてもわからないのは、それらリベラルと目される人々のふがいのなさ、
である・・・
これも、そう言われる人々は実はリベラルでも何でもなかった、と考えると
ぴたっとすべては理解がつく。
話は違うが、自民党の谷垣禎一氏や河野太郎氏などが、『みなさんはそうおっしゃるが、
私はリベラルでもなんでもありません』と、『リベラル』というレッテルを貼られることを恐れ、
枝野氏もまた民進党内リベラルの中心人物と目されながら、これまで一度も
思い切った行動に出ないことも理解がつくのである。

『リベラル』と言われることが、『アカ』と呼ばれることと同じ汚名ででもあるかのような
ものの見方が、この国では根深くある。
『市民運動家』などというものに対する謂われなき偏見と漠然とした怖れも
同じ心性だろう・・・



そう考えるのは、あまりにも寂しいが・・・・・・
これで、私も、『民進党よ、さようなら』と、決定的に言うことになるのだろうか。

前原氏らの決断に、私のような政治素人など想像もつかないような深謀遠慮が
実はある、と(ないない!苦笑)、民進党内にまだ、気概ある政治家はいると、
信じたいのだが。

ふ~ぅ・・・・・・・・・・・・





この続き、当然のことながら、あります。














『ちーがーうーでしょーっ!』



何もかもが間違っている。
もう、あきれ果てて、憤怒のこぶし握りしめて立ち尽くしているしかない。
これほどの政治劣化を、国民は黙って許していていいのか!

『もりかけ隠蔽』 解散!ちーがーうでしょーっ!
小池新党が民意の受け皿? ちーがーうーでしょーっ!
小池氏が脱原発!?嘘でしょーっ!
民進党が『希望』の党に合流!ばっかじゃないの!

なにもかも。ちーがーうーでしょーっ!




続きは、頭を冷やし情報が今少しはっきりしてから、今夜書く。




『こんなところへ行っていた ’17』


娘やお婿さんのお陰で、ここ数年は毎年、何かしら年に一回は旅をさせてもらっている。
だが、昨年、つれあいがいよいよベッドに寝ている状態になって、今年からはもう、
彼をひとり残して旅に出るのは無理になるだろうな、と思っていた・・・

しかし、ありがたいもので、介護制度に、『ショートステイ』というしくみがあることを知った。
昨年まで私たちはそういった支援を何も受けないで頑張ってきたけれど、今年ケアマネージャー
さんなどのお世話を受けることになって、いろいろな支援の仕組みを教えてもらったのである。

それでも、当人がそうした施設に行くのが嫌だといえば無理強いは出来ないけれど、
彼は『行ってみる』という。今、週に2回受けているリハビリ中心のデイケアも楽しいので
宿泊型の介護施設にも一度は行っておいてみようかなと思ったらしく。
まあ、とはいえ、何より、私を旅させてやろうという思いやりからそう言ってくれている
のだろうけれど。

で。9月某日。私、またひとり旅に出た。
朝9時半、介護施設のひとが迎えに来てくれて彼を送り出してから電車に乗り東京駅へ。
北陸新幹線に乗り換えて。
一昨年群馬までは行ったけれど、日本海へ、それも糸魚川の方から回っていくのは
実に半世紀ぶりだ・・・・・・。
昔、まだ私が20歳そこそこの若さだったころ、つれあいと立山に登って、そこから
日本海に出て、能登半島の輪島まで行ったことがあった、それ以来だ・・・・・・
あれから50年かあ・・・

糸魚川までは新幹線が明らかに横腹に西日を受けて走っていたのだったが、つまり
日本列島を横断しているとわかるのだが、糸魚川を過ぎると、西日の方向へ・・・
海から少し離れたところを西日と平行に走って行っていく。
東京駅からどこあたりまでだったろう・・・ほぼすべての座席が埋まっていたのだが、
長野?あたりからだったか、急激に乗客が少なくなって行って、私は、海側の方の
座席に移動して、時折遠くに見える日本海を求めてじっと窓の外を見ていた・・・・・・

向かったのはこの街。
金沢だ。



CIMG7616.jpg


まずはホテルにチェックインして荷物を置いて、すぐに市内巡りのバスに乗る。
金沢の街は、あちこちに観光スポットがあって、そのためにかバス路線が非常に細かに
張り巡らされていてとても便利だ。行き交うバスの多いこと!

しかし、金沢に着いたのがすでに3時半過ぎ。ホテルに荷物を置いたりしていてバスに
乗れたのは、もう4時近くになっていた・・・

金沢といえば、まず兼六園を見なくちゃね。


CIMG7602.jpg


桂坂口から入って眺望台まで来た。
その時点ですでにへとへと。
実は、旅に出るまでが結構忙しかった。
つれあいのショートステイの準備。持ち物が決められていて、持っていくものすべてに
名前を記入したりする作業がある。家を空けるのであれば、帰ってきたとき気持ちがいいように
あちこち家中の掃除もゴミ出しもしておかなければならない。自分の旅の支度もある・・・
疲れから、おなかの調子も悪くしていて、出発当日は朝からほとんど何も食べていなかったのだ。
いつもは旅にでると、新幹線に乗る前の東京駅で好きなお弁当とお茶を購入して、外の景色を
見ながらお弁当をつかうのが楽しみの一つなのだけれど、今回はその元気も無し。
何もお腹に入れていないと、広い園内を回れないぞ、と思って、入り口近くのお茶屋さんで、
お団子買って、それを二口ばかり食べただけだったから・・・。

ここで、水分だけでもちょっと摂っておこう・・・



CIMG7601.jpg


歩き始めてちょっとしたら、人がやけにたくさんいて写真を撮っている場所がある。
私。混み合ったところが苦手なので、そこを素通りして、しばらく先まで歩いてから地図を
見たら、そこが兼六園の有名な写真スポット『徽軫灯籠(ことじとうろう)』の箇所なのだった。
う~ん・・・仕方ない。一応戻ってちゃんと見ておくか。(苦笑)




CIMG7607.jpg


『徽軫灯籠(ことじとうろう)』.




CIMG7604.jpg



霞ケ池と内橋亭の眺め。





CIMG7603.jpg



見事な松。



CIMG7605.jpg



みんなが写真を撮る名物スポットも確かにいいけれど、あたしは、こういうところがいいなあ・・・
さすがに日本三大名園の一つ。その作庭は隅々まで手入れは行き届いていて、とりわけ
美しく刈り整えられた芝生の気持ちよさそうなことったら!




CIMG7608.jpg



こういう風景が、あたしは好きだよぅ。






CIMG7610_201709191758414d7.jpg



瓢池。



デジカメの記録で見ると、ここまでですでに時刻は5時間近。
9月に入って急速に日暮れの時刻は早くなって、すでに西日がかなり傾いている。
金沢の他の場所を見るなら、急がねば。




CIMG7612.jpg



金沢は古都。そして北陸随一の大都市。
歴史ある建造物と、超近代的な建造物が一つの街の中に共存している。
バスの中からも、いくつも、『あっ!いいな!』と思うような建物がたくさんあった。
これは兼六園から武家屋敷町の方へ歩いているとき見つけた、旧石川県庁舎本館、
通称『しいのき迎賓館』。竣工、大正13年(1924年)。設計は、国会議事堂建築の
直接的責任者であった矢橋賢吉。
『しいのき迎賓館』の愛称は、建物正面のこの二本の『椎の木』から来ている。
推定樹齢300年という見事な古木たちだ。




CIMG7613.jpg



続いて目にしたすてきな建物が、この『石川四高記念館』。
明治22年着工。同24年(1891年)に完成した旧第四高等中学校本館である。
明治27年、第四高等学校と改称、昭和25年3月学制改革により閉校。
隣は石川近代文学館となっていて、私は、建物の中も見学したかったのだけれど、
いかんせん、時間がもう閉館時間5時を過ぎている・・・。

ああ・・・時間がたっぷりあったらなあ・・・・・・
日本近代建築の好きな私。金沢中のそうした由緒ある建造物を見て回りたい。



CIMG7615.jpg



金沢には、ほんとうに見るべき場所がたくさんあって、わずか一日の滞在、それも
つれあいをショートステイに送り出してからの出発で、正味数時間しかない滞在では、
とてもその全部は見て回れない。兼六園も駆け足で回って、あとは的を絞って、武家屋敷
と香林坊界隈を見ることにした。


・・・趣ある武家屋敷のたたずまい。
しかし、ここでも時間が・・・!
見たかった資料館やお店は、ことごとくもう閉まってしまっていた!
その上、水曜日が休み、というところが多く、そもそも仮に時間があっても無理だった。
それらは皆、ガイドブックで事前に承知はしていたのだけれど、やはり残念だ。
武家屋敷はすてきなのだったが、これらも皆、時間のこともあって固く門を閉ざしてしまっていて、
歩き疲れた旅人・・・余所者には、少しばかり心寂しいものがあった。

だがまあ。この寂しさも旅情のうち、なのであろう・・・・・・。





              ***


金沢の夕暮れから夜。
女ひとりでは出歩いても寂しい。
香林坊のお店なども一応見ては回ったけれど、なかなか女ひとりでふらりと気軽に入れるような
店はなく。ガイドブックであらかじめここで食べようか、と心づもりにしていた店の前まで
行ってはみたけれど、来てみればあまり入りたくもなくなって、また香林坊を闇雲に
歩いて疲れ果てた・・・。

食事をしてからそれからまたバスやタクシーに乗って宿に帰るのは嫌だなあ・・・
食事をしたら、そのまま、バタンとベッドに転がりたい。
で。駅までバスで戻って、結局駅ビルの中の加賀料理を気軽に食べさせてくれるお店で
新幹線一周年記念メニューという『かがやき』という御膳を食べたのだった。w
そうかあ!「あら。かがやきって、乗る予定の新幹線と偶然同じ名前だわ」などと思ったが、
一周年記念メニューだったのか!
朝からほとんど何も食べていないで歩き回って疲れ切った体に、『治部煮』が優しかった・・・
小鉢のようなものから、定番のお刺身、天ぷらは無論、二段になったお重の引き出しには
いろいろな前菜類が綺麗に入っていて、見て楽しく、食べて優しいお料理だった。

ホテルも駅ビルの中というのがすごくありがたかったなあ・・・
眺望は最悪だってけど、何しろ無駄に移動で疲れないという点で大正解だった。
そのまま直行して、文字通りベッドに倒れ込んだ・・・・・・









『婆娑羅な衣装』



二泊三日の旅に出ていた。
旅に出る前に作っていたもの。

急遽、『作って欲しい、作れるか?』と問われて、性分として『出来ない』とは言えない。
衣装一式揃えて渡すまでの日数は4日しかない。
電話のあったその夜の内に大急ぎ、押し入れをひっくり返して、使えそうな着物を探す。




懸帯 ①




一つは、大相撲の関取さんの『化粧まわし』のようなものだ。

海辺の祭のこととて、大胆な海老の柄の名古屋帯をほどいて作った。
下部の方の縄模様?を描くための金色のブレードや裾のフリンジは、決まった様式がある。
それに適した材料を求めて近くの大きな手芸材料店2軒に行ってみたが、こんな金色の
長いフリンジなど特殊すぎて当然置いていない。
そもそももういろいろなものを手作りする人が少なくなって、手芸材料店そのものが、
ご多分に漏れず、もう売れ筋のものしかなかなか置かなくなってしまっているのである。
町の本屋が売れ筋のものしか置かなくなっているのと同じだ。
訪ねた2店も、『フリンジ』そのものを置いていなかったり、種類がほんとになかったりした。
新宿あたりまで買いに出れば、ぴったりの材料があるかも知れないが、日数がないので
その暇はもうない。

仕方ないので、フリンジもブレードも自分で作ることにした。
フリンジは、金色の、リリアン編みの糸くらいの太さの糸を買ってきて、それを撚って
100本ほどの縄にして縫い付けた。大きな縄模様を描くためのブレードは、鮮やかな
黄色の夏糸を買って、細編み3段で編んで作って縫い付けた。
回しの裏は、緋色の厚手の木綿布だ。







懸帯 ③



次は、衣装の長襦袢だ。
祭りの際に、男たちは、上の化粧回しをつけたその上に、長着を羽織って出るのだという。
元々は、女の長襦袢を羽織っていたものらしい。
『子供の着物のような派手な柄がいい』という希望なので、家にあった、本身裁ちの
少女用着物を半ばほどいて、身幅や裄を広げ袖を短くし、襟も襦袢仕立てに縫い直した。
長襦袢の掛け衿は、ほんとうは黒繻子かなにからしいが、もう徹底して遊び心で
松竹梅や鶴の柄の婚礼用黒振り袖の端布を縫い付けた。

化粧まわしの残りで角帯を一本。
当日の男たちの正式の着付けは、裸の腹にさらしを巻いたその上に化粧まわし(懸帯)を
つけ、長襦袢を羽織って、角帯を締める。その上にさらに、七五三の時に七歳の少女が
帯の上から重ねてするような派手な『しごき』を巻くのが、どうやら決まりらしい。
『らしい』というのは、私はその祭のことはほとんど何も知らず、ネットで得られた写真から
すべてはこういうものらしい、と推測して作るしかないわけで。
『しごき』も、家にあった着物の端布で3種類作っておいた。





懸帯 ④



で。
大変に婆娑羅な祭り衣装のできあがり。
地元の人に『様式にかなっている』と褒められたようで、まずはよかったよかった・・・



ふ~ぅ・・・・・・
溜息ばかりのこの頃だが、こうやって、無心に手を動かしているときだけが
精神的に落ち着いていられる・・・

台風18号が心配だ・・・。











プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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